2020年7月6日月曜日

ビル・ミッチェル「MMTと対外部門 — 再訪」(2018年9月26日) — 経済学101




《最後に、輸入食品やその他の必需品に依存している国々において、当該貧困国における財やサービスの価格が高騰してしまうような為替レートにならぬよう、国際機関が現地通貨を購入する役割を担うべきである。これは、そうした貧困国に対して、為替レートを高く維持するためだけに緊縮財政の実施を強制する現在の慣行よりも望ましい。》


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ビル・ミッチェル「MMTと対外部門 — 再訪」(2018年9月26日) — 経済学101
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ビル・ミッチェル「MMTと対外部門 — 再訪」(2018年9月26日)

Bill Mitchell, “MMT and the external sector – redux“, Bill Mitchell – Modern Monetary Theory, September 26, 2018.
このエントリは、2018年10月13日土曜日にドイツで参加する予定のワークショップのために書いている。私が参加するパネルは、対外貿易と通貨の問題に焦点を当てている。この投稿では、提示する予定の基本的な議論をまとめる。現代金融理論(現代貨幣理論、MMT)に関連してしばしば提起される問題の1つは、外国為替市場と国の対外勘定(特に経常収支)に関するものだ。経常収支が黒字であるべきか赤字であるべきか、そして仮に経常収支が赤字の場合に通貨発行権を持つ政府が完全雇用を維持するための財政政策手段(支出と租税)の利用能力に何かしらの制限が生じるかどうか、という点については進歩主義志向の経済学者でさえ袋小路に陥っているように見える。この投稿では、これらの問題を取り上げ、対外部門に関するMMT的観点の意義について説明する。

我々が同意可能な事項
MMTを知っている人々の間では、次のことが広範に理解されている: 
1.通貨発行者と通貨利用者の間には根本的な違いがあり、前者の支出に本質的な金融的制約はない。通貨発行権を持つ政府は、自国通貨建ての負債を常に履行することが出来る。
これはまた、当該政府が自国通貨で売りに出されているもの全て(全ての遊休労働者の含む)を購入可能であることを意味する。
以上は、政府が失業率を選択していることを意味する。失業率の上昇は、「市場の力」や個人/世帯の選択によって国レベルで強いられるものではなく、常に政治的決定なのである。
2.政府の支出能力は、課税という形で受け取る収入よりも先行する。税収は、政府が支出によって先んじて発行した資金から発生するものである。
3.中央銀行は「中央銀行貨幣」の独占的創造者であり、一方、商業銀行は「バランスシートの拡大」を通じて、無から「銀行貨幣」を生み出す。
中央銀行は金利を設定するが、広義のマネーサプライや流通する「中央銀行貨幣」の量を制御することはできない。
というのは、中央銀行は金融の安定性を維持することを目的に認可されており、このため十分な銀行準備預金を確保すること以外に選択肢がないからだ。
準備預金不足によって小切手の不履行が生じ始めると、その際は金融パニックが続発することになる。
これはまた、『政府の借入が希少な資金を吸収し、その分だけ民間部門が利用できる資金が減る』と仮定する「クラウドアウト」の主流の経済学の考え方が間違っていることを意味する。商業銀行は、必要に応じて信用力のある借り手に融資を行う。そこに信用(貸付資金)の不足はありえない。
4.国民経済計算に基づけば、政府の赤字(黒字)は非政府の黒字(赤字)と完全に等しい。
非政府部門は、対外部門および国内民間部門で構成されている。対外部門が赤字であり、民間の国内部門が全体的な貯蓄を望んでいる場合、政府部門は赤字でなければならず、国民所得の変化が政府部門の赤字化を確実に発生させることになる。
このことは、財政黒字が非政府部門の富を圧搾することを意味する。
また、財政黒字が「国家の貯蓄」を表すという主流の概念は誤りだ。通貨の利用者、例えば家計は、(貯蓄の利子収入を介して)将来の消費の可能性を高めるために(現在の消費を控えて)貯蓄を行う。
通貨の発行者である政府は、将来のためにお金を貯める必要はない。彼らは自国通貨で販売されているものをいつでも購入することができる。
5.財政政策の目的は、特定の財政結果(黒字または赤字)を達成することではない。それよりもむしろ、非政府部門の支出と貯蓄の決定を所与として、政府の任意の政策ポジションが完全な雇用と物価の安定を確保するのに十分であることを保証することが目的である。
たとえば、特定のレベルの国民所得から、民間の国内セクターが全体的な貯蓄を望み、それに応じて支出を削減する場合、純輸出が増えない限りは、政府は赤字を増やすことで、失業率上昇と不況を回避する必要がある。
いかなる財政的結果にも特別な意味はない。状況が全てなのだ。
主流派経済学者でさえ、『MMTに新しいものはない』と主張するという形で、これらの命題の多くを受け入れ始めている。
対外部門と持続可能な政策スペース
ただし、対外部門が完全雇用と物価安定を維持する政府の能力に対して最終的に制約をもたらすかどうかについては依然として論争がある。
MMTは、変動為替レート体制により、政府が国内目標を追求するための政策空間を最大化することを示している。国家が何らかのタイプの通貨ペッグ(固定為替レート、ドル化、カレンシーボードなど)を採用すると、通貨主権の完全性を失い、国内政策上の要望に対して妥協することになる。
したがって、MMTが変動為替レートを好むのは、完全雇用と価格安定性を維持し、全ての人々に公平な結果をもたらす政府の能力を損なわせるような政策的制約を取り除くからだ。
このことを理解するには、まず持続可能な政策スペースの概念を解説しておかなくてはならない。
よく知られている部門別収支の枠組みは、国民経済計算の枠組みから派生したものであり、グラフで図解することができる(詳細については、我々が近々出版するマクロ経済学の教科書で展開する)。
部門別収支の計算式は次のように記述される:
(1)(S – I)=(G – T)+ CAB
ここで、Sは家計貯蓄、Iは民間資本形成、Gは政府支出、Tは税収、CABは経常収支(輸出(X)から輸入(M)を差し引いたものと純対外所得フロー(FNI )の総和)である。
式(1)は、政府部門の赤字(G – T> 0)および経常収支の黒字(CAB> 0)が、民間部門の国民所得と純金融資産を生み出し、民間全体で見た貯蓄を形成すると解釈される(S> I )。
逆に、政府の黒字(G – T <0)と経常収支の赤字(CAB <0)は、国民所得を減らし、民間国内部門における金融資産の蓄積を妨げる。
以下の4象限図を見て欲しい。
縦軸のゼロより上のすべての点は政府の財政黒字(T> G)を表し、原点の下の縦軸のすべての点は政府の財政赤字(G> T)を表す。
同様に、水平軸の原点の右側のすべての点は対外黒字を示し(X + FNI> M)、水平軸の原点の左側のすべての点は対外赤字(X + FNI <M)を表す。部門別収支における黒字と赤字について述べるにあたり、これらの収支はGDP比として表されることをご承知いただきたい。
当然ながら、両方の軸の原点は、すべての収支がゼロとなる位置を示している。
式(1)から、民間の国内収支がゼロ(S = I)の場合、政府の財政赤字(黒字)は対外赤字(黒字)に等しくなることが分かる。
したがって、対角に描かれた45度線は、民間の国内収支がゼロ(S = I)である政府財政収支と対外収支のすべての組み合わせを示している。これを我々はSI線と呼ぶことにする。



民間の国内部門はどのような場合に黒字ないし赤字になるだろうか?
A点およびC点では、民間国内部門は均衡している。B点では、財政赤字(G> T)かつ対外黒字(CAB> 0)である。つまり、民間部門は必ずプラスの純貯蓄になる(S> I)。その後、B点からA点、またB点からC点の間で、民間部門による純貯蓄はA点とC点でそれぞれ民間国内収支均衡が達成されるまで低下していく。
同様に、D点では、国内の民間部門が支出超過であることが明らかである(S <I)。D点からC点、またD点からA点の間で、民間部門による純支出はA点とC点でそれぞれ民間国内収支均衡が達成されるまで減少する。
この知見を一般化すると、垂直軸の各側の45度線より上のすべての点は民間国内部門の赤字に対応し、垂直軸の各側の45度線より下のすべての点は民間国内部門の黒字に対応すると結論付けることができる。
この部門別収支の図式描写を用いた上で、通貨発行権のある政府の実行可能かつ持続可能な政策余地(policy space)はどのように規定されるだろうか?
第一に、通貨発行権を有する主権政府では、4象限の点で表される部門別収支のすべての組み合わせが可能である。民間部門の支出と貯蓄の決定と、国民所得に影響する対外貿易収入フローの組み合わせに応じ、政府部門は完全雇用と物価安定維持のために必要な分だけ収支を調整することが出来る。
たとえば、対外勘定が赤字で、民間部門が全体的に貯蓄している場合、これらによる総需要の漏出に対して、政府は(総支出が経済の利用可能な実質生産能力を十分吸収できるように)十分な規模の財政赤字の執行を余儀無くされるだろう。
あるいは、対外勘定が黒字になり、これが総需要に追加される一方で、民間国内部門が収益よりも多くを支出していると、全体的に赤字になる可能性がある。こうした状況では、政府は、(経済が過熱して生産能力を使い果たさないようにするために)十分な規模の黒字を創出し続けなければならない。強い経済は、税収の堅調な伸びと関連し、政府が財政黒字を達成するのに資するであろう。支出と税率の裁量的な調整も必要になる場合もあるかもしれない。
ただし、こうした部門別収支の組み合わせが可能だとしても、民間国内部門が赤字を恒久的に維持することはできないということを我々は知っている。なぜなら、赤字をもたらす支出フローに対して資金を供給しなければならないからだ。民間国内赤字は、究極的には民間国内部門のバランスシート上で保有される債務ストックの増加という形で現れる。
この負債の蓄積プロセスには限度がある: なぜなら、ある時点でバランスシートが景気循環変動(失業率の上昇など)の影響を受けやすくなり、デフォルトリスクが高まるからだ。
長期的には、唯一の持続可能なポジションは、民間部門が黒字になることである。経済はそのポジションからの逸脱に耐えることが可能ではあるが、それはあくまで短期間に限った話だ。
したがって、自国通貨を発行する政府にとって持続可能な政策余地と見なせるのは、ABCの領域(青色の網掛け領域)だけである。
このような政府に財政規則を課すと(欧州経済通貨同盟の安定・成長協定の3%の閾値など)、持続可能な財政余地は大幅に縮小することになる。
何故このことが重要なのか?制約のない政府は、利用可能なスペースを常に用いて、完全雇用と物価安定を維持するのに十分な総需要を保証できるからだ。
定義上、ある国の対外黒字は他の国の対外赤字と一致しなければならないため、すべての国が対外黒字を実現することはできない。財政規則下で活動する場合、対外黒字国は対外赤字国よりも政策の柔軟性が高いが、完全雇用の維持に必要な総需要を維持するには許容財政赤字が不十分である可能性があるという事実に変わりはない。
対外赤字を抱え、かつ財政規則下で活動しなければならない国々が直面している政策の柔軟性は、さらに制限的なものとなる。このような経済において、国内民間部門が支出を削減して部門黒字を目指すほど大きなマイナスの経済ショックが生じた場合、総需要の損失を財政赤字で吸収できる範囲は非常に制限される。
そうした経済は、政府に課せられた人為的な財政規則(制限)の結果として、永続的な不況を経験する可能性が高い。
「国際収支」の制約と固定為替レート
MMTと関連した為替レートと開放経済の問題については、これまで広範囲に論じてきた。
例:
3. Balance of payments constraints (February 10, 2016).
MMT批判者が提起した問題は、通常、輸入物価の上昇による生活水準の低下や通貨投機の不安定化の影響など、為替レートの下落によるインフレ効果に関連したものだ。批判者は、為替レートの下落が貿易の競争力を高める可能性があることを認識しつつも、そうでない理由を示すために精巧な公式を提示している(マーシャル・ラーナー条件に関する議論など)。
要するに、彼ら(批判者)は、持続可能な政策スペースは、前の図が示唆するよりもはるかに小さいと主張しているわけだ。
総合すると、こうした懸念は見出しの下にエントリにまとめられる−−すなわち、「国際収支の制約」だ。
したがって、MMTの支持者は「通貨発行国には金融的な制約はない」と主張する一方、批判者は「財政赤字を使って国内雇用を増加させる国の能力は対外部門によって制限される」と主張しているのである。
そして批判者は、多国籍企業がグローバルなサプライチェーンを持ち、国際的な資本移動が増大している現代では、こうした制約がより厳しくなっていると主張している。
また、こうした批判者はしばしば、固定為替レート制度が金融の安定性を提供し、各国を輸入インフレから防護している一方で、変動為替レートが安定性を毀損すると妄信している。こうした固定為替レートの優位は、歴史的には支持されない。
第二次世界大戦後、固定為替レートシステムにおいては、金融政策は合意された為替レートをターゲットにしなければならなかったため、財政政策の選択に制約が課されることになった。国際収支の赤字が外国為替市場への通貨供給過剰として現れることもあり、自国通貨が下落圧力にさらされると、中央銀行は介入して外貨準備(主に米ドル)で自国通貨を買い上げる必要があった。
これは、国内経済が(マネーサプライ減少に伴って)縮小し、失業率が上昇することを意味していた。さらに、中央銀行によっては保有する米ドル準備金の在庫が有限であったため、取引ポジションが弱い国は、合意された為替レートを守るために常に不況バイアスにさらされていた。失業に起因する社会的不安定のため、このシステムは政治的に維持が困難だったのである。
失業を減らすために財政政策を過剰に積極利用した場合、財政拡大によってもたらされた国民所得レベルの上昇に対応して輸入が増加するため、為替レートを守るために金融引き締めを引き起こすことになる。最終的には、各国が為替レート平価を維持するというブレトンウッズ合意に拘束されていたため、金融政策の優位性が支配的であった。各国は引き上げないし引き下げを(一度きり)行うことができたが、こうした営為は眉をひそめられるものであり、一般的ではなかった。
この時期は、財政政策が国内経済を刺激し、輸入を増加させ、為替レートを圧迫して金融引き締めを必要とし、経済成長を阻害するという、いわゆる「ストップ・ゴー」型成長に特徴づけられていた。
「ストップ・ゴー」という用語は、固定為替レートの期間(Bretton Woodsの期間)に生まれたが、柔軟な為替レート時代(1971年8月以降)でもまだ生き残っている。
最終的には、ブレトンウッズは政治的に持続不可能であったため、1971年に崩壊した。 当該体制は、1960年代には、永続的な貿易問題のために慢性的に高い失業に直面していた英国及び他の国々による一連の「通貨安競争」による圧力にさらされていた。
欧州共同体の固定為替レートの歴史は様々な形で直面した問題を例証している。
1973年にブレトン・ウッズの固定為替レートのシステムが不可避的に失敗した後、世界のほとんどの国は、合意された平価を守る必要性から金融政策を解放するため、変動相場制の方が望ましいと判断した。
ただし、EEC加盟国は、さまざまな機能不全を抱えていた固定為替レートの取り決め(トンネル内の蛇(訳注:参考リンク)、スネーク、EMS、そして究極の「固定為替レート」システムである共通通貨)に固執してきた。 このことは、1962年に導入を決定した共通農業政策(Common Agricultural Policy:CAP)と少なからず関係している。
このCAPは、相対的な通貨の安定性がなければ管理上不可能な国境を越えた固定価格の複雑なシステムを導入していた。ブレトンウッズシステム内の通貨の変動により、欧州委員会はいわゆる「グリーン為替レート」あるいはは単に「グリーンレート」と呼ばれる複雑なシステムを導入し、公式の為替レートの下に設定した。
これらの取り決めのそれぞれは、政府が国民の幸福を明確に推進するという点において役に立たないことが判明した。
ブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)は歴史的に低インフレに執着しているため、金融引き締め政策を実行していた。これにより、貿易相手国は弱い通貨を防衛しなければならなかったので、彼らが望むよりも高い失業に耐えることを余儀なくされたのである。
フランス、イタリア、英国といったより弱い通貨のEEC諸国(1971年以降)は、ブンデスバンクの制約的な金融政策設定を受け入れるか、さもなければ深刻な資本流出に直面するかを強いられていた。しかし、彼らは通貨切り下げ圧力に絶えず直面し続けていた(固定相場取り決めの下で、ブンデスバンクが対称的介入を大なり小なり拒否していたため)ので差し迫った通貨危機に備えるために金利をドイツの金利を大きく上回る水準に押し上げなければならないこともあった。
EECの歴史には、こうしたエピソードが散在している。
その結果は明らかだった — 不況バイアス、失業率の上昇、そして最終的に、通貨危機後の切り下げ期間を必要とする、加盟国通貨に対する投機的攻撃の増加。
その緊張のどれも、共通通貨の下で完全になくなったわけではない。 「内部切り下げ」がユーロ前の裁量的再編成に取って代わり、中央銀行は資本の流れを政府が主権を握っていた時のように制御することができなくなっただけである。
変動為替レート
ブレトンウッズシステムの崩壊後、ほとんどの国は、程度の差はあれ「管理」(ダーティフロート[訳注:参考リンク]など)を備えた変動為替レートのシステムに移行した。
変動為替レートにより、金融政策は固定為替レートを一定値に防衛する必要性から解放される。これは財政政策が、支出ギャップのみを対象として高いレベルの雇用とその他の望ましい政策目標を維持できることを意味する。その後、対外部門の不均衡は、為替レートの毎日の変動によって調整されることになる。
変動為替経済には(固定為替レートの世界に存在するような形での)国際収支の天井(a balance of payments growth constraint)といったものはないが、対外収支は依然として、公共部門および民間部門が保有する対外債務のレベルに応じて外貨準備保有に影響を及ぼす。
また、これは継続的な経常収支の赤字に直面している国において、例えば、輸入依存度の低下を促すという意味でも望ましい。ただし、このような経常収支赤字に対する主流派のソリューションは、実はこの調整プロセスをより困難にしてしまう。
実際、IMFの融資と、それに付随して債務国に通常課される条件は、失業増加や健康や教育を含む公共サービスの喪失を伴わずにインフレと外貨準備減少の問題に対する解決策を設計できる政府の能力を、ほぼ常時低下させてしまうのである。
財政赤字を削減するための目標は、インフレの低下に役立つ可能性があるが、それは、「財政的歯止め」(fiscal drag)が、生産キャパシティ超過と失業の条件下で経済を運営させるデフレメカニズムとして機能するからである。
このタイプのデフレ戦略は、生産能力を支えるインフラストラクチャーを構築しないため、「成長ソリューション」を提供しない。また、経済活動が抑制されているため課税ベースが縮小するにつれて税収が減少する可能性があるというシンプルな理由のため、財政抑制は却って財政赤字削減を達成しない可能性がある。
さらに、1990年代および2000年代初期の国際経済危機がどのように対処されたかの教訓を忘れてはならない。財政規律は途上国においてインフレ圧力を軽減しはしたものの、金融危機、失業、または貧困に対処する助けにはならなかった。
また、強い通貨を維持することと輸出を促進することとの間には本質的矛盾がある。これは、失業率を高く保つ財政的および金融的緊縮策を通じて、国内賃金を下げることによってのみ、一時的に解決できる。
為替レートを安定させる最良の方法は、安定した政治環境と適切に機能する法制度内で、安定した物価と適切な生産性の向上により、高水準の雇用を通じて持続可能な成長を構築することだ。
低賃金を伴う輸出主導の成長戦略は、為替レートに対する国内政策の独立性を犠牲にする。これは、せいぜい人口のごく一部にのみ恩恵をもたらす政策スタンスに過ぎない。
変動為替レートとインフレ
批判者は、『変動為替レートを持つ国は、他の国からインフレを「輸入」してしまう可能性があり、それが国内の景気浮揚策を通じて得られる実質所得の利益を無効にしてしまう』と主張する。言い換えれば、これは成長に対する「国際収支の天井」の改訂版だ。
輸入価格への影響を通じて、為替レートは生産される名目所得の実質価値に影響を及ぼす。名目所得の購買価値は、所得受給者がその所得で購入できる実物財やサービスの量である。これは財やサービスの価格に依存し、その一部は他のものよりも為替レートの変動から影響を受けやすい。
貿易できない財とサービスは、直輸入よりも為替レートの変動による影響がはるかに少ないで。多くの場合、これらの財とサービスは、為替レートの変動にほとんど晒されない。たとえば、多くのサービス供給は、為替レートの変動に対してほとんど可変性を持たない。
国内価格のこれらの変動が為替レートの変動から生じる輸入価格の変動の影響を受ける程度は、「パススルー」(pass through)の程度と、労働者の物質的生活水準を決定するバスケット全体に対する輸入品とサービスの重要度に依存する。
研究上のエビデンスは明らかだ。 — 「パススルー」の推定値は非常に可変的であり、経済にどれだけの余剰キャパシティがあるか、輸入競争の程度など、多くの要因に依存する。
しかし、それで問題は終わりではない。
2番目の影響は、全体的な消費者物価インフレの変化が輸入価格の変化に対してどのように反応するかに依存する。したがって、「パススルー」は高水準かつ急速だが、2番目の影響は小規模かつ緩徐で、全体的な影響は取るに足らないものになる。
そのため、輸入がインフレ測定に含まれる財とサービスの中で比較的小さな割合に過ぎない場合は、「パススルー」が高くても、国内のインフレ率への全体的な影響は小さくなる。
また、タイムラグの問題もある — これらの個別の効果が影響を与えるのにどれくらい時間がかかるかという問題だ。多くの研究では、2つの影響の合計が現れるまでに数年かかり得るとされている。
加えて、これらの個別の効果を明確に見積もることは非常に困難だ。
この問題に関する首尾一貫した実証研究は、当該研究が実施されたほとんどの国で「パススルー」効果が弱いことを示唆している。
このブログ投稿–Is exchange rate depreciation inflationary?(2016年2月9日)–では、「パススルー」と、為替レートの変動がインフレ率に与える影響について詳しく論じている。
為替レートの変動に非常にさらされている小規模開放経済(small open economy)であるオーストラリアの推定では、これらの為替レートの影響は非常に小さく、時間の経過とともに緩徐に現れることが示されている(ソース)。
オーストラリアは歴史的に為替レートの大きな変動に耐えてきた。 1984年2月29日から1986年7月31日の間に、豪ドルは米ドルに対して36%下落した。
1989年1月31日までに、為替レートは米ドルに対して48.6パーセント上昇し、反対方向への大幅なシフトがあった。これは、一次産品生産国であるオーストラリアの市民にとって馴染みのあるパターンだ。
最初の期間、実質純国民可処分所得はわずかに3.3パーセントだけ増加した(一人当たりの測定値は0.2パーセント減少した)が、実質GDPは8.4パーセント、一人当たりGDPは4.7パーセント増加した。
オーストラリアの交易条件の大幅な低下に続き、大幅な為替レートの下落があったにも関わらず、実質純国民生活水準は実質純国民可処分所得指標ではほとんど下がらず、一人当たりGDP指標では上昇した。
3年後、実質純国民可処分所得は17%増加し(一人当たりの測定値は12.2%増加した)、実質GDPは12.6%、一人当たりGDPは8.1%増加した。
また、これらのシフトの分布的影響が不均一である場合もある。高価な輸入(高級)車の購入者は、利益率の低い車を購入する人よりも苦しむ。高価なリゾートで海外のスキー休暇をとる人は、より高い費用に直面することになる。
オーストラリアは、この種の為替レートの変動を定期的に経験しているが、一人当たりで見て世界で最も裕福な国家として分類されている。変動為替レートシステムが労働者の物質的な生活水準を著しく損なうという主張は、簡潔に言って事実ではない。
第二に、変動為替レート制度によって国の通貨に対する投機的攻撃を受けやすくなると考えるのは誤りだ。どちらかといえば、その逆である。
通貨トレーダーが、政府が最終的に固定ペッグ平価を切り下げて慢性経常収支赤字に伴う結果を食い止める必要があると看做せば、空売りによってその決定を容易に早めることができる。切り下げは必然的に自己実現されてしまう。
そして、この状況において不安定な金融フローが存在する場合、国民国家は資本規制を課す能力を持つ。アイスランドは、投機的な資本流出により金融セクターが通貨の安定性を毀損するのを防ぐために資本規制を使用することの有効性を実証している。同様に、非生産的な資本流入は、直接的な立法規制の対象とすることができる。
さらに、固定為替レートの歴史から、為替平価を守るためのコスト(不況バイアス)は、為替レートの変動に起因し得る価格レベルの変動を含む他のすべてのコストが小さく見えるほど甚大であることが分かる。
このことは、外貨準備が枯渇したり、不可欠な輸入品を購入するために必要な外貨に対して通貨が下落した場合、国が対外部門に関して厳しい決定を下す必要があることを否定するものではない。
これは燃料と食品を輸入に依存している国の場合、特にそうだ。そうした状況では、急増する対外赤字は、減少する国際通貨準備を脅かすであろう。
場合によっては、輸出と輸入が特定の構成である場合、通貨が減価しても(追加的な処置なしには)対外赤字の解消に繋がらないかもしれない。
上記のように、通貨減価は経済にインフレバイアスを与える可能性がある。さらに、通貨減価はさらなる通貨減価の期待につながり、外貨枯渇を助長する。どれだけ金利を引き上げても、通貨減価とデフォルトの可能性による損失の予想に対抗できない場合もあるだろう。
現実には、何らかの理由で輸入財を購入する能力の欠如に直面している国は、輸出を増やすか、輸入を減らす必要がある。
通貨危機に直面している後発開発途上国にとってはおそらく、対外債務の再交渉、国際的支援による援助、または債務不履行による外貨準備の早期回復以外には短期的な代替手段は存在しないであろう。
先進国でも同様の制約が適用される場合があり、その国に対する国際感情が急激に変化したり、その国の通貨建ての他の金融資産がもはや望ましくないと判断された場合には、必然的に外国人からの実物財・サービスのフローが調整されることになる。
そして、このブログ記事 — Ultimately, real resource availability constrains prosperity (究極的には、繁栄は実物資源の利用可能性に制約される)— で説明しているように、国にとっての制約というのは明らかだ — 当該国が外国人の所有する実物リソースへのアクセスを獲得できない場合、当該国は自国通貨で売りに出されている資源による富に依存せざるを得ない。
しかし、このことはその通貨で販売されているものは何であれ購入できるという通貨発行政府の金融的能力を低下させるものではない。
さらに、このことは国際通貨基金(IMF)に代わるべき国際機関の有意義な役割を示唆する。新しい機関は、不可欠なエネルギーと食料を弱い国が常に輸入できるよう保証することができるだろう。
経常収支の赤字は問題なのか?
我々は、経常収支赤字(CAD)を抱える国々が彼らの生産手段を超えた生活をしており、外国の貯蓄によって救済されているという主張をしばしば目にする。
MMTでは、この種の主張は意味をなさないだろう。 CADは、外国のセクターがCADを計上する国の発行通貨建ての金融(またはその他の)資産を蓄積したい場合にのみ発生し得る。この欲求は、外国(いずれか)が自分の市民から自分のリソース(財とサービス)の使用を奪い、CADを持っている国へと純流出させることになり、CADを持つ国では逆に純便益(輸入>輸出)を得ることになる。 CADとは、問題となっている国の実物的利益(輸入)が実物的費用(輸出)を上回ることを意味するわけだ。
実物を渡すのはコストだ。実物を手に入れるのは便益だ。この定義に従えば、輸出は実物資源を犠牲にし、その使用を国から奪うことである。一方、輸入は、輸出国の実物資源を犠牲にして生み出された最終財・サービスを受け取ることを意味する。
消費するために生産を行う世界では、財やサービスを受け取る方が、それらを他所に送るよりも(実物的には)好ましいだろう。
国家が輸出を行い、それに伴う費用を負担する唯一の理由は、より高い収益率を生み出すことだ。つまり、当該コストは、利益を生み出すための投資と見なすのが最適であり、この場合、輸入品を購入する能力の増加のことであろう。
上述したように、食料的自給自足や貿易なしの自前の資源による電力システムの運営ができない国にとっては、輸出ができることが特に重要であることは明らかである。
しかし、別の観点もある。
輸出国は、輸入国の通貨で金融債券を蓄積することを望む場合がある。 CADはまた、海外部門の貯蓄欲求を現地通貨で「調達」する市民の意思を示唆する。このように、MMTは、輸出と輸入の真の性質を認識して、主流派のロジック(外国人が我々のCADに資金を供給している)を覆す。
海外部門が現地通貨建て資産を蓄積することを望む限り、CADは(拡大するにせよ縮小するにせよ)その後も持続することになる。彼らがその欲求を失うと、CADはゼロに絞り込まれる。これは、輸出に対する輸入の過剰を享受することに慣れてきた国にとっては手痛い損失かもしれない。また、比較的急速に発生する可能性もある。
しかし、CADを最小化することでそうした事態を防ぐ必要があるかどうかを考える際、経済全体としては、輸入は実物的便益を表し、輸出は実物的費用であることを理解する必要がある。純輸入とは、外国の消費のために生産するよりも多くの財やサービスを消費することで、より高い生活水準を享受することを意味する。
厚生は生産ではなく消費に基づいて評価される。このことは、対外赤字が自動的に産業部門の空洞化につながり、国が生産主体ではなく消費主体になってしまうという見解と関係している。
市場の論理は、消費者は自分が最高だと思うものを要求するということだ。貿易競争の結果、現地生産が外国へと失われた場合、農業は数十年前に衰退し、コミュニティが消滅したことを鑑みると、死にゆく製造業の町にとって悲惨な結果になる可能性があるのは事実である。
実物的な生活水準は、実物財やサービスへのアクセスに基づいており、マクロ経済レベルでは、実物的な貿易条件が有利(輸出<輸入)であれば、国家は物質的な優位性を享受するが、労働コストの低い国からのより安い輸入品の結果として失業に耐えてきたラストベルト地帯の労働者は、恩恵を受ける人の中には含まれていないだろう。
しかしながら、国の他の消費者が、それ自体が十分に魅力的である財を生産できなくなった少数の人々の仕事を補助するような、広範な産業保護を再導入することの確かな有効例はないようである。
産業革命後の段階に入る国にとっての課題は、いわゆる「公正な移行」(Just Transition)のフレームワークを実装して、産業変化の敗者のコストを最小限に抑え、衰退している地域の労働者が成長しているセクターへ向かう経路を構築することだ。これは政府の基本的な責任であり、新自由主義時代において政府がその責任を放棄しているというのが実情である。
また、CADを計上することによる、考慮すべき名目上の帰結もある。
外国(黒字国)は、財政赤字を赤字国の通貨で積み立てる。これによって、たとえば、当該地域の不動産価格やその他の戦略的資産の価格を押し上げる可能性がある。政府はこの傾向を緩和するために外国投資規制を導入しているが、多くの国ではこうした制約は弱い。
しかし、重要なのは、国民国家がこの点で好きな制限を立法化できるということだ。
あるいは、外国人は保有通貨をすべて一挙に売却して通貨を暴落させるかもしれない。彼らならやりかねない。しかしそうすると、彼らは自分自身によって故意に大規模な損失を作り出すことになるので、歴史はこの種の行動が稀であることを示している。
そして、これらの資金が投機家の手に渡った場合、(国民国家がそうすることを選択した場合は)資本管理でそれらをロックすることができる。 IMFでさえ、最近この戦略をサポートしており、効果的であることを認めている。アイスランドがGFC(世界金融危機)の期間中に効果的な資本管理を実施した方法についてはすでに論じた通りだ。
さらに問題なのは、海外の人々が自身の利害関係に基づき、政治システムや、公衆の考え方のメディアによる支配などを操作するために、彼らの金融力を利用しようとする可能性があることだ。
繰り返しになるが、規制はこの手のトレンドを阻止することができる。この種の厄介な問題を防ぐには、厳格な選挙資金調達規制、メディア所有権規則などが必要になる。
国づくりに関する追加の考慮事項がある。 CADは、潜在的な経済動向を反映する傾向があり、発展の特定の時点で国にとって望ましい場合がある。たとえば、国家建設段階では、資本設備が不十分な国は通常、生産能力の開発を支えるベストプラクティス技術(訳注:参考リンク)へのアクセスを確保するために、大きな貿易赤字を抱える必要がある。
経常収支の赤字は、世界の他の国に対する負債を積み上げているという事実を反映しており、それが金融収支のフローに反映されている。これらは最終的に返済しなければならないと一般に信じられているが、それは明らかに間違っている。
世界経済が成長するにつれて、ポートフォリオを多様化しようとする他の国々の欲求が、特定の国に対する請求の継続的な蓄積という形を取らないと信じる理由はない。国が発展を続け、十分に安定した経済的および政治的環境を提供し、他の国々の人々が債務の返済を継続することを期待している限り、当該資産は持続的に需要される。
ただし、国家全体の支出パターンが長期的な生産的利益をもたらさない場合、債務返済能力が問題になる可能性がある。
したがって、重要なのは、民間部門と対外収支の赤字が、関連債務を返済する能力を高める生産的な投資に関連しているかどうかだ。これは大まかに言うと、GNPと国民所得の伸びが、国家全体で外国保有負債に対して支払わなければならない金利(およびその他の債務返済費用)を上回るかという意味だ。ここでは、民間部門の債務と政府の債務を区別しておく必要がある。
国債は、自国通貨建てである限り、いつでも返済できる。中央政府の債務の場合、債務が国内で保有されているか外国の保有者によって保有されているかにかかわらず、銀行口座への振込によっていずれの場合でも同じように支払われるため、支払能力に大差はない。
民間部門の債務の場合、これは収入、資産売却、またはさらなる借入によって賄われなければならない。これが生産的な投資、及び全体的な成長率より金利を低く保つことによって長期的生産が強化される理由である。上記がラフだが有用な手引きだ。
ただし、民間部門の債務は常にデフォルトリスクの対象となること − そして、彼らが万一常習的に愚かな投資を行なっていたのであれば、または金利が高すぎる場合は、「市場的解決」として民間破産が生ずることに注意せねばならない。
結語
中央政府は、赤字や黒字の目標を念頭に置くのではなく、望ましい経済効果を考慮して、財政政策を設計することを常に目指すべきである。
財政赤字は生活水準を高めてCADを増加させる可能性が高いが、すべての開放経済は国際収支の変動の影響を受けやすいことに常に留意すべきである。金本位制時代の経常収支赤字国においては、こうした変動は破滅的であった — なぜなら、政府が輸入を抑えるために国内経済を恒久的に不況状態に維持しなければならなかったからだ。変動為替レートの経済では、為替レートが調整を担う。
変動為替レートの国で財政赤字が壊滅的な為替レートの下落を引き起こすというエビデンスはあるだろうか? そんなものは一切ない。確立された研究文献では明確な関係は示されていない。純支出の増加が輸入を押し上げることを憂慮しているなら、この心配は民間投資支出を含んだ、成長を支えるあらゆる支出に当てはまる。実際、後者においては、ほとんどのLDC(訳注:後発開発途上国)が資本を輸入するため、おそらくより「輸入集約的」になる。
現実には、ターゲットを絞った政府支出は、輸入に代わる国内活動を生み出し得る。
さらに、能力開発機構、一流の健康および教育システム、政治的安定性を備えた完全雇用経済は、生産的労働を求めてFDI(訳注:対内直接投資)を引き付ける可能性が高い。したがって、経済が成長するにつれて経常収支は赤字になる可能性があるが(これは、海外からの実物的輸入よりも国家全体からの実物資源輸出が少ないことを意味しているため)、資本収支は黒字になる。全体的な正味の効果は明確ではなく、黒字と赤字は五分五分である。
最終的に高い成長率が為替レート減価と並行しても、心配には及ばない。為替レートが低いほど、(交易条件効果を介して)地域雇用が刺激され、分配の結果は、高所得者にとってより負担になる傾向があるからだ。
また、こうした為替レートの動きは、高成長経路への一度きりの調整にとどまる傾向にあり、インフレ圧力のさらなる亢進の源泉になるとは限らない。
最後に、輸入食品やその他の必需品に依存している国々において、当該貧困国における財やサービスの価格が高騰してしまうような為替レートにならぬよう、国際機関が現地通貨を購入する役割を担うべきである。これは、そうした貧困国に対して、為替レートを高く維持するためだけに緊縮財政の実施を強制する現在の慣行よりも望ましい。
今日はここまで!

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  1. トンネルの中の蛇 - Wikipedia
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E8%9B%87
    トンネルの中の蛇(トンネルのなかのへび、英: Snake in the tunnel)とは、1970年代のヨーロッパの最初の国際通貨協調の試みであり、当時の欧州の各国通貨間の為替変動をある一定内に収めることを目的としたものである。これは欧州経済共同体(EEC)による単一の為替変動幅(英:currency band)を創設する試みであり、当然の帰結として欧州経済共同体参加国のすべての通貨をお互いに固定していた。スネークやスネーク制度とも呼ばれる。

    概要

    ピエール・ウェルナーは1970年10月8日に経済通貨統合に関するレポートを欧州経済共同体(EEC)において発表した[1]。ウェルナーのレポートにおいて提案された最初の3段階は経済政策協調および欧州各国通貨間の為替変動減少のための協調が含まれていた[2][3]。

    1971年、ニクソン・ショックによるブレトン・ウッズ体制の崩壊に伴い、スミソニアン協定では、各国の通貨においてアメリカドルに対して設定された中心レート±2.25%(上下計4.5%)の変動幅が設定された。この変動幅が欧州の通貨に対してトンネルを与えたのである。しかしながら、この変動幅は欧州通貨が互いに許容可能だった幅よりも、もっとずっと大きな変動幅となっていた。例えば、もし通貨Aが設定された変動幅の下限から変動を始めたならば、この変動幅は通貨Aのドルに対する4.5%の増価を許容する。一方で、もし通貨Bが変動幅の上限から変動を始めたならば、 この変動幅はドルに対する4.5%の減価を許容する[4]。

    仮に、これが同時に起こったとする。すると、通貨Aは通貨Bに対して9%の増価をすることになる。このような変動はあまりに激しいものと考えられたため、すでにEC(欧州諸共同体)あるいはEEC(欧州経済共同体)に参加していた6ヵ国(フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の間で1972年4月10日にバーゼル協定(Accord de Bâle)が結ばれ、これによりトンネルの中の蛇が創設された。遅れてイギリス、アイルランド、デンマークが参加し、のちにスウェーデン、ノルウェーが参加した[5][6][4][7]。これは2国間通貨で相互の変動を2.25%に抑えるというものであり、すなわち2国間の最大変動幅は4.5%に設定されたということであった[8]。「トンネルの中の蛇」という名前の由来は、計4.5%というスミソニアン体制の変動幅のなかを、スネーク参加国通貨の為替レートが計2.25%という変動幅で変動する様子が、トンネルのなかを這う蛇に似ていたことである[6]。1972年4月24日にこの6ヵ国でトンネルの中の蛇は実行に移され、同年5月にはイギリス、デンマーク、スウェーデンによって実行に移された[9][7]。このトンネルの中の蛇によって、すべてのスネーク参加国通貨はドルに対して同じような変動傾向を見せるようになった[8]。また、このバーゼル協定はポンド圏の公式な終了へとつながった。

    トンネルは1973年にドルの変動相場制への移行に伴って崩壊した。この「スネーク」は特定通貨の離脱や再参加に象徴されるように、持続不可能であると判明した。1976年のEC通貨危機後、スネークに残った国は、西ドイツ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、デンマーク、EC非加盟のノルウェーとスウェーデンのみであるという事実上のドイツマルク圏となった[6]。これは、ドイツ・マルクを中心としたミニ・スネークと呼ばれる[6]。ピエール・ウェルナーの計画は放棄されたのだった[3]。なお、このミニ・スネークは極めて安定的に推移した[6]。

    トンネルの中の蛇、あるいはスネークの欧州経済共同体(EEC)における通貨協調機能は、その後の欧州通貨制度(EMS)に受け継がれた。

    パリティ・グリッド制

    トンネルの中の蛇(スネーク)参加国は2国間でお互いに、計4.5%(中心レート±2.25%)のトンネルのなかで、計2.25%(中心レート±1.125%)の上限・下限を設定していたが[10]、通貨の変動がこの上限・下限を超える可能性が出たとき、当該国の中央銀行が自国通貨によって介入し、変動を変動幅内に収める。[6]この方式をパリティ・グリッド制(平価の格子)と言う[6]。1972年から実施[11]。パリティ・グリッドとは、正確には各国相互間の変動幅を示す一覧表のことを指しており[12]、この一覧表が格子のように見えたことからこのように名づけられた。パリティ・グリッド制は後の欧州通貨制度(EMS)の欧州為替相場メカニズム(ERM)でも採用された[13]。欧州通貨制度においては、上下各2.25%(ただし、イタリア・リラのみ上下各6%)、計4.5%の変動幅が設定された[12]。

    融資制度について

    スネークでの当該通貨間の為替介入を可能にするために、1972年9月に中央銀行間の融資制度である「超短期金融支援(Very Short-term Financing)」が創設された[9]。これは、通常、強い通貨を発行する中央銀行が弱い通貨を発行する中央銀行に無制限に融資をするものであり、返済期間が短く(1か月)、金利は全加盟国の平均金利であった。このほかにもより返済期限の長い短期・中期の資金支援制度も創設された。1972年10月には「欧州通貨協力基金(European Monetary Cooperation Fund、EMCF)」が創設されている。欧州通貨協力基金は1973年6月に運用開始された[9]。欧州通貨協力基金は加盟国中央銀行の外貨準備の一部によって運用され、加盟国通貨が変動幅以上に減価したときには外国為替市場で同基金によって当該通貨を買うことによって変動を軽減し、加盟国通貨が変動幅以上に増価したときには当該通貨を売ることで変動を軽減し、為替相場を変動幅内に収めるという仕組みである[9]。

    参考文献

    Werner report in OJEC
    The European Monetary System, accessed on 2010-06-01.
    ^ a b European Parliament: The historical development of monetary integration, accessed on 2010-06-01.
    ^ a b European currency snake a picture available on CVCE website
    嶋田悠一(2009)「 ユーロとイギリスポンドに関する一考察」『岩本ゼミナール機関誌』13、82ページ。
    ^ a b c d e f g 羽森直子(2009)「EU通貨統合の歴史的背景」『流通科学大学論集-経済・経営情報編-』17巻2号、125ページ。
    ^ a b 権上康男(2005)「ヨーロッパ通貨協力制度『スネイク』の誕生(1968-73年)」『エコノミア』、56巻1号、77ページ。
    ^ a b The Road to Monetary Union
    ^ a b c d 白井 早由里(2009)「EUの通貨統合と金融・財政政策の規律」『SFC ディスカッションペーパー』SFC-DP 2009-001、5ページ。
    Shigeyuki Hamori,Naoko Hamori (2010), Introduction of the Euro and the Monetary Policy of the European Central Bank, World Scientific, p. 5
    パリティ・グリッド方式, コトバンク, ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典, (2014)
    ^ a b 日本銀行(1981)「欧州通貨制度(EMS)の現状と今後の展望」『調査月報』3月号、25ページ。
    羽森直子(2009)「EU通貨統合の歴史的背景」『流通科学大学論集-経済・経営情報編-』17巻2号、126ページ。

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  2. ダーティ・フロート(だーてぃふろーと)とは - コトバンク
    https://kotobank.jp/word/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%88-1361960
    …変動為替相場制の一種で,為替相場の決定を市場の需給関係だけにゆだねた場合,経済政策上望ましくない変動が生じると考えられるとき,政策当局(中央銀行や通貨管理局)が適宜外国為替市場で外貨の売買を行って為替相場の変動を管理する制度を指す。フロートfloatとは,為替相場の変動範囲に対する政策的制約が外されるため,あたかも波間を漂う小舟のように為替相場が推移する状態を表現したもので,為替相場の変動に対して政策的管理がいっさい行われないものをクリーン・フロートclean float,管理の程度の強いものをダーティ・フロートdirty floatと呼ぶこともある。後者の表現には,政策当局が意図的に市場の実勢をゆがめるような操作をしているという外国側の非難の意味が含まれていることが多い。…

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