http://www.webchikuma.jp/articles/-/895 ☆
https://nam-students.blogspot.com/2020/04/blog-post_22.html
https://nam-students.blogspot.com/2020/04/blog-post_30.html
https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/fukuzawa/a28/91
西南戦争による紙幣増発のため銀紙の間が著しく開いた通貨価値の急変に対する時事評論で、福沢はこの書を著わすために大蔵省の金庫を見学し、日本貨幣の沿革や西洋諸国の通貨事情に関する文献を大蔵卿大隈重信の手を通じて借り出して研究し、冒頭の一節だけは慶応義塾から出ていた「民間雑誌」と題する日刊新聞に発表したが、その続稿は書き卸しのまま単行本として出版したものである。
明治十一年五月刊行。四六判、洋紙、七十頁、漢字片仮名交り活字印刷、表紙は厚手の洋紙の片面を緑色に染め「福沢諭吉著/通貨論全/明治十一年五月出版」の文字を三行に印刷し、周囲を隻柱罫とオーナメントで囲んだ意匠で、扉は白の洋紙に表紙と全く同一の印刷を施し、右下隅に「福沢氏蔵版印」、枠外左下隅に「定価金廿二銭」の朱印が押してある。巻末には、「明治十一年五月八日版権免許」と記し、著述出版人として福沢の住所氏名、売捌書林として丸家善七、山中市兵衛、慶応義塾出版社の名が所在地町名番地と共に併記してある。
小浜逸郎『まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい「学問のすゝめ」』(2020)では
福沢諭吉の『通貨論』1878が重視されている。
《それ(通貨)が大切なのは、その質にあるのではなくて、働き(機能)にある。金銀と紙とは質が
異なっていても働きに何の違いもない。だから紙でも大丈夫であることには異論のさしはさむ余地はない》
原文は旧大正版福沢全集5,7頁、
《しかりしこうしてその大切なる由縁は、 品の質にあらずして その働きにあるものなり。 今、金銀と紙とその質は異なれども、 これを貨幣に用いて 働きに異なる所あらざれば、 紙を大丈夫なりと言いて 毫も異論あるべからず。》
通貨論1878
近年の福沢諭吉著作集では〈第6巻〉民間経済録・実業論2003年,220頁に所収。
福沢諭吉がMMTと接近するのは表券主義的信用貨幣論においてではなく
以下の認識においてであろう。
「天下一夫も仕事を得ざるものなからしむる」(「外債論」) 1885
著作集6解説377頁(大正版全集9,48頁)より
これはMMTにおけるJGPに近い
当時のインフレ後の現状に対応したものでもあるからだ
(通貨論[時事新報]1882は江戸明治の貨幣価値、インフレを分析)
さらに大隈、福沢は緊縮策に反対し、特に福沢は外債に頼るべきとした。
外債論に関しては竹森俊平『デフレは三度来(きた)る』上第三章 松方正義と金本位制 79頁が詳しい。
国会図書館デジタル
https://www.dl.ndl.go.jp/api/iiif/979059/manifest.json
福沢全集9,47~63頁
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059
https://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F979059&contentNo=36&outputScale=
9-2
通貨論時事新報
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059
グラフ
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059/15
下2003著作集では257頁
まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい『学問のすゝめ』 Kindle版 2020/02/28
小浜逸郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0855L3763/
https://twitter.com/ishizuka_r/status/1295637198734110720?s=21
Ryouji Ishizuka (@ISHIZUKA_R) 借方、貸方との邦訳は福沢諭吉ということは知られているが、そもそもの由来については、リトルトンに書いてあった。逆に見えるのは相手方から見てだから、ということ。 pic.twitter.com/LEM1oKLMd4
「日本は外圧がないと変われない」は本当か?

昨年、TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加の是非が大きな論争になりましたが、その際、「第三の開国」ということがしきりと言われました。「第一の開国」は幕末・維新、「第二の開国」は敗戦であり、現在は「第三の開国」を迎えているというのです。
私はこの通俗的な歴史観に、大変な不快感を覚えていました。というのも、それが「幕末は黒船来航による外圧によって近代化し、敗戦時は占領によって民主化したのだから、現在も、グローバル化という外圧に屈すればよいのだ」という主体性を欠いた外交姿勢を正当化するものに思えたからです。実際、「日本は、外圧がなければ変われないのだ」などという台詞を吐いて恥を知ることのない政治家や知識人が、後を絶ちません。
しかし、我が国の歴史を築いてきた先人たちは、本当にそのような外発的で順応主義的な態度に終始してきたのでしょうか。
そう感じた私は、「開国」を唱える時流に逆らい、幕末の尊王攘夷論のバイブルとして悪名高い会沢正志斎の『新論』を繙いてみました。そして、この書が狂信的な排外主義というイメージとはまったく異なり、卓越した先見性、精緻な情報分析、冷徹な論理によって貫かれていることを発見しました。それは、TPPの問題を「開国か、鎖国か」などという大ざっぱな空気だけで議論している現代日本人にはまったく期待できないような、高度な戦略的知性です。
驚いた私は、思わず正志斎の他の著作も読み始め、研究書にも目を通しました。そして、正志斎が古学の伝統を引き継いでいることを知りました。「古学」とは、伊藤仁斎に始まり、荻生徂徠が発展させた日本固有の儒学の一学派です。そこで私は、正志斎の思想を解読すべく、伊藤仁斎そして荻生徂徠にさかのぼってみて、古学の伝統の中に、現代でも十分に通用する優れた思想があることを学びました。この古学の思想は、現代哲学の用語で敢えて一言にて要するならば、「プラグマティズム」と呼ぶにふさわしいものです。
正志斎の尊王攘夷論は、西欧列強の脅威に刺激を受けた感情的反発などではありませんでした。それは、古学の伝統から受け継いだプラグマティズムを国際問題に応用することで編み出された理論だったのです。正志斎は、時代の制約の中にあって現実を直視し、実践的に思考していました。そして、国民国家を建設して富国強兵をはかるという結論に達したのです。
さらに私は、このプラグマティズムとナショナリズムの思想が、明治維新後、福沢諭吉に引き継がれていることに気づきました。一般に、福沢諭吉と言えば、攘夷論を批判して文明開化を説き、攘夷論者から命まで狙われていた人物として知られており、その思想は正志斎と対極にあるもののように考えられています。しかし、私の読むところ、福沢の文明論とは、「天皇を中心として国民を統合し、国民の連帯から生じるナショナリズムのエネルギーをもって、西洋列強と伍して独立を確保できる強力な近代国民国家を建設する」という構想でした。そして、この福沢のナショナリズムの構想を支えたのもまた、「実学」というプラグマティズムでした。福沢諭吉とは、会沢正志斎とおなじくらいに尊王攘夷論者であったのです。
本書は、プラグマティズムとナショナリズムをキーワードにして、伊藤仁斎、荻生徂徠、会沢正志斎、そして福沢諭吉という四人の思想家を直列させ、近代前後で断絶しない日本の政治思想の伝統を探っていきます。そうすることで、現代日本人が「外圧がないと変われない」などという敗北主義の呪縛から解放され、危機を乗り切る戦略的知性と独立自尊の精神を回復できればという願いを込めて、少々大胆ではありますが、本書を『日本思想史新論』と名づけた次第です。




返信削除小浜逸郎『まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい「学問のすゝめ」』(2020)では
福沢諭吉の『通貨論』1878が重視されている。
《それ(通貨)が大切なのは、その質にあるのではなくて、働き(機能)にある。金銀と紙とは質が
異なっていても働きに何の違いもない。だから紙でも大丈夫であることには異論のさしはさむ余地はない》
原文は旧大正版福沢全集5,7頁、
《しかりしこうしてその大切なる由縁は、 品の質にあらずして その働きにあるものなり。 今、金銀と紙とその質は異なれども、 これを貨幣に用いて 働きに異なる所あらざれば、 紙を大丈夫なりと言いて 毫も異論あるべからず。》
通貨論1878
近年の福沢諭吉著作集では〈第6巻〉民間経済録・実業論2003年,220頁に所収。
福沢諭吉がMMTと接近するのは表券主義的信用貨幣論においてではなく
以下の認識においてであろう。
「天下一夫も仕事を得ざるものなからしむる」(「外債論」) 1885
著作集6解説377頁(大正版全集9,48頁)より
これはJGPに近い
インフレ後の現状に対応したものでもあるからだ
さらに大隈、福沢は緊縮策に反対し、特に福沢は外債に頼るべきとした
https://www.dl.ndl.go.jp/api/iiif/979059/manifest.json
福沢全集9,47~63頁
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059
https://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F979059&contentNo=36&outputScale=
通貨論[時事新報]は江戸明治の貨幣価値、インフレを分析
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返信削除小浜逸郎『まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい「学問のすゝめ」』(2020)では
福沢諭吉の『通貨論』1878が重視されている。
《それ(通貨)が大切なのは、その質にあるのではなくて、働き(機能)にある。金銀と紙とは質が
異なっていても働きに何の違いもない。だから紙でも大丈夫であることには異論のさしはさむ余地はない》
原文は旧大正版福沢全集5,7頁、
《しかりしこうしてその大切なる由縁は、 品の質にあらずして その働きにあるものなり。 今、金銀と紙とその質は異なれども、 これを貨幣に用いて 働きに異なる所あらざれば、 紙を大丈夫なりと言いて 毫も異論あるべからず。》
通貨論1878
近年の福沢諭吉著作集では〈第6巻〉民間経済録・実業論2003年,220頁に所収。
福沢諭吉がMMTと接近するのは表券主義的信用貨幣論においてではなく
以下の認識においてであろう。
「天下一夫も仕事を得ざるものなからしむる」(「外債論」) 1885
著作集6解説377頁(大正版全集9,48頁)より
これはJGPに近い
インフレ後の現状に対応したものでもあるからだ
(通貨論[時事新報]1882は江戸明治の貨幣価値、インフレを分析)
さらに大隈、福沢は緊縮策に反対し、特に福沢は外債に頼るべきとした
https://www.dl.ndl.go.jp/api/iiif/979059/manifest.json
福沢全集9,47~63頁
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059
https://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F979059&contentNo=36&outputScale=
返信削除小浜逸郎『まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい「学問のすゝめ」』(2020)では
福沢諭吉の『通貨論』1878が重視されている。
《それ(通貨)が大切なのは、その質にあるのではなくて、働き(機能)にある。金銀と紙とは質が
異なっていても働きに何の違いもない。だから紙でも大丈夫であることには異論のさしはさむ余地はない》
原文は旧大正版福沢全集5,7頁、
《しかりしこうしてその大切なる由縁は、 品の質にあらずして その働きにあるものなり。 今、金銀と紙とその質は異なれども、 これを貨幣に用いて 働きに異なる所あらざれば、 紙を大丈夫なりと言いて 毫も異論あるべからず。》
通貨論1878
近年の福沢諭吉著作集では〈第6巻〉民間経済録・実業論2003年,220頁に所収。
福沢諭吉がMMTと接近するのは表券主義的信用貨幣論においてではなく
以下の認識においてであろう。
「天下一夫も仕事を得ざるものなからしむる」(「外債論」) 1885
著作集6解説377頁(大正版全集9,48頁)より
これはJGPに近い
なぜなら当時のインフレ後の現状に対応したものでもあるからだ(著作集6解説参照)
(通貨論[時事新報]1882は江戸明治の貨幣価値、インフレを分析)
さらに大隈、福沢は緊縮策に反対し、特に福沢は外債に頼るべきとした
著作集6は外債論未所収。解説で触れられるのみ。
https://www.dl.ndl.go.jp/api/iiif/979059/manifest.json
福沢全集9,47~63頁
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059
https://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F979059&contentNo=36&outputScale=
返信削除小浜逸郎『まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい「学問のすゝめ」』(2020)では
福沢諭吉の『通貨論』1878が重視されている。
《それ(通貨)が大切なのは、その質にあるのではなくて、働き(機能)にある。金銀と紙とは質が
異なっていても働きに何の違いもない。だから紙でも大丈夫であることには異論のさしはさむ余地はない》
原文は旧大正版福沢全集5,7頁、
《しかりしこうしてその大切なる由縁は、 品の質にあらずして その働きにあるものなり。 今、金銀と紙とその質は異なれども、 これを貨幣に用いて 働きに異なる所あらざれば、 紙を大丈夫なりと言いて 毫も異論あるべからず。》
通貨論1878
近年の福沢諭吉著作集では〈第6巻〉民間経済録・実業論2003年,220頁に所収。
福沢諭吉がMMTと接近するのは表券主義的信用貨幣論においてではなく
以下の認識においてであろう。
「天下一夫も仕事を得ざるものなからしむる」(「外債論」) 1885
著作集6解説377頁(大正版全集9,48頁)より
これはMMTにおけるJGPに近い
インフレ後の現状に対応したものでもあるからだ
(通貨論[時事新報]1882は江戸明治の貨幣価値、インフレを分析)
さらに大隈、福沢は緊縮策に反対し、特に福沢は外債に頼るべきとした。
外債論に関しては竹森俊平『デフレは三度来(きた)る』上第三章 松方正義と金本位制 79頁が詳しい。
国会図書館デジタル
https://www.dl.ndl.go.jp/api/iiif/979059/manifest.json
福沢全集9,47~63頁
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059
https://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F979059&contentNo=36&outputScale=
返信削除yonelabo.com/meiji_nannen/1878/
1878年は明治何年?
1878年は明治11年です。 ちょうど143年前の1878年は. 日付(和暦), 明治11年09月03日. 日付 ...
11,14
返信削除米価2倍
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/132393/1/eca0746_383.pdf
PDF
repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/.../1/eca0746_383.pdf
Title 明治初期のインフレーション" - 日本インフレーション史 ...
と比較すれば、賃銀のよ昇率は甚だしく濯れ、且ヲ上昇率は盗かに低い。 したがって質賃貸銀の下落は大巾且つ念激てある。 註ω. 川合一郎﹁矯替
真藤素一
返信削除福沢諭吉は銀貨価値の表を提示
返信削除M11-14
で1.696倍
6,264-5頁
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