ゾンバルト再考
https://www.blogger.com/blog/post/edit/2133355681582705445/1358919841120747337 ヘンリー・ダニング・マクラウド (Henry Dunning Macleod), 1821-1902
https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2021/07/hd-henry-dunning-macleod-1821-1902.html
https://cruel.org/econthought/profiles/macleod.html"I can hardly express the disappointment I felt at reading them...for the purpose of describing the actual principles and mechanisms of commerce they were absolutely worthless. They were merely a chaos of confusion and contradictions...In fact, they were in no sense a science, but the butchery of a science. I saw that the greatest opportunity that had come to any man since Galileo had come to me, and I then determined to devote myself to the construction of a real science of Economics on the model of the already established physical sciences. (Macleod, 1896, pp. 142–3)
「それらを読んだときに感じた失望は、言葉では言い表せないほどだった……商業の実際の原理や仕組みを説明するという点において、それらはまったくの無価値だった。それらは単に混乱と矛盾の寄せ集めに過ぎなかった……実際、それらは決して科学ではなく、科学の冒涜に他ならなかった。私は、ガリレオ以来、いかなる人物にも訪れなかった最大の好機が自分に巡ってきたことを悟り、すでに確立された物理科学をモデルとして、真の経済学の構築に身を捧げることを決意した。(マクラウド、1896年、pp. 142–3)
経済学研究論集
第28号 2008.2
ヴェルナー・ゾンバルトと信用創造理論の系譜
「動態的信用理論」の受容をめぐってー
Werner Sombart und die Genealogie der kreditschöpferischen Theorie
-Um die Aufnahme der „dynamischen Kredittheorie"—
博士後期課程経済学専攻 2003年度入学
奥山
誠
OKUYAMA, Makoto
【論文要旨】
本稿は、ヴェルナー・ゾンバルトの用理論がマクラウドを起点とする「動態的用理論」から受けた影響について検討するものである。言用学説史上はじめて体系的な、用創造理論を構築したマクラウドは、「有用」を「将来収益に対する現在の権利」として把握する視点を確立し、ここに有用が「無」から「創造」される契機を認めたが、こうした彼の視角は、ドイツ語圏ではシュンペーターと.A.ハーンによって引き継がれた。すなわち、シュンペーターは、「用」を「将来の給付やこれから生産されるべき財貨についての証明書」であると規定したうえで、「新しく創造される購買力の可能量」が企業家の革新を通じて創出される「将来の財貨」によって保証されていると主張し、またハーンもマクラウドやシュンペーターと同様の立場を維持しつつ,銀行の積極的な与有業務が将来的な生産力の向上をむたらす最も重要な要因であることを強調した。
このような同時代の「動態的用理論」から多くを学んだゾンバルトは、「、用」を「貨幣所有のない購買力」あるいは「将来の反対給付の約束に対して購買力を供与すること」として定義し、有用創造の行われる根拠を企業家の革新によって実現される「余剰生産」のうちに見出す。要するに、企業家の革新を経済発展の「原動力」と捉える点で、ゾンバルトはシュンペーターと見解を共有しており、彼が「動的、用理論」を受容した最大の理由もここに求められるのである。
【キーワード】ゾンバルト、信用創造理論、動態的信用理論,生産信用、指図用
論文受付日 2007年10月2日
掲載決定日 2007年11月14日
I.はじめに
ヴェルナー・ゾンバルトの主著「近代資本主義』(第2版)の第3巻は、その副題が示すように、「盛期資本主義時代」の経済的特質を解明することを目的としている。ゾンバルトは、本書で「盛期資本主義経済」の生成・発展に寄与する主要なファクターとして特に「資本主義的企業家」,「国家」および「近代的技術」の3つに注目し、それらを順分析しているが、それに加えて彼はさらに「資本調達」の問題との関連から「借用」が経済発展に対して果たす役割にも大きな関心を寄せている。とりわけゾンバルトは、「用」を媒介として「企業家が資本所有から分離していく傾向」が促進され、これによって自己資本の制約を受けることのない!純粋な企業家類型」が創出されることになったと認識しており、この意味で彼にとって「宿用」は、まさしく「近代的技術」
とならんで19世紀中葉以降の「盛期資本主義経済」の興隆・展開を実現させるための「最も重要な手段」とまで見なされている?。したがって、ゾンバルトの言用理論に立ち入った考察を行うことは、従来その議論の核心が「動学」の領域にあると評されてきたる彼の経済学体系の内容をより具体的に把握するうえで不可欠の作業であるといえよう。
上記の問題意識から本稿では、経済思想史研究におけるゾンバルト・ルネサンスを主導してきたアペルやレンガーが研究対象として設定しておらず、またバックハウス編纂のゾンバルト研究論集のなかでさえ主要テーマの扱いを受けていないゾンバルトの用観を、主として彼以前の信用理論との継承関係を視野に収めながら検討する。課題の具体化にあたっては、まず『近代資本主義』第3巻においてゾンバルトが同時代の用理論の動向を評した奥味深い次の言説に着目したい。
古くから信用の本質については、2つの根本的に異なる見解が並存してきた。われわれは、その対立をイギリス的とスコットランド的、あるいは静態的と動的と呼ぶことかできる。この
2つの傾向が、古典的に表現されている著作としては、K.クニース「貨幣と言用』第2巻
Г71 1876-794 (Karl Knies, Geld und Kredit, Band II, Der Kredit 1876-79) < H. D. 77
ラウド「着用の理論』全2巻 1889年(Henry Dunning Macleod, The Theory of Credit, 2 Vol.
1889)を挙げることができる。/つい最近まで、宿用の本質についての静態的見解が優勢であった。むしろ絶対的支配を得ていたといっても差し支えない。この問題にかんする最も大部
なモノグラフであるJ.v.コモルツィンスキーの著作『宿用の国民経済的理論』1903年(Jo-
1Sombart (1927,14:訳37)圏点は原文ゲシュペルト、ゴシックないしイタリック、あるいは引用符による強調を示す。以下同様。
- Hinze (1929, 485-486)
- Schumpeter (1908,18:訳66)
- Appel (1992); Lenger (1994); Backhaus (1996; 2000)
-2ー
hann von Komorzynski, Die nationalokonomische Lehre von Kredit, 1903) の375ページには、率直にこう書かれている。「宿用が資本創造力をもつというかっての誤謬は、今日では克服されたものとみることができる」と。/それ以来、状況は一変した。今日では、われわれは動態的信用理論が勝利の歩みを始めているとはっきりということができる。現在,動態的信用理論はドイツの文献のなかでは、J.シュンペーター「経済発展の理論』1912年(Josef Schum-peter, Theorie der wirtschaftlichen Entwicking, 1912)とL.A.ハーン『銀行用の〔国民経済的理論』1920年(Ludwig Albert Hahn, [Volkeswirtschaftliche] Theorie des Bankeredits, 1920)
によって代表されている。この理論はまた諸外国、ことにアメリカおよびフランスの文献のうちにも多数の支持者を有している。・・・・・/以下の叙述において示される見解もまた、原則として動態的、用理論の正当性を認めている。私の努力したことは、2つの見解を合わせて1つの総合へと達することであったが,.....・しかし動態的理論それ自体をいっそうよく基礎づけ、そのなかの誤謬を取り去ることにあったら。
上記の引用文から明らかなように、ゾンバルトは、マクラウドによって提唱され、『近代資本主義」第3巻刊行当時(1927年)にあってはシュンペーターとL.A.ハーンによって代表されていた「動態的用理論」こそか「盛期本主義経済」に相応しい用理論であると見なしており、かかる理論の「正当性」をいっそうよく基礎づけることに自らの研究課題を定めている。
ところで、ゾンバルトがここでいう「動態的用理論」とは、その起点にマクラウドの名前が挙げられていることからもわかるように、具体的には「有用創造理論」のことを指すと考えられるが、ではゾンバルトはその理論のいかなる点に「正当性」を見出し、またそれを実際どのように受容したのであろうか。これらの問いを考察するために本稿では、まずマクラウドからシュンペーターを経てハーンへと至る「動態的用理論」(=「借用創造理論」の系譜を概観する。そのうえでゾンバルトの用理論においてそれらの理論的特質がどういった形で再現されているのかを彼に即して内在的に明らかにしていきたい。
I. 近代的信用理論の生成:H.D.マクラウドの用創造理論
先行研究が明らかにしたように、宿用学説史上はじめて体系的な言用創造理論を構築したのかスコットランド出身の法学者H.D.マクラウド(Henry Dunning Macleod, 1821-1902)であった。マクラウドは、法貨としての貨幣の成立を前提としてその延長上に借用制度が展開されるという19世紀前半までの支配的用理論とは正反対に、信用こそが論理的にも歴史的にも貨幣に先行
- Sombart (1927,148-149:訳248-249)引用文中の〔】は筆者による補足を示す。以下同様。なお、/はテクストにおける改行箇所を表している。
- Wagner (1937,148);麓(1953,180;1956,212);三上(1980,558)
-3ー
する本源的存在であるとする独自の言用観を提唱しており、その意味で、彼は、研究史上、近代的有用理論生成の先駆けとなった人物として位置づけられている?。そこで本節では、まず彼の用
論研究の集大成ともいうべき大著「宿用の理論』に拠りなから、その言用概念の基本的な内容を検討していくことにしたい。
マクラウドは、本書の冒頭、経済学を「交換の科学 Science of Exchanges」であると規定したうえで、「交換可能性 Exchangeability」にこそ富の本質があると指摘している。彼によれば、およそ貨幣を媒介として交換され売買されうる可能性をもつものはすべて富である。その際、マクラウドはこうした交換可能性を有する富を、1.「有形物 Material Things」,2.労働力に代表される「人的能力 Personal Qualities」,3.「抽象的権利 Abstract Rights」という3つの種類に区分している10。ここで「抽象的権利」とは、公債,銀行券、小切手、為替手形、株式などの請求権に加えて、事業の営業権,著作権。特許権なども含めた信用取引上の権利のことを意味している。マクラウド自ら『倉用の理論』(第2版)で書き加えているように、アダム・スミスからJ.B.セー,J.S.ミルに至る古典派経済学者たちは、有形物や人的能力ないし労働を「市場で売買されうる商品 mar-ketable commodity」であるとはっきりと認識していたものの、しかしながら彼らは「抽象的権利」を商取引の対象として捉えることまではできなかったり。二階堂氏がいみじくも指摘しているように1、マクラウドの有用理論を古典学派のそれと区別する決定的なメルクマールとは、まさにこの「抽象的権利」が高度に発展した経済社会における用取引の必要不可欠なファクターであることを明確に主張した点にあったのである。
さて、経済学における富の本質を「交換可能な権利 Exchangeable Right」のうちに認めたマクラウドは、次に「所有権Property」にかんする精緻な分析を展開している。すなわち、彼は所有権を先に列挙した3種類の富にほぼ対応させる形で、1.「有体または有形所有権 Corporeal or
Material Property.」,2.「無形所有権Immaterial Property.」,「無体所有権 Incorporeal Property」
? Schumpeter (1954,1116:訳,3,2348);二階堂(1993,161
- マクラウドのこの著作は、初版(Macleod 1889-1891, 1ed, 1-II)と第2版(Macleod 1893-1897 2ed.,1-II)が公刊されている。筆者の確認した限りでは、初版と第2版の間には、新たに書き下ろされた章かたしかに一部存在するものの(たとえば「グレシャムの法則」についての検討を行っている第5章「貨幣鋳造の理論 The Theory of the Coinage」)、章・節の構成および叙述の内容について基本的にはそれほど大きな変更は加えられてはいないように思われる。しかし、そうはいってもマクラウド自身の加筆と修正により、第2版の文章の方が初版よりも精密に整理され、かつ彼の真意をより正確に表していると思われる箇所があることも事実である。それゆえ、本稿では主として初版のテクストに依拠しながらも、初版との比較検討をしたうえでマクラウドの意図がより明快に文章として表現されていると筆者が判断した場合には第2版のテクストから引用を行うことにする。なお、二階堂(1993,160)によれば、マクラウドが『用の理論』で提示した近代的用観の骨子は、1855-56年に出版された彼の著作『銀行業の理論と実践』(Theory and Practiceof Banting, led.,1855-56)のなかにもすでに見出すことができるという。
- Macleod (1889, led., I, 1-5)
- Macleod (1889, led., I , 29)
- Macleod (1893, 2ed., I , 42-43)
- 二階堂(1993,162)
-4ー
という3つの形態に区別している。「有体または有形所有権」とは、特定の有体物 corpus,動産
・不動産を含めた特定の物 matter に対する権利のことであり、他方で「無形所有権」とは、人間の精神的知的能力、とりわけ彼自身の労働・サービス、さらには労働によってもたらされた収益までを含めた無形資産を支配する権利のことを意味している。これに対して、マクラウドは「無体所有権」を「将来、ある人が他のある人に対して一定の額の貨幣を請求する権利」として定義している。ただし、ここで注意しておかなければならないのは、マクラウドのいう「無体所有権」とは、「一定の額の貨幣」という特定の有体物を支配するための権利ではなく,債権者が債務者に対して
貸与していた貨幣の返済など一定の行動を請求するという「行為についての権利 Right of Action」
として捉えられているということである。この「無体所有権」=「行為についての権利」という考え方こそは、マクラウドの有用理論の核心を占めている決定的に重要な観念であった。彼は改のように述べる。
もし商人がその名のとおりの良い用 Creditを享受しているならば、彼は市場に出向き、貨幣ではなく、将来貨幣を支払うという約束によって財を買う。すなわち、彼は行為についての権利を自らに対して創造するのである。その財は、まさに貨幣で支払ったかのように彼の財産になる。それは売買あるいは交換である。行為についての権利とは、財に対して支払う価格である。それは、用・・・・・と名づけられる。なぜならそれはある一定の額の貨幣に対する権利ではなくて、その商人に対して将来ある額の貨幣を請求するという行為についての権利にすぎないからである14。★
このように、マクラウドにとって「着用」とは、貸与された一定額の貨幣を支配する権利ではけっしてなく、将来において一定額の貨幣の支払いを請求するという「行為についての権利」に他ならなかった。言い換えれば、彼は「借用」を「将来収益に対する現在の権利」として把握しており、さらに「倉用」の真の機能を「将来収益の現在価値を交易のなかに導入すること」のうちに見出そうとしたのである15。「用」にかんするマクラウドのこの論理からすると、たとえばある企業の株式の総額は、単に当該企業における現存の所有権の価値を示しているだけではなく、その企業の「将来収益を含めたうえでの現在の価値」を表していることになる。マクラウドは、株式や公債
為替手形などの請求権のほか、事業の営業権、著作権、特許権など「抽象的権利」全般に対して支払われる貨幣総額が、いずれも「将来収益の現在価値」を明示したものであることに注意を喚起している16。
- Macleod (1889, led., I, 45-46
- Macleod (1893, 2ed., I, 15)14★
- Macleod (1889, led., I, 80)
- Macleod (1889, led., I , 80)
-5=
………
をもって初めて返済可能となるからである。、用によって購買する生産者は、(その言用が生産有用である場合には)将来の生産によって果たされる約束でもって支払いを行うのである。
それは、個々の企業家にとっては通常のことであり、これによって彼らのうちに拡張欲AuS-dehrungsdrang が植えつけられ、さらにそれは拡張強制 Ausdehnungszwang へと変化していくのである。その旨用が真の指図、用である場合には、すなわち、われわれの用語にしたかえば社会の資産を超過する用である場合には、こうした個々の企業家が引き起こす生産の拡大は、同時にまたあらゆる経済的生産の増加を意味するものであり、そしてそれはあらゆる経済的生産力の上昇にもとづくものである?。
上記の引用文から明らかなように、ゾンバルトにとって「生産借用」の供与は、何よりも「将来における余剰生産」を実現させることによって正当化されている。というのも、企業家が銀行からの「生産用」をさしあたり無担保で受領し得るのは、彼がそれを用いて近い将来「余剰生産」を達成し、その収益の一部を負債の返済に充てるという企業家と銀行双方に合意された「約束」が存在しているからなのである。こうして、企業家は「生産有用」、ことに「指図用」を通じて、将来的な収益を得ようとする「拡張」を促進され、結果としてこのことが国民経済全体における生産力の向上をもたらす一因になるとゾンバルトはいうのであるか、こうした彼の論理には、明らかにマクラウドによって確立された近代的宿用観の強い影響が垣間見えよう。というのも、ゾンバルトは、「信用」の真の機能が「将来収益の現在価値を交易のなかに導入すること」にあると捉えたマクラウドの見解に基本的に同意しており?、まさしくこの点に借用が「無」から「創造」される原因を見出そうとしているからである。ゾンバルトにとっては、こうした銀行による「指図信用」、つまりは信用創造にもとづく「資本」の調達(=「購買力」の供与)こそが「経済発展」の根幹である企業家の革新的才能を最大限に引きだす重要な推進力の一つとして見なされているのであった。
以上のようなゾンバルトの見解が、言用創造による企業家への資本=購力の供与を「経済発展」のための最重要なファクターとして捉えたシュンペーターやハーンの立場と著しく符合するものであることは、ほとんど疑う余地のない事実といってよいであろう。かくして、ゾンバルトもまたマクラウドによって提唱され、シュンペーターを経てハーンへと受け継がれた「動的、用理論」の正統なる継承者の一人であったといい得るのである。
V. おわりに
本稿では、ゾンバルトの有用理論が多分に彼以前もしくは彼と同時代の「動態的用理論」から
- Sombart (1927, 220-221: 訳370)
- Macleod (1889, led., I, 80); Sombart (1927, 221 : R370)
- 18 =
の強い影響のもとで構築されたものであることを明らかにした。本論でも述べたように、ゾンバルトは『19世紀のドイツ国民経済』(1903年)ですでに企業家の営利活動に対する銀行による信用供
与のもつ意義を説いてはいたが、しかし彼がとりわけ「用創造」(=「指図信用」)の「経済発展」に及ぼす重要性を認識し、それをことさら強調するようになったのは、マクラウド、さらにはシュンペーターやハーンの信用論研究の成果を受容したことにその原因があったと考えられる。そうした受容・継承関係の具体的な内容、要するに双方の信用理論における内的な関連性がいかなるものであったのかについては、すでに前節で検討ずみのことであろう。その要点を今一度摘記するならば、こうである。すなわちゾンバルトは、「信用」を「将来収益に対する現在の権利」と解したマクラウドや「新しく創造される購買力の可能量」が「将来の財貨」に依存すると捉えたシュンペーターの論理に与しつつ、ここに銀行が現金の保有量による制約を受けない能動的な与信業務を遂行する根拠。つまり「銀行原理」と「現金のない支払いの原理」とが結合する根拠があると主張する。
これは、間違いなくハーンの「無現金経済論」も念頭に置いたうえで提示された見解であったといえるか、ゾンバルトがこのように「動態的用理論」を積極的に受容した背景には、明らかに一貫して企業家ないし彼による革新的行動を経済発展の最も重要な「原動力」と見なしていたゾンバルト自身の資本主義把握があったと考えられる。すなわちゾンバルトは、「盛期資本主義経済」における企業家の営利活動には「借用創造」にもとづく莫大な資本供与が不可欠であることを認める一方で、そうして企業家に供与された「借用」(一「資本」)は、企業家の「革新」を通じて必ずや銀行に対する負債を償却してもなお余りある「余剰生産」を実現させることになると確していたのであった。マクラウドを起点とし、同時代にシュンペーターやハーンによって代表されていた「動態的信用理論」とは、このような意味でゾンバルトが彼の資本主義観に照らしてほとんど違和感な
<受容することのできる内容を備えた理論であったのである。
ヴェブレンの論文「近代ヨーロッパにおけるユダヤ人の知的優位」1919("The Intellectual Pre-eminence of Jews in Modern Europe")
https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2023/07/httpswww.html
ヴェブレンはユダヤについて無知だとわかる。マルクスの範囲内だ。
The Jews and Modern Capitalism (English Edition)
I would also recall the words of Heine,78 who had a clear insight into most things. “Are not,” he asks in his Confessions, “Are not the Protestant Scots Hebrews, with their Biblical names, their Jerusalem, pharisaistic cant? And is not their religion a Judaism which allows you to eat pork?”
Puritanism is Judaism.
78. In addition, see John G. Dow, “Hebrew and Puritan,” in J.Q.R., vol. 3 (1891), p. 52.
邦訳129
《…また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムと
ユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したい
と思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなか
でたずねる。「ユダヤ人ではないのか? 彼らの名前は、いたるところで
聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的
パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教で
はなかろうか?」
ピューリタニズムはユダヤ教である。》
(ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』#11:7)
《This [bearer] formula made it possible for fortunes to vanish if the Jews in any locality passed through a storm of persecution. It enabled Jews to deposit their money wherever they wanted, and if at any time it became endangered, to remove it through the agency of some fictitious person or to transfer their rights in such a way as not to leave a trace of their former possessions.》
《この[無記名[持参人払式]証券]方式は、ある地域のユダヤ人が迫害の嵐に見舞われても、財産を消滅させることができるようにした。この方式によって、ユダヤ人は好きな場所にお金を預け、もしそれが危うくなった場合には、架空の人物の仲介によってそれを取り除き、あるいは元の所有物の痕跡を残さないような方法で権利を譲渡することができた。》
邦訳129頁
https://twitter.com/slowslow2772/status/1659028161877938176?s=61
Die Inhaberpapiere
無記名証券
56~57
(5) That leads me to my fifth consideration. It was to the interest of the Jews to a very large degree — in some respects even it was to the interest of the Jews alone — to have a proper legal form for credit instruments. For what was it that impelled the Jewish merchants of Alexandria to make out their policies to bearer? Anxiety as to the fate of their goods. Jewish ships ran the risk of capture by Christian pirates and the fleets of His Catholic Majesty, who accounted the wares of Jews and Turks as legitimate booty. Hence the Jewish merchants of Alexandria inserted in their policies some fictitious Christian name, Paul or Scipio, or what you will, and when the goods arrived, received them in virtue of the “bearer” formula in their policies.
How often must the same cause have actuated Jews throughout the Middle Ages! How often must they have endeavoured to adopt some device which concealed the fact that they were the recipients either of money or of commodities sent from a distance. What more natural than that they should welcome the legal form which gave “the bearer” the right of claiming what the document he had entitled him to.
This formula made it possible for fortunes to vanish if the Jews in any locality passed through a storm of persecution. It enabled Jews to deposit their money wherever they wanted, and if at any time it became endangered, to remove it through the agency of some fictitious person or to transfer their rights in such a way as not to leave a trace of their former possessions.40
40. A. Wahl, op. cit., vol. 1, pp. 15, 84.
It may seem inexplicable that while throughout the Middle Ages the Jews were deprived of their “all” at very short intervals, they managed to become rich again very quickly. But regarded in the light of our suggestion, this problem is easily explained. The fact was that the Jews were never mulcted of their “all”; a good portion of their wealth was transferred to a fictitious owner whenever the kings squeezed too tight.
邦訳129
56~57
(5) それが、私の第五の考察につながる。信用取引に適切な法的形式を用いることは、非常に大きな程度でユダヤ人の利益となり、ある面ではユダヤ人だけの利益となった。アレキサンドリアのユダヤ人商人たちを無記名証券に駆り立てたのは何であったろうか。自分たちの商品の運命に対する不安である。ユダヤ人の船は、キリスト教の海賊やカトリック陛下の艦隊に捕らえられる危険性があり、彼らはユダヤ人やトルコ人の品物を合法的な戦利品とみなしていた。そこで、アレクサンドリアのユダヤ人商人たちは、パウロとかスキピオとか、架空のキリスト教徒名を保険証券に記載し、商品が到着すると、保険証券の「無記名式」によって、その商品を受け取るようにした。
中世のユダヤ人たちは、同じような理由で何度も動かされたに違いない!自分たちが遠くから送られてくるお金や商品の受取人であることを隠すために、何度も何らかの工夫をしたに違いない。そして、「持参人」にその文書から得られるものを請求する権利を与える法的形式を歓迎することは、これ以上ないほど自然なことだった。
この方式は、ある地域のユダヤ人が迫害の嵐に見舞われても、財産を消滅させることができるようにした。この方式によって、ユダヤ人は好きな場所にお金を預け、もしそれが危うくなった場合には、架空の人物の仲介によってそれを取り除き、あるいは元の所有物の痕跡を残さないような方法で権利を譲渡することができた40。
中世を通じて、ユダヤ人が非常に短い間隔で「すべて」を奪われたにもかかわらず、すぐに再び豊かになることができたのは不可解に思えるだろう。しかし、我々の提案に照らし合わせると、この問題は簡単に説明できる。実は、ユダヤ人は決して「すべて」をボラれたわけではなく、王が締め付けすぎるたびに、彼らの富のかなりの部分が架空の所有者に移されていたのである。
邦訳129
《…ダブル・バインドを深く洞察した最初の分析の実例は、マルクスの
『ユダヤ人問題について』の中に見いだされるかもしれない。それは
家族と〈国家〉の間の──家族的権威のオイディプスと社会的権威の
オイディプスとの間のダブル・バインドである。》
(ドゥルーズ&ガタリ著『アンチ・オイディプス』#2:4)
《…また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムと
ユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したい
と思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなか
でたずねる。「ユダヤ人ではないのか? 彼らの名前は、いたるところで
聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的
パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教で
はなかろうか?」
ピューリタニズムはユダヤ教である。》
(ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』#11:7)
コロンブスとユダヤの意外な関係https://t.co/Kt0cvaNxIU
— 地域通貨花子1 (@TiikituukaHana) April 8, 2023
&
学校では教えないユダヤ人に金持ちが多い本当の理由https://t.co/eoqWDpjM3l
茂木誠 pic.twitter.com/8utiU9qol1
| ||||||||||||||||||||||||
単行本130頁
《無記名証券はある土地で、 ユダヤ人迫害の嵐が過ぎ去るまで、彼ら
の財産をかくしておくことができるようにした。 無記名証券はユダヤ人が随意に投資し、危険にさ
らされた瞬間になると、傀儡を通じて資金を引きだすか、あるいは、以前の所有者であることを示
す何の痕跡も残さずに、彼らの請求権を委譲することができた。》
他所者の無記名証券による隠匿―― ヴェルナー・ゾンバルトのユダヤ人観の一断面(1,2) 恒木 健太郎 より孫引き
https://core.ac.uk/download/pdf/71798208.pdf
https://core.ac.uk/download/pdf/71798215.pdf
《無記名証券は、ある地域のユダヤ人への迫害のうねりが過ぎ去るまで、〔ユダヤ人の〕財産を見えないようにすることを可能にした。無記名証券によってユダヤ人は、自らの貨幣を随意にどこかに預けて危険にさらされた瞬間に藁人形(Strohmann)をつうじてそれを消し去ることが、あるいはそれまで彼らが占有していた痕跡をまったく残さずに自己の債権を移譲する(übertragen)ことが、できるようになった。 》
Sombart, Werner. Die Juden und das Wirtschaftsleben, Leipzig, 1911, S. 92.
参照:金森誠也/安藤勉訳『ユダヤ人と経済生活』荒地出版社、1994年、129-130 頁。#6
上は恒木訳。「から」を「へ」へ。助詞の間違いを訂正した。
《無記名証券は、ある地域のユダヤ人共同体からの[?]迫害のうねりが過ぎ去るまで、
訂正
ユダヤ人共同体からの迫害→ユダヤ人への迫害
https://archive.org/details/diejudenunddaswi00sombuoft/page/86/mode/2up?view=theater
86
Die Inhaberpapiere gewährten die Möglichkeit, Vermögen verschwinden zu lassen, bis eine Verfolgungswelle über die Judenschaft eines Ortes hinweggegangen war. Die Inhaberpapiere gestatteten den Juden, ihr Geld beliebig wo anzulegen und im Augenblick, da es gefährdet wurde, durch einen Strohmann beheben zu lassen oder ihre Forderungen zu übertragen,
ohne die geringste Spur ihres früheren Besitzes zu hinterlassen.
無記名証書のおかげで、ある場所のユダヤ人に迫害の波が押し寄せるまで、資産を消滅させることが可能になった。無記名証書のおかげで、ユダヤ人は自分のお金を好きなところで運用し、危うくなった瞬間に藁人形で引き出してもらったり、債権を譲渡したりすることができた。
そして、その痕跡を残すことなく、忽然と姿を消したのである。
:deepl
ゾンバルト「はじめに」と繋がる内容
15:36オランダはですねカルヴァンの教えを
15:38受け入れたんですねカルヴァンの教えと
15:41いうのは
15:42簡単に言うと
15:45今日買いに行って
15:47祈ることだけが信仰ではない
15:51日々真面目に働くこと
15:55欲望を断って
15:57禁欲的に働くことこれが実はしんこうなん
16:02だということなんですよですから
16:04カトリックのお坊さんみたいな特権階級は
16:07いらないローマ教皇もいらない神様は
16:11私たちをいつも見ていらっしゃるその神様
16:14が見てらっしゃるかラそれに恥じないよう
16:17に日々真面目に働いて正直に行きましょう
16:20という教えなんですね
16:23このオランダがですねカトリックの
16:25スペインとして独立戦争を起こしたわけ
16:28ですから
16:29スペインから逃げていったユダヤ人たちの
16:33避難場所になったんですよ
16:43そしてもちろんね着の身着のまま
16:46の慰霊人が大勢いたんですけれどもその中
16:49にはお金持ちの金融業者のユダヤ人も
16:53いっぱいいてこの人たちがごっそりと
16:56オランダに移っていた結果
16:58急速にオランダの経済が発展していって
17:02アムステルダムが国際金融の中心になった
17:06のはこれなんですね逆に入れ半島から
17:10なくなっちゃったのでスペインはですね
17:12経済的にどんどんどんどん衰えていくと
17:16まあこういうことになったんですね
「わたしには疑う余地のないほどはっきりと、実際に移住した土地に決定的に、経済的繁栄をもたらしたのもユダヤ人であれば、退去した土地に、経済的な衰退をもたらしたのもユダヤ人であったという認識が生まれた。」ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』序文
学校では教えないユダヤ人に金持ちが多い本当の理由|茂木誠
https://youtu.be/lu25j8cS5b4?t=11m50s
ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』より pic.twitter.com/eob9d4u6EO
— slowslow2772 (@slowslow2772) February 21, 2023
再改訂版 pic.twitter.com/1DwWMGtOSf
— slowslow2772 (@slowslow2772) February 21, 2023
日本とユダヤ
https://freeassociations2020.blogspot.com/2021/08/blog-post_21.html
ハインリヒ・ハイネ - (Christian Johann Heinrich Heine, 1797 - 1856)
https://freeassociations2020.blogspot.com/2022/12/christian-johann-heinrich-heine.html
ゾンバルト『独逸社会主義』
第一類 社會主義を以て、大體に於て社會的「進歩」の意味に解する見解は、私の知るかぎりでは、プルード
ンに帰する。 彼はあるとき裁判會議に於て、議長が「それぢやあ、そもそもその社會主義とは何ですか」と間ふ
たに對し、「それはすべて社會の改善を念願することです」と答へた。 そして裁判官がこれに對して、「それぢやあ
この場合、われわれみんなも社會主義者である」といつたとき、プルードンは「私の考へもまさしくその通りで
す」と答へた。
ゾンバルト『独逸社会主義』邦訳1936年
53頁
| ||||||||||||||||||||||||
Flag
texts
Die Jude und das Wirtschaftsleben by Sombart, Werner, 1863-1941
Publication date 1911Topics Jews, Economic historyPublisher Leipzig Duncker & HumblotCollection robarts; torontoDigitizing sponsor University of TorontoContributor Robarts - University of TorontoLanguage German
https://archive.org/details/diejudenunddaswi00sombuoft/page/292/mode/2up
292
Puritanismus ist Judaismus.
“The text on this page is estimated to be only 55.61% accurate
— 293 — sierung des Geschlechtsverkehrs ist in Judaismus und Puritanismus bis ins kleinste gleich. In einem der ersten Hotels Philadelphias fand ich in den Zimmern den gedruckten Anschlag: „Unsere verehrten Gäste, die Geschäfte mit Frauen zu erledigen haben, werden höfl. ersucht, während der Anwesenheit der Dame in ihrem Zimmer die Tür offen zu lassen." Im Talmud aber (Kidd. 82a) heißen diese Worte: ,,\Ver sein Geschäft bei Frauen hat, sei nicht mit ihnen allein ..."
Daß der englische Sonntag der jüdische Sabbat ist, lehrt ohne weiteres der Vergleich usw.
Übrigens sind die inneren Beziehungen zwischen Judaismus und Puritanismus — wenn auch ohne recht befriedigendes Ergebnis — von anderer Seite zum Gegenstande der Untersuchung gemacht worden in den Studien von John G. Dow, Hebrew and Puritan in der Jew. Quarterly Review, Vol. 3 (1891), 52 ff. Und erinnern möchte ich daran, daß der helläugige Heinrich Heine diese Verwandtschaft zwischen Puritanismus und Judentum längst gesehen hatte: ,,Die protestantischen Schotten", fragt er in den , Geständnissen', „sind sie nicht Hebräer, deren Namen überall biblisch, deren Cant sogar etwas jerusalemmitisch-pharisäisch klingt und deren Religion nur ein Judentum ist, welches Schweinefleisch frißt?".
Puritanismus ist Judaismus.
Auf Grund Webers und meiner Darstellungen, denke ich, kann es nun nicht mehr schwer sein, diesen geistigen Zusammenhang, ja diese geistige Übereinstimmung, festzustellen.
Schwieriger wird die andere Frage zu beantworten sein: ob etwa eine äußere Beeinflussung des Puritanismus durch die jüdische Religion nachweisbar ist, und welcher Art diese etwa gewesen sein mag. Bekannt sind die engen Beziehungen, die während der Reformationszeit zwischen dem Judentum und manchen christhchen Sekten sich herausbildeten, bekannt die ModeUebhaberei für die hebräische Sprache und judaistische Studien. Bekannt ist aber insbesondere auch die geradezu fanatische Verehrung, die im 17. Jahrhundert die Juden in England namentlich bei den Puritanern genossen. Nicht nur, daß die religiösen Anschauungen der führenden Männer wie Ohver Cromwells durchaus im Alten Testamente verankert waren: Cromwell träumte von einer Versöhnung des Alten und Neuen Testamentes,”
— 294 — von einer innigen Verbindung des jüdischen Gottesvolkes und der englisch-puritanischen Gottesgemeinde. Ein puritanischer Prediger, Nathanael Holmes (Homesius), wünschte nichts sehnlicher als nach dem Buchstaben mancher Prophetenverse der Knecht Israels zu werden, um ihm auf den Knien zu dienen. Das öffentliche Leben und die Kirchenpredigten erhielten geradezu eine israelitische Färbung. Es fehlte nur noch, daß die Parlamentsredner hebräisch sprachen, so hätte man sich nach Palästina versetzt glauben können; die Levellers, die sich selbst ,,Jews" nannten, verlangen, daß die Staatsgesetze die Thora schlechthin zur Norm für England erklären möchten; Cromwells Offiziere schlagen ihm vor, den Staatsrat aus 70 Mitgliedern zu bilden nach der Zahl der jüdischen Synhedristen ; im Parlamente von 1653 sitzt der Obergeneral Thomas Harrison, ein Wiedertäufer, der mit seiner Partei das mosaische Gesetz für England eingeführt wissen wollte; 1649 wird ein Antrag im Parlamente eingebracht: den Sonntag auf den Sabbat zu verlegen; ,The Lion of Judah' war die Inschrift auf den Bannern der siegreichen Puritaner *•'. Bezeugt ist aber auch die Tatsache, daß in jenen Zeiten nicht nur das Alte Testament, sondern auch die rabbinische Literatur in den Kreisen der christlichen Geistlichkeit und der christlichen Laienwelt[…]”
抜粋:
Die Juden und das Wirtschaftsleben
Sombart, Werner, 1863-1941
この素材は著作権で保護されている可能性があります。
マックス・ウェーバーがピューリタニズムと資本主義との関連について調査した結果、私は必然的に、経済生活に対する宗教の影響をそれまで以上に詳細に追跡することになり、その結果、私はまずユダヤ人問題に行き着いたのである。ウェーバーの証拠を精査した結果、資本主義精神の形成に実質的な意味を持つと思われるピューリタンの教義の構成要素は、すべてユダヤ教の思想の輪から借用したものであることが判明したからである。
…
また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムとユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したいと思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなかでたずねる。「ユダヤ人ではないのか?
彼らの名前は、いたるところで聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教ではなかろうか?」
ピューリタニズムはユダヤ教である。
そしてタルムード(キドゥシン 八二a)では次のように表現されている。 「婦人と仕事をする者はだれしも、婦人とだけ一緒にいてはならない……」 イギリスの日曜日は、ユダヤの安息日であることを両者の比較がすぐに教えてくれる、等々。
それに、ユダヤ教とピューリタニズムの内的関係──たとえこれで十分だというほどの成果が現われなくとも──は、別の面で、研究の対象になった。ジョウ・G・ダウの「ユダヤ人とピューリタン」(「ジュー・コータリー・レヴュー」第三巻〔一八九一〕五二および次頁以下)がそれである。また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムとユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したいと思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなかでたずねる。「ユダヤ人ではないのか?
彼らの名前は、いたるところで聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教ではなかろうか?」
ピューリタニズムはユダヤ教である。
ヴェーバーとわたしの記述に基づけば、両者の精神的関連、いやそればかりか両者の精神的一致を確定させることは、もはやそれほど困難ではないと思われる。 一層困難なのは、他の問い、すなわち「ユダヤ教によるピューリタニズムの外面への影響を証明できるか?」、さらに「あるとすれば、たとえばどんな種類の影響か?」という二つの問いに答えることである。宗教改革時代に、ユダヤ教と多くのキリスト教の宗派との間に形づくられた密接な関係はよく知られているし、当時ヘブライ語やユダヤ教の研究が、流行の学問として愛好されたことも周知の事実だ。しかし、とりわけ十七世紀にユダヤ人がイギリス人、とくにピューリタンに熱狂的に尊敬されたことも、よくわかっている。それはたんに、オリヴァー・クロムウェルのような指導者の宗教的な考え方が、全く旧約聖書を足がかりにしていたということばかりではない。クロムウェルは、旧約聖書と新約聖書との和解、ユダヤの神の民と、イギリスのピューリタンの神の会衆の内面的結合を夢見ていたのだ。
http://gesd.free.fr
>sombjews
The Jews and Modern Capitalism Werner Sombart - Free
It is called, Der Calvinische Judenspiegel. (the Calvinistic Jewish Mirror), and on page 33 a comparison is drawn between the two religions in the following ...
ハインリヒ・ハイネ - (Christian Johann Heinrich Heine, 1797 - 1856)
https://freeassociations2020.blogspot.com/2022/12/christian-johann-heinrich-heine.html
ジンメル『貨幣の哲学』(1999^1900)
経済と宗教 あるウェーバー批判の紹介と批判
サムエルソンの資料批判は更につゞく。
ウェーバーが、プロテスタントはカトリックよりも富裕であるという証拠として、一八九五年のバーデン市の課税額数
値をあげている。 まず、それは間接的なもので信頼しえない。 たとえ、その資料の土俵の上で議論するにしても、資本収
益税の課税対象である資本額は、プロテスタント、カトリックの相異は、 ユダヤ人の比較にならない資本額の前には色あ
せてしまうであろう(ウェーバー『倫理』訳・上・一九頁の註四を見よ)。
もし、ウェーバーの論理をそのまゝあてはめてみるならば、ユダヤ人こそ、あの「精神的特性」をもっていたというこ
とになる筈ではないか、とサムエルソンは突く。さらに、サムエルソンは、問題はそればかりではなく、ウェーバーは課
税対象たる「資本」額だけをとり上げて論議しているが、もし、
一、土地、家屋及び営業税→カトリック六七・五%、プロテスタント二八・一%
二、特別所得税→カトリック五五・三%、プロテスタント三七・二%
というオッフェンバーハー自身の数値を見れば、どうしてプロテスタントの方がはるかに富裕であるといえようか、さら
にこの比率は、信徒たちの地理的分布と完全に照応するという事実こそ重要ではないか、という。
また、プロテスタントがとくに都市居住性向がつよかったというが、ではアメリカのプロテスタントの九〇%が田舎に
住んでいるのはどのように説明さるべきであろうか、とサムエルソンはいう。
以上みたように、ウェーバーは諸事実のあまりに性急な一般化のゆえに、議論の出発点である事実をねじまげている。
このことは、その特異な 「イディアル・ティプス」なる方法論によくあらわれているとサムエルソンは論じ、それは方法
138
(532)
論的にも承認しがたいという。
まず、ウェーバーの使用している諸概念、たとえば、プロテスタンティズム、ピューリタニズム、資本主義、資本主義
の精神、等々はきわめて多義的であり、三、四百年にわたるプロテスタンティズムならびに資本主義の発展の時間的経過
を無視している。この長い、 さまざまな発展の全経過を、一つの概念にまとめあげるということは、どだい無理な注文な
のである。ウェーバーは、このことに気ずいていなかったわけではないが、自らつくり上げた「イディアル・ティプス」
と史実とを整合させようと努力して、概念を一層混乱したものに仕上げたのであった。 理論的構成物をいつの間にか現実
の説明として使用され、結果、全くナンセンスなものとなった、とサムエルソンはいう。
さらにおどろくべきことは、ウィーバー以後の多くの学者が、この基本的な弱点、すなわち、曖昧な概念を、何ら検討
することなく、ウェーバーの理論を研究してきたという事実である。 そして、その理由は、ウェーバー理論が、一般に史
的唯物論に対抗するものとして考えられていたという事実に求められるであろうとサムエルソンはいう。 とにかく、長い
長い、複雑な発展の諸類型から、たった一つの要因を抽出し、それを膨大な西洋文明の全歴史過程とむすびつけようとす
るウェーバーの方法は、まったく無謀な企てというほかはない、とサムエルソンは批判する。
第五章 結 論
経済的拡大、資本の増大、福祉水準の上昇、等々にとってあずかって力があったのは、 重商主義、啓蒙主義、進化論、
経済的自由主義などの思想体系であった。 そして、これらはすべて宗教とは関係なく発展して来たものであって、ウェー
バーのいう、ピューリタンの教義と資本主義経済との結びつきは、みとめられない。 ウェーバーのいう、ピューリタン的
( 533 )
139
徳性、勤労と節約は、 経済拡大にたいし一体どの程度の役割を演じたかを計ることはできないし、またこれらの徳行は何
もピューリタン独自のものではない。 徴利の宗教的規範からの解放の試みはカトリックでも見られるし、また利子率の引
き下げは、宗教ではなく、 重商主義によって指導された商業法にもあらわれている。しかし、利子の高低が経済的拡大に
どのような影響を及ぼしたかはにわかに決定しえない事柄である。
百歩ゆずって、プロテスタントと経済進歩との間に相互関係がみられると仮定しても、プロテスタント諸国内部におい
ても相互に大きな開きがあり、何もプロテスタント諸国がカトリックより卓越していたという証拠はない。
また自由教会諸教派ならびにピューリタンのみが経済生活に著しい功献をしたという説明よりは特別な教育、家族関
係、「外国人」の役割、「宗教的迫害」とかによる説明の方がヨリ妥当だと考えられる。このように ウェーバーの理論
は、ほとんどすべての史実と相いいれないものであり、自由教会諸教派の功献があまりにも誇張されてきたことは明白で
ある、とサムエルソンは結論する。
140
( 534 )
このことを論証するために、サムエルソンはまず、富および富の追求を危険なものだとしそれを警戒すべきだというピ
ューリタン、クェーカー、メソジストらの反営利的諸思想を確認することからはじめ、このピュ ーリタニズムは、ウェー
バーによって資本主義の精神の典型とされているベンジャミン・フランクリンや啓蒙主義を通じて、とくにアメリカでは
消滅してすでに久しいこと、さらにこのことは、ピューリタニズムのではなく、むしろ啓蒙主義の産物であること、を強
調していることはすでにみたとおりである。
さらにサムエルソンは、アメリカにおける一九世紀の「産業の将師(キャプテン・オブ・インダストリ)」たちが、自らの生活と諸活動の起動力が、あたか
も宗教であったかのごとく自らも表現し、かつ後代の人々にもそう信じられてはいるが、かれらは成功したのちに、いわ
ば事後的に、それらを合理化し、正当化したまでであって、決してピューリタニズムやプロテスタンティズムがかれらの
事業や生活に影響をおよぼしたのではない。それがあるとすれば「成功の福音」、自由企業の讃美、「適者生存」の思想で
あり、かれらの思想的代弁者は宗教であるよりはむしろスペンサーやサムナーであった、という。
さらに、これらの大富家たちが、勤勉と節約によって自らの富を蓄積したというのは全くの「伝説」であり、かれらは
むしろ、信用の操作、投機によって自らの巨富を獲得したのである。また、宗教改革者たちの功献に帰されがちの、徴利
禁止の除去あるいは寛和とのことは必ずしもカルヴァンだけにそれが帰せられるものではなく、 カルヴァン以前か
ら、カトリック教会の内部ですではその動きがあったし、また、カルヴァンにしてもいわれているほど積極的な禁止寛和
を主張してはいないのだが、 ――は資本蓄積と何らの関連もない。また、この蓄積は高利子率と関係があるといわわれて
いるが、むしろ、低い利子率と関連がある、とサムエルソンは論ずる。
141
(535)
最後に、サムエルソンは、ウェーバーの議論の出発点として用いている、歴史的、統計的資料の検討を通して、 プロテ
スタンティズムと資本主義との関連は、国別においても国内においても見られない、と主張する。
そのポレミークな切実はするどく、どこをとってみても、たんにウェーバーのみでなく、何らかの関連を宗教と経済の
間に想定しようとする学者のすべてを、壊滅しようとする意気込みが充満している。
サムエルソンがこで確信をもって提示している種々の証拠は、きわめて広範な分野にわたり、そしてそこにはいくつ
かの重要な指摘があるとも思われるが、それらをいちいち史実に則して検討しなおすこと (そのことはきわめて重要であ
るが――)は相当の努力を必要とするであろうから、ここでは割愛する。
したがって、これから行なうわれわれの批判は主として、概念や方法論上の諸問題に限定しなければならない。とはい
え、この点にこそ、サムエルソンの主張に伏在する根本的な問題性があると、すくなくとも、われわれには思われるの
で、このことを明らかにされゝば、批判の仕事はその大半を成し終えたものとしてよいであろう。
さて、サムエルソンは、ウェーバーの諸概念は「曖昧」 である、と指摘する。
このことの正否を判定するために、まずウェーバーがその理論を構成している主要な概念――当面とゝで問題になるも
のを一、二あげると、(近代) 資本主義、資本主義の「精神」、プロテスタンティズム、カルヴィニズム、プロテスタンテ
ィズムの「倫理」等を検討し、それがサムエルソンによってどのように理解され、受けとめられているかを調査する
ことから始めよう。
まず第一に、資本主義という概念をとりあげよう。
142
( 536 )
ウェーバーが「近代西ヨーロッパ資本主義」という場合、(形式上)自由な賃銀労働者たちの労働の上に築かれる「合
理的・資本主義的組織」と規定している。(訳・上・四四、五四頁等) そして、ある種の「資本主義」は、「中国にもイン
ドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した」といってもよいが、この近代に「独自」な形態の資本主義は、
宗教改革以後にいたってはじめて出現したのだ、という。 そして、ウェーバーの『倫理』論文の目的は、この宗教改革の
一つの要素、すなちわ、この自由な賃金労働を基盤とする、合理的な経営・経済組織の発展に功献したと考えられるもの
を確認することにあった、とわれわれは理解する。
他方、サムエルソンは、「資本主義」について、ウェーバーのいう近代西ヨーロッパの資本主義とは全く異る規定をし
ているように思われる。 もちろんわれわれもウェーバーの定義そのものが唯一の完全なものとは考えないし、 ウェーバー
自身、他の関連では別様に定義しうるし、しなければならないというが、サムエルソンが「資本主義」を「富の無制約的
追求」とか「資本の動員と信用の大規模な利用」 (Samuelsson, pp. 49, 148, et al.) などと定義し、 しかもこういう「資
本主義」は近代西欧に独自なものではなく、宗教改革のずっと前から、どこにでもみられたものである、と規定して、ウ
ェーバーを批判しようとするとき、ウェーバーとの相異はまず決定的であるといえよう。
ウェーバーの定義そのものが不適切であるという批判ならば、それなりに意味はあると思うが、このような「資本主
義」についての歴史的規定に関するウェーバーとサムエルソンの根本的相異が、ウェーバーが否定しているいる命題をサ
ムエルソンは、ウェーバーが意味していたものとして、繰返えしくりかえし、攻撃をしかける原因となっている。これが
まず指摘されねばならぬサムエルソンの問題性の第一である。 大塚久雄氏が『倫理』論文 (岩波版)の解説、ならびに
( 537 )
143
評価:4-1件のレビュー
Amazonでクルト・サムエルソン, 田村 光三, 浦上 雄次, 金子 光男の経済と宗教―ひとつのマックス・ウェーバー批判 (1971年) (社会科学選書〈68〉)。
... ひとつのマックス・ウェーバー批判 (社会科学選書)/クルト・サムエルソン/田村 ... My店舗に在庫がある場合、カートで受け取り方法を「店舗で受け取る」にすると ...
著者 クルト・サムエルソン 著 ; 田村光三, 浦上雄次, 金子光男 訳; 出版社 ミネルヴァ書房; ページ数 255, 3p 肖像; サイズ 19cm; 解説 ビニールカバーに傷み。
未指定:カート
ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義 』1912(ドイツ歴史学派)
http://nam-students.blogspot.com/2018/09/blog-post.html
債権の譲渡性について
ジンメル(1858-1918)『貨幣の哲学』(1900)第二章3
《本来の貸付人のみではなくこの証券の持参人も取り立てへの権利をもつという債務承認の条項は、すでに中世に現れているが、しかしこれは証券の価値を譲渡するためではなく、債権者の代理人による取り立てを容易にするためであった。証券のこのたんなる形式的な流動化は、リヨンの取引所において流通したフランスの〈白地手形〉においてより事実的な流動化となった。 これはその様式からはなお個別的な債権者を指示するが、しかし彼の名前は記入されてはいない。しかし名前が空欄に書き込まれるや、 債権者はいまや個別に決定される。 純粋な無記名証券による本来の商取引は、 十六世紀にアントワープではじまった。われわれの知るように、はじめ無記名証書が特別の譲渡なしに支払いに使用されたころ、満期日にしばしば兌換がそれに拒否されたため、皇帝の命令が無記名証券の原理的な有効性を確立しなければならなかった。 ここにわれわれはきわめて明確な段階的連続をもつ。》
ゾンバルト(1863-1941)も指摘
目 次
はじめに
第一部 近代国民経済形成へのユダヤ人の関与
第一章 調査方法──関与の方式と範囲
第二章 十六世紀以来の経済中心地の移動
第三章 国際商品取引の活性化
第四章 近代植民地経済の創設
第五章 近代国家の建設
Ⅰ 御用商人としてのユダヤ人
Ⅱ 財政家としてのユダヤ人
☆第六章 経済生活の商業化
I 有価証券の発生
II 有価証券による取引
III 有価証券の創設
IV 工業の商業化
☆第七章 資本主義的経済志向の形成
第二部 ユダヤ人の資本主義への適性
第八章 問題点
第九章 「資本主義的経済人の機能」
第十章 資本主義へのユダヤ人の客観的適性
Ⅰ 空間的な拡散
Ⅱ 異質性
Ⅲ 半端な市民性
Ⅳ 富
第十一章 ユダヤ教の経済生活に対する意味
Ⅰ ユダヤ民族にとっての宗教の重要性
Ⅱ ユダヤ教の源泉
Ⅲ ユダヤ教の基本理念
Ⅳ 維持の思想
Ⅴ 生活の合理化
Ⅵ イスラエル人と外国人
Ⅶ ユダヤ教とピューリタニズム
第十二章 ユダヤ人の特性
Ⅰ 問題
Ⅱ 解決への試み
Ⅲ 資本主義に奉仕するユダヤ人の性質
☆第三部 ユダヤ的本質の誕生
☆第十三章 人種問題
I ユダヤ人の人類学的特性
II ユダヤ「人種」
III ユダヤ人的本質の恒常性
IV ユダヤ人の経済活動の顕著な一特性
V民族の特性の、人種に即した根拠
☆第十四章 ユダヤ民族の運命
注・資料と文献
解説
☆を文庫版は割愛
Werner Sombart:
Die Juden und das Wirtschaftsleben.
Inhalt:
Vorwort.
一
Erster Abschnitt:
Der Anteil der Juden am Aufbau der modernen Volkswirtschaft.
1Erstes Kapitel.
Ermittlungsmethoden. - Art und Umfang des Anteils.
2 Zweites Kapitel.
Die Verschiebung des Wirtschaftszentrums seit dem 16. Jahrhundert.
3 Drittes Kapitel.
Die Belebung des internationalen Warenhandels.
4 Viertes Kapitel.
Die Begründung der modernen Kolonialwirtschaft.
5 Fünftes Kapitel.
Die Begründung des modernen Staates.
I. Die Juden als Lieferanten.
II. Die Juden als Finanzmänner.
6 Sechstes Kapitel:
Die Kommerzialisierung des Wirtschaftslebens.
I. Die Entstehung der Wertpapiere.( 1. Der indossable Wechsel. 2. Die Aktie. 3. Die Banknote. 4. Die Partialobligation. )
II. Der Handel mit Wertpapieren.( 1. Die Ausbildung des Verkehrsrechts. 2. Börse.)
III. Die Schaffung von Wertpapieren.
IV. Die Kommerzialisierung der Industrie.
7 Siebentes Kapitel.
Die Herausbildung einer kapitalistischen Wirtschaftsgesinnung.
二
Zweiter Abschnitt:
Die Befähigung der Juden zum Kapitalismus.
8 Achtes Kapitel.
Das Problem.
9 Neuntes Kapitel.
Die Funktionen der kapitalistischen Wirtschaftssubjekte.
10 Zehntes Kapitel.
Die objektive Eignung der Juden zum Kapitalismus.
I. Die räumliche Verbreitung.
II. Die Fremdheit.
III. Das Halbbürgertum.
IV. Der Reichtum.
11 Elftes Kapitel.
Die Bedeutung der jüdischen Religion für das Wirtschaftsleben.
I. Die Wichtigkeit der Religion für das jüdische Volk.
II. Die Quellen der jüdischen Religion.
III. Die Grundideen der jüdischen Religion.
IV. Der Bewährungsgedanke.
V. Die Rationalisierung des Lebens.
VI. Israel und die Fremden.
VII. Judaismus und Puritanismus.
12 Zwölftes Kapitel.
Jüdische Eigenart.
I. Das Problem.
II. Ein Lösungsversuch.
III. Jüdisches Wesen im Dienste des Kapitalismus.
三
Dritter Abschnitt:
Wie jüdisches Wesen entstand.
13 Dreizehntes Kapitel.
Das Rassenproblem. Vorbemerkung.
I. Die anthropologische Eigenart der Juden.
II. Die jüdische ,,Rasse".
III. Die Konstanz des jüdischen Wesens.
IV. Die rassenmäßige Begründung volklicher Eigenarten.
14 Vierzehntes Kapitel.
Das Schicksal des jüdischen Volkes.
Quellen und Literaturnachweis.
ヴェルナー・ソムバルト
ユダヤ人と経済生活
内容
序文
第1部
近代国民経済の建設におけるユダヤ人のシェア。
第1章
決定方法。- シェアの性質と範囲
第2章
16世紀以降の経済中心の移動。
第3章
モノの国際貿易の復活。
第4章
近代植民地経済の基礎となった
第五章
近代国家の基礎となるもの。
I. 供給者としてのユダヤ人
II.金融業者としてのユダヤ人。
第六章
経済生活の商業化。
I. 証券の原点。(1.エンドーサブル為替手形 2.シェア 3. 銀行券 4.部分結合。)
II.有価証券の取引 (1.交通法規の形成。2.証券取引所)
III. 証券の作成。
IV. 産業の商業化。
第七章
資本主義的な経済観念の形成。
第二部
ユダヤ人の資本主義への適性
第八章
問題点
第9章
資本主義経済主体の機能
第10章
ユダヤ人の資本主義に対する客観的適合性。
I. 空間分布のこと。
II.異質さ。
III.セミ・ブルジョアジー。
IV. 富のこと
第十一章
経済生活におけるユダヤ教の意義.
I. ユダヤ人にとっての宗教の重要性。
II.ユダヤ教の源流。
III.ユダヤ教の基本的な考え方。
IV. 執行猶予という考え方。
V. 人生の合理化。
VI.イスラエルと外国人
第7回 ユダヤ教とピューリタニズム
第十二章
ユダヤ人のアイゲナート
I. 問題点
II.解決への試み。
III.資本主義に仕えるユダヤ人ということ
第三部
ユダヤという存在はどのようにして生まれたのか。
第十三章
人種問題。予備的備考
I. ユダヤ人の人間学的性格.
II ユダヤ人「人種」。
III ユダヤ人の本質の不変性
IV. 民族の特殊性を正当化すること。
第十四章
ユダヤ民族の運命
出典と参考文献。
#12
…多くのユダヤ人自身が察知していないとしても──たとえ彼らが、おのれのきわめて明らかな特性を否定し、彼らとドイツ人や、イギリス人との間になんらの差違はないと主張したとしても──やはり、彼らは他者を生き生きとした人間としてではなく、法的主体、国民、あるいはその他の抽象的存在として見ている。彼らは世界を、血肉ではなく、悟性によって認識し、したがって、悟性の助けを借りて紙上に整理整頓されたものは、生きとし生ける者を相手どっても、そのまま通用するに違いないという考え方に容易に傾きがちである。しかも今でも依然として、「ユダヤ人問題」を、たんに政治的制度の問題と見なし、実際に「自由主義的」な政権が、ユダヤ人と現地住民との間の差別をなくすことができると確信しているユダヤ人が存在している。ユダヤ人問題に関する大著述家が大真面目に次のような意見を開陳しているのを聞くと、ただただ驚くばかりである。すなわち「ここ三十年間のすべての反ユダヤ運動の発生は、ひたすらマルクスとデューリングの著作の責任であり、この無責任な理論のおかげで数千人の生命が犠牲になった(!)。ユダヤ人迫害により数千人の犠牲者が出たことや、有能なユダヤ人労働者が、それこそ百万人もそれぞれの故郷から追放されたことも、ひとえに継続的な権力の象徴であるオイゲン・デューリングのせいである(12)」(!!)などというのだ。血肉の情に対する書類の冷たさ、本能に対する悟性、直観に対する概念、感覚に対する抽象化がこの言葉にまざまざと示されている。
このように純粋に精神一点張りの人間がつくりあげる世界像は、たんに構成がうまく整った悟性の所産にすぎない。彼らが世界を理解する上で有用な範疇(カテゴリー)は、合理的な解釈だけである。もっぱら理論的意味で用いると、こうした方式の世界観は、あっさりと合理主義と名づけられるであろう。
(12) J・ツォルシャン『人種問題』(一九一〇) 一五九頁
。。。
他所者の無記名証券による隠匿―― ヴェルナー・ゾンバルトのユダヤ人観の一断面(1,2) 恒木 健太郎 より孫引き
https://core.ac.uk/download/pdf/71798208.pdf
https://core.ac.uk/download/pdf/71798215.pdf
《無記名証券は、ある地域のユダヤ人共同体からの迫害のうねりが過ぎ去るまで、〔ユダヤ人の〕財産を見えないようにすることを可能にした。無記名証券によってユダヤ人は、自らの貨幣を随意にどこかに預けて危険にさらされた瞬間に藁人形(Strohmann)をつうじてそれを消し去ることが、あるいはそれまで彼らが占有していた痕跡をまったく残さずに自己の債権を移譲する(übertragen)ことが、できるようになった。 》
Sombart, Werner. Die Juden und das Wirtschaftsleben, Leipzig, 1911, S. 92. 金森誠也/安藤勉訳『ユダヤ人と経済生活』荒地出版社、1994年、129-130 頁。#6
https://archive.org/details/diejudenunddaswi00sombuoft/page/86/mode/2up?view=theater
86
Maße und in mancher Beziehung nur die Juden an der Rechts-
form des Inhaberpapiers hatten.
Was bewog denn ,,die jüdischen Kaufleute aus Alexandrien"
dazu, die Inhaberklausel in ihre Policen aufzunehmen? S traccha
(a. a. 0.) teilt es uns mit: die Angst um ihre Schiffsladungen.
Diese nämlich schwebten in der Gefahr, von den christlichen Piraten,
von dem Navarch und Präfekten der katholischen kgl. Flotte ge-
kapert zu werden, da die Waren der Hebräer und Türken von
ihnen als Freibeute angesehen wurden. ,,Die jüdischen Kauf-
leute aus Alexandrien" setzten nun in die Police einen beliebig
erdichteten christlichen Namen, z. B. Paulus oder Scipio, ein und
nahmen doch die Waren in Empfang dank der hinzugefügten
Inhaberklausel.
Wie oft aber, während des ganzen Mittelalters und noch in
der neueren Zeit, muß dieses Motiv bei den Juden: durch irgend
eine Vornahme sich als den eigentlichen Empfänger einer
Sendung, einer Schuld usw. zu verbergen, wirksam gewesen sein!
Und da bot sich die Form des Inhaberpapiers als das will-
kommene Mittel dar, jene Verborgenheit zu bewirken. Die In-
haberpapiere gewährten die Möglichkeit, Vermögen verschwinden
zu lassen, bis eine Verfolgungswelle über die Judenschaft eines
Ortes hinweggegangen war. Die Inhaberpapiere gestatteten den
Juden, ihr Geld beliebig wo anzulegen und im Augenblick, da
es gefährdet wurde, durch einen Strohmann beheben zu lassen
oder ihre Forderungen zu übertragen, ohne die geringste Spur
ihres früheren Besitzes zu hinterlassen. (Nebenbei bemerkt: die
schier unerklärliche Tatsache, daß den Juden während des Mittel-
alters alle Augenblicke ihr ,,ganzes Vermögen" abgenommen
wurde, und daß sie nach ganz kurzer Zeit wieder reiche Leute
waren, wird ihre Aufhellung gewiß zum Teil von der Seite der
hier erörterten Probleme finden: es wurde eben den Juden
nie ihr ganzes Vermögen abgenommen, ein beträchtlicher Teil
war auf einen Strohmann übertragen worden.) Es ist, wie mir
scheint, mit Recht darauf hingewiesen 198 worden, daß diese Ver-
bergungszwecke allerdings die Form des reinen Inhaberpapiers
erheischten, aber auch nur sie, während alle übrigen Zwecke, die
man im Mittelalter mit der Inhaberklausel verband (also vor allem
die Erleichterung der Stellvertretung vor Gericht), ebenso gut
oder besser durch die alternative Inhaberklausel erreicht wurden.
86 Maße und in mancher Beziehung nur die Juden an der Rechtsform des Inhaberpapiers hatten. Was bewog denn ,,die jüdischen Kaufleute aus Alexandrien" dazu, die Inhaberklausel in ihre Policen aufzunehmen? S traccha (a. a. 0.) teilt es uns mit: die Angst um ihre Schiffsladungen. Diese nämlich schwebten in der Gefahr, von den christlichen Piraten, von dem Navarch und Präfekten der katholischen kgl. Flotte gekapert zu werden, da die Waren der Hebräer und Türken von ihnen als Freibeute angesehen wurden. ,,Die jüdischen Kaufleute aus Alexandrien" setzten nun in die Police einen beliebig erdichteten christlichen Namen, z. B. Paulus oder Scipio, ein und nahmen doch die Waren in Empfang dank der hinzugefügten Inhaberklausel.
Wie oft aber, während des ganzen Mittelalters und noch in der neueren Zeit, muß dieses Motiv bei den Juden: durch irgend eine Vornahme sich als den eigentlichen Empfänger einer Sendung, einer Schuld usw. zu verbergen, wirksam gewesen sein! Und da bot sich die Form des Inhaberpapiers als das willkommene Mittel dar, jene Verborgenheit zu bewirken.
Die Inhaberpapiere gewährten die Möglichkeit, Vermögen verschwinden zu lassen, bis eine Verfolgungswelle über die Judenschaft eines Ortes hinweggegangen war. Die Inhaberpapiere gestatteten den Juden, ihr Geld beliebig wo anzulegen und im Augenblick, da es gefährdet wurde, durch einen Strohmann beheben zu lassen oder ihre Forderungen zu übertragen,
ohne die geringste Spur ihres früheren Besitzes zu hinterlassen.
(Nebenbei bemerkt: die schier unerklärliche Tatsache, daß den Juden während des Mittelalters alle Augenblicke ihr ,,ganzes Vermögen" abgenommen wurde, und daß sie nach ganz kurzer Zeit wieder reiche Leute waren, wird ihre Aufhellung gewiß zum Teil von der Seite der hier erörterten Probleme finden: es wurde eben den Juden nie ihr ganzes Vermögen abgenommen, ein beträchtlicher Teil war auf einen Strohmann übertragen worden.) Es ist, wie mir scheint, mit Recht darauf hingewiesen 198 worden, daß diese Verbergungszwecke allerdings die Form des reinen Inhaberpapiers erheischten, aber auch nur sie, während alle übrigen Zwecke, die man im Mittelalter mit der Inhaberklausel verband (also vor allem die Erleichterung der Stellvertretung vor Gericht), ebenso gut oder besser durch die alternative Inhaberklausel erreicht wurden.
86 ある面では、無記名式という法的形態に関心を持ったのはユダヤ人だけであった。アレクサンドリアのユダヤ人商人たち」が無記名式の条項を保険契約に盛り込む動機は何だったのだろうか。S traccha (op.cit.)は次のように語っている。ヘブライ人やトルコ人の品物を戦利品と見なしていたため、これらはキリスト教の海賊、カトリック王立艦隊の海軍長官や県知事によって拿捕される危険があったのである。そこで「アレクサンドリアのユダヤ商人」たちは、パウロやスキピオなど、自分たちの好きなキリスト教名を保険証券に入れ、所有者条項の追加により、商品を受け取ることができるようになった。
しかし、中世を通じて、また最近でも、ユダヤ人には、何らかの手段で自分が委託や借金の実際の受取人であることを隠したいという動機が、どれほど頻繁に働いていたことだろう。そして、この隠蔽を実現するための手段として、無記名式証票という形式が登場したのである。
無記名証書は、その土地のユダヤ人に迫害の波が押し寄せるまで、資産を消滅させることを可能にしたのである。無記名証書は、ユダヤ人が自分の金を好きなところに投資し、それが危険にさらされた瞬間に、藁人形によってそれを解除させ、あるいはその債権を譲渡することを可能にした。
しかも、その痕跡はまったく残らない。
(ところで,中世のユダヤ人がいつ「全財産」を剥奪され,ごく短期間で再び金持ちになったというほとんど不可解な事実は,ここで論じた問題の側面から,確かにその解明を見出すことができるだろう:ユダヤ人は決して全財産を剥奪されてはいない,かなりの部分が藁人形に譲渡されていた)。このような隠匿の目的が純粋な無記名式証書の形式を必要としたが、ただそれだけで、中世において無記名条項と結びついた他のすべての目的(すなわち、とりわけ法廷における代理の円滑化)は、代替的無記名条項によって同等かそれ以上に達成されたということが正しく指摘されているように思われるのである。
https://core.ac.uk/download/pdf/71798208.pdf
恒木1
わけ無記名証券(Inhaberpapier)である。彼はその法形式の起源をユダヤ人に求める。その理由を彼は 6 つ挙げる。
1 聖書とタルムードのなかに無記名証券の法形式を知っていたことを示唆する記述があ る。
2 その法的発展に持続性がある。ユダヤ人がこの取引を絶えず実践しており、かつその実 践に対応したタルムード解釈が絶えず行われていた。
3 マムレ(Mamre)という白地証書、いい換えれば近代的無記名証券の先駆けともいえる 有価証券を発展させた。
4 16世紀のヨーロッパ各地における白地証券の出現はマムレをその起源とするのではな いか。つまり、ユダヤ人の関与によるものではないか。
5 ひたすらユダヤ人だけが無記名証券の法形式に関心を寄せた。
6 無記名証券の法形式が「ユダヤ法の精神」から導きだされる。ローマ法・ドイツ法にとっ
てはそのきわめて内的な本質に基づけば未知の(fremd)ものである9。 ここで注意すべきは、この 6 つの理由は箇条書きではないということである。というのも、 ゾンバルトにとって1~4は「外面的に気づくユダヤ人と無記名証券との関連」を証明するも
のにすぎない。そしてそのすべてよりもはるかに重要な、ユダヤ人が無記名証券の父であると
、、
いう「必然的内的理由」を5と6で説明しているのである。したがって、1~4と5・6と分 かつ箇所の前後の記述のなかで、何が「外面的」で何が「内的」であるのかを知る必要がある。そこでこの周辺を検討すると、ゾンバルトが「アレクサンドリア出のユダヤ商人」の事例にと りわけ注目していることがわかってくる。その事例はシュトラッケという人物の保険論に即し て、以下のように紹介されている。
近代にふたたび無記名条項の適用された有価証券の最初のものに「、積荷が要求するところの(quas vocant caricamenti)」海上保険証書がある。いまやはっきりと伝えられているところでは、「いかなる他の人格であれ(o qual si voglia altera persona / et quaevis alia alia persona
/ sive quamlibet aliam personam)」という諸々の定式的成句をまず最初に用いたのがアレクサ 、、、、、
ンドリア出のユダヤ商人であった、ということである10。
9
ibid., S. 81-91. 同上、122-135 頁。
10
ibid., S. 85. 同上、128-129 頁。なお、ゾンバルトが用いたシュトラッケの保険論の版は、参照頁番号と
の照合から以下のものだと考えられる。Stracchae, Benvenuto. Tractatus duo de assecurationibus, proxenetis, atque proxeneticis, Amstelodami, 1668, Glossa. VII, S. 29. ただし、この元版となるものは 16 世紀半ばに出てい る。この点についての詳細な報告は別稿に譲りたい。
― 4―
Benvenuti Stracchae De assecurationibus tractatus: in quo praeter materiam ...
著者: Benvenuto Straccha
https://library.villanova.edu/Find/Record/1034331/Similar
Benuenuti Stracchae... De mercatura,... tractatus...
Benuenuti Stracchae... De mercatura,... tractatus... By Benvenuto Stracca. About this book. Terms of Service · Plain text.
D. Benuenuti Stracchae ic clariss. patritii Anconitani, ... In ...
D. Benuenuti <b>Stracchae</b> ic clariss. patritii Anconitani, ... In ...の画像
D. Benuenuti Stracchae i.c. clariss. patritii Anconitani, ... In egregii i.c. Aymonis Crauettae responsa annotationes. Front Cover · Benvenuto Stracca.
Stracca, Benvenuto | The Online Books Page
- http://onlinebooks.library.upenn.edu>lookupname>ke...
Stracca, Benvenuto: De mercatura decisiones et tractatus varii et da rebus ad eam pertinentibus : in quibus omnium authorum, precipua Benvenuti stracchae .
Obras de Stracca, Benvenuto, 1509-1578 - Pag. 1
- https://www.cervantesvirtual.com>obras>autor>strac...
Obras de Stracca, Benvenuto, 1509-1578 ( 1 ) Se listan todas las obras de este autor en la Biblioteca Virtual Miguel de ... Título: Benevenuti Stracchae .
シュトラッハと誤植
ゾンバルト再考
https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2022/09/blog-post_3.html @
Bibel und Talmud kennen das ,,Inhaberpapier", und zwar in völlig einwandfreier Form. Die Stelle in der Bibel findet sich in Tobias und lautet wie folgt:
…
Die Inhaberpapiere gewährten die Möglichkeit, Vermögen verschwinden zu lassen, bis eine Verfolgungswelle über die Judenschaft eines Ortes hinweggegangen war. Die Inhaberpapiere gestatteten den Juden, ihr Geld beliebig wo anzulegen und im Augenblick, da es gefährdet wurde, durch einen Strohmann beheben zu lassen oder ihre Forderungen zu übertragen, ohne die geringste Spur ihres früheren Besitzes zu hinterlassen.
聖書とタルムードは「無記名証券」を、それも完全に文句のつけようのないほどの形式で知っ
ていた。聖書のなかの問題の個所は、聖書外典トビアス書のなかに次のようにある。
122~3
...
無記名証券は、ある地域のユダヤ人共同体からの迫害のうねりが過ぎ去るまで、財産を見えないようにすることを可能にした。無記名証券によってユダヤ人は、自らの貨幣を随意にどこかに預けて危険にさらされた瞬間に藁人形をつうじてそれを消し去ることが、あるいはそれまで彼らが占有していた痕跡をまったく残さずに自己の債権を移譲することが、できるようになった。
130
LES YEUX CLOS: 3月 2014
ここが変わった! 民法改正の要点がわかる本 - 164 ページ
ゾンバルト122~3頁#6
ユダヤ人が無記名証券の先駆である証拠。
ΑΠΟΚΡΥΦΑ アポクリファ 旧約聖書外典
■紀元前五八六年から紀元後一九四八年まで二千数百年の長い間、 ユダヤはほとんど国家的独立を失った。
■この間、マカビー革命の結果、 ユダヤは他国の庇護のもとに、わずかに七十余年間主権を回復した。
■このマカビー革命の発端と経緯またその結末を、ヘブル人の信仰と知恵を背景にして、アポクリファは美しく結実した。
■旧約と新約の間にある四、五百年に及ぶ歴史的空白は、アポクリファの諸文書によらずしては到底うめることはできない。
(有)聖公会出版
上は文語訳(年表が参考になった)
入手しやすく読みやすいのは講談社学芸文庫版か。
聖書外典
トビト書
前2〜3世紀成立、前722年北イスラエル滅亡以後が舞台
http://bible.salterrae.net/meiji/htmlapo/tob.html
4:20われ今、メデアのラゲスなるガブリヤの子ガバエルに預けし銀十タラントを汝に示す。
5:1その時トビア答へて曰ふ『父よ、汝の命ぜしことは、何にてもすべてこれを行はん。 5:2されど我この人を知らざるに、如何にしてその金子を受け取り得んや。』 5:3トビト彼に證書を與へて曰ふ『誰か汝と共に行くべき人を探せ。我生くる間は彼に報酬を與へん。されば行きてその金子を受け取るべし。』
9:1トビア、ラフアエルを呼びて言ふ 9:2『兄弟アザリヤよ、願はくは一人の僕と二匹の駱駝とを携へて、メデアのラゲスなるガバエルの許に往き、わがためにかの金子を受け取り、且かれを婚筵に伴ひ來れ。
9:5ラフアエル往きて、ガバエルの許に宿り、彼にその證書を渡せしかば、ガバエル封印せられたる袋を持ち來りて之を彼に渡しぬ、
[旧約聖書外典上講談社学芸文庫では168~181頁]
ゾンバルト129:
ユダヤ人が無記名証券の元祖
122~3:
(12) 第六章 経済生活の商業化
一五八二年の法令については後述する)。
ここで問題になるのは、近代の無記名証券を実際にタルムード[ユダヤ人の法典〕 ラビ [ユダヤ
教の牧師、法律学者〕 的な法律から確実に誘導できるかということだ。 それと是認できるような
様々な根拠をここに列挙しておこう。
聖書とタルムードは「無記名証券」を、それも完全に文句のつけようのないほどの形式で知っ
ていた。
聖書のなかの問題の個所は、聖書外典トビアス書〔神への信頼、おきてへの忠誠、それに隣人愛に
燃えていたトビアス父子の物語を含んでいる] のなかにある(デ・ヴェットの翻訳による)。
〈四章二十節〉 「ここでお前に、わしがメディアのラゲスに住むガブリアスの兄弟ガバエルに預けた十
タレントの銀貨のことを教えよう」
〈五章一節〉 そこでトビアスは答えていった。 「お父さん、わたしはお父さんがお命じになることをす
べて実行します
〈同二節〉 しかしわたしがその人のことを知らないのに、どうして金を受けとることができましょう」
〈同三節〉すると父は息子に、 証書を渡していった。 「お前と一緒に旅行するある男に頼むのだ。わし
は生きているかぎりその男に報酬を与えるつもりだ。 さあ出かけて金を受けとってきなさい」
〈九章一節〉そこでトビアスはラファエルを呼び、こう語った。「メディアのラゲスにいるガバエルの
もとにいき、わたしのために金を受けとってきてくれ」
〈同五節〉するとラファエルは、出発し、ガバエルのもとに宿泊し、彼に証書を渡した。 するとガバエ
ルは、封印つきの財布をもってきてラファエルに渡した。
タルムードのなかの一番有名な個所(パパ・パトラ 第六巻 一七二頁。 ゴールトシュミットの翻訳
では六巻 一三九八頁)は次のようにのべている。
かつてある法廷の席で、ラビ・ホナスにある証書が示された。このなかには「N.....の息子であるわ
たくし・・・・・・はあなたからマイン (古代の貨幣)を借用しました」とあった。するとラビ・ホナスは
判決を下した。 「あなたから借りたということは、 追放者から、さらにはサポル王から借りたのと同じ
ことだ」「それほどたしかだという意味]
81
-
papiers aus dem talmudisch-rabbinischen Recht auch wahr-
scheinlich ist. Ich stelle im folgenden die Gründe zusammen,
die, meiner Meinung nach, dafür sprechen.
1. Bibel und Talmud kennen das ,,Inhaberpapier", und zwar
in völlig einwandfreier Form.
Die Stelle in der Bibel findet sich in Tobias und lautet
(in De Wettescher Übersetzung) wie folgt:
4, 20. ,,Und nun zeige ich dir die 10 Talente Silbers, die ich niedergelegt
habe bei Gabael, dem (Bruder) Gabrias zu Rages in Medien.."
5, 1.
,,Und Tobia antwortete und sprach: Vater, ich will alles tun, was
Du mir geboten;
2.
Aber wie werde ich können das Geld in Empfang nehmen, da ich
ihn nicht kenne?
3.
Da gab er ihm die Handschrift und sprach zu ihm: Suche Dir
einen Mann, der mit Dir ziehe, und ich will ihm Lohn geben,
während ich lebe, und so gehe hin, und nimm das Geld in
Empfang."
9, 1.
,,Und Tobia rief Raphael und sprach zu ihm: .. ziehe nach Rages in
Medien zu Gabael und hole mir das Geld."
5.
,,Da zog Raphael hin und kehrte bei Gabael ein und übergab ihm
die Handschrift. Er aber brachte die Beutel mit den Siegeln und
gab sie ihm."
Die bekannteste Stelle im Talmud (Baba batra Fo. 172)
lautet (in Goldschmidtscher Übersetzung 6, 1398) so:
,,Einst wurde in einem Gerichtskollegium R. Honas ein Schein vor-
gelegt, in welchem es hieß: Ich N., Sohn des N., habe von dir eine Mine
geborgt. Da entschied R. Hona: Von Dir, auch vom Exiliarchen, von Dir,
auch vom König Sapor."
Die Anmerkung, die Goldschmidt dazu macht: ,,d. h. der
Inhaber des Schuldscheins kann nicht nachweisen, daß er der
Gläubiger ist und er braucht daher nicht bezahlt zu werden"
verkehrt den Tatbestand genau in sein Gegenteil; wie Gold-
schmidt zu dieser seltsamen Auslegung kommt, die aller talmudisch-
rabbinischen Jurisprudenz widerspricht, ist nicht einzusehen.
Denn es ist gar nicht zweifelhaft, daß die Rabbiner während
des ganzen Mittelalters die Rechtsform der Inhaberpapiere ge-
kannt und aus der zitierten Talmudstelle abgeleitet haben. Damit
berühre ich einen Punkt, den ich als zweites Argument für die
Richtigkeit meiner Hypothese anführe:
2. Die Kontinuität der Rechtsentwicklung, die zweifellos für
das jüdische Inhaberpapier besteht. Sowohl die nicht unter-
Sombart, Die Juden
6
81
papiers aus dem talmudisch-rabbinischen Recht auch wahrscheinlich ist. Ich stelle im folgenden die Gründe zusammen, die, meiner Meinung nach, dafür sprechen. 1.
Bibel und Talmud kennen das ,,Inhaberpapier", und zwar in völlig einwandfreier Form. Die Stelle in der Bibel findet sich in Tobias und lautet (in De Wettescher Übersetzung) wie folgt:
4, 20. ,,Und nun zeige ich dir die 10 Talente Silbers, die ich niedergelegt habe bei Gabael, dem (Bruder) Gabrias zu Rages in Medien.."
5, 1. ,,Und Tobia antwortete und sprach: Vater, ich will alles tun, was Du mir geboten; 2. Aber wie werde ich können das Geld in Empfang nehmen, da ich ihn nicht kenne? 3. Da gab er ihm die Handschrift und sprach zu ihm: Suche Dir einen Mann, der mit Dir ziehe, und ich will ihm Lohn geben, während ich lebe, und so gehe hin, und nimm das Geld in Empfang."
9, 1. ,,Und Tobia rief Raphael und sprach zu ihm: .. ziehe nach Rages in Medien zu Gabael und hole mir das Geld." 5. ,,Da zog Raphael hin und kehrte bei Gabael ein und übergab ihm die Handschrift. Er aber brachte die Beutel mit den Siegeln und gab sie ihm."
Die bekannteste Stelle im Talmud (Baba batra Fo. 172) lautet (in Goldschmidtscher Übersetzung 6, 1398) so: ,,Einst wurde in einem Gerichtskollegium R. Honas ein Schein vorgelegt, in welchem es hieß: Ich N., Sohn des N., habe von dir eine Mine geborgt. Da entschied R. Hona: Von Dir, auch vom Exiliarchen, von Dir, auch vom König Sapor."
Die Anmerkung, die Goldschmidt dazu macht: ,,d. h. der Inhaber des Schuldscheins kann nicht nachweisen, daß er der Gläubiger ist und er braucht daher nicht bezahlt zu werden" verkehrt den Tatbestand genau in sein Gegenteil; wie Goldschmidt zu dieser seltsamen Auslegung kommt, die aller talmudischrabbinischen Jurisprudenz widerspricht, ist nicht einzusehen. Denn es ist gar nicht zweifelhaft, daß die Rabbiner während des ganzen Mittelalters die Rechtsform der Inhaberpapiere gekannt und aus der zitierten Talmudstelle abgeleitet haben. Damit berühre ich einen Punkt, den ich als zweites Argument für die Richtigkeit meiner Hypothese anführe: 2. Die Kontinuität der Rechtsentwicklung, die zweifellos für das jüdische Inhaberpapier besteht. Sowohl die nicht unterSombart, Die Juden 6
81
タルムード・ラビーン法からのパピエもあり得る。以下では、私見ではあるが、それを有利に物語る理由をまとめてみたい。
1 聖書とタルムードは「持参人払いの紙」を知っており、完全に完璧な形でそうしている。聖書の一節は『トビアス』にあり、次のように書かれている(De Wettescher訳)。
4, 20. "今、私がメディアのラゲスの(兄弟)ガブリエに預けておいた銀十タラントを見せよう"。
5:1 トビアは答えて言った、「父よ、わたしはあなたがわたしに命じられたことをすべて行います。003 そこで彼は原稿を渡して言った、「あなたといっしょに行く人を捜しなさい、わたしが生きている間に賃金をあげますから、行ってお金を受け取りなさい」。
9:1 トビヤはラファエルを呼んで言った、「メディア地方のラゲスに行き、ガバエルのところへ行って、金をもらって来なさい」。5、「そこでラファエルは行って、ガバエルのもとに泊まり、原稿を渡した。そして、封印のついた袋を持参し、彼に渡した。"
タルムード(Baba batra Fo.172)の最も有名な一節は、(ゴールドシュミット訳6、1398)このように書かれています。ある時、法廷でR.ホナに一枚のメモが提出され、そこにはこう書かれていた:私はN.の息子、N.はあなたから鉱山を借りました。そこでホナ師は、「あなたから、親しい人から、あなたからも、サポール王からも」と決定したのである。
これに対してゴールドシュミットが出したコメント。「すなわち、約束手形の所持者は、自分が債権者であることを証明できないので、支払いを受ける必要はない」というコメントは、事実を全く逆に変えている。ゴールドシュミットが、すべてのタルムード・ラビーン法学と矛盾するこの奇妙な解釈にどのように到達したかは、明らかではない。中世を通じてラビが無記名式の紙の法的形式を知っていて、引用したタルムードの一節からそれを導き出したことは全く疑わしくないからである。このことは、私の仮説の正しさを証明する第二の論拠として挙げた、2.ユダヤの無記名紙に間違いなく存在する、法的発展の連続性という点に触れるものである。ソンバート『ユダヤ人』6:1-2
聖書とタルムードは「無記名証券」を、それも完全に文句のつけようのないほどの形式で知っていた。聖書のなかの問題の個所は、聖書外典トビアス書のなかにある。
〈四章二十節〉 「ここでお前に、わしがメディアのラゲスに住むガブリアスの兄弟ガバエルに預けた十タレントの銀貨のことを教えよう」
〈五章一節〉 そこでトビアスは答えていった。 「お父さん、わたしはお父さんがお命じになることをすべて実行します
〈同二節〉 しかしわたしがその人のことを知らないのに、どうして金を受けとることができましょう」
〈同三節〉すると父は息子に、 証書を渡していった。 「お前と一緒に旅行するある男に頼むのだ。わしは生きているかぎりその男に報酬を与えるつもりだ。 さあ出かけて金を受けとってきなさい」
〈九章一節〉そこでトビアスはラファエルを呼び、こう語った。「メディアのラゲスにいるガバエルのもとにいき、わたしのために金を受けとってきてくれ」
〈同五節〉するとラファエルは、出発し、ガバエルのもとに宿泊し、彼に証書を渡した。 するとガバエルは、封印つきの財布をもってきてラファエルに渡した。
...
無記名証券は、ある地域のユダヤ人共同体からの迫害のうねりが過ぎ去るまで、財産を見えないようにすることを可能にした。無記名証券によってユダヤ人は、自らの貨幣を随意にどこかに預けて危険にさらされた瞬間に藁人形をつうじてそれを消し去ることが、あるいはそれまで彼らが占有していた痕跡をまったく残さずに自己の債権を移譲することが、できるようになった。
『トビトとアンナ』レンブラント・ファン・レイン、1626年
[失明したトビトと妻のアンナ]
トビト記
https://www.wikiwand.com/ja/%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%88%E8%A8%98
『トビト記』(Book of Tobit)は、捕囚の地に生きたトビトの物語。『トビト記』は教派によって扱いに違いがあり、ユダヤ教では外典として扱い、カトリック教会と正教会では旧約聖書続編(または第二正典)に加えている。また、プロテスタントでは聖書としてではなく、文学として扱っている。
物語は以下のようなものである。アッシリア捕囚で連れていかれ、ニネベに暮らすナフタリ族のトビトは善行を積んでおり、ある日、危険を顧みず殺されたユダヤ人の死体を埋葬した。穢れを嫌って庭で寝ているとすずめの糞が目におちて失明してしまう。さらにささいなことで妻をも疑ったことを恥じ、トビトは死を願う。同じころ、悪魔アスモダイのせいで夫たちが次々に初夜に死んでしまうことで悩む女性サラも死を願っていた。神はこれを聞いて天使ラファエルを差し向ける。その後、紆余曲折を経て、息子トビアの尽力でトビトの目はみえるようになり、トビアはサラについていた悪魔を追い出してサラと結婚した。
Tobias and Archangel | 100 Bible Stories
https://en.wikipedia.org/wiki/Book_of_Tobit
:Tobias Saying Good-Bye to his Father, William-Adolphe Bouguereau (1860)
:Departure of Tobias guided by the archangel Raphael; cutting from an initial I from a gradual by the Master of Noah's Ark: Cleveland Museum of Art (1390)
:Tobias and the Angel, Filippino Lippi, c.1472–1482:
トビアスと天使 (フィリッピーノ・リッピ) - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%93%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%A8%E5%A4%A9%E4%BD%BF_%28%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%94%29
概要
作品は、32.7 cm × 23.5 cm (12.9 in × 9.3 in) のサイズで、トビアスと大天使ラファエルの登場する旧約聖書の場面を描いている。トビト記では、盲目のトビトの息子であるトビアスが、借金を回収するためにニネベからエクバタナに送られる。大天使ラファエルは人間のアザリアの格好をして、トビアスの用事に同行するために派遣された。旅の途中で、天使はトビアスにティグリス川から魚を捕まえ、その胆汁を用いて、失明している父親の治療薬を作るように助言した。
2人の主人公は白い犬を伴い、木々と川、そして右側の高い塔のある風景の中を歩いている様子が描かれている。2人は腕を組み、金髪の頭部は互いに向かって傾いて、わずかに不安定な姿勢で歩いているところが表されている。青いガウンを身に着け、翼があるのがラファエルで、赤いマントをはおり、青いチュニックを着ているのがトビアスである。少年は左手に魚を持ち、天使は右手に治療法を作るために小さな金色の乳鉢を持っている。
トビアスと天使の主題は、借金の回収、病人の治癒、年長者から良い助言を受け、成人へと成長する青年、そしてキリスト(魚に喩えられる)と洗礼(ティグリス川の水に喩えられる)のテーマを組み合わせて、ルネッサンス期のフィレンツェの裕福な商人に人気があった。この主題はまた、商人の息子が貿易任務で遠くの場所に送られるという一般的な経験と共鳴していた。
歴史
父であったフィリッポ・リッピにより最初に画家としての訓練を受けたフィリッピーノ・リッピは、父の死後、1472年にサンドロ・ボッティチェッリの弟子となった。本作は初期の作品であり、アントニオ・デル・ポッライオーロとアンドレア・デル・ヴェロッキオの初期の作品と同様の構図を持っている。フィリッピーノ・リッピによる後の1485年ごろの絵画である『三人の天使と若いトビアス』は、トビアスが大天使ラファエル、ミカエル、ガブリエルを伴って、同様の場面を描いている。
。。
アンドレア・デル・ヴェロッキオ - Wikipedia1435~88
https://en.wikipedia.org/wiki/Tobias_and_the_Angel_(Verrocchio): Tobias and the Angel (Verrocchio)
Artist Andrea del Verrocchio (1470–1480)
オックスフォード大学の美術史家であるマーティン・ケンプ教授によれば、工房の弟子であったレオナルドが、トビアスの右手にある魚を描いた。一方でロンドンのナショナル・ギャラリー勤務のデイヴィッド・アラン・ブラウン氏は、大天使ラファエルの足元にいるふわふわとした毛並みの子犬が、レオナルドの手に拠ると主張している。
もしレオナルドの描画が認められるならば、本作はレオナルドが描いた現存する最初の絵画であるといえる。また、レオナルドは大天使ラファエルのモデルになったとも言われている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%93%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%A8%E5%A4%A9%E4%BD%BF_(%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AD%E3%82%AA)
トビアスと天使 (ヴェロッキオ)
| イタリア語: Tobiolo e l'angelo 英語: Tobias and the Angel | |
| 作者 | アンドレア・デル・ヴェロッキオ |
|---|---|
| 製作年 | 1470–1480年 |
| 種類 | ポプラ板に卵テンペラ |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー (ロンドン) |
『トビアスと天使』(トビアスとてんし、伊: Tobiolo e l'angelo)は、イタリアのルネサンス期の画家アンドレア・デル・ヴェロッキオ[1] の工房に帰属される、1470ー1475年ごろ[2] に完成した祭壇画である。ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。作品は、アントニオ・デル・ポライオーロによるトビアスと天使を描いたより以前の作品に類似している[3]。
オックスフォード大学の美術史家マーティン・ケンプによると、ヴェロッキオ工房の一員だったレオナルド・ダ・ヴィンチは、本作の一部、おそらく魚を描いた可能性がある[4]。ワシントンのナショナル・ギャラリーのデイヴィッド・アラン・ブラウンは、ふわりとした毛の小さな犬もレオナルドの手になるとしている。もしそうであれば、おそらくレオナルドの手の入った最初の現存する絵画となるであろう[5]。
脚注
- Wilson, Michael (1977). The National Gallery, London. London: Orbis Publishing Limited. p. 42. ISBN 0-85613-314-0none
- ^ “Workshop of Andrea del Verrocchio | Tobias and the Angel | NG781 | The National Gallery, London”. The National Gallery. The National Gallery. 2015年5月31日閲覧。
- ^ Brown, David Allan (1998). Leonardo da Vinci: Origins of a Genius-David Alan Brown- Google Books. New Haven and London: Yale University Press. pp. 47–50. ISBN 0-300-07246-5
- ^ Kemp, Martin (2011). Leonardo: Revised Edition-Martin Kemp-Google Books. Oxford: Oxford University Press. p. 251. ISBN 978-0-19-958335-5 2015年5月31日閲覧。
- ^ Brown, David Allan (1998). Leonardo da Vinci: Originss of a Genius-David Alan Brown- Google Books. New Haven and London: Yale University Press. pp. 47–56. ISBN 0-300-07246-5
Tobias and the Three Archangels
Source
http://www.catholictradition.org/Angels/archangel-michael5.htm
Date
15:35, 2 October 2009 (UTC)
Author
FRANCESCO BOTTICINI
Francesco Botticini (1446-1497), フランチェスコ・ボッティチーニ Francesco BotticiniのTobias and the Three Archangels コトバンク フィレンツェイタリアの画家。ベロッキオに師事。作風は F.リッピやボティチェリの混合した折衷 ... ボッティチーニ(英語表記)Botticini, Francesco di Giovanni ...
63.5×51.5cm | 油彩・画布 | プラド美術館(マドリッド)
Tobias and the Angel (TV Special 1939) - IMDb
63.5×51.5cm | 油彩・画布 | プラド美術館(マドリッド)
https://note.com/satonao310/n/nf3a66e5165a4
| ||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||
無記名証券の取引の客観性が天使ラファエルによって担保される。
~~
ゾンバルトは実質的にユダヤ人を評価している。
ゾンバルト再考
https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2022/09/blog-post_3.html @
他所者の無記名証券による隠匿―― ヴェルナー・ゾンバルトのユダヤ人観の一断面(1) 恒木 健太郎 序 ゾンバルトは単なる反ユダヤ主義者か
https://core.ac.uk/download/pdf/71798208.pdf
ける『ユダヤ人と経済生活』研究のレベルを引き上げたといってもよいだろう5。 本稿はこうした包括性をもつ『ユダヤ人と経済生活』の研究にさらなる厚みを加えることを目論むものである。ゾンバルトのユダヤ人論は、たしかに人種理論ときわめて近しい危険性をもったと評されるものであった。しかし、『ドイツ社会主義』段階をみてもゾンバルト自身は人種理論とは距離をとっており、「ユダヤ的精神」の排斥を主張はしても「ユダヤ人」そのものの排斥を主張はしていなかった。むろん、彼の「ユダヤ的精神」排斥論が人種理論に基づいていなかったとはいえ、その内容が読者にとっては人種主義的反ユダヤ主義と何ら変わらなかったはずだ、と批判することは可能であるし、その批判は正しいと思われる。しかし、本稿ではこの「ユダヤ人」排斥一辺倒のナチスとは異なる方向をゾンバルトがもっていたことを注視したい6。 というのも、『ユダヤ人と経済生活』を虚心坦懐に読んでいくと、反ユダヤ主義者であるヴェルナー・ゾンバルト、という定式では収まりきらない議論に遭遇するからである。第6章「経済生活の商業化」7 には、その典型ともいえる箇所が出てくる。ゾンバルトは近代資本主義の発展過程を「経済生活の商業化」とよぶ。その謂とは「あらゆる経済事象が商行為(Handelsgeschäfte)となること」であり、この中心機関とされるのが取引所(Börse)である。彼は商業化現象を「国民経済の取引所化(Verbörsianisierung)の過程」といい換えるほどに、「取引所」の機能を重視していた8。そのなかでゾンバルトがとくに重視したのが、取引所で売買される有価証券、とり
わけ無記名証券(Inhaberpapier)である。彼はその法形式の起源をユダヤ人に求める。その理由を彼は 6 つ挙げる。
1 聖書とタルムードのなかに無記名証券の法形式を知っていたことを示唆する記述があ る。
2 その法的発展に持続性がある。ユダヤ人がこの取引を絶えず実践しており、かつその実 践に対応したタルムード解釈が絶えず行われていた。
3 マムレ(Mamre)という白地証書、いい換えれば近代的無記名証券の先駆けともいえる 有価証券を発展させた。
4 16世紀のヨーロッパ各地における白地証券の出現はマムレをその起源とするのではな いか。つまり、ユダヤ人の関与によるものではないか。
5 ひたすらユダヤ人だけが無記名証券の法形式に関心を寄せた。
6 無記名証券の法形式が「ユダヤ法の精神」から導きだされる。ローマ法・ドイツ法にとってはそのきわめて内的な本質に基づけば未知の(fremd)ものである9。
ここで注意すべきは、この 6 つの理由は箇条書きではないということである。というのも、 ゾンバルトにとって1~4は「外面的に気づくユダヤ人と無記名証券との関連」を証明するも
のにすぎない。そしてそのすべてよりもはるかに重要な、ユダヤ人が無記名証券の父であると
、、
いう「必然的内的理由」を5と6で説明しているのである。したがって、1~4と5・6と分 かつ箇所の前後の記述のなかで、何が「外面的」で何が「内的」であるのかを知る必要がある。そこでこの周辺を検討すると、ゾンバルトが「アレクサンドリア出のユダヤ商人」の事例にと りわけ注目していることがわかってくる。その事例はシュトラッケという人物の保険論に即し て、以下のように紹介されている。
近代にふたたび無記名条項の適用された有価証券の最初のものに「、積荷が要求するところの(quas vocant caricamenti)」海上保険証書がある。いまやはっきりと伝えられているところでは、「いかなる他の人格であれ(o qual si voglia altera persona / et quaevis alia alia persona
/ sive quamlibet aliam personam)」[128頁]という諸々の定式的成句をまず最初に用いたのがアレクサ 、、、、、
ンドリア出のユダヤ商人であった、ということである10。
9
ibid., S. 81-91. 同上、122-135 頁。
10
ibid., S. 85. 同上、128-129 頁。なお、ゾンバルトが用いたシュトラッケの保険論の版は、参照頁番号と
の照合から以下のものだと考えられる。Stracchae, Benvenuto. Tractatus duo de assecurationibus, proxenetis, atque proxeneticis, Amstelodami, 1668, Glossa. VII, S. 29. ただし、この元版となるものは 16 世紀半ばに出てい る。この点についての詳細な報告は別稿に譲りたい。
― 4―
Archiv für Sozialwissenschaft und Sozialpolitik - 第 30 巻 - 659 ページ
Benvenuti Stracchae De assecurationibus tractatus: in quo praeter materiam ...
著者: Benvenuto Straccha
https://library.villanova.edu/Find/Record/1034331/Similar
Benuenuti Stracchae... De mercatura,... tractatus...
Benuenuti Stracchae... De mercatura,... tractatus... By Benvenuto Stracca. About this book. Terms of Service · Plain text.
D. Benuenuti Stracchae ic clariss. patritii Anconitani, ... In ...
D. Benuenuti <b>Stracchae</b> ic clariss. patritii Anconitani, ... In ...の画像
D. Benuenuti Stracchae i.c. clariss. patritii Anconitani, ... In egregii i.c. Aymonis Crauettae responsa annotationes. Front Cover · Benvenuto Stracca.
Stracca, Benvenuto | The Online Books Page
- http://onlinebooks.library.upenn.edu>lookupname>ke...
Stracca, Benvenuto: De mercatura decisiones et tractatus varii et da rebus ad eam pertinentibus : in quibus omnium authorum, precipua Benvenuti stracchae .
Obras de Stracca, Benvenuto, 1509-1578 - Pag. 1
- https://www.cervantesvirtual.com>obras>autor>strac...
Obras de Stracca, Benvenuto, 1509-1578 ( 1 ) Se listan todas las obras de este autor en la Biblioteca Virtual Miguel de ... Título: Benevenuti Stracchae .
シュトラッハと誤植
https://www.bible.com/ja/bible/1819/TOB.1.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3
トビト記 1
序
1トビトの物語の書。父はトビエル、祖父はハナニエル、更にアドエル、ガバエル、ラファエル、ラグエルとさかのぼるナフタリ族アシエルの家系にトビトは属する。 2トビトは、シャルマナサルがアッシリア人の王であったときにティスベの地で捕囚の身となった。ティスベは、上ガリラヤのケデシュ・ナフタリの南、アセルの北、西へ向かう道の後ろ、フォゴルの北にある。
トビトの信仰生活
3わたしトビトは、生涯を通じて真理と正義の道を歩み続けた。またわたしは、一緒に捕らえられてアッシリア人の地ニネベに行った親族や同胞の者たちのために多くの慈善の業を行った。 4わたしがまだ若くして故郷イスラエルにいたとき、父祖ナフタリの部族はこぞって先祖ダビデの家とエルサレムから背き離れた。このエルサレムはすべての部族のためにいけにえを献げる目的で、イスラエル全体によって選び出された町である。この町には神の住まいである神殿が代々限りなく続くようにと聖別され、建てられていた。 5親族全員と父祖ナフタリの一族は、北イスラエルの王ヤロブアムがダンで造った子牛に、ガリラヤの山々でいけにえを献げていた。 6しかし、イスラエル全体のため永久に守るべき定めとして記されているように、祭りのときには、わたしはただ一人、収穫と家畜の初物、家畜の十分の一、および羊の初刈りの毛を携え、足しげくエルサレムへ通った。 7そして祭壇に進み出て、それらの物をアロンの子孫である祭司たちに差し出し、穀物、ぶどう酒、オリーブ油、ざくろ、いちじくおよび他の果物の十分の一を、エルサレムで仕えているレビの子孫たちに与えた。別の十分の一を六年分金に換えて取って置き、毎年エルサレムに行って使うのであった。 8また三年ごとにはその金を孤児、寡婦、およびイスラエルの仲間に加わった改宗者たちに持って行って与え、モーセの律法が定めている規定に従って、共に食事をした。それはまた、祖父ハナニエルの母デボラが命じた掟でもあった。というのは、父が死に、わたしは孤児となっていたからである。
捕囚での生活と神の導き
9さてわたしは大人になったとき、先祖の家系から妻をめとり、彼女によって男の子をもうけ、その名をトビアと名付けた。 10わたしはアッシリアに捕囚の身となり、ニネベの町に連れて来られた。そこでは、親族、同胞の者たちは皆、異教徒の食事をしていた。 11しかしわたしは、心に固く決めて異教徒の食事はしなかった。 12そして、心から神のことを思っていたので、 13いと高き方は、わたしがシャルマナサル王の恵みと好意を得られるようにしてくださり、それでわたしは、王に必要な物を買い入れる役を与えられた。 14そこで、王の存命中、わたしはメディアに行って王に必要な物を買い求め続けたが、メディアの地方にいるガブリの兄弟ガバエルに、銀十タラントンの入った財布を預けておいた。 15しかし、シャルマナサルの死後、彼に代わってその子センナケリブが王となると、メディアに至る道は危険となり、わたしもメディアに行くことができなくなった。
トビトの善行と災難
16シャルマナサルの存命中、わたしは同族の者たちに慈善の業を行った。 17飢えた人々に食べ物を与え、裸の人々には着物を着せ、また同族のだれかの死体がニネベの町の城外に放置されているのを見れば、埋葬した。 18王センナケリブは、その犯した冒瀆のため、天の王である神の裁きを受け、ユダヤから逃げ帰って来た。そのとき、彼が殺した者がいたので、その人をも葬った。事実センナケリブは、怒りにまかせて多くのイスラエル人を殺害したのであるが、わたしはその死体をこっそり運んでは埋葬していたので、センナケリブが死体を捜しても見つからなかった。 19しかし、ニネベの一市民が王センナケリブに密告したので、わたしは身を隠した。王がわたしのことを知り、わたしは自分がお尋ね者として命をねらわれていることが分かったので、恐ろしくなって逃げた。 20財産はすべて没収されて王の宝庫に取り上げられ、わたしには妻ハンナと息子トビアだけが残された。
甥アヒカルの登用
21それから四十日もたたぬうちに、王はその二人の息子に殺された。しかし二人がアララトの山々へ逃れたので、センナケリブの別の息子エサルハドンが王位についた。そして彼は、わたしの兄弟アナエルの息子アヒカルを王国の財政管理者に任じたので、アヒカルは国務全体にわたって権力を持つようになった。 22そのアヒカルがわたしのことを王に釈明してくれたお陰で、わたしはニネベに帰ることができた。アヒカルは、かつてセンナケリブがアッシリアの王であったときに給仕頭、王の印章の管理者、かつ国務と財務の担当者でもあったので、エサルハドンは再度彼をその任に就かせたわけである。しかもアヒカルはわたしの親戚で、甥に当たっていた。
https://www.bible.com/ja/bible/1819/TOB.4.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3
トビト記 4
トビト、トビアを諭す
1その日、トビトはメディア地方ラゲスにいるガバエルに預けておいたお金のことを思い出した。 2そして心の中で言った。「わたしは死ぬことを願い求めた。死ぬ前に、息子トビアを呼んで、このお金のことについて告げておかねばなるまい。」 3そこで息子トビアを呼び寄せ、こう言った。「わたしを手厚く葬ってくれ。母親を敬い、母が生きているかぎり、見捨ててはならない。母親の前では、その喜ぶことをなし、何をするにしても、母の心を悲しませてはいけない。 4わが子よ、お前が母親の胎内にいたとき、母が多くの危険に遭ったことを忘れてはいけない。母親が死んだら、わたしと並べて同じ墓に葬りなさい。
5わが子よ、生きているかぎり、主をいつも覚えておくのだ。罪を犯したり、主の戒めを破ったりしようとしてはならない。命あるかぎり、正義を行いなさい。悪の道を歩んではならない。 6なぜならば、真理を行うなら人はすべてその行いのゆえに栄えることになるからである。すべて正義を行う人々には、〔 7お前の財産のうちから施しをしなさい。施しをするに際しては喜んでするのだ。どんな貧しい人にも顔を背けてはならない。そうすれば、神もお前から御顔を背けることは決してなさらないだろう。 8お前の財産に応じて、豊かなら豊かなりに施しをしなさい。たとえ、少なくても少ないなりに施すことを恐れてはならない。 9そうすることで、お前は窮乏の日に備えて、自分のために善い宝を積むことになるのだから。 10施しをすれば、人は死から救われ、暗黒の世界に行かずに済むのである。 11施しは、それをするすべての者にとっていと高き方の御前にささげる善い献げ物となる。
12わが子よ、すべてのみだらな行いから身を守りなさい。何よりもまず、先祖たちの家系から妻をめとりなさい。父の部族でない他のところからめとってはならない。なぜなら、わたしたちは預言者の子孫なのだから。わが子よ、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブなど、わたしたちのいにしえの先祖たちを心に留めておきなさい。彼らはすべて、同族の中から妻をめとり、子宝に恵まれた。そしてその子孫が約束の地を受け継いできた。 13わが子よ、同族の者たちを愛しなさい。そして、お前の同族や同胞の息子、娘たちより自分の方が偉いなどとおごり高ぶって、彼らのうちから妻をめとらないと言ってはならない。なぜなら、おごり高ぶれば、破滅を招き、秩序は大いに乱れる。無為に時を過ごせば、財産を失い、ひどい欠乏に陥るから。怠けることは飢えにつながるのだ。
14働いてくれた人にはだれにでも、すぐにその場で賃金を支払いなさい。支払いを翌日に延ばしてはならない。そうすればお前が神に仕えるとき、神は報いてくださるであろう。わが子よ、何をするにせよ、十分に注意し、あらゆる点で、教えが身に付いていることを示しなさい。 15自分が嫌なことは、ほかのだれにもしてはならない。ぶどう酒を酔うまで飲んではならない。また、酔うことが習慣となってはならない。 16飢えている人に、お前の食物を、裸の人にはお前の衣服を分け与えなさい。余分なものはすべて施しなさい。施しをするときは喜んでしなさい。 17正しい人々を埋葬するときは、そこで宴を設けなさい。しかし罪人たちの場合には、そうしてはならない。
18思慮深い人からは忠告を求め、有益な忠告はどんなものも軽んじてはならない。 19いかなるときにも主なる神をほめたたえなさい。お前の道がまっすぐであるように、またお前のすべての歩みと計画がうまくいくように、神に求めなさい。すべての国民が導きを得るのではないのだから。〕主は、正しい導きを与えてくださるが、人を陰府にまで落とすこともおできになるのだ。わが子よ、これらの戒めを心に覚え、忘れ去ることのないように。
20さてわが子よ、今お前に伝えておこう。メディア地方ラゲスに住むガブリの子ガバエルに、わたしは十タラントンの銀を預けてある。 21わが子よ、わたしたちが貧乏になったことを心配してはならない。もし神を畏れ、あらゆる罪を避け、主なる神の前に喜ばれることをするなら、お前は多くの良きものを得ることになる。」
https://www.bible.com/ja/bible/1819/TOB.5.%E6%96%B0%E5%85%B1%E5%90%8C%E8%A8%B3
トビト記 5
トビアの返事
1そこでトビアは父トビトに答えて言った。「お父さん、わたしにお命じになった事はすべて行います。 2でも、その銀をどうやって手に入れたらよいのでしょうか。彼はわたしを知らないし、わたしも彼を知りません。どんな証拠の品を渡せば、彼はわたしがあなたの子であると認め、わたしを信じて銀を返してくれるでしょうか。またメディアに行く道も、わたしは知らないのです。」
3トビトは息子トビアに答えた。「ガバエルは自筆の証文を作り、わたしもそれに署名した。そして、それを二つに分け、おのおのが証文の一方を受け取った。彼は証文の半分と共に銀も受け取った。今はもう、銀を預けてから二十年になる。わが子よ、だれか一緒に行ってくれる信頼できる人を見つけなさい。その人には帰って来るまでの期間の報酬を与えよう。さあ行ってガバエルからその銀をもらって来なさい。」
天使ラファエルとの出会い
4メディアまでの道に詳しく、一緒に行ってくれる人を探しに、トビアは外に出た。出てみると、天使ラファエルが目の前に立っていた。しかしトビアには、神の使いであることが分からなかった。 5そこでトビアは尋ねた。「若者よ、あなたはどちらの方ですか。」ラファエルは答えた。「わたしはイスラエル人で、あなたの同族の者です。仕事を見つけにここに来ました。」トビアは更に尋ねた。「メディアに行く道をご存じですか。」 6ラファエルは答えた。「はい、わたしは度々メディアに行っており、どの街道もよく知っています。メディアに行ったときに、その地方のラゲスに住むわたしたちの同族のガバエルの家に何度か泊まったこともあります。エクバタナからラゲスまでは二日の道のりです。ラゲスは山岳地帯にあり、エクバタナは平野の真ん中にあるからです。」
7トビアは言った。「若者よ、わたしが家に入って父に報告する間、ここで待っていてください。ぜひ一緒に行っていただきたいのです。もちろん報酬は差し上げます。」 8ラファエルは言った。「ここで待っていましょう。ただあまり長くならないようにお願いします。」
9そこでトビアは家に入り、父トビトに告げた。「イスラエル人で、しかも同族の人を見つけました。」トビトは言った。「その人をここに呼んできなさい。わが子よ、彼がどの部族の出で、どの家系に属するのか、また、信頼してお前と一緒に行ってもらえる人なのかを知りたいのだ。」
10そこでトビアは外に出て、ラファエルに言った。「若者よ、父があなたを呼んでいます。」ラファエルが入ってトビトのもとに行くと、先にトビトが挨拶をした。ラファエルは、「あなたに多くの喜びがありますように」と答えた。しかしその言葉を受けてトビトは言った。「わたしに何の喜びがありましょうか。わたしは目が見えず、天の光を見ることができないのです。もう二度と光を見ることのない死人のように、暗闇の世界にいるのです。生きていても、死人たちの世界にいるようなものです。人の声は聞こえますが、姿は見えないのです。」ラファエルは言った。「元気を出しなさい。間もなく神があなたをいやしてくださいます。元気を出すのです。」
そこでトビトは言った。「わたしの息子トビアはメディアに行こうとしています。一緒に行って道案内をしていただけませんか。兄弟よ、報酬は差し上げます。」ラファエルは答えた。「一緒に行きましょう。わたしはどの街道もよく知っています。メディアに行き、その地方の平野を歩き回りました。山岳地帯とその辺りの街道もよく知っています。」 11トビトは更に尋ねた。「兄弟よ、あなたはどの家柄、どの家系に属しているのですか。教えてください。」 12ラファエルは言った。「なぜ家系を知る必要があるのですか。」トビトは答えた。「わたしは、あなたがだれの子であり、何という名前なのか、事実を知りたいのです。」 13そこでラファエルは答えた。「わたしはあなたの同族の一人、偉大なハナニアの子アザリアです。」 14トビトは彼に言った。「兄弟よ、御無事を祈ります。わたしがあなたの家柄や素性を知りたいと願ったことで、腹を立てないでください。あなたはわたしの同族で、優れた血筋の方です。わたしは偉大なセメリアの二人の息子ハナニアとナタンをよく知っておりました。彼らはよくわたしと共にエルサレムに行き、一緒に礼拝をしたものです。彼らは、道を踏み外すことのない人々でした。あなたの同族はすばらしい人ばかりです。あなたの先祖もすばらしい人々です。元気で行って来てください。」 15トビトは続けて言った。「わたしは、あなたに一日一ドラクメの報酬を支払い、そのほか、息子と同様に必要な物は差し上げます。息子と一緒に行ってください。 16報酬をはずみましょう。」ラファエルは言った。「息子さんと共に参りましょう。御心配には及びません。危険のない旅ですから、わたしたちは元気で行って戻って来ます。」 17トビトは言った。「兄弟よ、あなたに祝福がありますように。」
旅の準備と母の悲しみ
それから彼は息子トビアを呼んで、言った。「わが子よ、旅の仕度をし、同族のこの人と出かけなさい。天の神が、かの地でお前たちを守り、無事にわたしのもとに戻してくださるように。わが子よ、神の使いが道々お前たちと共に歩み、無事に旅をさせてくださるように。」トビアは旅路につくため家を出て、父と母に口づけした。トビトは言った。「元気で行って来なさい。」
18しかし母は泣き悲しんで、トビトに言った。「なぜ息子を行かせるのですか。彼はわたしたちの手の杖として、いつもわたしたちのそばにいてくれるはずではなかったのですか。 19それほどお金が大切なのですか。息子の命に代えられるものではありません。 20わたしたちは主によって生かされているのですから、今のままで十分です。」 21そこでトビトは彼女に言った。「心配するな。わたしたちの息子は元気で出かけ、また無事に戻って来る。再び元気でお前のもとに戻って来る日に、お前は彼に会えるのだ。あの二人のことは心配するな。恐れるな。 22神の使いが息子のよい同伴者となってくれるから、旅は順調にいき、息子は元気で戻って来るにちがいない。 23 」
トビト記 9 | 新共同訳 聖書 | YouVersion
トビト記 9
ラファエル、ラゲスへ旅する
1さてトビアはラファエルを呼んで言った。 2「兄弟アザリア、四人の召し使いと二頭のらくだを連れてラゲスに行き、ガバエルのもとに赴いて証文を渡し、銀を受け取って来てください。また、ガバエルを婚礼の席に連れて来てください。 3-4ご存じのとおり、父は指折り数えてわたしの帰りを待っています。一日でもわたしの帰りが遅れれば、それだけ父は心配します。しかしラグエルがわたしに誓ったこと、またわたしがその誓いに逆らえないことも、ご存じのとおりです。」
5そこでラファエルは四人の召し使いと二頭のらくだを連れてメディアの地ラゲスに行き、ガバエルのところに泊まった。そしてガバエルに証文を渡し、トビトの子トビアが妻をめとり、ガバエルを婚礼に招待している旨を告げた。するとガバエルは立ち上がり、封印のしてある袋の数をラファエルの前で数え、それらをひとまとめにした。 6そして翌朝、一緒に早く起き、婚礼の場に向かった。二人がラグエルの家に入ると、トビアが席に着いていた。トビアはすぐに立ち上がり、ガバエルに挨拶をした。ガバエルは泣いて喜び、トビアを祝福して言った。「あなたのお父さんは、正しく立派で憐れみに富んでおり、進んで施しをする人です。あなたも立派な人です。主があなたとあなたの妻、そしてあなたの父上、あなたの妻の母上に、天よりの祝福をお与えくださいますように。神をほめたたえましょう。あなたは、わたしのいとこのトビトにそっくりです。」
無記名証券の最初期の証言
同伴者は天使だったという話
トビト書紀元前3〜2世記述
#11
第十一章 ユダヤ教の経済生活に対する意味
わたしはここに一つの特別な章を設けてユダヤ民族の宗教を考察し、これが資本主義の形成にあずかったユダヤ人の業績にきわめて大きな意味をもっていたことを証明しようとした。そのときまずわたしの念頭にはっきりと浮かんだのは、せまい枠のなかで比較的くわしくユダヤ人問題のこの側面を取り扱えば、他の「客観的」な様々な状況と並んで、宗教の説明をする重要性が、実際に正しく認められるようになるのではないか、ということであった。
だがその次に、宗教問題を別個に論ずるときは、その記述にあたって、適用さるべき全く独特な方法が求められるように思われた。
最後にこうした論述内容のまとめが適当だと思われたのは、宗教そのものがすでにはっきりと、特別な精神の流れ、つまり主観的独自性の表現であるように思われる以上(もちろんここでは、まだこのことをそれほどくわしく論述するわけにはいかないが)、宗教が信者の経済的態度に与える影響は、もはやすでに純粋に客観的な状況設定の範疇の下では理解されえないという事情があるからである。他方、個々の人間が生まれながらにしてとりこまれている宗教組織は、この者にとって現に確実に与えられている「客観」なのである。そしてたとえば、宗教的義務の実施が、それに付随して、経済的な実践活動になんらかの作用を及ぼすことはある意味では、ちょうどこれときまった法律の状態から出てくる作用のように、客観的な原因として、数えられることになろう。
しかし結局、宗教の組織そのものが、多くの場合ユダヤ民族の外的な運命の定めであれ(われわれが強調した「客観的状況」にあたる)、はたまたユダヤ人の一定の特性であれ、とにかく原因として現われるであろう。したがって宗教はいわば客観的能力と(なんらかの)主観的な能力の根拠の中間に立っており、そのためわたしが本章のなかで示すものは、本書の構成のなかで特別な場所を占めるに値するであろう。
#11:7
Ⅶ ユダヤ教とピューリタニズム
わたしがすでにこれまでに何回ものべたように、マックス・ヴェーバーが行なった資本主義にとってのピューリタニズムの意義に関する研究は、わたしのユダヤ研究を大いに刺激した。それというのも、とりわけ資本主義の発展にとって意義あるピューリタニズムの主な理念が、実は、ユダヤ教のなかで、一層きびしく、そして当然のことながら、はるか早期に形成されていたという印象を受けたからである。わたしはここでは、この見解がどのくらい正しいかをきめ細かく立証することができない。もしそうした仕事に取り組むならば、わたしはこの章全体の成果を、ヴェーバーが苦労して引きだしたピューリタニズムの根本理念と比較せねばならないであろう。しかしこうした比較は、少なくとも、ここで調査されている状況のもとでは、ユダヤ教の考え方と、ピューリタニズムの考え方の事実上ほとんど完全な一致が明らかにされるに違いない。すなわち、宗教的関心の優位、試練の考え、(とくに!)生活態度の合理化、世俗内的禁欲、宗教的観念と利益獲得への関心との結合、罪の問題の数量的なあつかい、その他もろもろの事柄が両者にあっては全く同一なのである。
とくに重要な点をことさらとりあげるならば、性愛の問題に対する独特の立場と性的交渉の合理化は、ユダヤ教とピューリタニズムの両者では、全く細部にいたるまで同一である。わたしはアメリカ、フィラデルフィアの一流ホテルの客室で、プリントされた次のような掲示を見た。 「尊敬すべきお客様、ご婦人と仕事の打ち合わせをなさるときでも、ご婦人がいらっしゃる間は、客室のドアは開放しておくよう是非お願いします」
そしてタルムード(キドゥシン 八二a)では次のように表現されている。 「婦人と仕事をする者はだれしも、婦人とだけ一緒にいてはならない……」 イギリスの日曜日は、ユダヤの安息日であることを両者の比較がすぐに教えてくれる、等々。
それに、ユダヤ教とピューリタニズムの内的関係──たとえこれで十分だというほどの成果が現われなくとも──は、別の面で、研究の対象になった。ジョウ・G・ダウの「ユダヤ人とピューリタン」(「ジュー・コータリー・レヴュー」第三巻〔一八九一〕五二および次頁以下)がそれである。また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムとユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したいと思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなかでたずねる。「ユダヤ人ではないのか?
彼らの名前は、いたるところで聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教ではなかろうか?」
ピューリタニズムはユダヤ教である。
ヴェーバーとわたしの記述に基づけば、両者の精神的関連、いやそればかりか両者の精神的一致を確定させることは、もはやそれほど困難ではないと思われる。
一層困難なのは、他の問い、すなわち「ユダヤ教によるピューリタニズムの外面への影響を証明できるか?」、さらに「あるとすれば、たとえばどんな種類の影響か?」という二つの問いに答えることである。宗教改革時代に、ユダヤ教と多くのキリスト教の宗派との間に形づくられた密接な関係はよく知られているし、当時ヘブライ語やユダヤ教の研究が、流行の学問として愛好されたことも周知の事実だ。しかし、とりわけ十七世紀にユダヤ人がイギリス人、とくにピューリタンに熱狂的に尊敬されたことも、よくわかっている。それはたんに、オリヴァー・クロムウェルのような指導者の宗教的な考え方が、全く旧約聖書を足がかりにしていたということばかりではない。クロムウェルは、旧約聖書と新約聖書との和解、ユダヤの神の民と、イギリスのピューリタンの神の会衆の内面的結合を夢見ていたのだ。ピューリタンの説教師ナサニエル・ホームズ(ホメシウス)は多くの預言者の文言にしたがって、ユダヤ人に平身低頭してつかえるために、ユダヤ人の従者になることを切望したほどだ。公的生活と教会の説教は、まさにイスラエル的色彩を帯びていた。もし国会議員の演説がヘブライ語でなされたりしたら──さすがにこれはなかったが──人々はまるでわが身がパレスチナにおかれたような気持ちになったであろう。一切平等論者は、自ら「ユダヤ人」と称し、国が法律でトーラーを断固としてイギリスの規範なりと宣告することを望んだ。クロムウェルの将校たちは、彼にユダヤの模範組織シンヘドリストの構成員の数にならって七十人のメンバーからなる国家評議会をつくるよう提案した。一六五三年の議会には、トーマス・ハリソン将軍が議席を得たが、彼は再洗礼派で、自分の宗派とともにモーセの律法がイギリスに導入されるという事態が実現するのを望んだ。一六四九年には日曜日の安息日を土曜日におきかえる提案がなされた。「ユダヤの獅子」は、連戦連勝のピューリタンの旗印であった(75)。だがそれとともに、その頃は旧約聖書のみならず、ラビ文献がキリスト教の聖職者とキリスト教の平信徒のサークルで、熱心に読まれていたという事実がある。したがってピューリタンの教義が、ユダヤ教の教義から直接導かれたということも十分にありうる。このことをはっきりさせるためには、教会史の専門家の努力を待たねばならないだろう。ここでは、いくつかの指摘を行なうだけに甘んじなくてはなるまい。
最後にわたしは一六〇八年に刊行された奇妙な小冊子に注意を喚起したい。この本の内容は、おそらく対症療法的といってもよく、その頃支配的であったピューリタニズム(あるいはカルヴィニズム)の考えとユダヤ教を互いに結びつけた密接な精神的な共通性を示していた。小冊子のタイトルは『カルヴァン的なユダヤ人の鏡』で、三三頁にわたってこの二つの宗教共同体の関係を次のような愉快な語り口であつかっている。
ゾンバルト英訳
http://gesd.free.fr/sombjews.pdf
It is called, Der Calvinische Judenspiegel. (the Calvinistic Jewish Mirror), and on page 33 a comparison is drawn between the two religions in the following ...
there appeared a German publication entitled Der Calvinische judenspiegel ... guishable, that Shylock is the judenspiegel in which Christian society may.
他の人はこちらも検索
It is called, Der Calvinische Judenspiegel. (the Calvinistic Jewish Mirror), and on page 33 a comparison is drawn between the two religions in the following ...
nem 1506 erschienen Judenspiegel, alle jüdischen Schriften zu verbrennen, um damit ... geblichen Versuch unternommen, das calvinistische Bekenntnis ...
2011/2/5 -W roku 1608 pojawiła się książeczka "Der calvinische Judenspiegel", którą cytuje Werner Sombart - "Jeżeli mam pod przysięgą podać dowód i ...
Pfefferkorn, Johannes (1507): Der Juden Spiegel. ... Griesing, Beate, Jürgen Klein & Johannes Kramer (1988): J. H. Alsted, Herborns calvinistische.
Abaddon: Dancksagungsschreiben an diejenigen calvinischen Couran- tiers etc. 1722. Abaelard. 1845 — Henriette Knaeusel. ... Justus, Dr.; Judenspiegel.
Der Calvinisch Judenspiegel. Paderborn. 1603. * D. Haymonis Comment in Psalmos. Sine anno & loco. * Aristeae Historia de LXX. Interpret. Translatione
「わたしが宣誓した上で、なぜわたしがカルヴァン派となったかその理由と真の原因をのべよと命ぜられたとすれば、わたしは、すべての宗教宗派のなかで、カルヴァン派ほどユダヤ教と調和するものがないという事実にひたすら心が動かされたからだと告白せねばなるまい。またわたしがカルヴァン派になった理由は何かという疑問への回答は、両者の信仰と生活の同一性に基づいている。〔ここにかかげられた理由の一部は真面目であり、また一部は皮肉めいている〕
ユダヤ人はマリアの名を憎み、ただマリア像が黄金製または銀製であるとき、あるいはマリア像が貨幣の面に刻印されているときだけ、これを愛する。われわれも何もマリアの名前をもはや大げさにあがめたりしていない。しかし、マリア像の刻印されたグロッシェン貨幣や、クローネ貨幣をわれわれは、喜んで頂戴し、たとえ金銀の貨幣がその後小売店で使われるようになろうとも、これを大いにあがめて貯めておく。
ユダヤ人は民衆を欺くために、あらゆる国に御輿を据えている。われわれとても同じである。だが後にわれわれは、祖国を離れて他国に赴く。それというのも、われわれが策略と巧智を駆使し、いかさま専門の流浪者のように、愚劣な連中を迷わし、欺き、いいなりにさせるためだ。われわれは新しい土地では知られておらず、それに利口なのだから……」 というわけである。
(1) M・ラザルス『ユダヤ人の倫理』(一九〇四) 六七、八五頁、その他 (2) ヘルマン・コーエン『ユダヤ倫理学の問題』。これは、ついでながらいっておくが、ラザルスのユダヤ倫理学に対する痛烈な批判である。なお「ユダヤ人の歴史と学問のための月刊誌」第四十三号三五八と次頁以下、三九〇と三九一頁を見よ。 (3) 「オラーハ ハイーム」八節 (4) F・ヴェーバー『古代シナゴーグの神学』(一八八〇) 二七三頁に引用されている。 (5) I・ヴェルハウゼン『イスラエルとユダヤの歴史』 三四〇頁 (6) グレーツ『ユダヤ人の歴史』第二版 第四巻 四一一頁。さらにそこでは当然のことながら、たしかに一面的かつ楽観的ではあるものの、タルムードとそのユダヤ人に対する意味についてのすばらしい評価がみられる。 (7) J・フローマー『ゲットーから近代文化へ』(一九〇六) 二四八頁 (8) M・カイザーリンク『クリストファー・コロンブスとユダヤ人の関与』第四巻(一八九四) (9) 『ロスチャイルド家』初版(一八五七) 一八九頁 (10) ここは聖書の歴史、したがって近代の聖書批判の成果にきめこまかく取り組む場所ではない。そこでわたしは入門書として役立つようないくつかの著作を膨大な文献からとりだしてみることで満足したわけだ。まずツィッテル『聖書の発生』第五版(一八九一)、次にモーセの五書については、とくにアーダルベルト・メルクス『モーセの五書とヨシュア』(一九〇七)、および、E・マイヤー『ユダヤ教の発生』(一八九六) (11) L・W・フランケンベルク『旧約聖書の簡易解釈』のなかで、D・W・ノヴァックにより翻訳され、かつ解明された「箴言集」第二書第三巻第一部。この本(一六頁)には「賢智の書」について文献報告が見受けられる。また今のところ参考にしてほしいのは、アンリ・トラボー『モーセの律法 その起源と発達』(一九〇三) 七七と次頁以下である。トラボーはホクマをきびしい律法を緩和する試みの一つとしてとらえた。 (12) これに反し、物事を分解、解明しようとするヘレニズム精神の殺到と、旧来のユダヤ教の戦いが今日ではユダヤ教の立場からくわしくあつかわれている。それはフリートレンダー『ユダヤ護教論の歴史』(一九〇三)だ。この時期のキリスト教神学的な記述はたくさんある。 (13) タルムードに関する文献は当然大図書館をいっぱいにするほどある。したがって、わたしは初歩研究に向いているいくつかの著作の名をあげるのにとどめる。そのなかでもとくにすぐれているのは、H・L・シュトラックの労作『タルムード入門』第四版(一九〇八)だ。この労作はくわしい参考書目録をのせている。次にとくにタルムードの「義務論」についての文献では(われわれの目的にとってとくに取り上げられるべきものとして)、包括的な労作であるザロ・シュタインの『タルムード道徳のための材料』(一九〇四)がある(よくタルムードを知っている者からは、その文献解題が疑問視されてはいる)。最近ではタルムードのみならず、聖書や後世のラビの文献にも旺盛な精神力で取り組んだJ・フローマーの興味深い著書『ユダヤ教の組織』(一九〇八)がある。これはフローマー自身によって企画されている大がかりで実用的なタルムードの用語索引の入門書として役立つであろう。次にとくにきめこまかく資料に取り組み、これを概括的な方式でまとめた、やや古い時代の宗教史的な労作として言及すべきものに、まずE・シューラー『イエス・キリスト時代のユダヤ民族の歴史』第三巻がある。第一巻(再版一八九〇)は、三節に、きわめてつっこんだ資料目録を含んでいる。その他の一般的なユダヤ人の歴史──とくにグレーツの著作──はユダヤの宗教文献への便利な入門書である。 (14) すでにタルムードの翻訳にみられるようなシュルハン・アルフの便利な翻訳は今のところまだ現われていない。依然として頼りにされているのはレーヴェの翻訳(一八三七)だが、これは不完全だし、それに偏向しすぎている(この翻訳の新版は全く無価値な通俗的すぎるまずい仕事である)。シュルハン・アルフとともにオラッハ・ハイム、ヨーレ・デーアに関するラビのレーデター師の著述(再版一九〇六、初版一九〇〇)があるが、これは完全に独訳されていない。 シュルハン・アルフについての近代語による文献は、ほとんど全部がパンフレットのような性格をもっており、反ユダヤ主義者たちはこれを好んで論争のための材料として利用している。そこでユダヤ人の学者たちは、反ユダヤ主義のパンフレット作者たちからの攻撃につねに反撃しなければならないと感じている。ともあれ、この関係の文献をあげれば、A・レヴィン『ユストゥス博士のユダヤ人の鏡』(一八八四)、D・ホフマン『ユダヤ人と異教徒との関係についてのシュルハン・アルフおよびラビたちの見解』(一八八五)がある。 そういうわけで、客観的、学問的な記述はあまりないということになる。だがシュルハン・アルフにはタルムード同様にたいへんきめこまかく取り組む価値があるだろう。この面できわめて厳密に学問的な性格をもっていると思われる唯一の労作は、わたしの知るかぎり、S・ベックの論文「十五世紀から十八世紀にいたる時期のユダヤ人の宗教史的文献」(一八九三)である。またヴィンター・ヴュンシェが執筆した『正典完結以後のユダヤ文献』二巻もある。この本は、すべての解釈と応答聖歌とともに著作集と補遺を含んでいる。材料が膨大なのに、本自体がいかにもこぢんまりとしていることからしても、この本はもちろん本質的にはたんなる素描の域を出ていない。 (15) パウル・フォルツ『ダニエルからアキバにいたるユダヤの終末論』(一九〇三) (16) ヒュルスト『タルムードとミドラシュの伝承に従う旧約聖書の正典についての探究』(一八六八) (17) L・シュテルン『イスラエル人が離散したさいに遵守せねばならなかったトーラーの規則──学校と家庭のための宗教の教科書』第四版(一九〇四) 二八と次頁。他の類書の典型と見なされるこの本は、きびしいユダヤ教の信者の現代の考え方を表わしており、ラビのヒルシュ師や、地方担当ラビ、ヒルデスハイマー師によって承認されている。わたしは今後もしばしばこの本に言及するつもりだ。 (18) ユダヤ神学の独断論が不可能であることについては、たとえば、ラビのS・マンドル『ユダヤ教の本質』(一九〇四) 一四頁がある。マンドルは、この問題を当然のことながら全く箴言風にあつかった。F・グートマン『ユダヤ教のドグマ形成』(一八九四)に準拠している。参考すべきは、この他、S・シュレヒター「ユダヤ教の教理」(これは「季刊ユダヤ評論」第一号〈一八八九〉と次頁以下、一一五と次頁以下に出てくる)である。周知のように、モーゼス・メンデルスゾーンは、その作品『エルサレム』において、はじめてユダヤ教はけっしてドグマではない、という見解を鋭く表現した人であった。 (19) シュテルン 前掲書 五、六頁 (20) J・デリンガー『異教』(一八五七) 六三四頁 (21) ルティルス・ナマティヌス「帰還について」はテオドール・ライナッハ「ユダヤ教に関連するギリシア、ローマの著述家の文章」(「ユダヤ教誌」第一号〈一八九五〉 三五頁)にのっている。 (22) シュテルン 前掲書 四九頁、S・R・ヒルシュ『ユダヤ人の義務』第四版(一九〇九) 七一一節 (23) F・ヴェーバー『古代シナゴーグの神学』(一八八〇) 四九頁。ヴェーバーはまさしく契約に即したユダヤ教の側面を、もっとも鋭く表現した。本書テキストの記述はこの点においては彼の労作に大きく依存している。さらに出典個所もしばしばこの労作に準拠した。 (24) 『アボト』二巻のはじめ(グレーツの翻訳による) (25) 出典はF・ヴェーバー 前掲書 二七〇と次頁以下、二七二と次頁以下 (26) F・ヴェーバーの補足 前掲書 二七〇と次頁以下、二七二と次頁以下 (27) R・J・アルボ『イカリムの書──モーセの宗教の基礎的宗教論』(十五世紀のもの)。独訳者はW・シュレージンガーとL・シュレージンガーの二人(一八四四)。四六と次章以下。この本ではこの問題があらゆる方面にわたって論じられている。アルボのこの本にはわたしが知るかぎり、もっともくわしい報復説の記述が見られる。 (28) S・R・ヒルシュ『ディアスポラにおけるユダヤ人の義務についての討論』第四版(一九〇九)十三章。とくに一〇〇と一〇五節 (29) J・F・シュレーダー『タルムードとラビのユダヤ教』(一八五一) 四七頁 (30) グレーツ『ユダヤ人の歴史』第二版 第二巻 二〇三と次頁以下、それに注釈の一四。新しい(キリスト教関係の)文献からは、J・ベルクマン『新約聖書時代のユダヤ教護教論』(一九〇八) 一二〇と次頁以下。古代ユダヤ教の教義については、I・ヴェルハウゼン『イスラエルとユダヤの歴史』第十五章 (31) H・ドイッチュ『タルムードとミドラシュの見解に基づくソロモンの箴言』初版の序論(一八八五) (32) J・F・ブルッフ『ヘブライ人の賢智の教え』(一八五一) 一三五頁 (33) ラビ・シナイ・シッファー『コヘレトの書──タルムードやミドラシュなどの賢人の見解に基づく』第一部(一八八四) (34) ノモクラティアへのユダヤ教の発展については、すべての宗教史関係の著作、それに多くの一般史的な著作でも、十分な解明を与えてくれる。たとえば、I・ヴェルハウゼン『イスラエルとユダヤの歴史』二五〇頁、三三九と次頁以下、グレーツ『ユダヤ人の歴史』第二版 第四巻 二三三と次頁以下、第二版 第五巻 一七四と次頁以下があげられる。さらに、ミュラー、シューラー、マルティらの有名な労作がある。 (35) ラビ・S・マンドル『ユダヤ教の本質』(一九〇四) 一四頁 (36) S・R・ヒルシュ『イスラエル人の義務』第四版(一九〇四)四四八節 (37) 類似の一連の箴言をタルムード、ラビ関係の文献からまとめた本がある。それはS・シャッファー『タルムードの道徳論、法律論に基づく法とその道徳に対する地位』(一八八九) 二八と次頁以下 (38) この個所をM・ラザルス『ユダヤ教の倫理学』(一九〇四) 二二頁からとりあげたわけだが、彼は「神聖というのは、衝動的な人間のいき方を克服することだ」というユダヤの道徳(とりもなおさず宗教)の教えの根本思想をうまく浮き彫りにしている。もちろん、ユダヤ教の倫理学をカントの倫理学と同一視するというきわだった偏向がみられないことはない。 (39) キドゥシン 三〇六 B一六a (40) シャッファー『タルムードの道徳論、法律論に基づく法とその道徳に対する地位』(一八八九) 五四頁、で訳出されている。 (41) ヒルシュ・B・ファッセル『タルムードの道徳論と法律論』(一八四八) 三八頁に訳出されている。 (42) J・アルボ『イカリムの書』 二四と次頁以下でくわしく論じられている。 (43) S・ベック『ユダヤ人の宗教史上の文献等』(一八九三)のまえがき (44) M・ラザルス『ユダヤ教の倫理学』(一九〇四) 二〇と次頁以下 (45) L・シュテルン『トーラーの規則』第四版(一九〇四) ナンバー一二六 (46) R・ナータン『倫理学』第二十一章 五頁 (47) G・F・オーラー『旧約聖書の神学』第三版(一八九一) 八七八頁 (48) M・ラザルス『ユダヤ教の倫理学』四〇頁。ラザルスはこの根本原則を(ベルリンのユダヤ人支持団体の一つである)「ミーシャン・ヤベリム」の二つの支払いに関する風習の分析によって明らかにした。 (49) R・ナータン『倫理学』第六版 第十六章 翻訳本では、七六頁 (50) L・シュテルン『トーラーの規則』(一九〇四) ナンバー一二七のa (51) ユダヤの宗教書で労働が賛美されている個所。L・K・アミタイ『ユダヤの法に基づく社会学』(一九〇五) 九〇と次頁以下 (52) S・R・ヒルシュ『イスラエル人の義務』(一九〇四) 四四八節 (53) S・R・ヒルシュ 前掲書 四六三節 (54) L・シュテルン 前掲書 二三九頁 (55) S・R・ヒルシュ 前掲書 四四三節。ほとんど同じ文言を用いているのが、シュテルン 前掲書 ナンバー一二五、一二六他 (56) J・フローマー『ゲットーから近代文化へ』(一九〇六) 二五と次頁以下 (57) ラビ・ナハマン『イゲレット・ハ──コデシュ』はまず一五五六年に刊行され、ガファレリによってラテン語に訳された。グレーツ『ユダヤ人の歴史』第二版 第七巻 四六頁 (58) S・R・ヒルシュ 前掲書 二六三節、その他二六四、二六七節を参照のこと。 (59) これらの数字は、フーゴー・ナータンゾーンによってまとめられた。ユダヤ人の私生児誕生については「ユダヤ人の民主主義と国家についての雑誌」第六号(一六一〇) 一〇二と次頁 (60) ジーグムント・フロイト『神経症についての小著作集』続編(一九〇九) (61) ホッペ博士「ユダヤ人の犯罪とアルコール」(「ユダヤ人の民主主義と国家についての雑誌」第三号〈一九〇七〉 三八と次頁以下、四九と次頁以下)。H・L・アイゼンシュテット「ユダヤ人の社会衛生のルネサンス」、これは「人種と社会生理学のための文庫」第五号(一九〇八) 七一四と次頁以下にのっている。L・ハイニッセ「ユダヤ人にみられる人種病理学とアルコール中毒症」これは前述の雑誌六号(一九一〇) 一と次頁以下 これまでユダヤ人がアルコール依存症、および梅毒にかからないようにしてきた源泉が実際に宗教であったことが、確かめられている。たとえば、流入してきたばかりの(したがって外国から来た)ユダヤ人と、元々の住民との症例の比較をした病院の例をみるがよい。このことを、ツァードック・カーン博士がパリで行なっている。 (62) I・ヴェルハウゼン『イスラエルとユダヤの歴史』 一一九頁 (63) キケロ『フラッコ擁護論』 二八頁 (64) モムゼン『ローマ史』第五版 五四五頁 (65) フェリックス・シュテーリン『古代の反ユダヤ主義』(一九〇五)にまとめられている。ライナッハ『フォンテス』参照。 (66) J・ベルクマン『新約聖書時代のユダヤ教護教論』(一九〇八) 一五七と次頁以下 (67) グレーツ『ユダヤ人の歴史』第二版 第五巻 七三頁 (68) グレーツ 前掲書 第二版 第五巻 三二一頁 (69) グレーツ 前掲書 第六巻 一四〇と次頁以下、一六一頁 (70) J・ハイクルがこのほどまとめた古代ユダヤ法における利子の立法の記述を参照してほしい。その題名は「旧約聖書による利子の禁止」となっている(O・バルデンヘーヴァー編「聖書研究」第十二巻 第四号〈一九〇七〉)。 (71) シュモッラー編「探究」第一五二巻でホフマンによってふたたびまとめられた多くの応答聖歌を参照してほしい。 (72) 参照してほしいのは、たとえば、ヒルシュ・B・ファッセル『タルムードの道徳論と法律論』(一八四八) 一九三と次頁以下、E・グリューネバウム『他宗教に対するユダヤ人の道徳論』第二版(一八七八) 四一四と次頁以下、同著者による「ラビの観念に基づく異邦人」(これはガイガー編の「ユダヤ人に関する雑誌」第九巻と第十巻にのっている)、D・ホフマン『シュルハン・アルフとラビたちなど』(一八八五) 一二九と次頁以下、M・ラザルス『ユダヤ教の倫理学』一四四と次節以下。 これらの記述はすべて驚くほど不完全だ。部分的には著者たちが色めがねをかけて偏向したまま書いていると信じたくなる。たとえばラザルスが異邦人に対するユダヤ人の義務を、その『倫理学』の第三章で書いているくだりは、たしかに彼のヒューマニズムの精神が立派なことを示すものの、歴史の真実を勝手に歪曲している。自分が擁護している見解とは逆のことを示すすべての資料の個所をあっさりと無視するのはどうもいただけない。 (73) 「天国の審判官の前に現われるとき、人間はなによりもまず『お前は業務上の交際のさいに公正、誠実であったか?』とたずねられる」(サブ・三一a)。このタルムードの文章は彼が、信頼と信仰に関係のある資料の個所について論ずるとき、まずは彼の著作のモットーとしてかかげられた。ラビ・シュタルク『聖書とラビの商法』(私家版)
(74) グレーツ『ユダヤ人の歴史』第十巻 六二と次頁以下、八一頁
(75) グレーツ『ユダヤ人の歴史』第九巻 八六と次頁以下、二一三と次頁以下、第十巻 八七と次頁以下、A・M・ヒャムソン『イギリスにおけるユダヤ人の歴史』(一九〇八) 一六四と次頁以下、「季刊ユダヤ評論」第三号(一八九一) 六一頁
~~~
ハイネ選集 14 告白 回想
78頁(49コマ)
譬喩と引例とによつて、教えられ得るものなのである。
すでに宗教改革以来、聖書がその住民たちの上に教化的影響を及ぼし、そして彼等の風
習や、考え方や、心情に、あの約新約聖書のなかに示されているパレスチナの生活の
印を押した國々を見ることは、ものをよく見る思想家たちにとつては驚歎すべき見もので
あろう。ヨーロッパの北部やアメリカでは、特にスカンジナビヤやアングロサクソンの
一般にゲルマンの、それにいくらかは又ケルトの国々では、パレスチナ風が非常に普及し
ているので、そのためそれらの国々では、ユダヤ人のなかへ連れて行かれたように思える
くらいだ。例えばプロテスタントのスコットランド人、彼等はヘブライ人でないだろうか
? ~~彼等の名前はどこへ行つても聖書的だし、彼等の宗教的欺瞞はどこかイェルサレ
ム的、パリサイ的にさえひゞくし、そして彼等の宗教は豚肉を食うユダヤ教ばかりである。
北ドイツの多くの地方や、デンマークについても同様である。舊約的生活を杓子定規に猿
真似する合衆國のたいていの新しい組合については、全く言うがものはない。 舊約的生活
はこゝではあたかも金屬板寫眞器で寫されたようで、輪廓は恐ろしく正確だ。が、すべて
がひどく灰色で、あの約束の地 (カナンのこと者)の明るい色調に缺けている。だが戯
畫はやがて消え、そして純粋な、不滅な、そして眞實のもの、すなわち昔のユダヤ教の道
徳性が、かつてのジョルダンの岸邊や、レバノンの山上と全く同じように、いとも見事に
それらの国々にも咲き出るだろう。美良であるためには棕梠や駱駝を要しない、そして善
良であることは美よりもいいことだ。
78
~~~
ヴェーバーは、職業統計および信仰統計の示す事実に基づいて、近代的企業における資本家および企業経営者のうちプロテスタントによって占められている数字はカトリック教徒よりも著しく高い比率を示していることをつきとめ、近代資本主義とプロテスタンティズム、とくにカルヴァン派の考えとの間に深い因果関係があることに着目した。
これに対しゾンバルトは、禁欲的なプロテスタントは当初は世俗的現世的な資本主義をむしろ憎んでおり、したがって、経済活動には冷淡であったとする。たしかに、プロテスタントはその後迫害を受け、とくに新大陸などに移住させられた者は彼らに許された唯一の活動分野である経済界で活動せざるをえず、これが、その土地の資本主義の発展に貢献したと彼はみている。しかも、そのさい模範となったのは以前から資本主義に適応する構えをみせていたユダヤ人であり、こうした意味からも資本主義の元祖はユダヤ人であるとゾンバルトは説いたわけだ。
これに対するヴェーバーの反論はきびしかった。ヴェーバーによれば、たしかにユダヤ教では同胞に対する対内道徳と異邦人に対する対外道徳の二元的対立があり、異邦人からの利子の徴収が認められたし、これに関連して租税請負、各種の国家金融が是認された。しかし、これは要するに貧民資本主義であって西欧で発生したような合理的資本主義ではない。その証拠に近代経済組織の創設者である大企業家のなかには、ユダヤ人はほとんどいないし、製造業者が登場したもののそれは最近のことである。ユダヤ人が合理的資本主義の成立に関してなんら貢献しなかったことは、彼らが同業組合の外にいたことからも明らかである。また、ユダヤ教の掟を集めたタルムードが示すようにユダヤ固有の倫理は特殊な伝統主義であり、敬虔なユダヤ人は経済活動であれ何であれ一切の革新を忌避するが、これでは資本主義の発展を助長しなかったのは当然である。このようにヴェーバーは、いわば資本主義の発展に関してはユダヤ人を重視したゾンバルトの立場を批判した。これは、もとをただせばゾンバルト、ヴェーバー両者が資本主義の精神について見解の相違があったからだろう。
ヴェーバーのいう資本主義の精神は、資本家(企業家)層と賃金労働者層、すなわち、近代経済社会の基幹部分をなす二つの社会層のどちらもが抱いている共通の心的態度であったが、ゾンバルトの資本主義の精神は資本家、企業家、つまりブルジョワの精神であってプロレタリアの精神ではなく、また、同じ企業家でもあまり近代的タイプとはいえず、それだけにユダヤ人がその先駆的存在となった高利貸しや平民的な小売商人や手工業者の営利欲まで小粒ながらも企業家のはしくれが抱く資本主義の精神と見なしたからである。それ故にゾンバルトにしてみれば、何も近代的大企業ではなく、こうしたささやかな「資本主義的」企業を促進したユダヤ人の功績を評価したともいえよう。
ルヨー・ブレンターノ(一八四四─一九三一年)は、さらにきびしくゾンバルトを批判した。彼はドイツの国民経済学のなかでも社会政策理論の代表者で、労働組合運動の鼓吹者として知られた大学教授であったが、ゾンバルトの『ユダヤ人と経済生活』を批判するためにわざわざ「ユダヤ民族と資本主義」という論文を著した。そして、そのなかで彼はユダヤ民族は、本来、ゾンバルトのいうような「商業民族」ではなく、むしろ「農耕民族」であったからけっして真の意味における資本主義の担当者ではなく、また、「資本主義の精神」もまったく他の起源より発展したもので、ユダヤ人は逆に資本主義の発展のさかんな地方に引き寄せられ、それが衰えた場合には他へ退去していったことを具体的な資料を示しつつ反論した。
彼によれば、ユダヤ人は砂漠の人、都会の人でなく北方民族同様の森の人となるわけで、商人的企業家的特性は一切なくなるわけだ。
ところで、現在のゾンバルトはどのように評価されているのであろうか? ひとくちにいえば、死後五十年を迎えた一九九一年あたりから豊富な知識に基づく明解な彼の理論を再認識しようという動きが欧米各国でみられるようになった。本国ドイツでも『近代資本主義』『ブルジョワ』をはじめ『恋愛と贅沢と資本主義』(一九一三年)、『三つの国民経済学』(一九三〇年)、それに晩年の大作『人間について』などの著作が、最近次々と再版されるようになった。
~~
Die Anfänge des modernen Kapitalismus, 1913
ブレンターノ「ユダヤ民族と資本主義」
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1061419
1941
『近世資本主義の起源』ブレンターノ
田中善次郎訳
・ 標題
・ 目次・ 原著者序言/1~6p
・ 一 近世資本主義の起源/1p
・ 二 商業と資本主義/71p
・ 三 清教主義と資本主義/147p
・ 四 ユダヤ民族と資本主義/227p
~~~
ヴェーバーは生産中心主義的、かつ人格主義的。
![]() |
ヴェルナー・ゾンバルト (Werner Sombart)

ドイツ歴史学派 最終世代の筆頭ともいうべきヴェルナー・ゾンバルトは、なんだかんだで歴史学派をシュモラーの保守的で規範的な重みから引き離した。その伝統から歴史学派が離れるにあたって、ゾンバルトの初期のマルクス主義的著作 (1894, 1896, 1902)――これは、マルクス派創始者に関する大ヨイショ研究を二本 (1895, 1909) 含んでいた――はかなりの役割を果たした。
でも後の作品で、ゾンバルトはもっと保守的で愛国的になり、やがてはモロにナチ的な立場となる。この転向は、ゾンバルトがドイツのアカデミズム界の端っこにいすぎたために、高い学問的な役職を得るためには政治的によく見られないとイケナイ、と思ったということなのかもしれない (やがて 1917 年にベルリン大学で、ヴァーグナー と シュモラーの後釜となった)。あるいは、一部の人に言わせると、ゾンバルトは根っからのドイツ「ロマン愛国派」でしかなかったということになる――このため英雄なら何でも崇拝して、それが工場のワークブーツをはいていようと、プロシアの軍靴をはいていようと構わなかったのだ、というわけ。ゾンバルトにおいては、事業家はすぐに褒められ、その後は軍事労働者、そして後には「総統閣下」も。これに対して、その著作のほとんどを通じて「ブルジョワ」は視点こそ異なれ、一貫しておとしめられた。ゾンバルトの誇張に満ちた華やかな書きッぷりは、確かにこっちの説明の傍証にはなってる。
ゾンバルトの後の著作は、誇大な文体と同様にその中身の面でも、経済学世界の内外を問わずあまりよい評判を獲得はしなかったけれど、でも華やかにはちがいなかった。ヴェーバーと同じくゾンバルトもマルクスをひっくり返そうとしていた。ゾンバルトによれば、資本主義のルーツは経済的な現実からきたのではなく、ある思想からきている――それは理性と自然の支配という 啓蒙主義的な理想だ。かれがこれを主張したのは、かれが最高潮にあった Modern Capitalism none(1902) でのことだった。この本はいまでも、社会学者やフェルナン・ブローデルのような「全歴史」系 (アナール派) 学者には傑作とわれている。とはいえ、この本もゾンバルトらしく、経済的・歴史的な中身の点では怪しげで調査もきちんとしていないけれど、でも最若年歴史学派の手法的な原理はこの論考で説明されている。それはシュモラー的な現実的、規範的帰納主義から離れて、後にシュピートホフが「経済学的様式」と呼ぶ記述主義的研究の萌芽を含んでいる。
ゾンバルトの 1911 年の著作は、資本主義的な貪欲さとその成功の原因は、中欧・北欧でのユダヤ人の拡大と台頭にあるとしている――これはそれをプロテスタンティズムに求めるヴェーバーの有名な説と真っ向からぶつかるものだ。このユダヤ人に関する著作では、だれも味方につかなかった――ユダヤ人とリベラル派はそれが粗雑な反ユダヤ文書だと考え、反ユダヤ主義者や保守派は、それがユダヤ人をほめすぎだと考えた。学者たちはおおむね、この本の参照文献が(挙げられていたとしても)怪しげで、研究としての価値はない、と考えていた。でもゾンバルトの本は、残念ながら大変によく売れた。この本が一般に与えた影響力は、ひたすら残念としか言いようがない。それは当時ヨーロッパでだんだん広まりつつあった、ステロタイプ的な狡猾なユダヤ資本主義者という歪んだイメージに、経済的、人種的、哲学的、歴史的な「証拠」を与えてしまったわけだ。
後の著作 (1913) で、ゾンバルトはまた方針を変えた。こんどは、交易や都市の発達と資本主義とを関係づけようとしたのだ――これはずっと意味ある論考で、もっと最近でもアンリ・ピレネーなどの経済史家が似た発想を展開している。でも、ゾンバルトはそのとんでもない想像力を抑えられなかった。ある時点で、ゾンバルトは資本主義を女のせいにしようとした――というか、暇な中産階級の女が台頭してきて、それが豪華な贈り物を男たちにねだって買わせ、結果として男たちは資本主義的な貪欲精神を育んだ、というわけ。
1915 年に、ゾンバルトはとうとう完全なロマン派的愛国主義を全開にして、Hä:ndler und Heldennone でイギリスをむちゃくちゃに攻撃している。続いて、完全にはっきりと親ナチ的な Deutscher Socialismus(1934) が刊行された。この恥ずかしい著作は、ナチの教科書として広く頒布され、ゾンバルトの混乱した生涯の頂点ではあった。
ヴェルナー・ゾンバルトの主要著作
- Friedrich Engelsnone, 1895.
- Socialism and the Social Movementnone, 1896.
- Modern Capitalismnone, 3 vols, 1902-27.
- The Life Work of Karl Marx none, 1909.
- The Jews and Modern Capitalismnone, 1911. (pdf)
邦訳 ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』(安藤勉訳, 荒地出版社, 1994.) - Die Zukunft der Judennone, 1912
- Der Bourgeois: the Quintessence of Capitalismnone, 1913.
邦訳:ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』(金森誠也訳, 講談社学術文庫, 2000.) - Krieg und Kapitalismusnone, 1913.
邦訳 ゾンバルト『戦争と資本主義』(金森誠也訳, 論創社, 1996.) - Studies in the History of the Development of Modern Capitalismnone, 1913.
- Der Bourgeois: zur Geistesgeschichte des modernen Wirtschaftsmenschennone, 1913.
- Hä:ndler und Heldennone, 1915.
- German Economy in the 19th Centurynone, 1921.
- Die Drei National&oml;konomiennone, 1930.
- Deutschen Socialismus: A New Social Philosophynone, 1934.
ヴェルナー・ゾンバルトに関するリソース
- "Review of Sombart's Jew and Modern Capitalismnone" by Max Kohler, 1912, AERnone
- "Review of Sombart's Die Zukunft der Judennone" by E. A. Goldenweiser, 1912, AERnone
- "Review of Sombart's Studiesnone, Vol. I" by Dana C. Munro, 1913, AERnone
- "Review of Sombart's Der Bourgeoisnone" by Dana C. Munro, 1914, AERnone
- Werner Sombart and the History of the Economic Base Conceptat Univ. Washington
- Sombart page at McMaster Archive
- Short Bio of Sombart
- Sombart timeline
- Contents of Werner Sombart, Social Scientistnone at Metropolis-Verlag
ゾンバルトはユダヤ教について以下のように貨幣と結びつけて考えていた。
企業家とは,「事業への関心」にもとづいて,一方では労働者の教育や個別企業間の革新的結合を主導する「組織者」 として,他方では計算・投機・交渉の才能に長じた「商人」として機能しつつ,企業における利潤の極大化を実現しようとする人物に他ならず,そうした彼らの経済活動を根底で支えているのは,「知性」と「道徳」という固有の内面的な気質であった。
ゾンバルトは,このような資本主義的企業家像と,感覚,感情を排し,もっぱら抽象性ないし知的主知主義的な合理的解釈だけを信奉する 「現代の」ユダヤ人企業家たちとの間に強い親和性があることを指摘し,さらに「目的志向性」,「可動性」,「適応能力」といったユダヤ人に独特の「諸特性」が,資本主義的企業家の本性に完全に符合するものであることを強調する。
「ゾンバルトにおける資本主義 的企業家像の構成と『ユダヤ人的特性 』」 奥山 誠『政經論叢』75(1-2): 225-262 より引用
忘れ去られた経済学者① ヴェルナー・ゾンバルト | 遠い真実へと向かう夜の旅
忘れ去られた経済学者① ヴェルナー・ゾンバルト
近代資本主義のはじまりについて語られるときに必ず出てくるのが、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』である。
通称、プロ倫。
多くの学者が、この説を踏まえないと社会学や経済学などの学問領域において近代資本主義を論じられないと考えている。
そもそも、史学などの文系の領域であっても、学問というものは科学的な手法で研究されている。
学界、とくに日本の学会においては、論文の書き方において恐ろしいほど形が決まっている。
先行研究を挙げて・・・研究対象を絞って・・・論拠を挙げて、結論に導く。
確かに「科学」の論証の手法ではこのようにするのが正しい。
しかし、欧米のように、本質的なことや全体的なことを論じたり、異端の説を唱えたりがしにくい。
日本の学界とは、このような閉鎖的な研究空間なのである。
学界から、この説は間違いであると決定付けられてしまったら、黙殺され、歴史の中に埋まるしかないのだ。
さて、プロ倫の話に戻るが、この説が主流になったのにも「陰謀」のようなものがあったと思えてならない。
ヴェルナー・ゾンバルト(1863-1941)というドイツの経済学者がいた。
彼はマックス・ウェーバーとも親交があったが、ゾンバルトは後にナチスお抱えの経済学者となり、歴史的には汚名を負っている。
企業家とは,「事業への関心」にもとづいて,一方では労働者の教育や個別企業間の革新的結合を主導する「組織者」 として,他方では計算・投機・交渉の才能に長じた「商人」として機能しつつ,企業における利潤の極大化を実現しようとする人物に他ならず,そうした彼らの経済活動を根底で支えているのは,「知性」と「道徳」という固有の内面的な気質であった。ゾンバルトは,このような資本主義的企業家像と,感覚,感情を排し,もっぱら抽象性ないし知的主知主義的な合理的解釈だけを信奉する 「現代の」ユダヤ人企業家たちとの間に強い親和性があることを指摘し,さらに「目的志向性」,「可動性」,「適応能力」といったユダヤ人に独特の「諸特性」が,資本主義的企業家の本性に完全に符合するものであることを強調する。
https://odamitsuo.hatenablog.com/entry/20161222/1482414014
これらの大半は私も本連載111を始めとして繰り返し書いてきたように、偽書である『シオン賢者の議定書』に基づくユダヤ人陰謀説の色彩が強い著作や論考だと見なしていい。このような「同じ分野に開拓の鋤を打ち揮ふ拓士として」、長野が「その第一に選んだのが本書の翻訳であった」のだ。原書は一九一一年刊行の『ユダヤ人と資本主義』だが、実際に翻訳されたのは
第一篇の「近代的国民経済に於けるユダヤ人の役割」
だけで、
第二篇「資本主義に対するユダヤ人の適格性」、
第三篇「如何にしてユダヤ的本質は成立したか」
はその下巻として翻訳予定だったようだが、実際には刊行されなかったはずだ。
長野訳の「原著者序文」によれば、ゾンバルトは『近世資本主義』(岡崎次郎訳、生活社、昭和十七、八年)の増補改訂後、ユダヤ人問題へと突き進んだという。それはマックス・ウェーバーのピューリタニズムと資本主義との関係のよってきたるところが、「ユダヤ人の宗教の理念圏からの借り物」ではないかと思われたからだ。そしてユダヤ人の歴史がたどられ、近代資本主義経済、文化生活に対するユダヤ人が果たした影響が吟味されていく。しかし現在の資本主義経済体制にあっては非ユダヤ人もよりよくそれに適応し、ユダヤ的影響の減少を見ている。「即ち資本主義的企業は(今日の大銀行に就て考へても見よ!)も早や以前の特殊な商人的性質と同様には命令しない所の官僚主義的管理へと段々に変形されて行つたのである。即ち官僚主義は商業主義の地位に入り込んで来たのである」。
これがゾンバルトが示している原著『ユダヤ人と資本主義』のラフストーリーだと思われるが、邦訳は第一篇だけなので、後半のユダヤ的影響の減少から官僚主義への移行を伝えていないことになる。それゆえに邦訳では「近代的国民経済構成に於けるユダヤ人の役割」だけがクローズアップされる結果をもたらしている。長野にしてみれば、それが翻訳の目的であっただろうが、原書を等身大に捉えていなかったことを告げている。ゾンバルトは晩年に、マルキストからナチスへ接近したと伝えられているけれど、同書出版時にはそのような立場になかったはずだからだ。












































返信削除ユダヤ人と経済生活 (講談社学術文庫) 文庫 – 2015/6/11
ヴェルナー・ゾンバルト (著), 金森 誠也 (翻訳)
5つ星のうち3.5
当文庫版あとがき部分ですが
「ゾンバルトは遺作【人間について】の中で”人間の価値は、血による遺伝素質より、むしろ精神力にある”と説いている」
という記述があります
学びの多い、名著です
もっと少なく読む
6人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
違反を報告する
Amazon カスタマー
5つ星のうち4.0 興味深い翻訳、だけどだったら。。。。
2015年7月3日に日本でレビュー済み
本書では、貿易、金融においてユダヤ人が西欧の経済を牽引した諸事例を豊かに語る。かのコロンブスに大航海の資金援助、いやそれどころかコロンブスさえもユダヤ系ではないか、と。
17世紀のハンブルグ、ヴェネチア、オランダの貿易にはユダヤ人の明らかで圧倒的な存在を事例で語る。
アメリカがその設立以来、著者の時代に至るまでユダヤ人に牽引されてきた象徴的な事例として、C・ルーズベルトの演説を挙げる。ルーズベルト曰く、アメリカの発展はユダヤ人のおかげだった、と。係数に強く、投機的な行動を厭わないユダヤ人のスタンスは、それなくしては西欧、北米、南米でその後の発展はなかった。
ゾンバルトの同時代ではウェーバーが突出していて、日本では長年、ウェーバーの言うことの正しさを理屈付けるために社会科学があったような時代があった。。ゾンバルトはいわば敵役で、粗雑な思考が災いして、「几帳面な」ウェーバーの後塵を拝して当然だ、と言うなんだか、几帳面が,粗雑に勝つ、みたいなつまらな~い、話しが罷り通っていた。
しかし本書は現代において読むと寧ろ違和感がない。資本主義の軌道に乗り出した20世紀初頭では、まだ「セイの法則」が罷り通る初期資本主義だったわけで、到底ユダヤ資本主義の意義を論じれる状況ではない。ヒットラー以前でも明らかにあったユダヤ人差別の中で、ユダヤ人が表舞台に出れないとしても、同じ時間空間を生きた非ユダヤ人が、ユダヤの商法から影響を受けなかったと論じるウェーバーの議論は差別的視点さえ感じる。本書の訳者も言う通り、現代のマスコミ、金融で圧倒的な力を有するユダヤ人を考えれば、なんでプロテスタントの倫理を先に検証するか分からなくなるだろう。ウェーバーの「プロ倫」の冒頭で、納税額と人口比率で圧倒的に高いとして新教を指摘しいたが、あの資料でも最高位は実はユダヤ人だが、ウェーバーは一言も触れない。
ゾンバルトはもっと自然な議論として、ユダヤ人を検討している。投機的精神、貿易実務の熟練、金融オペレーション技術等々、カルヴァン派の資本主義の起源の根拠がせいぜい吝嗇と勤勉にしかないのに、ユダヤ人は遥かにスキルのうえでも「起源」の説得性が高い。ゾンバルトは恋愛や戦争が資本主義を牽引したとしており、これは明らかに仮想的有効需要をつくり出さないと「もたない」資本主義の本質を突いている議論だった。
だけど、本訳書は驚いたことに、肝心の「有価証券」の章を完全に割愛している。有価証券の運用こそ、ユダヤ人の資本主義への多大な貢献であって、これなくして近代資本主義は論じるに値しない。なぜこの翻訳を割愛したのか。
一方で、本書には批評的な発言が随所にあって、その何と無くイージーな感じは、的外れでなくても、几帳面な日本人の学者は嫌うと思う。だけど、ウェーバーだって、欧州に住んでいれば体感的に分かる話を後知恵的に、「蟹が甲羅に合わせて穴を掘った」ようなことを言っている訳で、なんでもっとフラットに他のゾンバルトやシュモラーを見てあげないのかな、と思う。そうすることで、ウェーバーの価値は却って高まると思う。
翻訳は明快で読みやすく、過不足ない解説や注は見事。繰り返すが割愛部分が残念。
もっと少なく読む
48人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
違反を報告する
Amazon カスタマー
5つ星のうち5.0 超オススメの一冊
2021年3月3日に日本でレビュー済み
ユダヤ人と資本主義との関わりを様々な観点から分析した大変興味深い本である。特に近世において強国であったポルトガル・スペインが衰退し、オランダ、そしてイギリスへとその流れが移って行く現象をユダヤ人の移動と関連づけて説明をしている箇所(私が今まで疑問に思っていた事象だったのでこれには大満足)、又、ユダヤ民族とユダヤ教の特異性そのものが資本主義の発達に大きく貢献していると解説している箇所などは圧巻である。文庫本化に伴って割愛された多くのページが読めないのは大変残念であるが、将来の改訂版では是非追加して完全本として出版してもらいたい。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
違反を報告する
totoro
5つ星のうち1.0 一番肝心な部分がおまへんねん
2016年5月24日に日本でレビュー済み
親ユダヤ主義者ゾンバルトの代表作。世間知らずのヴェーバーと違って、中世の世界でユダヤ人がどのような位置に置かれていたかを実に豊富な資料を駆使しながら、「資本主義はユダヤ人が産みだした」という主張を展開していく。資本主義の創始者としてのユダヤ人は見方によって「戦争の犬」であり、品性を欠くもので、本書の主張には問題があるというべきだが、ユダヤ人に心酔している著者にとっては、それは正にユダヤ人の「特性」であった。
ただ、惜しむらくは、その豊富な資料、著者の主張を証明する一番骨格の部分である第6章と第7章が割愛されているため、面白くもなんともない本になってしまっている。この本を読んで「ゾンバルト」を読んだなどと思わない方がいい。たとえ古書であっても、6章と7章が入ったものをお奨めする。
51人のお客様がこれが役に立ったと考えています
文庫版では割愛された第六章にユダヤ人の無記名証券の先駆を証言する記述があった。
返信削除旧約聖書外典トビト書からの引用だ。
〈四章二十節〉 「ここでお前に、わしがメディアのラゲスに住むガブリアスの兄弟ガバエルに預けた十
タレントの銀貨のことを教えよう」
〈五章一節〉 そこでトビアスは答えていった。 「お父さん、わたしはお父さんがお命じになることをす
べて実行します
〈同二節〉 しかしわたしがその人のことを知らないのに、どうして金を受けとることができましょう」
〈同三節〉すると父は息子に、 証書を渡していった。 「お前と一緒に旅行するある男に頼むのだ。わし
は生きているかぎりその男に報酬を与えるつもりだ。 さあ出かけて金を受けとってきなさい」
〈九章一節〉そこでトビアスはラファエルを呼び、こう語った。「メディアのラゲスにいるガバエルの
もとにいき、わたしのために金を受けとってきてくれ」
〈同五節〉するとラファエルは、出発し、ガバエルのもとに宿泊し、彼に証書を渡した。 するとガバエ
ルは、封印つきの財布をもってきてラファエルに渡した。
単行本123頁
六章、七章を割愛した文庫版は大分価値がなくなった
122:
返信削除B
イツの法律では、いかなる意味をもっていたかを人々が熟知していたことを指摘するにとどめよう。
こうした条項は、請求の譲渡ができないことをおぎなう上で役立ち、さらに訴訟にさいし債権者の
代理者を出すことを可能にした。これは明らかに、現代の無記名証券の根底にある客観化の理念と
はいささかの関係もない考え方である。
(1)
少なくとも、とても文句のつけようがないとはいえないこの考え方に対して、 第三の仮説をもち
だすことが可能だろう。これは、わたしの知るかぎりでは、かつてタンツェが多少言及したが、ゴ
ルトシュミットとサルヴォーリらによって、簡単に葬られ、これまでだれもまじめに探究してこ
なかった仮説だ。その仮説とは、近代の無記名証券は、本質的にはユダヤ法に基づいている、とい
うものだ。
近代の「債務証書」が実は、慣習法に基づいて発生したことを想起するならば、このような仮説
もありうることは疑いの余地がない。強力にユダヤ人の要素が浸透している商人たちによって実用
に供せられるようになった債務証書は、必然的に裁判の判決に、そしてたとえばこれに基づいてネ
ーデルランドの条令によって定められた法のなかにもたらされたらしい (重要なアントウェルペンの
一五八二年の法令については後述する)。
ここで問題になるのは、近代の無記名証券を実際にタルムード〔ユダヤ人の法典] ラビ[ユダヤ
教の牧師、法律学者〕的な法律から確実に誘導できるかということだ。それと是認できるような
様々な根拠をここに列挙しておこう。
①聖書とタルムードは「無記名証券」を、 それも完全に文句のつけようのないほどの形式で知っ
ていた。
聖書のなかの問題の個所は、聖書外典トビアス書〔神への信頼、おきてへの忠誠、それに隣人愛に
B
返信削除イツの法律では、いかなる意味をもっていたかを人々が熟知していたことを指摘するにとどめよう。
こうした条項は、請求の譲渡ができないことをおぎなう上で役立ち、さらに訴訟にさいし債権者の
代理者を出すことを可能にした。これは明らかに、現代の無記名証券の根底にある客観化の理念と
はいささかの関係もない考え方である。
(1)
少なくとも、とても文句のつけようがないとはいえないこの考え方に対して、 第三の仮説をもち
だすことが可能だろう。これは、わたしの知るかぎりでは、かつてタンツェが多少言及したが、ゴ
ルトシュミットとサルヴォーリらによって、簡単に葬られ、これまでだれもまじめに探究してこ
なかった仮説だ。その仮説とは、近代の無記名証券は、本質的にはユダヤ法に基づいている、とい
うものだ。
近代の「債務証書」が実は、慣習法に基づいて発生したことを想起するならば、このような仮説
もありうることは疑いの余地がない。強力にユダヤ人の要素が浸透している商人たちによって実用
に供せられるようになった債務証書は、必然的に裁判の判決に、そしてたとえばこれに基づいてネ
ーデルランドの条令によって定められた法のなかにもたらされたらしい (重要なアントウェルペンの
一五八二年の法令については後述する)。
ここで問題になるのは、近代の無記名証券を実際にタルムード〔ユダヤ人の法典] ラビ[ユダヤ
教の牧師、法律学者〕的な法律から確実に誘導できるかということだ。それと是認できるような
様々な根拠をここに列挙しておこう。
①聖書とタルムードは「無記名証券」を、 それも完全に文句のつけようのないほどの形式で知っ
ていた。
聖書のなかの問題の個所は、聖書外典トビアス書〔神への信頼、おきてへの忠誠、それに隣人愛に
「近代の無記名証券は、本質的にはユダヤ法に基づいている」とい
返信削除う仮説
根拠としてのトビト書
返信削除ゾンバルトは『ユダヤ人と経済生活』第六章でユダヤ人が無記名証券の元祖だと言う(邦訳文庫本だと割愛)。旧約聖書外伝トビト書が根拠だ。トビト書は借金回収に成功する話なので商人に人気の画題だった。関連絵画作品が以下に纏まっている。
トビアスの冒険
https://note.com/satonao310/n/nf3a66e5165a4
返信削除ゾンバルトは『ユダヤ人と経済生活』第六章でユダヤ人が無記名証券の元祖だと言う(邦訳文庫本だと割愛)。旧約聖書外伝トビト書が根拠の一例。トビト書(BC2世紀成立)は借金回収に成功する話なので商人に人気の画題だった。はじめてのお使いを天使が守護する。関連絵画作品が以下に纏まっている。
トビアスの冒険
https://note.com/satonao310/n/nf3a66e5165a4
返信削除地域通貨花子1
@TiikituukaHana
ゾンバルトは『ユダヤ人と経済生活』第六章でユダヤ人が無記名証券の元祖だと言う(邦訳文庫本だと割愛)。旧約聖書外伝トビト書が根拠。トビト書は借金回収に成功する話なので商人に人気の画題だった。はじめてのお使いを天使が守護する。関連絵画が以下に纏まっている。
note.com/satonao310/n/n… pic.twitter.com/nCbzKT3yHP
2022/09/07 23:30
https://twitter.com/tiikituukahana/status/1567520801884372992?s=21
返信削除ゾンバルト『ユダヤ人の経済生活』単行本
ユダヤ人が無記名証券の元祖
122~3:
第六章 経済生活の商業化
…
ここで問題になるのは、近代の無記名証券を実際にタルムード〔ユダヤ人の法典〕 -ラビ 〔ユダヤ教の牧師、法律学者〕 的な法律から確実に誘導できるかということだ。 それと是認できるような様々な根拠をここに列挙しておこう。
①聖書とタルムードは「無記名証券」を、それも完全に文句のつけようのないほどの形式で知っていた。
聖書のなかの問題の個所は、聖書外典トビアス書〔神への信頼、おきてへの忠誠、それに隣人愛に燃えていたトビアス父子の物語を含んでいる] のなかにある(デ・ヴェットの翻訳による)。
〈四章二十節〉 「ここでお前に、わしがメディアのラゲスに住むガブリアスの兄弟ガバエルに預けた十タレントの銀貨のことを教えよう」
〈五章一節〉 そこでトビアスは答えていった。 「お父さん、わたしはお父さんがお命じになることをすべて実行します
〈同二節〉 しかしわたしがその人のことを知らないのに、どうして金を受けとることができましょう」
〈同三節〉すると父は息子に、 証書を渡していった。 「お前と一緒に旅行するある男に頼むのだ。わしは生きているかぎりその男に報酬を与えるつもりだ。 さあ出かけて金を受けとってきなさい」
〈九章一節〉そこでトビアスはラファエルを呼び、こう語った。「メディアのラゲスにいるガバエルのもとにいき、わたしのために金を受けとってきてくれ」
〈同五節〉するとラファエルは、出発し、ガバエルのもとに宿泊し、彼に証書を渡した。 するとガバエルは、封印つきの財布をもってきてラファエルに渡した。
返信削除ゾンバルト『ユダヤ人の経済生活』単行本
ユダヤ人が無記名証券の元祖
122~3:
第六章 経済生活の商業化
ここで問題になるのは、近代の無記名証券を実際にタルムード〔ユダヤ人の法典〕 -ラビ 〔ユダヤ教の牧師、法律学者〕 的な法律から確実に誘導できるかということだ。 それと是認できるような様々な根拠をここに列挙しておこう。
①聖書とタルムードは「無記名証券」を、それも完全に文句のつけようのないほどの形式で知っていた。
聖書のなかの問題の個所は、聖書外典トビアス書〔神への信頼、おきてへの忠誠、それに隣人愛に燃えていたトビアス父子の物語を含んでいる] のなかにある(デ・ヴェットの翻訳による)。
〈四章二十節〉 「ここでお前に、わしがメディアのラゲスに住むガブリアスの兄弟ガバエルに預けた十タレントの銀貨のことを教えよう」
〈五章一節〉 そこでトビアスは答えていった。 「お父さん、わたしはお父さんがお命じになることをすべて実行します
〈同二節〉 しかしわたしがその人のことを知らないのに、どうして金を受けとることができましょう」
〈同三節〉すると父は息子に、 証書を渡していった。 「お前と一緒に旅行するある男に頼むのだ。わしは生きているかぎりその男に報酬を与えるつもりだ。 さあ出かけて金を受けとってきなさい」
〈九章一節〉そこでトビアスはラファエルを呼び、こう語った。「メディアのラゲスにいるガバエルのもとにいき、わたしのために金を受けとってきてくれ」
〈同五節〉するとラファエルは、出発し、ガバエルのもとに宿泊し、彼に証書を渡した。 するとガバエルは、封印つきの財布をもってきてラファエルに渡した。
なぜヴェーバーが間違いかというとドイツの人格主義は系譜として無記名証券と相性が悪いから
返信削除
返信削除slowslow2772さんのツイート
slowslow2772
@slowslow2772
@profplum99 Marx said that,
"The monetary system is essentially Catholic, the credit system essentially Protestant."
But Marx was wrong.
Sombart said that,
"Puritanismus ist Judaismus. "
The creditism had already been invented by the Jews.
2023/02/01 0:06
https://twitter.com/slowslow2772/status/1620438317035814913?s=61&t=JAkqnkvFcck982kY0c4gkw
投稿者 yoji 時刻: 0:06 0 件のコメント:
2023年1月31日火曜日
slowslow2772さんのツイート
slowslow2772
@slowslow2772
@profplum99 pic.twitter.com/v39pGEGQpv
2023/01/31 23:56
https://twitter.com/bucephalus424/status/1560712531982913536?s=21
返信削除無記名証書は、その土地のユダヤ人に迫害の波が押し寄せるまで、資産を消滅させることを可能にしたのである。無記名証書は、ユダヤ人が自分の金を好きなところに投資し、それが危険にさらされた瞬間に、藁人形によってそれを解除させ、あるいはその債権を譲渡することを可能にした。
返信削除他所者の無記名証券による隠匿―― ヴェルナー・ゾンバルトのユダヤ人観の一断面(1,2) 恒木 健太郎 より孫引き
https://core.ac.uk/download/pdf/71798208.pdf
https://core.ac.uk/download/pdf/71798215.pdf
《無記名証券は、ある地域のユダヤ人共同体からの迫害のうねりが過ぎ去るまで、〔ユダヤ人の〕財産を見えないようにすることを可能にした。無記名証券によってユダヤ人は、自らの貨幣を随意にどこかに預けて危険にさらされた瞬間に藁人形(Strohmann)をつうじてそれを消し去ることが、あるいはそれまで彼らが占有していた痕跡をまったく残さずに自己の債権を移譲する(übertragen)ことが、できるようになった。 》
Sombart, Werner. Die Juden und das Wirtschaftsleben, Leipzig, 1911, S. 92. 金森誠也/安藤勉訳『ユダヤ人と経済生活』荒地出版社、1994年、129-130 頁。#6
返信削除Die Inhaberpapiere gewährten die Möglichkeit, Vermögen verschwinden zu lassen, bis eine Verfolgungswelle über die Judenschaft eines Ortes hinweggegangen war. Die Inhaberpapiere gestatteten den Juden, ihr Geld beliebig wo anzulegen und im Augenblick, da es gefährdet wurde, durch einen Strohmann beheben zu lassen oder ihre Forderungen zu übertragen,
無記名証書のおかげで、ある場所のユダヤ人に迫害の波が押し寄せるまで、資産を消滅させることが可能になった。無記名証書のおかげで、ユダヤ人は自分のお金を好きなところで運用し、危うくなった瞬間に藁人形で引き出してもらったり、債権を譲渡したりすることができた。
返信削除deep
pdfの訳は助詞が間違い
130
返信削除手段として出てきた。それに無記名証券はある土地で、 ユダヤ人迫害の嵐が過ぎ去るまで、彼ら
の財産をかくしておくことができるようにした。 無記名証券はユダヤ人が随意に投資し、危険にさ
らされた瞬間になると、傀儡を通じて資金を引きだすか、あるいは、以前の所有者であることを示
す何の痕跡も残さずに、彼らの請求権を委譲することができた (ついでながら指摘しておくが、 ユダ
ヤ人が中世全期を通じて、あらゆる瞬間において全財産を取り上げられながらも、きわめて短期間に、ふ
たたび富裕になったという全く奇妙な事実は、たしかに部分的にせよ、ここで論じている諸問題によって
解明されるであろう。 ユダヤ人は全財産を取り上げられたのではなく、かなりの部分が傀儡に委ねられた
のだ。このことは次の事実を示唆しているように、わたしには思われる。すなわち、中世におい
ては、無記名証券と結びつけられた他のすべての目的(とくに法廷における代理を容易にする)が、
良かれ悪しかれ選択的持参人条項によって達せられたのに反し、かくれるというこの目的だけは、
もちろん純粋な無記名証券の形式を必要としたのだ。
無記名証券の形成に対する本質的関心(もっと正しくいえば、その普及への関心というべきであろう。
なぜなら、ユダヤ人同士では、以前からこの制度があったからである)をユダヤ人は(のちほど、もっと
くわしく追究するが)、証券取引所を舞台とする商品の投機と有価証券の投機に自ら乗りだしはじめ
てから抱くようになった。
どのように洗練された方式で、無記名証券の法的形式が、すでに十七世紀において商品の定期取
引実施のために利用されたかは、一六七〇年のあるアムステルダム市民の覚え書が示してくれる
(ここで問題になったのは投機家が傀儡を介入させることによって、かくそうとこころみた鯨のひげの買占
め投機である) 〔この投機はハウス式投機と呼ばれる]。
そしてその後、当然のことながら有価証券の投機的取引は、無記名証券の定着化に大いに役立っ
#6
130頁
正しいが藁人形を訳してない
返信削除《…ダブル・バインドを深く洞察した最初の分析の実例は、マルクスの
『ユダヤ人問題について』の中に見いだされるかもしれない。それは
家族と〈国家〉の間の──家族的権威のオイディプスと社会的権威の
オイディプスとの間のダブル・バインドである。》
(ドゥルーズ&ガタリ著『アンチ・オイディプス』#2:4)
《…また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムと
ユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したい
と思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなか
でたずねる。「ユダヤ人ではないのか? 彼らの名前は、いたるところで
聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的
パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教で
はなかろうか?」
ピューリタニズムはユダヤ教である。》
(ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』#11:7)
参考:
返信削除《…ダブル・バインドを深く洞察した最初の分析の実例は、マルクスの
『ユダヤ人問題について』の中に見いだされるかもしれない。それは
家族と〈国家〉の間の──家族的権威のオイディプスと社会的権威の
オイディプスとの間のダブル・バインドである。》
(ドゥルーズ&ガタリ著『アンチ・オイディプス』#2:4)
《…また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムと
ユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したい
と思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなか
でたずねる。「ユダヤ人ではないのか? 彼らの名前は、いたるところで
聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的
パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教で
はなかろうか?」
ピューリタニズムはユダヤ教である。》
(ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』#11:7)
返信削除岩波文庫7
《重金主義(モネタルジュステム)は本質的にカトリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金を嫌う The Scotch hate gold.」。紙券としては、諸商品が貨幣として存在することは、一つの単に社会的な存在(ダーザイン)である。聖列に加わらしめるものは、信仰である。商品の内在的霊魂としての貨幣価値にたいする信仰、生産様式とその予定秩序とにたいする信仰、自己自身を価値増殖する資本の単なる人格化としての、個々の生産担当者にたいする信仰。しかし、プロテスタント教がカトリック教の基礎から解放されないように、信用主義は、重金主義の基礎から解放されない。》
『資本論』第三巻第五篇第三五章「貴金属と為替相場」
宇野、熊野が引用した部分。
マルクスが引用文の前で述べたインドの金保有量はケインズが研究したものでもある。
返信削除ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』(及びそこで言及される聖書外典「トビト書」)を読むとわかるのだが、ユダヤ人の経済学史的な貢献は(神との契約をベースにした)信用貨幣の普及にある。
The Jews and Modern Capitalism (English Edition)
https://socialsciences.mcmaster.ca/econ/ugcm/3ll3/sombart/jews.pdf
Sombart 1911
経済生活の短縮版(肝心のトビト書のラファエルの部分の引用がない)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Tobias_and_the_Angel_(Verrocchio)
: Tobias and the Angel (Verrocchio)
Artist Andrea del Verrocchio (1470–1480)
As becomes clear upon reading Sombart’s *The Jews and Economic Life* (and the apocryphal Book of Tobit mentioned therein), the historical contribution of the Jews to economics lies in the spread of credit money (based on a covenant with God).
The Jews and Modern Capitalism (English Edition)
https://socialsciences.mcmaster.ca/econ/ugcm/3ll3/sombart/jews.pdf
Sombart 1911
An abridged version of *Economic Life* (lacking the crucial quotation from the Book of Tobit regarding Raphael).
https://en.wikipedia.org/wiki/Tobias_and_the_Angel_ (Verrocchio)
: Tobias and the Angel (Verrocchio)
Artist: Andrea del Verrocchio (1470–1480)
As becomes clear upon reading Sombart’s *The Jews and Economic Life* (and the apocryphal Book of Tobit mentioned therein), the historical contribution of the Jews to economics lies in the spread of credit money.
https://www.classiques.uqam.ca/classiques/sombart_werner/Jews_and_modern_capitalism/sombart_jews_capitalism.pdf
(lacking quotation from the Book of Tobit)
https://x.com/fukuko2025/status/2063566620795326921?s=61