島倉原(しまくら・はじめ)1974年愛知県生まれの千葉県育ち。東京大学法学部卒業。株式会社アトリウム担当部長、セゾン投信株式会社取締役など経て、現在、クレディセゾン主席研究員。経済理論学会及び景気循環学会会員。著訳書に『積極財政宣言』(新評論)、『MMTとは何か』(角川新書)、ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門』(監訳、東洋経済新報社)がある。
Credit and State Theories of Money, というタイトルでイネスの論文集を
レイが2004年に出している。
(イネスの論文自体は1913,1914年に書かれたもの。レイは序文とConclusion:
The Credit Money and State Money Approachesなる論文を寄稿)
http://arno.daastol.com/books/wray/Wray,%20Credit%20and%20State%20Theory%20of%20Money%20%282004%29a.pdf
中野自身はクナップを紹介するなかで『富国と強兵』(2016)で国定信用貨幣論という言葉を使ったが、
上のレイの命名による論文集タイトルが念頭にあったのだろう。
なおクナップの言う国定は受領面が強調されている。
一般にはクナップが国定貨幣を、イネスが信用貨幣を論じたとされるが、前掲書序文(p.12)
を読むとレイとケルトン(ベル名義)はケインズが両者をつなげるべきだった?と考えているようだ。
レイは同様の主張からなる本Understanding Modern Money(1999)
を書いていてこれがモズラーSoft Currency Economics(1994私家版未確認)と共にMMTの嚆矢であろう。
★
1913 Innes
of all Socieles Thot Ornmy in all uffnes, put at all stages of CIVIIIZaUOIn, and the idea What to
those whom we are accustomed to call savages, credit is unknown and only barter is
used, is without foundation. From the merchant of China to the Redskin of America;
from the Arab of the desert to the Hottentot of South Africa or the Maori of New
Zealand, debts and credits are equally familiar to all, and the breaking of the pledged
word, or the refusal to carry out an obligation is held equally disgraceful.
392
It is here necessary to explain the primitive and the only true commercial or
economic meaning of the word "credit." It is simply the correlative of debt. What A owes
to B is A's debt to B and B's credit on A. A is B's debtor and B is A's creditor. The words
"credit" and "debt" express a legal relationship between two parties, and they express
the same legal relationship seen from two opposite sides. A will speak of this
relationship as a debt, while B will speak of it as a credit. As I shall have frequent
occasion to use these two words, it is necessary that the reader should familiarize
himself with this conception which, though simple enough to the banker or financial
expert, is apt to be confusing to the ordinary reader, owing to the many derivative
meanings which are associated with the word "credit." Whether, therefore, in the
following pages, the word credit or debt is used, the thing spoken of is precisely the
same in both cases, the one or the other word being used according as the situation is
being looked at from the point of view of the creditor or of the debtor.
A first class credit is the most valuable kind of property. Having no corporeal
35
existence, it has no weight and takes no room. It can easily be transferred, often without
any formality whatever. It is movable at will from place to place by a simple order with
nothing but the cost of a letter or a telegram. It can be immediately used to supply any
material want, and it can be guarded against destruction and theft at little expense. It is
the most easily handled of all forms of property and is one of the most permanent. It
lives with the debtor and shares his fortunes, and when he dies, it passes to the heirs of
his estate. As long as the estate exists, the obligation continues,* and under favorable
circumstances and in a healthy state of commerce there seems to be no reason why it
should ever suffer deterioration.
Credit is the purchasing power so often mentioned in economic works as being
one of the principal attributes of money, and, as I shall try to show, credit and credit
alone is money. Credit and not gold or silver is the one property which all men seek, the
acquisition of which is the and object of all commerce.
The word "credit" is generally technically defined as being the right to demand
and sue for payment of a debt, and this no doubt is the legal aspect of a credit today;
while we are so accustomed to paying a multitude of small purchases in coin that we
have come to adopt the idea, fostered by the laws of legal tender, that the right to
payment of a debt means the right to payment in coin or its equivalent. And further,
owing to our modern systems of coinage, we have been led to the notion that payment
in coin means payment in a certain weight of gold.
Before we can understand the principles of commerce we must wholly divest our
minds of this false idea. The root meaning of the verb "to pay" is that of "to appease,"
"to pacify," "to satisfy," and while a
*In modern days statutes of limitation have been passed subjecting the permanence of
credits to certain limitations. But they do not affect the principle. On the contrary, they
confirm it.
393
debtor must be in a position to satisiv his creditor, the really important characteristic of a
私たちが野蛮人と呼ぶ習慣のある人々には、信用はなく、物々交換だけが行われている。
という考えは根拠がない。中国の商人からアメリカの赤毛の人々まで。
砂漠のアラブ人から南アフリカのホッテントット族やニュージーランドのマオリ族に至るまで
借金と債権は誰にとっても等しく身近なものであり、約束したことを破ることや
また、約束の言葉を破ったり、義務の遂行を拒否したりすることは、同様に不名誉なこととされている。
392
ここで、「信用」という言葉の原初的な、そして唯一の真の商業的、経済的意味を説明する必要がある。
経済的な意味を説明する必要がある。それは単に負債の相関関係である。A が B に対して負っているものは
A が B に負っているものは、A の B に対する債務であり、B の A に対する信用である。この言葉は
「債権 "と "債務 "という言葉は、二者間の法的関係を表すものであり
を表し、反対側の2つの側面から見た同じ法律関係を表す。Aはこの関係を債務
Aはこの関係を負債と言い、Bはこれを債権と言う。私はこの二つの言葉を頻繁に使う機会があるので
この2つの単語を使う機会が頻繁にあるので、読者はこの概念に慣れることが必要である。
この概念は、銀行家や金融の専門家にとっては単純なものであっても、読者にとっては混乱しがちなものであり、この概念を理解することが必要である。
銀行家や金融の専門家にとっては簡単なことでも、普通の読者にとっては混乱しがちである。
この概念は、銀行家や金融専門家にとっては単純なものであっても、一般の読者にとっては混乱しがちである。したがって、以下のページで
以下のページで、信用という言葉が使われようが、負債という言葉が使われようが、語られるものは全く同じである。
という観点から見ると、どちらかの単語が使われることになる。
債権者または債務者の観点から見た場合、どちらかの単語が使用される。
第一級の債権は、最も価値のある財産である。肉体を持たず
35
存在せず、重さもなく、場所もとらない。容易に譲渡することができ、多くの場合、何の形式もなく
ることができる。手紙や電報の費用だけで、簡単な命令であちこちに自由に移動させることができる。
手紙や電報の費用以外には何もかからない。どんな物資の供給にもすぐに使うことができる。
また、破壊や盗難からわずかな費用で保護することができる。これは
あらゆる財産の中で最も簡単に扱え、最も永続的な財産の一つである。それは
債務者とともに生き、その財産を共有し、債務者が死ぬと、その財産の相続人に渡ります。
の相続人に引き継がれる。遺産が存在する限り、その債務は継続する。
有利な状況や健全な商業状態の下では、債務が悪化する理由はないように思われる。
この債務が悪化することはない。
信用とは、経済の著作でしばしば言及される購買力のことであり、貨幣の主要な属性の一つである。
貨幣の主要な属性の一つであり、これから説明するように、信用と信用だけが貨幣である。
信用だけが貨幣である。金や銀ではなく、信用こそが、すべての人が求める財産であり、その取得こそが
金や銀ではなく、信用こそが、すべての人が求める財産であり、その獲得こそが、すべての商業の目的である。
信用」という言葉は、一般に技術的には、債務の支払いを要求し、訴える権利と定義される。
を要求し、債務の支払いを求める権利と定義されており、これが今日、信用の法的側面であることは間違いない。
しかし、私たちは多くの小さな買い物を硬貨で支払うことに慣れているため、この考えを採用するようになり
一方、われわれは多くの小額の買い物を硬貨で支払うことに慣れているので、法定通貨に関する法律が助長するように、債務の支払いに対する権利とは
という考えを採用するようになった。そしてさらに
さらに、近代的な貨幣制度のおかげで、私たちは、貨幣による支払いは一定の重量の支払いを意味するという考えを持つようになった。
コインでの支払いは、一定の重さの金での支払いを意味するという考え方がある。
商業の原理を理解する前に、このような誤った考えを完全に捨てなければなりません。
商取引の原理を理解する前に、この誤った考えを完全に捨て去る必要があります。支払う」という動詞の根源的な意味は、「なだめる」、「平和にする」、「平和をもたらす」というものです。
「なだめる」「満足させる」という意味です。
*現代では、債権の永続性を一定の制限のもとに置く制限法令が制定されています。
債権に一定の制限を加える法令が制定されている。しかし、それらは原則に影響を与えない。それどころか
確認するものである。
393
の本当に重要な特性は、債務者が債権者を満足させることができる状態でなければならない。
★★
oktroyiertes Zahlungsmittel
knapp
第六節 貨幣および貨幣史 A1,2
1 参考文獻
E. Daenell, Die Blütezeit der deutschen Hanse, 2 Bde., Berlin 1905-1906.
A. Kiesselbach, Die wirtschaftlichen Grundlagen der deutschen Hanse und die Handelsstellung Hamburgs, Berlin 1907.
K. Bahr, Handel und Verkehr der deutschen Hanse in Flandern während des 14. Jahrhunderts, Leipzig 1911.
2 こういう要求をもったため、ハンザ同盟はたえずダンチヒの反抗に遭った。 ダンチヒはその造船を勝手に行いたかったから
である。
第六節 貨幣および貨幣史
貨幣の成立過程とその機能
一貨幣と個人的私有財産
展史的に見ると、貨幣は個人的なる私有財産の創造者である。この特質を貨幣は最初からもっている。逆にまた、
貨幣的性質を有する對象にして、個人的所有の性質をもたないようなものはない。
最古の個人的私有財産は、該個人が自分で完成した對象物である。すなわち、 男にあっては道具・武器、男女共通
のものでは装飾品のごとき、これである。 こういう對象物は、人格から人格へ傳えられる特別相續權の基礎をなすも
のである。何よりも先ずこれらの對象物の範圍内で、われわれは貨幣の發生をもとめなければならない。
二 純粋なる支拂手段としての貨幣
今日では貨幣は先ず二つの機能をもっている。すなわち、貨幣は欽定的支排手段 oktroyiertes Zahlungsmittel およ
A
第三章 前資本主義時代における財貨および貨幣の流通
び一般的交換手段として役立つ。以下この二つの機能について考察しよう。
歴史的には、この両者の中、欽定的支排手段たる機能の方が古い。 さてこの段階においては、貨幣は交換されざる
貨幣 tauschloses Geld である。 しかし交換されざる貨幣というごときものは如何にして可能であるか。 交換なき經濟
の場合でも、個別經濟から個別經濟への給付が交換にもとづかずして起り、しかも支排手段を必要とする場合(例え
ば調貢首長贈物・結納料・持参金・人命金・贖罪金・罰金)が存するからである。 要するに、交換はなくとも、
典型的支拂手段によって給付さるべき支拂は存するからである。これと關連して――しかし第二次的過程としてよう
やく起るのは、臣下から首長への贈物ではなく、首長から家來への贈物である。すなわち、領主がその家臣に對
して贈物の形で興える給料、更に後には、傭兵指揮官の傭兵に對する支拂いのごとき、これである。 ペルシア帝國に
おいてはもちろん、さらにカルタゴのごとき都市においてさえも、貨幣鋳造は、一般には、ただ軍事上の支排手段の
造出だけのために行われたのであった。 それは決して交換手段の調達のためにおこなわれたのではないのである。
この展段階においては今日の意味における統一的貨幣をかんがえることは許されない。むしろ給付の種類がこと
なるにつれて、それぞれ特定種類の財がしかもそれぞれの經濟領域においてそれぞれ事情を異にしながら支
挑機能をもつものとしてあらわれる。それゆえに、種類を異にする特殊貨幣が並存することになる。例えば、如何な
る時、如何なるところでも、貝殻を以てしては女を買うことはできず、これを購うには常に家畜を以てするほかなか
った。これに反して小取引においては、貝殻が授受された。 けだし貝殻は比較的小さな個片として存在するからであ
る。かようにして對内的支排義務より端を愛した貨幣を、共同體内部の貨幣ないし内部貨幣 Binnengeld と稱す
ることにする「ゾンネン Binnen- とアウセン Außen との区別に
ゾールド
西洋のギルドの歴史のその他の文献については
R. Schröder, Lehrbuch der deutschen Rechtsgeschichte, 6. Aufl., Leipzig 1919, 689 f.
を見よ.
H. B. Morse, The Guilds of China, London 1909.
インドについては
M. Weber, Gess. Aufsätze zur Religionssoziologie II, 84.
およびそこに引用された W. Hopkins の募作を参照されたい.
第三章第六節の参考書目
W. Ridgeway, The origin of metallic currency and weight standards, Cambridge 1892.
E. Babelon, Les origines de la monnaie, Paris 1897.
G. Schurtz, Grundriß einer Entstehungsgeschichte des Geldes, Weimar 1898.
W. Lotz, Die Lehre von Ursprung des Geldes, Jahrbücher for Nationalökonomie und Statistik LXⅡI (1894) (方法論的)
H. Halke, Handwörterbuch des Münzkunde, Berlin 1909.
A. Luschin von Ebengreuth, Allgemeine Münzkunde und Geldgeschichte des Mittelalters und der neuern Zeit, München und Berlin
1904.
W. A. Shaw, The history of currency 1252-1894, London 1895.
W. Lexis, Artikel ,,Gold", ,,Wahrungsfrage", ,,Silberwährung", u. s. w. im Handwörterbuch der Staatswissenschaften, 3. Aufl.
(その他關係項目をも参照されたい すべて卓越している.
本位制度史の諸問題を総括的に論じたものとしては、
J. L. Laughlin, Principles of money, London 1903.
G. F. Knapp, Staatliche Theorie des Geldes, 3. Aufl. München 1921.
M.-Palyi, Der Streit um die staatliche Theorie des Geldes, München 1922.
カウツキー
https://www.google.com/search?q=oktroyiertes+weber&tbm=bks&sxsrf=ALiCzsZLcbRufQqd9iChmwxC4MRm01oM0w%3A1654265737444&ei=iReaYoHeGrGCr7wPwr-D2AM&ved=0ahUKEwjBxpONvJH4AhUxwYsBHcLfADsQ4dUDCAg&uact=5&oq=oktroyiertes+weber&gs_lcp=Cg1nd3Mtd2l6LWJvb2tzEANQuQZYhzBgsDFoAnAAeACAAW6IAf4HkgEDOS4ymAEAoAEBwAEB&sclient=gws-wiz-books
bd. Der staat und die entwicklung der menschheit - 193 ページbooks.google.co.jp › books ·このページを訳す
Karl Kautsky · 1929
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Weber beginnt seine Darstellung mit den Worten : „ Heute hat das Geld vor allem zwei Funktionen : es dient als oktroyiertes Zahlungs- und als allgemeines Tauschmittel " , und er fügt hinzu , von diesen beiden Funktionen des heutigen ...
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他の版
bd. 国家と人類の発展 - 193 ページbooks.co.jp ' books - このページを訳す。
カール・カウツキー - 1929年
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ウェーバーは、「今日、貨幣は、課された支払手段と一般的な交換手段という2つの機能をもっている」と述べ、さらに、この2つの機能のうち、現在の貨幣の機能を説明するために、次のように付け加えた。
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他の版
- Die materialistische Geschichtsauffassung. 1927. (2 Bände)
歴史の唯物論的概念。1927年(昭和2年)、全2巻。
唯物史観 該当第二部は多分未邦訳
bd. Der staat und die entwicklung der menschheit - 193 ページ
books.google.co.jp › books


Achtes Kapitel
191
Individualeigentums die Entstehung des Geldes zu suchen haben.
Also: das Geld ist der Schöpfer des Individualeigentums. Dieses
Eigentum war jedoch vor seinem Schöpfer da, es ist aus dem von
ihm geschaffenen Produkt hervorgegangen!
Das ist schon sonderbar genug. Aber nicht minder sonderbar
das Folgende. Weber fährt fort:
,,Heute hat das Geld vor allem zwei Funktionen: es dient als
oktroyiertes Zahlungs- und als allgemeines Tausch-
mittel. Geschichtlich ist von diesen beiden Funk-
tionen diejenige des oktroyierten Zahlungsmittels
die älterel). In diesem Stadium ist das Geld tauschloses Geld2);
diese seine Eigenschaft wird dadurch ermöglicht, daß auch eine tauschlose
Wirtschaft Leistungen von Wirtschaft zu Wirtschaft kennt, die nicht auf
Tausch beruhen, aber doch Zahlungsmittel nötig machen: Tribute, Häupt-
lingsgeschenke, Brautpreis, Mitgift, Wergeld, Bußen, Strafen, also Zah-
lungen, die mit typischen Zahlungsmitteln zu leisten sind." (S. 209.)
Diese Auffassung beruht auf der Knappschen staatlichen
Theorie des Geldes", die Max Weber mit einem kleinen Vorbehalt
akzeptiert. Er spricht von der „im übrigen völlig richtigen und
schlechthin glänzenden, für immer grundlegenden_staatlichen
Theorie des Geldes von G. F. Knapp" (Wirtschaft und Gesellschaft,
Tübingen 1925, 2. Aufl., S. 99).
Es kann hier nicht unsere Aufgabe sein, uns mit dieser Theorie
auseinanderzusetzen. Im vorliegenden Zusammenhang interessiert
uns nur die Behauptung, die Funktion des Geldes als Zahlungs-
mittel entstehe vor der des ,,Tauschmittels", das heißt Zirkulations-
mittels. Sie ist Max Weber eigentümlich. Knapp selbst erklärt,
es sei ,,erst die zirkulatorische Verwendung, welche die Eigenschaft
des Zahlungsmittels hervorruft" (,,Die Staatliche Theorie des
Geldes", 3. Aufl., München 1921, S. 3).
Die Unterscheidung zwischen der Funktion des Geldes als
Zirkulations- und als Zahlungsmittel macht Marx auch. Allerdings
als Tauschmittel bezeichnet er das Geld nirgends. Es ist ja
das Mittel, das Tauschen durch ein Kaufen zu ersetzen. Es heißt,
den Unterschied der beiden wesentlich verschiedenen Vorgänge
auslöschen, wenn man das Geld nicht als Zirkulations- oder Kauf-
mittel, sondern als Tauschmittel bezeichnet.
Zunächst, sagt Marx, dient das Geld als Zirkulationsmittel.
Auf der einen Seite steht der Warenbesitzer, der die Ware ver-
kauft. Auf der anderen der Geldbesitzer, der Geld für die Ware
hingibt. Nun treten im Laufe der Entwicklung der Warenzirku.
lation Umstände ein, unter denen der Warenbesitzer scine Ware
hingibt, ohne sofort Geld dafür zu bekommen. Er begnügt sich
mit dem Versprechen, daß ihm das Geld später ausgefolgt wird.
Augenblicklich verfügt der Kaufende nicht über die nötige Summe.
1) Von mir unterstrichen. K.
2) Von Weber unterstrichen. K.
第8章
191
個人の財産は、お金の起源を探らなければならない。
このように、お金は個人の財産の創造者である。この
しかし、財産は創作者の前に存在し、その産物から生まれたものである。
その結果、生まれたのがこの製品です。
それだけで十分不思議です。でも、不思議とそうでもない
を使用します。ウェーバーは続ける。
「今日、貨幣は何よりも2つの機能をもっています。
の支払い、および一般的な交換手段として使用されます。
交換手段 歴史的には、この2つの機能のうち
この2つの機能のうち、課された手段が
年長の方)。この段階では、お金は交換のないお金である2)。
この特性は、物々交換のない経済でも知っていることで、可能になります。
経済もまた、経済から経済へのサービスを知っている。
しかし、それにもかかわらず、支払手段を必要とする。トリビュート、チーフ
貢物、首長への贈り物、嫁入り道具、持参金、価値あるお金、罰金、懲罰、つまりは、そのような支払いです。
典型的な支払手段で行われるべき支払い」。(S. 209.)
この考え方は、ナップの「貨幣の国家理論」に基づいています。
マックス・ウェーバーは、この「貨幣論」を小さな留保を付けて受け入れています。
を受け入れた。彼は、「それ以外は完全に正しく、かつ
そして、絶対に素晴らしい、G. F. の「fundamental_state_theory_of_money」を永遠に。
G. F. Knappによる貨幣論」(Wirtschaft und Gesellschaft,
Tübingen 1925, 2nd ed., p. 99)。
この説をここで取り上げることはできない。
この理論に対応するために この文脈では、私たちが関心を持つのは
という主張だけで、決済手段としての貨幣の機能を果たしています。
支払手段は、「交換手段」、すなわち流通手段のそれよりも先に発生する。
を意味します。マックス・ウェーバーに特有なものです。ナップ自身が説明する。
ナップ自身は、「財産を生み出すのは循環的な使用のみ」と説明しています。
支払手段の所有権」(『国家的理論』)。
お金」第3版、ミュンヘン1921年、3頁)。
としての貨幣の機能を区別している。
また、マルクスは、貨幣の機能を、流通手段としての機能と支払手段としての機能とに区別している。ただし
交換手段としてのお金には、どこにも触れていない。です。
交換から購入に置き換える手段。というものです。
この本質的に異なる2つのプロセスの違いについて。
この2つの本質的に異なるプロセスの違いは、もしお金を手段と呼ばないのであれば
流通や購買の手段ではなく、交換の手段として。
まず、マルクスは、貨幣は流通の手段として機能するという。
一方では、商品を販売する所有者がいる。
は商品を購入する。もう一方はお金の持ち主で、商品に対してお金を出す人です。
を商品とする。さて、商品回路が開発される過程で。
おたからさがし
を、すぐにお金をもらわずに購入することができます。で満足しているようです。
後でお金を払うという約束で。
現時点では、購入者は必要な金額を持ち合わせていない。
1)下線は私が引きました。K.
2) 下線はWeberによるもの。K.


久間清俊著『近代市民社会と高度資本主義-ドイツ社会思想史研究-』2000書評
次の書籍のコンテンツと一致: – 193 ページ
Weber beginnt seine Darstellung mit den Worten : „ Heute hat das Geld vor allem zwei Funktionen : es dient als
oktroyiertes Zahlungs- und als allgemeines Tauschmittel " , und er fügt hinzu , von diesen beiden Funktionen des heutigen ...
返信削除日本語で債権貨幣と言うと債券と思われるので商品貨幣と対抗できないと思います。システムとしての信用貨幣が認識されるべきです。
単純に言葉の響きの問題です。書き言葉あるいは債権債務とセットの文脈ならいいのですが。
そもそもMoneyはギリシアの女神なのでMoneyを貨幣と訳する時点で齟齬が生じています。西欧でMoneyは無意識裡に崇高なニュアンスを持ちます。卑近な物質ではないのです。
返信削除日本語で債権貨幣と言うと債券と思われるので商品貨幣と対抗できないと思います。システムとしての信用貨幣が認識されるべきです。
書き言葉あるいは債権債務とセットの文脈ならいいのですが。
そもそもMoneyはギリシアの女神なのでMoneyを貨幣と訳する時点で齟齬が生じています。西欧でMoneyは無意識裡に崇高なニュアンスを持ちます。卑近な物質ではないのです。
返信削除日本語で債権貨幣と言うと債券と思われるのではないでしょうか?商品貨幣の一種と受け取られるでしょう。
そもそもMoneyはギリシアの女神なのでMoneyを貨幣と訳する時点で齟齬が生じています。
西欧でMoneyは無意識裡に崇高なニュアンスを持ちます。卑近な物質ではないのです。
返信削除日本語で債権貨幣と言うと債券と思われるのではないでしょうか?商品貨幣の一種と受け取られるでしょう。
そもそもMoneyはギリシアの女神なのでMoneyを貨幣と訳する時点で齟齬が生じています。
西欧でMoneyは無意識裡に崇高なニュアンスを持ちます。
▽モネータとは 「マネー」の語源となった女神: 日本経済新聞
返信削除https://www.nikkei.com/article/DGXZZO23546570W7A111C1000000/
▽モネータとは 「マネー」の語源となった女神
2017年11月14日 1:30
ローマ神話の女神「ユーノー・モネータ」をまつる神殿には貨幣鋳造所が併設、マネーの語源となった(古代ローマの貨幣)
▼モネータ(moneta) 英語のマネー(money)の語源となったラテン語。紀元前ローマで女神「ユーノー・モネータ」を祭る神殿に貨幣鋳造所が併設されていたのに由来する。「警告する者」「忠告する者」の意味があるとされる。
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モネータ - Wikipedia
返信削除https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%BF
モネータ
モネータ(ラテン語: Moneta)は、ローマにおけるユーノーの添え名[1]。
モネータは「忠告する」という意味の「ラテン語: monere」が語源である[1]。
逸話
ユーノー・モネータ神殿は、元々ローマの強敵であったウェイイにあり、紀元前396年、英雄マルクス・フリウス・カミッルスがウェイイを陥落させた際、他の財産と共にローマへと移転させた。移転作業の際、最初は皆その神聖な神体に手を触れることを恐れたが、ある一人の若者が冗談まじりに「ユーノー様、ローマへ行きたいのではありませんか?」と語りかけ、それを聞いた他の者たちは「肯定された」「行きたいと言われた」と口々に言い合い、運び出されたという。神像は独裁官カミッルスがユーノー神の座所と定めたアウェンティーヌスの丘に置かれ、神殿が築かれた[2]。
紀元前390年にガリア人セノネス族がローマを包囲した際には、人々はカピトーリウムの丘に立て籠もっていた。ある夜、ガリア人がカピトーリウムに夜襲をかけようと潜入してきた。歩哨も犬も気が付かなかったが、ただユーノー・モネータの神殿で飼われていた聖なるガチョウだけが敵の襲来を告げた。食料の不足する中、ローマ人はこのガチョウには手を出していなかった。このガチョウの声に、紀元前392年にユーノー神殿を完成させたマルクス・マンリウス・カピトリヌスが飛び起き、敵を撃退してローマを守り抜いたという[3]。この時の逸話が名称の起源となったとする説もある[1]。
紀元前345年、アウルンキ人との戦争の際、時の独裁官ルキウス・フリウス・カミッルスが、戦勝祈願としてユーノー神殿の建立を誓約し、カピトーリウムにあったマンリウス・カピトリヌスの屋敷跡[注釈 1]に建設された[4]。ここには公文書が保管された[5]。
また、その神殿内に貨幣鋳造所が置かれたため、この名は「マネー(Money)」という英語の語源となった[1]。
注釈・出典
注釈
彼は後に処刑され財産も没収された
出典
^ a b c d 高津春繁 『ギリシア・ローマ神話辞典』 岩波書店 1960年、290-291頁。
リウィウス, 5.22.
リウィウス, 5.47.1-5.
リウィウス, 7.28.1-5.
リウィウス, 第2巻 p.171 脚注(3).
参考文献
ティトゥス・リウィウス 著、岩谷智 訳 『ローマ建国以来の歴史 2』京都大学学術出版会、2016年。none
ティトゥス・リウィウス 著、毛利晶 訳 『ローマ建国以来の歴史 3』京都大学学術出版会、2008年。
執筆の途中です この項目は、神話に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:神話/P:神話伝承)。
「https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=モネータ&oldid=84361707」から取得
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返信削除・「与信する」が中国語だと「信用」になるらしいので信用という言葉を捨てるのが早すぎるのもどうかと考えます。
・自己雇用という概念に繋がるので「完全雇用」も捨てがたい。
・債権貨幣も債券と混同されると危惧します。
・そもそもMoneyもローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレます。
返信削除・「与信する」が中国語だと「信用」になるらしいので信用という言葉を捨てるのが早すぎるのもどうかと考えます。
・自己雇用という概念に繋がるので「完全雇用」も捨てがたい。
・債権貨幣も債券と混同されると危惧します。
・そもそもMoneyがローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレます。
返信削除・「与信する」が中国語だと「信用」になるらしいので信用という言葉を捨てるのが早すぎるのもどうかと考えます。
・自己雇用という概念に繋がるので「完全雇用」も捨てがたい。
・「債権貨幣」も債券と混同されると危惧します。
・そもそもMoneyもローマの女神由来なので貨幣、通貨と語感がズレます。
返信削除・「与信する」が中国語だと「信用」になるらしいので信用という言葉を捨てるのが早すぎるのもどうかと考えます。
・自己雇用という概念に繋がるので「完全雇用」も捨てがたい。
・「債権貨幣」も債券と混同されると危惧します。
・そもそもMoneyがローマの女神由来なので貨幣、通貨と語感がズレます。
返信削除以下箇条書き。
・「自己雇用」という概念に繋がるので「完全雇用」も捨てがたい。
・「与信」など「信用」という言葉の活用は捨てがたい。
・「債権貨幣」も債券と混同されると危惧される。「債務貨幣」の方が良い。
・そもそもMoneyがローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレる。
・ポトラッチ=呪術は国家、宗教に先立つ(ただしニーチェ的懐疑より国家は自由のためにあるというスピノザ的肯定がMMTに相応しい)。
・島倉氏のJGPへの懐疑は地域主体性を無視していてリフレ派的一元論に堕している。
返信削除以下箇条書き。
・「自己雇用」という概念に繋がるので「完全雇用」という用語も捨てがたい。
・「与信」など「信用」という言葉の活用も捨てがたい。
・「債権貨幣」も債券と混同されると危惧される。「債務貨幣」の方が良い。
・そもそもMoneyがローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレる。
・ポトラッチ=呪術は国家、宗教に先立つ(ただしニーチェ的懐疑より国家は自由のためにあるというスピノザ的肯定がMMTに相応しい)。
・島倉氏のJGPへの懐疑は地域主体性を無視していてリフレ派的一元論に堕している。
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・「自己雇用」という概念に繋がるので「完全雇用」という用語は捨てがたい。
・「与信」など「信用」という言葉の活用も捨てがたい。
・「債権貨幣」も債券と混同されると危惧される。「債務貨幣」の方が良い。
・そもそもMoneyがローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレる。
・ポトラッチ=呪術は国家、宗教に先立つ(ただしニーチェ的懐疑より国家は自由のためにあるというスピノザ的肯定がMMTに相応しい)。
・島倉氏のJGPへの懐疑は地域主体性を無視していてリフレ派的一元論に堕している。
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・「自己雇用」という概念に繋がるので「完全雇用」も捨てがたい。
・「与信」など「信用」という言葉の活用は捨てがたい。
・「債権貨幣」も債券と混同されると危惧される。「債務貨幣」の方が良い。
・そもそもMoneyがローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレる。
・ポトラッチ=呪術は国家、宗教に先立つ(ただしニーチェ的懐疑より国家は自由のためにあるというスピノザ的肯定がMMTに相応しい)。
・島倉氏のJGPへの懐疑は地域主体性を無視していてリフレ派的一元論に堕している。
・少数が多数を支配する。マネタリーベースがマネーストックを支配する。
債務ピラミッドは量的には正しいが質を表現していない。結果、日銀当座預金を市民が使っていると思わせてしまう。
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・「与信」など「信用」という言葉の活用は捨てがたい。
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・そもそもMoneyがローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレる。
・ポトラッチ=呪術は国家、宗教に先立つ(ただしニーチェ的懐疑より国家は自由のためにあるというスピノザ的肯定がMMTに相応しい)。
・島倉氏のJGPへの懐疑は地域主体性を無視していてリフレ派的一元論に堕している。
・少数が多数を支配する。マネタリーベースがマネーストックを支配する。
債務ピラミッドは量的には正しいが質を表現していない。結果、日銀当座預金を市民が使っていると思わせてしまう。
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・「与信」など「信用」という言葉の活用も捨てがたい。
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・そもそもMoneyがローマの女神の名前なので貨幣、通貨と語感がズレる。
・ポトラッチ=呪術は国家、宗教に先立つ(ただしニーチェより国家は自由のためにあるというスピノザ的肯定がMMTに相応しい)。
・島倉氏のJGPへの懐疑は地域主体性を無視していてリフレ派的一元論に堕している。
・少数が多数を支配する。マネタリーベースがマネーストックを支配する。
債務ピラミッドは量的には正しいが質を表現していない。結果、日銀当座預金を市民が使っていると思わせてしまう。
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