2021年4月18日日曜日

ルービン マルクス価値論概説 経済学古典選書 3より プルードン関連

参考


Hammacher, Das Philosophisch- Ökonomische System. 1906

ハムマッヘル
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廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)]  著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 
50〜55頁より

《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。

 マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。

 資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」((Emil Hammacher,Das philosophisch-ökonomische System des Marxismus 1906.三四ページ)に対して、
空想的社会主義は、永遠の正義・抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。

人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

ルービンにとっては物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
ルービンのハンマッヒャー批判はベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
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廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

以下、マルクス価値論概説 1993年12月3日 原書1923(-1929) 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 50〜55頁 より

《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。

 マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。

 資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」((Emil Hammacher,Das philosophisch-ökonomische System des Marxismus 1906.三四ページ)に対して、
空想的社会主義は、永遠の正義。抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。

人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。前著では、プルードンが私的所有の否定から議論を
開始しているとして賛美されていたが、後者では、マルクスは私的所有に基づく商品経済の分析のうえにこそ自分の
経済学体系を築いている。『聖家族』では、(「人間活動の直接的定在」としての)労働時間に基づいて生産物の価値
を構成したことがプルードンの功績とされているのに対して、『哲学の貧困』では、彼はこのゆえに批判をこうむっ
ている。「労働時間による価値規定」の定式は、マルクスにとっては、当為の規範から「現存の経済的生活の科学的
説明」(『哲学の貧困』七九ページ)に転化した。マルクスはプルードンからいくらかリカードに回帰しており、空想か
ら資本主義経済の実際の現実の研究に移行している。》

ルービンにとっては物神性を救い出すことが対となるマルクス唯物論の再興である。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906,はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
 
 
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経済学古典選書 3
マルクス価値論概説

1993年12月3日 初版第1刷発行 原書1923(-1929)

50〜55頁

第1篇 マルクスの商品の呪物性の理論

第七章 マルクスにおける呪物性の理論の発展

 マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。マル
クスは、自分の先行者すべての理論のなかの労働価値論の萌芽に詳細な論評を加え、「剰余価値学説史」全三巻をあ
げて彼らの理論の長い一覧表を作成しているが、これとは対照的に、彼は呪物性の理論についての論評においては寡
黙である(『剰余価値学説史』第三巻、三八五ページ[邦訳]で、マルクスはホジスキンにおける呪物性の理論の萌芽を指摘している
が、これはまったく暖味であり、また個別のケースにかんして言及されたものにすぎないと思われる)。マルクスの価値理論
の古典派の理論に対する関係についての問題は、特に成功したとはいえないにせよ経済学文献のなかできわめて熱心
に議論されているが、商品の呪物性にかんするマルクスの考えの発展には特別な注意は払われてこなかった。
 マルクスにおける商品の呪物性の理論の起源にかんする若干の注釈が、前掲のハンマッヒャーの著書に見られる。
彼の見解によれば、この理論の起源は純粋に「形而上学的」である。マルクスは宗教にかんするフォイエルバッハの
考えを単に経済の領域に移したにすぎない。フォイエルバッハの説くところでは、宗教の発展は人間の「自己疎外」
の過程を表す。つまり、人間は自分自身の本質を外化して神に転化し自己から疎外する。この「疎外」論をマルクス
はまずイデオロギー的現象に移し換える。「意識の全内容は経済的諸条件の疎外を表す。したがって、この後者から
イデオロギーは解明されなければならない」(Hammacher 前掲書、二三三ページ)。つづいてマルクスはこの理論を経
済的諸関係の領域にも拡張する。そして、まさにここで「疎外された」物象的な形態を発見するのである。「歴史上
先行するほとんどすべての時代にとって、生産手段そのものが普遍的な自己疎外を表していた。たんに関係、社会的
関係にすぎないものが対象になった。フォイエルバッハの疎外論はこのことによって別の性格をおびる」(同、二三
三ページ)、「フォイエルバッハによれば、宗教において類の欲求が物象化される疎遠な存在として登場するが、マル
クスによれば、社会生活において経済的諸関係が物象化され疎遠な存在として登場する」(同、二三三四ページ)と、彼
は主張する。このように、マルクスの呪物性の理論は、「へーゲル、フォイエルバッハ、リカードの一種独特な綜合」
(同、二三六ページ)であり、右に見たように、そこではフォイエルバッハの影響が絶大である。この理論は、フォイ
エルバッハの宗教哲学的な「疎外」論を経済の領域に移し換えたものである。ハンマッヒャーによれば、この理論が
経済現象一般、特に商品形態の理解に役立つものをなにももたらさないのはこのためである。「呪物性の理論の形而
上学的起源にマルクスの所説の理解の鍵はあるが、商品形態の発見の鍵はそこにはない」(同、五四四ページ)。呪物
性の理論は、物象化され、生きた人間を抑圧している「現代文明の」きわめて貴重な「批判」を含んでいるが、しか
し、「経済学的価値理論としては商品の呪物性論は誤りである」(五四六ページ)。「経済学的には成り立たない呪物性
の理論はきわめて貴重な社会学的理論に転化される」(同、六六一ページ)。
 マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。実際、この著作に見られる呪物性の理論の萌芽は、「社会的」
ないし「人間的」諸関係をそれらの「疎外された」物象的な形態に対置するという底のものである。だがこの対置は、
資本主義的社会構成に対して空想的社会主義者たちが一般にいだいていた見解に基づいている。それによれば、資本
主義的社会構成を特徴づけるのは、労働者が自分の人格を「自己疎外」し労働生産物を自分から「疎外」することを
よぎなくされ、この点に「物象」である資本の人間である労働者に対する支配が表現される、ということである。
 『聖家族』から若干の引用文を撮げておこう。資本主義社会は「対象的本質に対する人間の実践的に疎外された関
係(……)、人間的自己疎外の経済学的表現」(『聖家族』四〇ページ)である。「買うという規定のうちに、労働者が自
分から失われ疎外されたものとしての彼の生産物に対している、ということがすでに含まれている」(同、五〇ペー
ジ)。「有産階級とプロレタリアートの階級は、同一の人間的自己疎外を表している。だが前者の階級は、この自己疎
外のうちに、快適と安固を感じており、この疎外が彼みずからの力であることを知っており、また疎外のうちに人間
的生存の外見をもっている。後者はこの疎外のうちに廃棄されたと感じ、そのうちに彼の無力と非人間的生存の現実
性を認めている」(同、三三ページ)。
 資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」(同、三四ページ)に対して、空想的社会主義は、永遠の正義。抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声
をあげる。空想的社会主義は、「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。「だから経済
学者は、あるときは、例外的に[……]経済関係における人間的なものの外見を主張することもあるが、まずだいた
いのところは、これらの関係を、人間的なものとはまったくはっきりと区別して、厳密に経済的な意味で、とらえて
いる」(同、三〇ページ)。「経済学のすべての議論は私有財産を前提としている。この基本前提は、経済学にとっては、
それ以上の検討を加えられることのない、論駁を許さない事実なのである。[……]ところがプルードンは経済学の
基礎たる私有財産に、批判的検討を、[……]くわえる」(同、二九ページ)。「プルードンは、人間的活動の、活動と
しての直接的定在である労働時間を、労働賃金と生産物の価値決定との尺度とすることにより、古い経済学では資本
と土地所有の物的な力が決定的であったのに対し、人間的側面を決定的とした」(同、四七ページ)。
 このように、資本主義社会では、「物的」要素としての資本の力が支配している。これは、人間間の社会的諸関
係·支配従属関係が人間の思惟において屈折したものであり、幻想でも誤りでもない。これは現実の社会的事実なの
である。「財産、資本、貨幣、賃労働、などは、けっして観念上の妄想ではなく、彼らの自己疎外の、非常に実践的
な、非常に対象的な産物である」(同、五二ページ)。経済生活において実際に支配しているこの「物的」要素に、理
想、規範·当為としての「人間的」要素が対置される。人間的関係とその疎外された形態」は、当為の世界と実在の
世界というふたつの世界であり、これは社会主義的理想の名による資本主義の現実の断罪である。この対置はマルク
スの商品の呪物性の理論を想起させるが、しかし、本質的には別の観念世界をめぐっている。人間関係の「疎外」に
ついてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。前著では、プルードンが私的所有の否定から議論を
開始しているとして賛美されていたが、後者では、マルクスは私的所有に基づく商品経済の分析のうえにこそ自分の
経済学体系を築いている。『聖家族』では、(「人間活動の直接的定在」としての)労働時間に基づいて生産物の価値
を構成したことがプルードンの功績とされているのに対して、『哲学の貧困』では、彼はこのゆえに批判をこうむっ
ている。「労働時間による価値規定」の定式は、マルクスにとっては、当為の規範から「現存の経済的生活の科学的
説明」(『哲学の貧困』七九ページ)に転化した。マルクスはプルードンからいくらかリカードに回帰しており、空想か
ら資本主義経済の実際の現実の研究に移行している。
 空想的社会主義から科学的社会主義へのマルクスの移行にともなって、右の「疎外」の理論には根本的な変化がも
たらされた。以前には、人間的関係とその「物象的」形態の対置は当為と実在の対置を意味していたが、今では対置
される項の双方が実在の世界·社会的存在に移し換えられている。つまり、現代社会の経済生活そのものが、一方で
は、社会的生産関係の総体であり、他方では、これらの関係が発現する一連の「物象的」範噂なのである。人間間の
生産関係とその「物象的」形態、これが新しい対立であり、この対立は、経済における「人間的」要素とその「疎外
された」形態とのかつての対置から生じた。このことによって、商品の呪物性の定式が発見された。だが、マルクス
がこの理論に最終的な定式化を与えるまでには、なおいくつかの段階を要した。
 さきにかかげた『哲学の貧困』からの引用文に見られるように、マルクスはこの著作のなかで、貨幣、資本、その
他の経済学的範嘩が物ではなく生産関係であることを繰り返し述べている。マルクスはこの思想の定式化を次のよう
な言葉で行なっている。「経済的範噂は、社会的生産関係の理論的表現であり抽象であるにすぎない」(同、一三三ペ
ージ)。経済の物象的範鳴の背後に、マルクスはすでに社会的生産関係を見抜いていたのである。ただし、彼はまだ、
なぜ商品経済においては人間間の生産関係が必然的にこの物象的形態をとるのかという問題は提起していない。この
一歩をマルクスが踏み出すのは「経済学批判」においてである。マルクスは「交換価値を生み出す労働を特徴づける
ものは、人と人との社会的関係が、いわば逆さまに、つまり物と物との社会的関係として表されることである」(『経
済学批判』一九ページ)と言っている。ここには商品の呪物性の正しい定式が与えられており、商品経済における生
産関係に固有の物象的性格が指摘されているが、しかし、規制のない国民経済におけるこの「物象化」の原因と不可
避性はまだ示されていない。
 マルクスは、おそらくこの「物象化」のうちに、何よりも、商品においては比較的単純で貨幣や資本においては一
層錯綜している「神秘化」を見たと思われる。この神秘化の可能性を、彼は「日常生活の習慣」によって説明する。
「社会的生産関係が物象の形態をとり、そのために労働における人と人との関係がむしろ物象相互の関係および物象
の人に対する関係として表されること、このことをあたりまえのこと、自明のことのように思わせるのは、ただ日常
生活の習慣にほかならない」(同、二〇ページ)。ハンマッヒャーはまったく正当にも、商品の呪物性をこのように習
慣によって説明するのはきわめて根拠薄弱であるとしている。だが、これがマルクスの行なった唯一の説明であると
彼が主張するのはまったく間違いである。「マルクスがこの本質的な点の基礎づけをおろそかにしているのは意外と
いうほかない。『資本論』ではこの点に全然ふれられていないのである」(Hammacher 前掲書、二三五ページ)と彼は
いう。『資本論』で「習慣」に言及がないのは、第一章の商品の呪物性にかんする節全体が、社会的生産過程の直接
的規制の欠如は必然的に市場·労働生産物·物象によるこの過程の間接的規制に導くという、この現象の完全な深い
解明を含んでいるからである。だとすれば、生産関係の「物象化」は、単なる「神秘化」や幻想ではなく、現代社会
の経済構造の特殊性のひとつである。「人間の社会的生産過程における彼らの単なる原子的な行為は、したがってま
た彼ら自身の生産関係の、彼らの制御や彼らの意識的個人的行為にはかかわりのない物的な姿は、まず第一に、彼ら
の労働生産物が一般的に商品形態をとるということに現れるのである」(『資本論』第一部、1三四ページ)。「習慣」か
らではなく商品経済の内的構成から、生産関係の物象化が生じるのである。呪物性とは、社会的意識にかかわるだけ
でなく社会的存在にもかかわる現象である。ハンマッヒャーのようにマルクスが「習慣」を呪物性の唯一の説明とし
ていたと主張することは、『資本論』第一部および第三部の「三位一体範式」のなかに見られる商品の呪物性の理論
の最終的な定式化をまったく顧慮しないことを意味する。
 以上のように、『聖家族』においては、理想と現実の対置のように、経済の「人間的」要素が「物的」で「疎外さ
れた」要素に対置されている。『哲学の貧困』においては、マルクスは物象の背後に社会的生産関係をあばきだす。
『経済学批判』においては、社会的生産関係が「物象化」されるという、商品経済の特殊性が指摘されている。この
現象の詳細な描出および商品経済におけるそれの客観的必然性の解明は、『資本論』第一部に見られるが、この解明
は主として価値(商品)。貨幣·資本にかんしてなされている。『資本論』第三部の「三位一体範式」にかんする章で
は、マルクスは資本主義経済の基礎的諸概念にかんして、同じ考えを断片的ではあるが、さらに展開している。とり
わけ、社会的生産関係の物的生産過程との一種独特な「合生」を指摘している。

く著者>イサーク·イリイチ·ルービン
1886-1937[?]. ロシア革命前はメンシェヴィキに属す。
カマルクス=エフ·エンゲルス研究所所員としてリャ
ザノフの下でマルクスの経済理論の文献的 理論的研究
に従事し,多くの優れた成果をあげる。 20年代末にはマ
ルクスの経済理論の解釈においてボルシェヴィキ党指導
者をしのぐ影響力をもち危険視された。本書は20年代ソ
連の価値論論争の発端となった彼の主著,31年にスター
リンの弾圧政策により研究活動停止,その後消息不明。
く訳者>竹永 進
1949年生,大阪市立大学大学院博士課程単位取得退学。
大東文化大学経済学部助教授。専攻は経済理論·経済学
史,「古典派経済学研究 (IV)」(共著,雄松堂), 「「政治
経済学」とマルクス主義」(ドゥルプラス著,共訳,岩
波書店),「資本論をどう読むか」(J. ピデ著, 共訳,法
政大学出版局),その他。

経済学古典選書 3
マルクス価値論概説

1993年12月3日 初版第1刷発行
ガリア
ndo
著者 イサーク·イリイチ·ルービン
訳者 竹永 進
発行所 財団法人法政大学出版局
〒162 東京部新宿区市谷田町2-14-1
電話 03(5228)6271/振替 東京6-95814
製版·印刷/三和印刷
製本/鈴木製本所
©1993 Hosei University Press
Printed in Japan

ISBN4-588-64003-8
本書は,大東文化大学特別研究費 (研究成果刊行助成金)を得て刊行された。




PDF

core.ac.uk/download/pdf/39259121.pdf

Title 社會理念とイデオロギ - ,ウトピ - 及びミ - トス ... - CORE

PDF

core.ac.uk/download/pdf/39259121.pdf


るのであるが、併しイデオロギーと云ふ言葉其物はマルクスの新たに鎬造せるものでなく、彼れ以前に既に ... Band, 1906但し通俗辞典でも 1931年版の Der Grosse Brockhaus, 9. Band には佛蘭西ィ. Eisler, Handwörterbuch der Pliilosophie, Zweite Auflage, 1922, ... Hammacher, Das Philosophisch- Ökonomische System.


https://www.amazon.com/Das-Philosophisch-Ökonomische-System-Marxismus-Berücksichtigung/dp/1332625231


https://www.amazon.co.jp/Philosophich-Okonomische-Berucksichtigung-Fortbildung-Sozialismus-Dargestellt/dp/1361706007


Das philosophisch-ökonomische

System des Marxismus.

Unter Berücksichtigung

seiner Fortbildung und des Sozialismus überhaupt

dargestellt und kritisch beleuchtet

von

Dr. phil. et iur. Emil Hammacher,

Privatdozenten der Philosophie an der Universität Bonn.

AI otto:

»Ich huldige einem fast absoluten ükonomischen Anti-

dogmatismus. Wir wollen gemeinsam, wenn Sie zustimmen,

ije Gesetze der Gesellschaft suchen, die Art, wie sich diese

(e setze realisieren, den Fortschritt, gemäß welchem wir

dazu gelangen, sie zu entdecken

jeden Widerspruch entgegennehmen und ermuntern; iähmen

wir alle Ausschiießungen, allen Mystizismus; iassen Sie

uns niemals eine Frage für erschöpft erachten, und wenn

wir uns bis auf unser letztes Argument aufgebraucht haben,

fangen wir von neuem an, mit Beredsamkeit und Ironie.«

Lassen Sie uns

(Proudhon an Marx.)

Vincit

Veritas/

Leipzig,

Verlag von Duncker & Humblot.

1909.

105126

24/9/10


哲学的・経済的

マルクス主義の体系

考慮して

そのさらなる発展と、社会主義全般の

提示され、批判的に照らされる

からです。

Dr.phil.et iur. Emil Hammacher,

Privatdozenten der Philosophie an der Universität Bonn.

AIオットー。

"私は、ほぼ絶対的な反経済主義を信奉しています。

dogmatism。賛同していただけるなら、一緒にやりましょう。

社会の法則、その法則を実現する方法。

これらの法則をどのように実現するかということです。

それを発見するまでの過程では

すべての矛盾を受け入れ、後押しする。

すべての除外、すべての神秘主義、どんなことも考えさせない。

どんな問題でもやりつくしたとは思わないし、やりつくしたら

私たちは最後の議論までやり尽くしました。

饒舌とアイロニーで再出発しよう」。

私たちに

(Proudhon to Marx)

ヴィンチ

ベリタス/

ライプツィヒ

Duncker & Humblot出版社。

1909.

105126

24/9/10


ルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906,1909はなんとプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている







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https://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun/3312_2.html

ルービンの貨幣論がよみがえる

――1920年代ソ連の政治経済学の水準を示す、読みごたえのある研究
評者:梅澤直樹

 本書は、やはり竹永進氏によって邦訳された『マルクス価値論概説』(法政大学出版局、1993年)と一対を成すルービンの著作である。但し、後者が1923年に公刊され、1920年代末までに4版を重ねて当時のソビエト連邦における政治経済学研究、教育の代表的著作の一つとみなされたのに対して、本書はルービンが粛清の犠牲となって銃殺された後に親族によって密かに保管されていた草稿が2011年にようやく刊行されたものというように、対照的な来歴を有している。

 また、タイトルからの印象とは異なって、330ページを超える本書のうち草稿の邦訳部分は130ページであって、草稿の刊行に力を尽くしたR・ヴァーシナが付した解説、ルービンの著作目録、ロシア語版刊行翌年のドイツ語版に収録された数編の論考、最後の取り調べに際してのルービン自身の証言記録、そして竹永氏の訳者解説が草稿を補完している。ヴァーシナや竹永氏の力のこもった解説や、ルービンの経済学史研究をめぐる論考、さらにルービンの証言記録などからは、草稿がどのような知的、政治的環境の下で執筆されたものであるのかがよくうかがわれ、本書はルービンの貨幣論をトータルに提示した、そうした意味でのルービンの『マルクス貨幣論概説』となっている。

 上記のように、ルービンは粛清の対象となり記憶から抹殺された経済学者であるので、本書の内容に立ち入る前に少し紹介しておくと、彼は1886年に現在のラトビア共和国の裕福なユダヤ人家庭に生まれ、1906年にペテルブルグ大学法学部に進んだ。当時から経済学にも関心を抱いたが、その出自のゆえに経済理論への取り組みを制限され、社会・経済的主題に向かったのは1917年の2月革命以降のことであったという。当初は現状分析に取り組んでいたが、早くにリャザノフの知遇を得て、マルクスの著作をはじめとした文献の蒐集、翻訳、研究に携わるようになる。そのなかで、既述のように1920年代のソ連における政治経済学の研究、教育の牽引者の一人となったのである。

 と同時に、ルービンは1904年にはユダヤ人労働者組織である「ブント」に加入し、第一次大戦中にはメンシェビキ左派に接近した。また、1920年ブントのモスクワ組織の分裂に際してはボルシェビキとの融合を拒絶するグループと同調、ブントの中央委員に就くなどし、1921年に2度逮捕されている。さらに、1923年に再び逮捕され、都合3年間の拘禁及び収容所流刑を経験した。それにより政治的活動からは身を退いたにもかかわらず、捏造された容疑で1930年末に逮捕され、5年間の禁固服役中に量刑変更で現在のカザフスタン北部の町への追放処分を受けた。そして1937年の大粛清時に同様にしてもういちど逮捕され、銃殺刑に処されたのである。すべての事柄について名誉を回復されたのは、半世紀を経た1989年から1991年にかけてのことであった。

 但し、そのように歴史から抹殺されたにもかかわらず、1970年代における西欧での価値論論争において、ルービンの抽象的労働論に注目した人々がいた。その一人であったS・ヒメルワイトは、その後その着想をさらに展開してケア・ワーク(介護・育児)の独自性を掘り下げ、左派からのフェミニスト経済学の現代的展開に大きな影響を及ぼしている。

 本書の内容に立ち入ると、まずルービンの貨幣論において注目されるのは、その価値論との一体性である。すなわち、ルービンは、『資本論』冒頭章での価値実体の導出が単なる二商品の等置の分析、いわゆる蒸留法に基づくものではなく、むしろ全商品の同等化を分析対象に据えていると主張する。こうした全商品の同等化は貨幣なしには実現しえないのであるから、価値論は貨幣を暗黙に前提したものということになる。つまり、価値論と貨幣論とは相互に前提し合う一体、不可分のものであることが強調されるのである。これがベームとヒルファディングとの間で争われた価値論論争に対するルービン独自の回答であることは容易に看取されるところであろうが、同時に、こうした全面的同等化だからこそ社会存立の基盤としての社会的総労働の配分問題に結びつくとして、『資本論』冒頭章におけるもうひとつの価値実体論との整合性を確保しようとしていることにも注目しておきたい。さらに、こうした交換価値と労働関係との直接的な結びつけ方は、マルクスの経済学の核心が、商品経済においては人々の間の関係が商品や貨幣といった物象の属性として顕現してくることの解明すなわち物象化論にあると解していることをも意味する。

 第二に、価値尺度論や流通手段論といった草稿後半部分においても、上述のような認識が貫徹され、ルービン独自の貨幣機能論を展開させている。すなわち、社会存立の基盤、したがって再生産という視角にこだわり、また物象化論を基軸とした価値尺度論や流通手段論が展開されているのである。評者は、交換価値と労働関係との結びつけ方にしても、再生産視角にこだわるがゆえに均衡論にやや偏したところのある価値尺度論にも必ずしも同意しえないが、そうした評者にとっても読みごたえのある貨幣論となっている。

 最後に、本書に収録された関連資料に関わって三点のみ補足しておきたい。第一に、上述のようなルービンの経済学研究が決して屹立した孤立峰ではなく、1920年代のソ連の政治経済学研究はかなりの水準を有していたことがわかる。第二に、第一点とも関わって、1920年代末近くまで、海外での研究動向のフォロー、紹介も含めて、意外に自由な研究が許容されていた。第三に、捏造された容疑に従った自白を強要されたルービンの証言調書はあまりに痛々しい。価値尺度論には自説の微妙な転回の萌芽も記されていただけに、ルービンの優れた論理的展開能力がそれを開花させる可能性を圧殺してしまったこととあわせ、言論弾圧の罪過をあらためて痛感させられる。

(滋賀大学名誉教授)

 


廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)]  著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 
50〜55頁より

《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
 マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
 資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
象」(ハンマッヒャー Emil Hammacher,マルクス主義の哲学的・経済的体系1906.未邦訳、三四ページ)に対して、
空想的社会主義は、永遠の正義・抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。…
人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。 

ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921(『近世経済思想史論』1920ではマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909

https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm/page/191/mode/1up 

における平行論を引用し評価している。

河上肇「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921

https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈図解はスピノザ的である。

個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。 

 


NAMs出版プロジェクト: マルクス『経済学批判』(1859年刊行)序言


マルクス『経済学批判』序言(全)より
原著 Zur Kritik der politischen Ökonomie:Vorwort
著者 Karl Marx

著作集第一巻で三枝博音はマルクス『経済学批判』(1859年刊行)序言↓を論じている。

            <…‥わたくしの研究にとって導きの糸として役立った一般的結論は、
簡単につぎのように公式化することができる。人間は、その生涯の社会的生産において、一定の、
必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸カの一定の発展段
階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっ
ており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、
一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、
政治的精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆
に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである。
(社会の物質的生産諸力は、その発展があ
る段階にたっすると、いままでそれがそのなかで働いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法
的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生涯諸力の発展諸形態
からその桎梏へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである。)経済的基礎の変化に
つれて、巨大な上部構造全体が、徐々にせよ急激にせよ、くつがえる。このような諸変革を考察
するさいには、経済的な生産諸条件におこった物質的な、自然科学的な正確さで確認できる変革
と、人間がこの衝突を意識し、それと決戦する場となる法律、政治、宗教、芸術、または哲学の
諸形態、つづめていえばイデオロギーの諸形態とをつねに区別しなければならない。(ある個人を
判断するのに、かれが自分自身をどう考えているかということにはたよれないのと同様、このよ
うな変革の時期を、その時代の意識から判断することはできないのであって、むしろ、この意識
を、物質的生活の諸矛盾、社会的生産諸力と社会的生産諸関係とのあいだに現存する衝突から説
明しなければならないのである。[一つの社会構成は、すべての生産諸力がそのなかではもう発展
の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産
諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとって
かわることはけっしてない。だから人間が立ちむかうのはいつも自分が解決できる課題だけであ
る、というのは、もしさらにくわしく考察するならば、課題そのものは、その解決の物質的諸条
件がすでに現存しているか、またはすくなくともそれができはじめているばあいにかぎって発生
するものだ、ということがつねにわかるであろうから。])大ざっぱにいって、経済的社会構成が進
歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生産様式をあげる
ことができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、といっても個人的な敵
対の意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味での敵対的な、形
態の最後のものである。しかし、ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこ
の敵対関係の解決のための物質的諸条件をもつくりだす。だからこの社会構成をもって。人間社
会の前史はおわりをつげるのである。>

(マルクス『経済学批判』岩波文庫13~15頁より。『世界史の構造』4-5頁参照)

柄谷行人は引用に際してカッコ内を省略した。

 

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9 件のコメント:


  1. 《かったことと思う」(同、p.302) と言う。魔松本人はこのように自己の『資本論』の読み方のルー
    ビンとの相違を強調したにもかかわらず、彼の価値論解釈が単純商品生産の想定や素朴な労働価
    値説の受容をルービンと共有しており、このために彼らがともに関係主義的な価値論の構築にお
    いて一貫し得なかった点が、後に正木(1989)や向井(2010) によって批判的に指摘されてい
    る。
    1980年前後に上記の少数の紹介と翻訳がなされてから、日本では魔松とならんでKrause
    (1979)の監訳者であり訳書に「解題」を付した高須賀義博らがルービンの理論に注目してい

    -39 -》



    竹永進「日本におけるルービンの抽象的人間労働理解の受容過程について」を拝受。廣松が関係主義を標榜しながら、マルクス価値論解釈では、伝統的な解釈に妥協し、一貫していなかったとの指摘、至当だ。
    宇野も同様に、実体論と形態論、二人のマルクスがいると言った。そこまでは同じだが宇野は→


    前者を却け、形態論でマルクスを純化させた。
    廣松は、宇野と異なりマルクスを誤りを指摘しなかった。政治的配慮なのだろう。
    マルクスは、資本は関係である、と言いながら、貨幣は関係であるとは言わなかった。資本が関係なら当然、貨幣も関係のはずだ。私としては、宇野と同様に、マルクスが一貫→

    させることができなかった関係主義を貫いてみたい。宇野が、実体論を却けて、形態論を徹底させてみせたように。
    当然、マルクスの誤りを指摘せざるをえなくなる。宇野がそうしたように。


    宇野が形態論を徹底させた、という言い方はまずかった。流通論から実体論を排除しただけで、生産論はズブズブの実体論で、実物的な再生産論になっていて、スラッファなどと親和的だ。
    生産論から後では貨幣は消え去ることは『これから原論』などで明瞭に読み取れる。貨幣無き、物財による物財の生産。

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  2. 廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

    以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)]  著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 
    50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
     資本主義的搾取の「非人間性の極限」に対して、「一切の人間的なものの捨象、人間的なものの仮象でさえもの捨
    象」(ハンマッヒャー Emil Hammacher,マルクス主義の哲学的・経済的体系1906.未邦訳、三四ページ)に対して、
    空想的社会主義は、永遠の正義・抑圧された勤労大衆の利益の名において抗議の声をあげる。空想的社会主義は、
    「非人間的」な現実に、ユートピアを、「人間的なもの」の理想を、対置する。まさに
    このために、マルクスは特にプルードンを賞賛し、彼をブルジョア経済学者たちに対置するのである。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。

    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

    ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。 
    ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921(『近世経済思想史論』1920ではマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm/page/191/mode/1up 
    における平行論を引用し評価している。
    河上肇「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf
    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈図解はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。 
    物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。

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  3. 廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

    以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)]  著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 
    50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。

    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

    ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。 
    ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
    (『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    における平行論を引用し評価している。

    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈図解はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。 
    一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。

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  4. 廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

    以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)]  著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 
    50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。

    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

    ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。 
    ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
    (『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    における平行論を引用し評価している。

    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。 
    一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。

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  5. 廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

    以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 
    50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。

    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

    ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
    ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
    (『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    における平行論を引用し評価している。

    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
    一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論は信用貨幣論の理解を阻害する。

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  6. 廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。

    以下、『マルクス価値論概説』1993年12月3日[原書1923(-1929)] 著者 イサーク·イリイチ·ルービン 訳者 竹永進 
    50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ルービンにとっては商品の呪物性=物神性=物象化(これは形而上学ではない)を救い出すことがマルクス唯物論の再興につながるのだろう。
    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。

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    ルービンのハンマッヒャー批判は全体としてベクトルは逆だがどこかデリダのマルクス論を想起させる。
    ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921
    (『近世経済思想史論』1920ではまだマルクスのみ)でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    における平行論を引用し評価している。
    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
    一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論への加担は信用貨幣論の理解を阻害する。

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  7. 廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
    以下、ルービン『マルクス価値論概説』1993年[原書1923(-1929)] 50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

    ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    における平行論?を引用し評価している。
    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
    一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論への一方的な加担は信用貨幣論の理解を阻害する。

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  8. 廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
    以下、ルービン『マルクス価値論概説』1993年[原書1923(-1929)] 50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

    河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    における平行論?を引用し評価している。
    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
    一言で言えば、物神、そして本来それと表裏一体の唯物論への一方的な加担は信用貨幣論の理解を阻害する。

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  9. 509 考える名無しさん[sage] 2021/09/03(金) 11:47:19.45 ID:0
    廣松渉が『資本論の哲学』でルービン(1886-1937)を扱っていたので調べてみた。
    以下、ルービン『マルクス価値論概説』1993年[原書1923(-1929)] 50〜55頁より

    《マルクスにおける呪物性の理論の起源と発展にかんする問題は、現在まで全く研究されていない状態である。…
     マルクスの呪物性の理論が彼の経済学体系全体とりわけ価値論の理解にとって不毛であるというハンマッヒャーの
    結論は、この理論が「形而上学的」起源を有するという彼の誤った見方から出てくる。ハンマッヒャーは『聖家族』
    に典拠をもとめるが、この著作をマルクスとエンゲルスが執筆した一八四四年末には、マルクスはまだ空想的社会主
    義とりわけプルードンの思想の強い影響下にあった。…
    人間関係の「疎外」についてのこの理論を社会関係の「物象化」の理論(すなわち、商品の呪物性の理論)に転化するためには、マルクス
    は、空想的社会主義から科学的社会主義への、プルードン賛美から彼の考えの厳しい批判への、理想の名による現実
    の否定から現実の発展と運動の諸力の作用そのものの探究への、道程をたどらなければならなかった。マルクスは
    『聖家族』から『哲学の貧困』に到達しなければならなかった。》

    ちなみにルービンが批判的に参照したハンマッヒャー1906or1909はプルードンのマルクスへの手紙をエピグラフに掲げている。
    https://archive.org/details/dasphilosophisch00hamm

    ちなみに河上肇は「マルクスの唯物史觀公式中の一句に就て」1921でハムマッヘル(ハンマッヒャー)1909
    における平行論?を引用し評価している。
    https://core.ac.uk/download/pdf/39256746.pdf

    河上によるマルクス『経済学批判』序言のハンマッヒャー解釈解説はスピノザ的である。
    個人的にはルービンよりもハンマッヒャーに可能性を感じる。
    一言で言えば、物神、そしてそれと表裏一体の唯物論への一方的な加担は信用貨幣論の理解を阻害する。

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