2021年1月30日土曜日

デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日) — 経済学101

デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日) — 経済学101
デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日) — 経済学101 

デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日)

Kalecki on the Political Aspects of Full Employment, Macro Mania, dated February 6, 2020

Sam Levey は、カレツキの1943年の論文「完全雇用の政治的側面(the political aspects of full employment)」を私に思い出させてくれた。これはとても興味深く、示唆に富む論文である。〔ここに〕批評を提供するほど十分に、私はその論文を楽しく読んだ。

Michal Kalecki 1899 – 1970

論文は、カレツキが呼ぶところの「完全雇用ドクトリン」を所与のものとして扱うところから始まる。基本的な考えとしては、民間部門は放っておくとケインズ的な総需要の失敗に陥るというものだ(ゲーム理論による解釈はこちらを参照)。このような自然発生的な「協働の失敗」に対する救済策は、民間需要が低迷し始めたときに実施する、または実施する用意ができている、政府の支出プログラムになる。

カレツキは1943年にはそのように主張して論文を始め、ドクトリンは経済学者の間で広く受け入れられた。ドクトリンは自明の理であるとカレツキが考えていたことは、明白のようだ。

だが、もしそうであるのなら、これには問題がある。もしそのドクトリンが自明の理ならば、なぜ反対する経済学者がまだいるのだろうか?そして、もしこの考えがそんなにわかりきったことならば、なぜこんなに多くの「大企業家たち」が受け入れるのを渋るのだろうか?カレツキが認めるように(原文324頁目)、この反応は簡単には説明できない。なんだかんだ言ってもやはり、不況はビジネスにとって悪いことであり、集合としてのビジネスは経済を完全雇用に回復させる如何なる介入をも歓迎すべきである。

カレツキの見解では、問題は政治的なものである。〔知見が〕十分ではないとしても、ドクトリンを否定する「経済の専門家」は彼ら自身の理論を信じているが、「頑冥不霊は通常、政治的な動機が内在していることを表している」とカレツキは述べている。カレツキはこの内在する政治的動機が何なのかはっきり述べていないが、これら「経済の専門家」は銀行業と産業に密接にかかわっていると言及している。しかし、もしそうであるならば、質問は、産業界にとって良いと分かっている介入を産業界のリーダーたちが阻止する動機はいったい何なのだろうかということになる。

カレツキは、以下の三つの理由をあげている。

1. 全雇用政策がないときは、〔民間企業の〕「信用状態("state of confidence")」が景気循環を生み出す。自由放任主義のもとでは、政府の政策を強力且つ間接的にコントロールするために、産業界のリーダーたちはこの事実を「説得力をもって」利用することができる。

2. 明らかに有益な公共部門の投資を支援することは、〔民間企業のビジネスを〕傾斜させる。政府は、民間企業と競争して、他の分野にも進出したいと考えるかもしれない。

3. 恒久的な完全雇用経済では、雇用者のためにある規律装置としての失業の脅威が消滅するこちらも参照)。また、上長の社会的地位が損なわれ、労働者階級の自己肯定感と階級意識が高まり、政治的不安定さを引き起こす。

これは何を意味するだろうか。さあ、私にはよくわからない。〔カレツキが挙げている〕第一の理由は、「ビジネスリーダーたち」は政治的権力を得るために不況の底を時折確かめようとすると主張している。この政治力がビジネスリーダーたちに何をもたらすかは、カレツキは実際には述べていない。それが何をもたらすにせよ、従来に近い方法でもっと安価に手に入れられないものかと私は疑問に思う。

第2の理由は、私には尤もらしく思えない。なぜ民間企業は自分たちの利益に直結するインフラ事業を支援しようとしないのか?例えば1956年の連邦道路法に対して、産業界の重大な反対があっただろうか?もしあったとしたら、プロジェクトが成功しすぎることを恐れて、政府が他の分野でもっと冒険的になることを助長する結果になるからだろうか?

第3の理由も、弱く思える。完全雇用のもとでは利益が高くなるが、「利益よりも『工場の規律』と『政治的安定』のほうがビジネスリーダーたちに評価される」とカレツキが述べてることは事実だ。まず、失業が規律装置になるという概念は、一定の低くとどまった失業率でなければ効かない(Shapiro and Stiglitz, AER 1984 "Equilibrium Unemployment as a Worker Discipline Device." 批判に対する著者たちの回答はこちらを参照)。10年におよぶ大恐慌が「労働者の規律 」のために支払う代価というのは、恐ろしく高いと思う。そして、政治的安定の促進については、大恐慌や大不況のような出来事は政治的不安定を促進すると理解されていると私は思う(カレツキも論文の中でそう言及している)。

まとめると、カレツキは素晴らしい問いをしている。トータルでは、不況がないほうが我々は物質的には暮らしが良くなる。少なくとも原則として、重大な経済不況をどう防ぐかは我々は知っている(ここでは、標準的な「ちょっとした」景気循環のことを言っているのではない)。だがもしそうなら、なぜオバマ政権の景気刺激策といった介入は、諸方面であれほどの苦い反対を受けたのだろうか?そのことについて言えば、TARP(金融部門を安定化するための「ベイルアウト」プログラム)も、特にメインストリート1 から、声高な反対に遭った。これは本当にすべて「モラルハザード」を懸念したからだろうか?

もしかしたら、それらの介入が、どれほど論文上で素晴らしく聞こえても、実際には不相応な人に所得を再分配するだけの方法なのではないかと疑われているのかもしれない。先日、NPRで政治評論家が経済的・政治的な交渉では「交渉役として席についていないなら、あなたはその場のカモ」と言っているのを耳にした。この場合に必要なのは交渉テーブルでのより良いプレゼンの仕方というのは、言うは易しだと私は思う。どうするのがいいだろうか?いろんな意見を私は聞きたい。

  1. 訳注:金融界ウォールストリートの対比語としての、実体経済。金融以外の一般市民が支えるビジネス。 []


マーク・ソーマ 「完全雇用の政治的側面」(2010年7月17日) — 経済学101

マーク・ソーマ 「完全雇用の政治的側面」(2010年7月17日)

●Mark Thoma, ““Political Aspects of Full Employment””(Economist’s View, July 17, 2010)


「時は巡る」といったところか。メールで教えてもらったのだが、カレツキ(Michal Kalecki)の1943年の論文の一部を以下に引用しておこう。

“Political Aspects of Full Employment”(「完全雇用の政治的側面」) by Political Quarterly, 1943:

【IV節】3. ・・・(略)・・・不況(スランプ)下においては、大衆からの要求もあって(あるいは、そのような要求がない場合でさえも)、大量失業の発生を防ぐことを意図して、国債を財源とした公共投資(市中からの借り入れを通じた財政出動)が試みられることだろう。しかしながら、スランプが去ってブーム(好景気)が到来した後もなお、高水準の雇用を保とうとして公共投資が続けられる(そのために国債の発行が続けられる)ようであれば、産業界のリーダー(経営陣)たちの間から強い反対の声が上がることだろう。1

・・・(中略)・・・

かような状況下では、大企業と金利生活者との間で強力な同盟関係が築かれる可能性があるし、「ブームが到来してもなお公共投資を続けるというのは、明らかに不健全だ」と公言して、彼ら(大企業と金利生活者)の後ろ盾となってくれるような経済学者も何人か出てくることだろう。公共投資の継続に抵抗する勢力(とりわけ、政府に対して強い影響力を持つ大企業)の圧力もあって、やがて政府は、十中八九の確率で、「財政赤字の削減」という伝統的な政策へと舵を切ることになるだろう。その結果として、再びスランプがやってくることだろう。・・・(略)・・・

このような政治的景気循環の発生は、単なる可能性の話にとどまるわけではない。1937~38年のアメリカで瓜二つの事態が起きているのだ。アメリカでは、1937年の下半期に入って、それまで続いていたブームが一気に冷え込むことになったが、その原因は、政府が財政赤字を急速に削減しようと試みたことに求められるのだ。・・・(略)・・・ [全文はこちら(pdf)]

  1. 訳注;この後に次のような文章が続く。「前にも指摘したように、完全雇用がいつまでも続くというのは、産業界のリーダーたちの好むところではない。というのも、完全雇用が当たり前の状況となると、労働者たちは〔強気の姿勢で賃上げや労働条件の改善を求めるなどして〕『手に負えなくなる』だろうし、『産業の統率者たち』(産業界のリーダー)の生きがいでもある『労働者に規律を教え込む』という機会が〔クビにするという脅しの効力が薄まるために〕失われることにもなるだろうからである。さらには、景気が上向くと、それに伴って物価も上昇することになるが、そうなる(インフレが生じる)と、大小の金利生活者は損を被ることになる。そのため、金利生活者たちは『ブームを煙たがる』ことだろう」。この直後に(中略)以下の文章(「かような状況下では大企業と金利生活者との間で強力な同盟関係が築かれる可能性があるし、~」)が続くことになる。 []

NAMs出版プロジェクト: 景気循環論(ヒックス、カレツキ完全雇用関連):メモ
http://nam-students.blogspot.com/2015/10/blog-post_6.html?m=1

景気循環論(ヒックス、カレツキ完全雇用関連):メモ

M B K 48 : クルーグマン、「嘘の不安を請け負う人々」(クルーグマンがカレツキに言及)

http://blog.livedoor.jp/sowerberry/archives/31045968.html

 ポーランド人のミハウ・カレツキ (Mchal Kalecki) は、70年前に「完全雇用の政治的考察」(1943年,☆☆☆141-147頁)と題する文章を発表した。当時はケインズ的な考えが浸透しつつあった時代で、経済学者の多くは、完全雇用は政府が支出することで達成できると考えるようになっていた。しかし、カレツキは、それにもかかわらず、そのような政府支出は、たとえ不況期であっても、産業界と富裕層からの猛烈な反対に会うだろうと予測していた。なぜか?

 カレツキは、その答えは脅迫の手段として「信頼」が幅をきかすからだ、と考えた。政府が直接、雇用を拡大できないなら、政府は代わりに民間に支出してもらわなければならなくなる。そうなると、高い税率や金融規制のような特権的な人々を失望させる政策は、(訳注 その民間の)信頼と、次いでは投資を損なうので、雇用を減らすものとして否定することができるだろう。ところが、政府が雇用をつくりだすことができるとなると、信頼は重要でなくなる。そして、それまで利益を得ていた産業界は拒否権を失うことになる。

 カレツキは、産業界のリーダーはこの点をよく理解していると論じている。だから、産業界は、政府による雇用拡大政策がまさに彼らの政治的影響を損なうことにつながるために、それに反対するのだ、と論じている。「したがって、政府による市場への介入を可能にする財政赤字は、危険なものとして認識されなければならないのだ。」(☆☆☆142頁)

 僕が最初にこの文章を読んだとき、これは少し行き過ぎだと思った。なんといっても、カレツキは筋金入りのマルクス主義者だ(とはいえ、彼の文章にはそれほどマルクス的なところはない)。しかし、もしあなたが最近の出来事を見てもラディカルにならないとしたら、最近の状況をよく見ていないからではないだろうか。2008年以降の政治的議論は、まさにカレツキが予想した方向に進んでいる。

補足:

「確信の状態(state of confidence)」141頁

《ファシスト体制は失業の克服から出発してやがて物不足の「軍備経済」へと発展し、最後は必ず戦争で終わるのである。》(カレツキ「完全雇用の政治的側面」1943,『資本主義経済の動態理論』邦訳144頁より)


☆☆☆☆☆☆

《——景気循環の研究はそれこそくるくるとよく変わりました,景気循環の研究の

最盛期は1920年代から1940年代にかけてでしょうか.それから,1950年代と1960 

年代ではその人気も衰えてしまいました.しかし,1970年代に入ると,それに対

する関心もまた戻ってきました,》

参照:カレツキ『資本主義経済の動態理論』解説220頁

「資本家階級を圧倒するに十分な資本を労働者階級が蓄積できるほど労働者階級の貯蓄性向」が、つまり「実質賃金率」が高まれば資本主義は打倒され得る。
(「」内はカレツキ『資本主義経済の動態理論』邦訳220頁の浅田統一郎、間宮陽介解説より)

それを可能にするのはプルードンの「交換銀行」しかない。


参考:
ミハウ・カレツキ (Michal Kalecki)
http://cruel.org/econthought/profiles/kalecki.html

ミハウ・カレツキ (Michal Kalecki), 1899-1970.

  その生涯を通じて、カレツキはマクロ経済学の知られざる英雄だった――そして、経済学ではなぜ英語で論文や著作を刊行すべきかという見事な証拠となってい る。カレツキは、ケインズの『一般理論』で述べられる原理の相当部分をそれ以前に予見していたとされるけれど、でもかれの論文 (1933, 1935) はポーランド語とフランス語でしか刊行されず、したがってほとんど気がつかれなかった。これをなんとかしようと、カレツキは 1936 年の論文で、自分のほうが先だったという主張を刊行することにしたが……これまたポーランド語でしか発表しなかった!

  でも、かれの英語の論文、特に ビジネスサイクル論 (1935, 1937, 1939, 1943, 1954) は、かれに独自の地位をもたらして、数学的動学を経済学に使う方法を進歩させた点で画期的だった。かれの研究はまた、いくつか 古典派 と マルクス派 の概念を導入していて、かなりの部分を「階級闘争」、所得分配と不完全競争に負っていた――これらの項目は、ケンブリッジのケインズ派たちに大きく影響を 与える――時にロビンソン、カルドア、グッドウィンへの影響が大きい。また現代アメリカのポストケインズ派 経済学にも大きく影響している。

カレツキはほぼ一生にわたって、ワルシャワのビジネスサイクル&価格研究所で過ごした。

ミハウ・カレツキの主要著作

"Mr Keynes's Predictions", 1932, Przeglad Socjialistyczny.
An Essay on the Theory of the Business Cycle, 1933.
"Essai d'une theorie du mouvement cyclique des affaires", 1935, Revue d'economie politique.
"A Macrodynamic Theory of Business Cycles", 1935, Econometrica.
"The Mechanism of Business Upswing", 1935, Polska Gospodarcza.
"Some Remarks on Keynes's Theory", 1936, Ekonomista.
"A Theory of the Business Cycle", 1937, RES.
"A Theory of Commodity, Income and Capital Taxation", 1937, EJ.
"The Principle of Increasing Risk", 1937, Economica.
"The Determinants of Distribution of the National Income", 1938, Econometrica.
Essays in the Theory of Economic Fluctuations, 1939.
"A Theory of Profits", 1942, EJ.
Studies in Economic Dynamics, 1943.
"Political Aspects of Full Employment", 1943, Political Quarterly.
"Professor Pigou on the Classical Stationary State", 1944, EJ.
"Three Ways to Full Employment", 1944 in Economics of Full Employment.
"A Note on Long Run Unemployment", 1950, RES.
Theory of Economic Dynamics: An essay on cyclical and long- run changes in capitalist economy, 1954.
"Observations on the Theory of Growth", 1962, EJ.
Studies in the Theory of Business Cycles, 1933-1939, 1966.
"The Problem of Effective Demand with Tugan-Baranovski and Rosa Luxemburg", 1967, Ekonomista.
"The Marxian Equations of Reproduction and Modern Economics", 1968, Social Science Information.
"Trend and the Business Cycle", 1968, EJ.
"Class Struggle and the Distribution of National Income", 1971, Kyklos.
Selected Essays on the Dynamics of the Capitalist Economy, 1933-1970, 1971.
Selected Essays on the Economic Growth of the Socialist and the Mixed Economy, 1972.
The Last Phase in the Transformation of Capitalism, 1972.
Essays on Developing Economies, 1976.






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