2021年4月28日水曜日

NAM総括: 運動の未来のために 吉永 剛志 :書評

著者が東京、大阪の図書館に寄贈したという過去ログCD-ROMを見ていないから断言できないが
著者はNAMの事務系MLを読んでいない
あるいは読めていない
著者は抜本的改革委員会からNAMに本格的に参加しているから
事務が抜けている
著者が所属した高知でもML関係の事務作業は独自にやっていたはずだがそこが抜けている
なぜ地域通貨プロジェクトQとの関係悪化が肝かというと
事務方への対価が払えなくなるからだ
逆に言うとQが重要なのはそれだけの理由だ
NAM有志によるイベント組織TQC(東京クールカフェ)が
Qの代わりに使える地域通貨Rとの関係を大事にしていたのはそのためだが
そうした危機意識がセンターML、評議委員には伝わらなかった


https://www.amazon.co.jp/dp/4906738443/

「アソシエーショニスト」の誕生
2021年4月6日に日本でレビュー済み
NAM(New Association Movement)という運動(2000~2003年)は、この本『NAM総括』を読むまでまったく知らなかった。著者が脱原発運動を通じた知り合いだったので、こんなぶ厚い本(400ページ)で何をこんなにいっぱい書いているだろうという、野次馬的な興味から本を買って読んでみた。

読み終えてみると、現在進行形のようなドキュメンタリーを読んだ感じがする。そうした感覚で読むことができたのは、文章のあちこちに、著者の日頃の口調がそのまま文章になっているところがあるからだと思う。

NAMとは何か、どんな運動だったか、それは読んでみれば分かることだが、冷戦体制崩壊のころの左派の運動状況を反映したものと分析されている。僕自身はすでに1980年代から労働運動の中で活動していて、冷戦体制が崩壊したころは法廷闘争などの争議の真っ最中だったこともあり、よるべき運動の方向を見失ったという感覚、記憶はまったくなかった。しかし、そのころ、社会運動の方向について様々な試行錯誤があっただろうことは想像できる。

僕がとくに興味をひかれたのは、その組織論にある。とくに、活動はほぼすべてメーリングリストで討議してそれに基づいて実践されるものであったこと、構成員は「地域系」「関心系」「階層系」のすべてに入ること(多重所属)、中心があって中心がない組織であること、代表者をくじ引きで決めること、市民通貨Q、などだ。この組織論は、秀逸だと思う。「地域系」だけといった組織は身近にあるが、ここに「関心系」を導入したらどうなるだろうとか、市民通貨Qの将来的な位置づけはどうなんだろうかとか、考えてみると興味は尽きない。

著者は現在、「使い捨て時代を考える会」で働きつつ、その会が関わる様々な社会運動の中で活動されている。『NAM総括』の中でも、槌田劭さんとの関係などにも触れられていて、そのあたりはたいへん興味深く読んだ。著者がNAMで経験したことが、関心系・農業消費者運動系の流れの中で、今の職場と運動の中で生きてくるように、と、まあ、そんな、ありきたりのエールを送りたい思いです。

労働運動では、企業別組合から個人加盟ユニオンへの流れの中で「ユニオニスト」が生まれたわけだが、NAMの運動の中からは、現在につながる「アソシエーショニスト」が生まれたわけだ。

〜〜
メーリングリストからプロジェクトへ

他の書評で組織論について的確な言及があったので捕捉すると、

NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。

プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。

何人かの著名人は自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。

中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。

柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。そしてプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…

NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。

要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい。その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。

ただし主体化を急ぐと母体が疎かになる

アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。

(厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものか?)

実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。

当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。

その点原資型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。

本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。

図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。

組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時も今もマルクスが主でプルードン(113)は傍流だったのではないか?

(当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)

柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。

マルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。

本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。


追記:



いくつかの批判もしなければならない
個人攻撃をしないといいつつ批判しているし
その人物評は田中代表についても間違えている
組織図(18,158,290)は最後に参加した人間特有のツリー状の欠点を持つ

データを図書館に寄贈したのはいいが
同時に母体としての自分達の可能性を放棄するものだ
シンNAMの代表に自らなるつもりならいいが
プロジェクト独立の際の倫理的課題が本書にも内在する
未来の運動のためなら現存する旧会員に寄稿を求めるかインタビューするはずだ





19 件のコメント:

  1. 他の書評で組織論について的確な言及があったので捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。そして反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードン主義にあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

    返信削除

  2. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと言っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなったということだろう。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降の世界システムの変遷があれば別だが。


    他の書評で組織論について的確な言及があったので捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。そして反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードン主義にあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  3. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと言っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなったということだろう。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降の世界システムの変遷があれば別だが。

    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。そして反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードン主義にあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  4. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと言っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなったということだろう。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降の世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードン主義にあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  5. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと言っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなったということだろう。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降の世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  6. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと言っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  7. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと言っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  8. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと言っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    そして政治革命から社会革命志向への転換は今後もプルードン再評価なしにあり得ない。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  9. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと語っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨はNAMから独立した。
    (厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ。)
    実際にはNAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    そして政治革命から社会革命志向への転換は今後もプルードン再評価なしにあり得ない。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  10. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと語っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨チームはNAMから独立したが(厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ)、実際には無論NAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    そして政治革命から社会革命志向への転換は今後もプルードン再評価なしにあり得ない。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  11. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと語っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…、その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨チームはNAMから独立したが(厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ)、実際には無論NAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    マルクスの看板でプルードン主義の運動を始めたことで混乱が生じた。
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    そして政治革命から社会革命志向への転換は今後もプルードン再評価なしにあり得ない。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  12. 東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと語っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨チームはNAMから独立したが(厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ)、実際には無論NAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    マルクスの看板でプルードン主義の運動を始めたことで混乱が生じた。
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    そして政治革命から社会革命志向への転換は今後もプルードン再評価なしにあり得ない。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  13. 総括という名のプロジェクト


    東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと語っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない。2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨チームはNAMから独立したが(厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ)、実際には無論NAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    マルクスの看板でプルードン主義の運動を始めたことで混乱が生じた。
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    そして政治革命から社会革命志向への転換は今後もプルードン再評価なしにあり得ない。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  14. 総括という名のプロジェクト

    東浩紀が『一般意志2.0』を書き終えた後、なぜ自分は公的な行政のことを書かなかったのかとふと気づいたと語っていた。
    多分ここ20年で政府と違う独自組織をゼロから作る余裕は無くなった。同じような熱意が左翼運動としてもう一度あるとは当分思えない、2050年以降へ向けた世界システムの変遷があれば別だが。
    本書について他のレビューでも組織論をめぐる的確な言及があったので便乗して捕捉すると、
    NAMではやはり本書でも一貫して考察されるプロジェクトとの関係が肝だと思う(270)。
    プロジェクトチームはNAMの外に出ることでプロジェクトとなる。
    何人かの著名人にとっては自分のプロジェクトを持つことがNAM参加のインセンティブだった。
    その中でも地域通貨のプロジェクトの力が大きかった。
    柄谷の言葉ではNAMは潜在性(272頁)としてある。未来に何かを託すというような可能性ではない。反対にプロジェクトは実在的ではなく現実的、脱神秘的にあるということだ…
    NAMとプロジェクトは母体と主体とも言える。
    要はNAM内でめぼしい人材を見つけプロジェクトとして対外的な地位を獲得するまでに発展させたい…その野望とバーターの著名人参加が目立ったことは言っておかなければならない。
    だが、主体化を急ぐと母体が疎かになる…
    アメリカがイギリスから独立するように地域通貨チームはNAMから独立したが(厚労省に対する感染研みたいなもの、あるいは国会より財務省が力を持つようなものだ)、実際には無論NAMと地域通貨プロジェクトは補完的だった。
    当時の地域通貨代表の言葉も丁寧に考察されているが(152,248)、NAM会員有志のコーディネートが全国型地域通貨の各地域における取引、会員サポートを支えていたのだ。
    その点原資担保型地域通貨へ方向転換した柄谷の信用貨幣と商品貨幣の認識(153)も甘いかも知れない。
    本書は数枚の組織図(18,158,290)や年表、当時のML(メーリングリストはもはや死語か?)からの引用(あるいは著作権に配慮した要約)を丹念に積み重ねて左翼運動の実態を明らかにしている。
    図はセミラティスではなくツリー構造(352)になってしまっているような気もするが、対プロジェクトの説明に使うものとしては妥当だろう。
    組織の思想的バックボーンについて言うなら遠近法的倒錯があり、当時はマルクスが主でプルードン(113)は傍流だった。
    (当時会員たちに採択された『新原理』(394)が検証されなければならない。)
    マルクスの看板でプルードン主義の運動を始めたことで混乱が生じた。
    柄谷行人のプルードン評価は『トランスクリティーク』よりもその後の『世界史の構造』で全貌が漸くわかるようになる。
    プルードンにあってマルクス主義に足りないのは自律的な組織論である。
    そして政治革命から社会革命志向への転換は今後もプルードン再評価なしにあり得ない。
    本書には無闇な個人攻撃がなく(25?,52,58?,173,185?,229,249)、各人の長所をも指摘するようにしており、全体に柄谷譲りの単独者としての文学的洞察に満ちているが、本書それ自体が一種のプロジェクトとしての性格を持ち、時を経て実を結んだものだと思う。

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  15. いくつかの批判もしなければならない
    個人攻撃をしないといいつつ批判しているし
    田中代表についても間違えている
    組織図は最後に参加した人間特有のツリー状の欠点を持つ
    データを図書館に寄贈したのはいいが
    母体としての自分達の可能性を放棄するものだ
    シンNAMの代表になるならいいが
    プロジェクト独立の際の倫理的課題が本書にも内在する


    504 考える名無しさん[sage] 2021/06/30(水) 02:13:05.91 ID:0
    >>503の内容

    吉永剛志
    @take4luckylong
    ·
    6月27日
    柄谷行人さんから、『ニュー・アソシエーショニスト宣言』恵投賜る。励ましのメールも頂いた。拙著『NAM総括』は、忖度抜きで、柄谷さんに激怒されること覚悟で書いたのだが、器のデカさに感謝しかない。

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  16. 未来の運動の為にはならない
    未来の運動のためなら現存する旧会員に寄稿を求めるかインタビューするはずだ

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  17. いくつかの批判もしなければならない
    個人攻撃をしないといいつつ批判しているし
    田中代表についても間違えている
    組織図は最後に参加した人間特有のツリー状の欠点を持つ
    データを図書館に寄贈したのはいいが
    母体としての自分達の可能性を放棄するものだ
    シンNAMの代表になるならいいが
    プロジェクト独立の際の倫理的課題が本書にも内在する
    未来の運動のためなら現存する旧会員に寄稿を求めるかインタビューするはずだ

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  18. いくつかの批判もしなければならない
    個人攻撃をしないといいつつ批判しているし
    田中代表についても間違えている
    組織図は最後に参加した人間特有のツリー状の欠点を持つ
    データを図書館に寄贈したのはいいが
    母体としての自分達の可能性を放棄するものだ
    シンNAMの代表に自らなるつもりならいいが
    プロジェクト独立の際の倫理的課題が本書にも内在する
    未来の運動のためなら現存する旧会員に寄稿を求めるかインタビューするはずだ

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