Hammacher, Das Philosophisch- Ökonomische System. 1906
廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。
…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。
…
資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」((Emil Hammacher,Das philosophisch-ökonomische System des Marxismus 1906.三四ページ)に対して、
空想的社会主義は、永遠の正義・抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。
…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ルービンにとっては物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
ルービンのハンマッヒャー批判はベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、マルクス価値論概説 1993年12月3日 原書1923(-1929) 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 50〜55頁 より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。
…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。
…
資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」((Emil Hammacher,Das philosophisch-ökonomische System des Marxismus 1906.三四ページ)に対して、
空想的社会主義は、永遠の正義。抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。
…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。前著では、プルードンが私的所有の否定から議論を
開始しているとして賛美されていたが、後者では、マルクスは私的所有に基づく商品経済の分析のうえにこそ自分の
経済学体系を築いている。『聖家族』では、(「人間活動の直接的定在」としての)労働時間に基づいて生産物の価値
を構成したことがプルードンの功績とされているのに対して、『哲学の貧困』では、彼はこのゆえに批判をこうむっ
ている。「労働時間による価値規定」の定式は、マルクスにとっては、当為の規範から「現存の経済的生活の科学的
説明」(『哲学の貧困』七九ページ)に転化した。マルクスはプルードンからいくらかリカードに回帰しており、空想か
ら資本主義経済の実際の現実の研究に移行している。》
ルービンにとっては物神性を救い出すことが対となるマルクス唯物論の再興である。
core.ac.uk/download/pdf/39259121.pdf
Title 社會理念とイデオロギ - ,ウトピ - 及びミ - トス ... - CORE
core.ac.uk/download/pdf/39259121.pdf
るのであるが、併しイデオロギーと云ふ言葉其物はマルクスの新たに鎬造せるものでなく、彼れ. 以前に既に ... Band, 1906. 但し通俗辞典でも 1931年版の Der Grosse Brockhaus, 9. Band には佛蘭西ィ. Eisler, Handwörterbuch der Pliilosophie, Zweite Auflage, 1922, ... Hammacher, Das Philosophisch- Ökonomische System.
https://www.amazon.com/Das-Philosophisch-Ökonomische-System-Marxismus-Berücksichtigung/dp/1332625231
Das philosophisch-ökonomische
System des Marxismus.
Unter Berücksichtigung
seiner Fortbildung und des Sozialismus überhaupt
dargestellt und kritisch beleuchtet
von
Dr. phil. et iur. Emil Hammacher,
Privatdozenten der Philosophie an der Universität Bonn.
AI otto:
»Ich huldige einem fast absoluten ükonomischen Anti-
dogmatismus. Wir wollen gemeinsam, wenn Sie zustimmen,
ije Gesetze der Gesellschaft suchen, die Art, wie sich diese
(e setze realisieren, den Fortschritt, gemäß welchem wir
dazu gelangen, sie zu entdecken
jeden Widerspruch entgegennehmen und ermuntern; iähmen
wir alle Ausschiießungen, allen Mystizismus; iassen Sie
uns niemals eine Frage für erschöpft erachten, und wenn
wir uns bis auf unser letztes Argument aufgebraucht haben,
fangen wir von neuem an, mit Beredsamkeit und Ironie.«
Lassen Sie uns
(Proudhon an Marx.)
Vincit
Veritas/
Leipzig,
Verlag von Duncker & Humblot.
1909.
105126
24/9/10
哲学的・経済的
マルクス主義の体系
考慮して
そのさらなる発展と、社会主義全般の
提示され、批判的に照らされる
からです。
Dr.phil.et iur. Emil Hammacher,
Privatdozenten der Philosophie an der Universität Bonn.
AIオットー。
"私は、ほぼ絶対的な反経済主義を信奉しています。
dogmatism。賛同していただけるなら、一緒にやりましょう。
社会の法則、その法則を実現する方法。
これらの法則をどのように実現するかということです。
それを発見するまでの過程では
すべての矛盾を受け入れ、後押しする。
すべての除外、すべての神秘主義、どんなことも考えさせない。
どんな問題でもやりつくしたとは思わないし、やりつくしたら
私たちは最後の議論までやり尽くしました。
饒舌とアイロニーで再出発しよう」。
私たちに
(Proudhon to Marx)
ヴィンチ
ベリタス/
ライプツィヒ
Duncker & Humblot出版社。
1909.
105126
24/9/10
ルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906,1909はなんとプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている
___
https://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun/3312_2.html
- 『マルクス貨幣論概説』
- イサーク・イリイチ・ルービン/著
- 法政大学出版局
ルービンの貨幣論がよみがえる
――1920年代ソ連の政治経済学の水準を示す、読みごたえのある研究
評者:梅澤直樹
本書は、やはり竹永進氏によって邦訳された『マルクス価値論概説』(法政大学出版局、1993年)と一対を成すルービンの著作である。但し、後者が1923年に公刊され、1920年代末までに4版を重ねて当時のソビエト連邦における政治経済学研究、教育の代表的著作の一つとみなされたのに対して、本書はルービンが粛清の犠牲となって銃殺された後に親族によって密かに保管されていた草稿が2011年にようやく刊行されたものというように、対照的な来歴を有している。
また、タイトルからの印象とは異なって、330ページを超える本書のうち草稿の邦訳部分は130ページであって、草稿の刊行に力を尽くしたR・ヴァーシナが付した解説、ルービンの著作目録、ロシア語版刊行翌年のドイツ語版に収録された数編の論考、最後の取り調べに際してのルービン自身の証言記録、そして竹永氏の訳者解説が草稿を補完している。ヴァーシナや竹永氏の力のこもった解説や、ルービンの経済学史研究をめぐる論考、さらにルービンの証言記録などからは、草稿がどのような知的、政治的環境の下で執筆されたものであるのかがよくうかがわれ、本書はルービンの貨幣論をトータルに提示した、そうした意味でのルービンの『マルクス貨幣論概説』となっている。
上記のように、ルービンは粛清の対象となり記憶から抹殺された経済学者であるので、本書の内容に立ち入る前に少し紹介しておくと、彼は1886年に現在のラトビア共和国の裕福なユダヤ人家庭に生まれ、1906年にペテルブルグ大学法学部に進んだ。当時から経済学にも関心を抱いたが、その出自のゆえに経済理論への取り組みを制限され、社会・経済的主題に向かったのは1917年の2月革命以降のことであったという。当初は現状分析に取り組んでいたが、早くにリャザノフの知遇を得て、マルクスの著作をはじめとした文献の蒐集、翻訳、研究に携わるようになる。そのなかで、既述のように1920年代のソ連における政治経済学の研究、教育の牽引者の一人となったのである。
と同時に、ルービンは1904年にはユダヤ人労働者組織である「ブント」に加入し、第一次大戦中にはメンシェビキ左派に接近した。また、1920年ブントのモスクワ組織の分裂に際してはボルシェビキとの融合を拒絶するグループと同調、ブントの中央委員に就くなどし、1921年に2度逮捕されている。さらに、1923年に再び逮捕され、都合3年間の拘禁及び収容所流刑を経験した。それにより政治的活動からは身を退いたにもかかわらず、捏造された容疑で1930年末に逮捕され、5年間の禁固服役中に量刑変更で現在のカザフスタン北部の町への追放処分を受けた。そして1937年の大粛清時に同様にしてもういちど逮捕され、銃殺刑に処されたのである。すべての事柄について名誉を回復されたのは、半世紀を経た1989年から1991年にかけてのことであった。
但し、そのように歴史から抹殺されたにもかかわらず、1970年代における西欧での価値論論争において、ルービンの抽象的労働論に注目した人々がいた。その一人であったS・ヒメルワイトは、その後その着想をさらに展開してケア・ワーク(介護・育児)の独自性を掘り下げ、左派からのフェミニスト経済学の現代的展開に大きな影響を及ぼしている。
本書の内容に立ち入ると、まずルービンの貨幣論において注目されるのは、その価値論との一体性である。すなわち、ルービンは、『資本論』冒頭章での価値実体の導出が単なる二商品の等置の分析、いわゆる蒸留法に基づくものではなく、むしろ全商品の同等化を分析対象に据えていると主張する。こうした全商品の同等化は貨幣なしには実現しえないのであるから、価値論は貨幣を暗黙に前提したものということになる。つまり、価値論と貨幣論とは相互に前提し合う一体、不可分のものであることが強調されるのである。これがベームとヒルファディングとの間で争われた価値論論争に対するルービン独自の回答であることは容易に看取されるところであろうが、同時に、こうした全面的同等化だからこそ社会存立の基盤としての社会的総労働の配分問題に結びつくとして、『資本論』冒頭章におけるもうひとつの価値実体論との整合性を確保しようとしていることにも注目しておきたい。さらに、こうした交換価値と労働関係との直接的な結びつけ方は、マルクスの経済学の核心が、商品経済においては人々の間の関係が商品や貨幣といった物象の属性として顕現してくることの解明すなわち物象化論にあると解していることをも意味する。
第二に、価値尺度論や流通手段論といった草稿後半部分においても、上述のような認識が貫徹され、ルービン独自の貨幣機能論を展開させている。すなわち、社会存立の基盤、したがって再生産という視角にこだわり、また物象化論を基軸とした価値尺度論や流通手段論が展開されているのである。評者は、交換価値と労働関係との結びつけ方にしても、再生産視角にこだわるがゆえに均衡論にやや偏したところのある価値尺度論にも必ずしも同意しえないが、そうした評者にとっても読みごたえのある貨幣論となっている。
最後に、本書に収録された関連資料に関わって三点のみ補足しておきたい。第一に、上述のようなルービンの経済学研究が決して屹立した孤立峰ではなく、1920年代のソ連の政治経済学研究はかなりの水準を有していたことがわかる。第二に、第一点とも関わって、1920年代末近くまで、海外での研究動向のフォロー、紹介も含めて、意外に自由な研究が許容されていた。第三に、捏造された容疑に従った自白を強要されたルービンの証言調書はあまりに痛々しい。価値尺度論には自説の微妙な転回の萌芽も記されていただけに、ルービンの優れた論理的展開能力がそれを開花させる可能性を圧殺してしまったこととあわせ、言論弾圧の罪過をあらためて痛感させられる。
(滋賀大学名誉教授)
廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進
50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」(ハンマッヒャー Emil Hammacher,マルクス主義の哲学的・経済的体系1906.未邦訳、三四ページ)に対して、
空想的社会主義は、永遠の正義・抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921(『近世経済思想史論』1920ではマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm/page/191/mode/1up
における平行論を引用し評価している。
河上肇「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈図解はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。

NAMs出版プロジェクト: マルクス『経済学批判』(1859年刊行)序言
<…‥わたくしの研究にとって導きの糸として役立った一般的結論は、
簡単につぎのように公式化することができる。人間は、その生涯の社会的生産において、一定の、
必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸カの一定の発展段
階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっ
ており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、
一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、
政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆
に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである。(社会の物質的生産諸力は、その発展があ
る段階にたっすると、いままでそれがそのなかで働いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法
的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生涯諸力の発展諸形態
からその桎梏へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである。)経済的基礎の変化に
つれて、巨大な上部構造全体が、徐々にせよ急激にせよ、くつがえる。このような諸変革を考察
するさいには、経済的な生産諸条件におこった物質的な、自然科学的な正確さで確認できる変革
と、人間がこの衝突を意識し、それと決戦する場となる法律、政治、宗教、芸術、または哲学の
諸形態、つづめていえばイデオロギーの諸形態とをつねに区別しなければならない。(ある個人を
判断するのに、かれが自分自身をどう考えているかということにはたよれないのと同様、このよ
うな変革の時期を、その時代の意識から判断することはできないのであって、むしろ、この意識
を、物質的生活の諸矛盾、社会的生産諸力と社会的生産諸関係とのあいだに現存する衝突から説
明しなければならないのである。[一つの社会構成は、すべての生産諸力がそのなかではもう発展
の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産
諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとって
かわることはけっしてない。だから人間が立ちむかうのはいつも自分が解決できる課題だけであ
る、というのは、もしさらにくわしく考察するならば、課題そのものは、その解決の物質的諸条
件がすでに現存しているか、またはすくなくともそれができはじめているばあいにかぎって発生
するものだ、ということがつねにわかるであろうから。])大ざっぱにいって、経済的社会構成が進
歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生産様式をあげる
ことができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、といっても個人的な敵
対の意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味での敵対的な、形
態の最後のものである。しかし、ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこ
の敵対関係の解決のための物質的諸条件をもつくりだす。だからこの社会構成をもって。人間社
会の前史はおわりをつげるのである。>
(マルクス『経済学批判』岩波文庫13~15頁より。『世界史の構造』4-5頁参照)
____




返信削除《かったことと思う」(同、p.302) と言う。魔松本人はこのように自己の『資本論』の読み方のルー
ビンとの相違を強調したにもかかわらず、彼の価値論解釈が単純商品生産の想定や素朴な労働価
値説の受容をルービンと共有しており、このために彼らがともに関係主義的な価値論の構築にお
いて一貫し得なかった点が、後に正木(1989)や向井(2010) によって批判的に指摘されてい
る。
1980年前後に上記の少数の紹介と翻訳がなされてから、日本では魔松とならんでKrause
(1979)の監訳者であり訳書に「解題」を付した高須賀義博らがルービンの理論に注目してい
-39 -》
竹永進「日本におけるルービンの抽象的人間労働理解の受容過程について」を拝受。廣松が関係主義を標榜しながら、マルクス価値論解釈では、伝統的な解釈に妥協し、一貫していなかったとの指摘、至当だ。
宇野も同様に、実体論と形態論、二人のマルクスがいると言った。そこまでは同じだが宇野は→
前者を却け、形態論でマルクスを純化させた。
廣松は、宇野と異なりマルクスを誤りを指摘しなかった。政治的配慮なのだろう。
マルクスは、資本は関係である、と言いながら、貨幣は関係であるとは言わなかった。資本が関係なら当然、貨幣も関係のはずだ。私としては、宇野と同様に、マルクスが一貫→
させることができなかった関係主義を貫いてみたい。宇野が、実体論を却けて、形態論を徹底させてみせたように。
当然、マルクスの誤りを指摘せざるをえなくなる。宇野がそうしたように。
宇野が形態論を徹底させた、という言い方はまずかった。流通論から実体論を排除しただけで、生産論はズブズブの実体論で、実物的な再生産論になっていて、スラッファなどと親和的だ。
生産論から後では貨幣は消え去ることは『これから原論』などで明瞭に読み取れる。貨幣無き、物財による物財の生産。
返信削除廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進
50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」(ハンマッヒャー Emil Hammacher,マルクス主義の哲学的・経済的体系1906.未邦訳、三四ページ)に対して、
空想的社会主義は、永遠の正義・抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921(『近世経済思想史論』1920ではマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm/page/191/mode/1up
における平行論を引用し評価している。
河上肇「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈図解はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。
返信削除廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進
50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
(『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
における平行論を引用し評価している。
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈図解はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。
返信削除廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進
50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
(『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
における平行論を引用し評価している。
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。
返信削除廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進
50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
(『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
における平行論を引用し評価している。
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。
返信削除廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進
50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
(『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
における平行論を引用し評価している。
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論への加担は信用貨幣論の理解を阻害する。
廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
返信削除以下、ルービン『マルクス価値論概説』1993年[原書1923(-1929)] 50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
における平行論?を引用し評価している。
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論への一方的な加担は信用貨幣論の理解を阻害する。
廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
返信削除以下、ルービン『マルクス価値論概説』1993年[原書1923(-1929)] 50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
における平行論?を引用し評価している。
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
一言で言えば、物神、そして本来それと表裏一体の唯物論への一方的な加担は信用貨幣論の理解を阻害する。
509 考える名無しさん[sage] 2021/09/03(金) 11:47:19.45 ID:0
返信削除廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
以下、ルービン『マルクス価値論概説』1993年[原書1923(-1929)] 50〜55頁より
《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm
ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
における平行論?を引用し評価している。
https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論への一方的な加担は信用貨幣論の理解を阻害する。