2020年11月3日火曜日

2050年のメディア:第34回 世界が違って見えてくる MMT理論イデオローグ衝撃の出版=下山進 - 毎日新聞


https://mainichi.jp/sunday/articles/20201101/org/00m/040/003000d

2050年のメディア

第34回 世界が違って見えてくる MMT理論イデオローグ衝撃の出版=下山進

ステファニー・ケルトン。2015年の米上院予算委員会で民主党のチーフエコノミストを、2016年、2020年の大統領選予備選でバーニー・サンダースの政策顧問 を務めた。写真 Alex Trebus

<Susumu Shimoyama "MEDIA IN 2050">

 世の中のパラダイムを変えるような本に出会うことがある。 

 たとえば、2017年に読んだリンダ・グラットンの『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』はそうした本だった。

 人生を教育期、就労期、引退期のみっつにわけて、65歳になれば定年で引退、というのは、実は一世代前の人間の寿命をもとにつくられたもの。1967年の生まれの場合、平均寿命は92~96歳になる。だから、人生の第4ステージを会社にとらわれずに準備しよう――。という主張に当時の私は衝撃をうけた。文藝春秋を辞めた理由のひとつにこの本と出会ったことがあった。

 さて、今週は、久々に出会った、コペルニクス的思考の転換を強いる別の本の話。

『財政赤字の神話』は土方奈美がわかりやすく訳出している。版権自体は早川浩社長みずからが取得した。

『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生』という本だ。著者はバーニー・サンダースの政策顧問も務めるエコノミスト、ステファニー・ケルトンだ。

 MMTというと、政府はいくらお金を使っても大丈夫、破産することはない、という一見突拍子もない主張からトンデモ理論と考える人が多いと思う。私もそうだった。

 しかし、この本を読むと、天動説を信じていたものが、地動説を理解するような衝撃がある。

 多くの人は、政府の財政を、家計のようなものと考えているだろう。借金をしたらば将来の負担になり、返さなければならない。それがいやならば収入にみあうよう支出を絞っていかなくてはならない。

 それが間違いだ、とこの本は言っているのだ。

 企業や家庭は確かに収支をあわせなければ、いつかは破産する。しかし、お金の価値をつくることのできる通貨主権国の場合は違う、とケルトンは主張するのだ。

 税金は予算のために徴収するのではない。たとえば、リーマンショックのあとの金融危機、アメリカ政府は金融機関救済のために4410億ドルを支出した。これに対して納税者の金が銀行救済に使われていると批判されたが、実際はFRBのベン・バーナンキ議長が言ったように「銀行の口座は連邦準備銀行にある。コンピューターを使ってその残高を増やしただけだ」。

 では税はなんのためにあるのか? それは、資金を調達するためではなく、人々を働かせるためか、特定の政策を達成するためにある、という。税金を課せば、人々は働いてお金を稼ぎ税金を払わなければならない。あるいは、タバコにかかる税金のように、タバコを吸っていることが、本人にも周囲の人にも健康の害になるとわかっている場合は、税収がゼロになることが目的だ。

 米国債も、債券(=借金)という言葉を使うから人々は勘違いする。これは借金ではない。現金と違う「貨幣」を政府が発行しているのだ。つまりドルも米国債も政府が自由に発行できて、お金を市中に供給することができる。

 だから、リーマンショックがあって、あれだけの資金を拠出しているにもかかわらず米国は破産しないし、国債残高が1000兆円超えという天文学的数字になっている日本も破産せず、国債も金利はむしろ低下し、価格は暴落していない。

 このコロナ禍で、米国も日本も莫大(ばくだい)な額の財政出動、つまりお金をばらまいているが、両国とも破産することはない。株価は順調だ。それも米国、日本、オーストラリア、イギリスといった国は通貨主権国だからだ。財政赤字という言葉は家計的なものの見方で、ようは政府が国民のために通貨を発行して、支出しているということを現すにすぎない。

 収支をあわせていかなくてはならないのは、地方自治体や、通貨主権を持たない国の場合だ。ユーロという通貨の下にあるヨーロッパの国々は通貨主権を持たない。だからリーマンショックのあと、ギリシャを筆頭とする欧州の国々は2010年に債務危機に陥った。ギリシャ国債を発行して、ギリシャはこの危機をのりきろうとしたが、国債は金利が暴騰し、価格が暴落した。これはギリシャがドラクマを発行している通貨主権国家だったらば起こらなかったことだった。

 私は、2002年に出した『勝負の分かれ目』という本で、金(きん)本位制だったアメリカが、金(きん)とドルとの兌換(だかん)をやめたニクソンショックの時のことを取材していただけに、ケルトンの主張がすっと自分に入ってきた。

 確かにあのとき世界は変わったのだった。

 金本位制で、アメリカ政府は1ドルを35分の1オンスの金(きん)と交換すると宣言していた。この時代は、財政収支をあわせる必要があった。米国政府は兌換のための金(きん)を準備しているが、この金(きん)がなくなってしまえば、国家が破綻するからだ。そのつながりを断ったのが、1971年のニクソンショックで、以降米国政府は好きなだけ貨幣を刷ることができるようになったのである。日本も同じだ。

 財政収支をあわせなければならないとする日本の財務省のような考えに、人々が疑いなくしたがっているのは、1971年以前の世界観から抜け出していないからだ、とケルトンは主張するのだ。

 この本は通貨というものの不思議さを考えるよい機会にもなる。新聞はオピニオン面でわかりやすくケルトンの主張をとりあげ、それに対する反論を財政均衡主義をとる財務省の官僚に書かせてみてはどうだろうか?

 私は読んでみたい。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など


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