2021年5月8日土曜日

第2回 戦後まで引き継がれた汚名 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

第2回 戦後まで引き継がれた汚名 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

第2回 戦後まで引き継がれた汚名

――生きて帰ることが、よしとされないとはね。

 その時代の風潮をよく知りませんから、何ともいえないのですけれどね。しかし、それは僕にとっては大問題なんですよ。

 祖父は当時まだ41歳で、帰ってきてから父が生まれたわけです。もし、生還しなければ、僕は生まれていない。これは宿命ですよ。

 僕は自分の力で生きているし、自分の運命は自分のものだと思います。運命は自分で何とかできる。でも、生まれのことはどうしようもない。 

――そのご先祖が、歴史的に事件にかかわって、中傷される存在となると。

 これは困りますね。「何でお前は生まれてきた」と言われているようなものですから。ロマンチックだ、物語世界の話だといっていられない。居たたまれない気持ちになりますよ。

――結局、正文さんの汚名がそそがれるのは、戦後、それも90年代になってからですが、発端は何ですか。

 叔父の細野日出男(元中央大学教授、故人)が、1942年に祖父の遺品を整理していて手記を見つけたんです。タイタニックが沈んだ4月14日の夜から、救助されてニューヨークに送り届けられる18日までのことが、タイタニックの船室にあった便箋に書き綴られていました。

 その内容を読むと、祖父は決して卑劣な行動はとっていない。婦女子優先を守って、船と一緒に沈む覚悟でいたんです。

 しかし、救命ボートに空きがあるというのを聞いて、ボートに向かって飛び降りた。警備の船員が持つ拳銃に打たれてもやむを得ないという決死の判断でした。

 叔父は、手記でそのことを知って、汚名返上のためにさまざまな取り組みをしたようです。しかし、なかなか汚名をそそぐことができなかったらしい。戦時中のことでしたから。 

 それは戦後も続きますが、祖父を中傷していたのは、ある特定のジャーナリストだったようです。僕の両親も、とてもいやな思いをしていて、叔父はその人の書いたものに対して反論していたそうです。1950年代ごろのことです。

――それが大きく転換するのは、タイタニックが沈んで80年以上経ってからですね。

 ええ、実はそのきっかけをつくったのがジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』(1997年)だったんです。

――レオナルド・ディカプリオ主演で、アカデミー作品賞をとったあの映画ですか。

 そう。映画公開に合わせた話題づくりでもあったらしいんですが、タイタニック財団(RMSタイタニック社)が調査に来たんです。それまで外に出したことのない祖父の手記を貸したのですが、その調査によって、それまでわかっていなかったことが、いろいろと明るみに出ました。

――どんな事実が判明したのでしょう。

つづく

高橋盛男(たかはし もりお)

1957年、新潟県生まれ。フリーランスライター。自動車専門誌の編集を手がけたのちフリーライターに。JR東日本新幹線車内誌「トランヴェール」、プレジデント社「プレジデント」「プレジデントファミリー」などに執筆。



iPhoneから送信

0 件のコメント:

コメントを投稿