2021年10月5日火曜日

MMTの数理モデルについて 田中靖人 同志社大学経済学部 2021/06


MMT(現代貨幣理論)の理論的根拠について

−MMT の数理モデルを目指して−1 田中靖人 同志社大学経済学部 2021/04


https://mpra.ub.uni-muenchen.de/107223/1/MPRA_paper_107223.pdf


<要旨>

最近 MMT(Modern Monetary Theory,現代貨幣理論)と呼ばれる学派の主張が注目を集めている が,これまであまり理論的,あるいは数学的な分析がなされることはなかった。本稿では技術進 歩による経済成長を含む世代重複モデルを用いて MMT の主張が理論的に成り立つのかどうかを 検討し,それに概ね肯定的な評価を与える。基本となるのは経済が成長している場合に完全雇用 を維持して行くためには継続的な財政赤字が必要であるということと,不況から回復させるため にはそれを超える財政赤字が求められ,その赤字は将来の財政黒字によって埋め合わされる必要 はないということである。本稿のモデルは田中(2021) 3 世代モデルを単純化したものである が,経済成長を取り上げたり,規模に関する収穫逓増・逓減を仮定したり,インフレーションの 分析をしたりなど,分析については拡張している。

<キーワード>


となるから,−>0で−<(−1)(−)ならば  −>(−1)(−) でなければならず,不充分な財政赤字によって生じた非自発的失業を解消し完全雇用を回復させるには追加的な財政赤字が必要である。 


参考文献 

T.  Hogan.    Review  of  Stephanie  Kelton's  the  Deficit  Myth.      AIER  Sound  Money  Project  Working Paper  No.  2021–5,  2021.

 S.  Kelton.      The  Deficit  Myth:  Modern  Monetary  Theory  and  the  Birth  of  the  People's  Economy.   Public  Affairs,  2020. 

A.  P.  Lerner.    Functional  finance  and  the  federal  debt.      Social  Research,  10:38–51,  1943.

 A.  P.  Lerner.      The  Economics  of  Control:  Principles  of  Welfare  Economics.    Macmillan,  1944. 

W.  Mitchell,  L.  R.  Wray,  and  M.  Watts.      Macroeconomics.    Red  Gbole  Press,  2019. 

M.  Otaki.    The  dynamically  extended  Keynesian  cross  and  the  welfare-improving  fiscal  policy.    Economics Letters,  96,23–29,  2007. 

M.  Otaki.    A welfare  economics  foundation  for  the  full-employment  policy.    Economics  Letters,  102,  1–3, 2009. 

M.  Otaki.    Keynesian  Economics  and  Price  Theory:  Re-orientation  of  a  Theory  of  Monetary  Economy.   Springer,  2015a. 

M.  Otaki.    Public  debt  as  a  burden  on  the  future  generation:  A Keynesian  approach.  Theoretical  Economics Letters,  5,  651-658,  2015b. 

田中靖人.  完全雇用実現のための財政政策について:世代重複モデルによる理論的分析.  MACRO REVIEW,  Vol.33,  No.1,  52-70,  2021. 


~~~~~


MMTの数理モデルについて 田中靖人 同志社大学経済学部 2021/06


https://mpra.ub.uni-muenchen.de/108425/1/MPRA_paper_108425.pdf 


<要旨>  

近年MMTModern Monetary Theory,現代貨幣理論)と呼ばれる学派の主張が注目を集めているが,これまであまり理論的,あるいは数学的な分析がなされることはなかった。本稿は効用関数と予算制約式による消費者の効用最大化,独占的競争における企業の利潤最大化,財の需要・供給の均衡,などの新古典派的なミクロ経済学の枠組みの基本を維持しながら,MMTの主張の骨格をなすものを理論的に基礎づけることを目的とし,技術進歩による経済成長を含む単純な静学モデルを用いて以下の事柄を論証する。1) 経済が成長しているときに完全雇用を維持して行くためには継続的な財政赤字が必要であり,その財政赤字を将来の黒字によって埋め合わせる必要はない。2) 実際の財政赤字が完全雇用維持に必要・十分な水準を上回ることによってインフレーションが引き起こされる。さらなるインフレーションを起こさないためには安定的に一定の財政赤字を続ける必要がある。3) 財政赤字の不足は不況を招き非自発的失業を発生させる。そこから回復させるためには完全雇用を維持して行くのに必要な水準を超える財政赤字が求められるが,完全雇用回復後は継続的な財政赤字が必要なので,不況克服のために生じた赤字を将来の財政黒字によって埋め合わす必要はないし,そうしてはならない。               


1.  はじめに 

わが国における国債の発行残高は  900  兆円以上で危機的な状況にあるとされるが,その一方海外に対する債務でなければ財政赤字を累積させることに問題はなく,財政政策はインフレーションを防ぎつつ完全雇用と安定的な経済成長を実現させるというような,その効果でのみ評価すべきであるという考え方もある。著名な経済学者であるアバ・ラーナー(Lerner (1943), (1944))などのいわゆる機能的財政論(Functional  Finance  Theory)はその一つであるが,近年,米国で広まりわが国でも話題になっているMMT(現代貨幣理論,Modern Monetary Theory)もその代表的なものであり,MMTを主唱する人たち自身ラーナーの理論が自分たちの考え方の淵源になっていると認めている。MMTには数多くの入門書・解説書があり,また米国でこの学派を主導するレイやケルトンなどの書籍(L・ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門  』(東洋経済新報社,2019),ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生』(早川書房,2020))の翻訳も出版されているが,新古典派的な枠組みを基礎とする主流派の経済学と比べ数学的なモデルによる理論分析が欠けていると指摘される。本研究は効用関数と予算制約式による消費者の効用最大化,独占的競争における企業の利潤最大化,財の需要・供給の均衡,などの新古典派的なミクロ経済学の枠組みの基本を維持しながら,機能的財政論やMMTの主張の骨格をなす財政政策の効果に関する考え方を,簡潔な数学的・理論的なモデルを用いて肯定的に論証しようとするものである。具体的には以下の事柄を明らかにする。1)  経済が成長している場合に完全雇用を維持して行くためには継続的な財政赤字が必要であり,その財政赤字を将来の黒字によって埋め合わせる必要はない。2)  実際の財政赤字が完全雇用維持に必要・十分な水準を上回ることによってインフレーションが引き起こされる。さらなるインフレーションを起こさないためには安定的に一定の財政赤字を続ける必要がある。3)  財政赤字の不足は不況を招き非自発的失業を発生させる。そこから回復させるためには完全雇用を維持して行くのに必要な水準を超える財政赤字が求められるが,完全雇用回復後は継続的な財政赤字が必要なので,不況克服のために生じた赤字を将来の財政黒字によって埋め合わす必要はないし,そうしてはならない。 2.2節で考察するように財政支出は財に対する需要を生み出す一方,税は消費者の所得(可処分所得)を減らして消費を抑える役割を持つものであり,財政支出の財源ではない。財政赤字の大きさは総需要を調整・管理するという観点から考えられるべきものである。 2.  モデル 田中(2020)  で用いたものと同様の静学的なモデルを用いるが,技術進歩による経済成長を含む。また税は定額(lump-sum)な税ではなく所得に比例したものを考える。まずある期における家計,政府,企業の行動を分析する。消費者は一期のみ生きて労働をし消費・貯蓄を行うが,前世代が残した貯蓄を引き継ぐものとする。経済の生産性は技術進歩によって一定の率で成長している。 2.1    家計 企業に雇用されている消費者および失業している消費者はそれぞれに自らが得た所得をもとに消費と貯蓄を行う。まず第1段階で消費財のバスケットと貯蓄による効用最大化の解を求め,その後第2段階で支出を一定とした消費財バスケットの最大化を考える2。雇用されている消費者の消費財バスケットを,貯蓄を,労働の不効用をlnとし,失業している消費者の消費財バスケットを,貯蓄をとする。労働供給は非弾力的,すなわち10である。失業している消費者も雇用された方が効用が大きいのならば働くことを希望するが,労働需要が足りなければその望みは実現されず非自発的に失


22段階に分けず1段階で計算することもできる。付録にやや詳しい計算過程を収めてある。 


業することになる。消費財バスケットの価格を,名目賃金率を,雇用量をとする。また労働の総供給,あるいは完全雇用のときの雇用量をで表す。企業から消費者に配分される利潤は一人当たりΠであるとする。この利潤は雇用されている消費者も失業している消費者も同様に受け取ることができる。   雇用されている消費者,失業している消費者それぞれについて消費財バスケットは連続体[0,1]上に無数に存在する消費財の消費,から構成され   =,  と表される。は消費財間の代替の弾力性を表し>1である。また消費財バスケットの価格は各財の価格をとして   と定義される。   雇用されている消費者の効用を次の関数で表す。   =ln+1−ln−ln >1である。予算制約式は   +=+Π−+Π+=1−+Π+  と表される。 >0は税率である。は前世代の消費者から引き継いだ一人当たりの貯蓄を表す。税は雇用されている消費者も失業している消費者も同じ率で納めると仮定する。   同様に失業している消費者の効用を次の関数で表す。   =ln+1−ln 予算制約式は   +=1−Π+ である。それぞれの効用最大化の1階条件と予算制約式によって以下の消費関数と貯蓄関数が得られる。   =[], =1−[1−+Π+],   =[] =1−[1−Π+] 利潤の配分しか収入がない失業者が貯蓄するはずはないと思われるかもしれないが,消費と貯蓄によって効用が決まるのならば必ず貯蓄をする。失業保険など失業者を支援する仕組みをモデルに組み込むことも可能であるが議論の本質は変わらない。   2段階での支出を一定として消費財バスケットを最大化する問題のラグランジュ関数は以下のように表される。   =−−[1−+Π+],   =−−[1−Π+] ,はラグランジュ乗数である。これらの最大化問題を解けば雇用されている消費者,失業している消費者それぞれについて各財の需要関数   =[+Π+]


=[] が得られる。  2.2  政府   政府は財政支出によって以下の式で表される消費財バスケットを最大にするように各財を購入する。政府が購入する各財の量をとすると消費財バスケットは    である。財政支出をGとすると予算制約は = であり,政府に関するラグランジュ関数はをラグランジュ定数として =−− と表される。消費者の場合と同様にしてこの最大化問題を解けば3,政府による各財の需要    が得られる。  ここで,政府による財の購入を制約しているのは財政支出の総額Gであって税収ではないことに留意すべきである。先に述べたように財政支出は財に対する需要を生み出す一方,税は消費者の所得を減らして需要を減らす役割を持つ,あるいはその役割しか持たない。税が財政支出の財源になっているわけではない。  2.3  企業   企業の参入・退出がない短期を仮定し企業数を1とする(1社しかないという意味ではない,小さな企業が無数にありその合計が1である)。各財は連続体[0,1]上に無数に存在し各企業はその内の一つの消費財を生産する。その財については独占的であるが無数の代替的な財が存在するので各企業は消費財バスケットの価格を与えられたものとして自らが生産する財の価格を決める。   生産は労働のみによって行われ生産量1単位ごとに1の追加的な費用がかかる。これは基準となる期における生産性であり,技術進歩によって次の期の生産性は大きくなる。企業の生産量をとするとその企業の労働需要(雇用)は   によって与えられる。これはすべての企業について共通である。   政府による財政支出も財に対する需要を生む。企業の財に対する需要をとすると,は家計の需要と政府の需要の合計なので   =+−+=[] と表される。本稿では,はそれぞれ雇用されている消費者,失業者ひとりひとりの需要なのでやがかかっている。企業の利潤は   =−=−[] に等しい。均衡においては=が成り立つ。利潤最大化の1階条件を求めると,   


付録の最後でこの計算をやや詳しく説明する。 


[]−−[]=0 となる。これを解いて   を得る。ここで = とすると,   である。全企業は対称的なので    ==        (1) が成り立つ。また各企業の生産量もすべて等しい。それをで表す。  生産物の売上は労働に対する報酬と利潤の配分の和に等しいので次の式が成り立つ。   =+Π  この式から   Π=− となるが,(1)を用いると   Π=[−1−]が得られる。が満たされるとともに,完全雇用の場合には=が成り立つ。 (1) が成り立つとき名目的な財の需要の合計は [1−+Π+]+=[1−+]に等しい。  経済成⻑後の企業⾏動    −1の率で成⻑した後は⽣産量と労働需要の関係は   となり,名目賃金率がとなって企業の利潤は   =−=− と成⻑前と同じ形で表され,   == が得られる。ただし,はそのときの名目賃金率ではなく上で考えた基準となる期の名目賃金率である。インフレーションが起きるとそれによっても名目賃金率が上昇し,それは価格にも反映されるが,⽣産性の向上による名目賃金率の上昇は単位⽣産当たりの費用を増加させないので価格には影響しない 。⽣産量はに等しい。完全雇用ではとなる。 名目賃金率,利潤,貯蓄,財政支出がそれぞれの率で増えれば成⻑後の名目的な財の需要の合計は [1−+Π+]+=[1−+]に等しい。 3. 経済成長下で完全雇用を維持するための財政赤字   一定価格のもとでの経済成長下で完全雇用を維持するための財政赤字について考察してみよう。完全雇用が成り立つならば雇用量と企業の生産量Yはに等しく,財の需要・供給は次の式を満たす。                          [1−+]+=P                               (2) そのとき消費者による貯蓄は 


1−[1−+] に等しいが,一定の価格のもとで完全雇用を維持しながら技術進歩によって経済が−1>0の率で成長しているならばこの貯蓄は次の式を満たさなければならない。                               1−[1−+]=                            (3) (2)(3)を足し合わせると 1−+M+=P+ となるが,これから                                    −=(−1                                  (4)   を得る。は税収を表すので左辺は財政赤字であるから,この式は>1ならば,すなわち経済が成長しているときには財政赤字が正である,あるいは正でなければならないということを意味している。したがって次の命題が得られる。  命題 1 技術進歩によって一定率で成長する経済において,一定の価格のもとで完全雇用を維持して行くためには継続的な財政赤字が必要である。  財政赤字は成長による貯蓄の増加に等しい。経済が成長する限りこの財政赤字が必要であるから,後々黒字によって埋め合わせる必要などないし,そのようなことをしてはいけない。  (2)には経済成長率が明示的に表されていないが,前の期の生産量が今期の倍であったと考えればよい(したがって生産コストは倍であった)。一定価格で経済が成長している場合には名目賃金率は生産性の向上を反映して成長率と同じ率で上昇する。  4. 過剰な財政赤字とインフレーション    前の期までは財政赤字が(4)を満たす状態が続いていて一定の価格のもとで完全雇用が実現しているとき,ある期の財政支出が大きくなり,財の価格がになって                        ′−′=−1>−1                         (5)            が満たされていると仮定する。以下ではこのときインフレーションが起きることを示す。(2)                                [1−′+]+′=′                             (6)  となる。消費者による貯蓄を'とすると                               '=1−[1−′ +]                          (7) である。(6)から '=′−′+M を得る。さらに(5)によって ′−=−1 となるから                                 ′=                             が得られる。(3)より                     =1−[1−+]                                (8) かつ  なので,インフレーション率を−1とすると(7)(8)によって 1−1−−1=− が得られる。>ならば>1であるからインフレーションが起きる。また, 

6


−1+ −1+である。したがって次の命題を得る。 命題   完全雇用を維持しつつ技術進歩によって一定率で成長する経済において財政赤字が,完全雇用と一定価格のもとでの成長を持続するのに必要・十分な水準よりも大きければ,インフレーションが起きる。 0 <<1ならはより小さいが,これは前世代から引き継ぐ貯蓄が物価上昇の影響を受けないからであると考えられる。なお,インフレーションが起きるとそうでない場合と比べて名目賃金率,価格が同じ率で上昇する。 財政赤字が過剰になればインフレーションが生じるが,もとに戻せば一定価格のもとでの完全雇用維持が可能になる。もとに戻すとはその次の期の財政支出を′′として次の式が満たされるようにするということである(生産量はになっている)。 ′′ − ′=−1′=−1 インフレーションが起きていないときの同じ期の財政支出をとすると −なので =−1 ′′ − ′−[]=−1−>0 が成り立つ。また ′′ − ′ − =である。上昇した後の物価水準を一定に保つようにするので,それに応じて財政赤字も物価が低いままの場合よりは名目的に見て継続的に大きくなるが,とは近い値を持つので実質的にはさほど変わらない。インフレーションを起こした過剰な財政赤字を黒字で埋め合わすようなことをすべきではない。そのようなことをすれば次の節で見るように不況・失業を発生させてしまう。 5.  財政赤字不足による不況・失業の発生とそこからの回復 やはり前の期までは財政赤字が(4)を満たす状態が続いていて,一定の価格のもとで完全雇用が実現しているとき,ある期の財政支出が小さくなって ′ −L<(−1 となったと仮定する。雇用Lはに等しいとは限らない。このとき財の需要と供給は次の式を満たす。 [1− +]+′=PL 完全雇用が実現しているときの財政支出をGとして,この式と(2)を比較すると,(4)によって − −′−=1−−>0 が得られる。これは(価格が一定ならば)財政赤字の不足によって雇用量が完全雇用の水準を下回り非自発的失業が生じることを意味する。したがって次の命題が得られる。 命題   実際の財政赤字が完全雇用と一定価格のもとでの成長を持続するのに必要・十分な水準よりも小さければ不況になり非自発的失業が発生する。 ある期において財政赤字が小さくなって非自発的失業が発生している状態で,完全雇用を回復させ

7


るための政策を検討してみる。上で分析した期の次の期において財政支出を′′にして完全雇用を回復させるものとする。そのとき以下の式が成り立つ(生産量はになっている)。                      [1−+′]+′′=                               は非自発的失業が発生した期における消費者の貯蓄であり,                             =1−[1−+]                               と表される。上の式に代入すると {1−+1−[1−+]}+′′= から           ′′−=1−1−−1−[1−+]               (9) が得られる。一方(2)より完全雇用を継続的に維持している定常的な場合の同じ期における財政赤字をとすると                       [1−+]+=                                 が成り立つ。(3)より =1−[1−+] なので,         −=1−1−−1−[1−+]                 (10) となる。(9)(10)を比較して          ′′−−−=1−1−−>0                    (11) を得る。この式は非自発的失業が存在する状況から完全雇用を回復するために必要な追加的な財政赤字を表している。したがって次の命題が得られる。  命題 4 財政赤字の不足によって生じた非自発的失業を含む不況から完全雇用を回復させるためには継続的に完全雇用を維持している場合よりも大きな財政赤字を必要とする。     完全雇用を回復した後それを維持するためには継続的な財政赤字が必要であるから,不況克服のために生じた追加的な財政赤字を後の財政黒字によって埋め合わせようなどと考えてはいけない。    非自発的失業の発生によって名目賃金が下がり,物価が下がれば前世代から引き継いだ貯蓄の実質価値が大きくなり,いわゆる実質残高効果(ピグー効果)が働いて消費を増やし失業を減らす可能性はあるが,その効果が働く規模やスピードはあまり大きくないというのが一般的な考え方であると思われる。したがって,ここで分析した財政政策(追加的な財政赤字の創出)による完全雇用の回復の方が有効であると考えられるだろう。また,本稿の単純なモデルには含まれていないが,消費者が資産だけではなく債務を抱えている場合には実質残高効果が消費を増やすようには働かない可能性もある。  完全雇用を回復した期の次の期について  非自発的失業が発生した期をt,完全雇用を回復する期をt+1として,t+2期の財政赤字はどうなるであろうか。+1期の貯蓄を,+2期の財政支出をとすると次の式が成り立つ(生産量はになっている)。   [1−+]+= 非自発的失業が発生した期における貯蓄をとすれば   =1−[1−+′] である。 =1−1−+ 

8


であるから  =1−1−+1−[1−+] となる。したがって+2期の財政赤字は            −=1−1−−1−1−                 (12) −1−[1−+] に等しい。一方,完全雇用を継続的に維持している定常的な場合の同じ期における財政赤字をとすると   [1−+]+= が成り立つ。 =1−[1−+]  =1−[1−+]=1−1−+1−[1−+] によって         −=1−1−−1−1−                 (13) −1−[1−+] を得る。Mは非自発的失業が発生する前の期の貯蓄であることにご留意願いたい。(12)(13)Mは同じものを表している。(12)(13)を比較すると            −− −=1−1−−>0                  となる。依然として完全雇用を継続的に維持している定常的な場合の財政赤字より大きいことがわかる。これは非自発的失業が発生したときの貯蓄の不足がその後も影響を残すからであるが,(11)と比べるとその値は1−倍なので小さくなっている。帰納的に考えると≥3について −− −=1−1−−>0 が成り立つであろう。期を追うごとにこの値が小さくなり0に収束して行く。  貨幣の受け取りと支払い  貨幣の受け取りと支払いを整理してみよう。それらを一覧にすると,  貨幣の受け取り  R1: 消費者による賃金,利潤の受け取り   R2: 企業による財の販売代金の受け取り   R3: 政府による税の受け取り  R4: 消費者による前世代の消費者からの貯蓄の受け取り 貨幣の支払い   P1: 消費者による財の購入代金の支払い   P2: 企業による賃金,利潤の支払い   P3: 政府による財の購入代金の支払い(財政支出) P4: 消費者による税の支払い  となるが,R1=P2R2=P1+P3R3=P4R2=R1が満たされる。また,「S=消費者による貯蓄」とすると S=R1+R4−P1−P4 = R2+R4−P1−P4 が成り立つ。したがって S =P1+P3+R4−P1−P4= P3+R4−R3 となり S−R4=P3-R3 

9


が得られる。この式は,消費者の貯蓄の増加が財政赤字に等しいことを意味する。     国債で貯蓄をする場合 ここまでは貨幣で貯蓄すると仮定しているが,国債で貯蓄し,受け継いだ次世代の消費者に(利子をつけて)償還されると考えても同じことである。まずR4の意味は次のようになる。 R4:  消費者による前世代の消費者からの国債の受け取り 次に国債に関してB1:  政府に対する現世代の消費者による(前世代から引き継いだ)国債の引き渡し B2:  政府によるB1の国債の引き取り さらに, P5:  現世代の消費者による国債代金の支払い(国債による貯蓄) R6:  前世代の消費者が残した国債の償還金(+利子)の現世代の消費者による受け取り R5:  政府による現世代の消費者からの国債代金の受け取り(貯蓄される国債の発行)P6:  政府による前世代の消費者が残した国債の償還金(+利子)の現世代の消費者に対する支払い とすると,P5=R5R6=P6B1=B2が成り立つ。R6B1に利子を加えた値になる。現世代の消費者は前世代の消費者が残した国債に対する利子を得るので S  =P3+R6−R3=P5 が成り立ち, S−B1=P5-B1=P3+R6−B1−R3 が得られる。Sは国債による貯蓄である。S−B1=P5-B1は国債による貯蓄の増加,R6−B1は国債に対する利子支払いに等しい。したがって上記の式は,国債に対する利子支払いを含む財政赤字が貯蓄の増加に等しいことを意味する。 


7    おわりに 


消費者の効用最大化,企業の利潤最大化を含む単純な静学モデルを用いて財政赤字に関するMMTの主張を検討し,概ねそれらが正しいことを明らかにした。特に留意すべきは,繰り返しになるが税は財政支出のための財源ではなく,財政支出は財に対する需要を増やし,税は人々の所得を減らすことによって消費財需要を減らす役割を持っている,あるいはそのような役割しか持っておらず,財政赤字は結果としての財政支出と税の差に過ぎないということである。財政支出の中身,公共財と私的財のバランス,税の公平性などは重要な問題であるが,マクロ経済学的な問題ではなく公共経済学,財政学の立場で論じられるべき事柄である。 本稿では簡単化のために静学的なモデルを用い消費者は一期のみ生きて消費・貯蓄を行い,その貯蓄が次世代に受け継がれると仮定したが,大瀧雅之氏などによる(Otaki(2007, 2009, 2015))世代重複モデルを用いて一般化・動学化することも可能であり,目下研究中である。 付録:消費者の効用最大化と政府による財の需要 雇用されている消費者の効用最大化による財の需要を求める。失業している消費者についても同様


10


である。をラグランジュ定数としてラグランジュ関数は =ln+1−ln−ln−+−1−+Π− 効用最大化条件は各について   =− (A-1)  =−=0  および   =−=−=0 (A-2)  (A-1)より   −=0  さらに   −=−=0 (A-3)  再び(A-1)より  −=−=0 したがって   = (A-3)より   = (A-2)より   1−= よって   ==[1−+Π+]および   =1−[1−+Π+] (A-1)より   == となり   を得る。これから   となり,  =[1−+Π+] によって  


11


=[] が得られる。  最後に政府による財の需要を求める。ラグランジュ関数は =−− である。1階条件は                  −=0                                    (A-4) この式より   −=0 さらに   −=0 (A-4)より   −=1−=0 この式から   ==1 したがって   =,== (A-4)より   == となり   が得られる。    


参考文献  

S. Kelton.   The Deficit Myth: Modern Monetary Theory and the Birth of the People's Economy.  Public Affairs, 2020.(ステファニー・ケルトン『財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生』(早川書房, 2020))  

A. P. Lerner.  Functional finance and the federal debt.   Social Research, 10:38–51, 1943.  

A .P. Lerner.   The Economics of Control: Principles of Welfare Economics.  Macmillan, 1944.  

W. Mitchell, L. R. Wray, and M. Watts.   Macroeconomics.  Red Gbole Press, 2019.  

M. Otaki.  The dynamically extended Keynesian cross and the welfare-improving fiscal policy.  Economics Letters, 96,23–29, 2007.  

M. Otaki.  A welfare economics foundation for the full-employment policy.  Economics Letters, 102, 1–3, 2009. 


12


M.  Otaki.    Keynsian  Economics  and  Price  Theory:  Re-orientation  of   Theory  of  Monetary  Economy.   Springer,  2015. 

L.  Randall  Wray,  Modern  Money  Theory:   Primer  on  Macroeconomics  for  Sovereign  Monetary  Systems. Palgrave  Macmillan;  2nd  ed.  2015.  L・ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門  』(東洋経済新報社,2019)) 

田中靖人 独占的競争における均衡財政乗数の分析と非自発的失業の存在証明. MACRO REVIEW, vol. 31,  No.1,  pp.  40-48,  2020. 




雇用率、賃金率、(民間)負債率、この3つが重要。

特に失業率(MMTはこれに直接働きかける)。

キーンはこの三つの変数が複雑系をなすという。

キーンが作ったMMTのシミュレーションソフト(Minsky)でも同じ

Minsky download | SourceForge.net

https://sourceforge.net/projects/minsky/

https://a.fsdn.com/con/app/proj/minsky/screenshots/Lorenz.PNG/max/max/1

https://www.patreon.com/posts/40866029


以下の田中靖人のモデルでもそうだが、完全雇用の重要性がわからないと、

物価における期待を精緻化することに無駄に時間を費やすことになる。

(完全雇用は経済の安定化に必要。インフレ率よりその安定化が重要で、

民間負債と失業率が高くなると安定しない)。


MMTの数理モデルについて 田中靖人 同志社大学経済学部 2021/06

https://mpra.ub.uni-muenchen.de/108425/1/MPRA_paper_108425.pdf 

財政支出 2019/5 藤井聡発表資料 32

http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/wp-content/uploads/2019/05/20190515.pdf


「日本の未来を考える勉強会」ーMMTの真実〜日本経済と現代貨幣理論〜ー令和元年515日 講師:京都大学大学院教授 藤井 聡氏

https://youtu.be/s2Uj-_RolsY?t=23m35s


MMTにおける財政規律の数理表現

https://i.gyazo.com/e1f9175cfa49ff7f5aa302d6ef51ec9d.jpg


https://twitter.com/sarutanian/status/1135860404754690048?s=21

1 件のコメント:

  1. 914 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 2021/10/12(火) 01:01:31.55 ID:VEpqcRAH
    雇用率、賃金率、(民間)負債率、この3つが重要。
    特に失業率(MMTはこれに直接働きかける)。
    キーンはこの三つの変数が複雑系をなすという。
    キーンが作ったMMTのシミュレーションソフト(Minsky)でも同じ
    Minsky download | SourceForge.net
    https://sourceforge.net/projects/minsky/
    https://a.fsdn.com/con/app/proj/minsky/screenshots/Lorenz.PNG/max/max/1
    https://www.patreon.com/posts/40866029

    ただし以下の田中靖人のモデルでもそうだが、完全雇用の重要性がわからないと、
    物価における期待を精緻化することに無駄に時間を費やすことになる。
    (完全雇用は経済の安定化に必要。インフレ率よりその安定化が重要で、
    民間負債と失業率が高くなると安定しない)。

    MMTの数理モデルについて 田中靖人 同志社大学経済学部 2021/06
    https://mpra.ub.uni-muenchen.de/108425/1/MPRA_paper_108425.pdf

    財政支出 2019/5 藤井聡発表資料 全32頁
    http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/wp-content/uploads/2019/05/20190515.pdf

    MMTの真実〜日本経済と現代貨幣理論〜ー令和元年5月15日 講師:京都大学大学院教授 藤井 聡氏
    https://youtu.be/s2Uj-_RolsY?t=23m35s
    MMTにおける財政規律の数理表現
    https://i.gyazo.com/e1f9175cfa49ff7f5aa302d6ef51ec9d.jpg
    https://twitter.com/sarutanian/status/1135860404754690048?s=21
    https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

    返信削除