2022年8月7日日曜日

ラーナー1943,松尾匡2019 反緊縮のマクロ経済政策諸理論とその総合

以下、ラーナー1943より

 機能的財政の中心となるアイデアは,政府の財政政策,支出と課税,公債の発行(政府の借入)と償還,新しい貨幣の発行,貨幣の引き揚げはすべて,これらのアクションが経済に及ぼす結果にのみ焦点を当て,なにが健全でなにが不健全かといった既存の伝統的ドクトリンに煩わされることなく着手されなければならない,ということである。政府の第1の財政上の責任(financialresponsibility)は,経済における財とサービスへのトータルな支出の比率を,現在の価格で生産可能なすべての財を購入する比率よりも大きくもなく小さくもないように維持することである。もし,総支出がこれよりも大きいままにしておくならば,インフレーションが生じるであろう。そして,もし,これよりも低いままにしておくならば,失業が生じることになるだろう。政府は,納税者が支出するための貨幣を納税者の手元により多く残すために,政府自らより多く支出したり減税することによって,総支出を増大させることができる。政府は,納税者の手元にある納税者が支出する貨幣を少なくするために,自らの支出を減らしたり増税することによって,総支出を減らすことができる。これらの手段によって,総支出は望ましい水準に維持することが可能である。その望ましい支出水準とは,働きたいと思うすべての人によって生産可能な財を購入するには十分であるが,生産可能な量よりも多くを(現在の価格で)需要することによってインフレをもたらすことのない水準である。
 機能的財政のこの第1の法則を適用するうえで,政府は政府が支出するよりもより多くの税を徴収するかもしれないし,または税の徴収よりも多くを支出するかもしれない。前者の場合には,政府はその差額を国庫に保持することができるし,またはそれを国債の一部の償還のために利用することもできる。後者の場合には,借入をしたり貨幣を印刷することによって,その差額を提供しなければならない。そのどちらの場合でも,この結果について何か良いこと,あるいは悪いことがあると感じるべきではない。政府は,失業とインフレを防ぐようなかたちで支出のトータルな比率を小さすぎないよう大きすぎないよう維持することにのみ集中すべきである。
 興味深い,そして多くの人にとってショッキングな論理的帰結は,政府が貨幣の支払いを必要とするという理由のみによって課税が実行されないということである。機能的財政の原理に従えば,課税は課税が及ぼす効果によってのみ判断されなければならない。その主要な効果は二つである。納税者の手元に残る支出するための貨幣が少なくなり,政府がより多くの貨幣をもつ。後者の効果は貨幣を印刷することによってずっと容易にもたらすことができるので,前者の効果のみが重要なものとなる。それゆえ,課税は,納税者が支出する貨幣を少なくすることが望ましい場合のみ,たとえば,そうしない場合にはインフレをもたらすほど納税者が支出するときにのみ行われるべきである。
 機能的財政の第2の法則は,公衆がより少ない貨幣とより多くの政府証券をもつことが望ましいときにのみ政府は貨幣を借りるべきである。というのは,これらは政府借入の効果であるから。そのようにしなければ,利子率があまりにも低くなってしまい(現金保有者の側で現金を貸出そうとする試みによって),あまりにも多くの投資を誘引し,かくしてインフレをもたらすことになるならば,これは望ましい。逆に,貨幣を増加させることが望ましい,あるいは公衆の手元にある政府証券の量を削減することが望ましい場合のみ,政府は貨幣を貸し出すべきである(あるいは政府債務の一部を償還すべきである)。課税,支出,借入,貸出(あるいは債務の償還)が機能的財政によって支配されるとき,貨幣収入を超える貨幣支出の額は,もし貨幣退蔵から帳尻を合わすことができないならば,新しい貨幣を印刷することによって帳尻が合わされるべきである。支出を超える収入の過剰は貨幣を破壊したり,退蔵貨幣を補充するために用いることができる。
 貨幣を印刷することに対してわれわれがもつほとんど本能的な嫌悪,貨幣印刷とインフレとを同一視する傾向は,われわれが冷静になり,この印刷は支出する貨幣額に影響を及ぼさないことに注意するならば,克服可能である。それは機能的財政の第1の法則によって規定される。その第1法則はとくにインフレと失業について言及する。貨幣の印刷は,支出と貸出(あるいは政府債務の償還)において機能的財政を実行することが必要なときのみ生じる。要約すると,機能的財政は「健全財政」という伝統的ドクトリンと予算を単年度または他の恣意的な期間に均衡させようとする原理を完全に拒否する。その代わりに,それは次のようにすることを命じる。第1に,総支出が低すぎる場合は政府支出を利用し,総支出が高すぎる場合は課税を利用することによって,失業とインフレの両方を排除するために(政府を含む,経済におけるすべての人による)総支出を調整することを。第2に,最も望ましい投資水準をもたらす利子率を達成するために政府の借入あるいは債務償還によって公衆の貨幣保有と政府証券保有を調整することを。第3に,プログラムの最初の2つを実行するうえで必要となるときには,貨幣を印刷し,退蔵し,破壊することを。


Lerner, Abba(1943),FunctionalFinance and the FederalDebt,Social Research, vol. 10.

pp. 39-41.

岡本英男(2014)「福祉国家と機能的財政 ラーナーとレイの議論の考察を通じて」,『東京経大学会誌』第283号。
https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/6684/1/keizai283-11.pdf 

機能的財政(Functional Finance)ラーナーは,彼の機能的財政論を「機能的財政と連邦債」(SocialResearch, 1943)において,はじめて本格的に論じた。
 ラーナーは,戦争勝利の必要性を別にすれば,経済的不安定の除去ほど重要な仕事はない,戦後この仕事に失敗したら民衆的文化に対する現在の脅威は再び頭をもたげることになるだろう,それゆえその思考がわれわれの通念といくらか反していようともこの問題に取り組むことは必要不可欠である,と前置きをした後,次のように述べる28)。…

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反緊縮のマクロ経済政策諸理論とその総合
松尾 匡

https://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/24346063-119-2-9.pdf

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  1. https://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp>contents>osakacu>kiyo

政府支出が行われることを肯定する近年の欧米の経済学の諸潮流が存在する。 ... つまり,金融街の利害のために金融緩和を打ち止めにするのであり,零細事業者や労働



る。」32)21「…世論に対して試験的な性質のものであるとか,容易に変更される可能性をもつとかという感じを与える貨幣政策は,長期利子率を大幅に引き下げる目的に失敗するであろう。なぜなら,M2(投機的動機に基づく貨幣需要のこと 松尾)は,一定の水準以下へのr(利子率のこと 松尾)の引き下げに対してはほとんど無制限に増加する傾向をもつからである。他方,同じ政策でも,もしそれが合理的であり,実行可能であり,公共の利益にかない,強い確信に根ざし,つぶれそうにない当局によって推進されるという理由で世論に訴えるなら,おそらく容易に成功するであろう。」33)rを一定水準以下に下げるとM2が無限に増加するとは,すなわち流動性のわなを意味する。ケインズは,一時的な金融緩和政策では流動性のわなは脱却できないが,貨幣当局が政策姿勢を通じて,将来の政策に対する公衆の予想を変化させるならば,流動性のわなを脱却することはできると言うのである。23クルーグマンの提言ではこうした政策論の嚆矢となったクルーグマンの提言(Krugman,1998a,b)を,松尾匡(2016)に基づいて説明しよう。クルーグマンは擬似ISLM曲線を導出して説明しているが,むしろこのモデルの本質は無差別曲線図でかいた方が格段にわかりやすい。現在と将来の二期間を考える一財モデルで,家計は各期,無投入で財を産出し,消費のために財を需要する(これが財に対する唯一の需要である)。現在の所得(産出)をy,将来の所得(産出)をy・,現在の物価をp,将来の物価をp・,現在の消費をc,将来の消費をc・,名目利子率をiとする。このとき,予算制約線は図1のように,点・y,y・・を通り,傾き・1・i・p・p・の線分で表され,それと家計の無差別曲線の接点で,最適消費・c,c・・が決まる。全家計が同じなので,それを集計したものも同じ図で表されるとすると,利子率が適当に運動して傾きが変わって,財市場が均衡すると,y・c,y・・ c・となる。図1は,現在も将来も共通の完全雇用産出y・が実現されるケースで,将来財への主観的割引があれば,原点を通る45度線上の無差別曲線の接線の傾きは45度より急になる。よって,p・p・だとしても,正の名目利子率のもとで,図のように均衡が存在する。このときの実質利子率が自然利子率である。ところが,クルーグマンによれば,日本は少子高齢化が見込まれるため,将来の完全雇用産出y・・が,現在の完全雇用産出y・よりも小さくなると言う。その差が十分に著しいと,図2の予算制約線BFのように,点・y・・,y・・において無差別曲線と接する直線の傾きが,45度より緩やかになってしまう。すなわち,現在でも将来でも完全雇用が実現されるような実質利子率で

32) ケインズ(1983),原文198ページ。33) ケインズ(1983),203ページ。

ある自然利子率がマイナスになるということである。



もし物価が変化せずp・p・だったならば,これは名目利子率iが負であることを意味するが,それはできない。よって,p・p・だったならば,名目利子率がゼロになったところで傾きの緩化は止まる。つまり,予算制約線の傾きは45度となる。将来の完全雇用産出のもとでの需給一致が成り立っているならば,y・・ y・・の水平線の上で,無差別曲線の接線の傾きが45度のところで接するように,予算制約線が,図2のBUのように定まる。すると,そのときの最適現在消費と等しくなる産出yは,完全雇用生産水準y・よりも小さい。これが日本における大量失業状態を説明する。現実の実質利子率が自然利子率よりも高いことが失業が生じる原因というわけである。ここで現在においても完全雇用を実現するにはどうすればよいか。名目利子率が負になれないのならば,将来価格p・を大きくすることで,予算制約線の傾き・1・i・p・p・を緩やかにして,BFを実現すればよい。これがクルーグマンの提案の本質である。クルーグマンのモデルでは,財を購入するために貨幣を需要する想定になっているが,名目利子率が正ならば,貯蓄はすべて債券で将来に持ち越すので,均衡では完全雇用産出水準の財を購入する分しか貨幣が持たれることはない。それに対して,名目利子率がゼロになると,債券ではなく貨幣で持ち越す(債券は名目利子率ゼロを実現するために中央銀行に買い取られる)。この場合,どれだけ貨幣を増やしてもそれ自体では,今期の消費を増やすことはなく,ただ将来に持ち越されるだけである。すなわち,「流動性のわな」になっている。ただ,将来が完全雇用ならば,今期持ち越された貨幣が増えると,将来の物価p・が上がる。それが予想されると,予算制約線の傾き・1・i・p・p・が45度よりも緩やかになって,現在においても完全雇用を実現することができるわけである(だから,ここで貨幣供給を増やすという手段は,今期の物価を上げるためのものでもなければ,直接これによって今期の需要を増やすためのものでもない)。クルーグマンは現在の価格は硬直していることを前提する。これをもって価格硬直による市場メカニズムの不全が不完全雇用をもたらす旧来のケインジアンモデルの構造になっていると早とちりする読者もいるだろうが,それは誤りである。クルーグマン自身も述べているように,もし今期の価格が十分に伸縮的ならば,今期の価格pが下落することによって,将来価格p・が変わらないもとで予算制約線の傾き・1・i・p・p・を45度よりも緩やかにして,完全雇用を実現できる。すなわち,十分に現在価格が低くなって,そこから将来に向けて価格が上昇するというインフレ過程を予想することで実質利子率が下がるのである。すなわち,前節の「将来物価と比較した現在物価の変動」の項で見た新古典派完全均衡解である。こうした完全雇用解が発生することを排除するために,現在価格の硬直性の仮定を入れてあるのである。24クルーグマンは心変わりしていないさて,2015年10月20付けの『ニューヨークタイムズ』のコラムに発表されたクルーグマンの論考・RethinkingJapan・34)は,日本において「クルーグマンが心変わりした」との少なからぬ論評を巻き起こし,金融緩和に反対の論者をサポートする議論ととらえられる傾向も見られた。98年論文の見通しを自己批判し,金融緩和のような総需要拡大では解決できない供給能力側の成長低下が,停滞の原因だと認めたと解釈されているのである。しかしそれは本当だろうか。松尾(2016)はそうではないということを説明している。以下ではその概略を紹介する。クルーグマンが今回の論考で1998年のモデルを自己批判している点は,98年モデルで,将
 
34) Krugman(2015).

来において完全雇用が実現されてその産出水準y・・が持続すると想定したことである。これは,本人も示唆するように,解説の便宜のためのモデル上の工夫という側面が大きい。というのは,将来完全雇用が実現し,それが持続するならば,それ以降は図1のような状況になる。そこでは,人々は毎期所得を持ち越さず,すべて消費する。ということは,次期この定常状態に至ったならば,それ以降の状態は,今期の意思決定と何も関係しないことになる。よって,今期と次期の二期間の意思決定を考えれば話はすむ。本稿で,二次元の無差別曲線図で説明ができたのも,この性質のおかげである。この想定の場合,将来は図1のように,予算線の傾きは1より大きくなる。すなわち,ウィクセルの自然利子率がプラスということである。クルーグマンは,この想定が間違っていたかもしれないというのである。将来においても,ウィクセルの自然利子率はマイナスのままなのかもしれないと言う。すなわち,図2の予算線BFのような状態が続くかもしれないということである。それは,今期の完全雇用産出に比べて,来期の完全雇用産出が減少するということが,毎期続くということである。クルーグマンは,日本における労働力人口の減少がその予想を合理化するとみなしている。このことが,名目利子の非負制約による傾き45度の予算線のもとで,不完全雇用でデフレ圧力のかかる状態の持続を予想させ,それが自己実現されているというわけである。ただし,来期の所得もまた完全雇用産出ではないのだから,y・はy・・よりも低い。だから,予算線は図2のBUよりも低い位置にあることになろう。例えば,図2のBU'の破線の予算線のようなケースである35)。(図のケースの場合は,多少のインフレがあっても不十分だというクルーグマンの記述に合わせて,プラスのインフレが予想されている例を図示した。)今回のクルーグマンの議論によれば,日本経済が大規模な量的緩和にもかかわらずデフレ傾向を脱却できないのはこのためだと言うのである。ずっと完全雇用に到達しないのだから,貨幣供給を増やしても物価が上昇する将来はやってこない。みんなそのように予想するのだから,予算線は45度よりも緩やかにならず,不完全雇用が解消されない。いやたとえ多少のインフレを予想できても,予算線の傾きがBFの傾きほど緩やかでなければ 現実の実質利子率が自然利子率よりも高いならば やはり不完全雇用は解消されない。現在の日本経済はそうだと言うのである。クルーグマンのこの論考では,今後の日本経済の低い(むしろマイナスの)潜在成長率を受け入れて,それでも将来の財政支出への依存なく完全雇用を持続するにはどうすればいいかを考えているのである。だから,図2の予算線をBFのような状態に毎期すること,つまり,現実の実質利子率を,毎期マイナスの自然利子率に一致させることを目指している。ここでクルーグマンは,二つの通時的均衡の存在を考えているものと思われる。一つは,デ

35) 次期以降定常状態に至らず,次期以降のすべての消費が今期の消費に影響するのだから,正確には二次元図にかくことはできない。

フレないし低いインフレの予想が続くもとで,マイナスの自然利子率よりも現実の実質利子率が高く,不完全雇用が持続して,もとのデフレないし低いインフレの予想が自己実現し続ける均衡である。もう一つは,比較的高いインフレ予想によって現実の実質利子率がマイナスの自然利子率に一致し,完全雇用が持続して,その比較的高いインフレが自己実現し続ける均衡である。どちらの均衡も,一旦はまり込むと,そこから容易に抜け出ることはできない。だから,不完全雇用の均衡の持続から,完全雇用の均衡の持続に移るには,慣性の力に逆らう大きな一押しが必要になる。「日本にとって(そしてたぶん他の国々にとっても)必要なのは,本当の意味で積極的な政策だ。インフレ率を押し上げるために財政政策と金融政策を動員すること,インフレ目標を持続可能なほど十分に高く設定することである。ロケットが地球の重力から抜け出すには,脱出速度を超える速度が必要だ」とのこの論考の結論は,このことを言っていると思われる。25「リフレ」論のまとめに代えて:本質は実質利子率引き下げ策以上見てきたとおり,「リフレ」論の本質は,日本で一般に思われているように金融緩和に依存する政策論にあるのではなく,実質利子率の低下を企図することにある。したがって例えば,以下に掲げる方策は,実質利子率を低下させる方策として,すべて「リフレ」政策であると言える(松尾,2013,2018)。・インフレ目標コミットメント付きの金融緩和で,将来物価の上昇予想を人々に抱かせる。・あらかじめ公約したインフレ率の上限に達するまで,中央銀行の作った資金で政府支出する(例えば,一律の給付金)。公衆は政府が当然この上限までそれをすると合理的に予想するので,上限どおりのインフレ予想が抱かれる。・当面数年の消費税税率を低くし,将来的にそれを段階的に引き上げるスケジュールを約束する。・最低賃金の将来的な上昇スケジュールを公定する。・円相場の減価目標を示す。・資産課税で実質的にマイナス金利にする。現金は新札に切り替えて交換手数料を取る。Ⅲ 主要各派の見解の違いの整理31主要各派の共通点さて以下では,主要各派の間での見解の違いを整理するが,まずその前に,主要各派で共通する見解を確認しておく。例えば以下の論点は,MMTやポジティブ・マネーから,主流派と異なる自分たちの独自論点として主張されがちであるが,実は主流派の一部をなすニューケインジアンにとっても共通している見解である。 

・通貨発行権を持つ国家が破綻することはない。・課税は市中の購買力を抑えてインフレを抑制する手段であり,財政収支の帳尻をつけることに意味はない。・不完全雇用の間は通貨発行で政府支出をまかなってもインフレは悪化しない。・民間が貯蓄超過なら財政赤字は自然なことである。とりわけこの最後の論点は,マクロ経済学の初歩的教科書に載っている財市場均衡式から導かれるもので,あらゆる経済学が共有していてしかるべき見解である。すなわち,マクロ財市場均衡式は,Y・C・I・G・Ex・Imここで,Yは国内生産,Cは消費,Iは「投資」すなわち企業の設備投資など,Gは政府支出,Exは輸出,Imは輸入である。両辺に海外からの所得の純受け取りπを足し,両辺からCとT(租税)とIを引くと,・・・・Y・T・C・・I・・ ・G・T・・・・・Ex・Im・左辺(・)は民間貯蓄だから左辺[・]は民間の貯蓄超過である。右辺{・}は財政赤字,〈・〉は経常収支である。よってこの式は[民間債権増]={政府債務増}+〈海外の我国民への債務増〉を意味するが,誰かの「貸し」は誰かの「借り」だから,これは当然のことである。それだから,経常収支の動きを捨象すれば,経済の発展段階や景気によって左辺が変わると,それに応じて財政収支が変わることがわかる。日本の高度経済成長期は設備投資が旺盛で民間貯蓄でまかなえず,左辺が負なので,右辺も負になる。つまり財政黒字だった。石油危機後の経済停滞期は,設備投資が落ち着く一方で,高齢化が近づいて貯蓄が増えたので,左辺が正になった。だから右辺も正になる。つまり財政赤字になった。それがバブル期には設備投資が増え続けて左辺が縮小し続け,ついに負になった。右辺もそれに応じるので,財政赤字が縮小し続け,ついに黒字になった。そしてバブル崩壊後の長期停滞期には,設備投資が停滞して左辺の貯蓄超過が膨大な正値をとったので,右辺も膨大な正値をとった。つまり,大きな財政赤字が続いたのである。それゆえ不況で設備投資が低調で民間貯蓄が超過しているならば,財政赤字は必然なのである36)。これを無理に増税や政府支出削減で減らして右辺が減るならば,等号を維持するように左辺も減る。それは,低調な設備投資に合わせて民間貯蓄が減ることでもたらされる。つまり,国内生産(所得)が減ることで貯蓄が減るのである。つまり大不況になる。32「統合政府」の見方も共通それから,政府・中央銀行を「統合政府」で見る見方にも違いはない。親会社と子会社を連

36) ただしこの財政赤字が国債ではなくて貨幣の形で出されても式は満たされる。この場合は形式的にも返さなくて良い。  

結決算で扱うように,中央銀行も政府の子会社なので,政府と統合して扱うというものである。これもよく自派特有の見方としてMMTから主張される37)が,政府と中央銀行を統合して扱うことは,しばしば主流派経済学のモデルで見られる手法である。よく知られた例では,有名なシムズモデル(物価水準の財政理論FTPLモデル38))もそうである。こうした見方によれば,中央銀行が資産として保有する政府の債務は,両者を統合して見ると相殺される。日本の場合は,このかんの買いオペの結果,国債残高の43%,470兆円近くは日銀が保有しているので,その分は国の債務としては存在しないということになる。すなわち,日銀が通貨を発行して,政府の負債の半分をすでに返済したということである。実際,日銀保有国債は,将来インフレを抑制するために,政府から満期償還を受けて減らしたり,売りオペしたりする分以外は,永久に日銀の金庫の中で維持される。それらは満期がきたら借り換えられるか,あるいは事実上それと同じことであるが,政府から償還を受ける一方で市中から国債を買い入れることで維持される(現在の日本では日銀への償還のために市中に向けて発行した国債を,結局日銀が市中から買い入れている)。これは事実上永久に返済されることのない負債を意味する。33貨幣供給の内生・外生は論点か?さて一般に,広い意味で主流派経済学に属するニューケインジアンと,MMTや信用創造廃止派との違いとして最も意識されているのは,貨幣供給について外生説に立つか内生説に立つかであろう。ニューケインジアンは,やはり主流派の入門マクロ教科書のISLM図式に典型的に見られる外生的貨幣供給説に立っているとして,MMTや信用創造廃止派からしばしば批判される。MMTや信用創造廃止派の方は,内生的貨幣供給説に立つと自称している。簡単に言って,外生説は通貨当局が貨幣量を操作して利子率がそれに従って決まるとみなし,内生説は通貨当局が利子率を操作して貨幣量がそれに従ってきまるとみなすとされている。それに対して,ニューケインジアンのレンルイスは,MMTの学説全般について,基本的には,標準的マクロ経済学の考え方から出てくることと同じことを言っていると繰り返し評している。さらに,MMTの論者が政府取引の会計的細部にやたらとこだわるとの感想を述べ,そのことにいささか閉口している様子である(WrenLewis,2016a,2016b)。こだわるのはその点にこそ外生的貨幣供給と内生的貨幣供給の見解の違いが出ると思われているからなのだが,ニューケインジアンの側からすればこだわる意味がわからないところだろう。実際,主流派経済学のマクロモデルは,しばしば内生的貨幣供給説のような前提を採用する。典型的には,ニューケインジアンも新しい古典派も含む,動学的一般均衡のモデルでは,非常に頻繁に「テイラールール」と呼ばれる中央銀行行動を表す式が採用されるが,これは,イン37) ロマンチャック(2017)。

38) 松尾(2018)にモデルの解説がある。

フレ率とGDPのそれぞれの適正値との乖離に応じて利子率を操作する式である。この場合,貨幣量は内生的に決まる。私見では,金融政策で動かすものが「量」か「率」かは,理論の抽象度が,どれだけ通貨当局の究極目標に近いか,日々の実務に近いかで選べばいいだけのことである。例えばインフレが亢進したことを受け,金融を引き締めて総需要を抑制する場合を考えてみよう。通貨当局にとって究極の目標は,設備投資を減らすことである。そのために長期金利を上げて設備投資を減らす。これに着目すれば「率」をコントロールすることになる。そのためには民間の銀行の貸付を抑制することになるが,これに着目すれば預金も含むマネーストックの「量」をコントロールすることになる。そのためには貸付による預金の増加にともなって必要になる公定準備を積みにくくするために,政策金利の目標を引き上げて,銀行同士の資金繰りの利率を上げる。これに着目すれば「率」をコントロールすることになる。そのためには日々のオペレーションで,コール市場で国債などを売る「売りオペ」を行なって貨幣を吸収する。これに着目すれば「量」をコントロールすることになる。このどのレベルで理論モデルを組み立てるかによって,どちらを外生的な操作変数とみなすかが決まるだけである。よく,平時において,金融緩和を伴わない国債市中消化による財政拡大が,金利上昇によるクラウディングアウトを多少とも起こすかどうかについて,その可能性を指摘する主流派を内生説論者が批判するケースが見られる。しかしこれも単に用語の違いですれ違っているように思われる。国債を市中銀行が買うことで政府支出すると,その分預金が増加するので,市中銀行はそれに伴う公定準備を積み増す必要に迫られ,放置すると短期金利が上昇する。中央銀行が目標金利を維持しているならば,彼らは積み増す必要がある公定準備のぶんのマネタリーベースを供給することにより,金利の上昇を抑えることになる。このストーリーについて認識の違いがあるわけではない。主流派は,マネタリーベースを出して政策金利を目標どおりの水準に抑えたことを「金融緩和した」と表現するのである。それに対して内生説では,目標金利を引き下げたりせずに維持しているかぎり,「金融緩和していない」と表現するので,このケースは最終的に「金融緩和せず」に財政拡大してもクラウディングアウトが起こっていないことになるのである。34投資関数についての認識の違いが本質ではどこが違うのか。ニューケインジアンとMMTらの見解の違いの本質は,実は,貨幣システムについての認識の違いではない。ニック・ロウは,「MMTは垂直のIS曲線を仮定している」(Rowe,2011)と評しており,レンルイスもほぼこれに同意している(WrenLewis, 2016b)。私見もそうである。本質は,投資関数の形状についての認識の違い,特に,不況時に設備投資が利子率の低下に対して感応的かどうかについての認識の違いにあると思われる。

MMTら内生的貨幣供給論者は,不況時には利子率が下がっても設備投資が増加することはないとみなしている。そうなれば,預金の形で貸付が増えないので,マネーストックが増加することはない。私見では,金融引き締め時と緩和時の投資関数の感応度の違いは,投資の限界効率の一般的水準の違いによる。投資関数とはすなわち,投資の限界効率表のことであるが,投資の限界効率は追加的1単位の投資からの将来の収益予想のことである。投資収益の予想は,好景気で企業家が将来に楽観的ならば,すべてのプロジェクトに関して高くなり,不況で企業家が将来に悲観的ならば,すべてのプロジェクトに関して低くなる。だから,投資の限界効率表は,景気が好くなると上にシフトし,景気が悪くなると下にシフトする。収益率の高いプロジェクトは希少で,低いプロジェクトほどありふれているので,それを高い順に左から並べた投資の限界効率表のグラフ,すなわち投資関数のグラフは,原点に向けて凸の形状をしている。すると,下の図3に示すように,景気が過熱して金融引き締めを必要とするときには,投資関数の利子感応的部分が実現し,不況で金融緩和を必要とするときには,投資関数の利子不感応的部分が実現するのが自然である。特に,デフレの場合,名目利子率が負値をとれない以上,実質利子率も正値しかとれないのでそうなる。それゆえこのようなときに利下げしても投資が増えず,マネーストックを増やせないと言うことは,ニューケインジアンでも多くの主流派経済学の論者でも,違和感のない議論であろう。図3

ところがここからMMTとの見解の差が生じる。もし普通想定される投資関数がただ下方シフトしていることが原因ならば,実質利子率を十分にマイナスにすることができれば,設備投資を増やすことができるはずである。これがニューケインジアンのリフレ論であり,MMTの論点にはない点なのである。政策的には,左派ニューケインジアンもまた,中央銀行による財政ファイナンスで財政拡大することを厭わない点ではMMTと違いはない。何が違うかというと,単に財政支出そのもの

が総需要を拡大する効果だけでなく,そのことによって将来の物価が上がると人々に予想させることで,実質利子率を押し下げて設備投資などの現在の支出を増やす効果を重視する点にある。レンルイスは,中央銀行が創出した資金を給付金としてばらまく,市民配当型のヘリコプターマネーが持論だった。これも,将来の物価上昇予想による実質利子率の低下がその効果なのだと言っている(WrenLewis,2012)。ガリも,財政ファイナンスが効果を持つルートを実質金利の低下に見ている(ガリ,2014)。筆者もまた,中央銀行の財政ファイナンスによる財政支出拡大を提唱しているが,やはり政府支出の直接の効果と並んで,「インフレ目標の歯止めまで政府がそれをやるだろう」という公衆の予想形成による実質利子率の低下の効果を重視するので,左派ニューケインジアンの側にある。なお,先述のクルーグマンの1998年のモデルのように,財政によらず,もっぱら金融緩和だけで実質利子率を下げる主張もあった。実質利子率がマイナスになるということは,借り入れた資金で資材を買って何もせずに置いておくだけで,将来その資材を売却すれば,借り入れを元利返済したあと利益が残ることになる。だからどんなに社会にとって無益なものかもしれないが,ともかく実物投資は興って総需要を拡大することが期待できる。筆者もまた,現行量的緩和でも,企業家のインフレ予想を動かして,くだらない投資活動が興って景気だけは拡大して,政府の得点になることを警戒する必要はあると,野党側に向かってつねづね警告してきた。しかし,金融緩和に依存することがニューケインジアンの積極的主張というわけではない。実質利子率操作が主張の本質である。35コービノミクスvs市民配当・ヘリマネ派他方で,同じく中央銀行による貨幣創出を使った支出にしても,筆者が「コービノミクス」と呼ぶ方式と,市民配当と呼ばれる方式との間の論争がある。MMTではあまり市民配当派は聞かないが,ニューケインジアンと信用創造廃止派には,どちらもこの両派がいる。ここで筆者が「コービノミクス」と呼ぶのは,中央銀行が作った資金を,政策銀行を通じて,公共的意義のある支出に融資する方式である。コービンが党首選で提唱した「人民の量的緩和」が典型である。前述のとおり,この段階ではイングランド銀行による直接融資が想定されたが,その後は,イングランド銀行と政策銀行との間に債券市場をはさんだ間接的なスキームになっている。今日の日本で,量的緩和下で財投債を発行して財投が行われているのと似ている。いずれにせよ,結局は,イングランド銀行が作った緩和マネーを使って,公共的な投資が行われることには違いがない。この方式を提唱している政治家,政治勢力には,欧州左翼党(EUの共産党・左翼党の連合),オスカー・ラフォンテーヌ

39)(ドイツ左翼党)などがいる。経済学者には,マーフィ,フレ39) 市民配当型もオプションの一つとしてあげた上,コービノミクス型の方を選好している。ラフォンテーヌほか(2016)

デリック・ボッカラ(社会党政権当時のフランス政府アドバイザー),ヴェルナーなどがいる。彼らはみな当初の「人民の量的緩和」同様,中央銀行による政策銀行に対する直接融資を提唱している。ニューケインジアンのガリは,融資ではなく,マネタリーベースの恒久的増大による公共投資を推奨している(広義の「ヘリコプターマネー」)(白井,2016,258259ページ)。それに対して「市民配当」方式は,中央銀行が作った貨幣を,直接公衆に給付するものである。狭義の「ヘリコプターマネー」と呼んでもよい。レンルイス(WrenLewis,2015),アナトール・カレツキー,ポジティブ・マネー派のエリク・ローナーガン(Lonerganand Jourdan,2016)などが提唱している。似たようなもので,ミンスキー派のポストケインジアン,スティーヴ・キーンが提案する「モダン・デット・ジュビリー」というものもある(キーン,2018)。公衆の銀行口座に,中央銀行が作ったヘリマネを注入するのだが,まずそれを債務の返済にあてることを要件にするというものである。ギリシャの急進左翼党政権の元財務大臣で,首相がトロイカに屈服したことで辞任したヤニス・ヴァルファキスは,両方の方式を唱えているようである。彼が,テクノクラート支配の下にあるEUを民主化するために2016年に立ち上げたDiEM25(「欧州に民主主義を」運動2025)の「欧州ニューディール」では,「大規模なグリーン投資」「雇用保障システム」「反貧困基金」「普遍的な基礎配当(ベーシック・インカム)」「立ち退きに対抗する保護政策」の五大政策を掲げ,その原資については,中央銀行が投資事業債を買い取る量的緩和によって,公共銀行を通じて大規模な政策投資,雇用制度,反貧困基金をファイナンスするとしている(Varoufakis, 2017)。さて,市民配当方式のレンルイスは,コービノミクスに対して次のように批判していた40)。コービノミクス方式では,政府側の判断で公共投資が行われる。量的緩和は金利が最低を打ってもデフレが治らないひどい不況のときの方策で,それを脱したならばやめるべきものである。しかし,政府にとってのその投資プロジェクトの必要性がなお引き続いたならば,ひどい不況期をもはや脱しているのに中央銀行の緩和マネーを出し続ける誘因が出てしまう。それに対してレンルイスが中央銀行の作った貨幣を一律給付することを提唱したのは,インフレの状況に合わせて縮小・停止することが機敏にできるからである。ヘリマネ派のターナーは,コービノミクスと同様の融資の形をとった政策について,返済を前提しているので,マネタリーベースの恒久的増大を保証しないとの批判をしている。すなわちこれはヘリマネではなく,よってヘリマネの消費拡大効果がないというわけである(Reichlin, Turner,Woodford,2013)。(新しい古典派のバローが唱え,「リカードの等価定理」として知られている議論がある。国債を発行して政府支出しても,将来政府債務の返済のために増税されることを見越して貯蓄を増やして消費需要が減らされるために,総需要拡大効果が減退する

40) WrenLewis(2015).

とするものである。ところがヘリマネの場合,将来政府債務を返済しなくていいので,このような消費需要の減退が免れるというわけである。)このターナーの発言があった鼎談(Reichlin,Turner,Woodford,2013)において,ニューケインジアンのウッドフォードは,ターナーを批判して概ね次のように述べている41)。名目GDP水準の上昇スケジュールを目標にした量的緩和がなされる中では,政府が国債の市中消化で政府支出をしても,ヘリマネと理論的に同値になる。なぜなら,将来長期的に名目GDPが増えるなら,それに相応してマネタリーベースも増え続けるはずであり,その見合いとして中央銀行の金庫に,返済されることのない国債が増え続けるはず。ならば,将来増税してそれを返済する必要はないので,それに備えた支出抑制は起こらない。中央銀行と政府が独立に意思決定できる分,この方式の方がヘリマネ自体よりもよい。それに対してターナーは,ウッドフォードの提案では,債務返済不要な恒久的なマネタリーベース増だとは,公衆に正しく認知されない可能性があると反論している。そしてまさしくこの認識からターナーが提案しているのが,日銀保有国債の一部を,無利子永久債に転換して事実上消却せよという『日本経済新聞』での提案である(ターナー,2016a)。周知のように,同様の提案は,2017年3月14日の経済財政諮問会議でスティグリッツもしている。私見では,無利子永久債に代えて,政府発行の1兆円硬貨50枚で日銀保有国債を50兆円分消却しても同じことである。36信用創造廃止論vsMMT・主流派次に,信用創造廃止論をめぐる論争を見る。ターナー(2016b)に見られる信用創造廃止論の典型的議論は,次のようなものである。長期的実質成長が鈍化した先進国では,設備の純投資は少なくなって当然なので,民間銀行の信用創造は今や投機のためになされる。そのため,バブルが引き起こされてはそれが崩壊して経済が混乱する。それゆえ,信用創造に代えて,広義のヘリマネ(マネタリーベースの恒久的増大)で,公共目的のために貨幣を創造するように変えるべきである。こうして作った貨幣を,ポジティブ・マネー派やカレツキーは市民配当に使うことを主張している42)。ヴェルナーは公共投資に使うことを主張している。ここには,銀行部門が私的利益のために貨幣を作るシステムを改めて,民主的に民意を反映

41) ウッドフォードは,かならずしもコービノミクス型を推奨する立場なのではなく,中央銀行が国債を買い入れる中で,国債を発行して得た資金を政府が国民に配る市民配当型の提案をしている。白井(2016),258ページを参照。
42) ちなみに日本における代表的な市民配当型ヘリコプターマネー論者である井上智洋は,信用創造廃止論を唱えるニューケインジアンである。井上(2016)には,彼の主張のベースになっている自己のニューケインジアンモデルが収録されている。

した政府が公共目的のために貨幣を作るシステムにしようという意図がある。33これに対して,MMTの多くの論者も民間銀行による信用創造には批判的論調はあるが,前述のマーフィのように,廃止論には同調しない論者が多い。やはり前述のとおりペティファーも同様であり,キーンも「行き過ぎ」と評している。しかし,私見ではそれらの批判は,もっぱら信用創造を廃止したシステムの現実的な実装可能性をめぐるものであって,たしかにそれは否定し難い議論であるのは間違いないが,原理的批判は見当たらないように思われる。もともと,自他共に認めるMMTの考え方の源流の一つは,1940年代のアバ・ラーナーの「機能的財政論」である43)。ラーナーは,不況時には政府貨幣を印刷し,景気過熱時には徴税から得た剰余を退蔵または破壊することで,経済を望ましい状態に維持することをもって財政の果たすべき機能とみなした。借り入れするか貨幣を刷るか,政府債務を償還するか徴税から得た剰余を退蔵・破壊するかは,公衆の国債・貨幣のポートフォリオを通じて利子率を望ましい水準にするために決まるとする。そうするとこの場合,政府が貨幣発行,通貨量調整,利子率調整を担うことになり,今日の信用創造廃止論者の主張に通じる。37論争の評価さてここで,以上の論争についての筆者の評価を述べる。まず,貨幣創出して支出するのが,特定目的のための公共支出では,インフレが進行してから撤退できないとするレンルイスのコービノミクスへの批判は正しい。その点では市民配当は,インフレに合わせた調節が可能である点で優れている。また私見では,コービノミクスの投資対象は,採算性の面で容易に私的に投資されないものだからこそ,公共的意義のために公金を投じるもののはずだから,結果として融資が焦げ付くプロジェクトがあることは,織り込み済みとしなければならない。中央銀行が無から作った貨幣なのだから,それで損する人はいない。しかし,融資という形式をとる以上は,律儀に返済する事業主体と結果としてそうでない事業主体が併存することになり,不公平が生じてしまう。他方,そうは言っても,増税で景気の足を引っ張ることなく,人々の暮らしのための支出を充実するコービノミクスは魅力的である。そして,信用創造廃止論については,現実的な実装可能性としては多くの重大な問題があることを重々承知の上で,その本質的意義を評価すべきである。私見ではそれは,「投資の社会化」ということである。信用創造とは,かつての潜在成長率が高い時代,それに合わせて長期的に失業を累積させないために旺盛な設備投資がなされることが必然だったとき,それを,個々の投資が社会のニーズに合わないリスクを私銀行に負わせ,公に及ぼさない形で促進するには合理的な仕組みだっ

43)以下は岡本(2014)による,Lerner(1943)の抄訳による。

た。しかし,潜在成長率が低く,それに合わせると実物資本ストックの成長率も低くなる時代,長期的に見て設備投資が低調になるのは必然である。この場合,失敗の可能性を織り込んでも,あえて多くの投資を興す必要はない。むしろこの事態を,巨大な生産能力が個々の人間のコントロールを離れて自己膨張する時代の終わりとポジティブにとらえ,それらを個々の人間のコントロール下におくことを課題に乗せるべきではないか。たしかにこれからもリスクの高い投資案件はあり,そのおかげで画期的イノベーションが可能になるだろうが,それは公衆の貯蓄の範囲で本当に出資者が自由意志のもとでリスクをとってなせばよい。公衆の貯蓄決定から切れたところで,無から作られた貨幣でなされる投資は,銀行の私的判断ではなく,人民の民主的なコントロールによってなされるべきである。筆者は信用創造廃止論者の問題意識をこのようにとらえている。これはすなわち社会主義への志向にほかならない。なるほど筆者も含む多くの社会主義者は,ソ連崩壊に前後して国有中央経済計画モデルを捨て,資本主義経済体制のもとでの労働者協同組合や労働者の経営参加などの発展に体制変革の道筋を見てきた。しかしそれは階級社会的,商品経済的変質へのルートを幾重にも持っている。筆者は松尾(2012)でそのあり得べきルートを解説したが,その原因に設備投資がかかわるものが多い。結局,労働者協同組合などが本当の意味で生産手段共有の内実を持つためには,全社会的な規模での投資の社会化がなければならない。それは,民主的国家の手への信用の集中という『共産党宣言』の命題に戻ることである。Ⅳ 論争をふまえた私案ブレイディ・松尾・北田(2018)で提起した筆者のアイデアは,以上の論争の評価をふまえ,各派の積極的主張を総合するものである。すなわち,現在よりはるかに充実した福祉,医療,教育,子育て支援,防災,基礎研究等への財政支出を行う制度を作る。そして,好況時の完全雇用下においてこれらの支出の総需要拡大効果を相殺し,インフレをマイルドな目標率にとどめるだけの十分な総需要減退効果があるような税制を,大企業や富裕層に今よりもはるかに負担をかける形で設計する。しかし,不完全雇用のデフレ不況下においては,こうした総需要減退をもたらす税負担は,不況を悪化させる。そこで,デフレ不況下では,狭義のヘリマネで企業に対して設備投資補助金や雇用補助金を出し,同様に狭義のヘリマネで居住者全員への一律の給付金を出し,税負担の効果をマクロ的に相殺することにする。企業にとっては何もしないで重い法人税を取られっぱなしになるよりは,設備投資などをした方がましになるので,設備投資などが興ってきて景気が拡大する。家計についても,強度な累進課税で消費性向の低い高所得者からたくさん取って,一律に給付することになるので,消費性向の高い低所得者への所得の移転になって,消費

需要が拡大し,やはり景気にプラスになる。35このヘリマネは,究極の理想としては,中央銀行制度を廃止した政府通貨でなされるのが望ましいが,それが現実的でなければ,政府が国債を中央銀行に直接引き受けさせて得た資金を使うのでもよい。それも困難ならば,中央銀行が買いオペする一方で政府が国債を市中消化で発行して得た資金を使うのでもよい。いずれも経済学的にはさほど違いはない。そして,景気の拡大に合わせて,この設備投資・雇用補助金や給付金を縮小していき,物価安定目標のインフレ率を超えたときには,これを停止する。すると,その過程で,累進課税や法人税のビルトインスタビライザーの効果も加わって,大企業や富裕層への(補助金・給付金を差し引いた)ネットでの増税効果がだんだん高まり,総需要,特に設備投資需要が減退することで,インフレが抑制される。こうして完全雇用の好況時には,低い潜在成長率に等しい資本ストックの成長率になるように,設備投資が抑制される。この税制でその抑制効果が足りない場合にも,並行して公定預金準備率の引き上げや売りオペなどの金融引き締め策がとられるので,確実にインフレを抑制することができる。以上が私案の概略である。ここで,不況時にとられるヘリマネ支出が,直接には設備投資補助金や給付金であるところが,レンルイスの認識をふまえている。すなわち,インフレの状況に応じて規模がコントロールできて,簡単に撤退可能である。他方で,このデフレ不況時の構図を読み替えてみると,現行システムと比べた企業セクター,家計セクターへの増税分が,そのまま企業セクター,家計セクターに戻されて相殺されているとも読める。そう読めば,結局のところ,中央銀行の作った貨幣で,社会保障や教育などの充実がまかなわれると読んでも,マクロ経済的には同値である。そうすればこれは,中央銀行の作った貨幣を,公共的に意義のあるものに支出するというコービノミクスの図式になっている。それから,企業は不況のときには設備投資補助金を受け取り,好況になると利潤が増えたのに応じて高額の法人税を払うという図式は,見方を変えれば,不況のときに政府から設備投資資金を一部借りて,好況になってからそれを返す図式とマクロ経済的には同値である。したがってこれは,中央銀行の作った資金を,社会的に意義のある投資のために融資するというコービノミクスのスキームと同じになっている。ただし,もともと補助金の形式をとっていれば,結局好況時にも利潤が出ずに法人税を払わなかったとしても,形式上の不公平はない。そして,信用創造廃止論者の精神は,好況時において設備投資を抑制し,不況時において設備投資補助金を出すところに生かされている。この補助金によって,選挙を通じて民主的に定められたルールに基づき,社会的,環境的に望ましくない分野への投資を減らし,社会的,環境的に望ましい投資が誘導できる。このことを通じて,銀行の私的判断で投資がなされる時代から,投資が社会化される時代への移行を進めることが期待できる。ところで,景気過熱時のインフレ抑制策としては,売りオペよりも公定準備率の引き上げに重点を置き,不況時の景気拡大策としては公定準備率をあまり引き下げることはせずにもっぱらヘリマネに重きを置くと,国債償還の財政負担を小さくできるという表面的なメリットのほかに,景気循環を通じて長期傾向的に公定準備率を高めていくことができる。これは,長期的展望として事実上信用創造を廃止する方向に移行できる現実的方策と考えられる44)。

※本稿は,2018年7月27日に大阪市立大学で開催された「市大経済学会研究会」での筆者の報告がもとになっている。報告にあたっては,斎藤幸平さんからは準備・進行など多大なお世話をいただいたほか,コメンテータの労をいただいた中嶋哲也さんはじめ,参加者のみなさんから有益な質問,コメントをいただいた。その後も,そのときの報告資料に幾人かのかたからの有益なご指摘をいただいて,修正がなされている。また,本稿の執筆,掲載にあたっては,執筆の遅れのため,「巻頭言」執筆者の斎藤さんはじめ,本誌編集関係者に大きなご配慮とご迷惑をおかけした。以上,深く感謝とお詫びをもうしあげる。

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44) 井上智洋と筆者の対談イベントで合意した見解である(井上・松尾,2017)。

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ラーナー

岡本英男(2014)「福祉国家と機能的財政 ラーナーとレイの議論の考察を通じて」,『東京経大学会誌』第283号。
https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/6684/1/keizai283-11.pdf ★

229

(2)
機能的財政(Functional Finance)ラーナーは,彼の機能的財政論を「機能的財政と連邦債」(SocialResearch, 1943)において,はじめて本格的に論じた。
 ラーナーは,戦争勝利の必要性を別にすれば,経済的不安定の除去ほど重要な仕事はない,戦後この仕事に失敗したら民衆的文化に対する現在の脅威は再び頭をもたげることになるだろう,それゆえその思考がわれわれの通念といくらか反していようともこの問題に取り組むことは必要不可欠である,と前置きをした後,次のように述べる28)。

 機能的財政の中心となるアイデアは,政府の財政政策,支出と課税,公債の発行(政府の借入)と償還,新しい貨幣の発行,貨幣の引き揚げはすべて,これらのアクションが経済に及ぼす結果にのみ焦点を当て,なにが健全でなにが不健全かといった既存の伝統的ドクトリンに煩わされることなく着手されなければならない,ということである。政府の第1の財政上の責任(financialresponsibility)は,経済における財とサービスへのトータルな支出の比率を,現在の価格で生産可能なすべての財を購入する比率よりも大きくもなく小さくもないように維持することである。もし,総支出がこれよりも大きいままにしておくならば,インフレーションが生じるであろう。そして,もし,これよりも低いままにしておくならば,失業が生じることになるだろう。政府は,納税者が支出するための貨幣を納税者の手元により多く残すために,政府自らより多く支出したり減税することによって,総支出を増大させることができる。政府は,納税者の手元にある納税者が支出する貨幣を少なくするために,自らの支出を減らしたり増税することによって,総支出を減らすことができる。これらの手段によって,総支出は望ましい水準に維持することが可能である。その望ましい支出水準とは,働きたいと思うすべての人によって生産可能な財を購入するには十分であるが,生産可能な量よりも多くを(現在の価格で)需要することによってインフレをもたらすことのない水準である。
 機能的財政のこの第1の法則を適用するうえで,政府は政府が支出するよりもより多くの税を徴収するかもしれないし,または税の徴収よりも多くを支出するかもしれない。前者の場合には,政府はその差額を国庫に保持することができるし,またはそれを国債の一部の償還のために利用することもできる。後者の場合には,借入をしたり貨幣を印刷することによって,その差額を提供しなければならない。そのどちらの場合でも,この結果について何か良いこと,あるいは悪いことがあると感じるべきではない。政府は,失業とインフレを防ぐようなかたちで支出のトータルな比率を小さすぎないよう大きすぎないよう維持することにのみ集中すべきである。
 興味深い,そして多くの人にとってショッキングな論理的帰結は,政府が貨幣の支払いを必要とするという理由のみによって課税が実行されないということである。機能的財政の原理に従えば,課税は課税が及ぼす効果によってのみ判断されなければならない。その主要な効果は二つである。納税者の手元に残る支出するための貨幣が少なくなり,政府がより多くの貨幣をもつ。後者の効果は貨幣を印刷することによってずっと容易にもたらすことができるので,前者の効果のみが重要なものとなる。それゆえ,課税は,納税者が支出する貨幣を少なくすることが望ましい場合のみ,たとえば,そうしない場合にはインフレをもたらすほど納税者が支出するときにのみ行われるべきである。
 機能的財政の第2の法則は,公衆がより少ない貨幣とより多くの政府証券をもつことが望ましいときにのみ政府は貨幣を借りるべきである。というのは,これらは政府借入の効果であるから。そのようにしなければ,利子率があまりにも低くなってしまい(現金保有者の側で現金を貸出そうとする試みによって),あまりにも多くの投資を誘引し,かくしてインフレをもたらすことになるならば,これは望ましい。逆に,貨幣を増加させることが望ましい,あるいは公衆の手元にある政府証券の量を削減することが望ましい場合のみ,政府は貨幣を貸し出すべきである(あるいは政府債務の一部を償還すべきである)。課税,支出,借入,貸出(あるいは債務の償還)が機能的財政によって支配されるとき,貨幣収入を超える貨幣支出の額は,もし貨幣退蔵から帳尻を合わすことができないならば,新しい貨幣を印刷することによって帳尻が合わされるべきである。支出を超える収入の過剰は貨幣を破壊したり,退蔵貨幣を補充するために用いることができる。
 貨幣を印刷することに対してわれわれがもつほとんど本能的な嫌悪,貨幣印刷とインフレとを同一視する傾向は,われわれが冷静になり,この印刷は支出する貨幣額に影響を及ぼさないことに注意するならば,克服可能である。それは機能的財政の第1の法則によって規定される。その第1法則はとくにインフレと失業について言及する。貨幣の印刷は,支出と貸出(あるいは政府債務の償還)において機能的財政を実行することが必要なときのみ生じる。要約すると,機能的財政は「健全財政」という伝統的ドクトリンと予算を単年度または他の恣意的な期間に均衡させようとする原理を完全に拒否する。その代わりに,それは次のようにすることを命じる。第1に,総支出が低すぎる場合は政府支出を利用し,総支出が高すぎる場合は課税を利用することによって,失業とインフレの両方を排除するために(政府を含む,経済におけるすべての人による)総支出を調整することを。第2に,最も望ましい投資水準をもたらす利子率を達成するために政府の借入あるいは債務償還によって公衆の貨幣保有と政府証券保有を調整することを。第3に,プログラムの最初の2つを実行するうえで必要となるときには,貨幣を印刷し,退蔵し,破壊することを。

  このラーナーの機能的財政の主張は,アルヴィン・ハンセンが行ったようなショッキングでないかたちでのフィスカル・ポリシーの定式化でなかったがゆえに29),すなわち最も直接的で最もロジカルなかたちで提示されたために,多くの批判と反論を生んだ30)。…

28)Lerner(1943)pp. 39-41.
29)ハンセンによるフィスカル・ポリシーの定式化は,Hansen(1949)において最も明確なかたちでなされている。
30)たとえば木下は,租税の本質は強制獲得という点にあり,「この見地に立てば,いわゆる機能的財政(functional finance)の主張(A. P.Lerner, The Economics of Control, 1944)における租税の本質観は一種の奇形というべきであろう」としている。木下編(1965)pp.27-28.



Hansen, Alvin H.(1949), Monetary Theory and Fiscal Policy, McGraw-Hill. A. H. ハンセン著,小原敬士・伊東政吉訳『貨幣理論と財政政策』有斐閣,1953 年。

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