2021年7月7日水曜日

【翻訳】アルフレッド・ミッチェル・イネス『貨幣とは何か?』⑤

【翻訳】アルフレッド・ミッチェル・イネス『貨幣とは何か?』⑤

【翻訳】アルフレッド・ミッチェル・イネス『貨幣とは何か?』⑤

2020.12.25

この記事は約30分で読めます。

現代貨幣理論MMTを支える理論の1つに、アルフレッド・ミッチェル・イネスの信用貨幣論『貨幣とは何か?』という論文(1,913年)があります。この…

次のように5つに分け、

  1. ギリシャ・ローマの貨幣史(P377~P382)
  2. 欧米の貨幣史(P383~P390)
  3. アダム・スミスの誤謬(P391)
  4. 債権と債務の基本(P392~P394)
  5. 債権と債務の歴史(P394~P401)

この記事はパート⑤を掲載し、大まかにページ数を振っています。

※1 参考・翻訳した文献The Banking Law Journal, May 1913
※2 個人の翻訳である点、何卒ご了承ください。翻訳上の誤りや分かりづらい点は、訳者に責があります。
※3 原文のイタリック体の箇所は下線表記、""箇所は「」表記

本文 (394~P401)


※4【粘土板と粘土封筒】(後日up予定)

「メソポタミア文明はエジプト、インダス、黄河など他の世界文明に比べて、常に物事の始まりとして引き合いに出される事が多い。…それはメソポタミア文明において世界で初めて文字が発明され、さらにその特有の楔形の文字が刻まれた粘土板(タブレット)が現代にまで鮮やかに、かつ大量に残されているからです。…

普通のタブレットは単に粘土を乾燥させただけの物ですが、重要書類は保存できるように焼いてありました。古くから文字による記録がある以上、メソポタミアで何かが起こると、どのようなジャンルでも世界初の記録になるのです。」『金融の世界史』板谷敏彦

「最古の楔形文書は、シュメールの都市ウルクの遺跡で発見されました。出土したのは、ウルク期後期に年代づけされているウルク第Ⅳa層と、次のジェムデド・ナスル期に年代づけされているウルク第Ⅲ層からで、これら2つの層から出土した楔形文字をあわせてウルク古拙文書(こせつぶんしょ)と呼んでいます。ウルク古拙文書の総数は、約5,000枚と言われます。そのおよそ85%は物と数量を記した記録で、残りの15%が文字リストです。」『メソポタミア入門』中田一郎

「恐らく、メソポタミア人によって作成された最も・・多数・・商事・・記録・・・・は、領収証(受取証)たる粘土板であった。文字通り何千というこれらの粘土板が、考古学者たちによって今日までに発見されている」『古代メソポタミアの商業簿記』酒井 文雄

「…「封筒に入れられた粘土板」についてであるが,粘土板には「楔形文字」で記録,円筒印章を横に転がして押印するのだが,この粘土板を新たにパイ状に引き延ばした粘土製の皮膜で包み込もうというのである。この粘土製の封筒で包み込むだけでも,改竄されることは防止されるかもしれない。

しかし,再確認するためには,都度,粘土製の封筒を壊さねばならない。「いわゆる中味の要約といったところ」ではないが,前3300年頃に作成された粘土球を彷彿させるようではある。

「委託者」,「賃貸人」,「貸し手」である「商人」と「受託者」,「賃借人」,「借り手」である「取引相手」の商人の確認を得ながら,粘土板には「楔形文字」で記録,円筒印章を横に転がして押印したのと同様に,粘土製の封筒の表面にも「楔形文字」で記録,円筒印章を横に転がして押印しておこうというのである「記録の起源と複式簿記の記録(Ⅲ)」土方久

「封球と粘土板とでは構造が違う。封球はトークンをいくつか入れて保護することが目的であるから中空であり、粘土板は、トークンがなくなって、当然のことながら中空ではない。封球も粘土板もほとんどが表面全体は印章の印影で覆われており、これも両遺物のもう1つの重要な類似点である。」『文字はこうして生まれた』デニス・シュマント=ベッセラ 

※(補足:訳者は、イネスが言及している封筒を、封球ではなく、粘土板を包む封筒と解しています)

「トークンとは、いろいろな形をした粘土製の計算具(カウンター)で、近東の先史時代に物を数えたり会計管理をするのに用いられた。」『文字はこうして生まれた』デニス・シュマント=ベッセラ

経済活動の最初の証拠と知られている最古の文字が発明された。まだ絵画文字に近く、次第に楔形文字へと進化していった。しかし粘土板に文字を刻むのを発明する前により初歩的な記録を思いついた。

産物は、四面体、小玉、円板などの、おそらくその産物の特徴をあらわすと思われる、約束された一定の形の粘土の小さな物体で表現された。それは古代およびそれ以後ひきつづき使われた、ラテン語でカルクリcalculi(小石)と呼ばれるcalculus(計算)のために用いられた数え・・と、同じ役割を果たした

会計係はこれらを小さな軟らかい粘土の袋に入れ、「玉(ビユル)」と呼ばれる形状のものにして、その上に彼の印を押した。多くの場合それで終わりであったが、スサではときどき内部に収められたcalculiの合計を玉の表面に小さな刻み目で彫り込んだ。

このようにして、すぐ合計が分かるようになったが、それを確認するためには首府の記録保管所に収められている玉を割らなければなならなかった。」『古代オリエント文明』ピエール・アミエ

「…本章では、トークンの形をした記号が押印された最古の粘土板を扱うことにする。…

…この研究に利用した押印記号のある粘土板は、完形・断片あわせて、総計約240点に及ぶ。…そのうち、スーサ出土90点は、1,912年~1,977年までの一連の発掘調査で発見されたものである。

ウルクのアヌのジッグラド地区で発見された22点の石膏製の文書を除けば、押印記号のある文書はすべて粘土でできていた。これらの粘土板は小さく手の平に容易に収まる大きさで、平均すると、幅5cm、長さ4cm、厚さが2cmである。形はさまざまで…卵形もあれば、丸みのあるもの、四角や長方形などがあり…」『文字はこうして生まれた』デニス・シュマント=ベッセラ

球状の球や粘土板の会計資料に印をつけるのに、シュメール人は隣国のエラム人と同様、沈め彫を施した小さな円筒形の新型の印章を採用した。この形は粘土板に非常に適しており、印影を得るには粘土板の上に印章を転がすだけで十分で、こうして今日使用されている印紙つき証書や頭書きのついた事務用便箋にあたるものができた。そして書記はあとからの偽造を不可能にする表示を、その粘土板に刻み込んだ。」『古代オリエント文明』ピエール・アミエ

「…今から約5,000年前のウルク…では、すでに「ハンコ」の1種である円筒印章が常用されていた。「円筒印章」とは文字通り「円筒形のハンコ」である。

ウルク文化期後半に成立したもので、形や大きさは私たちが普段使用している三文判と似たようなものが多いが、私たちのハンコは底面に名字や姓名を彫ったスタンプ型であるのに対して、シュメルのハンコの特徴は胴体部分にぐるりと図像や楔形文字が彫られていることで、これを柔らかい粘土板上に押し付けて転がすと、展開図柄が続けざまに表れるのである。」『シュメル神話の世界』小林登志子

「楔形文字の直接の先行形態は、トークン・システムであった。これら…さまざまな形をした小さな粘土製品は、先史時代の近東でカウンター、すなわち計算具としての役割を果たしたが、その起源は前8,000年頃から始まる新石器時代にまで遡ることができる。

それらは、最初は農産物の管理、ついで都市時代には用途が拡大して、工房で作り出された製品の管理など、経済上の必要に応えるために進化した。トークンの発展は、社会構造の発展と結びついており、集団の指導者の指導者の出現とともに始まり、その進化は国家の形成で頂点に達した。

…保管の1つの方法は、粘土の封球、すなわち中空の粘土球を使用する方法で、その中にトークンを入れて封印した。この封球の欠点は、中に入ったトークンが見えなくなってしまうことである。会計担当者は、この問題を、トークンを封球の中に入れる前にそれらを封球表面に押し付けて印影を残すことで、最終的に解決した。」『文字はこうして生まれた』デニス・シュマント=ベッセラ

貨幣・・計算貨幣・・・・との区別は、計算貨幣は記述・・あるいは称号・・であり、貨幣はその記述に照応するといえば、恐らく明らかにしうるだろう。ところで、もし同じ物がつねに同じ記述に照応しているならば、この区別は何の実際的な興味も引かないであろう。しかし、もし物は変わりうるがこれに対して記述は同一のままであるならば、その場合にはこの区別はきわめて重要でありうる。」『貨幣論Ⅰ:貨幣の純粋理論』ケインズ全集 小泉明・長澤惟恭 訳

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