2021年9月14日火曜日

◆縄を結んで数を表す・結繩…隋書・老子・易経繋辞伝◆: IKAEBITAKOSUIKA

◆縄を結んで数を表す・結繩…隋書・老子・易経繋辞伝◆: IKAEBITAKOSUIKA

◆縄を結んで数を表す・結繩…隋書・老子・易経繋辞伝◆



   
   縄を結んで数字や文字として用いる方法を、結縄文字(けつじょうもじ)、文字(なわもじ)という。

 結縄字が普及する以前から世界中で使われていた。

 日本では沖縄(琉球列島)の藁算わらざん上写真↑)が良く知られており、外国ではインカ帝国のキープ(Quipu・khipu)が有名である。

 紐(ひも)に結び目を付けたりをつくったりし、それぞれ物品の数や種類を情報伝達するために用いられた。
 そして、結縄は簡単な経理や納税事務の機能を担っていた。
 



(1) 古代日本でも、中国から文字が伝わる以前、あるいは極く限られた人のみ漢字を使用していたとき、人民の間では、縄を結んで数を表したり記録しておく、"結縄(けつじょう)"という方法が使われていた。

 『隋書』・卷八十一列傳第四十六には、倭国の記載として次のような一文がある、

Wikisource『隋書』巻八十一 東夷伝俀国



無文字、唯刻木結繩。  
敬佛法、於百濟求得佛經、始有文字。 
知卜筮、尤信巫覡。



 文字無く、唯(ただ)木を刻み、縄を結ぶ
 仏法を敬し、百済より仏教を求め得て、始めて文字有り。
 卜筮(ぼくぜい)を知り、尤(もっと)も巫覡(ふげき)を信ず。


 文字はなく、ただ木に刻み目を付けたり縄に結び目を作り文字の代わりとしていた。
 仏教を敬い、百済から仏教経典を求め得て初めて文字をもった。
 占いをすることを知っていたが、巫女の神おろしをより信ずる。





(2) 中国・戦国時代、富国強兵策として行われた大国衆民、すなわち多くの民を抱え領土拡大に走る大国に対するアンチテーゼとして理想郷を描いたのが、『道徳経』(老子)・小国寡民である。

 この章には、老子の理想郷の一例として文字を使わない昔に返るという意味で、"結繩"の記載がある、


ChineseTextProject『道徳経』[80]小國寡民


小國寡民。 使有什伯之器而不用、使民重死而不遠徙、雖有舟輿、無所乘之、雖有甲兵、無所陳之。
使民復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗、鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死、不相往來。


 小国寡民、什伯(じゅうはく)の器有るも而(しか)も用いざらしめ、民をして死を重(かた)んじて而して遠く徙(うつ)らざらしめば、舟輿(しゅうよ)有りと雖(いえど)も、これに乗る所無く、甲兵有りと雖も、これを陳(つら)ぬる所無からん。
 民をして復(ま)繩を結ん而してこれを用いしめ、其の食を甘(うま)しとし、其の服を美とし、其の居に安んじ、其の俗を楽しましめば、鄰国相(あ)い望み、鶏犬(けいけん)の声相い聞こゆるも、民は老死に至るまで、相往来せざらん。


 小さな国で民もすくないところ、多くの便利な道具があっても、それを使わせないようにして、民が自分の命を大切にして、遠方の地へ移らせないようにさせたならば、船や車があったとしてもそれに乗るときが無く、鎧(よろい)や武器があってもそれを見せびらかすときが無いだろう。
 人民が昔にかえって、また縄を結んで文字の代わりとし、自分の食べ物を旨いと思い、自分の着物を美しいと思い、自分の住居に落ち着いて、自分の習慣を楽しむようにさせたならば、隣の国は向こうに見えていて、その鶏や犬の鳴き声が聞こえてくる状況でも、人民は老いて死ぬまで互いに往来することもないであろう。





(3) 『周易(易経)の解説である繫辭傳(けいじでん)・には、結繩について次のような一文がある。
 尚、『康熈字典』御製康熈字典序にも易傳曰~として引用されている、

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