ニュー・コンセンサスとMMTを比較する
金濱裕
MMTは、政策目標である完全雇用を達成するため、働く意志のあるすべての人に対して政府が一定の賃金で雇用を提供することを保証する「最後の雇い手(Employer of Last Resort, ELR)」政策を提唱している。これは、政府がインターバンク市場において担っている役割を、労働市場においても担わせることを意図したものだといえるだろう。政府は労働者の緩衝在庫を提供することで、労働市場の超過需要・供給を取り除き、賃金を安定させ、失業をなくすことができる。さらに賃金などの生産要素価格の安定は、物価の安定にとっても大きな役割を果たす。なぜなら次に確認するように、企業の価格設定では費用こそが重要となるからである。
価格の決定と政府支出の制約
ミハウ・カレツキ(一八九九-一九七〇)の価格設定理論は通常の価格理論と異なり、需要と供給のバランスによる価格調整を想定しない。生産される財の価格は、費用にマークアップを上乗せする企業によって決められる。原材料や生産要素への支払い(賃金・利払い)に大きな変化がない限り、企業は一定の価格で財を生産し販売することができる。しかし完全雇用ないし完全稼働の水準を超えると、それ以上生産することができないために価格が上昇する。つまり、企業の市場支配力などを所与とすれば、原材料価格や賃金・利払いの上昇もしくは利用可能な生産要素の枯渇がインフレの原因となる。
カレツキの価格設定理論は、ポスト・ケインジアンのミクロ分析における基礎となっている。MMTもこれを採用し、政府支出はこうしたインフレ要因に注意して行われるべきだと主張する。希少なものやこれ以上作れないものを購入しようとすれば、価格は上昇せざるを得ない。しかし逆にいえば、生産に必要な資源が十分にある限り、政府はインフレをもたらすことなく支出することが可能である。すなわちMMTによれば、政府が直面する制約とは「カネ」ではなく、「ヒト」や「モノ」といった実物資源にほかならない。
特集1 対談1 ケインズ革命を加速せよ! 中央銀行のプラグマティズム 浅田統一郎×藤井 聡
世間にはびこる「円の信認」「通貨安競争」をめぐるデマ
浅田▼だからそういう緊縮派の人たちが言ってることは理屈が完全に逆になってるんです。どういう理屈か知りませんけど「政府が国債をどんどん発行して、それを中央銀行がどんどん引き受けると、通貨の価値が暴落し、国債の価値が暴落して財政破綻する」って言うんだけど、あれは理屈としてはおかしいですね。そもそも国債が暴落するということは金利が反比例的に暴騰するということ。一方で、中央銀行が国債をどんどん買うと、金利が上がらずに済む。金利を上げずに済むことができるっていうことは国債の価格が高く維持できるっていうこと。それが現実です。だから中央銀行がどんどん国債を買えば、国債が暴落して金利が急上昇するというのはどう考えても逆なんですよ、言ってることが。
藤井▼あと、破綻論者は、円が発行され過ぎるので、円の信認がなくなるなんてことも言いますよね。
浅田▼円の信認がなくなるというのは円安になるということですよね。実はこれはマネーをある国がどんどん出せば、その国の通貨が下がる、日本の場合は円安になるというのは事実です。ただそれは、実は不景気の時にそれはその国の経済にとっては有利になるわけです。輸出が伸びて、経済対策になりますから。でも、どういうわけか、円高になると多くの人々が円の信認が高いってことで、喜んでたわけですよ。でも意味ないじゃないですか。人々の生活が豊かになるかどうか、失業率が減るか、経済成長率が増えるかどうかが問題であって、通貨の価値が高くなるから別にその国にとって利益になるわけではないんです。例えばリーマンショックの直後、ものすごい円高になった。今は一ドル一一〇円前後ですが、当時は一時期八〇円を下回って一ドル七〇何円程度にまでなった。つまりこれほど日本円の信認が高まったことはないわけです。それで一方的な被害を受けた。だから実ははっきりいって経済の大部分にとっては通貨高より通貨安の方が有利なんですよね。つまり、円の信認なんか低い方が経済にとってプラスなんです。だから世界各国は、通貨安競争ということをやってるわけですよ。
藤井▼実際、中国はドルペッグ制でずっと通貨を引き下げてますもんね。
浅田▼通貨安競争っていうのは意図的に通貨安を実現しようとする。そうすると輸出にとって有利になって所得も増える。その時の方法っていうのは単純な話で、マネーをどんどん増やすことなんです。
ところがですね、面白いことに、そういう通貨安競争は世界経済を破滅させるという説があったわけですよ、随分昔、一九三〇年代の世界大恐慌の頃。ただそれは実は間違ってるってことが分かったんですが。当時は固定相場制だったわけです。金本位制だったんですが、金本位制っていうのは一種の固定相場制ですから。それで、保有する金の量に比例した分しかマネー発行できないので、マネー発行が自由にできなかったわけですよ。その結果、固定相場になってた。
ところが、世界大恐慌になっちゃったので、皆、金本位制なんて言ってられなくなって、各国、自由にマネーを発行するようになった。そうなると、固定相場制じゃなくて変動相場制になった。そうすると通貨安競争は起こったんだけど、結局、各国が、例えばマネーを皆、倍刷ったら為替レートは変わらないわけですね。
藤井▼全員が一律に刷ったらそうなりますね(笑)。
浅田▼そうです。だから通貨安競争は世界経済を破滅に追いやったという説があったんだけど、実はそうじゃないということが、当時の経験から分かったわけです。FRB議長を長い間務めた元プリンストン大学教授のバーナンキの『大恐慌論』という本や、経済学者のアイケングリーンの『金の足枷』(Golden Fetters)って本があって、その中で金本位制っていう「金の足枷」を断ち切ることによって大恐慌から脱出できたという話が書かれてるんですが、その結果、為替レートはあんまり動かないんだけど、世界全体のマネーが増えて、世界全体の景気が良くなっちゃったってことが紹介されてますよ。 馬につないだロープの役割を果たす財政・金融政策
浅田統一郎(あさだ・とういちろう) 54年愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得満期退学。経済学博士(中央大学)。駒澤大学助教授、中央大学助教授を経て、現在、中央大学経済学部教授。著書に『マクロ経済学基礎講義 第3版』(中央経済社、2016年)、『ミクロ経済学の基礎 第2版』(中央経済社、2017年)など。
特集❶論考 「選択的な財政支出」が日本経済を救う 飯田泰之
もっとも、以前よりこの「供給能力の天井」を絶対視してはいけない。その理由のひとつが高圧経済論(High Pressure Economy)だ。古くは一九七〇年代のアーサー・オークンの論文にみられる高圧経済論であるが、二〇一六年に当時FRBの議長であった(そして現在財務長官をつとめる)ジャネット・イエレンによる言及で再度脚光を浴びるところとなった。供給能力を少し超える、つまりは過熱気味の経済状態にあると、失業率は大きく低下し、比較的低スキルの労働者にも就業の機会が増加する。より多くの就労者が「仕事をする」こと自体を通じてその能力を向上させることは供給能力そのものを上昇させることになる。ま
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