2023年5月14日日曜日

ブランシャール『21世紀の財政政策』



21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略 (日本経済新聞出版) Kindle版 

レビューまとめ

平均寿命が長くなると貯蓄が増加して金利が低下し、実効下限値に張り付く。しかも、この状況は暫く続く。インフレで金利が上がる現状も、ブランシャールに言わせれば一時的なものだ。これは正にケインズの言う流動性の罠の状況であり、21世紀型の長期停滞でもある。

もっとも、この低金利は財政政策のチャンスにもなる。財政支出とその乗数効果でデフレギャップを埋め、緩やかなインフレ状態をつくり、豊かな社会を築く。ここまでは標準的なケインズ経済学だ。ここでブランシャールは、実質安全金利rと実質経済成長率gについてr-g<0(r<g)の関係を導く。この前提が本書の論考の全てでもある。

r-g<0の含意は、財政政策を債務コストなしに実施できること。この前提に立つと、赤字支出で債務が膨らむ以上に経済成長するから、国家財政は破綻しない。ただし、過度な財政支出は現在のアメリカのようなインフレを引き起こしてしまう。ブランシャールは、適度な経済成長をもたらす価値ある投資としてグリーン投資等を推奨する。



本書で重要となるのが、「(r-g)<0」という不等式である。ここで、rは実質安全金利、gは実質経済成長率である。この不等号の向きが当面変わらない、つまり、rがgよりも小さい状況が続くと高確率で想定されるという前提で議論が進められていく。この不等式についてまず解説したのが第2章であって、続く第3章では、実質安全金利の時系列での変遷が確認され、長期的にそれが低下していることについて要因が論じられている。

第4章は、(r-g)の部分に着目して、それと債務およびプライマリーバランスの関係を論じ、プライマリーバランスが赤字でも、政府は債務比率を安定させることが出来るということを論証している。ここは議論が分かれるところだとは思うが、著者もだからと言って政府に無限の財政余地があるわけではないとの断りを入れていることには注意を払う必要がある。「(r-g)の上昇や符号の長期的な反転という事態に備えた条件付きの計画が重要である」(本書26ページ)としており、一瞬、「プライマリーバランスなんて重要ではない、政府はいくらでも借金出来るのだ」という結論に飛びつきそうだが、そこまでは著者は言っていない。加えて、第4章では、公共投資や中央銀行の役割についても最新の実証研究の成果を踏まえつつ、緻密な議論が展開されており、本書の最大の読みどころとなるだろう。

第5章は「債務と財政赤字による厚生面のベネフィットとコストを検討し、財政政策へのインプリケーションを導き出す」(本書30ページ)という内容であり、ここも論争的な章である。ここでの著者の結論自体は中庸なものだが、一部分を切り出して都合良く使われてしまいそうな気配を感じる。この気配は続く第6章で強く感じられることになる。というのも、第6章では、財政政策がちょうど良かったケースとして、過去30年の日本が取り上げられるからである。他に、財政政策が少なすぎたケースと過剰だったケースが取り上げられるが、少なすぎたケースが世界金融危機後のEUの「緊縮財政」であり、過剰だったケースがバイデン政権である。このバイデン政権への評価は、インフレにあるアメリカの状況を見ると、なかなか興味深い(この点については、著者による「はじめに」で「最後に一言付け加えたい」として言及されている)。

なお、この第5章にある注31ではMMTに言及しているが、いわく、MMTが「どのようなものであるか正確に理解することは困難だった」(本書191ページ)とのことで、本書の結論の中にはMMTに賛同する人が飛びつきそうなところもあるように思うが、本書をそのままMMTの主張を補強するために使うということには要検討といったところ。少なくと著者自身はMMTとの関連について論じてはいないことも注意を払う必要がある。


欧米の主流経済学者ブランシャールが、政策立案者やそのスタッフを対象読者に著したのが本書。原題は、Fiscal Policy under Low Interest Rates(低金利下のあるべき財政政策)で、主題は財政政策であり、金融政策は実質安全金利を中立金利に可能な限り近づけるものとして内生化されている。ここでの「実質安全金利」は「実質の長期国債利回り」、「中立金利」は完全雇用と整合的なその水準を指す。実質安全金利 < 実質GDP成長率が続く可能性が高いが不確定とした上で、金融政策だけでは届かない完全雇用を狙った財政政策の、政府債務の持続可能性や資本蓄積、世代ごとの厚生への影響、公共投資と減税の乗数などあれこれ検討しており、読解が難しい箇所もある。手っ取り早く結論を知りたい人は、「日本語版への序文」「第7章 要約と今後の課題」「訳者あとがき」を読むことをお薦めする。



どこまでもムタ

5つ星のうち5.0 財政政策中心のポリシーミックスが続き政府の役割が問われる
2023年4月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
平均寿命が長くなると貯蓄が増加して金利が低下し、実効下限値に張り付く。しかも、この状況は暫く続く。インフレで金利が上がる現状も、ブランシャールに言わせれば一時的なものだ。これは正にケインズの言う流動性の罠の状況であり、21世紀型の長期停滞でもある。

もっとも、この低金利は財政政策のチャンスにもなる。財政支出とその乗数効果でデフレギャップを埋め、緩やかなインフレ状態をつくり、豊かな社会を築く。ここまでは標準的なケインズ経済学だ。ここでブランシャールは、実質安全金利rと実質経済成長率gについてr-g<0(r<g)の関係を導く。この前提が本書の論考の全てでもある。

r-g<0の含意は、財政政策を債務コストなしに実施できること。この前提に立つと、赤字支出で債務が膨らむ以上に経済成長するから、国家財政は破綻しない。ただし、過度な財政支出は現在のアメリカのようなインフレを引き起こしてしまう。ブランシャールは、適度な経済成長をもたらす価値ある投資としてグリーン投資等を推奨する。

ここで、当面は続く低金利を活用して財政支出し、経済成長に寄与する公共投資を持続させるとしよう。すると、中立金利も上昇するから、財政支出は金利を緩やかに持ち上げ、金融政策の余地もつくり出す。ただし、金利が経済成長率を超えて債務の持続性を脅かすことがないように。このあたりに、金利と赤字支出、債務の関係を巡る絶妙な舵取りが求められる。だから、政府と政治に求められる役割は重大だ。

意外にも、ブランシャールは、日本のこの間の経済政策を評価し、財政支出も「ちょうどいい」と述べる。民間需要が低迷して構造改革も進まなかったが、大幅な財政赤字と実効下限制約での金融政策で「潜在生産水準近くに維持させた」と。確かに低金利を維持し、僅かにでも経済成長でき、債務は膨れあがっても維持できている。しかし、実質的にr-g>0だったが故に、ここまで債務が膨らんでしまったのではとも思えてくる。

ブランシャールは現在のインフレ後に長期停滞の再来を予測する。先進国の人口動態からすれば納得できる。だから、財政政策中心のポリシーミックスが続く。それは政府の役割が問われるということでもある。


4人のお客様がこれが役に立ったと考えています


役に立ったレポート



無気力

5つ星のうち5.0 長期的に予想される低金利と高債務下における財政政策と金融政策のあり方
2023年3月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
原著が刊行されたばかりで、もう邦訳版が出るのかと驚いたが、アクチュアルな内容ゆえ、その鮮度が良いうちに日本でも刊行ということで大変時宜を得たものであると思う。

その内容はというと、本書の副題の「低金利・高債務下の正しい経済戦略」が正鵠を射ているだろうか。むしろ、「経済戦略」のところは、「財政政策と金融政策」とした方がより正確だとは思うが。

本書は7章から構成される。その概要は第1章で簡潔に示されており、ここだけ読んでも十分に本書の全容を把握することが可能である(第1章にある文章が以降の各章でほぼそのまま出てくるため、同じ文章を二度読むことになる)。

本書で重要となるのが、「(r-g)<0」という不等式である。ここで、rは実質安全金利、gは実質経済成長率である。この不等号の向きが当面変わらない、つまり、rがgよりも小さい状況が続くと高確率で想定されるという前提で議論が進められていく。この不等式についてまず解説したのが第2章であって、続く第3章では、実質安全金利の時系列での変遷が確認され、長期的にそれが低下していることについて要因が論じられている。

第4章は、(r-g)の部分に着目して、それと債務およびプライマリーバランスの関係を論じ、プライマリーバランスが赤字でも、政府は債務比率を安定させることが出来るということを論証している。ここは議論が分かれるところだとは思うが、著者もだからと言って政府に無限の財政余地があるわけではないとの断りを入れていることには注意を払う必要がある。「(r-g)の上昇や符号の長期的な反転という事態に備えた条件付きの計画が重要である」(本書26ページ)としており、一瞬、「プライマリーバランスなんて重要ではない、政府はいくらでも借金出来るのだ」という結論に飛びつきそうだが、そこまでは著者は言っていない。加えて、第4章では、公共投資や中央銀行の役割についても最新の実証研究の成果を踏まえつつ、緻密な議論が展開されており、本書の最大の読みどころとなるだろう。

第5章は「債務と財政赤字による厚生面のベネフィットとコストを検討し、財政政策へのインプリケーションを導き出す」(本書30ページ)という内容であり、ここも論争的な章である。ここでの著者の結論自体は中庸なものだが、一部分を切り出して都合良く使われてしまいそうな気配を感じる。この気配は続く第6章で強く感じられることになる。というのも、第6章では、財政政策がちょうど良かったケースとして、過去30年の日本が取り上げられるからである。他に、財政政策が少なすぎたケースと過剰だったケースが取り上げられるが、少なすぎたケースが世界金融危機後のEUの「緊縮財政」であり、過剰だったケースがバイデン政権である。このバイデン政権への評価は、インフレにあるアメリカの状況を見ると、なかなか興味深い(この点については、著者による「はじめに」で「最後に一言付け加えたい」として言及されている)。

なお、この第5章にある注31ではMMTに言及しているが、いわく、MMTが「どのようなものであるか正確に理解することは困難だった」(本書191ページ)とのことで、本書の結論の中にはMMTに賛同する人が飛びつきそうなところもあるように思うが、本書をそのままMMTの主張を補強するために使うということには要検討といったところ。少なくと著者自身はMMTとの関連について論じてはいないことも注意を払う必要がある。

最後に著者の同僚でもある訳者による「訳者あとがき」が配置されているが、その内容は簡潔に本書の概要と意義をまとめており、本文を通読した上でも、あるいは本文を読み始める前でも、一読の価値があるものとなっている。特に、以下に引用する段落は端的に本書の内容を要約しており、大変参考になる。
「本書は、マクロ経済政策の再検討の流れを踏まえて、この講演を歴史的、理論的、そして、実践に向けたインプリケーションとして発展させているのだ。経済が長期停滞に直面し、金融政策は実効下限制約という限界にある。そして、公的債務の水準は上昇してきたが低金利は継続している。その中で、マクロ経済政策の選択はいかにあるべきか。これまでの財政赤字の活用は悪であると考えられてきたが、低金利下では理論的・実証的にも債務の財政面・厚生面のコストは大きくなく、金融政策が拘束される長期停滞のマクロ経済環境では財政政策がマクロ経済安定化の役割を担うべきというものだ。」(本書257ページ)
ここに登場する「この講演」というのは、2019年の全米経済学会における著者ブランシャールによる会長基調講演のことである。会長による基調講演のみならず、学会誌などに掲載されている最新の研究成果も十分に踏まえた内容の書となっており、大変読み応えがあり、政策的なインプリケーションにも満ちた社会的にも大変有用な一冊である。


18人のお客様がこれが役に立ったと考えています


役に立ったレポート



読書マン

5つ星のうち5.0 凄く良い本物
2023年4月29日に日本でレビュー済み

内容といい訳といい、とても良い本。

この本が、「日本経済新聞出版」から出て、「日本経済新聞」の書評に出てきたことは驚き。

そして今日も、日経は財政破綻の危機を煽る。

本書から、世の中はそう単純ではないし、色々なシナリオがあることが分かる。

4人のお客様がこれが役に立ったと考えています


役に立ったレポート



ぶんぶく

5つ星のうち5.0 低金利下のあるべき財政政策を、主流マクロ経済学者が提示
2023年4月15日に日本でレビュー済み

欧米の主流経済学者ブランシャールが、政策立案者やそのスタッフを対象読者に著したのが本書。原題は、Fiscal Policy under Low Interest Rates(低金利下のあるべき財政政策)で、主題は財政政策であり、金融政策は実質安全金利を中立金利に可能な限り近づけるものとして内生化されている。ここでの「実質安全金利」は「実質の長期国債利回り」、「中立金利」は完全雇用と整合的なその水準を指す。実質安全金利 < 実質GDP成長率が続く可能性が高いが不確定とした上で、金融政策だけでは届かない完全雇用を狙った財政政策の、政府債務の持続可能性や資本蓄積、世代ごとの厚生への影響、公共投資と減税の乗数などあれこれ検討しており、読解が難しい箇所もある。手っ取り早く結論を知りたい人は、「日本語版への序文」「第7章 要約と今後の課題」「訳者あとがき」を読むことをお薦めする。
「日銀の低金利政策がゾンビ企業を存続させて生産性の伸びを阻害している。金融緩和を見直すべきだ」という令和臨調の提案に、そうかも、と思った人には、本書p38-39 も読んでもらいたい。「現在の低金利について中央銀行が非難されることがあるが、(中略)低水準の中立金利を反映したものであり、(中略)中央銀行は低金利の責めを負うものではなく、背後に存在するファンダメンタルズ要因を反映しているに過ぎない。」と、そもそも「日銀の低金利政策」の存在を否定している。また、インフレ目標についても、令和臨調は2%の実現時期の長期への先延ばしを、ブランシャールは2%から3、4%への引き上げ(実質安全金利の実効下限制約を緩和して中立金利により近づけられる)を提案している。厚生面でベネフィットをもたらす完全雇用にブランシャールはこだわるのに対し、令和臨調は淡白と思われる。令和臨調などの日本の経済論壇が、欧米の主流経済学からいかにかけ離れているか、本書を読むと知ることができる。


4人のお客様がこれが役に立ったと考えています


役に立ったレポート



ジェニー

5つ星のうち5.0 未来に向けた提言と論争を呼び起こす意欲作、日銀の政策も見通すか?
2023年3月25日に日本でレビュー済み

著者のブランシャールは世界を代表するマクロ経済学者であり、数年前には日本に対して消費税を引き上げるタイミングではないと提言をしたことで話題になった。しかし、単純に消費税や財政引き締めに反対していたわけではないことが本書を読むと理解できた。

財政の持続可能性を評価するには単純な黒字化や債務の特定の比率を達成するというルールよりも将来の経済成長率や金利の動向を踏まえた上で考えるべきであるし、また、リスクに対処するための手段も考慮されている。そこで、今すぐに破局が迫るという意見には与しない。しかし、長い目で見たリスクは存在するという。

一方で、財政を単純に拡大すれば良いというわけでもない。財政政策それ自体によって金利が上昇する内生性が存在する上に、低金利のときには使い道に関係なく財政が有効である可能性はあるが、それでもより良い未来に向けた使途は考えられるべきものだ。
金融政策に偏ってきた経済安定化に対して財政政策の役割を提示するものであり、財政政策の意義は実現したい未来、そして政府に期待するものがどのようなものであるかにも依存するだろう。

日本のこれまでの財政政策を「ちょうど良かった?」と表現するものは議論を呼びそうでもあり、成長率が金利を上回る状況では財政が有効であるという点と合わせて、賛成する意見と反対する意見の論争が楽しみになる本でもある。その点では、これまでの日本の多くのマクロ経済学者や財政学者の見解とは異なるものが示されており、本書をどのように評価するか、ぜひとも日本の学者からも多くの意見が生まれると世の中的にもっと意味があるのではないだろうか。

また、特に日本語版の序文は、日銀が新しい体制に移行る中で、植田総裁と同じバックグラウンド(MITやスタンレー・フィッシャーの弟子)を有するブランシャールならではの内容でもあり、量的緩和に対する見解など、今後のマクロ政策の論点を提示するものともなっているように思えた。


11人のお客様がこれが役に立ったと考えています

0 件のコメント:

コメントを投稿