2020年7月11日土曜日

佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」

佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」
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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(4)|将棋情報局
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藤井 まず、将棋には居飛車と振り飛車がありますよね。そのうち、圧倒的に手つかずなのが振り飛車です。将棋界では昔から常に居飛車が主流で、莫大な局数が指されてきた。一方の振り飛車は実戦例が少なくて、まだまだ未開拓ですね。僕から見たら、「居飛車はもういいんじゃない?」と思ってしまう(一同笑)。僕は居飛車には3つしか戦法がないと思っている。1つ目は矢倉系。2つ目は角換わり系。腰掛け銀、早繰り銀などの将棋ですね。そして3つ目が空中戦。相掛かりや横歩取りなど飛車角系の将棋です。もちろん異論はあるだろうけど、大きく分けるとこの3つしかない。一方の振り飛車は、三間飛車、中飛車、四間飛車とあって、それぞれは全く別の戦法なのですね。それで囲い方が美濃囲いと穴熊に分かれるので2倍の6通り。さらに角を換えるか換えないかで2倍に膨れて12通り。そこに向かい飛車もまぜちゃえば、一気にバーンと増えてくる。こっちばかり細かく分けて申し訳ないけど(笑)、振り飛車は戦法の数が多いですね。
菅井 ひいき目が入っていますね(笑)。
佐藤 居飛車も分けてくださいよ(笑)。
藤井 もちろん分けてもらっても構わないけど、僕から見るといつも同じ将棋を指しているように見えちゃう。振り飛車のほうが、ちょっとずつ違うという印象を受けてもらえているはずですよ。それともう1つ、忘れてはならないのが相振り飛車です。相振りは特殊な戦法で、「相振り党」なんて人はいませんよね。戦型の数にさえ、基本的には入ってこない。これはなぜかというと、「必要とされていない」からなのですよ。理論的に考えると実現しにくいのです。▲7六歩△3四歩から始まって、仮にどちらかが飛車を振ったとしても、もう片方が飛車を振る必要は全くない。ある意味、「趣向の戦型」ですね。実際、ほとんど▲2六歩や△8四歩から対抗型に進んでいるじゃないですか。だから相振りは途方もない未開拓状態です。みんなで指しても100年以上は楽しめますよ(笑)。

佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(1)|将棋情報局
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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(1)

第58期王位戦で、菅井竜也挑戦者が羽生善治王位を4勝1敗で下し、初タイトルとなる王位を獲得した。
菅井王位が升田幸三賞を受賞した2年前、「新手」をテーマに、当代きっての新手メーカー3人が大いに語った座談会の模様をお届けする。
(初出:将棋世界2015年7月号 段位・肩書は当時のもの)
コンピュータ将棋の進歩によって、将棋界はいまプロ棋士の存在意義が問われようとしている。そのコンピュータの計算力が遠く及ばない分野、つまり人間の英知が明らかにまさっている部分があるとすれば「序盤の構想力」に違いない。 プロ棋士が持つ「将棋を創造する力」とは何だろうか。升田幸三賞受賞者であり序盤のパイオニアとして知られる3人に登場願い、存分に語り合ってもらった。
全3回シリーズの第1回、テーマはズバリ「新手」について。これまで明かされたことがなかった、新手メーカーたちの本音と苦労をご覧あれ。

工夫する精神

――菅井六段、第21回升田幸三賞の受賞、おめでとうございます。まずはご感想をお願いします。
菅井 最多勝利賞や勝率1位賞は勝利を積み重ねればもらえる賞ですが、升田賞は自分では選べない賞です。いままで受賞された方と比べると自分の工夫は小さいので、もらっていいのかなという思いは少しありましたが、やはりそういう名誉ある賞を自分にいただけたのはとてもうれしかったですね。
佐藤 菅井さんの将棋は序盤から工夫を凝らすことが多いですね。『菅井ノート(先手編、後手編)』(マイナビ出版刊)を読みましたが、早石田やゴキゲン中飛車でさまざまな新工夫をされています。なるほどなというのを感じていたので、今回の受賞は妥当というか、いずれは取るものだと思っていました。
藤井 そうですね。升田賞は最近手詰まり感が出ていて、毎年「今年は誰だろう」と思いながら様子を見ています。でも今年の菅井さんに関しては、「なるほど、当然の受賞だな」と思いました。将棋に対する工夫の姿勢が他の棋士とはひと味違いますし、升田賞にはそういった「工夫する精神」が大事でしょう。これという一つの戦法ではないかもしれませんが、これだけ総合で数多くの新しい手を出していれば、誰もが納得するのではないでしょうか。
菅井 新しい戦法を開発したわけではないので、違いはあると思いますが、そういっていただけるとうれしいです。
佐藤 私も菅井さんと一緒で、受賞は2回とも総合的にもらったもので、新戦法に対してではありません。この中で戦法として受賞したのは藤井さんだけですね。
藤井 ポイントがたまればということでいいのではないでしょうか(一同笑)。
菅井 自分の場合は初めからある程度ベースができているところに、うまくいかないから何か加えるという感じなので、運がよかったと思います。
藤井 今回の受賞理由には特に入っていませんが、僕は菅井さんの指した4手目△3二飛(A図)がすごく斬新だなと感じています。評価している人は少ないように思いますが、あれは常識破りの手ですよ。あそこで△3二飛は、「ない手」とされていた。従来、悪いとされていた手を、そうでもない、互角に戦えますよといった感じで覆す手は、もっと高く評価されていいと思いますね。

(A図は第71期順位戦C級2組(平成25年1月)の▲藤原直哉六段―△菅井竜也五段戦。A図から▲2二角成△同飛▲6五角ではっきり悪いと思われていたが、△7四角▲4三角成△4二金▲3四馬△4七角成と進み、菅井が乱戦を制した。)  

佐藤 ゴキゲン中飛車における△2四歩(B図)なんかも、居飛車党からするとちょっと考えられない手ですよね。飛車先の歩を切らせるようなものですし、狙いが千日手というのがまた斬新です。それと本に書いてあったのですが、△2四歩に代えて△4四角(C図)という手もありましたよね。あれは相当にびっくりしました。あんな手、普通は思いつかないでしょう(笑)。

(居飛車が▲5八飛と回ったのを見て、△2四歩が面白い一手。対して▲同歩△同角▲2八飛なら△2三歩と受けておく。そこから▲2五歩△3三角▲5八飛なら千日手模様だ。)
(『菅井ノート後手編』に載っている菅井の研究手。対して▲4四同銀なら△5八飛成▲同金右△4四歩で後手も戦える。▲5四歩なら△7一角と引いて、△3三桂の活用を狙う。)

菅井 ほとんど趣味の世界ですけど、そういう少し変わった手が好きなところがありますね。
佐藤 あと、ゴキゲン中飛車の△4四歩(D図)はスピード感あふれる手ですね。振り飛車の指し手が1手遅れそうなところでぎりぎりのバランスを保つのがすごい。現代的な発想だと思って感心しました。ただし、これは本が出たあと指しているのは私だけで、菅井さん本人も指していない。私も痛い目にあって、いま現在は指していません(笑)。

(超速▲3七銀戦法への対抗手段。▲4六銀なら△4五歩▲同銀△3二金と構える。以下▲3四銀△5六歩▲同歩△8八角成▲同銀△7二玉▲5七玉!と進んだのが、第61期王将戦第1局(平成24年1月)の▲佐藤康光九段―△久保利明王将戦。)

藤井 やっぱり、実際に指すかどうかなんだよね。いまはみな、考えて指さないのがほとんどだから。やっぱり新しいことをやろうとすると、損をします。勝てればいいけど、そう簡単にはうまくいきません。やっぱり実際に「指す」ことは大事で、評価も上がりますし、その度胸に対しては敬意を払いたい。

――今回の座談会のメインテーマは「将棋の創造」なので、新手について語っていただきたいのですが、まず新手の定義とは何でしょうか。
佐藤 新手の定義ですか。それができたらすごいことですよ(笑)。私はまず、公式戦か、それに準ずる公の舞台で最初に指された手、というのが条件になると思います。画期的な手であるとか、そういった要素もあるでしょうが、印象は受け取る人によって違ってくるので定義に含めるのは難しいでしょう。
藤井 ここで定義を決めるわけにはいきませんが、一般的に言われているのは、「その一手で形勢の評価が変わる」ということでしょうね。先手よしと思われていたのが、その一手によってそうでもないと思われるようになるとか、何か大きな動きがないと新手とは呼べないような気がします。例えば負けた将棋をなぞっていって、敗着だった手を修正して勝ったとします。それはあくまで問題点の修正であって、新手というのとはちょっと違うのではないかと。そうでないと、1局指せば必ず新しい手は生まれますので、新手だらけになってしまいます。
菅井 これ、難しいですよね。新工夫と新手は違うのではないかというのはありますね。実戦例から離れたとしても、そこに深い研究とか構想とかがないのであれば、自分は新手だとは思いませんね。
藤井 だから、「新手不発」とか「新手実らず」とかよく書かれているけど、いい手でないなら新手とは呼んでほしくはないよね。「新工夫、実らず」ぐらいにしておいてほしい(笑)。
佐藤 まあ、新手でよくなったあとに逆転負けすることもあるから、やっぱり一概には決められないですね。

モチベーション

――今日お集まりいただいたのは、将棋界きっての新手メーカーと呼ばれる方々です。みなさんにお聞きしますが、新手を生み出すことに対してのモチベーションはどこから来ているのでしょうか。
藤井 昔は新手というのを特に意識してはいなかったですね。単に修正の繰り返しをしていたという感覚です。振り飛車党は居飛車党と比べて、同じ将棋を何度も繰り返して指しているところがあって、1局指し終わってもすぐ連続して同じ局面が現れてくる。だから勝っても負けても少しずつ手を加えていかなければやっていけないのですよ。日々そんなことの繰り返しで、インパクトのあるいい手が指せれば、それが自然と新手と呼ばれていました。そのうちにいくつかの新手が周りから評価されるようになり、それが意外と気持ちいい(笑)。僕の場合は周りから持ち上げられて、いつの間にか新手を指す棋士になっていました。ですから最初から「俺は人まねをしないぞ」とか、そんな志を持っていたわけではありません。おだてられての産物で、後付けです。でもファンの方に喜ばれているようなので、結果的にはよかったですね。
菅井 自分の場合はゴキゲン中飛車とか石田流だと定跡通りに進めると少し苦しいのかなというのが強かったです。でも他の戦法ができなかったので、苦しい中でもなんとかならないかな、というのが一つのテーマでした。実戦例とは違う手を必死に探しているうちに、新手が生まれたこともありましたね。あと、定跡形でいい勝負とされている局面でも、自分としては自信がなかったりとか、定跡手順が自分の感覚と合わないというのはありました。例えばB図。従来の定跡は少し前に△5四歩と打っていたのですが、ここに歩を打つのは自分の感覚にはない手です。特に新手を作ろうと思っているわけではないので、指した手が偶然にも勝負になる手で、それが新手として認められたのは運もよかったですね。
佐藤 私の場合はプロになった頃から、序盤の探求心は旺盛になってきたように思います。でも新手に対するモチベーションは何かと問われると、いちばんはやっぱり、「必要に迫られて」ということですかね。対局が近づくと対策を考えなければなりませんし、そこから戦法に対しての興味も出てきて、「こうやったらどうなるのかな」みたいな疑問も湧いてきます。私は振り飛車もよく指すのですが、「振り飛車党」と呼ばれたことは一度もないので(笑)、居飛車党としての立場から話をさせていただくと、居飛車党は基本的に、「同じ戦型の先後をどちらも指す」という人が多いですよね。そのときどきの状況に応じて先後を使い分ける感じです。丸山さんのように、先手なら角換わり、後手なら一手損角換わりという風に先後によって戦法を使い分ける棋士は少数派です。そうすると、一つの戦法に対して、「先手をよくしなければ」とか逆に「後手をよくしなければ」といった意識は、振り飛車党の方に比べると薄い気がします。一つの戦法でよくしようというよりは、各戦型の中の一つ一つの変化でどういった手があるのか、延長線上を探っているといった感じです。また最近の私は流行している戦型よりも、興味のある形で勝負している感じなので、必然的に独創的な手が出ているという部分はあります。
藤井 たしかに、居飛車党の人たちは戦法に対する思い入れはないのかな、という疑問をいつも思いますね。先手を持って圧勝した形で、今度は平気な顔をして後手で指したりするじゃないですか。盤面をくるくる回して、「別に自分は強いから、どっちを持ってもいいですよ」と言っているみたいな(笑)。ここにいる3人は違うのでしょうが、こだわりがない人が多いのではないかと思っています。みなさんはあまり序盤が好きではないのかな。僕は序盤が好きなのですが、中終盤のほうが好きというタイプが圧倒的に多い気がします。
佐藤 たしかに「戦法として、これを組み立てていこう」みたいな考え方をする棋士は少ないような気がしますね。
――例えば羽生名人はどのようなタイプなのでしょうか。
藤井 どちらかといえば序盤よりも、後半が好きなのではと思いますね。
佐藤 でも、オールラウンドプレーヤーと呼ばれている羽生さんでさえ、絶対に指さないという戦型はありますよね。ダイレクト向かい飛車とか、全然指していないと思いますけど(笑)。
菅井 あれ、やっていませんでしたか?
佐藤 あ、そういえば7年前の棋聖戦のタイトル戦で指して、私が失冠しましたね(苦笑)。思い出しました。でもそれからは、ほとんど指されないですよね。羽生さんは結構、指さない戦法がはっきりしていて、例えば矢倉なら▲3七銀戦法が主力です。森下システムや藤井流早囲いもほとんど指されないですよね。羽生さんがどう考えているのかはわかりませんが、真理を追究して戦法を選択した場合には、どうしても選択の幅は狭くなります。逆にどれも一局だと思っていれば、何でも指せるわけですから。
藤井 いろいろなタイプがいますね。序盤については、「勝率が高い」のを研究するのが好きな棋士は、はっきりいっていっぱいいますよ。
菅井 自分もそういうタイプかもしれません(笑)。なんとなくですが、「実戦的」というのは少し意識しますね。興味のある戦型も多いのですが、自分の力では勝ちきれないなと思うことも多いです。先ほどの話についてですが、自分としても、先後両方持って指す人は不思議ですね。研究していたら、ちょっとでも「どちらかを持ちたい」という気持ちは出てきますから。

新手誕生のタイミング

――新手が生まれるプロセスについて知りたいのですが、ひらめきみたいなものは、どのようなときに起こるのでしょう。盤に向かっているときなのでしょうか、それとも日常生活でなんとなく考えているときなのでしょうか。
菅井 それはさまざまで、いろいろなパターンがあります。でも最近は、対局しているときが多いかもしれません。対局中に、研究していた手とはまるで違う指し手だとか、構想だとかがぱっとひらめくことがあります。ただし、対局の持ち時間内ではそれをきちんと精査することができません。すぐその対局で指してみることもありますが、怖さもありますので持ち帰って研究し、「思い描いた構想」を「具体的な手順」に昇華させてから使うこともありますね。
藤井 僕の場合は、対局中に浮かぶことは少ないです。それよりも対局が終わったあとの修正が新手になることがほとんどですね。ただし「藤井システム」に関してはちょっと特別で、少し前の将棋世界(2014年11月号「ぼくはこうして強くなった」藤井猛九段の巻・後編)で詳しく述べましたけど、あれは必要に迫られてというところはありました。ただそれも修正の積み重ねという見方もできますし、やっぱり僕の新手は対局の修正から生まれています。
――藤井九段は対局後の反省にどのくらいの時間をかけているのでしょうか。
藤井 それはやっぱり、納得するまでやりますよ。先ほども話した通り、何度も同じ局面で戦っていますので、振り飛車が負けた将棋を見て、「よし、この手でいこう」とか思ってやってくる人がいるわけですよ。次の対局日までにその対策がないとしょうがないじゃないですか。2度と現れそうにない将棋なら別ですが、メインでやっている戦型については、ある程度何か用意する必要がありますよね。ところが最近は情報の流れが早いせいか、修正が間に合わないことがあります。昔はもっとのんびりしていました。「この手をやられたら嫌だな」というのがあっても、実際にその手を指されるのは半年後とかだったのですが、最近は1週間も経たないうちに飛んできたりする。満足のいく修正ができていないことが多く、忙しい時代になったなと(笑)。
佐藤 私としては、基本はやっぱり1人で研究しているときですかね。研究会で最新の変化を突っついているときに出てくることもありますが、個人的にはあまりそういうのは好きでないので、ある程度の局面になると「あとは個人で」といった感じにしてしまいます(笑)。ただ、根詰めて出す新手とは別に、全く発想の飛躍が必要な新手もありますよね。そういったものに関しては、例えば散歩をしているときに思い浮かぶこともあります。しっかりと考えることはもちろん必要ですけど、新手の種類によっては、少し環境が変わったほうがアイデアが生まれやすいというのはあるのかもしれません。例えば棋士同士ばかりで話していると、どうしても考え方が固定されがちになりますが、いろいろな世界を見たりお話を伺っていると、「なるほど、そういう考え方もあるのか」と、刺激を受けたりします。それがよい影響になって、いろいろな角度から盤面を見られるようになることはありますね。まあ、そういうことからいい手が生まれたら、それは運がよかったということでしょう。何も出ずに「困ったな」と思いながら対局日を迎えることなんてしょっちゅうですから、幸運に感謝しなければいけませんね(笑)。
藤井 そうそう、運とかタイミングとかはとても大事ですよ。勝っているときとかのほうがいいですしね。新手が生まれるにはいろいろと条件が必要ですよ。

手が震えた新手

――実際に新手を用意してある局面を迎えたときは、どんな気持ちなのでしょうか。例えば「よし、やっと研究の成果が出せるぞ」といった感じなのでしょうか。
佐藤 昔はそういう感覚もあったのですが、いまはうれしいというよりは、「不安が取り除かれている」というのが大きいですね。何も準備がないのはやっぱり不安ですよ。用意してある手の善悪はともかく、研究してあるということの安心感というか、精神的な支えは非常に大きいかなと思います。ただし、いざ用意の新手を出すにあたって、手が震えたということはありましたけどね。
――例の▲5七玉(D図の解説参照)ですか?
佐藤 いや、▲5七玉はそうでもなかったのですが(笑)、△1二飛(E図)を指すときはまともな手つきではなかったですね。自分でいうのもなんですが、「ほんとに指していいのかな」と、ちょっと緊張してしまいました(笑)。相手の羽生さんは盤面だけでなく、なんでも瞬間的に察知される方です。なるべくこちらの思惑を悟られないようにと思って、時間もそれほど使わずに指したのですが、かえってぎこちなくなってしまいました(笑)。昔は用意した新手に対して何かあるのではないかといった不安も結構ありましたけど、いまは年を取ったせいか(笑)、あまりそういうことはなくなりましたね。

菅井 自分としては、それほど気持ちの面での変化はないですね。実際には何か用意していても、なかなかその局面になりません。仮にその局面になったとしても、研究通りの手順に進むことは少ないですし、振り飛車の将棋は新手一発で勝負が決まる、みたいなことはほとんどありません。ですから、「そうなったらいいかな」といった風な、気楽な気持ちでいますね。
藤井 たしかにしっかりと用意しているときほど、その局面にならないというのはありますね。自分の自信が相手に伝わってしまうのかもしれないけれど、「来い、来い」と思っているときほど、うまく回避されてしまう。不思議ですね。藤井システムを最初に指したときはほんとに運がよくて、その日に用意していた、思った通りの局面が盤上に現れた。しかもあれは性質上、用意していた研究手で決着がついてしまう戦法だったので、早い段階で勝つことができた。あのときは25歳だったけど、その位の年齢だと運がいいですね。25歳は棋士人生における運のピークだと思います(笑)。「こんなことはもうないだろうな」というぐらいにうまくいきました。それからは、新手でホームランを打って勝つみたいなことはないですね。だいたい新手なんて、うまくいくかどうかは全然わからないですよ。研究しているときは、どうしても形勢判断が甘くなる。「互角だな」と思っている変化を実戦でやってみると、大抵は苦しくなりますね。「はっきりよし」と思っている変化で、なんとか勝てるかどうかといった感じ。「ちょっと悪いかな」と感じている変化を実際にやってみたとしたら、多分それは必敗ですよ。研究のときはどうしてもひいき目に見てしまう。僕の感覚では相当に自信がある手でないと、実際に勝つのは大変ですね。だからヒットを打って、そこからが勝負になります。仮に新手でよくなったとしても、「これを勝ちきらないといけない」というプレッシャーが掛かりますよね。やっぱり勝たないとせっかくの新手が評価されないかもしれないから。だから、勝てる時期にやらないとだめなんだ。僕なんか、いま新手を出しても最後にオチがついちゃうから(笑)。やっぱり勢いとか運は大切だと思いますよ。勝負である以上、「勝ちきる」というのは大事だから、新手は出しただけではだめ。研究して指すだけでも大変だし、それを勝ちきってようやく一人前。新手って、そんなにいいものじゃありませんよ(笑)。

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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(2)|将棋情報局
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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(2)

前回記事

スペシャリストの悩み

――謙遜されていますが、藤井九段は現在も角交換四間飛車の開拓をはじめ、さまざまな工夫を重ね続けています。
菅井 自分は角交換四間飛車を指す前に、藤井先生の棋譜をずいぶんと並べました。
藤井 そうなの? 並べて嫌になったりはしなかった?(笑)
菅井 嫌になったりはしませんでしたが、意味が難しい戦法だなとは思いました。いきなり藤井先生の将棋を並べたのがよくなかったのかもしれませんが。
藤井 僕が指している将棋は、どうも不人気ですよね。難しい上に、ご利益も少ない。同じ振り飛車でもゴキゲン中飛車がこれだけ人気なのは、言い方は悪いけど、誰でも指せるからでしょう。
佐藤 たしかに「難しく指す」からプロらしいというところはありますよね。誰でも指せる戦法をプロが使うのは、それはそれで難しいところがあります。アマチュアの方でも真似しやすく人気のある戦法を、しっかりと成立させて勝ち抜いていくのは大変なことでしょう。
藤井 佐藤さんもよく、「誰も真似してくれない」と嘆いていますよね。
佐藤 一応、論理的に組み立てているつもりなのですが、大盤解説会などでそれをいうと、まずそこで笑いが起きます(笑)。何故ですかね。どうもキャラができあがってしまったのかな。
菅井 ダイレクト向かい飛車は自分もやってみたいですけど。
佐藤 角交換系の将棋は駒組みの制約があって、間口が狭いですよね。私としてはダイレクト向かい飛車を指すにしても、できればいろいろな対策を相手にして戦いたい。毎局のように同じ形だとつまらないじゃないですか。でも相手側からすると、その戦法を相手にするのは新鮮なことなので、いちばん有力とされる対策で来るわけですよ。そうすると、スペシャリスト側はそればっかりを相手にすることになる。せっかくいろいろな形の準備をしているのに生かせない。そうなると私としては面白くないし、連採していくのも大変です。これはスペシャリスト側の問題というか、悩みですね。

相手は「全世界」

――普段の研究は1人ですか。それとも共同研究もしているのでしょうか。
藤井 僕は基本的に1人でやっています。ただし、一時期はよく阿部健治郎(五段・同じ西村門下)とやっていましたね。7~8年前のことですが、矢倉をやってみようと思ったときに、僕は基礎がまるでできていないから、さすがに居飛車党の助っ人が必要でした。その頃、鈴木大介八段と当時は振り飛車党だった永瀬拓矢六段がコンビを組んでいて、関西では久保利明九段と菅井竜也六段というコンビができていました。一応「振り飛車御三家」と呼ばれている身としては対抗意識を燃やして阿部健治郎と組んでみたけど、彼は居飛車党なので、どうにも歯車が合わないのですよ(笑)。「このコンビは変だな」と思いつつも、2人で矢倉だけでなく、中飛車や角交換系の将棋など、いろいろ研究していました。久保、菅井コンビは実際のところ、どうなの?
菅井 最近はほとんどやらなくなりましたね。奨励会の二段の頃がいちばん教えてもらったかもしれません。三段から四段になりたての頃は新構想をぶつけてみるみたいなこともありましたね。胸を借りて教えを請う相手としては、これ以上の方は考えられません。ただし、プロになってからはそれも減りました。最近は研究会自体もあまり参加していませんし、新構想みたいなものはいつも自分1人で考えています。
佐藤 私は奨励会初段の頃に、室岡克彦七段に研究会に誘っていただいて、ずいぶんと面倒を見ていただきました。室岡先生は非常に論理的な研究をされていて、受けた影響はかなり大きいですね。最近の研究会は将棋を指すのが中心ですが、その頃は室岡先生と、あともう1人棋士か奨励会員がいて、「指さない研究会」をやっていました。ただし研究テーマは四間飛車と相掛かりや横歩取り、つまり室岡先生の得意戦法が多かったですけど(笑)。室岡先生は論理的なだけでなく、いろいろな新しい発想も出されています。そして室岡先生はその研究を全部ノートに整理されていて、その冊数はびっくりするぐらいの量になります。あれはいずれ世に出してほしいですね。
藤井 あれは本当にすごいです。部屋いっぱいです。
佐藤 しかも面白いのは、その研究ノートに記された図面ですね。自分側のところに「室岡」と書いてあって、相手側のところに「全世界」と書いてあるのですよ。これはすごいなあと思いました。だって全世界ですよ。つまり棋風とか好みとかいった要素を一切排除して、論理的な研究で1つの戦法をきわめてやろう、という気概があるじゃないですか。いまだったら「新手1勝」じゃないけど、とりあえず1局勝てればいいや、みたいに思う人もいるかと思いますが、室岡先生の姿勢には見習うべきものを感じます。
藤井 研究しているときの基本的な気持ちとしては、僕も相手は全世界です。「1局、2局はこれで勝てるかな」といった精神では絶対にやりませんね。
佐藤 やっぱり藤井さんは素晴らしいですね。そうじゃないかと思っていました。私はそうではないです(笑)。というのも、最初の話に戻りますが、やっぱり自分は居飛車党出身で、居飛車は先後両方とも指すので、片方がつぶれたら指せなくなってしまいますよね。だから「きわめてやろう」という精神が薄いというか、どこか純粋じゃないというか、少し濁ったところがありますね(笑)。
藤井 僕は裏表をやらないのでわからないけど、矢倉の先後を両方持つ人にとっては、突き詰めたらまずいところがあるじゃないですか。先手有利になればなるほど後手を持ったときには困るわけで、適度なところで止めておきましょうという気持ちが働くのかもしれない。ところが、相手が振り飛車となれば、全く容赦がないのでこっちはきつい(笑)。振り飛車なんて、向こうの人からすればなくなっても何も困ることはないから遠慮がないよね。「消えてなくなれ」ぐらいに思っているのでしょう(笑)。だから、こっちも全世界を相手に戦う気持ちを持たないと、やっていられないわけですよ。
菅井 研究するときには、先後をひっくり返してみることもありますね。
藤井 例えば菅井君が中飛車をやったら、みんなが連合軍のように遠慮なく超速▲3七銀戦法でつぶしにくるじゃない。あれなんかどう思うの?
菅井 たしかに超速は勝率が高い戦法ですし、すごい流行でしたよね。でも前は逆に「やってきてほしいな」という気持ちが強かったです。反骨心もありましたし、そういう優秀な戦法と勝負したいという気持ちもありました。そもそもそのときは超速以外の研究はほとんどしていませんでしたし(笑)。いまは特にそういった思い入れはないですね。
佐藤 そういった気持ちは大事ですよね。気概というか、精神がしっかりしていないと1つの戦法を組み立てていくことは難しいと思います。

水面下の研究

菅井 採用する戦法について聞きたいのですが、何か嫌な要素というか、水面下で気になる変化があったら実戦では使わないものですか?
藤井 ん? いつも嫌な変化だらけですよ(一同笑)。
菅井 例えば藤井システムで、「自分の中ではこれが嫌だけど、みんなの中ではそう思われていないから、まあやってみようか」みたいなことはありますか。
藤井 それはある。「この変化は嫌だな」というのはたくさんあるけれど、みんなは主流の変化をやってくるので実戦には現れない。だけど気持ちの中で課題としてとらえ、水面下では研究を続けていますね。当面の間に出てきそうなのを重点的にやって、いずれ出てきそうというのにも備えて手広くやっている感じだけど、昔から常に不安な変化だらけですよ。
佐藤 私は戦法を散らすタイプだと思っていますが、「ちょっと嫌だな」という予感があるときは他の戦法を考えたりしますね。だけど、嫌な変化は必ずありますよね。全部の変化で自信があるとか、あり得ないでしょう。それは「最後は自分が勝つ」というのと同じで単なる自信家ですよ(笑)。ただ、若いときは、そういうことを気にしていたかもしれませんね。いまはもう来たらしょうがないかと開き直っているというか(笑)。
藤井 たしかに段々不安に慣れてくるというか、仕方がないと思えてくるね。
菅井 自分は「いい勝負」だと思えばやるのですが、「少し不利」と思う変化があればできないですね。
佐藤・藤井 若い、若い(笑)。
藤井 たしかに若いけど、そういう細かい気配りは大事ですよ。
菅井 若いですか(笑)。でもそう考えると、できる戦法がほとんどなくなってきますよね。仕方がないから、はやっていない変な方向の研究ばかりして、誰も入ってこないのに、「やっぱりこの変化は自信ないな」とかで封印したり(笑)。
――完璧主義というか、そういう傾向はあるのでしょうか。
菅井 いや、とても完璧主義ではないですけど、実際にその変化が現れて負けたら、バカみたいじゃないですか。
佐藤 その「嫌な度合い」には注意が必要で、「これは大丈夫、あれも大丈夫」といった感じでどんどん大きくなってはまずいですよね(笑)。自分の中である程度は許せる範囲は決めてやっています。
藤井 でもそれで、自分の指し手を狭めてしまうのはもったいないじゃないですか。研究するがゆえに、逆に可能性を閉じてしまう。
佐藤 たしかにそれはありますね。
藤井 研究には弊害もあって、何も考えなければいろいろ指せるのに、すればするほど「これもだめ、あれもだめ」なんてことになってきたら、結局楽しくなくなってきてしまう。
菅井 たしかに自分は、結構1人で苦しんでいることが多いですね。
藤井 だから、そこは研究家のバカみたいなところで、むしろ研究しないほうがいいみたいなときもありますよ。
佐藤 たしかにあえてしないというのも1つのアイデアかもしれない。もちろん全然しないわけではなくて、する部分としない部分を分けるということですね。
藤井 だから途中でばさっと切っちゃうのがいいね。ある程度やって、「さあ、あとは実戦で」みたいな感じで。どっちが勝ちかまでは、やらないほうがいい。
佐藤 でも突き詰めるのが好きな人も多いですよね。そういう人にはちょっと向かない方法かもしれません(笑)。

なぞり将棋

――前例を踏襲する将棋が増えているということについてはどう思いますか?
菅井 その人が一手一手ちゃんと考えて指しているのであれば、それは構わないと思います。研究した結果、実戦例の進行しか思い浮かばなかったとしたら、それは仕方ないですよね。でも、「トップ棋士がやっているから」という理由で指すのはよくないとは思いますけど。
佐藤 まあ前例をなぞっていくことは、考え方としては普通のことだと私は思っていますね。「最初から最後まで最善を指そう」と突き詰めて考えていくと、正しいと思う手を外すわけにはいかないじゃないですか。私も若い頃はそういうタイプでしたし、例えばチェスの世界では、よりそういった傾向が顕著なはずですよね。その人の将棋観というか考え方にもよりますけど、ある意味ゲームとしては、しょうがないことだと思っています。ただ、私としては同じようにずっと指していくのはモチベーションが上がっていかない。もちろんやってみたい形があればやりますが、ファイティングスピリットが出てこないので、なるべくそうはならないようにしています。
――最近は角換わりや横歩取りの将棋が多いように思うのですが。
佐藤 たしかにそうですよね。アマチュアの方が見ていて面白いのであれば構わないと思うのですが。藤井システムとゴキゲン中飛車ばかりなら、喜ばれるのでしょうけどね(笑)。プロが見ていても飽きてくるぐらいだから、「どうなのかな」とも思うけど、「最善の追求」を考えると、どうしてもそういう現象が起きてくるのもしょうがない気がしますね。
藤井 申し上げにくいですけど、「なぞり将棋」と呼ばれるのは、圧倒的に居飛車党の将棋ですよね(一同笑)。振り飛車党の将棋はそう呼ばれないでしょう。
佐藤 振り飛車党は「同じ将棋を指すなんて情けない」みたいな流儀ですか。
藤井 というより、なぞっていると簡単に負けてしまうからね。
菅井 そうですよね。当たり前ですが、必ずどこかで変化が必要です。
藤井 これは実はね、棋風というよりは「スタイル」が同じ人が多いからなのですよ。将棋界は長らく羽生さんがトップに立っていますよね。羽生さんは序盤が本筋追求型で、中盤は効率的な指し方をして、終盤は鬼のように強い。ある意味、「完璧な将棋指し」みたいなスタイルを確立してしまった。みんな子どもの頃からその姿を見ているので、どうしてもそこを目標にしてしまう。本当はそれが、「打倒、羽生!」となればいいのだけど、「羽生さんみたいになりたい」と、見習ってしまう人が多い。そうすると、先手のときは角換わりのように、有利さを発揮しやすい「勝てる定跡」を採用する。後手のときは相手の注文はなるべく受けずに反発して、横歩取りのように理論的というよりは「実戦的」な戦法を指す。「自分さえよければいい」と思っているかどうかはわかりませんが(笑)、そういう「いけてるスタイル」の人が多い以上、なぞり将棋が増えるは当然ですね。
――とても鋭い分析です。
藤井 みなそれなりに個性もありますが、似たような感じの人が多いじゃないですか。やっぱり角換わりと横歩取りがメインだから、まずは、はやっている戦型を指すのが大事と。そして相手が飛車を振ってこようものなら、穴熊にとね。「これにはこれ、あれにはあれ」といった感じで、戦型別に勝率の高いイメージというものをそれぞれ持っている。その方針で指しているから、似た将棋が増えてくるのでしょう。
佐藤 それと、流行しているときに指さないとわからない、ということもありますよね。例えば、いま四間飛車対5筋位取りをやってみたいなと思っても、全然できないじゃないですか(笑)。昔の戦法を純粋に面白いなと思っても、そのときとは感覚も違っているし、研究するのも難しい。ですから、はやっているうちに触れておきたい、というのはあると思いますね。

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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(3)|将棋情報局
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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(3)

棋士のプライド

――自分が出した新手を、他の棋士が指したときはどう思いますか。「まねされて悔しい」みたいな思いはありますか。
菅井 いや、「悔しい」みたいな気持ちは全然ありませんよ。自分が逆の立場につくこともありますし、光栄なことだと思っていますね。
藤井 僕も藤井システムが流行していたときには、うれしい気持ちがありましたね。しかも、「指してもらったほうが、自分のためになる」こともある。居飛車党は大勢いますから、自分ひとりで全員を相手にしていたら大変じゃないですか。他の棋士がやってくれて負けているのを見て、「危ない、危ない、自分もやろうと思っていた」というのが結構ありましたね。でも逆に勝っているのを見ると、ちょっと悔しい意味はありますね。「あなたが勝てたのは僕のおかげじゃないの? お歳暮くらい贈ってよ」みたいな(笑)。まあそれは冗談だとしても、羽生―谷川のタイトル戦でも最新形が現れて、「なるほど」と感心することがありました。より高度な考え方を取り入れて効率よく研究できたので、巡り巡って自分にかえってくるところがありますね。
佐藤 私から見ると、まねされているお二人がうらやましいです(笑)。
――自分が温めていた新手を、他の棋士に先に指されて悔しい思いをしたということはあるのでしょうか。
菅井 それはあるかもしれませんが、自分がそれを口にすることはないですね。新手に対して、「あれは自分もやろうと思っていた」というような話を聞くことがありますが、それを言うのは「どうかな」と思います。だって、後からならなんだって言えるじゃないですか。思い描いた構想はあっても、課題をクリアできなかったとか、何か嫌な手があったから指さなかったのですよね。例えば「自分も藤井システムをやろうと思っていた」とか、冗談にしか聞こえません(笑)。
佐藤 藤井さんが指摘された通り、「指すのが大事」だということですね。
藤井 実際に昔、藤井システムについて「あれは俺が三段の頃から指していた」と言われたことがありましたよ(笑)。
菅井 それは意味がないですよね。やっぱりプロ棋士なので、同じような構想はみな持っているわけですよ。でも最初に指すのと、優秀だとわかったあとに指すのは全然別ですね。やっぱり公式戦で指すのは大きいことだと思います。
藤井 僕は指そうと思っていた手を先に指された経験が、過去に2回あります。1つは研究会の情報が漏れたことが原因だけど、もう1つはすごくびっくりした。かなり古い話で、平成8年に行われた第14回全日本プロトーナメント準決勝の▲屋敷伸之七段―△羽生善治七冠戦です。A図から羽生さんは、左美濃の玉頭めがけて△8二飛と回りました。これはさすがに奇抜な手だから、「僕が最初に指すのだろうな」と思っていたから驚きましたね。研究会で1度指したことはあったけど、その情報が羽生さんに伝わったとは思えないし、不思議な感じがしました。実はA図の1手前の局面は佐藤さんと指したことがあって、「場合によってはバーンと飛車を回るぞ」というつもりで駒組みをしていました。

(羽生七冠はここから△8二飛と回り、▲3四歩△2二角▲4五桂△8五歩▲同歩△8六歩▲同玉△7五歩▲同歩△9五歩▲同歩△7四銀で優勢になった。対して▲7四同歩なら△8五飛で先手玉は収拾がつかない。実戦は△7四銀に▲6六角と辛抱して、屋敷七段が逆転勝ち。)


佐藤 そういえばありましたね。
藤井 佐藤さんはA図の▲3七桂に代えて▲6六銀だったから違う展開になったけど、羽生さんはその将棋を見て、「この形は△8二飛を狙っている」と見抜いたのかなあ。
佐藤 研究会とはいえ、1局でも指したら危ないのではないですか(笑)。
藤井 いや、そのときのメンバーと羽生さんに接点があるとはとても思えない。局面として見れば△8二飛は自然な手ということですかね。謎です。

斬新な角交換四間飛車

――最近の藤井九段は角交換四間飛車をよく指されています。
藤井 これは藤井システムと違って、誰もまねしてくれないですね。
佐藤 そんなことはないでしょう(笑)。
藤井 みんなが指しているのは、僕のとは微妙に違う。だから1人で一生懸命指して、授業料を払っているところです。誰か代わりに被害にあってくれれば戦法の進化も早いのですが(笑)。
――アマチュア間ではすごい流行ですが。
菅井 でもまあ、さすがにプロとアマチュアでは違いますよ。
藤井 プロ間では人気がないですよね。△3三銀、△4二飛という形がみんなは好きじゃないのかな。結局、△2二飛と回ることになるしね。だからダイレクト向かい飛車のほうが人気なんだ。
佐藤 いや、全然、人気ないですよ。特に今年に入ってからはひどくて、指しているのはほとんど私ぐらいです。あとは伊藤さん(真吾五段)と、中村さん(亮介五段)くらいかな。「全世界」を相手にしていくにはちょっと少ない(笑)。
菅井 でも後手番として、すごく意欲的な戦法ですよね。
藤井 やっぱり、タイトル戦で指されるのは大きいね。みんなが注目するから、研究テーマになるし、進化も早い。
――今年の王将戦第4局(▲郷田真隆九段対―△渡辺明王将戦)は角交換四間飛車になりましたね。
藤井 あれはとても勉強になりました。3筋の部分的な攻防(B図)は、頭の中ではよく出てくる変化だけど、意外と実戦では経験していない。「なるほど、こういう風に進むのか」と感心しましたね。

(ここから▲3五同歩△同銀▲7七角△4四角▲同角△同銀▲8七銀△3二飛▲3六歩△3一金と進んだ。途中の△4四角に▲3六歩と打てば△7七角成▲同桂△4四銀で手得できるが、▲3六歩を打たされているのが不満となる。双方に妥協のない進行。)

菅井 (ポツリと)難しいですよね。
藤井 菅井君に難しいと言われてしまうと困るなあ(一同笑)。みんなは何を求めているのだろう。
菅井 藤井先生の実戦で3一銀型のまま△5二金左(C図)と上がって、△4四歩と突く序盤があるじゃないですか。

(第55期王位戦挑戦者決定リーグの▲佐藤康光九段―△藤井猛九段(平成26年5月)より。3一銀の動きを保留したのが藤井九段の工夫で、相手の駒組みを見て銀の活用法を決める狙い。実戦は△2二飛~△4二銀~△5三銀と使っていった。結果は佐藤九段の勝ち。)

佐藤 それも私との将棋でしたね。
菅井 自分はあれを見て、本当にすごい構想だなと思いました。
藤井 え、意味がわからないってこと?
菅井 (笑)。いや、意味はわかるのですが、「浮かびにくい構想」ですよね。手順を工夫したということなのでしょうが、斬新だと思います。
藤井 僕としてはなかなかの工夫なのに、いかんせん負けているし、作戦勝ちもしていないから、全く評価されない。アイデアとしては優秀だと思うけど、菅井君にはわかってもらえるかな?
菅井 いやあ、もう、はい(笑)。
藤井 うれしいね。僕は一局一局、ちゃんと細かいところで工夫しているのに、それを言っても「はー、そうですか」と、全部スルーされてしまう。会心の工夫があっても、全然わかってもらえない。かといって「ここが工夫したところです」と、企業秘密を自分から一生懸命に宣伝する人はいませんよね(笑)。
――ジレンマを感じるわけですね。
藤井 そういう意味では、引き角戦法の飯島栄治七段のように、ある程度の宣伝は必要なのかもしれないね(「飯島流引き角戦法」は第16回升田幸三賞を受賞)。彼は賢いですよ。表面的な部分だけを、「ああです、こうです」と明かしてしまって、みんなに指してもらう。そうすれば割りと評価もされるし、戦法が進化していくから。僕も飯島流でいこうかな。

印税生活

――戦法に開発者の利権が認められれば、宣伝をしやすいかもしれませんね。
佐藤 戦法に著作権があれば、藤井さんはすごいですよ。お屋敷が何十件も建つのではないでしょうか(笑)。でも実際に将棋で印税生活はできないから、常に新しいことをやっていかなければ食っていけない。大変です。
藤井 それはあるよね。
佐藤 ひどいときだと、新しい戦法を使ったら負けてしまい、しかも次にその相手がその作戦を使って勝つ、みたいなこともありますからね。
藤井 あれは結構、頭にくる(笑)
佐藤 横歩取りで▲5八玉と上がったあとに角交換して、▲7七桂(D図・前ページ)~▲8六歩と指す作戦があるじゃないですか。あれは最初に私が三浦弘行九段とのA級順位戦で指したのだけど、その将棋は逆転負け。しかもその戦型は羽生―三浦の名人戦など公式戦で頻繁に現れたのに、私自身は指す機会が全然なかった。2年後にようやく指したけど、完全に置いてけぼりをくっていて、細かい変化に全然ついていけない(笑)。

(第68期A級順位戦の▲佐藤康光九段―△三浦弘行八段(平成21年11月)より。ここから△8四飛▲7五歩△5一金▲6八銀(佐藤新手)△9四歩▲8六歩△9三桂▲7四歩△同歩▲7二歩と進んだ。その局面は平成22年の公式戦だけで9局も現れた。)

藤井 アイデアだけ提供して、なんの実りもないという。
佐藤 印税生活ができたらいいなあ。私にも多少は入ってくるでしょう(笑)。
藤井 新手使用料として、勝ったほうの対局料から天引きするとかね(笑)。
菅井 お気持ちはわかりますが、さすがに実現はちょっとないですね(笑)。

対策を迫られた竜王戦

――「新戦法の誕生秘話」みたいな話があれば教えていただきたいのですが。
藤井 自慢みたいになるのは嫌だけど、まあいい機会だから話そうかな。ゴキゲン中飛車の「▲5八金右超急戦」というのがあるじゃないですか。あれは一応、僕の新手ですが、知っていますか。
佐藤 鈴木さん(大介八段)との第12期竜王戦ですね。
藤井 そう。鈴木大介君との七番勝負は居飛車で戦うと決めていたから、ゴキゲンを迎え撃つ必要があった。だけど当時はまだゴキゲン対策が少なくて、▲2二角成と角を換える丸山ワクチンと、▲7八金型ぐらい。そのどちらも自分の棋風には合わなくて、▲3六銀と出ていくような急戦もメジャーではなかった。「だったら相振りでいいじゃないか」と言われそうだけど、それも自信がない。そこで死に物狂いで考えた。だってタイトル戦、しかも竜王戦ですよ? それはもう必死に研究しましたね。そのうち左の金を▲6八金と上がって、▲2四歩から決戦になった将棋が僕のアンテナに引っかかった。それをヒントに「▲5八金右の形で▲2四歩の決戦をやれないか」というのが新しいアイデアです。▲6八金だと持久戦にされたときに不満だけど、▲5八金右なら自然に玉を囲えるから、向こうが妥協してくれれば作戦勝ちになるだろうと。▲5八金右は前にもあった手だけど、▲2四歩の決戦に踏み込んだのは僕が初めてでしたね。舞台はタイトル戦ですよ? しかもあれから16年近く経ったいまでも指されていて、実戦例は300局を軽く超えている。なのに、▲5八金右が「藤井新手」と書かれたことが一度もないのはなぜでしょうか?
――申し訳ございません。今度からはそう書きます(笑)。
佐藤 最初はどうしても評価されにくいですよね。これはプロの習性で、「前例のない手はどこかおかしいはず」と経験で判断して、まずは否定しにかかる。最初から感心する手は稀ですね。
菅井 自分も藤井先生の新手だとは知りませんでした。たしかに人の名前はついていないですよね。
藤井 そうでしょう。いまの若手棋士は、僕が最初だとは誰も知らないですよ。
菅井 やっぱり、振り飛車の新手ではないからでしょうか。
藤井 別に「藤井新手」と呼んでほしいわけじゃないけど、あれはまさに「必要に迫られて」の新手だった。居玉で戦うのは得意としていたし、手順が理論的でもある。僕のアンテナに引っかかった「これかな」という感覚を大事にして突き詰めていった。
――準備はどのくらいしたのですか。
藤井 研究を始めたのが番勝負の直前だったけど、それでも30時間くらいしましたね。「これで勝ち」というところまでは持っていけなかったけど、「難しい」というのはわかった。たいした研究量ではないかもしれないけれど、相手はノーマークだから、30時間対0分ですよ。持ち時間は8時間ですが、「これならなんとかなるだろう」と思いましたね(笑)。

アンテナ

――藤井九段は矢倉でも「藤井流」と名のつく戦法を作りました。
藤井 いまから7~8年前は勝率がひどかったので、気分転換の意味もあって、まずは「矢倉を指す!」と、決めましたね。ただし、経験の差が大きいから普通の形では勝負にならない。「自分がいちばん詳しい」と自信を持てるような形を見つける必要がありました。そこで、自分のアンテナに引っかかったのが早囲いです。当時は誰も指していないから、研究すれば瞬間的な知識としては自分が一番になれる。「早囲いの最先端」というテーマを決めて、1年間ぐらいは準備をしたかな。少し二人に聞きたいのだけど、新しいことをやろうとしたら犠牲はつきものだから、1局目はまあ負けますよね。それは仕方ないけど、2連敗したら結構きついじゃない? どこまでだったら、我慢してやってみる?
佐藤 どうですかねえ。やれそうだと思ったら、連投しそうな気もしますけど。
菅井 将棋の内容にもよるでしょうか。
藤井 やれそうと思いつつも、連敗したら、3局目は結構きつくないですか?
佐藤 たしかに続けて指すのは勇気がいりますね。ちょっと間隔を空けたりするかもしれません。
藤井 矢倉はそこそこ好スタートを切れたので、何とか続けていけましたね。
佐藤 私は藤井流矢倉をかなり指して、本まで出していますから(『佐藤康光の矢倉』日本将棋連盟)、お歳暮くらいは贈らないといけませんね(笑)。
藤井 この前の名人戦第1局に出てびっくりしましたよ(▲行方尚史八段―△羽生善治戦。その後、第5局でも現れた)。ああやってみんなで指されると、戦法も進化していく。全く指されていなかった早囲いを復活させたという意味では、ちょっとは貢献できたのかな。

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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(4)

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思いつき

――ダイレクト向かい飛車の誕生秘話を教えていただけないでしょうか。
佐藤 当初、私が指していたのは9筋の歩を突き越す形でした。しかも、角交換したあとは四間飛車に振っていましたね。それが、「いきなり向かい飛車に振れないか」というのをパッと思いついた。研究してみたら結構やれそうだったので、森内さん(俊之九段)とのNHK杯戦の決勝で採用しました(E図)。

(第56回NHK杯将棋トーナメント戦の▲佐藤康光棋聖―△森内俊之名人(平成19年2月)より。E図から▲2二角成△同銀▲8八銀△6二銀▲7七銀△3三銀▲8八飛△4五角▲3六角△同角▲同歩△6四歩と進んだ。持久戦になれば1筋の位が大きい。結果は佐藤棋聖の勝ち。)  

よく指すようになったのはあの将棋がきっかけですね。ただ、ダイレクト向かい飛車の▲8八飛(△2二飛)という手は勝敗に直結するような工夫ではありません。もちろん危険な変化はあるのですが、とことん突き詰めてから指した、というほどのものではないですね。いま主流になっている△9三歩型のダイレクト向かい飛車は、山本さん(真也五段)や脇さん(謙二八段)が連採されていたはずで、私はどちらかというと後発組だと思います。個人的にダイレクト向かい飛車よりも印象に残っているのは、角換わり腰掛け銀同型の▲1一角(F図)に対する△3五銀~△2二角ですね。あれは居飛車党にとっては命題といってもいいほど重要な局面で、どう指せばいいのかを常に考えていた。手順を入れ替えただけなので、新手と呼ぶほどではありませんが、「苦労してひねり出した」という思いはある。10年近くの歳月を経てようやくたどり着いたこともあり、強く記憶に残ってます。それと私の場合は、対局相手の顔を見て、パッと手がひらめくこともありましたね。

(第27期棋王戦五番勝負第4局▲羽生善治棋王―△佐藤康光九段(平成14年3月)より。F図以下△2二角▲同角成△同玉▲3四歩と進む実戦例が多かったが、佐藤九段は△3五銀▲4五銀△2二角と剛直な受けを見せた。新工夫は十分成立していたが、結果は羽生棋王の勝ち。)

藤井 え? 相手の顔を見て?
菅井 それはどういうことですか(笑)。
佐藤 行方さんとの銀河戦で、少し趣向を凝らした序盤戦になりました(G図)。私は3筋の位を取って、銀立ち矢倉を狙っています。似たような将棋を何局か指していたのですが、行方さんがいきなり▲3六歩△同歩▲2六飛と仕掛けてきたのですよ。それは全く考えていなくて、「えっ、どうしようかな」と、思わず相手の顔を見た。そうしたら、行方さんは大山門下じゃないですか。それで大山康晴十五世名人の顔がパッと浮かんで、△3一金の好手を発見できた(笑)。中飛車の▲3八飛戦法に対する大山流の受け△3一金の応用ですね。これがうまくいって勝てました。

(第16期銀河戦本戦Eブロックの▲行方尚史八段―△佐藤康光二冠(平成20年5月)より。G図から▲3六歩△同歩▲2六飛△3一金▲3六飛△3二飛と進んだ。このあと佐藤二冠は玉を美濃囲いに囲い、タイミングよく飛車交換を挑んでペースを握る。結果も64手で快勝した。)

藤井 すごいなあ。そういう発想は僕にはない。
佐藤 私の場合はそんなことも結構ありますよ。だから、作戦を論理的に構築していく藤井先生とこうして並ばせていただくのは申し訳ないというか、すごく恥ずかしい感じです(笑)。

弱いからこその発想

――菅井六段はどうでしょうか。
菅井 自分の場合はオリジナル戦法ではないので、「誕生秘話」みたいなものはあまりないですね。石田流の▲7六飛(H図)とかも話題になりましたけど、江戸時代に香落ちの将棋で指した人がいたそうですし。

(第52期王位戦予選の▲菅井竜也四段―△谷川浩司九段(平成22年11月)より。この▲7六飛が菅井新手。実戦はH図以下、△8八角成▲同銀△4五角▲6六飛△2七角成▲7四歩△同歩▲5五角と進んで難解な形勢。結果は谷川九段の勝ち。)

藤井 でも、それは全然知らなかったのでしょ? だったら新手ですよ。たまたま大昔の香落ちで前例があったからといって、価値が下がる訳じゃない。
菅井 ありがとうございます。自分の新手と呼ばれている手は、自然に少しずつ工夫を重ねていって生まれていますね。ゴキゲン中飛車の△4四歩にしても、奨励会の頃は▲4六銀(I図)に、△5六歩▲同歩△同飛といくことばかりを考えていて、なかなかうまくいかずにいったん研究をやめました。棋士になってから局面を見ると、「いまなら△4五歩▲同銀△3二金とやるのになあ」といった感じて、研究をやり直しました。

(ゴキゲン中飛車の菅井流△4四歩に対し、▲4六銀と出た局面。I図からは△4五歩▲同銀に△3二金(△3二銀もある)と進むのが定跡手順。代えて△5六歩▲同歩△同飛は▲2四歩△同歩▲3五歩と反発されて、振り飛車が自信のない展開になる。)

藤井 相振り飛車で「菅井流」と呼ばれる仕掛けがあるじゃない(J図)。僕が菅井君の名前を最初に聞いたのはそれが最初だったけど、これはどうなの?

(三間飛車対向かい飛車の序盤戦。ここから、▲6五歩△同歩▲4五歩と仕掛けてしまうのが菅井流。以下、△4五同歩▲3三角成△同桂▲8八角△3二飛▲5五銀と進めば先手十分だ。戸辺誠六段の著作の中で、「衝撃を受けた仕掛け」として紹介された。)

菅井 いい加減な仕掛けですよね(笑)。これは奨励会の級位者の頃、対局中に思いついた仕掛けです。「面白いかも」と思って指したら、結果は快勝でした。この形は、目指そうと思ったら目指せます。相振り飛車で3筋を突いていったら、だいたい相手は向かい飛車に振って矢倉に組んでくるじゃないですか。こちらの形はいつも同じでよくて、わかりやすい。かなり勝っていましたし、長いことやっていたので印象に残っていますね。
佐藤 これはたしかに有名ですね。私も印象に残っています。
藤井 これって、自玉のそばから仕掛けているでしょう。プロ棋士が仮に思いついたとしても、「まあ、こんな手はないよな」とふたをしてしまう。失礼だけど、当時は奨励会の級位者ということだから、あんまり強くはなかった。弱いからこそ生み出せる柔軟な発想というのがあるよね。強くなればなるほど、目新しいことに対する抵抗が強くて、可能性を閉じてしまう。段位が上がるにつれて、必ずしも強くなっていくとは限らないね。

未開拓の振り飛車

――いま最も注目をしているとか、可能性の広がりを感じている戦型があったら教えていただけないでしょうか。
藤井 可能性を感じる戦型ですか。うーん、そうですねえ………。ちょっと話が長くなってもいいですか?
佐藤・菅井 (うなずいて姿勢を正す)
藤井 まず、将棋には居飛車と振り飛車がありますよね。そのうち、圧倒的に手つかずなのが振り飛車です。将棋界では昔から常に居飛車が主流で、莫大な局数が指されてきた。一方の振り飛車は実戦例が少なくて、まだまだ未開拓ですね。僕から見たら、「居飛車はもういいんじゃない?」と思ってしまう(一同笑)。僕は居飛車には3つしか戦法がないと思っている。1つ目は矢倉系。2つ目は角換わり系。腰掛け銀、早繰り銀などの将棋ですね。そして3つ目が空中戦。相掛かりや横歩取りなど飛車角系の将棋です。もちろん異論はあるだろうけど、大きく分けるとこの3つしかない。一方の振り飛車は、三間飛車、中飛車、四間飛車とあって、それぞれは全く別の戦法なのですね。それで囲い方が美濃囲いと穴熊に分かれるので2倍の6通り。さらに角を換えるか換えないかで2倍に膨れて12通り。そこに向かい飛車もまぜちゃえば、一気にバーンと増えてくる。こっちばかり細かく分けて申し訳ないけど(笑)、振り飛車は戦法の数が多いですね。
菅井 ひいき目が入っていますね(笑)。
佐藤 居飛車も分けてくださいよ(笑)。
藤井 もちろん分けてもらっても構わないけど、僕から見るといつも同じ将棋を指しているように見えちゃう。振り飛車のほうが、ちょっとずつ違うという印象を受けてもらえているはずですよ。それともう1つ、忘れてはならないのが相振り飛車です。相振りは特殊な戦法で、「相振り党」なんて人はいませんよね。戦型の数にさえ、基本的には入ってこない。これはなぜかというと、「必要とされていない」からなのですよ。理論的に考えると実現しにくいのです。▲7六歩△3四歩から始まって、仮にどちらかが飛車を振ったとしても、もう片方が飛車を振る必要は全くない。ある意味、「趣向の戦型」ですね。実際、ほとんど▲2六歩や△8四歩から対抗型に進んでいるじゃないですか。だから相振りは途方もない未開拓状態です。みんなで指しても100年以上は楽しめますよ(笑)。

長期計画

――いろいろな可能性があるわけですね。
藤井 三間対向かい飛車、三間対四間、相三間、相四間、相中飛車、分けてみたらいくつになるのかな? それはもう大変なことになりますね。ところが、相振り飛車には出現するための必然性が全くない。放っておいたら、これからも手つかずで進んでいくのでしょう。
佐藤 たしかに、基本的に相手の同意が必要な戦型ですよね。
藤井 そう、「今日は相振りでいこう」と思っても、なかなかそうはいかない。だけど、菅井君が▲7六歩△3四歩にビシッと▲7五歩と突くとするよね。その▲7五歩が優秀で、後手が居飛車で対抗するのは自信がない、ということになればどうでしょう。△3五歩と突く相三間飛車がクローズアップされるじゃないですか。そこで初めて相振りが、「必然の戦型」になってくるのですよ。一時期ちょっとだけその傾向はあったけど、現状は「△4二玉でも△6二銀でもなんでもいいや」という感じだから、必須科目までには至っていない。同じような例で、菅井流の初手▲5六歩に対して、居飛車で戦うのは自信がない、困ったなという人もいるでしょう。そこで昨年、△5四歩と突いて、相中飛車にする対策が指された。プロの将棋で相中飛車が現れるとは驚きでしたが、それも2、3局ぐらい指された程度で、とても必然性があるという感じではない。矢倉の話に戻るのだけど、当時、僕は「なんとか相振り飛車に必然性を持たせられないか」と考えた。まず▲7六歩と突きますよね。対して△8四歩なら矢倉になりますが、矢倉はその頃、先手の勝率が高かった。仮に先手矢倉が優秀だとしたら、後手は▲7六歩に△3四歩を選ぶことになる。そこで僕は横歩取りを指さないから、▲6六歩と突きますよね。この3手の出だしで無理やり矢倉を目指すのは得ではないとされているけど、僕はそこにチャレンジした。この場合の相居飛車でも、先手が押し気味に戦えるということになれば、後手は3手目の▲6六歩に△3二飛と指すことになる訳ですよ。どうです? 必然的に相振り飛車が現れたでしょう?
佐藤 論理的ですね。
藤井 わかってくれました? 僕が矢倉を指し始めたのは、「必然的に相振りを表舞台に出す」という目的もあったのですよ。ところがですね、僕が黙々と矢倉を研究しながら長期プランで相振りを土俵に上げようとしているのに、ちょうど同じ時期にさっきの菅井流(J図)が現れた。戸辺誠六段の『相振りなんでも三間飛車』(マイナビ出版)という本が出るくらい、相振りの三間飛車が大流行してしまった。僕の思惑などは誰も知る由なく、▲6六歩には当然のように△3二飛と回っている(一同笑)。結果としては相振りが流行したので目的は達成したけれど、三間飛車が強力すぎて、こんどは▲6六歩が下火になってしまった。菅井君のせいで、僕のプランは台無しです(笑)。
菅井 いや、いや、いや(笑)。
藤井 向かい飛車対三間飛車の戦いは、かつて向かい飛車側がやや有利とされていた。その歴史が菅井君の工夫によって、パッと覆ってしまった。そういうことが、相振りにはまだいっぱいあって、無限に楽しめる。対抗型の将棋にしたってまだ全然、手つかずのようなもので、もっと指されるべきだと思いますね。だけど、これからはもっともっと居飛車が指されていくのでしょう。手つかずのほうはそのままで、研究が進んでいるほうが、これまで以上により指されていく。僕はそう見ています。

深すぎる穴

――菅井六段が注目されている戦型は?
菅井 全部の戦型でいろいろな可能性が広がっていると思いますね。そんな中、逆にみんながあまり注目していないのは角道を止める振り飛車でしょうか。でも、昔ながらの美濃囲いで居飛穴と戦う将棋にしても、藤井システムにしても、まだまだいろいろな新しい変化が生まれてくる可能性はあると思いますね。これからの数年で増えていくのではないでしょうか。あと、四間飛車穴熊も流行するかもしれませんね。十分な可能性を感じます。居飛車系では、あまり自分は詳しくはないですが、矢倉ですかね。いまは先手が少し苦労していますが、ちょっとずつ全体的な流れが変わっていきますよね。そういう意味でも注目しています。
――矢倉戦にも参入してみたいと。
菅井 まあ、それは自分の権利ですから(笑)。それにしても、いろいろなところにコンピュータの影響が現れているような気がしますね。矢倉にしてもそうですし、ノーマル四間飛車が見直されるようになったのも関係しています。
――コンピュータ将棋については、のちほど改めてお話を伺いたいと思います。佐藤先生はいかがでしょうか。
佐藤 いやあ、藤井さんの壮大な計画を聞いて仰天しました(笑)。万里の長城を作っているみたいですね。たしかに相居飛車は指されすぎかもしれませんが、あえて言うと「掘りすぎ」なのですよ。相居飛車もたくさんの戦型があるじゃないですか。矢倉だったら、森下システム、加藤流、藤井流、スズメ刺し、▲3五歩早突きなど、数えだしたらきりがない。それに後手から見た矢倉中飛車、郷田・阿久津流、右四間飛車などが加わって、実に多くの戦法がある。なのに、主流の▲4六銀・3七桂型だけをひたすら深く掘っていて、他のは全然掘られていないのですよ。角換わりでも、先手が腰掛け銀に構えて後手が受けて立つ戦型だけが掘られていて、早繰り銀とか棒銀とかはほとんど指されていない。未開の分野はたくさんありますよ。私の目から見ても、掘りすぎじゃないかなという部分もあります。もう少しまんべんなく進むのが理想だけれど、一極集中という感じですね。順番に街ができていけばいい国になるのに、1つの都市だけ開発が進み、残りの土地は草しか生えていないような感じです(笑)。それがいいことだとは思っていないのですが、やっぱり勝ち負けが絡んでいるから仕方がないのかな。
――将棋の解明に近づいていかないということがあるのでしょうか。
佐藤 いや、解明に近づいていると信じて、みんなが一生懸命やっているわけですね。最善を突き詰めるタイプの人は、初手から「こう指すべき」というアプローチをするわけです。本当は自分もいろんな戦型を見たいですよ。だからもう、「今月はこれしか指したらだめ」みたいな決まりを作りましょうか。今月は矢倉、来月は相振り、みたいに全部決めておけば、いろいろな戦型が見られますから面白いでしょう(笑)。
藤井 それと似たようなことを考えたことはありますよ。主催者が戦型を勝手に決めてしまえばいい。「中飛車選手権」とか「ひねり飛車杯」とかね(笑)。
――それは面白いですね(笑)。
菅井 面白いですかねえ(笑)。
藤井 冗談みたいだけど、これは本当にまじめに考えたのですよ。
佐藤 強い人は結局、最後には勝つわけですからね。それがいい方法かどうかはともかく、「将棋の面白さをプロ棋士がちゃんと伝えられているのかな」という疑問を感じることはありますね。いずれにしろ、相居飛車も未開の地は山ほどありますので、まだまだ大丈夫です(笑)。
藤井 佐藤さんの話を聞いて、なるほどと思いました。3つではないですね。
菅井 さすがに、そんなに少なくはないでしょう(笑)。
佐藤 ということで、注目している戦型は山ほどありますが、なかなかお目にかかれていません(笑)。

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