群像 - 第 54 巻 - 435 ページ
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1999 · スニペット表示
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マルクスもこれを継承して、「多数の力を一つの総合力に融合させることによって生ずる新たな力」とよんでいる。しかし、彼はそこからつぎのようにいっている。部分労働者は、商品なるものを生産しない。彼らの共同生産物が、はじめて商品に転化するので ...
他の版
定本柄谷行人集: トランスクリティークカントとマルクス - 375 ページ
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柄谷行人 · 2004 · スニペット表示
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マルクスは同じ問題について、古典派の考察を継承して、「多数の力を一つの総合力に融合させることによって生ずる新たな力」とよんでいる。しかし、彼はそこからつぎのようにいっている。部分労働者は、商品なるものを生産しない。
6.3
Vis-a-vis this same problem, Marx inherited classical economists' thoughts on the division of labor and cooperation and called this "the new power that arises from the fusion of many forces into a single force."22 But that is not all there is to his idea: He goes on to emphasize the fact that "the specialized worker produces no commodities. It is only the common product of all the specialized workers that becomes a commodity"23 nevertheless, "[a capitalist]
22. Marx, Capital, vol. 1, p. 443.
Vis-a-vis this same problem, Marx inherited classical economists' thoughts on the division of labor and cooperation and called this
"the new power that arises from the fusion of many forces into a single force."22
But that is not all there is to his idea: He goes on to emphasize the fact that "the specialized worker produces no commodities. It is only the common product of all the specialized workers that becomes a commodity"23 nevertheless, "[a capitalist] pays [workers] the value of 100 independent labor powers, but he does not pay for the combined labor power of 100. Being independent of each other, the workers are isolated. They enter into relations with the capitalist, but not with each other."24 And, furthermore, "[labor power's] use-value consists in the subsequent exercise of that power. The alienation [Verausserung] of labor-power and its real manifestation [Ausserung] , that is, the period of its existence as a use value, do not coincide in time." 25
22. Marx, Capital, vol. 1, p. 443.
23. Marx, Capital, vol. 1, p. 475.
24. Marx, Capital, vol. 1, p. 451.
25. Marx, Capital, vol. 1, p. 277.
The previous phrases appear to be similar to those of
1:11協業
多数の力を一つの総力に融合させることによって生ずる新たな力能のことはしばらくおき、たいていの生産的労働にあっては、たんなる社会的接触によって競争心と活力(animal spirits)の独自な興奮とが生みだされるのであるが、これらのものは、個々人の個別的作業能力を高めるのであって、一二人の者がいっしょになれば、一四四時間からなる同時的な一労働日に、めいめいが一二時間ずつ労働する一二人の個々別々な労働者よりも、または一二日間つづけて労働する一人の労働者よりも、はるかに多くの全体生産物を提供する。こうしたことは、人間は生れながらに──アリストテレスの考えるように政治的動物ではないとしても、とにかく──社会的動物だということに由来する。〔342〕
itc357
別訳
河出
以下岩波文庫2
多数の力が融合して一つの総力になることから生ずる新たな力能は別としても、たいていの生産的労働にあっては、たんなる社会的接触が競争心と活力(animal spirits)の独自の鼓舞を産み出し、それらが個々人の個別的作業能力を高めて、一緒に集まった一二人の人間は、一四四時間の同時的一労働日に、各自一二時間ずつ労働する一二人の個々別々の労働者よりも、あるいは一二日間継続して労働する一人の労働者よりも、はるかにより大きい総生産物を供給する。このことは、人間は本来、アリストテレスが考えるように、政治的動物ではないにしても、とにかく社会的動物である、ということから生ずるのである。
(一二) 「そこにはまた」(同数の労働者が、一〇人の借地農業者によって三〇エーカーずつの土地で使用されるのではなく、一人の借地農業者によって、三〇〇エーカーの土地で使用されるばあいには)「農僕の比較数における一つの利益があるのだが、それは実際家以外の者には、容易には理解されないであろう。四にたいする一は、一二にたいする三に等しいというのは当然であるが、これは実際には当てはまらないであろう。なぜかというに、収穫時や、同様に急を要する他の多くの作業においては、多くの人手を寄せ集めることによって、仕事がより良く、より迅速になされるからである。たとえば、収穫時には二人の馭者、二人の積み手、二人の投げ手、二人の搔き手、その他堆穀や穀倉にいる人々は、同数の人手が別々の農場で別々の群に分かれてなすばあいの、二倍の仕事を片づけるであろう」(J・〔アーバスナット〕『食糧品の価格と農場規模との関連の研究』一借地農業者著、ロンドン、一七七三年、七・八ページ)。
(一三) アリストテレスの定義は、元来は、人間は、本来、市民である、というのである。この定義が、古典的古代に特徴的であることは、人間は本来道具をつくる動物だ、というフランクリンの定義が、アメリカ流にとって特徴的であるのと同様である。
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