2021年12月27日月曜日

ルイス・デ・モリナ Luis de Molina 1535~1600

ルイス・デ・モリナ - Wikipedia

ルイス・デ・モリナ

ルイス・デ・モリナ

ルイス・デ・モリナ[1](Luis de Molina、1535年9月 - 1600年10月12日)は、近世初期スペイン神学者哲学者16世紀サラマンカ学派の最末期の人物として知られる。イエズス会士

目次

  • 1 略歴
  • 2 業績
  • 3 主著
  • 4 脚注
  • 5 参考文献
  • 6 外部リンク

略歴

クエンカ生まれ。サラマンカ大学法学神学哲学を学び、1553年にイエズス会に入会。1563年にコインブラ大学で哲学、その後エボラの大学で哲学を教えた。その後サラマンカ大学で貨幣理論を教授。1600年にマドリードのイエズス会学院の倫理神学教授に就任するもその年のうちに同地で死去。

業績

神学者としては、恩寵人間自由意志の関係について、神の恩寵は人間のに先行するが、人間の自由意志による同意と協働を通じて恵みが効果的なものになるとする説を唱えた。この説はモリナ主義と呼ばれてドミニコ会から非難を受けることになり、彼とドミンゴ・バニェスとの間で恩寵論争が展開された(詳細はモリナ主義を参照)。

経済理論においては、主著『契約論』などによりサラマンカ学派の貨幣論を集大成し世界的なものにしたとされている。また、トマス・アクィナス自然法論を継承し、公共の福祉に反するような独占は自然法に反するとして否定した(この点をもって経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは「アーサー・セシル・ピグー厚生経済学とほぼ同じである」と評価している)。その一方で徴利(ウスラ / usura)については、「本来は不当なもの」としながらも現実には肯定する立場をとった。

神の全知と人間の自由の矛盾問題について、モリーナは中間知という概念を用いて解決しようとした。モリーナによれば、神は人間の自由な行為について予知することができる。これは、物理的世界に生じる現象に対して予知する知である自然知や、神の意思が原因となって生じる自由知とは違う形でないとならない。なぜなら、神は人間と同じく自由だし、神の意思の支配下にあるわけでもないからだ。そこで、神が個々人に関する膨大な数のシミュレーションを繰り返すことで、完璧にその人の状況を想像できる知である中間知という概念を導入することで、全治と自由の問題を克服しようとした。[2]

主著

  • 『恩寵の賜物と自由裁量との調和』 (Concordia liberi arbitrii cum gratiae donis1588年
  • 『契約論』 (Disputationes de contractibus1601年
  • De Hispanorum primogeniorum origine ac natura, 1588

  • De iustitia et iure, 1733

脚注

  1. スペイン語の発音ではアクセントは後ろから2番目の音節にあり、アクセントのある第二音節が他の音節より長く発音されるため、"モリーナ"とする表記(飯塚一郎の著作など)もみられるが、『新カトリック大事典』第IV巻、およびリーゼンフーバーの著作の表記ではモリナとなっている。
  2. 『「神」という謎[第二版]』世界思想社、2019年2月20日、P123-127。

参考文献

事典項目
  • 武田ほなみ 「モリナ」 『新カトリック大事典』第IV巻 研究社2009年
単行書

外部リンク


特集*現代思想の新潮流 未邦訳ブックガイド30 ルイス・デ・モリナ『貨幣論』 山内志朗

 一六世紀になって、大航海時代が始まり、新大陸、アジア、アフリカをも含めての世界貿易の時代が始まると、大規模な経済活動を支える法学と経済学が必要となったのである。そのような役割を担ったのが、一群の『正義および法論』である。この集大成として、レオナルドゥス・レッシウス(一五五四─一六二三)の『正義および法論』(一六〇五)を挙げることができる。同じ書名の著作がいわゆるサラマンカ学派と言われる人々において数多く執筆された。書き手の多くが神学者であって、ラテン語で書かれた浩瀚な著作で、大型本で一〇〇〇頁を超えるのが稀ではない。それらの圧倒的大部分は長く図書館に埋もれ続けてきたのである。

 経済学の分野においては、新大陸から銀が膨大に流入することで経済的苦境に陥った時期に、まさにサラマンカ学派の思想家が貨幣価値についての説明を試み、いわゆる貨幣数量説を展開した。 サラマンカ学派については、あまり馴染みもないと思われるので、代表的な思想家とその経済学関係の著作を挙げておく。 
・カエタヌス(一四六九─一五三四):スペインのドミニコ会士、ドミニコ会総長、枢機卿。『交換取引論』(De cambio)
 ・アスピルクエタ(一四九三─一五八六):スペインのアウグスティヌス会士、サラマンカ学派、ソトを批判。貨幣数量説。『貨幣交換論』(一五五六)
 ・ドミンゴ・デ・ソト(一四九四─一五六〇):スペインのドミニコ会士、サラマンカ大学、保守派。『正義と法について』(一五五三)第四巻が経済論に相当する。
 ・ルイス・デ・モリナ(一五三六─一六〇〇):スペインのイエズス会士、エボラ大学。「中間知」の教説で有名、経済的自由主義。『貨幣論』(一五九七) 
・フアン・デ・マリアナ(一五三六─一六二四):スペインのイエズス会士、トレドで長く教える。『貨幣改鋳論』(一六〇九)
 ・レッシウス(一五五四─一六二三):ベルギーのイエズス会士、ルーヴァン大学。『正義と法について』(一六五〇)、第二巻が売買論にあたる。
 ここに挙げたのはほんの一部であり、実は埋もれたままの経済学関係著作が他にも膨大に存在している。

 ルイス・デ・モリナの『正義及び法について』は全五巻からなり、きわめて浩瀚な著作であるが、そのなかの第二巻が『契約論』と題され、経済理論が展開されている、九〇〇頁ほどの大著である。内容的には、契約論、売買論、徴利論、損害発生論、停止利益論、保険論、公正価格論、負債論、両替論、為替論、銀行論などである。そのうちの二一二討論から五七五討論まで含み、そのうちの三九六討論から四一〇討論を取り出し英訳し、貨幣論としてまとめたのが、今回のアクトン研究所から出されたモリナ『貨幣論』である。英訳されたのは『契約論』のごく一部であり、為替の差額で利益を得てもそれは徴利に当たらないという論点が目立つほか、貨幣数量論も論じられている。モリナの経済思想の一端を垣間見ることができるだけだが、サラマンカ学派における自由主義的な経済理論を見ることができる。商業行為を抑制する姿勢ではなく、広域に及ぶ交易を推進する姿勢は明確に見て取ることができる。 中世から近世にかけての経済学思想の研究は急激に進展し、しかも唯名論のもたらした変革と連動していることにやっと光が当てられるようになった。哲学史を巻き込み、思想史が変貌しつつある。
 
 参考文献 
Grabill, St. J., Sourcebook in Late-Scholastic Monetary Theory: The Contributions of Matin de Azpilcueta, Kuis de Molina, S. J., and Juan de Mariana, S. J., Lexington Books, Polymputh, 2007. Thomas Cajetan, On Exchange and Usury, tr. by P. T. Brannan, CLP Academic, 2014. Alves, A. A. and Moreira, J. M., The Salamanca School, Continuum, 2010. Lowry, S. T. and Gordon, B., Ancient and Medieval Economic Ideas and Concepts of Social Justice, Brill, 1998. ゴードン、バーリ『古代・中世経済学史』村井明彦訳、晃洋書房、二〇一八年
 (やまうち しろう・倫理学) Luis de Molina, A Treatise on Money, tr. by Jeannine Emery, CLP Academic, 2015.

現代思想2022/01

モリナ主義

出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。2014年8月

モリナ主義或はモリニスム/モリニズム (Molinism) とはスペインのイエズス会ルイス・デ・モリナによる恩寵自由意志を認める考え方のことである。

目次

  • 1 モリナ主義の位置づけ
  • 2 トリエント公会議の表明
  • 3 脚注
  • 4 出典 
  • 5 関連項目
  • 6 外部リンク

モリナ主義の位置づけ

ルイス・デ・モリナはアウグスチヌスの運命論的予定説[と観られるもの]を自由意志との相互関連で説明しようとした。ドミニコ会と論争になり、ドミニコ会は、神の恩恵が人間の意志の内面から効果を発し、物理的先定によって動かすと主張し、イエズス会は人間自身が自発的に協力するという主張と対立した。イエズス会士であったモリナの著書『自由意志と恩恵の賜物の調和』(1588年初版)が、批判を浴びたためローマにおいて審議会を設け、ローマ教皇モリナ説を最初は支持しなかったが、教皇クレメンス8世の時代には上記のモリナの著作は譴責も排斥もされなかった。1597 - 1607年 教皇パウルス5世は120回以上の討論を聞いた後、聖フランシスコ・サレジオの意見を聞きローマ教皇が論争の停止を命じた。(1607年9月5日)また完全な論争の沈黙を守るように命じた。同教皇は1611年12月1日の険邪聖省の教令をもって聖トマスの注釈であっても宗教裁判所の許可なしに出版することを禁じた。教皇ウルバヌス8世宗教裁判所の認可無くしては論ずることを禁じた。(険邪聖省教令1625年5月22日と1641年8月1日)教皇パウルス5世は「イスパニア王の使節への訓話」(1611年7月26日)の原稿の中で、論争を禁じた理由を次のように書いている。

「1.時間が真理を教えることと、2.両者の意見はともに本質的にカトリックの真理と一致する。3.種々の異端説が存在する現代において、…二修道会が名声と信用を保とう…一方を軽視すれば大きな危険を招くことになる。
この問題においてどう考えるべきかは次のように答えよう…トリエント公会議において義化の問題について示した教令に従いそれを支持すべき、…ペラギウス派、…とカルヴァンの誤謬と異端を指摘する、カトリックの教義(カテキズム)によれば、自由意志は神の恩恵によって動かされ刺激され助けられるが、それに自由に同意し[1]、あるいは拒否することができる、しかしトリエント公会議は恩恵が、どのように働くかを説明していない。(それを論争していたようである。そのような論争で互いに相手をひどく傷つける、断罪するようなこと言うことを固く禁じた。)それは無益だからであり、不必要であると考えたからである」。

トリエント公会議の表明

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この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。2010年10月

トリエント公会議において、モリナ主義(説)は積極的には支持されなかったが批判を禁じ、異端とされることはなかった。会議のなかで人間には恩寵に協力する人間の自発的選択的自由意志の要素も認められていると確認されている。(カトリックはこの確認を支持しており、カトリック思想史のp,218において、人間の側は全くは受動的でないといわれている。)

一方同会議において、ジャンセニスムおよび、カルビニズムの二重予定説自由意志の否定、つまり二重決定論で定義されている二重に天へ行くか地獄へ落ちるかの一度期の予定の決定のこと。)は異端とされた。

人は根本的に善なる存在であり、そもそも恩寵を必要としないと主張しているペラギウス派半ペラギウス派についても異端とされている。

脚注

  1.  CCC(ローマから出た要理), No.1742番の最後の一文「教会と世の中における自由な協力者としてくださる」

出典 

  • デンツィンガー・シェーンメッツァー、DS.No.1997。

上記の歴史、位置づけはデンツィンガー資料集からの言葉を替えた出典、下記のトリエント公会議の説明と出典のところは新カトリック大辞典第IV巻「予定」の項からのかいつまんだ出典。

関連項目

外部リンク


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