2020年7月26日日曜日

購買力平価

サミュエルソン経済学体系〈3〉資本と成長の理論 (日本語) 単行本 – 1995/9/1

https://books.google.co.jp/books/about/The_Collected_Scientific_Papers_of_Paul.html?id=xisb9usg790C&redir_esc=y
貿易問題に関する理論的覚書1964所収は3ではなく5




サミュエルソン経済学体系 5 国際経済学 (日本語) 単行本 – 1983/7/1




http://www.keisoshobo.co.jp/search/s3273.html

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b25975.html
謀計[x:o貿易]問題についての理論的覚書?

永濱報告
過大評価の修正進む日本経済 
~わが国特有のデフレ圧力の一因に内外価格差の是正あり~ 経済調査部 
永濱 利廣 
近江澤 猛      http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/monthly/pdf/0909_7.pdf ★

    
  (要旨) 
○為替レート換算で見た日本の経済力は過大に評価されてきた。この過大評価の修正がデフレの一因である。一物一価が国際的に成り立てば、各国間の同じ商品が同じ価格に裁定されるように為替や物価が決まり、長期的に為替レートは購買力平価に収斂するというのが購買力平価説に沿った考え方である。
 ○各国の物価水準を考慮した購買力平価とドル円レートで換算したGDPを比較すると、80年代後半から日本経済は過大評価されてきたことがわかる。こうした内外価格差が生じたのは、貿易財では一物一価の法則で為替レートが決まりやすいが、貿易による裁定が働きにくい非貿易財に価格差が生じたためである。こうして、貿易財と非貿易財を合わせて計測される購買力平価と貿易財の換算比率である為替レートで評価したGDPには乖離が生じる(バラッサ=サミュエルソン効果)。 

…為替レート換算で見た日本のGDPの過大評価の修正とほぼ同じタイミングでわが国の非貿易財価格は下落に転じており、購買力平価に近づく過程でデフレの一因となっている。 
○一方、国内の非貿易財価格下落は、90 年代後半以降に非貿易財産業の賃金抑制を通じて内需低迷の一因となった。…


MMTとケインズ経済学 2020/03

https://www.amazon.co.jp/dp/B086WSJHZ4/
永濱より
 小泉政権の時の戦後最長の景気回復は 「実感なき経済成長 」と言われました 。理由は物価の変動率を差し引いた 「実質 G D P 」は紆余曲折はありながらも 、 1 9 9 0年代半ばから右肩上がりのトレンドになっているのに対し 、物価変動率を差し引かない 「名目 G D P 」はまったく伸びていないどころか著しく低下してしまったのです 。
 そのためたとえ実質 G D Pが伸びて 、 「経済は成長している 」と言われても 、豊かさを感じられない状態になってしまったのです 。
 日本と他の先進国の違いは 、物価にあります 。経済を正常化させて賃金も上がり 、物価も上がる状態にして初めて経済の好循環が始まるだけに 、道半ばでの増税はそれを後退させてしまう恐れがあるのです 。
 このように見てくると 、財政を健全化させるためには 、プライマリ ーバランスの黒字化ばかりにこだわるのではなく 、名目 G D Pを増やすことこそがプライマリ ーバランスの改善に効果的だということが分かります 。
 プライマリ ーバランスを改善するためには 、増税と歳出削減が有効だと考えがちですが 、それに伴って景気が悪くなり 、税収まで減ってしまえば 、問題の本質的な解決にはつながりません 。税収が卵とすれば経済成長は卵を産む鶏であり 、あまり増税すると鶏を殺しかねないのです 。
 それよりも経済が成長して名目 G D Pが上昇すれば 、自然とプライマリ ーバランスの赤字幅は小さくなります 。そのためには焦って増税や歳出の削減を行うのではなく 、バランスの良い景気対策を行って経済成長を促すとともに 、デフレから完全に脱却して 、物価も賃金も上がる景気の好循環を生みだすことが何より大切なのです


日本におけるバラッサ・サミュエルソン効果の構造変化*山本周吾
http://jsmeweb.org/ja/journal/pdf/vol.35/full-paper35jp-yamamoto.pdf
要旨本稿は,戦後から増価トレンドにあった日本の実質為替レートが,1990年代以降に減価トレンドへとシフトした原因を,バラッサ・サミュエルソン効果の構造変化を基に実証分析したものである.バラッサ・サミュエルソン効果は貿易財と非貿易財の産業構造に依存しているが,90年代に部門間の賃金の同一性という前提条件が満たされなくなった.すると,貿易財部門の高い生産性が非貿易財価格に波及しなくなり,バラッサ・サミュエルソン効果が低下した.その結果,実質為替レートが1990年代以降に減価トレンドとなった.1はじめに日本の実質為替レートは戦後,長期にわたって増価トレンドにあった.そして,その原因として日本の工業部門の高い生産性によるバラッサ・サミュエルソン効果(Balassa(1964)とSamuelson(1964))が指摘されている.しかし,1990年代以降に限定すると,生産性が上昇しているのにもかかわらず,日本の実質為替レートは減価トレンドにあり,トレンドが大きく転換したことが考えられる(図1).そこで,本稿では実質為替レートの長期トレンドを説明するバラッサ・サミュエルソン効果を基に,実質為替レートの増価から減価トレンドへと転換した原因を実証分析によって明らかにする.急速に経済成長している国では,工業部門をはじめとした貿易財部門の生産性の上昇がサービス産業をはじめとした非貿易財部門よりも高い.その結果,労働移動によって部門間の賃金が等しくなり,非貿易財の貿易財に対する相対価格(非貿易財相対価格)が上昇する.そして,貿易財では購買力平価が成立しているために,非貿易財相対価格が上昇すると実質為替レートが増価する.これはバラッサ・サミュエルソン効果と呼ばれ,日本経済は戦後,貿易財部門が先進国の中で最も急速に成長したので,日本の実質為替レートも大きく増価した.例えば,Yoshikawa(1990)やIto(1997, 2005)は貿易財部門の高い生産性によって日本の実質為替レートが増価したことを実証し
.…
それでは,実際の日本のバラッサ・サミュエルソン効果を見ていこう.前掲の図1には,日本の実質実効為替レート(REERとREER(HP)1))と貿易財部門の非貿易財部門に対する相対生産性(RL)が示されている.この図より,貿易財部門の相対生産性は全サンプル期間で上昇トレンドにあり,全体的に見ると実質実効為替レートと正の相関にある.しかし,期間を1990年代以降に限定すると,貿易財部門の相対生産性と実質実効為替レートの関係は大きく変化して,負の相関を示すようになった.つまり,日本では1990年代以降にバラッサ・サミュエルソン効果が低下した可能性が考えられる.そこで,本稿では日本のバラッサ・サミュエルソン効果がどのように変化したのかを,Gregory and Hansen (1996) の構造変化を考慮した共和分検定を用いて明らかにする.特に,バラッサ・サミュエルソン効果は貿易財と非貿易財部門の産業構造に大きく依存するが,日本の産業構造は1990年代にかけて大きく変化したことが指摘されている.2)具体的には,国際経済の観点から見ると,1985年のプラザ合意以降の急激な円高や,新興アジア諸国の急成長による国際競争の激化によって,製造業は生産拠点を海外に移転させて,日本の貿易財部門のグローバル化が大きく進展した.国内経済の観点から見ると,1980年代以降に政府による規制緩和や民営化政策によって国内の競争度が高まった.さらに,1990年代にはサービス業といった非貿易財部門においてグローバル化とIT化が進展して産業構造が大きく変化したことが指摘されている.このために,1990年代を境にバラッサ・サミュエルソン効果が構造変化したことが考えられ,本稿では産業構造.…

Samuelson, P. (1964) “Theoretical notes on Trade Problems,” Review of Economic and Statistics, Vol.46, pp.145-154.
http://static.stevereads.com/papers_to_read/theoretical_notes_on_trade_problems.pdf

貿易問題に関する理論的覚書


●Paul Krugman, “Paul Samuelson: The incomparable economist”(VOX, December 15, 2009)

本論説は、ポール・サミュエルソン(Paul Samuelson)の生涯と業績に関する回顧記事である。
ハリネズミがいて、キツネがいて、そして・・・ポール・サミュエルソンがいる。
ご存知だとは思うが、ここで私は、アイザイア・バーリン(Isaiah Berlin)が思想家を類別するために使った、かの有名なたとえ話を持ち出しているのである。キツネは多くのことを知っている(foxes who know many things)。一方で、ハリネズミはたった一つのことしか知らない、ただし、非常に重要なアイデア(=ビッグ・アイデア)を一つ(hedgehogs who know one big thing)・・・というお馴染みのアレである。経済思想家としてのサミュエルソンを、人類史上にわたって比類なき経済学者たらしめているのは、彼が非常に重要なアイデアを数多く知っていた(he knew many big things)――そして、我々にそれらのことを教えてくれた――という事実にこそある。サミュエルソンほどに数多くの独創的なアイデアに恵まれた経済学者は、他には見当たらないのだ。
Google Scholarの助けもちょっと借りて、サミュエルソンが発案したビッグ・アイデアを以下にいくつかリストアップしてみることにしよう。わざわざ「いくつか」と断ったのは、このリストではサミュエルソンのビッグ・アイデアを網羅し尽くしてはいないことが明々白々だからだ。しかしながら、ともかくも、ここでは彼の独創的な洞察の中から、一応8つ――8つだってさ!――のアイデアをピックアップしてみた。どのアイデアも、その後に発展性ある研究成果を大量に生み出す契機となったものである。
1.顕示選好(Revealed preference:1930年代に、消費者理論の分野で一つの革命1が起こった。この革命の過程において、経済学者らは、消費者選択の問題には、限界効用逓減の法則以上に豊かな世界が広がっていることを認識するようになった。しかしながら、(1930年代の消費者理論における革命の後に)サミュエルソンは、彼が唱えた単純な命題――すなわち、彼なり彼女なりが実際に選択したものは、彼(彼女)が選び得たにもかかわらず、実際には選ばなかったものよりも、その人自身の選好に沿うもの(=より大きな満足を与えるもの)である――から、いかに多くの含意を導き出すことができるかを我々に教えてくれたのであった。
2.厚生経済学(Welfare economics: ある経済状態(economic outcome)が、別の経済状態と比べて、より望ましい、との主張によって意味されていることは一体何なのだろうか? サミュエルソンが厚生経済学の分野に進出する以前の段階においては、この主張が何を意味するのかに関しては、曖昧なままに放っておかれており、また、所得分配を巡る議論は大きな混乱に包まれていた。サミュエルソンは、「倫理的な観察者(ethical observer)による再分配(redistribution)」という発想を導入することを通じて、社会厚生(social welfare)という概念についてどのように考えればいいのか、一つの道筋を示した。それと同時に、倫理的な観察者などが存在せず、「倫理的な観察者による再分配」が(通常であれば)生じることのない現実の世界においては、社会厚生という概念は限界を抱えていることも示したのであった。
3.貿易の利益(Gains from trade: 国際貿易は有益(beneficial)である、との主張によって意味されていることは一体何なのだろうか? また、この主張はどのような限界(あるいは留保条件)を抱えているのだろうか? 「貿易の利益」に関するサミュエルソンの分析――この分析においては、顕示選好の方法と、経済厚生分析との両者が応用されている――は、これらの問いに取り組む上での出発点となっている。「市場の歪み」に関するバグワティ(Bhagwati)やジョンソン(Johnson)2の分析から、一般化された比較優位(generalised comparative advantage)に関するデアドロフ(Deardorff)の分析までに至る(貿易の利益に関する)一切の研究業績は、サミュエルソンの洞察の上に立脚しているのだ。
4.公共財(Public goods: ある特定の財やサービスが政府によって供給されねばならないのは、なぜなのだろうか? また、ある財――それも、限られた数の財――の生産を市場に委ねるべきであるとすれば、一体どのような事情ゆえにそうなるのだろうか? すべての答えは、サミュエルソンの1954年論文「公共支出の純粋理論」(“Pure theory of public expenditure”)にある。
5.生産要素の賦存比率と国際貿易(Factor-proportions trade theory:生産要素の賦存状態と比較優位との関係について語る時、国際貿易が所得分配に与える影響について頭を悩ましながら語る時、我々は、(知ってか知らずか)1940年代と1950年代におけるサミュエルソンの研究成果に立ち返っていることになる。サミュエルソンは、オリーン(Ohlin)とヘクシャー(Heckscher)による曖昧でやや混乱気味のアイデアをもとにして、切れ味鋭いモデルを組み立てたのであった。サミュエルソンによって定式化されたヘクシャー=オリーンモデルは、その後の一世代にわたって、国際貿易理論における支配的な地位を占めることになったし、現代の貿易理論の重要な構成要素の一つであり続けている。
6.為替レートと国際収支(Exchange rates and the balance of payments:ここでちょっと個人的な話をさせてもらいたい。国際貿易論を研究している学者の大半は、ひとたび為替レートや国際収支の問題に議論が及ぶや、話の筋を見失ってしまいがちになる。これまでにも何度か指摘したことがあるが、(実体経済を対象とする学としての)国際貿易の研究に従事している学者は、(貨幣経済学としての)国際マクロ経済学をブードゥー(voodoo)経済学と見なす一方で、国際マクロ経済学の研究に従事している学者は、国際貿易論を退屈で現実との関連が薄い学問と見なす傾向にある (私の機嫌が悪い時には、どちらの主張もともに正しい、と言ってやることにしている)。しかしながら、リカードの貿易理論に関するドーンブッシュ=フィッシャー=サミュエルソン論文(1977年)(Dornbusch, Fischer, and Samuelson(1977))を読んでからというもの、私個人は、国際貿易論と国際マクロ経済学との対立から逃れることができるようになった。ドーンブッシュ=フィッシャー=サミュエルソン論文の中では、国際貿易とマクロ経済とが、為替レートと国際収支とが、そして、貿易の利益が発生する可能性と(輸入品と競合する国内の産業で生じる;訳者注)失業の可能性とが、それぞれ自然なかたちで相互に関連付けられている(=統一的に分析されている)のである。
サミュエルソンにとっても、国際貿易論と国際マクロ経済学とをいかにして関連付けたらよいか、という課題を明確に理解するにあたって、ドーンブッシュ=フィッシャー=サミュエルソン(1977年論文)による整然とした定式化が大きな助けとなったらしいが、サミュエルソンがこの課題にぶつかったのは時期的にずっと前に遡るようだ。ここで、1964年に公刊されたサミュエルソンの論文「貿易問題に関する理論的覚書」(”Theoretical notes on trade problems”(pdf))の中から、関連する箇所を引用してみることにしよう。「雇用の水準が完全雇用水準以下であり、国民純生産(Net National Product)が準最適な(suboptimal)水準にとどまっている(最適な水準には達していない)ようなケースでは、通常であれば馬鹿げている重商主義者(mercantilist)の議論のどれもこれもが妥当性を持つようになる」。そして、これに続けてサミュエルソンは、自らが執筆したテキストである『経済学』の(当時の)最新版の付録(appendix)の中で、「通貨の過大評価(overvaluation)によって引き起こされる問題――自由貿易擁護論にとって真に厄介な問題――を指摘した」事実に言及している。ここでサミュエルソンが、問題解決の方法(訳者注;完全雇用を達成し、国民純生産を最適な水準に復帰させる方法)として提示したのは、貿易の制限ではなく、通貨の過大評価をストップさせること(=為替安(通貨の減価)への誘導;訳者注)であった。つまりは、サミュエルソンは、まっとうなマクロ経済政策(good macroeconomic policies)は、まっとうなミクロ経済政策(good microeconomic policies)の前提条件である(訳者注;まっとうなマクロ経済政策なくして、まっとうなミクロ経済政策はありえない)、と理解していたわけである。この点については、また少し後で触れることにしよう。
7.世代重複モデル(Overlapping generations:サミュエルソンが1958年の論文で発明した世代重複モデルは、社会保障から家計債務の問題にまで及ぶ、幅広い問題を考えるにあたっての基礎的な枠組みを提供している。世代重複モデルなしに、今日あるマクロ経済学の発展を想像することは困難だ。
8.ランダムウォーク仮説(Random-walk finance:フォワードルッキングな(将来を見据えて判断を下す)投資家(investors)の行動は資産価格のランダムな変動を生む、というサミュエルソンの論証は、現代における大半のファイナンス理論の出発点となっている。
先にも述べたように、サミュエルソンが発案したビッグ・アイデアは、以上の8つにとどまるものではなく、探せばきっともっとたくさん見つかることだろう。しかし、以上8つのアイデアのうち、どれ1つを取り上げても、それ単独で、サミュエルソンの名を偉大な経済学者として歴史に刻むに十分な貢献であるとみなされたことだろう。今日までに、これほど多くのビッグ・アイデアを思いついた経済学者は、サミュエルソン以外に誰一人として――誇張でも何でもなく、本当に誰一人として――いなかったのである。
サミュエルソンは、いかにしてこんなにも多くのビッグ・アイデアを思いついたのだろうか? もちろん、他の誰よりも頭が良かった、というのもあるだろう。しかしながら、ここで私は、サミュエルソンの学問上の探究を支えた要素(知的属性)として、(頭の良さに加えて)さらに2点指摘したいと思う。
まず第1の要素は、彼の茶目っけたっぷり(playfulness)の態度である。サミュエルソンの文章を読む人の脳裏には、非常に堅苦しい論文を書き上げるために机の前に座している男の姿ではなく、楽しみながらアイデアを紡ぎだしている男の姿が浮かび上がってくることだろう。茶目っけは、時に、洗練されたおふざけ(inspired silliness)のかたちをとって表れることがある。例えば、先にも触れた1958年の世代重複モデル論文の注9を見てみるといい。そこには、こうある。「確かに(Surely)、“確かに”(’surely’)という言葉で始まる文の最後がクエッションマークで終わることは、普通であればあり得ないことである? しかしながら、一つの論文においては、一つのパラドックスで十分であって・・・」(“Surely, no sentence beginning with the word ‘surely’ can validly contain a question mark at its end? However, one paradox is enough for one article …”)。サミュエルソンの茶目っけたっぷりな態度は、彼の想像力(imagination)を解放すると同時に、創造力(creativity)の刺激にもつながったに違いないと思われるのである。
そして第2の要素は、現実に根をおろそうと常に心掛ける態度である。サミュエルソンは、大学という象牙の塔に閉じこもるような学者然とした人物ではなかった。彼は、現実の出来事や政策に深く興味を示し続け、加えて、株式投資に手を出したりもした。さらには、理論が現実から遊離しないように心掛けてもいた。
最後に、サミュエルソンが政策形成の方面において果たした偉大な貢献、いわゆる「ケインジアン総合」(訳者注;あるいは、「新古典派総合」)について触れることにしたい。サミュエルソンは、知的な観点からして、大恐慌の赤ん坊(Depression baby)であった。というのも、彼が経済学の教育を受けたのは、大量失業が発生した大恐慌期の真っ只中だったからである。彼が執筆したテキストである『経済学』は、ケインジアンの思考法を広く一般の人々に知らしめることになった。サミュエルソンは、市場は時に手が負えないほどの機能障害に陥る可能性があることを、生涯を通じて決して忘れることはなかったが、もしそうである(=市場が機能障害に陥ることがある;訳者注)とすれば、市場の利点を説く経済理論をいかにして現実世界に適用したらよいのだろうか?
サミュエルソンが上の問いに対して寄せた回答は、まずはまっとうなマクロ経済政策ありき、ということであった。まず何よりも、金融・財政政策を通じて完全雇用を維持する必要があり(私自身色々なところで指摘してきたが、サミュエルソンは、今日の状況をあたかも予見していたかのような仕方で、金融政策の限界を認識していた)、為替レートの調整を通じて(訳者注;完全雇用の達成に十分なだけの)価格競争力を維持する必要がある。市場の利点が発揮され得るのはその後の話、というわけである。
以上のサミュエルソンの「ものの見方」は、現代の経済学者の多く(あまりにも多く)が、見た目に美しい完全市場モデルの数理的な操作に没頭する中で忘れ去ってきた教訓であった。サミュエルソンによるその現実主義的な「ものの見方」――市場は大いなる偉業を達成する仕組みではあるが、(市場は)時に政府による積極主義(government activism)によってサポートされる必要がある、という発想――が、今日ほど適当に思える時期は他にないであろう。
比類なき経済学者、ポール・アンソニー・サミュエルソンをここに称えるとしよう。今日までに彼に比肩し得るような経済学者は現れることはなかったし、おそらく今後も決して現れることはないであろう。
  1. 訳注;おそらく、ヒックス=アレン等が先鞭をつけた、基数的効用から序数的効用に基づく消費者理論の書き換えのことを指していると思われる []
  2. 訳注;おそらく、ハリー・ジョンソン []


「バラッサ・サミュエルソン効果」 | 時事用語事典 | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス
https://imidas.jp/genre/detail/A-109-0085.html

「バラッサ・サミュエルソン効果」

[Ballasa-Samuelson Effect]

2012/03
貿易財部門の労働生産性が上昇する国ほど、物価水準は上昇し、実質為替レートは下落する現象をさす。特に、なぜ先進国の物価水準は高く、なぜ途上国の物価水準は低いのかを説明する有力な理論の一つである。一国の生産構造を、貿易財を生産する部門と非貿易財を生産する部門に分けて議論する。そして貿易財価格は国際価格でほぼ一定に決まっているのに対して、非貿易財価格は国内事情で変化すると考える。貿易財企業の労働生産性が上昇すると、貿易財価格は国際価格でほぼ一定であるため、賃金が上昇する。一方、非貿易財企業は労働力を引き付けるために、賃金の上昇は非貿易財価格を上昇させる。物価水準は貿易財価格と非貿易財価格の加重平均であらわされるため上昇することになり、実質為替レートは下落する。過去のデータを振り返ると、日本の非貿易財価格の貿易財価格に対する相対価格はアメリカの相対価格に比べて上昇しており、日本の物価水準は上昇し、実質為替レートは長期的に下落している。この結果は、戦後の長い期間にわたって、日本の労働生産性の上昇率がアメリカよりも高かったという事実と対応している。


三橋貴明
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11226265410.html

 なぜ購買力平価(PPP)ベースが廃れているかと言えば、財はともかく「サービス」について「一物一価の法則(PPPの前提)」が成り立つはずがないためです。クルーグマンは、購買力平価について、
「購買力平価はどのような形に直しても現実のデータをうまく説明しない。とりわけ、各国の物価水準変化は為替レートの動向について我々にはほとんど何も教えてくれないことがしばしばある。」
 と語っています。

 具体的に書くと、「床屋で髪を切るサービス」の場合、アメリカで切っても日本で切っても、中国で切っても、本来は同じ価格(一物一価)のはずだ」という無茶な前提になっているのです。「髪を切る」サービスの場合、日本国内でさえ様々な価格水準があるのに、それを「全世界で実は共通」などと仮定するのは、無茶もいいところです。

 財にしても、例えばビッグマックを買うために「どれだけ、国民が働かなければならないか」を計測するビッグマック指数では、実は日本が「最短」です。日本国民は世界で最も短く働くだけで、ビッグマックを購入できます。
 が、現実にはビッグマックその他の財の価格は、「その国の市場競争がどれだけ激しいか」により変わってきます。日本のビッグマックが安いのは、他の飲食店(ファーストフード含む)との競合が激しいことが大きな理由です。

バラッサ=サミュエルソン効果とマルクス「価値法則の修正」―対外直接投資の変動要因
田中祐二
http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/60601.pdf


RIETI - 地域版バラッサ・サムエルソン効果は何故観察されるのか
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/19j054.html


産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析-地域別・産業別生産性分析と地域間分業」プロジェクト
日本国内の都市と地方の経済格差は、先進国と発展途上国の間で見られる関係と類似のものなのだろうか。以前に発表した徳井・水田(2017)では、都道府県別のサービス価格の品目データから、都道府県間のサービス価格差を測る指数を作成し、労働生産性格差との相関を調べた。その結果、都道府県間の労働生産性格差とサービス価格差には正の相関が観察され、これを地域版バラッサ・サムエルソン効果と呼んだ。この名称は、国際経済学で有名なバラッサ・サムエルソン効果に因むものである。
国際版バラッサ・サムエルソン効果は、先進国のサービス価格が発展途上国のそれよりも高い傾向にあるという観察事実を説明するために、先進国と発展途上国との間の生産性格差が貿易財部門(典型的には製造業)と非貿易財部門(典型的にはサービス産業)とで異なることに着目する。すなわち、製造業では先進国の労働生産性が発展途上国のそれより顕著に高いのに対して、サービス産業では先進国と発展途上国の労働生産性格差はさほど大きくない。その結果、先進国の労働コストは、自国の労働生産性が高く、かつ国際間で生産物の価格裁定が働く製造業に引っ張られて、発展途上国に比較して相対的に高くなる。その一方で、サービス産業では、国際間の生産物の価格裁定は働かず、先進国の労働生産性が発展途上国よりも高いわけではないので、先進国のサービス価格は高い労働コストによって押し上げられて、発展途上国のサービス価格よりも相対的に高くなる、と説明される。
それでは、日本国内で観察された地域版バラッサ・サムエルソン効果にも、同じ説明が可能なのであろうか。図は、製造業と非製造業の労働生産性を、東京圏、名古屋圏、大阪圏、それ以外の地域に分けて比較したものである。左の図から分かるように、製造業の労働生産性は必ずしも都市部がその他の地域に比べて高いとは言えない。それに対して都市と地域の労働生産系格差は非製造業部門においてむしろ明瞭に観察できることが、右の図から分かる。また、サービス産業と一口に言っても、そのなかにはさまざまな業種が含まれていて、必ずしも伝統的なサービス業ばかりではない。例えば、近年技術進歩が著しい情報・通信・広告業の生産額が広義サービス業に占める割合を比較すると、この比率でみて東京都では多くの都道府県の4倍であり、サービス業のなかの生産性が高い分野が一部地域に集中していることが分かる。
こうした観察事実を踏まえて、地域版バラッサ・サムエルソン効果を説明する2つの代替的な仮説を検討した。その1つは、都市には経済活動が集積する結果その地価が上昇し、土地を使って経済活動を行うコストが高くなることが、都市のサービス価格を高めるというものである。特にサービス産業の多くは立地が重要で、土地利用のコストは重要になる。その一方で、都市ではサービス産業の生産額自体も大きくなるので、必ずしも生産単位当たりの土地利用コストが都市で高くなるとは言えない。
いま1つの仮説は、労働コストである。とりわけ、都市部ではサービス産業のなかに、近年技術進歩の著しい分野が大きなウェイトを占めるようになった一方で、伝統的な接客型のサービス業も日常生活の不可欠な部分を構成していることを考えると、労働コストがサービス産業のなかで高生産性分野から低生産性分野にまで波及し、サービス価格全体を押し上げている可能性がある。例えば、エンリコ・モレッティ著『年収は「住むところ」で決まる』は、レストランのウェイターが高収入を得られる全米上位10都市のうち、7都市はハイテク産業を擁する都市であることを指摘している。
この2つの仮説のどちらがより重要かを検証するために、都道府県ごとに産業別労働コストと土地サービス投入コストの域内価格波及効果を計算した。このためには、都道府県単位の整合的な産業連関表がまず必要になる。産業連関表は都道府県ごとに作成公表されているが、それらの産業分類と経済活動概念を統一しなければならない。また、産業別労働コストは産業連関表から使うことができるが、土地サービス投入コストについては総務省「固定資産の価格等の概要調書」などを基に独自に推計した。こうしたデータを使って、都道府県ごとに産業連関分析の価格モデルを適用して、土地投入コストと労働投入コストの域内価格波及効果をそれぞれ計算した。
こうして計算された価格波及効果と都道府県間サービス価格差には、土地投入コストと労働投入コストのどちらでも正の相関が観察されるが、両者の相対的な重要性を比較するために、都道府県間サービス価格差を被説明変数に、計算された土地投入コストと労働投入コストの価格波及効果を説明変数にして回帰式を求め、それを使って都道府県間サービス価格差の二乗和を、土地投入コストからの価格波及効果分と労働投入コストからの価格波及効果分に分解した。その結果両者を比較すると、土地投入コストからの価格波及効果で説明できる割合が約2割に対して、労働投入コストからの価格波及効果で説明できる割合が約8割という結果を得た。
このことは、地域にリーディング産業が立地することの意味について、分配面の観点から興味深い示唆を与えている。もしも、地域版バラッサ・サムエルソン効果が、サービス産業の集積による地価上昇にもっぱら起因するのであったなら、その利益が幅広い地域住民に均霑するとは言い難いかもしれない。しかし、それとは逆に、地域の幅広い労働者の賃金上昇に繋がっていることから、地域にリーディング産業が立地していることの意義は一層高まったと言えよう。












製造業と非製造業の労働生産性の地域別比較
図:製造業と非製造業の労働生産性の地域別比較
(注)R-JIPデータベース2017から作成。東京圏には埼玉、千葉、東京、神奈川が、名古屋圏には愛知、岐阜、三重が、大阪圏には京都、大阪、兵庫、奈良が含まれる。非製造業には、製造業以外の全ての産業を含む。


過大評価の修正進む日本経済 
~わが国特有のデフレ圧力の一因に内外価格差の是正あり~ 経済調査部 
永濱 利廣 
近江澤 猛          
  (要旨) 
○為替レート換算で見た日本の経済力は過大に評価されてきた。この過大評価の修正がデフレの一因である。一物一価が国際的に成り立てば、各国間の同じ商品が同じ価格に裁定されるように為替や物価が決まり、長期的に為替レートは購買力平価に収斂するというのが購買力平価説に沿った考え方である。
 ○各国の物価水準を考慮した購買力平価とドル円レートで換算したGDPを比較すると、80年代後半から日本経済は過大評価されてきたことがわかる。こうした内外価格差が生じたのは、貿易財では一物一価の法則で為替レートが決まりやすいが、貿易による裁定が働きにくい非貿易財に価格差が生じたためである。こうして、貿易財と非貿易財を合わせて計測される購買力平価と貿易財の換算比率である為替レートで評価したGDPには乖離が生じる(バラッサ=サミュエルソン効果)。 
○しかし、90年代後半以降は経済のグローバル化で非貿易財を含めて一物一価が国際的に成り立ちやすくなったため、為替や物価は各国の同じ商品が同じ価格に裁定される傾向にあると考えられる。事実、わが国で最も内外価格差が拡大した95年から08年までにドル円レートでは▲9.3%の円安、わが国のGDPデフレーターでは▲11.4%の下落、米国のGDPデフレーターでは+32.9%の上昇が生じている。 
○わが国の物価下落の背景には、アジア諸国通貨のドルリンクと、円が対ドルで円安になりにくい米国の通貨政策があった。こうした中、貿易財価格は国際価格で決まりやすいため、内外価格差の縮小に非貿易財価格の下落を余儀なくされた。実際、為替レート換算で見た日本のGDPの過大評価の修正とほぼ同じタイミングでわが国の非貿易財価格は下落に転じており、購買力平価に近づく過程でデフレの一因となっている。 
○一方、国内の非貿易財価格下落は、90 年代後半以降に非貿易財産業の賃金抑制を通じて内需低迷の一因となった。ただ、趨勢から判断すると、2011年ごろには為替レートと購買力平価の乖離が解消されると試算される。購買力平価への収斂が一巡すれば、内外価格差を通じたわが国特有のデフレ圧力が弱まる効果が期待される。  

永濱MMTより
小泉政権の時の戦後最長の景気回復は 「実感なき経済成長 」と言われました 。理由は物価の変動率を差し引いた 「実質 G D P 」は紆余曲折はありながらも 、 1 9 9 0年代半ばから右肩上がりのトレンドになっているのに対し 、物価変動率を差し引かない 「名目 G D P 」はまったく伸びていないどころか著しく低下してしまったのです 。そのためたとえ実質 G D Pが伸びて 、 「経済は成長している 」と言われても 、豊かさを感じられない状態になってしまったのです 。日本と他の先進国の違いは 、物価にあります 。経済を正常化させて賃金も上がり 、物価も上がる状態にして初めて経済の好循環が始まるだけに 、道半ばでの増税はそれを後退させてしまう恐れがあるのです 。このように見てくると 、財政を健全化させるためには 、プライマリ ーバランスの黒字化ばかりにこだわるのではなく 、名目 G D Pを増やすことこそがプライマリ ーバランスの改善に効果的だということが分かります 。プライマリ ーバランスを改善するためには 、増税と歳出削減が有効だと考えがちですが 、それに伴って景気が悪くなり 、税収まで減ってしまえば 、問題の本質的な解決にはつながりません 。税収が卵とすれば経済成長は卵を産む鶏であり 、あまり増税すると鶏を殺しかねないのです 。それよりも経済が成長して名目 G D Pが上昇すれば 、自然とプライマリ ーバランスの赤字幅は小さくなります 。そのためには焦って増税や歳出の削減を行うのではなく 、バランスの良い景気対策を行って経済成長を促すとともに 、デフレから完全に脱却して 、物価も賃金も上がる景気の好循環を生みだすことが何より大切なのです

1 件のコメント:

  1. >>75
    過大評価の修正進む日本経済
    ~わが国特有のデフレ圧力の一因に内外価格差の是正あり~ 経済調査部
    永濱 利廣 近江澤 猛 http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/monthly/pdf/0909_7.pdf

    ○為替レート換算で見た日本の経済力は過大に評価されてきた。この過大評価の修正がデフレの
    一因である。一物一価が国際的に成り立てば、各国間の同じ商品が同じ価格に裁定されるように
    為替や物価が決まり、長期的に為替レートは購買力平価に収斂するというのが購買力平価説に
    沿った考え方である。
    ○各国の物価水準を考慮した購買力平価とドル円レートで換算したGDPを比較すると、80年代
    後半から日本経済は過大評価されてきたことがわかる。こうした内外価格差が生じたのは、貿易財
    では一物一価の法則で為替レートが決まりやすいが、貿易による裁定が働きにくい非貿易財に
    価格差が生じたためである。こうして、貿易財と非貿易財を合わせて計測される購買力平価と
    貿易財の換算比率である為替レートで評価したGDPには乖離が生じる(バラッサ=サミュエルソン効果)。

    …為替レート換算で見た日本のGDPの過大評価の修正とほぼ同じタイミングでわが国の非
    貿易財価格は下落に転じており、購買力平価に近づく過程でデフレの一因となっている。
    ○一方、国内の非貿易財価格下落は、90 年代後半以降に非貿易財産業の賃金抑制を通じて
    内需低迷の一因となった。…


    三橋貴明
    https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11226265410.html
     なぜ購買力平価(PPP)ベースが廃れているかと言えば、財はともかく「サービス」に
    ついて「一物一価の法則(PPPの前提)」が成り立つはずがないためです。クルーグマン
    は、購買力平価について、
    「購買力平価はどのような形に直しても現実のデータをうまく説明しない。とりわけ、
    各国の物価水準変化は為替レートの動向について我々にはほとんど何も教えてくれない
    ことがしばしばある。」
     と語っています。

     具体的に書くと、「床屋で髪を切るサービス」の場合、アメリカで切っても日本で切って
    も、中国で切っても、本来は同じ価格(一物一価)のはずだ」という無茶な前提になって
    いるのです。「髪を切る」サービスの場合、日本国内でさえ様々な価格水準があるのに、
    それを「全世界で実は共通」などと仮定するのは、無茶もいいところです。

     財にしても、例えばビッグマックを買うために「どれだけ、国民が働かなければならないか」を
    計測するビッグマック指数では、実は日本が「最短」です。日本国民は世界で最も短く働く
    だけで、ビッグマックを購入できます。
     が、現実にはビッグマックその他の財の価格は、「その国の市場競争がどれだけ激しいか」
    により変わってきます。日本のビッグマックが安いのは、他の飲食店(ファーストフード含む)
    との競合が激しいことが大きな理由です。
    ____

    三橋の書き方は誤解を生む
    ビックマック指数は有効で
    メキシコと日本は極端にビックマック指数の伸びが低いデフレ国である

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