2021年12月14日火曜日

マルクス『経済学批判』第一部 資本について より


 

マルクス『経済学批判』第一部 資本について より




http://web1.nazca.co.jp/hp/nzkchicagob/DME/KeiHi1.html#KEIHI1122a


第一部 資本について


    第一篇 資本一般
     第一章 商品
      A 商品分析のための史的考察
     第二章 貨幣または単純流通
      一 価値の尺度
      B 貨幣の度量単位についての諸学説
      二 流通手段
       a 商品の変態 
       b 貨幣の通流
       c 鋳貨。価値表章
      三 貨幣
       a 貨幣蓄蔵
       b 支払手段
       c 世界貨幣
      四 貴金属
      C 流通手段と貨幣についての諸学説



http://web1.nazca.co.jp/hp/nzkchicagob/DME/KeiHi1.html#KEIHI1122a

 購買 G―W は W―G の逆の運動であり、同時に商品の第二の変態、または最後の変態である。商品は、金としては、つまり一般的等価物としてのその定在においては、ほかのあらゆる商品の使用価値で直接に表示できる。つまりこの、ほかの商品は、その価格という形で、みな同時に、金を自分の来世としてもとめているが、同時にまた、商品の肉体である使用価値が貨幣のがわにとびうつり、しかも商品のたましいである交換価値が金そのものにとびうつるために、金が鳴らさなければならない音符を示しているわけである。商品の譲渡の一般的産物は、絶対に譲渡できる商品である。金の商品への転化にとっては質的制限はすこしもなく、ただ量的制限、つまりそれ自身の量または価値の大きさの制限があるだけである。「現金とひきかえならばどんなものでもうることができる。」商品は、運動 G―W においては、使用価値として脱却する〔譲渡される〕ことによって、それ自身の使用価値とほかの商品の価格とを実現するのである。商品は、その価格を実現することによって、同時に金を実際の貨幣に転化するが、その再転化によって、金を商品そのものの単に一時的な貨幣存在に転化する。商品流通は、発達した分業を前提とし、したがって個人の生産物の一面性に反比例するかれの欲望の多面性を前提とするものだから、購買 G―W は、あるときはひとつの商品等価物との一等式で表現され、あるときは買手の欲望の範囲とかれの貨幣総額の大きさとによって限定された一系列の商品等価物に分裂する。――販売が同時に購買であるように、購買もまた同時に販売であり、 G―W は同時に W―G であるが、このばあいにはイニシャティヴは金、つまり買手のがわにあるのである。

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