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"この本では、ラムルのプロ・ビジネス (=ビジネス擁護) 的な主張が際立
っており、 労働組合は民間企業の「民間政府」 としての役割を損ない、 利益
を圧迫する存在であるとしている。”
"ラムルは政府支出がクラウディング・アウトを起こすことも肯定していた
り、「公的債務の金利」は「課税によって賄わな」 ければならず、 国債の償
還期間中は「税金の必要性はかつてないほど高まっている」とまで主張して
いる。
"こうした彼のビジネスへの姿勢や、 財政観の自己矛盾から、ミッチェルは
以下のように結論づけている。 「ラムルが主張していたのは、税金は何の財
源にもならないということではなく、 企業ではなく個人にのみ税金をかけて
ほしいということだったのである。」 "
"ラムルは大規模な公共事業にも批判的で、大好況時の事業は特に無駄が多
く、公共雇用プログラムは「世間の嘲笑と罵倒」に値するとまでこき下ろし
ている”
ミッチェルのラムルへの懸念
租税の役割の文脈でMMTの文献に登場するビアズリー・ラムルだが、ミッチェルはMMTの命題の正当化にラムルの主張を選択的に援用することに懸念があるようだ。(ミッチェルのブログエントリ:Reading Beardsley Ruml carefully 〔ビアズリー・ラムルを慎重に読む〕)
もちろん、ラムルの見解は部分的にはラーナーの機能的財政に共鳴しているのだが、一方で同意しかねる点も多くあるとミッチェルは指摘している。例えば、ラムルは連邦政府には支払いのための課税は必要ではないとしながら、「借入」については足りない税収を補うための代替手段であるとしている。政府が主権通貨の発行を行うということは、自らの通貨を借りて支出を賄う必要性はないことを意味する。資金調達手段としての税金の役割を否定したのと同じ理屈で、借入の必要性も否定されるはずなのだが、ラムルはここへきてまた財源論に立ち返っているのである。
またラムルの法人税(法人所得税)への反対について、ミッチェルは、ラムルの発言は「明らかに企業部門を代表しており、法人税を下げるための政治的なロビー活動だった」と見ている。本当だろうか?ランダル・レイなどは、法人税の問題については、純粋に税制の問題として議論を展開しているはずだが(もちろんレイの法人税論はラムルだけではなく、ミンスキーの影響もあるわけだけれども)。
ミッチェルは、1945年に書かれたラムルの著作「Tomorrow's Business」に注目している。この本では、ラムルのプロ・ビジネス(=ビジネス擁護)的な主張が際立っており、労働組合は民間企業の「民間政府」としての役割を損ない、利益を圧迫する存在であるとしている。「利益は高い方が良い」という露骨な表現もあり、ミッチェルは法人税の廃止は企業の利益擁護のためではないのかという疑いをかけている。
他にも、ラムルは政府支出がクラウディング・アウトを起こすことも肯定していたり、「公的債務の金利」は「課税によって賄わな」ければならず、国債の償還期間中は「税金の必要性はかつてないほど高まっている」とまで主張している。ラムルは資金調達手段としての課税の役割を否定していたのではなかったのか、ということだ。
こうした彼のビジネスへの姿勢や、財政観の自己矛盾から、ミッチェルは以下のように結論づけている。「ラムルが主張していたのは、税金は何の財源にもならないということではなく、企業ではなく個人にのみ税金をかけてほしいということだったのである。」
ラムルはまた、「経済が好調なときには、政府は多額の財政黒字を出し、国の債務残高を返済すべきである」と主張しており、MMTの立場とは真逆である。MMTでは、そうした特定の財政状態の達成は財政政策の目標ではない。むしろ、完全雇用と物価安定を維持するための手段として財政状態を調整すべきである。
ラムルは大規模な公共事業にも批判的で、大好況時の事業は特に無駄が多く、公共雇用プログラムは「世間の嘲笑と罵倒」に値するとまでこき下ろしている(ミッチェル爺、恐らくこの部分に一番キレているんじゃないか笑)。
特に法人税の是非については日本でも意見が分かれており、法人増税の支持者からは法人税廃止を主張する(、というか法人所得を株主に帰属させ、それに累進所得税を課税する税制にシフトすることを提案する)MMT派もいることに対して疑念を持たれることもある。ミッチェルの言うようにラムルはただの企業利益の代弁者なのかはともかく、MMTとラムルの見解との齟齬は頭に入れておいた方が良さそうだ。
ラーナーの機能的財政にしても、彼自身の主張には矛盾している点もいくつかある(『MMT=FFT?現代貨幣理論とラーナーの機能的財政論って何が違うの?』を参照)。MMTの学者が書いた文献を読むのに手一杯で、影響を与えたとする「巨人たち」の著作には手付かずとなりがちだが、こうした共通点や相違点の整理はしておく必要があると思う。(了)
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