ウィリアムジェイムス プラグマティズム
『プラグマティズム』の一つのイメージドクター・ジェームズを訪ねてやってきたのは、とあるアメリカの名門ユニバーシティーのキャンパスだった。白衣はくいを着きたその初老しょろうの男おとこは、イーゼルを立たて、熱心ねっしんに庭にわの景色けしきを写生しゃせいしていた。その顔立かおだちは、どこか青白あおじろい青年せいねんの面影おもかげを残のこしていた。
「僕ぼくはね、実じつは若わかい頃ころ、画家がかを目指めざしてたんだ。医者いしゃになったのは家いえの事情じじょうだったんだ。
それから僕ぼくは世界中せかいじゅうのたくさんの文献ぶんけんを読よみ漁あさってきたが、残念ざんねんながら、どれもみな断片的だんぺんてきな知識ちしきばかりで、とても人ひとを救すくえるようなものではなかった。そう思おもうと、僕ぼくはいつも憂鬱ゆううつなんだ。こうして気晴きばららしに、今いまでも絵えを描かいているのさ。
このキャンパスもそうだが、人間にんげんの世界せかいというのは海底かいていに棲すむ魚さかなのようなものさ。そこで砂すなに潜もぐった貝かいや、岩陰いわかげに潜ひそむ小魚こざかなを探さがしている。だが、上うえを見上みあげてごらん。そこにはまばゆいばかりの光ひかりに満みちた水面すいめんがある。あの水面すいめんの向むこうには、きっと光ひかりに満みちた別べつの世界せかいがあるように思おもえるのさ。
だから僕は、今は断片的な知識ちしきの寄よせ集あつめしか持もってないけど、いつか必かならずジグソーパズルのピースのようにつなぎあわされ、一枚いちまいの絵えになると思おもってるんだ。それを僕ぼくは、この世よを作つくった神かみの設計図せっけいずと呼よんでるんだ。
もちろん、そんなものが存在そんざいするなんて、証明しょうめいはできないかもしれない。でも、それを探さがすことに意味いみはあると思おもうんだ。それに、そう思おもわないととてもやっていけないよ。
第一講 哲学におけるこんにちのディレンマ
ここでは独断論と経験論の二極化というカント以来のテーマが提示される。カントはこの問題を、理性が経験を超えたものにまで拡大されるや、不可避的に二律背反(アンチノミー)が生じるとし、認識論的には解決不能で、倫理(実践理性)の問題としたが、以後、それに飽き足らない哲学者達が、他の解決法を探し求めてきた。
ジェイムズはここでは何と哲学者の気質の違いを持ち出し、それが二つの立場に分かれるという。つまり、
軟らかい心の人 硬い心の人
合理論的(「原理」に拠るもの) 経験論的(「事実」に拠るもの)
主知主義的 感覚論的
観念論的 唯物論的
楽観論的 悲観論的
宗教的 非宗教的
自由意志論的 宿命論的
一元論的 多元論的
独断的 懐疑的
もっとも、実際に人間をこの二つにはっきりと分けられるわけではなく、中間的な人間もたくさんいるのは確かである。ジェームスも、
「われわれ哲学者には、生粋無雑きっすいむざつな足の弱いボストン人もいないし、また典型的なロッキー山地方の荒くれ男もいない。われわれの多くはどちらの側に属するものであれ良いものはいくらでも欲しいと思う。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.16)
という。 このあたりから、つまり我々はどちらも欲しいのだというところから、どちらにも偏らない、この両者を両立させる哲学として、プラグマティズム(実用主義)を提起してゆくことになる。
この図の中に、ロマン/ゴシックというのを加えることが出来るかもしれない。
「すなわち一方においては事実にたいする科学的忠実さと事実を進んで尊重しようとする熱意、簡単にいえば、適応と順応の精神であり、もう一つは、宗教的タイプであるとローマン的タイプであるとを問わず、人間的価値にたいする古来の信頼およびこの信頼から生ずる人間の自発性である。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.21)
「合理論者の空想が、単なる事実の提示する堪えがたいまでに混乱したゴシック的性格から逃れて慰安を求める避難所なのである。」
第二講 プラグマティズムの意味
プラグマティズムの説明として、まず木の影に隠れるリスの比喩から始まる。
木に一匹のリスがいる。そこに人が来る。リスは木の反対側に隠れる。「あれ、リスがいたな」と思い、人が位置を変え、覗こうとすると、リスも見つからないように木の反対側に回る。こうして、人はリスを見つけようとして、木の周りをぐるっと一回りする。それと同時に、リスもまた木を一回りする。さて問題!人はリスの周りを一回転したでしょうか?
このとき、ある者は回ったと言い、ある者は回っていないと言い、意見は真っ二つに分かれたとする。一体どっちが正しいのだろうか。
答はどっちも正しい。なぜなら、両者の「一回転する」の意味が違うのだから。
まず、木やその下にある地面などの固定したものを基準にするなら、明らかに人はリスのいる木の周りをぐるっと一回転したわけだから、木の上にいるリスの周りも当然一回りしたことになる。
一方、リスの立場に立ってみるとどうだろうか。リスから見れば、人はいつも正面にいるわけで、決して後に回られ、背後を取られたりはしていない。木の周りは一回転したが、リスと人はずっと向かい合わせの状態にあり、決してリスの周りを回ってはいない。
こうしたことは、形而上学の論争、たとえば世界は一なのか多なのか、宿命的なのか自由なのか、物質的か精神的かというような問題に関しても同じで、
「プラグマティックな方法とは、このような場合に当って、各概念それぞれのもたらす実際的な効果を辿たどりつめてみることによって各概念を解釈しようと試みるものである。今もし一つの観念が他の観念よりも真であるとしたならば、実際上われわれにとってどれだけの違いが起きるであろうか?もしなんら実際上の違いが辿られえないとすれば、その時には二者どちらを採っても実際的には同一であることになって、すべての論争は徒労に終ることになる。そこでいやしくも論争が真剣なものである以上は、どちらか一方が正しいとする限り必ず生ずるに相違ないある実際的な差異をわれわれは当然示しうるのでなければならない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.38~39)
つまり、実際問題としてどっちでもいいものであるなら、議論するだけ無駄だし、どっちでもよくないと言うなら、その実際的な差異を提示すべきである、というわけである。
プラグマティズムという言葉はギリシャ語の「プラグマ」から来た言葉で、英語のpractise(実行する)やpractical(実際の)という言葉の語源でもあり、プラグマティズムという言葉は1878年にチャールズ・パースによって提起されたという。
科学的な議論でも、「互変異性」をめぐってかつてあった議論で、オストヴァルトの言葉を引用する。
「この物体の性質は、一個の不安定な水素原子が該物体の内部で振動すると考えても、またその物体が二個の物体の不安定な混合体であると考えても、ともに等しく矛盾なく成立するように思われた。論争は激烈を極めたが、ついにいずれとも決しなかった。オストヴァルトはいう、『もし論争者たちが、どちらか一方の見解が正しいとしてみて、それがために実験的事実の上にどういう特殊な違いが生ずるであろうかをまず自問してみてかかったならば、かかる論争は決して起らなかったに違いない。なぜならば、かく自問してみると、そこになんら事実の相違は生じえないように思われるからである。そこでのこの口論は、あたかも大昔、酵母によって生パンをふくらませることの理を論じて、一方の者はこの現象の真の原因は「妖精ブラウニー」だと唱え、他の者は「妖魔エルフ」であると言い張ったのと同じように、架空の論であったことになる。』」
互変異性
互変異性というのは単一の物質の構造状態が移り変わることによって平衡状態に達するとき、生じる異性体の関係を指す
たとえば、
H H
│ │
R─C─C─R' → R─C=C─R'
│ ∥ ← │
H О ОH
ケト形 エノール形
のように、「一個の不安定な水素原子が該物体の内部で振動する」と考えても「二個の物体の不安定な混合体」と考えることもできる。
こうしたプラグマティックな立場というのは、ジェームズの時代よりやや遅れて生じた、光が波動か粒子かという問題にも有効に機能しているように思える。
また、最初のリスの喩えは天動説か地動説かの議論にも言えるかもしれない。ガリレオの地動説が当時受け入れられなかった理由は、単に宗教的な偏見だけの問題ではなく、長い伝統を持つ天動説の緻密な計算に対し、ガリレオの地動説は論理としてもまだ未熟であり、単純な計算ミスも含めて、天動説ほどに天体の動きを正確に予見できなかったという問題もあった。
今日の科学では、絶対空間というものが存在しない以上、物体の運動は相対的であり、観測点によって異なる。だから、天動説は決して間違った考え方ではない。ただ、惑星の動きを説明するのに、極めて煩雑なものになるため、便宜的に地動説を用いているにすぎない。実際には太陽も銀河系を中心として見ればやはり動いているし、宇宙全体が膨張している以上、銀河系もまた動いている。ただ、惑星の運動を説明するには太陽を中心に考えた方がわかりやすい。それはたとえば、人工衛星の軌道を説明するには、太陽を中心に考えるよりは地球を中心に考えた方がわかりやすいのと同じだ。
対立する意見に対し、どちらが真理かを決するのが実際面における便宜性だとすると、真理というのは絶対的なものではなく、あくまで仮のものとみなさなければならない。
「してみるともろもろの学説なるものは、そこにわれわれが安息することの出来る謎の解答なのではなくて、謎を解くための道具であるということになる。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.45)
それゆえ、プラグマティズムは功利主義utilitarianism(ベンサムなどの)や実証主義positivism(コントなどの)と一致する。これに対して、主知主義intellectualism(ドイツ観念論などの)には反するものになる。
科学的な真理というのは、決して絶対的なものではなく、ただそのほうが現象をよりうまく説明できるという、方法として、道具として有用であるということに他ならない。
それなら、神だとか自由だとかいう、信仰や観念の心理はどうかというと、ジェームズは全く同じだという。
「今やシラーおよびデューイの両氏は、かかる科学的論理学の潮流の最前線に立ち現れて、いかなる場合でも真理は何を意味するかについて、プラグマティックな説明を与えている。いかなる場合でも、とこれらの教師たちはいう、われわれの観念や信仰における「真理」は、科学においていわれる真理と全く同一のものである。つまり真理とは、彼らによれば、観念(それ自身われわれの経験の部分に過ぎないものであるが)が真なるものとなるのは、この観念によってわれわれの経験の他の部分との満足な関係が保たれうるからであり、経験の他の諸部分を統括することができるし、また無限に相次いで生ずる特殊な現象を一々しらべなくとも概念的近路を通って経験部分の間を巧みに動きまわれるからである、というにほかならないのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.48)
こうした観念の場合、役に立つということは、実験で証明できるというよりも、善であるということにおいて真理となる。
「もし神学上の諸観念が具体的生命にとって価値を有することが事実において明らかであるならば、それらの観念は、そのかぎりにおいて善である、そしてかかる意味で、プラグマティズムにとって真であるであろう。なぜなら、その観念がそれ以上にどれだけ真であるかということは、ひとしく承認されねばならない他のもろもろの真理との関係にもっぱら依存するからであろうから。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.59)
「真理は善の一種であって、ふつう考えられているように、善とはまったく別な範疇はんちゅうでもなければまた善と同位のものでもない」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.61)
そして、神と自由の問題については、次の章で詳しく扱われることになる。
第三講 若干の形而上学的問題のプラグマティズム的考察
まず、「実体」と「属性」についての議論から始まる。例として挙げるのは、まず白墨だ。これは哲学書など読むとよくあることなのだが、身近な日常的な卑近なものを例に挙げるというと、たいてい教育関係者にとって身近なものを例にとる。机であったり、鉛筆であったりする。サルトルの『実存主義はヒューマニズムである』という講演の記録を本にしたものでも、身近なものの例としてペーパーナイフを例に取っているが、日本の哲学科の教授も講義をするときに、「われわれにとって身近なもの、たとえばペーパーナイフ‥‥」なんて言ってたりする。少なくとも私が学生の頃、つまり80年代の日本で、ペーパーナイフといえば小学校の時に木を削って作らされた程度で、ほとんど目にする事のないものだった。
「白墨」は多分今でも学校でも使われているのだろう。ただ、その素材が白堊はくあだというのは、この本を読んで初めて知った。白堊はくあというのは、泥質の石灰岩のことだという。もっとも今のチョークは白堊はくあではなく、石膏せっこうで作られているらしい。
話を本題に戻すが、我々にとって身近な(!?)チョークを例にとってみると、その白さ、脆もろさ、円柱形、水に溶けないというのがその属性であり、白堊はくあ(今のチョークは石膏せっこう)がその実体ということになる。同じように、机の実体は木材であり、上着(ジェームズがこの講演の時に着ていた)の実体は羊毛だということになる。そして、白堊はくあ、木材、羊毛はより本源的な実体、つまり「物資」の諸様相であり、物質は「二つのものが同時に同所を占めることができない」という属性を持っている。
同じように、我々の感情や思考は「心」の属性であり、「心」は「霊」という本源的な実体の諸様相だというのが、当時の一般的な形而上学の議論だったようだ。
これに対し、ジェームズは、実体というのは、属性によって初めてわかるようになるものだという。
「もしかりに神が奇蹟によって諸属性を具えた実体を或る瞬間に消滅させながら、しかもわれわれには以前と変わらぬ風にその諸属性を示しつづけたとしても、われわれがその瞬間を見破るということは決してありえないであろう。なぜかというに、われわれの経験そのものには変りがないだろうからである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.68)
この議論はどこかサルトルの「実存は本質に先立つ」という議論を思わせる。世界に背後はないというのはニーチェも言っていた。カントが「物自体」を決して認識できないものとして、その存在の有無も経験を超えているがゆえに必然的にアンチノミーに陥るとして以来、哲学は物自体ではなく、あくまで実際に経験のできる「現象」を対象としたものとなった以上、必然的な帰結だった。
もちろん、プラグマティズムの場合、決して「属性は実体に先立つ」というような、転倒した形而上学の命題を提起するわけではない。そのような命題もまた実証不能であり、カント的なアンチノミーに陥ってしまうからだ。サルトルの「実存は本質に先立つ」の命題にしても、アリストテレスの「本質は実存に先立つ」の転倒というだけで、どちらが正しいかは証明できない。ただサルトルの得意な「二者択一」の問題になるだけなのである。
ちなみに、ハイデッガーは決して「実存は本質に先立つ」とは言っていない。経験的な事物に関しては、その諸属性から実体が推測されるということが言えるのと同様な意味で、現存在分析に関してはその実存から本質が明らかになると言っているにすぎない。
自然科学においては、あくまで物質の諸属性が明らかにされれば足りるもので、実体は問題にならない。白堊はくあは、別に「白堊はくあそのもの」というような実体があると考えなくても、その組成を化学式で表すことで、その様々な属性をうまく説明できればいいのである。
むしろ実体が問題になるのは、宗教的儀式などのシンボリックな問題においてである。ここでジェームズはキリスト教の聖餐式せいさんしきを例として取り上げている。パンをもってキリストの肉と成し、ワインをもってキリストの血と成し、それを食することでキリストと同化する秘儀であるが、この場合、見た目にはパンやワインが変化するわけではない。にもかかわらず、その実体は単なる小麦を焼いたものや葡萄を発酵させたものから、キリストの肉と血へと実体が入れ替わることになる。実体が入れ替わっても、経験的には何も変わらない。これは、逆説的に「実体」が経験に影響を与えないことの証明となる。
「これが私の知るかぎり実態観念の唯一のプラグマティックな適用であるが、このようなことを真剣に論ずるものは、自分たちだけの信仰上の理由から、「聖餐せいさんのパンと葡萄酒はキリストの血と肉である」ことを既に信じている人たちに限られていることはいうまでもない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.70)
ここでジェームズは、バークリーに言及する。バークリーは対象は知覚によって生じるとして、対象の背後に物質という実体が存在することを否定した人だが、これは決してしばしば言われるような、極端な観念論ではない。むしろ、安易な「背後の実体」という考え方によって、知覚によって検証不能な、実在するかどうかもわからないものが物質にされてしまう危険があり、その意味ではむしろ科学的認識の対象を検証可能なものに限定したと考えた方がいいのかもしれない。
「バークリーは、われわれの知る外界を否定するどころか、それを強化したのである。スコラ哲学では、物質的実体というものはわれわれの近づきえないもの、外界の背後にあって外界よりももっと深くかついっそう実在的なもので外界を支えるに必要なものと考えられたが、バークリーはこのような考えこそ外界を非実在に化してしまうすべての学説のなかでもっとも有力なものであると主張した。そこで彼はいった。そのような実体を捨て去り、諸君が理解しかつ近づくことのできる神が諸君に感覚的世界をじかに送ってくれたのだと信ずるがいい、そうすれば諸君は感覚的世界を確認できるし、またそれを神の権威をもって支えることになると。「物質」に関するバークリーの批評はしたがって全くプラグマティックなものであった。物質は色、形、硬さ等についてのわれわれの感覚として知られる。これらの感覚こそ物質という名辞の現金価値なのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.70)
ジェームズはさらに精神的実体の存在について、ロックの見解を参照する。つまり、とたえば昨日の自分と今日の自分が同じだという「人格的同一性」の意識の背後に、「魂たましい」という自体を必要とするかどうかだ。
「ところがロックは次のようにいうのである。もし神が意識を奪い去ったと仮定したら、それでもなお魂という原理をもちつづけたところでわれわれになんの益があろうか。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.71)
思うに、物質の背後に何かしら実体を仮定しようとする欲求というのは、この世界が謎に満ちているかぎり、わからないものをわからないままにしておくことが不安で、たとえ間違った理由であれ説明したいという欲求に根ざしているように思える。
東アジアでは『易経えききょう』「繋辞上伝けいじじょうでん」に、
「陰陽不測いんようふそく、之これを神しんと謂いう。」
とあり、神の概念を予測不能なところに求めている。したがって、予測不能なものを予測しようという欲求が働けば、いつの時代でもそこに神秘的な運命が仮定され、占いや超能力や心霊現象を人は信じようとする。残念ながら、今の科学をもってしても、恋の行方や自分の一生がどうなるかという問題は予測できない。それゆえに神や運命は存在するのである。
カント哲学によって、世界に背後に何らかの実体を仮定する考え方が廃れ出したのは、当時の科学がそれだけ精密になったことで、やがてこの世のすべての現象は科学によって解明されうるという期待感が強まったためであろう。
「実体」はその意味では、われわれの意識が単に外界から対象を受け取るだけの受動的なものではなく、むしろわれわれが自ら積極的に対象を解明しながら生きてゆこうとするかぎり、世界に対する解釈の過剰として生み出されてゆく。カントが「理性の運命」と呼んだ、そのものだ。そして、この欲求こそが、われわれの世界の背後に常に働く「実体」だと言ってもいいのだろう。そして、このことは、われわれが未知のものに臆することなく生きてゆく上で、明らかに役に立っているように思える。
いわば、「実体」は生きるために普段に生み出される仮説であり、その中で経験的に繰り返し検証され、確実視されたものだけが、「現象」となるのではないか。
こうして、世界の背後に「実体」を仮定しなくても、自己の背後に「実体」を仮定しなくても、少なくとも科学的な認識の上での不具合はない。そこから、ジェームズは「唯物論」と「唯心論」との対立を和解させようと試みる。つまり、世界の背後に「実体」を仮定する必要がない以上、その実体が物質的実体であるか、精神的物体(たとえば神)であるかも、どうでもいいこととなる。
そして、第一講で述べたような、気質の問題に解消されゆく。確かに、世界の背後に厳密な物理法則を仮定するというのは、物事を現実的に一つ一つ着実に解決したいという思いの表われであり、世界の背後に神を仮定するのは、物事を常にはるかな理想の高みに向かって導いてゆきたいという思いの現われなのかもしれない。それゆえ、唯物論者から見れば唯心論者は現実を見ずに奇麗事ばかり並べ立てている「坊主臭い」ものに映り、唯心論者から見れば唯物論者は永遠のものへの情熱を欠いた粗野な「泥臭さ」が鼻につくということになる。
この問題に対するジェームズの解答は、どこかカントを引きずっている。つまり、唯心論は道徳的に必要であり、唯物論は科学に必要である、と。ただ、ジェームズの場合、気質的な問題からか、やや唯物論者の物事を現実的に解決しようという情熱を軽視し、道徳心を欠いた粗雑さを強調する傾向に見える。もっとも、言葉とは裏腹に、実際はむしろその情熱の重みがわかっているからこそ、それが息苦しく思え、休暇を欲しがっていると言った方がいいのかもしれない。
「私自身は、神の証しは第一義的な内的な人格的経験のうちにある、と信じている。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.84)
それは精神に「休暇」を与えることだともいう。つまり、世界の諸法則を持ち出されることによって、自分が拘束され、鞭打たれているのを感じる、それをしばし休ませてくれるのが神だという。そして、そこから、いかに物理化学が進歩したとしても、そこに神の場所を残すように主張する。それが、「自然界における設計の問題」である。
確かに科学がいかに世界を詳細に明らかにしようと、それを作ったのは神だというところに唯心論的な信念は揺らぐことはない。たとえダーウィンの進化論が、様々な化石的証拠や、今日の遺伝学的証拠から実証されようとも、それを作ったのは神だといえるし、宇宙の始まりがビッグバンによるものだとしても、ビッグバンを引き起こしたのは神であり、その後の物理学の諸法則を設計したのも神だ、という主張は残る。つまり「設計」の存在を根拠として、神は存在すると考えられるのである。
「神の存在は遠い昔から自然界の或る事実によって実証されるとみなされてきた。多くの事実はまるで明らかにお互いを考慮して設計されたかのような外観を呈している。例えば、啄木鳥の嘴、舌、足、尾などが樹木の世界で樹皮の下に隠れている幼虫を喰って生きるのに格好に出来ていることは驚くべきほどである。われわれの眼の諸部分にしても、光の法則に完全に適合していて、光線を網膜の上に導いてはっきりした映像を生ぜしめる。このように起源の異なる諸事物が相互によく適合していることは、設計を証していると考えられたのである。そしてこの設計者は常に人間を愛する神であると見なされた。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.85)
そして、ダーウィニズムの問題に対しては、
「神学者たちはこの頃ではダーウィン説の事実を抱擁するだけの心の広さをもつに至ったが、それでもこれをなお神学的目的を示すものと解釈している。これは目的論対機械論の問題で、これかあれかの問題として常に議論されてきた。それはちょうど、『私の靴は私の足に合うように設計されているのは明らかだ、だからそれは機械で造られたとすることはできぬ』というに等しかった。どちらでもあることは明らかである。すなわち靴はそれ自身足に合うように設計されている機械によって造られるのである。神学はこれと同じような風に神の設計を拡張して見さえすればよいのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.86)
次にジェームズは、自由意志を問題にする。これもカントがアンチノミーとした問題だ。つまり、人間の行動や意志が、最終的に物理的に決定されているのか、それともそうした法則を超えて自由が存在するのかは、どちらも可能であり、どちらが正しいかは決定できない。
このアンチノミーを、ジェームズは、責任の問題というふうに捉える。つまり、一方では人間の行動が物理的に決定するなら、責任を問えなくなるという意見があり、もう一方では人間が何からも決定されずに無から生み出すものには、責任が問えなくなるという意見もある。
「もしわれわれの行為が予定されているとしたら、もしわれわれは単に全過去の圧力を伝えるだけのものであるとしたら、われわれが何かのために讃ほめられたり咎められたりすることがどうして可能なのか、と自由意志論者はいう。それではわれわれはただ「代理人」でしかなく、「本人」ではないことになる、そしたらわれわれの貴重な負うべき責めや責任はどこにあることになるのか。
すると決定論者はいい返す。もしわれわれが自由意志をもっているなら、それはどこにあるのか。もし「自由な」行為が全く新規なもので、私つまり以前の私からではなく、無から出てきて、単に私に附け加わるだけのものであるとしたら、どうして私は、以前の私は、責任を負うことができるのか。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.90~91)
自由意志論者の主張はわかりやすいが、後者の主張はややわかりにくい。今日ではこのアンチノミーはむしろ、「遺伝子決定論」と「環境決定論」との対立と見た方がいいかもしれない。つまり、人間の行動は生まれながらに備わった遺伝子によって決定されたものだという説と、人間の心は白紙であり、行動は社会環境によって学習されたものだという説とが、互いに両方とも犯罪者の弁護に利用されるのに似ている。「無から出てきて、単に私に附け加わる」というのは、その人の本性ではなく、あくまで環境によって付け加えられただけのものに、どうして責任が問えるのか、と考えれば、わかりやすくなる。つまり、人は自由だが、その選択肢が社会的に限られていたことが問題だという。
自由意志論者からすれば、決定論者は凶悪な犯罪者を、それが生れもった天性のもので、どうにもならないものだとして弁護しようとしているふうに見える。これに対して、決定論者からすれば、自由意志論者は凶悪な犯罪者を、環境が悪い、社会が悪いと言って弁護しているように見える。
スティーブン・ピンカーによれば、この説は両方とも「説明」と「免責」を混同しているからだという。行動が説明できるということと免責されるということは、まったく別の問題なのである。(『人間の本性を考える』スティーブン・ピンカー、2004、日本放送出版協会、第十章を参照。)
ジェームズも既に、罪責の問題は、自由意志があるかないかの問題と切り離すべきことを主張している。
「人間同士の間にはたらく本能と功利にゆだねておけば、社会における刑罰とか賞讃とかの仕事は安全に行なわれてゆくのである。善行をなす人があれば、われわれは彼を讃ほめるであろうし、悪行をなす人があれば罰するであろう。─とにかく、行為は行為者のうちに前もってあったものから結果するとか、厳密な意味で新しいものであるとかいったような理論とは全くかかわりないのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.91)
自由意志は、プラグマティックな立場からすれば、現実に対する説明を何一つ変えるものではなく、むしろその価値は改善の可能性を示すところにあるという。それは、先の神の設計の問題と同様、未来への一つの約束を与えることになる。つまり、「神の設計」を信じることで、今の科学がこの世界の断片的な情報しか提供しなくても、やがてはたった一つの真理に至りつくことを確信させ、そのための努力を命じる。それと同じように、この世がすべて物理的に決定されたものではなく、自由だと信じることで、今のこの争いと不幸に満ち溢れた世界を少しでも良いものにできると確信させ、努力を命じる。そこに価値があると見る。そして、それが唯一の価値でもある。
「かくして自由意志とは、救済の説として以外には何の意味も持ってはいない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.93)
「このような実際的な意義をほかにしては、神、自由意志、設計などの言葉は何らの意義を持たない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.93)
第四講 一と多
カントのアンチノミーによって、もはや経験の範囲を超えた形而上学の議論には、必ず矛盾が生じることが明らかになった以上、神の設計や自由意志の問題は、あくまでそれがわれわれに改善を促すというところに実際的(プラグマティック)な意味があるにすぎない。
これをジェームズは、「全反射」と呼ばれる光学上の現象を比喩として説明する。
「試みに水の入ったコップを心もち目より高めの位置に上げて、水を通して水面を見上げてみられるがよい。─あるいはもっと善い方法であるが、どこかの水族館のガラス張りの箱を通して同じように水面を見られるとよい。そしたら諸君は、その器の反対側に置かれてある、たとえば燭火しょっかその他の光体の像がまぶしいまでにそこに反射しているのを見られるであろう。このような場合、一つの光線だって水面を越え出るようなことはない。つまり一つ一つの光線がことごとく水底に反射し返されるのである。そこで今、この水が感覚的な事実の世界を表し、水面上にある空気は抽象的観念の世界をあらわしているものとしよう。このふたつの世界はもちろん現実的にあり相互に作用し合っている、しかし両者の相互作用はただ両者の境界線でおこなわれているに過ぎない。だから一切のものが生存しまたあらゆることがわれわれの身に起こるその場所は、経験の及ぶかぎりでは、この水にほかならない。われわれは感覚の海の中を泳いでいる魚みたいなもので、上のほうは空気に仕切られており、空気をそのまま呼吸することもできなければ、また空気のなかに入り込むこともできないのである。しかしわれわれが酸素をとるのは空気からである。だから絶えずあっちへ行ったりこっちへ来たりして空気に触れるのである。そして、空気に触れる度ごとに決心を新たにし、気力を新たにしてまた水のなかへ舞い戻るのである。この空気の構成要素である抽象的観念は、人生にとって欠くことのできないものであるが、しかしいわばそのままで呼吸するわけにはいかぬものであって、そのはたらきはただ行くべき方向をとり直させるということにある。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.96 ~97)
全反射というのは、光が屈折率の大きい方から小さい方へと進む時(たとえば水に中から空気中へ、あるいはガラスの中から空気中へと進む時、)入射角がある一定の角度(臨界角)以上の場合、すべて反射してしまう現象をいう。
このため、水槽やプールなどに外から入ってきた光は、ふたたび外に出ることができず、水面で内側に反射してしまうために、水面が全体に光ってしまい、水の上の様子が見えなくなる。(魚のお腹がまぶしい銀色をしているのは、この水面に全反射する光の保護色になるためである。)
神や自由意志などの、いわゆるカント的な「物自体」は、たとえ実在し、相互に作用し合っているとしても、それを見ることはできない。しかし、神や自由意志は経験はできないが、水のなかに入ってきた空気を鰓から取り込むように、それを呼吸することで、この世界をより良いものにしようと決意することになる。そのため、こうした概念は経験できなくても、実際に必要なものであり、プラグマティックな価値を持つ。
ジェームズは、この章でさらに、この解決法を世界が一か多かという哲学上の問題に適応を試みる。もちろん、この問題は、
「諸君のなかには、この問題のために眠られぬ夜な夜なを過したという人はごく小数しかおられぬことと思う」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.96 ~97)
と言うように、これを考えたらまた眠れなくなっちゃうという人は、そうはいないであろう。しかし、哲学的に含みの多い問題なので、あえて取り上げるという。この問題は、わが国では西田哲学の問題とも関連する部分でもある。
哲学が世界の統一性を求めるものであることに異議を唱える人はほとんどいないであろう。ただ、事物の多様性を無視してもいいのかというと、そうでもない。「統一」はあくまで知性の要求の一つでしかない。
「われわれの知性が真に目指すものは、多様性だけでもなければ統一性だけでもなく、全体性である。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.98)
世界が一か多かという場合、一であるということにはいくつか意味がある。
1、論議の一つの主題となる。
つまり、宇宙は多だという人同士でも、結局は同じ宇宙について議論をしている。「そうですか、あなたの宇宙はたくさんあるんですか。私の宇宙は一つしかないんですよ」ということにはならない。
2、事物は連続的である。
はるか彼方にあるアンドロメダ星雲にしても、われわれの住む世界と別の世界にあるのではない。ブラックホールの向こうに別の宇宙が、なんてSFネタもあるが、この場合でも何らかの行き来が可能な通路によってつながっている。また、いわゆる多元宇宙論というのも、少なくとも時間の分岐点まで遡れば連続していたことになる。いずれにせよ、座標がちがうだけで同一時空に存在していることには変わりない。
3、事物をつなぎ合わせている誘導線をたどることができる。
時空という抽象的な座標のみならず、宇宙は光や電磁波や様々な物理的な作用によってつなぎ合わされている。
ここでジェームズは一つのたとえ話として、「ブラウンはジョーンズを知り、ジョーンズはロビンソンを知り、という風につながって行く。そこで諸君は、次々と仲介をしてくれる人々を正しく選びさえすれば、ジョーンズからはじめてシナの王妃へでも、アフリカのピグミー族の酋長へでも、そのほか人間の住んでいるところならどこの国へでも、ことづけを伝えることができるのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.102)と言っている。(1957年の訳なので、「シナ」だとか「酋長」だとか、ちょっと不適切な表現が見られるが、これはジェームズの責任ではない。)このように友達の和をたどってゆけば、誰のところにもたどり着く。このたとえは、現代的にいうなら、すべての母子関係をたどってゆけば、30万年前の一人の女性を介して、すべての人類は血縁であるという、ミトコンドリア・イブの説を引くべきだろう。
4、誘導あるいは不誘導は因果的に統一されている。
つまり、世界は何か原因があって結果が起るという関係で統一されているという。しかし、この第四のものは、それまでの三つと比べて一つの飛躍がある。というのも、原因・結果は誘導線とちがい、客観的な事物ではない。そのため、宇宙の第一原因があるかどうかという問題になると、経験的には実証不能であり、カント的なアンチノミーに陥る。そのため、ジェームズも慎重に、「起源の統一の問題には解決を与えずにおいた方がよかろうと思う。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.105)と締めくくる。
5、類的統一性。
これはかなり哲学的な難しい概念だが、要するに、事物をいろいろと分類していった時に、人間は動物であり、動物は生物であり、生物は有機体であり、有機体は物質であり、物質は存在者であるというふうにたどっていった時に、一つの最高類にたどり着くかどうかという問題をいう。これはいわゆる「存在」をどのように了解するかというハイデッガー的な問題にも発展する。
6、宇宙は唯一の目的を持つ。
ここまで来ると、完全に宗教の問題になる。
7、美的統一。
これも一つの仮定で、宇宙はすべて一つの美しい物語である、と、ナチュラリストが好みそうなテーマだ。
8、唯一の認識者。
6の場合は、宇宙に唯一の目的があったにしても、それは人知を超えたものだということができた。しかし、この全知者という考え方は、もっとはるかに神秘主義的だ。いわば、宇宙のすべてを知る、宇宙と一体になる、ある種の境地が存在することを主張するものである。
プラグマティズムの立場からすれば、
「かくしてわれわれが世界を連結されるものとして経験するかぎりにおいて、まさしく「世界は一である、多くの結合がはっきり見られる限り一である。しかしそうすると、われわれが多くの不結合をはっきり見出すかぎり一でないことにもなる。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.111~112)
隣、二番目の統一性までは疑いはないが、誘導線によって連結された時、そこに何かふ結合を見出すかぎりでは一ではないことになる。
今日の物理学もこの点に関して結論は出せていない。相対性理論と量子力学を統一する「統一理論」が未だに確立されてないからだ。それは発見されるかもしれないし、ひょっとしたらないのかもしれない。ただ、科学者は統一理論への要求をあきらめるべきではないということなら言える。
「世界は純粋にして単純な一なる世界でもないし、また純粋にして単純なる多なる世界でもない。世界が一であるといわれるそのあり方はさまざまであって、それらのあり方が、正確に見届けられるならば、科学的研究にもそれだけの判然としたプログラムのあることを暗示している。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.112)
少なくとも誘導線によって連結された統一性までは、科学者は求めても言いし、求めるべきであろう。ただ、それを越えると、もはや科学の域を超えてしまうことになる。
そして、そのあと、それ以上の統一の幻想について、ジェームズは気質の問題としながら、安らぎは感じるが、プラグマティックな立場からはどうでもいい問題となる。
「かくしてわれわれは、事物が一部は結合され一部は分離されている常識の世界に踏みとどまらねばならない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.121)
そして、次の章はその「常識」が問題となる。
第五講 プラグマティズムと常識
絶対的な一というのが一つの仮説にすぎず、事実上我々の知っている世界が不完全であるというプラグマティズムの見解は、常識的な世界と一致する。
「知識に関していえば、世界はまさしく変化し生長する。我々の知識が完成してゆく┬それが完成する以上┬仕方に関する或る一般的な考察は、本講の題目すなわち「常識」にきわめて都合よくわれわれを導いてくれる。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.123)
知識は世界の統一性としてではなく、むしろ断片的な事実の認識から始まる。それをジェームズは油の染みによってできた斑点にたとえる。
「まず第一に、われわれの知識はぽつりぽつり斑点的に生長してゆく。この斑点は大きいこともあるし、小さいこともある、がしかし知識が全面的に生長することは決してない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.123)
「われわれの心はこのように斑点をなして生長する、そしてその斑点は、油の斑点しみのように、拡がって行く。しかしわれわれはできるだけこれを拡げまいとする、つまりわれわれはわれわれの旧い知識、旧い偏見や信念をできるだけ変えないでおこうとする。われわれは新しいのととりかえるよりもむしろつぎはぎしたり、つくろったりするのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.124)
さらに注意して読まなくては読み落としそうだが、ジェームズはこれを遺伝子にもたとえている。つまり今日の「ミーム」の先駆けといってもいいかもしれない。
「われわれの五本の指、耳骨、尾骨の痕跡、その他の「痕跡的な」諸性質と同じように、古い考え方はわれわれ人類の歴史におけるもろもろも出来事の消しがたい形見としていつまでも残るかもしれない。われわれの祖先は或る瞬間に突然、自分が想像もしなかったような考え方をしはじめたことがあったかもしれない。しかし、彼らが一度それをした以上、その後はそれが遺伝となって続いてゆくのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.125)
魚類が地上に上った時、浮き袋が肺になったように、生物の進化は全く新しいものを設計しなおすのではなく、あくまで遺伝子配列の変異の蓄積によって、既にあるものの形をかえてゆくことで、新しい環境に適応してゆくことしかできない。常識もまた、たとえ時代が大きく変化しても、全く新しい思想に取って代わることはなく、たいてい過去の遺産をひもといて、使えそうなものを見つけてきては「復古」という形を取ることが多い。
常識というのはだいたいは日常平均的に信じられている断片的な知識のことで、通用する範囲は様々である。グローバルスタンダードと言われるものから、ある国、ある民族、ある地域、ある種の業界、、ある種の結社や宗教団体のみで通用するものあり、さらには一つの会社だけでとか、家の中だけでしか通用しないような、きわめて狭い範囲の常識もある。
内容も、生得的な普遍的のものから、科学的なもの、道徳的なもの、宗教的なもの、処世訓、生活習慣、教養、トリビア、ゴシップや迷信に至るものまで、様々なものが含まれている。
常識というのは、シマウマの円陣にたとえることができるかもしれない。シマウマが見事な円陣を作るのに、指導者は要らない。ただ、群の外にはみ出していると、肉食獣の目に留まりやすく、襲われる率が高くなることを知っているだけでよい。襲われないようにするには、できる限り他の個体とくっついていた方がいい。全員がそう思うと、自ずと円陣になる。ちょうど宇宙の塵が引力でお互いを引き寄せ合っているうちに、球状の星が出来上がるようなものだ。
常識もまたそういうもので、一人だけ違うことを言っていると仲間はずれになるから、他人の意見に自分も合わせようとする。誰もがそうすれば、自ずとみんな一様に同じことを言うようになる。
そんな常識を最も特徴付けているのは、誰にでもわかりやすい単純さであり、単純であるがゆえに高度な緻密な体系を構成することができず、断片的な知識に留まる。そのため、常識は基本的に多元的であり、矛盾に満ちている。
しかし、一方でジェームズは「常識」を通俗的な「世なれた」という意味と区別して、哲学的にはある種の思考の範疇(カテゴリー)を用いる人という意味で用いる。
「実際上の用語で常識のある人といえば、判断が正しい人、異常なところのない人、アメリカ語で申せば、世なれた人のことである。哲学上では全く違った意味をもっていて、ある種の知的な思考の形式ないし範疇を用いる人のことである。もしわれわれが蟹か蜜蜂だったとしたら、われわれの身体組織は経験を理解する現在の様式とは全く異なった様式を用いることになっていたに違いない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.126)
そして、その常識的なカテゴリーとして、以下のものを列挙する。
事物
同あるいは異
種類
精神
物体
一つの時間
一つの空間
主体および属性
因果的影響
想像的なもの
実在的なもの
まず、ジェームズは事物の永続性について、ボストンの天気の予想困難なことを例として取り上げ、本来混沌とした認識を、誰かがその永続性を発見し、文化として広まっていったかのように議論する。これは当時英米系の哲学で主流だった(今でも信奉者は多いが)白紙説(タブラ・ラサ説、ブランク・スレート説)によるもので、こうしたカテゴリーもカントのいうようなアプリオリ(先験的あるいは先天的)なものではなく、どこかの天才が発明したものだという立場を取る。
事物の永続性について、ジェームズは赤ちゃんを例に取る。
「赤ん坊はがらがら鳴る玩具おもちゃが手から落ちてもそれを探すことはしない。その玩具が赤ん坊から「消滅」したのは、燈火が消えるのと同じなのである。再びともすと燈火が帰ってくるのと同じに、再び握らせてやると、玩具は帰ってくるのである。その玩具が一つの「事物」であって、玩具が相継いで出現するその前後の間に恒常な玩具というものの存在そのものを挿入できるというような観念は、もちろん赤ん坊には起こったことがないのである。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.129)
これは当時は一般的な「常識」だったのかもしれない。赤ちゃんがいつ頃からものの恒常性を認識するようになるか、実験と観察によって科学の対象となるには、20世紀後半の発達心理学者、ジャン・ピアジェの登場を待たなくてはならなかった。
ジャン・ピアジェによれば、この能力の獲得には1年くらいかかるという。
物が消えることに何の興味を示さないのは、生後1ヶ月くらいまでで、1~4ヶ月くらいだと、モノの消えた場所をじっと見つめるようになる。4~8ヶ月くらいの間は、ポケットから少しはみ出たおもちゃを引っ張り出したり、おもちゃを落とすと床を探したり、トンネルに入った汽車のおもちゃの出口を見つめるようになる。8~12ヶ月になると、ほぼ物の永続性を理解する。
物の永続性の認識は、生後にこのように発達するということは、必ずしも「学習説」を証明するものではない。むしろ、世界中の赤ちゃんが、その所属する文化に関係なく、同様な時期に物の永続性を認識するとすれば、そこに遺伝的なプログラムが作用していると考えられる。
フランチェスコ・ナタレらは、ニホンザルやゴリラの子供に同様の実験をしたところ、ニホンザルは物の永続性について理解がないが、ゴリラにはあるということがわかった。
この実験は基本的には、見えない動きを予測する能力であり、見えないものが消滅したかどうかの実験ではない。ニホンザルも、餌を隠せば、その消えたあたりを一生懸命探す。つまり、消えたのではなく、まだどこかにあると推測している。ただ、それまでの物体の動きから、次の位置を推測しないというだけにすぎない。その意味では、ニホンザルにも、物の永続性の概念はあるのかもしれない。
実際、野生での生活において、恐ろしい肉食獣や猛毒の蛇が、物陰に隠れたからといっていなくなったと判断していたのでは、生死に関わる。むしろ、規則的な動きをすることのないこれらの敵が、トンネルに入ったからといって常に反対側の出口から出てくると思い込むのは、かえって危険なことですらある。
次にジェームズは、
「今日でもなお科学と哲学とはわれわれの経験のうちに空想的なものと実在するものとを分離しようと努力しているが、原始時代にはこの点に関してごく幼稚な区別しか行わなかった。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.130)
というが、これも当時は「常識」だったのだろう。今ではこれを「偏見」と呼ぶ。
こうした当時支配的だった白紙説の常識は、時間・空間の認識にも及ぶ。
「かの一つの時間は、われわれが皆それを信じかつあらゆる出来事がそこでそれぞれ一定の日附けを持つものであり、かの一つの空間は、あらゆる事物がそこでそれぞれの位置を占めるものであって、これらの抽象的な概念による世界の統一は他に比類を見ないほどのものである。しかし概念として完成されたこのような形の時間および空間というものは、自然人の漠然たる無秩序な時間経験および空間経験とどれほど違っていることであろう。われわれに起ることはすべてそれ自身の持続と延長をもっている、そして持続も延長もその限界線が「より以上の」持続と延長によって漠然ととり囲まれていて、これが次に起ってくるものの持続と延長の中へ流れ込むのである。しかし、われわれはすぐに自分の占めている一定の方位を見失ってしまう。子供たちが過去全体をこね混ぜてしまって昨日と一昨日との区別をつけかねるばかりでなく、われわれ大人でも、時間の経過が長い場合には同じような混乱に陥ってしまうのである。空間の場合も同じことである。地図の上ではロンドンやコンスタンティノーブルや北京と私が現にいる場所との関係をはっきり知ることができるが、実際には、地図が象徴している事実を感ずることが全くできない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.131)
これは、人間が時間や空間に対して持っている基本的な認識能力と、それを記憶する能力とを混同している。
われわれが直接部屋の中を見回してみて、そこの空間が急激に変化したりひずんだりしたり、ぐるぐる回って見えたりしないし、ピカソのキュービズムの絵のように物が見えたりはしない。空間認識はその点で、安定した生得的な能力なのである。これと地図を読んでロンドンやコンスタンティノーブル(現イスタンブール)の場所を知る能力とは明らかに別のものだし、見えもしないこういう異国の都市を直感的に認識するなんてことも不可能だ。
時間に関しても、近い過去と遠い過去とを取り違えるのは、単なる記憶の問題にすぎない。もちろん、時間の長さの感覚は時計のそれとは異なり、楽しい時は早く過ぎ、苦しく退屈な時間はなかなか経過しないし、寝ている間の時間はあっという間に経過する。しかし、われわれが過去から未来へ至る非可逆的で直線的な時間を常に感じ取るのは確かだ。記憶が前後するように、現前の時間感覚が未来や過去にループすることはない。そして、これらは学習しなかったなら身につかないというようなものでもない。
常識は決してわれわれの素朴な認識ではない。むしろ、それは社会的に形成された通念であり、原始的な社会であれ現代社会であれ、自分で直接見たものよりも世間で一般に言われている事の方を信じる傾向から来るといってもいい。
これに対し、科学はその常識を疑い、実験を行い、自分の目で確かめようとするところから発展してきた。一方で、哲学はやはり常識を疑い、自分の内面を自分で観察し、合理的に体系づけることで何だかの真理を引き出そうとしてきた。しかし、これらの範疇は経験を超えて適用されれば、結局矛盾してしまうことになる。
「科学と批判的哲学とは、このようにして常識の境域を爆破する。科学は素朴実在論にとどめをさす。つまり「第二」性質は非実在的なものになり、第一性質だけが残るのである。批判哲学は一切のものを爆破する。常識の範疇とは人間思想の崇高な手品、つまり手の施しようもない感覚の激流のまっただなかに立って途方に暮れているわれわれがそこから抜け出ようとする逃げ道でしかないことになる。」
常識は一方ではミームのようなものであり、
「天才たちが非凡な能力を働かせなかったならば、きっと永久に続いたに違いないと思われるほど日常の実際的目的の要求を満たしながら自然の表面と均衡を保つことのできたきわめて幸運な諸仮説(歴史的にいえば、少数の人によって発見ないし発明せられたものであるが、しかし徐々に伝達されて、万人に用いられるにいたった仮説)の集合でしかありえない、という疑いである。どうか、常識に関するこの疑いを心にとどめていただきたい。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.142)
というようなものである。
科学も哲学も、その断片的な知識は、確かに我々の常識の中に取り込まれている。しかし、知識の体系そのものは我々の常識からはこぼれ出てゆく。そのため、相対性理論の詳細が我々の「常識」になることはないだろうし、カントのカテゴリー表が常識となることもない。
そして、科学と批判哲学はそれを乗り越えようとするものでありながらも、
「いずれもある一定の目的に対しては申し分のないものであるにもかかわらず、なおお互いに相争い、いずれが絶対的な真実性を要求しうるともいえない。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.142)
そして、その解決策として、
「そのような種々の思考タイプが存在しているということは、われわれの理論が、真意の設定にかかる世界の謎を解く啓示とか霊知的解答とかいうものではなくして、むしろすべてが道具であり実在に対する心の順応の様式であるとするプラグマティックな見解に有利な推定を呼び起こすことになりはしないであろうか。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.142)
ということになる。
第六講 プラグマティズムの真理観
「クラーク・マックスウェルは、幼いころ、なんでも一々説明を聞かずにはすまぬ癖があって、ある事柄について曖昧な言葉だけの説明で打ち切られたりすると、もどかしげに「わかったよ、だけどホントノコトを話して欲しいんだよ」といって相手を遮ったと伝えられている。もし彼の質問が真理に関するものであったとしたら、それをホントに彼に話してやれたのはプラグマティスとだけであったであろう。この問題について唯一の筋道だった説明を与えてくれたのは、現代のプラグマティスと、とりわけシラー氏とデューイ氏とだけであると私は信じている。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.144)
子供というのは時に大人に向って鋭い質問を投げつけることがある。大人はというと、まず常識の範囲でそれに答えようとする。ただ、しつこく「なぜそうなの?」「どうしてなの?」と突っ込まれると、いわゆる常識というのはあくまで断片的なものにすぎず、「世間の人がみんなそう言っている」というのが最大の根拠だったりするから、「そういうものだ」とか「大人になればわかる」だとか適当にごまかす。
こうしたごまかしは、大人が相手のときにもしばしば見られる。「その境地になればわかる」というのがそれだ。これなら、「おまえはわかるのかよ」と突っ込まれても、「おれは天才じゃないからわからないが、とにかく天才がそういうのだから、世の権威ある人たちがそれを認めているのだから、それを疑うべきではない」と逃げ切れる。常識というのは、「自分が言っているのではない」というのが最大の逃げ口上となる。
だが、「大人になればわかる」というのは、ある意味では一つの真理で、たいていの子供は大人になる頃にはそんな疑問など忘れているもので、クラーク・マックスウェルはその心を大人になるまで持ち続けた奇特な人間の一人だったのだろう。
それなら「ホントノコト」とは一体なんだろうか。ジェームズはプラグマティスとだけがそれに答えられると自負する。
まず、一個の真理が世間に受け入れられるには、三つの段階があるのだとジェームズはいう。
1、不合理だ。
2、心理だが、わかりきった取るに足らない真理だ。
3、重要な真理だが、それを発見したのは俺たちだ。
この三つの反応は、ジャック・デリダのいう「鍋の論理」を彷彿させる。
ちなみに、「鍋の論理」とは貸した鍋に穴があいていたときに聞く言い訳で、
1、第一俺は鍋なんて借りてない。
2、借りた時にはすでに穴があいていた。
3、返した時には穴なんてあいてなかった。
一つ一つの弁明は完璧であっても、相互にすべて矛盾しているが、我々はついつい日常的にこのような言い訳をしてしまうことが多い。そればかりでなく、哲学者の議論でも、自己の説を必死に弁護しようとするあまりに、しばしばこうした矛盾に陥ることがある。
1907年の時点では、プラグマティズムはまだ第一の段階だという。
プラグマティスとの言う真理の観念は、そんなに難しいものではない。それは、
「一つの観念ないし信念が真であると認められると、その真であることからわれわれの現実生活においていかなる具体的な差異が生じてくるであろうか?その真理はいかに実現されるであろうか?信念が間違っている場合にえられる経験がどのような経験の異なりが出てくるのであろうか?つづめて言えば、経験界の通貨にしてその真理の現金価値はどれだけなのか?」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.146)
と自らに問い、、それにこう答える。
「真の観念とはわれわれが同化し、努力あらしめ、確認しそして検証することのできる観念である。偽なる観念とはそうではない観念である。これが真の観念をもつことからわれわれに生ずる実際的な差異である。したがってそれが真理の意味である。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.147)
真理が検証可能なものでなければならないというのは、今日ではほとんどの科学者が認めるところだろうし、そんなのは常識で、何を今さらというかもしれない。そして、それとは別の、検証不能な直観的真理の存在を主張する人たちは、かなり少数派になりつつある。その意味では、今ではプラグマティズムの真理観は第三の段階にあるといっていいだろう。
「ひとつの観念の真理とはその観念に内属する動かぬ性質などではない。真理は観念に起ってくるのである。それは真となるのである。出来事によって真となされるのである。真理の真理性は、事実において、ひとつの出来事、一つの過程たるにある、すなわち、真理が自己みずからを真理となして行く過程、真理の真理化の過程たるにある。」(『プラグマティズム』W・ジェイムズ、1957、岩波文庫、p.147)
真理が観念と事実との一致だという考え方は古くからあった。しかし、その場合、観念は事実と独立して、超越したものと考えられてきた。そして、その超越的な観念は、瞑想などの内省的な方法で得られるとされてきた。これに対し、プラグマティズムが画期的だったのは、真理は、事実と照らし合わせ、検証を繰り返し、鍛えられてゆくことで、より真理に近づくという考え方だった。真理は「ある」のではない。真理はより真理になろうとする過程に他ならない。
このような発想は、20世紀後半にカール・ポパーによって、単に検証に耐えるだけでは真理とは言えず、反証可能なものでなくてはならないとされるようになった。つまり、検証の繰り返しはそれだけで真理を保障するものではない。絶えず反対仮説が可能であり、検証を継続できるということが条件になる。真理は経験から帰納されたものではなく、検証の継続性にある。反証不能なものはドグマであり、真理とは言えない。
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正当な国家統治は、ただ法にもとづいてのみ行われる。したがって法治国家のみが正当である。なぜなら法の対象は、特定の対象や個人ではなく、一般的なものであり、それゆえ法は本質的に公共の利益を目指すからだ。
ではなぜ法が公共の利益を目指すのか?それは市民に「立法権」が属するからだ。国家は自己を保全するために立法しなければならないが、国家にそうした方向づけを与えるのは一般意志である。政府が立法する権利をもつわけではない。
法治国家は、一般意志を反映している法律に基いて統治が行われている場合に限りにおいて正当と見なすことができる。一般意志にもとづいてない法律を施行し、それによって人民を抑圧的に扱っているような国家は正当ではない。
立法権が人民に属する一方、「執行権」は政府に属する。
政府は主権者に代わって政治行為を行う存在だ。しばしば政府は主権者と混同されるが、政府は主権者の代理人であり、公僕にすぎない。それゆえ政府の意志は主権者の意志(一般意志)にもとづいていなければならず、政府は一般意志に従って執行権を行使しなければならない。
一般意志にもとづいた政府の政治行為のみが、統治の名に値する。一般意志がなければ政府は存立しえない。仮に存在しているとしても、一般意志にもとづいていなければ、それは不当だ。
国家と政府、この二つの団体には、次の本質的なちがいがある。つまり、国家は自分自身で存在するのに、政府は主権者がなければ存在しない。だから、統治者の支配的な意志は、一般意志、あるいは法に他ならず、またそうでなければならない。
投票によって一般意志が表明される
ルソーは執行権が政府に属すると主張する。では人びとが共通の利益をめがけて主権にたずさわるとは具体的にどのようなことを指すのだろうか?これについてルソーは次のように言う。
人びとが統治に直接に参加することが主権にたずさわることなのではない。統治は政府に任せられるべき仕事だ。代わりに、投票によって提案された法律が一般意志にかなっているかに関して答えを与えることが、市民の果たすべき役目だ。
ある法が人民の集会に提出されるとき、人民に問われていることは、正確には、彼らが提案を可決するか、否決するかということではなくて、それが人民の意志、すなわち、一般意志に一致しているかいなか、ということである。
気をつけなければならないが、ルソーは「多数者=一般意志、少数者=特殊意志」と言っているのではない。全体としての投票結果それ自体が一般意志の現われである、と言うのだ。
それゆえ、一般意志が表明されるためには、一般意志をつねに表明するような投票制度を規定すること、つまり選挙制度に透明性を確保する必要がある。正当な投票制度が確立している場合にかぎって一般意志は表明されうるからだ。賄賂や汚職などによる不正選挙がまかり通っている場合、一般意志を表明することはできない。不正な選挙が行われている国家は、たとえ形式上は民主主義国家の体制を取っていたとしても(北朝鮮にも選挙制度はあるにはある)、その内実は独裁国家や全体主義国家のそれと等しいのだ。
民主主義の原理を打ち出したルソー
中心軸を取り出してみると、ルソーはファシズムや全体主義を擁護したと見るよりも、社会契約の概念と一般意志の原理によって正当な市民社会=民主主義社会の原理について考察したとするのが、おそらく妥当だろう。
ホッブズも『リヴァイアサン』で市民社会の原理について考察を行ったが、原理の深さではルソーのほうが上回っている。
ホッブズとルソーとも、相互に等しい人間同士が国家を構成しているという見方を打ち出した点では共通している。『リヴァイアサン』を解説したときにも触れたが、これはキリスト教がいまだに強い勢力をもっていた時代においては、とても先駆的かつ"危険"な世界観だった。『リヴァイアサン』は当時のイギリスで危うく発禁処分となりかけたし、『社会契約論』は絶対王制下のフランスで発禁処分となった。社会契約説は、王権神授説に基づく当時の政治体制にとってきわめて重大な脅威と映ったのだ。
ルソーは、市民社会は、人びとが投票によって表明した一般意志にもとづき、一般意志の指導のもとで運営されねばならないと考えた。人びとが政府を作る第一の目的は、自分たちの自由をみずから確保することにある。この目的が市民社会の動因であり、そのためには投票を通じて、一般意志がよりよく政治に反映されるよう積極的にチェックしなければならない、と。
個人は国家の単なる構成員ではない。個人は市民として、相互に自由を保障することが国家を作った第一の目的であることを忘れず、自分の利害(特殊意志)をこの目的(一般意志)に優先させないよう、つねに意識しておく必要がある。さもなければ主権は形骸化してしまう。この観点はホッブズには見られないものだ。
実効性と正当性を混同しない
「統治の実効性は結局のところ力によって支えられているのだから、社会契約そのものが力に支えられているのでは?」
確かに、力がなければ統治を維持することができない。ただそのことと、その統治が果たして正当なものといえるかについては、全く質の異なる問題だ。社会契約それ自体が実効性をもたないことについては、ルソーは百も承知していた。『人間不平等起原論』ではこう言っていた。
社会はまず、ただ若干の一般的な協約だけから成立したのであって、すべての個人がこれを守ることを約束し、彼らの各々に対して共同体がその協約の保証人となっていた。そのような組織がいかに薄弱であったか、また、公衆だけがその証人であり、裁判官でなければならなかったような過失に対する証拠や処罰を免れることが違反者にとっていかに容易であったか、それを経験によって教えられたにちがいない。人々はいろいろなふうに法網を潜ったにちがいない。そして不便と無秩序とがどこまでも殖えていったので、ついには人々は公権力の保管という危険な役目を幾人かの個人に委託しようと考え、そして、人民の議決を守らせる仕事を為政者に委任するにいたったにちがいない。
約束だけでは社会秩序は確保できないこと、それゆえ自由で平等な社会の道は閉ざされていること、このことをルソーはハッキリと認識していた。そのためには力がいずれにしても必要となる。
ルソーにとっての問題は、その力が正当であるかどうかであって、一般意志はその正当性の根拠として取り出されたものなのだ。実効性であれば、クーデターによって政権を得た場合でも、権力としては確かに実効的だ(強大な軍事力を備えていればいるほど、実効性は増す)。しかし正当性という観点からすれば、一般意志を取り出すための主要な手段である選挙によらず、軍事力によって政治権力を強奪したわけだから、明らかに不当だ。これは別に特別なことではなく、言われてみればごく当然のことではないだろうか?
一般意志のグローバル的展開
社会契約論 (岩波文庫)
ルソーを受け継いで考えるべき問題を提示するとすれば、それは一般意志をグローバルな水準で拡大できるかというものだ。
ルソーは一般意志を一国家の原理として考えていた。これは時代的な制約からすると仕方のないことだ。しかし現代はグローバリゼーションの時代であり、自由と平等の両立は国際的な視点で考えなければいけない。先進国と発展途上国の間の格差はたえず拡大している。いくら一国家で考えていても、それだけでは足りない。一般意志をグローバル化した現代社会に適用するためには、それに合わせたアップデートが必要だ。この問題はとても困難だが、取り組むべき価値はあるはずだ。
ではなぜ法が公共の利益を目指すのか?それは市民に「立法権」が属するからだ。国家は自己を保全するために立法しなければならないが、国家にそうした方向づけを与えるのは一般意志である。政府が立法する権利をもつわけではない。
法治国家は、一般意志を反映している法律に基いて統治が行われている場合に限りにおいて正当と見なすことができる。一般意志にもとづいてない法律を施行し、それによって人民を抑圧的に扱っているような国家は正当ではない。
立法権が人民に属する一方、「執行権」は政府に属する。
政府は主権者に代わって政治行為を行う存在だ。しばしば政府は主権者と混同されるが、政府は主権者の代理人であり、公僕にすぎない。それゆえ政府の意志は主権者の意志(一般意志)にもとづいていなければならず、政府は一般意志に従って執行権を行使しなければならない。
一般意志にもとづいた政府の政治行為のみが、統治の名に値する。一般意志がなければ政府は存立しえない。仮に存在しているとしても、一般意志にもとづいていなければ、それは不当だ。
国家と政府、この二つの団体には、次の本質的なちがいがある。つまり、国家は自分自身で存在するのに、政府は主権者がなければ存在しない。だから、統治者の支配的な意志は、一般意志、あるいは法に他ならず、またそうでなければならない。
投票によって一般意志が表明される
ルソーは執行権が政府に属すると主張する。では人びとが共通の利益をめがけて主権にたずさわるとは具体的にどのようなことを指すのだろうか?これについてルソーは次のように言う。
人びとが統治に直接に参加することが主権にたずさわることなのではない。統治は政府に任せられるべき仕事だ。代わりに、投票によって提案された法律が一般意志にかなっているかに関して答えを与えることが、市民の果たすべき役目だ。
ある法が人民の集会に提出されるとき、人民に問われていることは、正確には、彼らが提案を可決するか、否決するかということではなくて、それが人民の意志、すなわち、一般意志に一致しているかいなか、ということである。
気をつけなければならないが、ルソーは「多数者=一般意志、少数者=特殊意志」と言っているのではない。全体としての投票結果それ自体が一般意志の現われである、と言うのだ。
それゆえ、一般意志が表明されるためには、一般意志をつねに表明するような投票制度を規定すること、つまり選挙制度に透明性を確保する必要がある。正当な投票制度が確立している場合にかぎって一般意志は表明されうるからだ。賄賂や汚職などによる不正選挙がまかり通っている場合、一般意志を表明することはできない。不正な選挙が行われている国家は、たとえ形式上は民主主義国家の体制を取っていたとしても(北朝鮮にも選挙制度はあるにはある)、その内実は独裁国家や全体主義国家のそれと等しいのだ。
民主主義の原理を打ち出したルソー
中心軸を取り出してみると、ルソーはファシズムや全体主義を擁護したと見るよりも、社会契約の概念と一般意志の原理によって正当な市民社会=民主主義社会の原理について考察したとするのが、おそらく妥当だろう。
ホッブズも『リヴァイアサン』で市民社会の原理について考察を行ったが、原理の深さではルソーのほうが上回っている。
ホッブズとルソーとも、相互に等しい人間同士が国家を構成しているという見方を打ち出した点では共通している。『リヴァイアサン』を解説したときにも触れたが、これはキリスト教がいまだに強い勢力をもっていた時代においては、とても先駆的かつ"危険"な世界観だった。『リヴァイアサン』は当時のイギリスで危うく発禁処分となりかけたし、『社会契約論』は絶対王制下のフランスで発禁処分となった。社会契約説は、王権神授説に基づく当時の政治体制にとってきわめて重大な脅威と映ったのだ。
ルソーは、市民社会は、人びとが投票によって表明した一般意志にもとづき、一般意志の指導のもとで運営されねばならないと考えた。人びとが政府を作る第一の目的は、自分たちの自由をみずから確保することにある。この目的が市民社会の動因であり、そのためには投票を通じて、一般意志がよりよく政治に反映されるよう積極的にチェックしなければならない、と。
個人は国家の単なる構成員ではない。個人は市民として、相互に自由を保障することが国家を作った第一の目的であることを忘れず、自分の利害(特殊意志)をこの目的(一般意志)に優先させないよう、つねに意識しておく必要がある。さもなければ主権は形骸化してしまう。この観点はホッブズには見られないものだ。
実効性と正当性を混同しない
「統治の実効性は結局のところ力によって支えられているのだから、社会契約そのものが力に支えられているのでは?」
確かに、力がなければ統治を維持することができない。ただそのことと、その統治が果たして正当なものといえるかについては、全く質の異なる問題だ。社会契約それ自体が実効性をもたないことについては、ルソーは百も承知していた。『人間不平等起原論』ではこう言っていた。
社会はまず、ただ若干の一般的な協約だけから成立したのであって、すべての個人がこれを守ることを約束し、彼らの各々に対して共同体がその協約の保証人となっていた。そのような組織がいかに薄弱であったか、また、公衆だけがその証人であり、裁判官でなければならなかったような過失に対する証拠や処罰を免れることが違反者にとっていかに容易であったか、それを経験によって教えられたにちがいない。人々はいろいろなふうに法網を潜ったにちがいない。そして不便と無秩序とがどこまでも殖えていったので、ついには人々は公権力の保管という危険な役目を幾人かの個人に委託しようと考え、そして、人民の議決を守らせる仕事を為政者に委任するにいたったにちがいない。
約束だけでは社会秩序は確保できないこと、それゆえ自由で平等な社会の道は閉ざされていること、このことをルソーはハッキリと認識していた。そのためには力がいずれにしても必要となる。
ルソーにとっての問題は、その力が正当であるかどうかであって、一般意志はその正当性の根拠として取り出されたものなのだ。実効性であれば、クーデターによって政権を得た場合でも、権力としては確かに実効的だ(強大な軍事力を備えていればいるほど、実効性は増す)。しかし正当性という観点からすれば、一般意志を取り出すための主要な手段である選挙によらず、軍事力によって政治権力を強奪したわけだから、明らかに不当だ。これは別に特別なことではなく、言われてみればごく当然のことではないだろうか?
一般意志のグローバル的展開
社会契約論 (岩波文庫)
ルソーを受け継いで考えるべき問題を提示するとすれば、それは一般意志をグローバルな水準で拡大できるかというものだ。
ルソーは一般意志を一国家の原理として考えていた。これは時代的な制約からすると仕方のないことだ。しかし現代はグローバリゼーションの時代であり、自由と平等の両立は国際的な視点で考えなければいけない。先進国と発展途上国の間の格差はたえず拡大している。いくら一国家で考えていても、それだけでは足りない。一般意志をグローバル化した現代社会に適用するためには、それに合わせたアップデートが必要だ。この問題はとても困難だが、取り組むべき価値はあるはずだ。
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ギリシャ危機とユーロの行方-債務危機の波及
ギリシャの財政危機に端を発する問題が、欧州と世界を震撼させている。欧州の金融不安は、ユーロに対する市場の信任を揺るがしつつある。G20カンヌ・サミットの結果、ギリシャは、国民投票を撤回し、パパンドレウ内閣は信任が得られた。EU・ユーロ圏各国がまとめた包括策をギリシャは受け入れる方向にあり、暫定連立政権樹立の後、議会で承認される目途がたった。これにより危機は、ひとまず回避されたかに見える。
根本的な問題
ユーロ圏第3位のイタリアでも危機が露呈し、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルに次いでIMFの監視下に置かれることになった。それゆえユーロ崩壊や世界経済危機への引金となるのではないかという懸念
EUが今直面している財政危機、ユーロ危機の原因は何か、どのようなリスクを抱えてEUは苦悩し、いかなる方向へ向かおうとしているのか、またその解決策はあるのだろうか。
1 世界経済・金融危機とユーロ圏における財政危機の背景
欧州統合は、グローバリゼーションを歴史的に半世紀ほど先んずる「歴史的実験」である。とくに経済通貨統合は、「国境を越えて人や資本やモノやサービスを移動させる」というEU統合のプロジェクトと直接関わっている。欧州単一通貨ユーロが、1999年に銀行の計算単位として導入され、2002年からは紙幣やコインが発行され、ユーロ加盟国市民の日常生活に溶け込み、10余年の歳月を重ねた。強い通貨であったドイツのマルクやフランスのフランなどが自国の通貨主権を放棄し、現在27加盟国中17か国が欧州単一通貨ユーロ加盟国へと変わっている。ユーロを導入することの経済的なメリットは、①為替レートの変動の消失による貿易・投資の安定化、域内貿易の促進、②為替手数料の節約、③域内市場統合戦略の観点から、競争促進や規模の経済効果による能動的利益の増加、④マクロ経済環境の改善、インフレ・財政赤字抑制、金利低下を通じた経済成長の促進、⑤金融・資本市場でのユーロ金融ビジネスの活性化などを挙げられる。
ユーロ導入は、EU統合における一種の政治的シンボルとして機能し、欧州市民としてのアイデンティティを強化する政治的、社会的効果をもつだけではなく、為替リスクを消滅させ、国境を越える資金の流れを増大させて、欧州経済の活性化に寄与してきた。しかし、その半面で2008年のリーマンショックに端を発する影響は、ユーロ圏諸国の金融の歪み、構造的矛盾や経済ガバナンスの欠陥を浮き上がらせる結果となっている。
2 ギリシャ財政危機の原因と他の加盟国への財政危機の波及
ユーロ参加の条件として「安定成長協定」を定め、参加国は財政中期計画(5カ年)を欧州委員会に提出する義務を負うとともに、財政赤字比率をGDP比単年度で3%以内に抑え、累積政府債務残高はGDP比60%以内とする条件を守るように要請した。しかし現実には、この仕組みは上手く機能しなかった。ギリシャのドラクマのような弱い通貨を持っていた国もユーロに参加することで信用力が高まり、赤字国債の発行が容易となり、物価安定と低金利を享受しながら、ギリシャは世界中から投資を呼び込むことが可能となった。さらに証券化や新たな金融商品の開発と相まって、ギリシャをはじめとするユーロ圏では信用・不動産バブルの膨張へと繋がっていた。
しかし2008年9月以降、アメリカの不動産バブルが崩壊し、2009年には欧州、ギリシャにも金融・経済危機が飛び火した。2009年にヘッジファンドと投資銀行は、ギリシャを狙い撃ちして財政危機を引き起こした。国債を買う時にCDS(Credit Default Swap)と呼ばれる一種の保険を掛けるが、ヘッジファンドはこれに目をつけた。国債の利払いや償還できなくなった場合に債務不履行(デフォルト)となるが、債権者に国債の保障会社が替わりに補償金を支払う仕組みがCDSである。しかしCDS自体が金融商品として機関投資家の取引の対象となり、ヘッジファンド、投資銀行は「国債の空売り」と「CDSの売買」を通じて二重に利益を得られる状況となった。そのような状況の中で2009年10月にギリシャの政権交代が起こり、パパンドレウが新しく政権を獲得し、「過去のデータに嘘(財政赤字データの改竄)があった」と表明した。2009年度のギリシャの財政収支は、当初GDP比で3.7%の赤字であると前政権は発表していたが、実際には12.5%の財政赤字を抱えていることを明らかにした。その途端、市場ではギリシャ国債に対する不信が市場で表明され、格付会社がギリシャ国債の格下げを数度にわたり行い、ギリシャ危機が起こった。
一見するとギリシャだけユーロ圏から切り離せばよいように見えるが、フランスやドイツがギリシャの国債を沢山購入しており、実際には各国が赤字国債をお互いに買い合って支え合っている。ギリシャがデフォルト(債務不履行)を起すと、フランスやドイツの大銀行は痛手を被り、フランスやドイツの金融システム自体が崩壊する危機に陥る恐れもある。財政赤字が膨らんでいる国々は、PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)と呼ばれている。これらの国々で不動産バブルがはじけた結果、経常収支の赤字や対外債務が増大していき、他方で国内の財政改革、構造改革は上手く進まず、産業構造がどんどん劣化していく状況にあり、EUレベルで対応せざるを得ない。各国が財政赤字を無くすためには超緊縮財政政策を採る方法しかないが、国民は黙っていない。EUの要請を受けて、緊縮財政に向けた改革を政府が行おうとすると、デモやストライキが起こり、暴動にまでに発展し、現在でも危機が収束できない状況にある。
3 財政支援問題とユーロとEU経済ガバナンスの行方
EUでは、財政危機に陥った場合の救済手法として、緊急的にEUが危機的な国や銀行に財政支援を行い、急場をしのいで財政再建の時間をかせぐための制度が設計された。2010年に5、000億ユーロの融資枠で「欧州金融安定基金(EFSF)」を作り、そこからギリシャやアイルランド等に財政支援する枠組みがつくられた。その後EFSFの基金の総額は、7、800億ユーロ(約82・7兆円)まで拡大されたが、さらに1兆ユーロまで拡充することが目指されている。日本も26億7500万ユーロ(約2800億円)を外国為替資金特別会計により購入し、欧州支援に協力した。しかし欧州の資金調達能力はまだ充分ではなく、今回のサミットでも新興国からの協力を得る約束を取り付けることはできなかった。EFSFによる救済融資には、支援対象国にユーロ財政規律の厳守と年金カットなどの厳しい財政再建努力が課せられる。さらにEUが「経済ガバナンス」と名づける、EU/欧州委員会による加盟国の経済・財政政策に対する監視強化の制度化が行われた。EU財務相理事会は、2011年から金融監督強化に関する銀行・保険・証券部門の監督機関、欧州金融監督制度(ESFS)の創設、「欧州セメスター」と名付けられた事前の監視サイクルをシステム化し、EUレベルで各国の中期財政計画を事前評価し、加盟国の財政状況を常にモニターして危機管理することを試みている。またECBは、2010年以降ギリシャやアイルランドなど危機に陥った国の国債を大量購入するという行動をとったが、これは通貨価値の信頼を低下させることに繋がるという批判もあり、物議を醸している。
2011年11月初旬の主要20か国・地域(G20)首脳会議(カンヌ・サミット)の最大のテーマは、欧州における政府債務危機の波及問題であり、EU・ユーロ圏加盟国がまとめた「包括策」をギリシャが実行できるかどうかが注目された。また、公務員削減、賃金や年金カットなどを含む緊縮財政に対するギリシャ国民の反発も大きいため、包括策を実施するうえでの不安要因も少なくない。しかしギリシャ危機がユーロ圏の強化を制度化する役割を果たしたのは確かであり、その意味ではEU統合に寄与したといえる。
日本も歴史的な円高が続く経済環境のなかで、東日本大震災からの復興と福島第1原発事故の処理、および超高齢社会のリスクへの対応という重い深刻な課題を抱え、欧州と同様に苦悩している。2000年以降10年間にわたり、あらゆる就労年齢層で可処分所得の減少が続いている。これは小泉改革により、非正規雇用が増大し、正規雇用職が激減したことの影響も大きい。労働者が不安定かつ脆弱な経済状況下に追い込まれ、将来設計が立たず、少子高齢化をさらに加速し、深刻化させる結果を招いている。
EU経済ガバナンスやユーロ危機の行方は、EU経済通貨統合のプロジェクトとも密接不可分にかかわっており、危機の克服は時間のかかるプロセスとなる。個々の加盟国レベルでの問題解決能力を超えてしまっている。したがってEUレベルを含む、マルチ・ステークホルダーの参加する世界的規模での連携による経済・金融ガバナンス、グローバル・ガバナンスを必要とする段階にきているといえよう。グローバル化した世界経済に対応して、経済的利益のみを追求する企業や投資家に社会的責任を確保させ、その行動をグローバルなレベルで規制し、調整していくための何らかの国際的枠組みの制度化が要請されている。デフォルトであれ何であれ、モラルハザードを防ぐ仕組みは必要である。地道に努力したものが評価され、報いられる社会にすることが、今後の持続可能かつ安定した未来を築く鍵となる
ギリシャ議会:金融改革法案を可決 EUと支援交渉開始へ
【ローマ福島良典】ギリシャ議会(1院制、定数300)は23日早朝(日本時間同日午前)、欧州連合(EU)との支援交渉を開始するための前提条件となっている金融・司法改革法案を賛成多数で可決した。これを受け、EUとギリシャ政府は24日にも、3年間で最大約860億ユーロ(約11兆6500億円)の金融支援について交渉を開始する。チプラス首相率いる与党・急進左派連合から法案反対の造反議員が出たが、16日の財政改革法案可決時よりも減り、首相は求心力を維持した。
法案は銀行破綻時に保護される預金の上限を10万ユーロ(約1350万円)に設定する預金保険制度の導入が柱。債務危機を受けてEUが加盟各国への指令として定め、ギリシャ政府にも適用を求めていた。また、煩雑だった民事訴訟の法的手続きを効率化し、費用を削減するための司法制度改革も盛り込まれた。
チプラス首相は採決前、EUから支援条件として要求されている改革法制化について「新たな状況に順応しなければならない」と述べ、法案への賛成を呼びかけた。ギリシャメディアによると、採決では急進左派連合(149議席)から31人が反対、5人が棄権したが、最大野党の中道右派・新民主主義党など親EU派野党が賛成に回った。採決結果は賛成230、反対63、棄権5、欠席2だった。財政改革法案に反対票を投じたバルファキス前財務相は今回、賛成した。
法案可決を受けて、EUなど債権者側の交渉団がギリシャ入りし、24日から支援交渉を開始する見通し。ギリシャ政府は欧州中央銀行(ECB)が保有するギリシャ国債約32億ユーロ(約4300億円)の償還(借金返済)期限である8月20日までに交渉を終えたい考えだ。
財政改革法案の採決ではラファザニス・エネルギー相を含む急進左派連合議員39人が造反したため、チプラス首相は内閣改造で造反閣僚を更迭した。首相は今後、EUとの支援交渉妥結を最優先する方針とみられるが、野党の支持に頼った政権運営を続けるのは困難で、今秋にも総選挙が実施されるとの観測が強まっている。
議事堂前では22日夜(日本時間23日未明)、改革法案に反対する公共部門労組などの呼びかけで約1万人がデモを繰り広げたが、大きな混乱はなかった。
バーナンキ前FRB議長:「ユーロ安の恩恵、独のみ」 欧州の結束に警鐘
【ワシントン清水憲司】ギリシャ債務問題をめぐり、バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長が、自らのブログでドイツ批判を展開している。ドイツがユーロ安の恩恵で失業率を低下させる一方、他のユーロ圏諸国では高止まりしており、「こうした状況では、(ユーロに象徴される)欧州の結束は花開かない」と指摘。ドイツが財政出動することで、ユーロ圏経済を支えるよう訴えた。
ドイツと他のユーロ圏諸国の失業率は、リーマン・ショックがあった2008年にはともに約7%。欧州の債務危機を経て、ドイツは4%台まで低下させたものの、他のユーロ圏諸国は13%台にとどまっている。
バーナンキ氏は「ドイツは、ドイツ単独の通貨を想定した場合よりも、著しく弱い通貨のユーロにより輸出を増やし、恩恵を受けている」と分析。ドイツがインフラ投資などの財政出動や賃上げで国内需要を強め、輸入を拡大することを提言し、「(こうした方策は)ユーロ崩壊のリスクを減らし、ドイツの長期的な利益にも役立つ」と呼びかけている。
ギリシャ危機、こうなるとわかっていてもやめられないEUの正念場とは?
好調だった株式市場の動きが、不穏な動きを見せている。上海市場の総合指数が8%安と、一時、急落したのだ。さらにギリシャ危機も加わり、日経平均株価も2万円を割り込むなど、乱高下する不安定な動きになっている。
ギリシャ危機の発端は、財政危機に陥っているギリシャが、EUからの財政緊縮策を受け入れるか否かの国民投票を行なったことにある。結果は、反対が賛成を大きく上回った。チプラス首相は、国民投票で示された民意を後ろ盾に、EU側と金融支援を巡る協議に臨むというが、先行きは不透明である。
ギリシャ問題は、すなわちEU問題だ。「そもそも、ユーロという共通通貨を作ったことが問題」と榊原英資さんは言う。榊原さんは、「ミスター円」の異名をとり、国際金融の世界で信仰に近い信頼を得ているエコノミストだ。
それぞれの国の通貨があった時代なら、例えばドイツ経済がよく、ギリシャ経済が悪いと、マルク高・ドラクマ安となった。するとギリシャ国民は、「ドイツ製品は高い」というので、他の国の製品を買うようになる。ドイツからギリシャへの輸出は減るのだ。逆にドイツでは、安いギリシャ製品の消費が増え、ギリシャからドイツへの輸出は増える。結果、ギリシャ経済は上向きになり、ドラクマは上がりだす。長期的に見れば、こうして調整されていくのだ。
ところが共通通貨ユーロになった今、この調整が効かない。EUは、通貨は統合したが、財政の統合はなされていない。元総務大臣の竹中平蔵さんは、「通貨だけ統合するというのは、理論的に無理で、誰が考えても無茶」と言い切っている。ギリシャだけが悪者ではなく、EUの構造にも問題があるというわけだ。だが、ヨーロッパには経済的なリスクよりも、戦争に明け暮れた時代を過去のものとし、同じ屋根の下にいたいという想いが非常に強いのだという。だからこそ何度危機に陥っても、すぐに「失敗」だと認めないのだ。
EUは財政統合、さらには本格統合に向かっている。「ギリシャ危機は長い道程の一里塚、長期戦を覚悟してやるだろう。それがヨーロッパだ」、と榊原さんも竹中さんも口をそろえる。今回のギリシャ危機は、そういう意味で、ヨーロッパという地域の歴史、文化まで考えなければならない問題なのだ。
これらの発言は、物事の成否を見るスパンが、日本とはまるで違うことに驚かされる。
ギリシャの財政危機に端を発する問題が、欧州と世界を震撼させている。欧州の金融不安は、ユーロに対する市場の信任を揺るがしつつある。G20カンヌ・サミットの結果、ギリシャは、国民投票を撤回し、パパンドレウ内閣は信任が得られた。EU・ユーロ圏各国がまとめた包括策をギリシャは受け入れる方向にあり、暫定連立政権樹立の後、議会で承認される目途がたった。これにより危機は、ひとまず回避されたかに見える。
根本的な問題
ユーロ圏第3位のイタリアでも危機が露呈し、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルに次いでIMFの監視下に置かれることになった。それゆえユーロ崩壊や世界経済危機への引金となるのではないかという懸念
EUが今直面している財政危機、ユーロ危機の原因は何か、どのようなリスクを抱えてEUは苦悩し、いかなる方向へ向かおうとしているのか、またその解決策はあるのだろうか。
1 世界経済・金融危機とユーロ圏における財政危機の背景
欧州統合は、グローバリゼーションを歴史的に半世紀ほど先んずる「歴史的実験」である。とくに経済通貨統合は、「国境を越えて人や資本やモノやサービスを移動させる」というEU統合のプロジェクトと直接関わっている。欧州単一通貨ユーロが、1999年に銀行の計算単位として導入され、2002年からは紙幣やコインが発行され、ユーロ加盟国市民の日常生活に溶け込み、10余年の歳月を重ねた。強い通貨であったドイツのマルクやフランスのフランなどが自国の通貨主権を放棄し、現在27加盟国中17か国が欧州単一通貨ユーロ加盟国へと変わっている。ユーロを導入することの経済的なメリットは、①為替レートの変動の消失による貿易・投資の安定化、域内貿易の促進、②為替手数料の節約、③域内市場統合戦略の観点から、競争促進や規模の経済効果による能動的利益の増加、④マクロ経済環境の改善、インフレ・財政赤字抑制、金利低下を通じた経済成長の促進、⑤金融・資本市場でのユーロ金融ビジネスの活性化などを挙げられる。
ユーロ導入は、EU統合における一種の政治的シンボルとして機能し、欧州市民としてのアイデンティティを強化する政治的、社会的効果をもつだけではなく、為替リスクを消滅させ、国境を越える資金の流れを増大させて、欧州経済の活性化に寄与してきた。しかし、その半面で2008年のリーマンショックに端を発する影響は、ユーロ圏諸国の金融の歪み、構造的矛盾や経済ガバナンスの欠陥を浮き上がらせる結果となっている。
2 ギリシャ財政危機の原因と他の加盟国への財政危機の波及
ユーロ参加の条件として「安定成長協定」を定め、参加国は財政中期計画(5カ年)を欧州委員会に提出する義務を負うとともに、財政赤字比率をGDP比単年度で3%以内に抑え、累積政府債務残高はGDP比60%以内とする条件を守るように要請した。しかし現実には、この仕組みは上手く機能しなかった。ギリシャのドラクマのような弱い通貨を持っていた国もユーロに参加することで信用力が高まり、赤字国債の発行が容易となり、物価安定と低金利を享受しながら、ギリシャは世界中から投資を呼び込むことが可能となった。さらに証券化や新たな金融商品の開発と相まって、ギリシャをはじめとするユーロ圏では信用・不動産バブルの膨張へと繋がっていた。
しかし2008年9月以降、アメリカの不動産バブルが崩壊し、2009年には欧州、ギリシャにも金融・経済危機が飛び火した。2009年にヘッジファンドと投資銀行は、ギリシャを狙い撃ちして財政危機を引き起こした。国債を買う時にCDS(Credit Default Swap)と呼ばれる一種の保険を掛けるが、ヘッジファンドはこれに目をつけた。国債の利払いや償還できなくなった場合に債務不履行(デフォルト)となるが、債権者に国債の保障会社が替わりに補償金を支払う仕組みがCDSである。しかしCDS自体が金融商品として機関投資家の取引の対象となり、ヘッジファンド、投資銀行は「国債の空売り」と「CDSの売買」を通じて二重に利益を得られる状況となった。そのような状況の中で2009年10月にギリシャの政権交代が起こり、パパンドレウが新しく政権を獲得し、「過去のデータに嘘(財政赤字データの改竄)があった」と表明した。2009年度のギリシャの財政収支は、当初GDP比で3.7%の赤字であると前政権は発表していたが、実際には12.5%の財政赤字を抱えていることを明らかにした。その途端、市場ではギリシャ国債に対する不信が市場で表明され、格付会社がギリシャ国債の格下げを数度にわたり行い、ギリシャ危機が起こった。
一見するとギリシャだけユーロ圏から切り離せばよいように見えるが、フランスやドイツがギリシャの国債を沢山購入しており、実際には各国が赤字国債をお互いに買い合って支え合っている。ギリシャがデフォルト(債務不履行)を起すと、フランスやドイツの大銀行は痛手を被り、フランスやドイツの金融システム自体が崩壊する危機に陥る恐れもある。財政赤字が膨らんでいる国々は、PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)と呼ばれている。これらの国々で不動産バブルがはじけた結果、経常収支の赤字や対外債務が増大していき、他方で国内の財政改革、構造改革は上手く進まず、産業構造がどんどん劣化していく状況にあり、EUレベルで対応せざるを得ない。各国が財政赤字を無くすためには超緊縮財政政策を採る方法しかないが、国民は黙っていない。EUの要請を受けて、緊縮財政に向けた改革を政府が行おうとすると、デモやストライキが起こり、暴動にまでに発展し、現在でも危機が収束できない状況にある。
3 財政支援問題とユーロとEU経済ガバナンスの行方
EUでは、財政危機に陥った場合の救済手法として、緊急的にEUが危機的な国や銀行に財政支援を行い、急場をしのいで財政再建の時間をかせぐための制度が設計された。2010年に5、000億ユーロの融資枠で「欧州金融安定基金(EFSF)」を作り、そこからギリシャやアイルランド等に財政支援する枠組みがつくられた。その後EFSFの基金の総額は、7、800億ユーロ(約82・7兆円)まで拡大されたが、さらに1兆ユーロまで拡充することが目指されている。日本も26億7500万ユーロ(約2800億円)を外国為替資金特別会計により購入し、欧州支援に協力した。しかし欧州の資金調達能力はまだ充分ではなく、今回のサミットでも新興国からの協力を得る約束を取り付けることはできなかった。EFSFによる救済融資には、支援対象国にユーロ財政規律の厳守と年金カットなどの厳しい財政再建努力が課せられる。さらにEUが「経済ガバナンス」と名づける、EU/欧州委員会による加盟国の経済・財政政策に対する監視強化の制度化が行われた。EU財務相理事会は、2011年から金融監督強化に関する銀行・保険・証券部門の監督機関、欧州金融監督制度(ESFS)の創設、「欧州セメスター」と名付けられた事前の監視サイクルをシステム化し、EUレベルで各国の中期財政計画を事前評価し、加盟国の財政状況を常にモニターして危機管理することを試みている。またECBは、2010年以降ギリシャやアイルランドなど危機に陥った国の国債を大量購入するという行動をとったが、これは通貨価値の信頼を低下させることに繋がるという批判もあり、物議を醸している。
2011年11月初旬の主要20か国・地域(G20)首脳会議(カンヌ・サミット)の最大のテーマは、欧州における政府債務危機の波及問題であり、EU・ユーロ圏加盟国がまとめた「包括策」をギリシャが実行できるかどうかが注目された。また、公務員削減、賃金や年金カットなどを含む緊縮財政に対するギリシャ国民の反発も大きいため、包括策を実施するうえでの不安要因も少なくない。しかしギリシャ危機がユーロ圏の強化を制度化する役割を果たしたのは確かであり、その意味ではEU統合に寄与したといえる。
日本も歴史的な円高が続く経済環境のなかで、東日本大震災からの復興と福島第1原発事故の処理、および超高齢社会のリスクへの対応という重い深刻な課題を抱え、欧州と同様に苦悩している。2000年以降10年間にわたり、あらゆる就労年齢層で可処分所得の減少が続いている。これは小泉改革により、非正規雇用が増大し、正規雇用職が激減したことの影響も大きい。労働者が不安定かつ脆弱な経済状況下に追い込まれ、将来設計が立たず、少子高齢化をさらに加速し、深刻化させる結果を招いている。
EU経済ガバナンスやユーロ危機の行方は、EU経済通貨統合のプロジェクトとも密接不可分にかかわっており、危機の克服は時間のかかるプロセスとなる。個々の加盟国レベルでの問題解決能力を超えてしまっている。したがってEUレベルを含む、マルチ・ステークホルダーの参加する世界的規模での連携による経済・金融ガバナンス、グローバル・ガバナンスを必要とする段階にきているといえよう。グローバル化した世界経済に対応して、経済的利益のみを追求する企業や投資家に社会的責任を確保させ、その行動をグローバルなレベルで規制し、調整していくための何らかの国際的枠組みの制度化が要請されている。デフォルトであれ何であれ、モラルハザードを防ぐ仕組みは必要である。地道に努力したものが評価され、報いられる社会にすることが、今後の持続可能かつ安定した未来を築く鍵となる
ギリシャ議会:金融改革法案を可決 EUと支援交渉開始へ
【ローマ福島良典】ギリシャ議会(1院制、定数300)は23日早朝(日本時間同日午前)、欧州連合(EU)との支援交渉を開始するための前提条件となっている金融・司法改革法案を賛成多数で可決した。これを受け、EUとギリシャ政府は24日にも、3年間で最大約860億ユーロ(約11兆6500億円)の金融支援について交渉を開始する。チプラス首相率いる与党・急進左派連合から法案反対の造反議員が出たが、16日の財政改革法案可決時よりも減り、首相は求心力を維持した。
法案は銀行破綻時に保護される預金の上限を10万ユーロ(約1350万円)に設定する預金保険制度の導入が柱。債務危機を受けてEUが加盟各国への指令として定め、ギリシャ政府にも適用を求めていた。また、煩雑だった民事訴訟の法的手続きを効率化し、費用を削減するための司法制度改革も盛り込まれた。
チプラス首相は採決前、EUから支援条件として要求されている改革法制化について「新たな状況に順応しなければならない」と述べ、法案への賛成を呼びかけた。ギリシャメディアによると、採決では急進左派連合(149議席)から31人が反対、5人が棄権したが、最大野党の中道右派・新民主主義党など親EU派野党が賛成に回った。採決結果は賛成230、反対63、棄権5、欠席2だった。財政改革法案に反対票を投じたバルファキス前財務相は今回、賛成した。
法案可決を受けて、EUなど債権者側の交渉団がギリシャ入りし、24日から支援交渉を開始する見通し。ギリシャ政府は欧州中央銀行(ECB)が保有するギリシャ国債約32億ユーロ(約4300億円)の償還(借金返済)期限である8月20日までに交渉を終えたい考えだ。
財政改革法案の採決ではラファザニス・エネルギー相を含む急進左派連合議員39人が造反したため、チプラス首相は内閣改造で造反閣僚を更迭した。首相は今後、EUとの支援交渉妥結を最優先する方針とみられるが、野党の支持に頼った政権運営を続けるのは困難で、今秋にも総選挙が実施されるとの観測が強まっている。
議事堂前では22日夜(日本時間23日未明)、改革法案に反対する公共部門労組などの呼びかけで約1万人がデモを繰り広げたが、大きな混乱はなかった。
バーナンキ前FRB議長:「ユーロ安の恩恵、独のみ」 欧州の結束に警鐘
【ワシントン清水憲司】ギリシャ債務問題をめぐり、バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長が、自らのブログでドイツ批判を展開している。ドイツがユーロ安の恩恵で失業率を低下させる一方、他のユーロ圏諸国では高止まりしており、「こうした状況では、(ユーロに象徴される)欧州の結束は花開かない」と指摘。ドイツが財政出動することで、ユーロ圏経済を支えるよう訴えた。
ドイツと他のユーロ圏諸国の失業率は、リーマン・ショックがあった2008年にはともに約7%。欧州の債務危機を経て、ドイツは4%台まで低下させたものの、他のユーロ圏諸国は13%台にとどまっている。
バーナンキ氏は「ドイツは、ドイツ単独の通貨を想定した場合よりも、著しく弱い通貨のユーロにより輸出を増やし、恩恵を受けている」と分析。ドイツがインフラ投資などの財政出動や賃上げで国内需要を強め、輸入を拡大することを提言し、「(こうした方策は)ユーロ崩壊のリスクを減らし、ドイツの長期的な利益にも役立つ」と呼びかけている。
ギリシャ危機、こうなるとわかっていてもやめられないEUの正念場とは?
好調だった株式市場の動きが、不穏な動きを見せている。上海市場の総合指数が8%安と、一時、急落したのだ。さらにギリシャ危機も加わり、日経平均株価も2万円を割り込むなど、乱高下する不安定な動きになっている。
ギリシャ危機の発端は、財政危機に陥っているギリシャが、EUからの財政緊縮策を受け入れるか否かの国民投票を行なったことにある。結果は、反対が賛成を大きく上回った。チプラス首相は、国民投票で示された民意を後ろ盾に、EU側と金融支援を巡る協議に臨むというが、先行きは不透明である。
ギリシャ問題は、すなわちEU問題だ。「そもそも、ユーロという共通通貨を作ったことが問題」と榊原英資さんは言う。榊原さんは、「ミスター円」の異名をとり、国際金融の世界で信仰に近い信頼を得ているエコノミストだ。
それぞれの国の通貨があった時代なら、例えばドイツ経済がよく、ギリシャ経済が悪いと、マルク高・ドラクマ安となった。するとギリシャ国民は、「ドイツ製品は高い」というので、他の国の製品を買うようになる。ドイツからギリシャへの輸出は減るのだ。逆にドイツでは、安いギリシャ製品の消費が増え、ギリシャからドイツへの輸出は増える。結果、ギリシャ経済は上向きになり、ドラクマは上がりだす。長期的に見れば、こうして調整されていくのだ。
ところが共通通貨ユーロになった今、この調整が効かない。EUは、通貨は統合したが、財政の統合はなされていない。元総務大臣の竹中平蔵さんは、「通貨だけ統合するというのは、理論的に無理で、誰が考えても無茶」と言い切っている。ギリシャだけが悪者ではなく、EUの構造にも問題があるというわけだ。だが、ヨーロッパには経済的なリスクよりも、戦争に明け暮れた時代を過去のものとし、同じ屋根の下にいたいという想いが非常に強いのだという。だからこそ何度危機に陥っても、すぐに「失敗」だと認めないのだ。
EUは財政統合、さらには本格統合に向かっている。「ギリシャ危機は長い道程の一里塚、長期戦を覚悟してやるだろう。それがヨーロッパだ」、と榊原さんも竹中さんも口をそろえる。今回のギリシャ危機は、そういう意味で、ヨーロッパという地域の歴史、文化まで考えなければならない問題なのだ。
これらの発言は、物事の成否を見るスパンが、日本とはまるで違うことに驚かされる。
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神についての問題と精神についての問題の2つは、神学によってよりはむしろ哲学によって論証されねばならない。そうでないと、信仰なき人々を納得させられないからである。
こう言って、神と精神の問題を哲学的に解明することを試みた本書。
世界の実体は精神と物質の2つからなると論じた、いわゆるデカルト的二元論が展開された本としても有名だ。
ちなみにこの二元論は、その後スピノザやライプニッツによって克服が試みられることになるが(私の考えではそれは決して成功しているとは言えないが)、デカルト自身も、その『情念論』によって一定の解決を試みている。(スピノザ『エチカ』、ライプニッツ『モナドロジー』、デカルト『情念論』のページ参照)
以下では、本書においてデカルトが哲学的命題として著した、6つの「省察」を紹介しよう。
省察1
「私がかつて真であると思ったもののうちには、それについて疑うことの許されないようなものは何もない。そこで私は、真理の源泉である最善の神がではなく、ある悪い霊がわたしを誤らせようとしているのだ、と想定してみよう。」
私が見ているものは、もしかしたら「悪い霊」に見せられている幻想であるかも知れない。
私たちは、そのように一切を疑うことができる。
一切は懐疑可能であるという、デカルト的懐疑を象徴する一節だ。
省察2
しかしデカルトは、続けて次のように言う。
「私はある、わたしは存在する。これは確かである。」
『方法序説』でも見たように、一切は懐疑可能だが、しかしこの「疑っている私」自身を疑うことは、どうしてもできない。(デカルト『方法序説』のページ参照)
しかし「私」の存在は、いついかなる時も確かであるというわけではない。
「私」の存在が確かなのは、私が考えている間だけである。
「それゆえ、厳密に言えば、私とはただ、考えるもの以外のなにものでもないことになる。いいかえれば、精神、すなわち知性、悟性、理性にほかならないことになる。」
こうしてデカルトは、「私」を身体からは切り離された精神として捉えることになる。
ここでデカルトは、有名な蜜蝋の例について述べる。
「たとえば蜜蝋をとってみよう。この蜜蝋を火に近づけてみるとどうであろう。これでもなお同じ蜜蝋か。そうである。ではこの蜜蝋においてあれほどはっきり理解されたものはなんだったのか。おそらくそれは、今私が考えているものだったのである。しかし私がこのように想像するところのものは何であるのか。」
「結局、こう認めるほかない。この蜜蝋がなんであるかを、私は結局想像するのではなく、精神によってとらえるのである。」
さらに彼は続いて、やはり有名な帽子と衣服の例を挙げている。
「今通り行く人を窓越しに眺めてみる。しかし私が見るのは帽子と衣服だけではないか。しかし私は精神のうちにある判断の能力によって、それを人間だと判断しているのである。」
省察3
さて、以上のようにきわめて原理的な哲学原理を提示したデカルトだが、ここへ来て、『方法序説』でも試みられた「神の存在証明」がなされることになる。
「無からは何も生じ得ないばかりでなく、より完全なものはより不完全なものからは生じ得ない。したがってより完全な存在者の観念は神から与えられたものである。」
「この神の観念も、生得的である。神の観念を持つものとして存在することは、神もまた存在するのである。」
しかしこれは、結論ありきの誤謬推理だというほかない。デカルトにおける神の存在証明は、決して成功しているとは言い難い。
省察4
「神は私を欺かない。」
にもかかわらず私たちが無数の誤謬にさらされているのは、私の意志の不完全さのゆえである。
続いてデカルトはそのように言う。
「私が意志を、悟性と同じ限界内にとどめおかずに、私の理解していない事柄にまでおよぼすとき、誤謬が生じるのである。そこで、意志の決定にはつねに悟性の把握が先行していなくてはならない。」
これは後のカントにも通ずる洞察と言えるだろう
私たちが自らに可能な認識の限界を超えて何かを意志する時、私たちはいわば、身の程をわきまえない過ちの罠に自らかかってしまっているのである。
省察5
「物質的な事物が私の外に存するかどうかを問う前に、事物の観念を、私の意識のうちで考察し、どれが判明でどれが混乱しているかを見ておこう。
まず私は、量を判明に想像する。さらに形、数、運動、その他同様のものについて、無数の特殊な事柄をも認識する。
また、私の外にはどこにも存在しないであろうが、しかしそれでも無であるとはいえないものがある。たとえば三角形の観念である。」
これは、人間の認識にもともと備わっている認識枠組みを明らかにしようとした試みと言っていいだろう。その後カントが純粋悟性のカテゴリーとして描き出したものと、相当に似通っている。
省察6
「感覚は欺く。が、私はただ思惟するものである。身体なしに存在しうるのである。身体は過分的だが、精神は不可分である。」
これが、デカルトにおける身体と精神の二元論である。
しかしデカルトは、続けて次のようにも言っている。
「神は欺かない。よって、感覚を偽だと気がかりになる必要はないのである。」
「我惟う、故に我あり」の原理に比べれば、心身二元論や神の存在証明は、デカルト哲学の極めて問題の大きい難点だ。
私の考えでは、デカルトの最大の功績は、懐疑主義を論駁し、哲学的な思考の出発点を「私」の観念に定めた点にこそある。
ただしこのデカルトの思想は、独我論として、今日激しく批判されてもいるものである。
この点については、私の考えでは、20世紀、デカルトを継承しつつフッサールが最も先鋭な形で回答を与えている(フッサール『イデーン』のページ参照)。
また、神の存在証明は18世紀のカントによって否定され、心身二元論は、やはりフッサールによって克服されることになる(心身論は一般にフッサールを継承したメルロー=ポンティが展開したとされているが、私の考えではフッサールの方がその克服の仕方は原理的である。〔フッサール『イデーン』およびメルロー・ポンティ『知覚の現象学』のページ参照〕)
『第一哲学についての省察』
本論のメインテーマは以下の2つだ。
神の問題
神の存在証明
精神(=意識)の問題
心身二元論
第一省察:方法的懐疑について
第一省察のテーマは、「普遍的な懐疑」の効用だ。ここでいう普遍的な懐疑とは、『方法序説』で示された方法的懐疑のことだ。
デカルトいわく、方法的懐疑は懐疑主義ではない。むしろ、認識の普遍的な根拠を示すことで、懐疑主義に反論し、学問の出発点を置くことを目的としているのだ。冒頭でデカルトは次のように言っている。
すでに何年も前に、私はこう気づいていた—まだ年少のころに私は、どれほど多くの偽であるものを、真であるとして受け入れてきたことか、また、その後、私がそれらのうえに築きあげてきたものは、どれもみな、なんと疑わしいものであるか、したがって、もし私が学問においていつか堅固でゆるぎのないものをうちたてようと欲するなら、一生に一度は、すべてを根こそぎくつがえし、最初の土台から新たにはじめなくてはならない、と。
夢と現実は区別できない?
デカルトは次のように続ける。
感覚は私を誤らせることがある。しかしそうでない場合もある。いま私がここにいることをどうして否定できるだろうか。そうしようとするのは狂人くらいだ。しかし私は、眠りに入ると、そこでもまた自分はいまここにいると考えることだろう。
確かに、いま私は目覚めている。この手を意識して伸ばし、かつ伸ばしていることを感覚する。しかし私は、夢のなかで同じような考えにだまされたことを思い出さずにはいられない。
以上のことをより注意深く考えてみると、夢と現実を区別する確実な根拠をどこにも見いだすことができないことに気づかされる。
ここでデカルトは、私たちが見ているのは現実ではなく夢だとあえて想定して、以下のように言う。
手についてのイメージをもつためには、その元となる手がなければならない。また、空想上のキャラクターを描くためには、たとえそのキャラクターが空想であっても、色それ自体は真のものでなければならない。これと同様のことが事物の性質一般についても言える。形や量、場所、時間など。
しかし私は次のような説があることを知っている。全能の神が存在し、この神によって私はいまあるものとして造られたのだ、と。そうすると、私は神によって、形や量、場所などがあると思うように(実際はそんなものはないにもかかわらず)造られた、と考えることもできる。
こう考えると私は次のように言わざるをえない。かつて私が真とみなしたもののうちで、一切の疑いを容れないようなものは何一つ存在しない、と。
悪い霊がダマそうとしていると仮定する
しかし、デカルトいわく、このことに気づくだけではまだ足りない。さらに進んで、一切の意見は幻である、悪い霊が私を誤らせているのだと考えてみよう、という。
ここで、意志をまったく反対の方向に曲げて、私自身を欺き、それらの意見をしばらくの間まったく偽りで幻のものと仮想してみよう。
真理の源泉である最善の神がではなく、ある悪い霊が、しかも、このうえなく有能で狡猾な霊が、あらゆる策をこらして、私を誤らせようとしているのだ、と想定してみよう。
あえてそのような想定を置くことで、意識的・徹底的に懐疑を行うこと、これが方法的懐疑のポイントだ。
ちなみにデカルトは、第六省察で夢と現実を区別するための条件について論じている。現在の知覚と過去が記憶によって結びつけられないとき、これを私たちは夢とか幻覚と呼んでいるのだ、という結論だ。
第二省察:精神が最も明証的に把握できるのは、精神自身
次に第二省察を見ていくことにしよう。
デカルトはここで、方法的懐疑から導かれる「われ思う、ゆえにわれあり」を踏まえ、私たちの精神(=意識)が最も明証的evidentlyに認識できるものは精神それ自体であると主張する。
まず初めに、デカルトは次のように言う。
「われ思う、ゆえにわれあり」が意味しているのは、私が存在していると確実に言える(=言わざるをえない)のは、ただ私が考えているだけである、ということだ。もし考えることを一切止めてしまえば、その際おそらく私は、存在することをまったく止めてしまうことになるだろう。
いま私が承認するのは、必然的に真である事がらだけである。それゆえ、厳密にいえば、私とはただ、考えるもの以外の何ものでもないことになる。いいかえれば、精神、すなわち知性、すなわち悟性、すなわち理性、にほかならないことになる。
気をつけておきたいが、ここでデカルトは「私とは理性である」と言っているわけではない。方法的懐疑を徹底すれば、考えている私が存在することは絶対に確実だが、考えることを止めれば、そのことは確実ではなくなる(=疑いの余地が生じる)。
デカルトの目的はあくまで、絶対に確実といえる、学のスタート地点を置くことにあった。方法的懐疑はその目的に照らして考案されたのであって、身体や感覚は存在しないと主張するためだったわけではない。
方法的懐疑の意義については、こちらでも解説しました → [Q&A]「定言命法」とは?
事物の認識と精神自体の認識
デカルトは以下のように言う。
いまなお私には、物体的な事物—心のうちにそれらの像を描きだすことができ、感覚そのものによってじかにつかまえることのできる事物—のほうが、かのもの—なんらか私自身に属すものでありながら、想像力によってはとらえられないもの—よりは、はるかにはっきりと知られるように思われる。また私は、そう思わないではいられないのである。
たとえば目の前にコップがあるとする。これをより深く認識するためには、手に取ったり眺めたりして観察すればいい。どのくらいの大きさか、どのような形か、どれくらいの深さか、というように。
確かにコップと比べると、自分自身についての認識はそれほどハッキリしていないように思える。でも実際はどうだろうか?
たまたま私はいま、通りを行く人々を窓ごしにながめる。そして、蜜蝋の場合と同じく習慣によって、人間そのものを見るという。しかし私が見るのは、帽子と衣服だけではないか、その下には自動機械が隠れているかもしれないではないか。けれども私は、それは人間である、と判断している。同じように私は、眼で見るのだと思っていたものをも、私の精神のうちにある判断の能力のみによって理解しているわけなのである。
もちろんデカルトは、自動機械が実際に隠れているはずだと考えていたわけではない。ここで大事なのは、事物の認識には可疑性が必然的につきまとうということだ。意識は知覚をもとに判断を行うことで、その事物が何であるかを判断している。しかしその判断には誤る可能性がつねに存在している。
これに対して、デカルトいわく、精神自身の認識は最も明証的だ。事物についての認識は誤りうるが、精神自身の認識にはその余地がないからだ。
物体ですら、本来は、感覚あるいは想像の能力によって把握されるのではなく、ただ悟性によってのみ把握されるのだということ、また、触れたり見たりすることによって把握されるのではなく、もっぱら理解することによって把握されるのだということが、いまや私に知られたのであるから、私は、私の精神ほど容易に、また明証的に、私によって把握されるものはほかにありえないということを、明らかに認識するのである。
第三省察:神の存在について
次に第三省察を見ていこう。ここでのメインテーマは、神の存在証明だ。
さきにデカルトは、悪い霊が私をダマしていると考えてみようと述べ、現にそうした前提のもとで議論を進めてきた。それは神が私たちの認識を誤るように造ったかもしれないからだ、と。しかし、デカルトいわく、そうした前提は確実な根拠をもたない「こじつけ」でしかない。
デカルトによれば、むしろ次のように考えなければならない。
私のうちにある観念の原因を私自身のうちに見出すことができず、自分がその原因でないことを確信するならば、ここから必然的に、世界にただ私だけが存在しているのではなく、その原因もまた存在するのでなければならないことが導かれる。
ここで、神の観念について考えてみたい。ここでいう神とは、完全で無限、全能であり私を、そして他のものがあるとすれば、それらを創造した実体のことだ。
右に述べられたところからして、神は必然的に存在する、と結論しなくてはならないのである。
なぜなら、私は実体である、というそのことから、確かに実体の観念が私のうちにあるにしても、だからといってその実体の観念は、—私が有限なものであるゆえ—真実に無限であるところの、ある実体からでてきたのでないかぎり、無限な実体の観念ではありえないはずであるから。
無限な観念が有限な存在から導かれることはない。なぜなら有限は無限に由来するからだ。したがって神は存在する。これがデカルトの証明のキーポイントだ。
神はダマさない
また、デカルトいわく、神が私たちをダマすことはありえない。つまり誤った認識を行うように造ることはありえない。なぜならダマそうとするのは、ただ不完全な存在だけだからだ。
神が欺瞞者でありえないことは明らかである。なぜなら、すべて奸計と欺瞞とはある欠陥にもとづくものであることは、自然の光によって明白であるから。
第四省察:理性を正しく使えば、正しく認識できる
次は第四省察を見ていくことにしよう。
ここでデカルトは、神の存在証明を踏まえて、私たちの認識の正しさの根拠は理性にあることを示している。理性を正しく使えば、正しく認識することができる。それは何故かというと、理性は完全な存在である神によって与えられたものだからだ、と。
では、なぜ私たちは判断を誤ることがあるのだろうか。デカルトいわく、それは私たちの判断能力の有限性と意志の自由のためだ。
私の誤謬はいったいどこから生じるのであろうか。この一つのことから、すなわち、意志は悟性よりも広い範囲に広がるものであるゆえ、私が意志を、悟性と同じ限界内にとどめおかずに、私の理解していない事がらにまでおよぼす、というこの一つのことから生じるのである。
誤る原因は理性ではない。誤るのは私が理解している範囲を超えて意志の力を及ぼすためだ。
私はしかし、何度も入念に省察を繰り返すことで、誤らないようになることができる。ここにこそ人間の完全性があるのだ。
第五省察:再び神の存在証明
次は第五省察を見ていこう。ここでデカルトは、再び神の存在について論じている。
神の存在は、神の本質から切り離すことはできない。存在を欠いている、すなわち完全性を欠いている神を考えることは矛盾だ。
確かに次のように言えそうではある。私が神を存在すると考えるからといって、現に存在しているとは限らないのではないか、と。しかしそうではない。というのも
私が神を存在するものとしてでなければ考えることができないということからは、存在が神から不可分離であるということ、したがって、神は実際に存在するということ、が帰結する
からである。
このことは、私がそのように考えるというよりも、むしろ神の存在の必然性が、私にそう考えさせるのだ。なぜなら「存在しない神」は形容矛盾であり、そのように考えることはできないからだ。
しかし、いずれにせよ最終的には、明晰判明に認識できるものは真であるという点に帰着する。
神が真なる認識を送り込んでいるから、その認識が正しいといえるわけではない。あくまでも、私が明晰判明に認識できるからこそ、それは真であると言える。大事なのはこの構えだ。
いま私が考えていることはすべて、眠っている間に心に浮かんでくることと同じように真ではないのだ、とでもいおうとするのか。そんなことをいってみても、なんにもならない。なぜなら、たとえ私が夢みているのだとしても、私の悟性にとって明証的であることはすべてまったく真なのであるから。
第六省察:心身二元論
最後に、第六省察を見ていくことにしよう。ここでのメインテーマは、精神と身体が区別されて一体となっているということ、つまり心身二元論だ。
ここでデカルトは次のように言っている。
おそらくは〔あるいはむしろ、すぐあとで述べるように、まちがいなく〕私は身体をもっており、これが私ときわめて密接に結びついているにしても、しかし私は、一方で、私がただ思惟するものであって延長をもつものでないかぎりにおいて、私自身の明噺で判明な観念をもっているし、他方では、身体がただ延長をもつものであって思惟するものでないかぎりにおいて、身体の判明な観念をもっているのであるから、私が私の身体から実際に分かたれたものであり、身体なしに存在しうることは確かである。
精神が身体なしに存在しうる、という言い方は、現代の自然科学の水準からすれば、確かに到底受け入れられるものではない。しかしそうした批判は、デカルトにとってはあまりに辛すぎる。デカルトのような知識人がいたからこそ、自然科学が成立し、現代にいたるまで発展することができたからだ。
一方、以下のような言い方は、なるほど確かにと思わせる。
自然はまた、それら痛み、飢え、渇き等々の感党によって、私が自分の身体に、水夫が舟に乗っているようなぐあいに、ただ宿っているだけなのではなく、さらに私がこの身体ときわめて密接に結ばれ、いわば混合しており、かくて身体とある一体を成していることをも教えるのである。なぜなら、もしこうなっていないとするならば、思惟するものにほかならない私は、身体が傷ついたときでも、そのために苦痛を感ずることはなく、ちょうど舟のどこかがこわれた場合に水夫が視覚によってこれを知覚するように、純粋悟性によってその傷を知覚するだけであろうし、また身体が食べ物や飲み物を必要とするときでも、私はこのことをはっきり理解するだけであって、飢えとか渇きとかの混乱した感覚をもつことはないであろうからである。
骨が折れたとき、私たちは「親指が曲がってしまっている」と思うかわりに、まず第一に「痛っ!」と感じる。意識して指先を痛くすることはできないし、逆に痛みを消すこともできない。我慢はできても、痛さそれ自体を無くすことはできない。というより、そもそも痛さがなければ、我慢しているという感覚自体が生じないだろう。
このように、身体感覚は精神と関係しつつも、精神がこれを「操作」できるわけではない。むしろそうした感覚は精神にとって動かしがたいものとして到来してくる。この直観はそれなりにうまく言えているように思えるが、どうだろうか?
心身二元論については、別の著作『情念論』でより深く論じてあるので、そちらもあわせて読んでみてください → デカルト『情念論』を解読する
夢と現実を区別する条件
最後にデカルトは、私たちが夢と現実を区別できる、その条件について書いている。
第一省察では、夢と現実を区別するための確実な根拠がないことについて驚かされる、と言っていたが、デカルトいわく、その懐疑はあまりに大げさであり、根拠がない。
さきに私は、覚醒を睡眠から区別しなかったが、いまはこの二つのものの間に、きわめて大きな差異を認めるからである。すなわち、夢は、覚醒時に現われる事がらとはちがい、生涯の他のすべての活動と記億によって結びつけられることがけっしてないのである。実際、もしだれかが、私の目ざめている間に、ちょうど夢のなかで起こるように、不意に姿を現わして、そのあとすぐまた姿を消し、どこからきたのかもどこへ去ったのかも私にはわからないというのであれば、私がその者を、ほんとうの人間であると判断するよりも、むしろ幽霊であるか、あるいは、私の脳中にこしらえられた幻想であると判断するのは、なんら不当ではないであろう。
現実では現在の知覚と記憶が調和的な連鎖関係にある。誰かが自分の目の前に現れるときも、いきなりパッと見えてパッと消えるのではなく、だんだんと目の前に近づいてくるものとして現れる。そうした調和的な関係が成立しなければ、対象は幽霊、または幻想と判断される。ただし、これは「判断」であり、実際にその人が幽霊であるかどうかには関わらない。言いかえると、そのように判断するのが妥当であり、このことを疑うことに正当な理由はない、ということだ。
本論の議論は以上だ。
どうすれば神の存在を合理的に説明できるのか?
デカルトは本論に先立つ『方法序説』でも、神の存在証明を行っていた。基本的な流れは本書と同じだ。疑うことができるのは不完全な存在だけだ。不完全なものは完全なものに由来する。それゆえ神は存在するのだ、と。
確かにこの証明は詭弁だ。デカルトの想定に反して、有限は無限を含みうるからだ(10センチの線は有限だが「無限」に分割できる。有限とか無限は実体ではなく、観点によって変化するものなのだ)。
しかしここで、「いるはずのない神について論じるのはバカバカしい」というように批判するのは正当ではない。それが当時の一般的な世界観だったからだ。
むしろ、ここでは次の点に着目してみたい。
デカルトにとって大事だったのは、「とにかく神はいるのだ!」とゴリ押しすることではなく、理性を使えば誰でもそのように考えざるをえないという仕方で神の存在を証明することだった。本論の発表にあたって、デカルトはパリ大学神学部へ献辞を書いている。一部を引用すると次のような感じだ。
私はつねにこう考えてまいりました、神についての問題と精神についての問題との二つは、神学によってよりはむしろ、哲学によって論証されねばならない問題の最たるものである、と。なぜかと申しますに、私たち信仰ある者にとっては、人間の精神が身体とともに滅びるものではないということと、神が存在するということとは、信仰によって信ずるだけで十分なのでありますけれども、信仰なき人々の場合は事情が別であって、あらかじめこの二つのことを自然的理性によって証明してみせたうえでなければ、いかなる宗教も、また一般に、いかなる徳のすすめすらも、彼らに受け入れさせることはできないと思われるからであります。
神の存在を信じないひとに対して、「不信仰だ!」「信仰心を持て!」と言ったところで意味はない。神の存在は合理的に論証する必要がある。なぜならそうすることで初めて神の存在に関する共通了解に達することができるからだ。そうデカルトは考えたのだ。
認識の根拠はあくまでも意識
デカルトは神が私たちを欺くはずがないという言い方をしているため、神が私たちの認識を作り上げていると考えていたように見えるかもしれない。しかしデカルトは同時に、認識が真であると判断するのは私たちの意識である、とも考えていた。明晰判明に認識できるものは、それが存在しないのではないかと疑う正当な理由をもたない。この言い方は確かになるほどと思わせるものだ。
こう言って、神と精神の問題を哲学的に解明することを試みた本書。
世界の実体は精神と物質の2つからなると論じた、いわゆるデカルト的二元論が展開された本としても有名だ。
ちなみにこの二元論は、その後スピノザやライプニッツによって克服が試みられることになるが(私の考えではそれは決して成功しているとは言えないが)、デカルト自身も、その『情念論』によって一定の解決を試みている。(スピノザ『エチカ』、ライプニッツ『モナドロジー』、デカルト『情念論』のページ参照)
以下では、本書においてデカルトが哲学的命題として著した、6つの「省察」を紹介しよう。
省察1
「私がかつて真であると思ったもののうちには、それについて疑うことの許されないようなものは何もない。そこで私は、真理の源泉である最善の神がではなく、ある悪い霊がわたしを誤らせようとしているのだ、と想定してみよう。」
私が見ているものは、もしかしたら「悪い霊」に見せられている幻想であるかも知れない。
私たちは、そのように一切を疑うことができる。
一切は懐疑可能であるという、デカルト的懐疑を象徴する一節だ。
省察2
しかしデカルトは、続けて次のように言う。
「私はある、わたしは存在する。これは確かである。」
『方法序説』でも見たように、一切は懐疑可能だが、しかしこの「疑っている私」自身を疑うことは、どうしてもできない。(デカルト『方法序説』のページ参照)
しかし「私」の存在は、いついかなる時も確かであるというわけではない。
「私」の存在が確かなのは、私が考えている間だけである。
「それゆえ、厳密に言えば、私とはただ、考えるもの以外のなにものでもないことになる。いいかえれば、精神、すなわち知性、悟性、理性にほかならないことになる。」
こうしてデカルトは、「私」を身体からは切り離された精神として捉えることになる。
ここでデカルトは、有名な蜜蝋の例について述べる。
「たとえば蜜蝋をとってみよう。この蜜蝋を火に近づけてみるとどうであろう。これでもなお同じ蜜蝋か。そうである。ではこの蜜蝋においてあれほどはっきり理解されたものはなんだったのか。おそらくそれは、今私が考えているものだったのである。しかし私がこのように想像するところのものは何であるのか。」
「結局、こう認めるほかない。この蜜蝋がなんであるかを、私は結局想像するのではなく、精神によってとらえるのである。」
さらに彼は続いて、やはり有名な帽子と衣服の例を挙げている。
「今通り行く人を窓越しに眺めてみる。しかし私が見るのは帽子と衣服だけではないか。しかし私は精神のうちにある判断の能力によって、それを人間だと判断しているのである。」
省察3
さて、以上のようにきわめて原理的な哲学原理を提示したデカルトだが、ここへ来て、『方法序説』でも試みられた「神の存在証明」がなされることになる。
「無からは何も生じ得ないばかりでなく、より完全なものはより不完全なものからは生じ得ない。したがってより完全な存在者の観念は神から与えられたものである。」
「この神の観念も、生得的である。神の観念を持つものとして存在することは、神もまた存在するのである。」
しかしこれは、結論ありきの誤謬推理だというほかない。デカルトにおける神の存在証明は、決して成功しているとは言い難い。
省察4
「神は私を欺かない。」
にもかかわらず私たちが無数の誤謬にさらされているのは、私の意志の不完全さのゆえである。
続いてデカルトはそのように言う。
「私が意志を、悟性と同じ限界内にとどめおかずに、私の理解していない事柄にまでおよぼすとき、誤謬が生じるのである。そこで、意志の決定にはつねに悟性の把握が先行していなくてはならない。」
これは後のカントにも通ずる洞察と言えるだろう
私たちが自らに可能な認識の限界を超えて何かを意志する時、私たちはいわば、身の程をわきまえない過ちの罠に自らかかってしまっているのである。
省察5
「物質的な事物が私の外に存するかどうかを問う前に、事物の観念を、私の意識のうちで考察し、どれが判明でどれが混乱しているかを見ておこう。
まず私は、量を判明に想像する。さらに形、数、運動、その他同様のものについて、無数の特殊な事柄をも認識する。
また、私の外にはどこにも存在しないであろうが、しかしそれでも無であるとはいえないものがある。たとえば三角形の観念である。」
これは、人間の認識にもともと備わっている認識枠組みを明らかにしようとした試みと言っていいだろう。その後カントが純粋悟性のカテゴリーとして描き出したものと、相当に似通っている。
省察6
「感覚は欺く。が、私はただ思惟するものである。身体なしに存在しうるのである。身体は過分的だが、精神は不可分である。」
これが、デカルトにおける身体と精神の二元論である。
しかしデカルトは、続けて次のようにも言っている。
「神は欺かない。よって、感覚を偽だと気がかりになる必要はないのである。」
「我惟う、故に我あり」の原理に比べれば、心身二元論や神の存在証明は、デカルト哲学の極めて問題の大きい難点だ。
私の考えでは、デカルトの最大の功績は、懐疑主義を論駁し、哲学的な思考の出発点を「私」の観念に定めた点にこそある。
ただしこのデカルトの思想は、独我論として、今日激しく批判されてもいるものである。
この点については、私の考えでは、20世紀、デカルトを継承しつつフッサールが最も先鋭な形で回答を与えている(フッサール『イデーン』のページ参照)。
また、神の存在証明は18世紀のカントによって否定され、心身二元論は、やはりフッサールによって克服されることになる(心身論は一般にフッサールを継承したメルロー=ポンティが展開したとされているが、私の考えではフッサールの方がその克服の仕方は原理的である。〔フッサール『イデーン』およびメルロー・ポンティ『知覚の現象学』のページ参照〕)
『第一哲学についての省察』
本論のメインテーマは以下の2つだ。
神の問題
神の存在証明
精神(=意識)の問題
心身二元論
第一省察:方法的懐疑について
第一省察のテーマは、「普遍的な懐疑」の効用だ。ここでいう普遍的な懐疑とは、『方法序説』で示された方法的懐疑のことだ。
デカルトいわく、方法的懐疑は懐疑主義ではない。むしろ、認識の普遍的な根拠を示すことで、懐疑主義に反論し、学問の出発点を置くことを目的としているのだ。冒頭でデカルトは次のように言っている。
すでに何年も前に、私はこう気づいていた—まだ年少のころに私は、どれほど多くの偽であるものを、真であるとして受け入れてきたことか、また、その後、私がそれらのうえに築きあげてきたものは、どれもみな、なんと疑わしいものであるか、したがって、もし私が学問においていつか堅固でゆるぎのないものをうちたてようと欲するなら、一生に一度は、すべてを根こそぎくつがえし、最初の土台から新たにはじめなくてはならない、と。
夢と現実は区別できない?
デカルトは次のように続ける。
感覚は私を誤らせることがある。しかしそうでない場合もある。いま私がここにいることをどうして否定できるだろうか。そうしようとするのは狂人くらいだ。しかし私は、眠りに入ると、そこでもまた自分はいまここにいると考えることだろう。
確かに、いま私は目覚めている。この手を意識して伸ばし、かつ伸ばしていることを感覚する。しかし私は、夢のなかで同じような考えにだまされたことを思い出さずにはいられない。
以上のことをより注意深く考えてみると、夢と現実を区別する確実な根拠をどこにも見いだすことができないことに気づかされる。
ここでデカルトは、私たちが見ているのは現実ではなく夢だとあえて想定して、以下のように言う。
手についてのイメージをもつためには、その元となる手がなければならない。また、空想上のキャラクターを描くためには、たとえそのキャラクターが空想であっても、色それ自体は真のものでなければならない。これと同様のことが事物の性質一般についても言える。形や量、場所、時間など。
しかし私は次のような説があることを知っている。全能の神が存在し、この神によって私はいまあるものとして造られたのだ、と。そうすると、私は神によって、形や量、場所などがあると思うように(実際はそんなものはないにもかかわらず)造られた、と考えることもできる。
こう考えると私は次のように言わざるをえない。かつて私が真とみなしたもののうちで、一切の疑いを容れないようなものは何一つ存在しない、と。
悪い霊がダマそうとしていると仮定する
しかし、デカルトいわく、このことに気づくだけではまだ足りない。さらに進んで、一切の意見は幻である、悪い霊が私を誤らせているのだと考えてみよう、という。
ここで、意志をまったく反対の方向に曲げて、私自身を欺き、それらの意見をしばらくの間まったく偽りで幻のものと仮想してみよう。
真理の源泉である最善の神がではなく、ある悪い霊が、しかも、このうえなく有能で狡猾な霊が、あらゆる策をこらして、私を誤らせようとしているのだ、と想定してみよう。
あえてそのような想定を置くことで、意識的・徹底的に懐疑を行うこと、これが方法的懐疑のポイントだ。
ちなみにデカルトは、第六省察で夢と現実を区別するための条件について論じている。現在の知覚と過去が記憶によって結びつけられないとき、これを私たちは夢とか幻覚と呼んでいるのだ、という結論だ。
第二省察:精神が最も明証的に把握できるのは、精神自身
次に第二省察を見ていくことにしよう。
デカルトはここで、方法的懐疑から導かれる「われ思う、ゆえにわれあり」を踏まえ、私たちの精神(=意識)が最も明証的evidentlyに認識できるものは精神それ自体であると主張する。
まず初めに、デカルトは次のように言う。
「われ思う、ゆえにわれあり」が意味しているのは、私が存在していると確実に言える(=言わざるをえない)のは、ただ私が考えているだけである、ということだ。もし考えることを一切止めてしまえば、その際おそらく私は、存在することをまったく止めてしまうことになるだろう。
いま私が承認するのは、必然的に真である事がらだけである。それゆえ、厳密にいえば、私とはただ、考えるもの以外の何ものでもないことになる。いいかえれば、精神、すなわち知性、すなわち悟性、すなわち理性、にほかならないことになる。
気をつけておきたいが、ここでデカルトは「私とは理性である」と言っているわけではない。方法的懐疑を徹底すれば、考えている私が存在することは絶対に確実だが、考えることを止めれば、そのことは確実ではなくなる(=疑いの余地が生じる)。
デカルトの目的はあくまで、絶対に確実といえる、学のスタート地点を置くことにあった。方法的懐疑はその目的に照らして考案されたのであって、身体や感覚は存在しないと主張するためだったわけではない。
方法的懐疑の意義については、こちらでも解説しました → [Q&A]「定言命法」とは?
事物の認識と精神自体の認識
デカルトは以下のように言う。
いまなお私には、物体的な事物—心のうちにそれらの像を描きだすことができ、感覚そのものによってじかにつかまえることのできる事物—のほうが、かのもの—なんらか私自身に属すものでありながら、想像力によってはとらえられないもの—よりは、はるかにはっきりと知られるように思われる。また私は、そう思わないではいられないのである。
たとえば目の前にコップがあるとする。これをより深く認識するためには、手に取ったり眺めたりして観察すればいい。どのくらいの大きさか、どのような形か、どれくらいの深さか、というように。
確かにコップと比べると、自分自身についての認識はそれほどハッキリしていないように思える。でも実際はどうだろうか?
たまたま私はいま、通りを行く人々を窓ごしにながめる。そして、蜜蝋の場合と同じく習慣によって、人間そのものを見るという。しかし私が見るのは、帽子と衣服だけではないか、その下には自動機械が隠れているかもしれないではないか。けれども私は、それは人間である、と判断している。同じように私は、眼で見るのだと思っていたものをも、私の精神のうちにある判断の能力のみによって理解しているわけなのである。
もちろんデカルトは、自動機械が実際に隠れているはずだと考えていたわけではない。ここで大事なのは、事物の認識には可疑性が必然的につきまとうということだ。意識は知覚をもとに判断を行うことで、その事物が何であるかを判断している。しかしその判断には誤る可能性がつねに存在している。
これに対して、デカルトいわく、精神自身の認識は最も明証的だ。事物についての認識は誤りうるが、精神自身の認識にはその余地がないからだ。
物体ですら、本来は、感覚あるいは想像の能力によって把握されるのではなく、ただ悟性によってのみ把握されるのだということ、また、触れたり見たりすることによって把握されるのではなく、もっぱら理解することによって把握されるのだということが、いまや私に知られたのであるから、私は、私の精神ほど容易に、また明証的に、私によって把握されるものはほかにありえないということを、明らかに認識するのである。
第三省察:神の存在について
次に第三省察を見ていこう。ここでのメインテーマは、神の存在証明だ。
さきにデカルトは、悪い霊が私をダマしていると考えてみようと述べ、現にそうした前提のもとで議論を進めてきた。それは神が私たちの認識を誤るように造ったかもしれないからだ、と。しかし、デカルトいわく、そうした前提は確実な根拠をもたない「こじつけ」でしかない。
デカルトによれば、むしろ次のように考えなければならない。
私のうちにある観念の原因を私自身のうちに見出すことができず、自分がその原因でないことを確信するならば、ここから必然的に、世界にただ私だけが存在しているのではなく、その原因もまた存在するのでなければならないことが導かれる。
ここで、神の観念について考えてみたい。ここでいう神とは、完全で無限、全能であり私を、そして他のものがあるとすれば、それらを創造した実体のことだ。
右に述べられたところからして、神は必然的に存在する、と結論しなくてはならないのである。
なぜなら、私は実体である、というそのことから、確かに実体の観念が私のうちにあるにしても、だからといってその実体の観念は、—私が有限なものであるゆえ—真実に無限であるところの、ある実体からでてきたのでないかぎり、無限な実体の観念ではありえないはずであるから。
無限な観念が有限な存在から導かれることはない。なぜなら有限は無限に由来するからだ。したがって神は存在する。これがデカルトの証明のキーポイントだ。
神はダマさない
また、デカルトいわく、神が私たちをダマすことはありえない。つまり誤った認識を行うように造ることはありえない。なぜならダマそうとするのは、ただ不完全な存在だけだからだ。
神が欺瞞者でありえないことは明らかである。なぜなら、すべて奸計と欺瞞とはある欠陥にもとづくものであることは、自然の光によって明白であるから。
第四省察:理性を正しく使えば、正しく認識できる
次は第四省察を見ていくことにしよう。
ここでデカルトは、神の存在証明を踏まえて、私たちの認識の正しさの根拠は理性にあることを示している。理性を正しく使えば、正しく認識することができる。それは何故かというと、理性は完全な存在である神によって与えられたものだからだ、と。
では、なぜ私たちは判断を誤ることがあるのだろうか。デカルトいわく、それは私たちの判断能力の有限性と意志の自由のためだ。
私の誤謬はいったいどこから生じるのであろうか。この一つのことから、すなわち、意志は悟性よりも広い範囲に広がるものであるゆえ、私が意志を、悟性と同じ限界内にとどめおかずに、私の理解していない事がらにまでおよぼす、というこの一つのことから生じるのである。
誤る原因は理性ではない。誤るのは私が理解している範囲を超えて意志の力を及ぼすためだ。
私はしかし、何度も入念に省察を繰り返すことで、誤らないようになることができる。ここにこそ人間の完全性があるのだ。
第五省察:再び神の存在証明
次は第五省察を見ていこう。ここでデカルトは、再び神の存在について論じている。
神の存在は、神の本質から切り離すことはできない。存在を欠いている、すなわち完全性を欠いている神を考えることは矛盾だ。
確かに次のように言えそうではある。私が神を存在すると考えるからといって、現に存在しているとは限らないのではないか、と。しかしそうではない。というのも
私が神を存在するものとしてでなければ考えることができないということからは、存在が神から不可分離であるということ、したがって、神は実際に存在するということ、が帰結する
からである。
このことは、私がそのように考えるというよりも、むしろ神の存在の必然性が、私にそう考えさせるのだ。なぜなら「存在しない神」は形容矛盾であり、そのように考えることはできないからだ。
しかし、いずれにせよ最終的には、明晰判明に認識できるものは真であるという点に帰着する。
神が真なる認識を送り込んでいるから、その認識が正しいといえるわけではない。あくまでも、私が明晰判明に認識できるからこそ、それは真であると言える。大事なのはこの構えだ。
いま私が考えていることはすべて、眠っている間に心に浮かんでくることと同じように真ではないのだ、とでもいおうとするのか。そんなことをいってみても、なんにもならない。なぜなら、たとえ私が夢みているのだとしても、私の悟性にとって明証的であることはすべてまったく真なのであるから。
第六省察:心身二元論
最後に、第六省察を見ていくことにしよう。ここでのメインテーマは、精神と身体が区別されて一体となっているということ、つまり心身二元論だ。
ここでデカルトは次のように言っている。
おそらくは〔あるいはむしろ、すぐあとで述べるように、まちがいなく〕私は身体をもっており、これが私ときわめて密接に結びついているにしても、しかし私は、一方で、私がただ思惟するものであって延長をもつものでないかぎりにおいて、私自身の明噺で判明な観念をもっているし、他方では、身体がただ延長をもつものであって思惟するものでないかぎりにおいて、身体の判明な観念をもっているのであるから、私が私の身体から実際に分かたれたものであり、身体なしに存在しうることは確かである。
精神が身体なしに存在しうる、という言い方は、現代の自然科学の水準からすれば、確かに到底受け入れられるものではない。しかしそうした批判は、デカルトにとってはあまりに辛すぎる。デカルトのような知識人がいたからこそ、自然科学が成立し、現代にいたるまで発展することができたからだ。
一方、以下のような言い方は、なるほど確かにと思わせる。
自然はまた、それら痛み、飢え、渇き等々の感党によって、私が自分の身体に、水夫が舟に乗っているようなぐあいに、ただ宿っているだけなのではなく、さらに私がこの身体ときわめて密接に結ばれ、いわば混合しており、かくて身体とある一体を成していることをも教えるのである。なぜなら、もしこうなっていないとするならば、思惟するものにほかならない私は、身体が傷ついたときでも、そのために苦痛を感ずることはなく、ちょうど舟のどこかがこわれた場合に水夫が視覚によってこれを知覚するように、純粋悟性によってその傷を知覚するだけであろうし、また身体が食べ物や飲み物を必要とするときでも、私はこのことをはっきり理解するだけであって、飢えとか渇きとかの混乱した感覚をもつことはないであろうからである。
骨が折れたとき、私たちは「親指が曲がってしまっている」と思うかわりに、まず第一に「痛っ!」と感じる。意識して指先を痛くすることはできないし、逆に痛みを消すこともできない。我慢はできても、痛さそれ自体を無くすことはできない。というより、そもそも痛さがなければ、我慢しているという感覚自体が生じないだろう。
このように、身体感覚は精神と関係しつつも、精神がこれを「操作」できるわけではない。むしろそうした感覚は精神にとって動かしがたいものとして到来してくる。この直観はそれなりにうまく言えているように思えるが、どうだろうか?
心身二元論については、別の著作『情念論』でより深く論じてあるので、そちらもあわせて読んでみてください → デカルト『情念論』を解読する
夢と現実を区別する条件
最後にデカルトは、私たちが夢と現実を区別できる、その条件について書いている。
第一省察では、夢と現実を区別するための確実な根拠がないことについて驚かされる、と言っていたが、デカルトいわく、その懐疑はあまりに大げさであり、根拠がない。
さきに私は、覚醒を睡眠から区別しなかったが、いまはこの二つのものの間に、きわめて大きな差異を認めるからである。すなわち、夢は、覚醒時に現われる事がらとはちがい、生涯の他のすべての活動と記億によって結びつけられることがけっしてないのである。実際、もしだれかが、私の目ざめている間に、ちょうど夢のなかで起こるように、不意に姿を現わして、そのあとすぐまた姿を消し、どこからきたのかもどこへ去ったのかも私にはわからないというのであれば、私がその者を、ほんとうの人間であると判断するよりも、むしろ幽霊であるか、あるいは、私の脳中にこしらえられた幻想であると判断するのは、なんら不当ではないであろう。
現実では現在の知覚と記憶が調和的な連鎖関係にある。誰かが自分の目の前に現れるときも、いきなりパッと見えてパッと消えるのではなく、だんだんと目の前に近づいてくるものとして現れる。そうした調和的な関係が成立しなければ、対象は幽霊、または幻想と判断される。ただし、これは「判断」であり、実際にその人が幽霊であるかどうかには関わらない。言いかえると、そのように判断するのが妥当であり、このことを疑うことに正当な理由はない、ということだ。
本論の議論は以上だ。
どうすれば神の存在を合理的に説明できるのか?
デカルトは本論に先立つ『方法序説』でも、神の存在証明を行っていた。基本的な流れは本書と同じだ。疑うことができるのは不完全な存在だけだ。不完全なものは完全なものに由来する。それゆえ神は存在するのだ、と。
確かにこの証明は詭弁だ。デカルトの想定に反して、有限は無限を含みうるからだ(10センチの線は有限だが「無限」に分割できる。有限とか無限は実体ではなく、観点によって変化するものなのだ)。
しかしここで、「いるはずのない神について論じるのはバカバカしい」というように批判するのは正当ではない。それが当時の一般的な世界観だったからだ。
むしろ、ここでは次の点に着目してみたい。
デカルトにとって大事だったのは、「とにかく神はいるのだ!」とゴリ押しすることではなく、理性を使えば誰でもそのように考えざるをえないという仕方で神の存在を証明することだった。本論の発表にあたって、デカルトはパリ大学神学部へ献辞を書いている。一部を引用すると次のような感じだ。
私はつねにこう考えてまいりました、神についての問題と精神についての問題との二つは、神学によってよりはむしろ、哲学によって論証されねばならない問題の最たるものである、と。なぜかと申しますに、私たち信仰ある者にとっては、人間の精神が身体とともに滅びるものではないということと、神が存在するということとは、信仰によって信ずるだけで十分なのでありますけれども、信仰なき人々の場合は事情が別であって、あらかじめこの二つのことを自然的理性によって証明してみせたうえでなければ、いかなる宗教も、また一般に、いかなる徳のすすめすらも、彼らに受け入れさせることはできないと思われるからであります。
神の存在を信じないひとに対して、「不信仰だ!」「信仰心を持て!」と言ったところで意味はない。神の存在は合理的に論証する必要がある。なぜならそうすることで初めて神の存在に関する共通了解に達することができるからだ。そうデカルトは考えたのだ。
認識の根拠はあくまでも意識
デカルトは神が私たちを欺くはずがないという言い方をしているため、神が私たちの認識を作り上げていると考えていたように見えるかもしれない。しかしデカルトは同時に、認識が真であると判断するのは私たちの意識である、とも考えていた。明晰判明に認識できるものは、それが存在しないのではないかと疑う正当な理由をもたない。この言い方は確かになるほどと思わせるものだ。
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