混乱をきわめるベネズエラ経済 ――とまらない経済縮小とハイパーインフレ――

2. 石油生産の縮小
2000年には1日当たり290万バレルであったベネズエラの産油量はチャベス政権下で240万バレル前後まで縮小し低迷していたが、2017年以降産油量の縮小が加速している(図3)。2018年5月の日産量は139万バレルでOPECの生産クオータ197万バレルの7割しか生産できていない[Díaz 2018]。石油開発・生産のためのリグ(やぐら)は、2014年には221基が機動していたのが[MINPET 2014, 149]、2018年5月にはわずか35基しか動いていない[Díaz 2018]ことからも、石油生産活動が大きく低迷していることがうかがえる。石油価格は2017年以降回復しているが、産油量の縮小によってベネズエラは価格上昇の恩恵を享受することができていない。

(出所)産油量はOPEC, Monthly Oil Market Report の各年⽉号より。⽯油価格は2016年まではBP(2018), それ以降はOPEC, Monthly Oil Market Report 各年⽉号より。筆者作成。
(注)産油量はOPECが⽉報に採⽤するセカンダリーソースのデータ。政府データより約30〜40万bpd少ない。なお、過去2年の急激な減少を⽰すため、2017年以降は四半期ごと、2018年は毎⽉のデータを使⽤し、⻘線で各時期を区分した。⽯油価格はブレント価格。
チャベス政権期からマドゥロ政権期にかけての産油量低下の背景は、ひとことでいえば、国営ベネズエラ石油(Petróleos de Venezuela, S.A.: PDVSA)が経営合理性ではなく政治的利害によって経営されるようになったことである[坂口2010]。能力主義の人事から政治的任用によって石油産業や企業経営の経験をもたない軍人を国営石油企業PDVSAの総裁に据えたこと、PDVSAから国庫への拠出金拡大や財政支出を賄うためのPDVSA社債の発行などによりPDVSAの財務状況が著しく悪化し、新規開発投資のみならず既存油田のメンテナンス投資もできていないこと、資源ナショナリズムを反映して欧米先進国を中心とした外国企業との石油事業を国有化・接収したこと、PDVSA経営の目的を石油開発・生産からボリバル革命(チャベス政権の政治経済変革)の推進へと転化してPDVSAに多くの社会政策(「ミシオン」と呼ばれる)を直接・間接的に担わせたこと、などである。
それらに加えてマドゥロ政権下の産油量の急速な縮小には、あらたに以下の特殊な状況が影響している。第一に、サプライヤーやサービス会社(掘削など石油開発・生産にかかる作業を請け負う企業)へのPDVSAの支払いが滞っており、そのため彼らがオペレーションをしばしば中断していることである。第二に、超重質油の希釈用の軽質原油を輸入できなくなっていることである。超重質油は比重が重く、そのままでは通常の製油施設を使えない。そのために事前に製油施設で精製可能なレベルに改質する(アップグレード)ことが必要になるが、そのプロセスが滞っている。そのためPDVSAはベネズエラ産の超重質油をアフリカ産などの比重の軽い原油を輸入して希釈することで市場に出してきた。しかし近年の外貨不足で希釈用原油が輸入できなくなっているため、産油量が低迷しているのである。
第三に、PDVSA人事の混乱である。2017年以降マドゥロ政権は、ラミレス(Rafael Ramírez)、デルピノ(Eulogio Del Pino)、マルティネス(Nelson Martínez)ら、いずれもPDVSA社長とエネルギー大臣を兼任し、チャベス・マドゥロ両政権下で石油産業を支えてきた人物を汚職やサボタージュの容疑で逮捕し、かわりに石油産業や企業経営の経験のない軍人をPDVSA社長に任命した。マドゥロ政権はそれ以外にも過去1年で150人を超える役職員を汚職容疑で逮捕している7。一方ハイパーインフレでPDVSA労働者の実質賃金も大きく目減りしており、その結果5万人近い職員(2016年末の約3分の1に相当)がPDVSAを離職している8。
産油量の低下に加え、2018年5月にはPDVSAは石油輸出を困難にする特殊な事態に直面した。チャベス期に石油事業を接収されたコノコ・フィリップス社が国際仲裁裁判所(International Court of Arbitration)に訴えていた補償金支払いについて、20億ドルの支払い命令が下されたのである。これをもとに同社はカリブ海諸島(アルーバ、キュラソーなど)にあるPDVSAの精製施設や輸出ターミナル、停泊中のタンカーなどを差し押さえるよう各国政府に求め、すみやかに実行された。差し押さえ命令はそののち解除されたものの、PDVSAとしては今まで通りそれらの島にあるターミナルを使って輸出することに慎重にならざるを得なくなっている。
むすび
財政収入の半分近くが石油収入によるベネズエラでは、国際石油価格の下落が国家経済に与える影響は大きい。しかし本稿で見てきたように、石油価格のみからベネズエラ経済の窮状を説明することは困難である。ベネズエラ経済がゼロからマイナス成長に転じたのは石油価格がいまだ高止まりしていた時期で石油価格下落に先行していたため、因果関係の説明がつかない。また、ベネズエラ同様に石油依存度が高い産油国は多いが、ベネズエラほどの経済危機に陥っている産油国はないことからも、石油価格のみからベネズエラの経済危機を説明できないと考えられる。石油価格の下落がマドゥロ政権下のベネズエラ経済に大きな影響を与えたことは確かだが、それに加えて、チャベス期以来の国家介入型経済政策が生んだマクロ経済の歪みや生産部門へのダメージの蓄積が経済縮小の重要な要因になっているというのが、本稿の主旨である。インフレや対外債務も秩序なき財政肥大をまかなうための貨幣増発や債券発行の急拡大が原因であり、政府の経済運営に原因がある。マドゥロ政権は、仮想通貨の発行などによってインフレや外貨不足に対応しようとしているが、財政の見直しや国内生産活動を立て直すための国家介入型経済政策の根本的な見直しがなければ、経済危機からの脱却は困難であろう。
経済状況はきわめて厳しく、好転する見込みは今のところ見えない。状況が好転するためには経済政策の見直しが不可欠であるが、マドゥロ政権下ではその可能性はきわめて低い。石油価格が上昇しても産油量、輸出量が縮小しているため石油収入の拡大も見込めない。短期的には、すでに事実上デフォルトに陥っている対外債務に対して債権者がどう動くのか、あるいは中国やロシアが債務危機回避のために、自らの債権の支払い猶予だけでなく新たな資金を融資してくれるのかがかぎになろう16。2017年から債務の支払い遅延が起こり始めたが、遅れながらもマドゥロ政権は対外債務支払いを最優先にして支払いを続けてきたため債権者はいまのところまだ司法手続きや海外資産の差し押さえ要求などの措置をとっていない。債権者とすればデフォルト問題を顕在化させて司法手続きに入れば、自らの債権がどれだけ回収できるか不明という問題に直面するが、今のところ遅延を容認すればマドゥロ政権は債務を支払ってきているため、支払い遅延に目をつぶっているという状況である。しかし支払い遅延は部分的なものから徐々に広がってきており、今までのように遅れながらでも支払い継続が可能かという点について債権者が疑いを持ち始めれば、海外資産の差し押さえなど問題が顕在化する可能性がある。
このままでは経済社会状況はますます厳しくなる。貧困世帯の割合は、2014年の48.4%から87.0%にまで急拡大し17、政権への不満も高まっている。過去4年多くの抗議行動や政権交代をめざした運動に多くの市民が参加してきたが、それらはいずれも権威主義化したマドゥロ政権によって抑圧されてきた。一方では市民の不満や抗議行動を政権交替に結び付けられなかった反政府派政党や政治リーダーに対する不満も高まっており、それが反政府派市民の間で政治的無力感を生んでいる。過去2年間は、若者を中心に貧困層までも含めて陸路隣国コロンビアやブラジルをはじめとする南米諸国に脱出する人が急増し、ベネズエラ人の流入問題は南米諸国にとっても社会経済的問題となっている。コロンビアやブラジルの国境の街では流入したベネズエラ人のための保護施設やキャンプが設置され、公立病院にはベネズエラ人患者があふれている。マドゥロ政権が国際社会からの食料や医薬品などの人道支援を受入れないため、それら隣国に支援物資が届けられている。
過去2年で最大150万人と推計されるベネズエラ人が国外に脱出しているが、それは選挙において多くの反政府派の票が失われたことも意味する。2017年以降マドゥロ政権は明らかに憲法秩序や民主的選挙の基準を逸脱し、確実に与党候補者が勝利するかたちの選挙を行うようになっている。反政府派勢力もそのような不公平な選挙への対応や反政府派内の勢力争いで内部対立を繰り返しており、一枚岩になれていない。このような状況では、選挙を通して民主的に政権交代が行われる可能性は、きわめて小さくなっていると考えられる。そして政権交代がなければ経済の回復も見込めない。
政権交替があるとすれば、経済危機のさらなる悪化やそれに対する不満から市民の大規模な抗議行動が暴力的混乱状態に発展し、そのような状況下で軍や政権などチャベス派内部から離反者が出てマドゥロ大統領を退陣に追い込むなど、政権内部からの崩壊が唯一考えられる道であろうか。また対外債務の支払い遅延に対して債権者が司法手続きを取り始め、海外資産の差押さえが始まると、石油輸出ができなくなり政権維持は不可能となるだろう。それらが政権交代につながったとしても、現在の厳しい経済状況では、新政権の経済運営はきわめて難しいものになることが予想に難くない。
(2018年7月5日脱稿、IMF予測について7月24日に加筆)
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