2020年10月11日日曜日

カール・マルクスと自然の搾取(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版)

カール・マルクスと自然の搾取(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版)

カール・マルクスと自然の搾取

 長らくマルクスはエコロジーに対して無理解な思想家だとみなされてきた。だが、米国の知識人ジョン・ベラミー・フォスターはマルクスの世界観が体系的にエコロジー的であり、そのエコロジー的見方がマルクスの唯物論に由来していると主張する。マルクスは、労働を通じた人間の自然への関与を説明するのに「物質代謝(Stoffwechsel)」という概念を使用している。それは生態学的意味とともに社会的意味を持っていた。[日本語版編集部]

(仏語版2018年6月号より)

Michaël Borremans. — « Red Hand, Green Hand » (Main rouge, main verte), 2010
photographer Peter Cox, courtesy Zeno X Gallery, Antwerp

 近年、エコロジーの問題はその影響力を増していることは、プラトンからマハトマ・ガンディーにいたるまで数多くの思想家たちの著作がエコロジーの視点で再読されているのをみるとあまりにも明らかだ。だが、あらゆる思想家の中で、最も実り豊かで最も論争的な著作を残したのは間違いなくカール・マルクスだ。アンソニー・ギデンズは、マルクスが初期の著作の中でエコロジーの見方を詳しく展開したことは確かだが、それ以降、マルクスは自然に対する「プロメテウス的[技術優先で反エコロジー的な]立場」を採用したと主張する(1)。同様に、マイケル・レッドクリフトは、マルクスにとって環境は「あらゆる事象を可能にする」機能を持っていたが、「すべての価値は労働の力から生じた」(2)と指摘する。最後にアレック・ノーヴはマルクスが「生産の問題は資本主義によって解決されてしまった、それゆえ「結合した生産者たち」(producteurs associés)による未来社会では乏しい資源の利用の問題を深刻に考える必要はないだろうと信じていた」と語っている。それは社会主義がどのようなものであれ「エコロジーの意識」を持つことは無意味であったということだ(3)。こうした批判は正しいのだろうか?

 1830年代から70年代にかけて、栄養分が失われることによる土地の肥沃度の減少は、欧州でも北米でも資本主義社会においてエコロジー上の主要な関心事だった。この問題によって引き起こされた不安と比肩するのは、都市で増大する環境汚染、大陸中での森林伐採、人口過剰についてのマルサス主義者の恐怖しかなかった。1820年代と30年代に英国で、もう少し後には資本主義経済が発展途上にあった欧州と北米の国々で、土地の消耗についての全般的な不安が肥料の需要を驚くほどまでに増大させた。ペルーのグアノ[海鳥糞]を積んだ船が1835年にリバプール港に初めて到着した。次いで1841年に1700トンが、1847年には22万トンが輸入された。この時代、農民はワーテルローやアウステルリッツといったナポレオン戦争の戦場を掘り起こし、自分の畑にまくための遺骨を必死で探し求めたのだった。

 (米国に関心のあったドイツの化学者)ユストゥス・フォン・リービッヒは、米国では穀物生産の中心地とその市場が数百キロ、あるいは数千キロ離れていると指摘していた。腐植土の成分はそれゆえ、元の土地から遠く離れた土地へと運ばれ、土地の肥沃度の再生産をさらに困難にしていた。

テムズ川の汚染

 マルクスはエコロジーに無関心であるどころか、1850年代の終わりと1860年代の初めのリービッヒの著作に影響を受け、栄養素の収奪、すなわち再生を保証しないという意味での資本主義的「搾取」への体系的批判を土壌に関して展開しなければならなかった。マルクスは資本主義的農業についての主要な二つの分析を、大規模産業と大規模農業が一つになり、土地と労働者を疲弊させているという説明で結論付けている。この批判の核心は『資本論』第三巻「資本主義的地代の生成」の終わりの一節で要約されている。「大きな土地所有は、農業人口をますます低下して行く最少限まで減らし、これにたいして、大都市に密集する工業人口を絶えず大きくして行く。こうして大きな土地所有によって生みだされる諸条件は、生命の自然法則によって命ぜられた社会的な物質代謝の関連のうちに回復できない裂け目を生じさせるのであって、そのために地力は乱費され、またこの乱費は商業をつうじて自国の境界を越えてはるかに遠く運びだされるのである。……大工業と、工業的に経営される大農業とは、いっしょに作用する。元来この二つのものを分け隔てているものは、前者はより多く労働力を、したがってまた人間の自然力を荒廃させ破滅させるが、後者はより多く直接に土地の自然力を荒廃させ破滅させるということだとすれば、その後の進展の途上では両者は互いに手を握り合うのである。なぜならば、農村でも工業的体制が労働者を無力にすると同時に、工業や商業はまた農業に土地を疲弊させる手段を供給するからである」[大内兵衛・細川嘉六監訳『マルクスエンゲルス全集 資本論Ⅲb』(大月書店、1967年)1041〜1042ページ]

 この分野でのマルクスのすべての理論的アプローチの鍵は、社会的・エコロジー的な「物質代謝(Stoffwechsel)」という概念だ。この概念は労働過程の理解の中に位置付けられている。労働過程の(歴史的に特殊な表出に対立するものとして)一般的な定義で、マルクスは労働を通じた人間の自然への関与を説明するために物質代謝の概念を用いた。「労働はまず、人間と自然とのあいだで行われる行為である。労働では人間自身が自然にたいして自然力の役割を果たす。人間は、自分の生活上有用な形態を素材に与えてこの素材を同化するために、自分の身体に授けられている力、腕と胴、頭と手を動かす。人間は、この運動によって外部の自然に働きかけてそれを変えると同時に、自分自身の自然を変えて、自分自身の自然のうちに眠っている力能を発展させる。(……)労働過程(……)は人間存在の恒久的な自然的条件である」(4)[法政大学出版局刊『フランス語版資本論』上巻167~168ページ]

 リービッヒ同様、マルクスにとって、土地の栄養素をその土地に還すことができないことは、都市汚染と近代下水道システムの非合理性と対をなすものだった。『資本論』の中でマルクスはこう述べている。「例えばロンドンで450万人の人間の排泄物を、巨額の費用を使ってテムズ川を悪臭で満たすのに使うよりましなことは何もない」。マルクスによると、「人間の自然的物質的代謝によって生み出された排泄物」は、工業生産や消費による廃棄物と同様に、完全な物質代謝サイクルの中にある生産サイクルに戻されなければならなかった(5)。マルクスが導き出した、都市と農村の敵対的断裂とそれが引き起こす物質代謝の亀裂は、ともに、世界レベルで明白だった。本国の工業化を支えるため、あらゆる植民地は土地と資源と土壌を収奪された。「150年来、英国はアイルランドの土を間接的に輸出し、耕作者に土壌成分を取り戻す手段さえ許さなかった(6)」とマルクスは書いている。

 資本主義的農業および栄養分(特に都市の有機的排泄物)を土壌に還す必要性についてのマルクスの考えは、生態学的な持続可能性という、より概括的な概念へと彼を導いた。その概念とは、合理的で一貫した行為は、理論上、不可能である資本主義社会の中で実際のところきわめて限定された正当性しか持てないのに、集合した生産者たちの未来社会にとっては反対に本質的なものであると考えた。「特殊な[特定の]土地生産物の栽培が市場価格の変動に左右されるということ、また、この価格変動につれてこの栽培が絶えず変化するということ、そして資本主義的生産の全精神が直接眼前の金もうけに向けられているということ、このようなことは、互いにつながっている何代もの人間の恒常的生活条件の全体をまかなわなければならない農業とは矛盾している」[前掲大月書店『資本論Ⅲb』798ページ]

 「人間の何世代にもわたる連鎖」のため土地を保護する必要性を強調することで、マルクスは持続可能な開発という現代的な観念の本質を捉えていた。その概念はブルントラント報告が提示した、「将来世代が彼らの需要を満たすという能力を危うくすることなく、現在の需要を満たすことのできる開発(7)」という最も有名な定義で知られている。マルクスにとって土地は「共同財産として、人間の何世代にもわたる連鎖の存在と再生産のための、譲ることのできない条件であり、自覚的、合理的に」扱われることが必要だった。こうしてマルクスは『資本論』の有名な章でこう書いている。「社会のより高度の経済的構成体の見地によれば、特定の個人による地球の一部に対する所有権は、一人の人間の他の人間に対する所有権と同じく馬鹿げたものに見えるだろう」

 時にマルクスは労働価値説を打ち立てる際に自然の役割について無理解であったとも批判されてきた。すなわちマルクスは、自然が資本に対してなされた「贈り物」であるとみなすことで、すべての価値は労働に由来するという理論を発展させたというのだ。だが、こうした批判は誤解に基づいている。マルクスは土地が資本への自然の「贈り物」だとする考えを考案したわけではない。この考えを提唱したのはトマス・マルサスとデヴィッド・リカードであり、彼らの経済学の著作の中心命題の一つをなしている。マルクスはこうした考えに本質的な社会的・エコロジー的矛盾を意識していた。「1861-1863年の経済学草稿」の中でマルクスは、資本によって確立された特殊な社会関係の総体と環境が結びついている在り方を考慮に入れずに、環境を「自然から人間への贈り物」だとする「重農主義的」な考えに繰り返し陥っているとマルサスを非難している。

 確かにマルクスは、資本主義の価値法則によるといかなる価値も自然には認められないという自由主義経済学者と意見が一致していた。資本主義の下でのすべての商品においてと同様、小麦の価値は、それを生産するのに必要な労働から生じる。だが、マルクスにとって、それは交換価値をめぐってつくられたシステムの中で資本主義的商品関係に固有の狭隘で限定された富の概念を表出しているにすぎなかった。真実の富は使用価値の中にある、それは資本主義の形態を超えた生産一般を特徴付けている。従って、使用価値の生産に寄与する自然は、労働であるとともに富の源泉でもあった。マルクスは『ゴータ綱領批判』の中で、マルクスが「超自然的創造力」と呼んだものを労働に認めた社会主義者たちを痛烈に批判した。彼らが労働を富の唯一の源泉であるとみなし、自然の役割を顧みようとしなかったからである。

*この記事は、フォスターの Marx ecologiste(Editions Amsterdam, Paris, 2011)仏語訳からの抜粋。原著(英語版)は『マルクスのエコロジー』と題して2004年にこぶし書房から翻訳されている

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