2022年5月10日火曜日

純資産=非金融資産 S=I

 S = I:経済学で最も誤解されている方程式



 



S=Iと同じ理屈


邦訳は残念

 (b) あらゆる投資率でS=Iというのは論理的にみてまったくナンセンスである。YはC+SまたはC+Iとして

定義できる。SとIは同一現象の正反対の面である。それらは均衡するのに利子率を必要とはしない。というのは、

それらはあらゆるときにあらゆる条件のもとで均衡するからである。



    国債調査委員会~ケインズ卿の覚書


邦訳ケインズ全集27,445頁


445 第5章 雇用政策

一九四五年の初頭、ケインズは戦後雇用政策のある特殊な側面にいっそう関与するようになった。戦後資本課税にかんす

る文書の作成を求めるアトリー氏の要請、ならびに戦後の国債利子負担の軽減に利用できる方策についていっそう幅広い調査

を要請するジェームズ·ミードの示唆の結果として、政府は一九四五年一月に国債調査委員会を設立した。委員はサー.エド

ワード·アリッジズ(議長)、サーリチャード·ホプキンズ、サー.ハーバート·プリテイン、サー.コーネリアス·グレ

ッグ、ポール。チェンバーズ、ジェームズ。ミード、ロビンズ教授、それにケインズであった。

一九四五年三月八日、二二日、および二七日に開かれた同委員会の第二~第四回会合で、ケインズは貯蓄と投資の関係およ

び利子率構造の変化の性質と効果にかんする彼の理論、ならびに戦後の利子率政策と国債管理政策にかんする彼の提案につ

て説明を行なった。これらの会合||その議事要録も残っている|のために、ケインズはその説明の基礎として一連の手書

きの覚書を用いた。


    国債調査委員会~ケインズ卿の覚書


 利子率が貯藩と投資の均衡を決定する。人々がより進んで貯藩するようになり、そしてそれゆえ進んで低い利子率

を受け入れるようになるならば、それに対応した投資の増加が生じる。それゆえ貯蓄意欲の増大はより多くの投資を

引き起こすし、より多くの投資にとって不可欠のものである。ここに貯蓄の美徳がある。これにたいする疑問は次の


スタンリー·ポール·チェンバーズ(1九〇四年生)。一九三五~六年、インド所得税調査委員会委員。一九三七~四○年、イ

ンド政府所得税顧聞。一九四二~五年、内国税収入庁課長兼統計情報局長。一九四二~七年、内国税収入庁長官。一九四五~七

年、ドイツ管理委員会イギリス代表部財務部長。一九四七年、ICI社 (Imperial Chemical Industries)取締役。



2部 国内政策

446

389


諸点に起因する。

 (a) それは事実に合致していない。というのは、この場合、摩擦的および季節的失業とは異なる一般的な失業はけ

っして存在していないからである。すなわち、提供しようとする仕事はつねに十分にあるからである。というのは、

それは稼得されたものは何であれ、全体としての事業がその費用をつねにカバーするように支出されたことを意味す

るからである(ここで微妙な点を説明するために立ちどまることはしない)。

 (b) あらゆる投資率でS=Iというのは論理的にみてまったくナンセンスである。YはC+SまたはC+Iとして

定義できる。SとIは同一現象の正反対の面である。それらは均衡するのに利子率を必要とはしない。というのは、

それらはあらゆるときにあらゆる条件のもとで均衡するからである。

 これは意思決定が異なる人々によってなされるがゆえに生じるパラドックスである。彼らが同じ結果に導かれるメ

カニズムとはどのようなものであるのか。

 貯著額は所得の関数であり、所得額は生産量、すなわち消費量プラス投資量によって決定される。それゆえ、もし

投資が低下すれば、すなわち産出物のうち消費されない部分が低下すれば、所得が低下し、それゆえ貯蓄が低下し、

つねにわずかな額に至るまで正確に同額だけ低下する。

 さて、この意味の反対側をみてみよう。貯蓄が投資を決定するのではなく、投資が貯蓄を決定する~~実際にはこ

れは単純にすぎるかもしれないが~~という方がずっと真実に近い。

 戦争状況がこのことを明らかにしている。

 もしもこれが事実であるとすれば、可能な限度をこえる投資および消費にはどのようなブレーキがかかるのであろ

うか






Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics (English Edition) 2007th 版, Kindle版 


Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics

前表紙



Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics
作成者: G. Tily · 2016
38 ページを
プレビュー
プレビュー
書籍内を検索
小口好昭論考2017


 マクロ会計発展における2 大潮流 ――ケンブリッジ学派とオスロ学派――利用統計を見る

File / NameLicense
本文を見る
   本文を見る   (1.95MB) [ 89 downloads ]
OAI-PMHBIBTEXSWRCWEKO EXPORTPRINT PREVIEW
アイテムタイプ紀要論文 / Departmental Bulletin Paper
言語日本語
キーワードケインズ, ケインズ革命, 戦費調達論, ストーン, フリッシュ, オークルスト, マクロ会計, 国民経済計算, エコサーク, 公理, ケンブリッジ学派, オスロ学派
著者小口 好昭   /  コグチ ヨシアキ 
著者別名(英)Yoshiaki KOGUCHI 
抄録 マクロ会計は,1940年から41年にかけてイギリスのケンブリッジ学派によって形成されたことを明らかにした。本稿は,これを会計学におけるケインズ革命と呼んでいる。同学派は,ケインズに始まりストーンに継承されて,マクロ会計の国際基準化に大きな貢献を果たした。ケンブリッジ学派については,ティリー(Tily, 2009)によるマクロ会計発展3 段階説と,アメリカ・ケインジアンであるパティンキン(Patinkin, 1976)の統計革命先行説を取り上げる。他方,フリッシュからオークルストに継承されたオスロ学派については,Aukrust(1994)のスカンジナビアにおけるマクロ会計発展5 段階説に依拠しながら,マクロ会計の公理化という独自の理論を生みだしたことを強調した。最後に,現代会計学は,両学派からミクロ会計とマクロ会計の同型性論という視点を継承し,さまざまな会計イノベーションを起こしつつあることを指摘した。 
雑誌名中央大学経済研究所年報
49
ページ75 - 110
発行年2017-10-10
出版者中央大学経済研究所 
ISSN0285-9718 
権利この資料の著作権は、資料の著作者または学校法人中央大学に帰属します。著作権法が定める私的利用・引用を超える使用を希望される場合には、掲載誌発行部局へお問い合わせください。 


ティリイの論文(Tily,  2009)は,1895年から1941年までの短期間におけるイギリスでのマクロ会計の発展を対象にして,この期間を第1期(1895年-1930年),第2期(1930年-1940年)そして第3期(1940年-1941年)の3つの発展段階に区分している。このような短期間を議論の対象とした理由は,マクロ会計の生成発展に対するケインズの貢献に焦点を絞ったためである。この論文を執筆当時,イギリスの大蔵省に勤務するエコノミストであったティリイは,ケインズがマクロ会計の発展に本質的な貢献をしたにもかかわらず,Studenski(1958)や Vanoli(2005)を含めて,ほとんどのマクロ会計史が彼の貢献を低評価し,あるいは誤解をしていると批判している。このような従来のケインズ評価をティリイは俗説(conventional  wisdom)と呼び,これを覆して正当なケインズ評価を復活させることが彼の論文の目的である。本稿は,第3期に重点を置くため,第1期と第2期は簡単に触れるにとどめる。ティリイは第1期(1895-1930)を,ボウレイの論文(Bowley,  1895)の公刊に始まり,フラックスの論文(Flux,  1929)の公刊によって終了する時期としている。この時期には,ボウレイとフラックスの他にスタンプ(Stamp,  J.  C.)が加わって,相互に論争を繰り返しながら国民所得測定の理論面と実践面における発展を促したのである。これら3者のうち,前2者は経済学におけるケンブリッジ学派の創始者であるマーシャル(Marshal,  A.)の下で経済学と統計学を学び,スタンプはボウレイの指導で経済学を学んだ。したがって,この期における国民所得測定は,マーシャルの国民所得あるいは国民分配分(national dividend)の概念に基づいていた。ティリイはこの期における最も重要な発展は,課税資料に基づく所得推計に加えて,1907年に開始された生産センサス(Census  of  Production)が制度化されたことによって生産面からの推計が開始されたことを挙げている。第1期の最後の業績を画するFlux(1929)は,生産センサスに基づいて1907年と1924年のイギリスの国民所得を推計している。このことからTily(2009,  p.  334)は,第1期の特徴として,①  マーシャル経済学が理論的基礎になったこと,②  ボウレイ,フラックス,スタンプの3者が切磋琢磨して実践面の進歩をもたらしたこと,そして  ③  賃金,人口,課税資料に加えて,生産センサスが開始されて制度面での新しい整備がなされたことの3点を挙げている。第2期(1930年-1940年)は,もっぱらコーリン・クラーク(Clark,  C.)が国民所得推計に貢献した時期として区分されており,Clark(1932)『国民所得1924-31』の公刊によって始まり,Clark(1937)『国民所得と国民支出』の刊行をもって終わる。Clark(1932)は,

国民所得の推計にあたって,従来の課税データに基づく所得法に加えて支出法による推計をおこない,生産・分配・支出の三面等価による最初の推計をおこなった。さらに,ケインズが『貨幣論』で定式化した基本方程式の定義と標記法に従って国民所得の分析と測定をおこなった。Clark(1937)は,国民所得推計に関するクラークの文字通りの集大成であり,彼の最も重要な業績といえる。彼は,「ピグー(Pigou,  A.  C.)教授の『厚生経済学』は,経済学研究の全目的を最も明確かつ簡潔に表現している(Clark,  1937,  p.  1)」と述べ,ピグーの厚生経済学に完全に賛同している。クラークは,ピグーの国民分配分は経済的厚生を客観的に測定する概念であると評価して,国民所得の三面等価に基づく四半期別推計,名目値と実質値による推計,一人あたり実質所得の長期推計,さらには所得分配の分析をおこなうなど,イギリスにおける国民所得研究と統計の整備に文字通り精進したのである。
 他方,Clark(1932,  pp.  vi-vii)は,イギリスの公式統計が極めて貧弱で恥ずべき状況にあると厳しく批判している。すなわち,産業分類が政府の部署ごとに異なるばかりか,分類自体が古色蒼然としており,公表が遅く,政府機関が相互利用をまったく考えておらず,さらには産業界が利益情報の提供を拒んでいることなどである。クラークは,こうした状況を改善するために政府省庁間の連携構築と国民所得推計に関わる政府機関の設置を主張していたが,このような状況は数年後も変わっておらず,Clark (1937,  pp.  v-vii)でも再び公式統計の不備を厳しく批判している。加えて,イギリスでの経済学関連へ公的補助は乏しい上に理論研究に偏重しており,国民所得推計のような実践的分野への補助が貧困で,クラークは同書を執筆するための研究をほとんど私費で実施せざるを得なかったと不満を述べている。 
 クラークは,1937年の著書を出版して間もなくオーストラリアに移住し,国民所得推計に関する研仕事を終了した。Tily(2009,  p.  347)は,この時をもってイギリスにおけるマクロ会計発展の第2期が終わったとしている。 第 3 期(1940年-1941年)が,国民所得推計からマクロ会計へのパラダイム転換が起こった時期であり,ケインズ,ミード,ストーンの時代である。1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると,ケインズは『戦費調達論―大蔵大臣に対するラディカルな提案』(How  to  Pay for  the  War,  1940)を執筆し,イギリス政府に戦費調達策を建議した。『戦費調達論』は,わずか90ページ余りの時論であるが,この小冊子がマクロ会計の理論的基礎を築き,ミードそしてストーンがその理論を継承して勘定体系を作り上げ,それまでの国民所得推計からマクロ会計への革命的転換をもたらしたのである。マクロ会計におけるケンブリッジ学派の形成である。 
 マクロ経済学の創始となったケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論(Keynes, 1936)』は,第一次世界大戦後の1920年代後半から30年代前半にかけて全世界を襲った大恐

慌を克服するために,その発生メカニズムの分析と不況克服の理論を展開し経済学に「ケインズ革命(Keynesian  revolution)をもたらした。ところが,第二次世界大戦の戦時経済は需要不足ではなく超過需要が問題になる。戦時経済においては完全雇用が達成され,さらに就業時間が延長されるために個人所得は増加し消費支出は増大する。他方,消費財の生産から軍需物資の生産へと資源配分がおこなわれるために,増加した所得がますます希少になってゆく消費財にむかうことになる。その結果はインフレーションである。ケインズは,デフレーションもインフレーションも社会に大きな打撃を与えるが,富の生産を妨げ失業の苦痛を生みだす点においてデフレーションの方がインフレーションよりも悪質であり,他方,所得分配の不公平を高め階級間の所得格差を激しくする点においては,インフレーションの方がデフレーションよりも悪質であると考えている6)。そのため『戦費調達論』において,イギリス政府がインフレーションを引き起こすことなく必要な戦費を調達するためには,増税や価格統制,配給制といったミクロ政策ではなく,「支払繰延(deferred  pay)」あるいは「強制貯蓄(compulsory  saving)」による総需要抑制策というマクロ政策をとるべきであると提言し,その実現にむけて精力的に活動した。『戦費調達論』は,『一般理論』で展開した有効需要の理論が,デフレーションのみならずインフレーション回避にも適用できる理論であることを示した,初めての『一般理論』実践の書である。『戦費調達論』に基づく総需要管理政策を実施するためには,国民所得,所得階層別の所得分布,民間消費と貯蓄,民間投資,政府財政収支などの総供給と総需要の均衡を表すケインズ等式の集計概念を正確に測定する必要がある。ところが,クラークがすでに批判したように,当時のイギリスの公的統計は極めて貧弱であった。ケインズは『戦費調達論』における提言を4月23日に公表される政府の次期予算に反映させるために,1940年3月末に政府内外に配布した私的文書『国家資源予算』の中で,当時の政府統計を次のように批判している。

「以下の分析方法は,一部分は論理的であり一部分は統計的である。私は統計よりも論理を信頼している。統計の大部分は当てずっぽう(guess-work)に過ぎない。恐らく政府機関の職員は私が利用する統計を改善することができるはずである。(少なくとも彼らができることを望む。もしそれができないようであれば職務怠慢である。)ただし,改善にあたっては,この表が貸借対照表であることを忘れないでほしい。ある数字が変われば,この表の貸借が一致するように他の数字も変わるということが,この分析方法の論理なのである。注意深く考えればわかることだが,この分析方法は,統計を首6) 

 たとえば,Keynes(1923)。

尾一貫した枠組みの中にしっかりと組み込ませるという長所を持っている(Keynes, 1940b, p. 124)。」7)

 ケインズが当時のイギリスにおける統計をいかに信用していなかったかが窺える。『戦費調達論』はClark(1937)の推計に依存しているが,それすらも必ずしも信用していたわけではなかった。彼は,ロスバース(Rothbarth,  E.)という当時27歳のドイツ人難民の研究者を統計助手として採用し,クラークの推計に修正を加えて使用したのである。 他方,上記の引用における「この分析方法」とは,クラークまでの国民所得推計に会計方式を適用したマクロ会計を意味している。ケインズは,『戦費調達論』では勘定体系を利用していないが,自らの理論を政策に応用する際に必要となる情報システムを形成するためには,会計アプローチが有効であることを認識していたといえる。『一般理論』における一群の方程式は,会計方式と不可分なのである。たとえば,国民所得をY,  消費をC,投資をIで表せば,Y=C+Iはケインズ経済学の最も基本的な所得と支出の関係を表している。この方程式は,所得のうち消費されない部分を投資と定義している。したがって,Yが増減すれば必ずそれと同額だけ右辺のいずれかが増減しなければならない。Cを増やすためにはI を減らすかYを増やさなければならないことを意味している。まさに,貸借対照表における貸借均等関係を表している。 ケインズは『戦費調達論』で所得統計を大いに利用し,ロスバーストと共に既存の統計を改善し,さらには政府に公的統計の整備を強く訴え続けた。Tily(2009,  p.  332)は,「戦時の古典的業績である『戦費調達論』において,ケインズは国民会計の形成に直接関与することになり,発展の第3期が始まった」と評している。この第3期は,後述するように,ミードとストーンによって完結させられるのである。 ティリイが指摘する,マクロ会計の発展に対するケインズの貢献を要約すれば次のようである。1   .Clark(1937)の推計を基礎にして,経済統計を先例がないほど利用した。ケインズは,国民所得統計の積極的な利用者であり,公式統計整備の推進者であり,その信頼性を向上させるために絶えず尽力していた。それだけではなく,統計の作成にも関わっていた。2   .家計への課税によって政府支出の調達財源を推計するために,初めて「民間」と「政府」という「制度部門別分類」を導入した。7)  引用文中における表とは,Keynes(1940b)が挙げている3つの表を指しており,それらは所得と消費,財政収支等を勘定形式で示している。

3 .政府最終消費支出を初めて推計した。第49号4   .現在のSNAに継承されている要素費用表示の国内総生産(GDP)に相当する所得を推計した。5   .乗数理論が最終需要項目別のデータを必要としたことによって,この方面の統計整備に刺激を与えた。乗数理論と『戦費調達論』は,マクロ会計形成の礎石であるにもかかわらず,ほとんど無視されている。その反面,マクロ会計は  計量経済学モデルへのデータ源として開発されたのであり,ケインズ経済学がそれを促進したという誤った見解が通説となっている。事実はまったく逆であり,ケインズは計量経済モデルに批判的であった。

2-2 高まる『戦費調達論』評価

『戦費調達論』は『一般理論』のような理論書ではなく時論に関するパンフレットであったためか,経済学では重要な業績とは見なされていないようである。そのため,膨大な蓄積があるケインズ研究においても取り上げられることはまれである。また,『一般理論』についても国民所得や貯蓄,投資に関する定義を論じた部分は軽視されてきた。たとえばケインズ理論の解説書として定評があったハンセンの『ケインズ経済学入門』は,次のように記述している。

「所得に関する節は『一般理論』の理解にとって大きな重要性を持つものではなく,もし学生諸君がそう欲するならば省略してもまったく差し支えない。……他方『国民所得』という概念は1936年以来大きな発展を経てきているという事実に注意を喚起することが大切である……ケインズが『一般理論』を書いていた当時,これらのことがらに関する思考はまだまだ近年におけるほどには進歩していなかった(Hansen,  1953,  p.  54,大石訳79ページ)。」

このような状況は,ケインズ自身(Keynes,  1936,  p.  37)が第二編に含まれる4つの章について,それらは

「本題からそれる性質のものであり,しばらく主題の研究を中断することになる。」

と述べていることが原因かもしれない。しかし,ケインズは,続けて次のようにも述べている。
「本書の執筆を最も遅らせた3つの難問があった。……そして第3の難問は,所得の定義である。」

ハンセンが述べているように,1930年代中頃にはまだ国民所得等の定義は定まっておらず,ケインズが必要とする統計も存在しなかったことになる。ケインズは,理論のための理論家ではなく政策志向の理論家であった。『一般理論』を実践に活かすためには,国民所得の定義とその測定方法の研究が不可欠であることを十分に知っていたに違いない。ハンセンがいうように,大きな重要性を持つものではないどころか,ケインズ理論が政策科学として現実に適用できるかどうかの鍵となる部分である。それゆえ,『戦費調達論』は,国民所得の定義とその測定という複雑な問題にケインズ自身が真剣に取り組んだ著作であり,『一般理論』を初めて実践に活かすための書であった。ケインズ






Hansen,  A.  H.  (1953),  A  guide  to  Keynes,  McGraw-Hill(大石泰彦訳,1956,『ケインズ経済学入門』創元新社)


ケインズ経済学入門 (現代社会科学叢書) 単行本 – 1986/1/1 


Keynes, J. M. (1923), “Social Consequences of Changes in the Value of Money” (The Collected Writings of  John  Maynard  Keynes,  Vol.IX,  Essays  in  Persuasion,    Macmillan,  1972,  pp.  59-75.  山岡洋一訳,2010,『ケインズ説得論集』日本経済新聞出版社,6-28ページ). Keynes,  J.  M.  (1936),  The  General  Theory  of  Employment,  Interest  and  Money  (The  Collected  Writings of  John  Maynard  Keynes,  Vol.VII,  Macmillan,  1973.  塩野谷祐一訳,1983,『雇用利子および貨幣の一般理論』ケインズ全集第7巻,東洋経済新報社). Keynes,  J.  M.  (1940a),  How  to  Pay  for  the  War,  Macmillan(宮崎義一訳,1981,『戦費調達論』ケインズ全集第9巻,東洋経済新報社).Keynes,  J.  M.  (1940b),  “The  Budget  of  National  Resources,”in  Moggridge,  D.(ed.),  The  Collected Writing  of  John  Maynard  Keynes,  Vol.  XXII,  Activities  1939-1945,  Internal  War  Finance, Macmillan, pp. 124-132. Keynes,  J.  M.  (1940c),  “The  Concept  of  National  Income:  A  Supplementary  Note,”  Economic  Journal, Vol. 50, No. 197, pp. 60-65. Keynes,  J.  M.  (1978),  The  Collected  Writings  of  John  Maynard  Keynes,  Vol.  XXII,  Activities  19391945, Internal War Finance, Moggridge, D. (ed), Macmillan. Keynes,  J.  M.  and  E.  Rothbarth  (1939),  “The  Income  and  Fiscal  Potential  of  Great  Britain,”  Economic Journal, Vol. 49, No. 196, pp. 626-639.

Tily,  G.  (2009),  “John  Maynard  Keynes  and  the  Development  of  National  Accounts  in  Britain,  18951941,” The Review of Income and Wealth, Series 55, No. 2, pp. 331-359.





IItomo:S = I:経済学で最も誤解されている方程式–シロイワヤギ経済学
参考までに
‪@DEhnts  Dirk Ehnts氏が‬
‪https://twitter.com/dehnts/status/1485550693758820353?s=21‬
‪で‬

‪G. Tily氏が‬

‪Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics‬
‪で‬
‪が引用している箇所の日本語訳。‬

‪ケインズ全集27,445~6頁‬

‪ティリイ氏は『戦費調達論』を高く評価しているらしい。‬



国際常平倉計画に繋がる


一般理論

75

も参照。

@DEhnts 
https://twitter.com/dehnts/status/1485550693758820353?s=21

https://twitter.com/dehnts?s=21
Dirk Ehnts氏が
Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics
G. Tily氏が
が引用している箇所の日本語訳。

ケインズ全集27,445~6頁

ティリイ氏は『戦費調達論』を高く評価しているらしい。

参考までに、
https://twitter.com/dehnts/status/1485550693758820353?s=21
https://twitter.com/dehnts?s=21
Dirk Ehnts @DEhnts 氏が
Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics
G. Tily氏が
が引用している箇所の日本語訳。

ケインズ全集27,445~6頁






https://themountaingoateconomics.com/2021/01/01/si-the-most-misunderstood-equation-in-economics/

S = I:経済学で最も誤解されている方程式–シロイワヤギ経済学


ゲーテちゃんのRT経由で読んだのだが、シンプルなモデルで説明してあり面白かった。

S = I等式が成り立つのはどのような場合か、という話。金融貯蓄だけであれば成り立たず、

貯蓄に投資財をいれなければ成り立たないと。最後のほうでマクロ経済学者は会計を正しく理解しない


で複雑なモデルをつくっている、その間違った教材で学ぶために毎年何千人もの学生が経済学を諦めていると。

マンキューを例に挙げている。


簡単に説明すると、金融的な貯蓄だけを考えると、誰かの貯蓄は誰かの負の貯蓄になるだけ、

だけど実物的なモノを加えれば、S = Iが成り立つと。

この等式は「経済で可能な唯一の純貯蓄は実物的な貯蓄である」ということを言っていると。


又貸し説批判かな。

「投資は貸し出しによってファイナンスされるのであって、貯蓄からではない。」


https://twitter.com/dehnts/status/1485669212416884740?s=21


https://themountaingoateconomics.com/2021/01/01/si-the-most-misunderstood-equation-in-economics/

S = I:経済学で最も誤解されている方程式

貯蓄は投資アイデンティティに等しい(S = I)は、おそらく経済学で最も誤解されている方程式です。この非常に競争の激しいカテゴリーでトップランクを達成するには、並外れたレベルの誤解が必要であり、S = Iのアイデンティティは失望しません。博士課程の学生や多くの教授はしばしばそれを誤解し、学生に教えるときに誤った表現をします。実際、実際に正しい説明を見つけるのは難しい場合があります。私が最初にそれに遭遇したとき、アイデンティティは戸惑いました、そしてそれを最終的に理解し始めるのに私は何年もかかりました。

人々がS = Iアイデンティティについて提供する説明の多くは、アイデンティティが何であるかについての理解の欠如によって妨げられています。アイデンティティは、あらゆる可能な行動のセットを伴う、あらゆる可能な世界に当てはまる数学的事実です。多くの場合、S = Iアイデンティティに関する人々の説明は、消費者および投資家の行動のすべての仕様に当てはまるわけではないため、正しくありません。

たとえば、私が遭遇したS = I IDの誤った説明の1つは、貯蓄は自動的に投資されるため、貯蓄は投資に等しいと言っています。この見方によれば、私が200ドル節約すると、銀行は投資家にさらに200ドルを貸し出すので、投資は200ドル増加します。ただし、上記のビューは正しくありません。銀行や投資家が実際に上記の行動規則に従って行動している場合でも、考えられるすべての行動のセットについて方程式が真でなければなりません。誰かが銀行にお金を預け入れたときに銀行が200ドル以上のドルを貸さない可能性が非常に高いため、S = Iのアイデンティティに関するこの理解は正しくありません。

S = Iを最終的に理解するのに役立ったのは、非常に単純な経済の例を通して作業し、S = Iのアイデンティティがどのように保持されなければならないかを見ていたことです。たとえば、AさんとBさんの2人で構成され、それぞれが100ドルから始まる経済を考えてみます。経済のどちらの人も投資せず、両方とも消費財を注文したときに消費財を生産する事業を営んでいると仮定します。人物Aは人物Bから商品を購入するのに100ドルを費やし、人物Bは人物Aから商品を購入するのに50ドルを費やします。 

ABA + B
初期の富100100200
最終的な富50150200
消費10050150
所得50100150
保存-50500
単純な二人経済における金融取引。投資がないので、純貯蓄はゼロです。

期間の終わりに、人Bは150ドルを持っています。彼らの収入は100ドルで、50ドルを費やしました。つまり、50ドル節約できました。しかし、経済への投資はありません!最初は、S = IIDに違反しているように見えます。しかし、Aさんは実際に収入より50ドル多く使っています。彼らの節約はマイナス50ドルです。したがって、経済における総貯蓄は実際にはゼロです。S = Iの説明でしばしば見落とされる重要なことは、貯蓄は純貯蓄を指すということです。貯蓄マイナス借入。日常的に私たちは負の貯蓄を指すために借り入れを使用しているので、その点はしばしば見落とされます。

上記の例で、AさんとBさんの両方が50ドル節約したいと思ったらどうなるでしょうか。そうすると、両方の収入は50ドルに下がり、どちらも何も節約せず、借金もしません。経済の一方の当事者による金融資産の節約は、経済のもう一方の当事者が節約することを決定した場合にのみ可能です。そうでなければ、発生するのは経済の総所得が下がるということだけです。

ABA + B
初期の富100100200
最終的な富100100200
消費5050100
所得5050100
保存000
単純な二人経済における金融取引。両方の人がその金額を消費すると、総収入が減り、どちらの人も何も節約できなくなります

投資を引き起こす貯蓄について魔法のようなものは何もありません。起こっているのは、金融資産の形で貯蓄するには、他の誰かが金融資産から自分自身を売却する必要があるということです。すべての金融資産は他の当事者の責任です。金融資産を作成できる唯一の方法は、誰かが借金をした場合です。年末に始めたよりも100ドル多くなるとしたら、それは経済の他のすべてのエージェントの赤字と黒字の合計が-100ドルでなければならないことを意味します。

写真に投資を加えるとどうなりますか?たとえば、銀行口座に50ドルを節約する代わりに、B氏は、50ドル相当の商品を消費することに加えて、A氏から店舗用に50ドル相当の機械を購入することにしました。期間の終わりに、個人Aと個人Bの両方の銀行口座に100ドルがありますが、現在、個人Bには50ドル相当の投資商品があります。貯蓄が投資と等しくなるためには、貯蓄の定義に投資財の観点から貯蓄を含める必要があります。日常生活の中で、貯蓄とは単に金融資産の貯蓄を指すこともありますが、それはS = Iの会計アイデンティティの目的で定義されている方法ではありません。

ABA + B
初期の富100100200
最終的な富100150250
消費10050150
投資05050
所得100100200
保存05050
最終資本ストック05050
単純な二人経済における金融取引。投資が発生すると純資産が増加します

何を節約と正確に定義すべきかは必ずしも明確ではありません。たとえば、私が耐久消費財、たとえば自動車を購入する場合、それは通常マクロ経済学での消費として定義されますが、企業が通常投資として定義される自動車を購入する場合。ただし、投資をどのように定義するかは正確には重要ではありません。S= I IDは、投資額を貯蓄IDに確実に追加する限り、常に保持されます。消費者として車を購入することが投資であると判断した場合は、その金額を貯蓄に追加する必要があります。投資としてカウントしないことにした場合は、その金額を追加しません。

本質的に、S = Iのアイデンティティが言っているのは、経済で可能な唯一の純貯蓄は実物の貯蓄であるということです。金融取引の合計は常にゼロであるため、富を増やす唯一の方法は、経済における物理的な商品の量を増やすことです。私たちが富の測定に含めることを決定した物理的な商品が何であれ、それは常に真実です。


S = Iのアイデンティティを理解したので、その一般的な誤用のいくつかを払拭することができます。時々人々は、私たちが人々にもっと貯蓄することを奨励すれば生産的資本のストックが増えるだろうというアイデンティティから推測します。 私たちの最初の例は、これが誤りであることを示しました。人々が金融資産を貯蓄する場合、彼らの貯蓄は単に他の誰かによる貯蓄につながるか、または彼らの貯蓄は 失敗して収入の減少につながります。しかし、人々が物的資産の観点から節約したいのであれば、経済の他の人々の富は減少しません。 

ケインズ派は、人々は通常、物理的な商品に貯蓄するよりも金融資産を貯蓄したいので、投資が通常、純貯蓄の原因であると主張しています。人々が貯蓄したいときに、単により多くの物的資産を作成した場合、債務の蓄積がない限り、貯蓄したいという欲求が高まっても経済が減速することはありません。ケインズは実際に、一般理論の第17章で、人々が実際の資本財ではなく金融資産を節約したい理由を詳細に説明しています。

ケインズは、すべての資産には保有コスト、収益率、流動性プレミアムがあると主張しました。資産の保有コストは資産を保管するためのコストであり、収益率は資産が生み出す収益であり、流動性プレミアムは資産の売却または他のものとの交換がいかに簡単であるかを示します。金融資産の保有コストは非常に低く、流動性プレミアムは非常に高くなっています。資本財が非常に高いリターンを生み出す場合、人々はお金よりもこの形で貯蓄することを好むかもしれません。ケインズは、より多くの資本財が取得されるにつれて、すべての資本財の収益が減少するため、最終的には人々は金銭面での貯蓄を好むだろうと主張しました。

したがって、多くの生産的な投資機会がある経済では、節約したいという欲求の高まりは、投資の増加につながるだけです。最終的に、これらの投資の収益は、資本財の保有コストとそれらの資産の売却の難しさを正当化するのに十分ではないため、人々はお金の面で節約するでしょう。これは私たちが日常生活で目にするものと一致します。一般的に、節約したい場合は、銀行口座にお金を貯めることによってそうします。適切に高いリターンが得られると思われる投資が見られた場合にのみ、投資を行います。


明確にすべき最後のポイントは、S = Iアイデンティティへの投資は生産的な投資である必要はないということです。実際には、その投資の見返りがプラスでない限り、人々は投資しないと主張することができますが、私たちが話している投資の見返りがマイナスであっても、アイデンティティは保持されます。たとえば、企業が使用しない機器を購入した場合、S = I IDへの投資は増加しますが、経済の生産能力は増加しません。


おそらく、S = Iのアイデンティティを間違えた経済学者の最もエグレゴリーな例は、グレゴリー・マンキューです。マンキューは一般的に最も重要なマクロ経済学者の一人と見なされており、彼のマクロとミクロの教科書は最も一般的に使用されているものの1つです。彼のミクロ経済学の教科書の第3版では、彼はS = Iが完全に間違っていると説明しています。 

マンキューは書いています 

例を考えてみましょう。ラリーが支出以上の収入を得て、未使用の収入を銀行に預けたり、それを使って
企業から債券や株を購入したとします。ラリーの収入は彼の消費を上回っているので、彼は国の貯蓄に追加します。ラリーは自分自身を自分のお金を「投資する」と考えるかもしれませんが、マクロ経済学者はラリーの行為を投資ではなく貯蓄と呼ぶでしょう。

これは完全に間違っています。ラリーが彼の収入の一部を金融資産の形で節約するためには、残りの経済は赤字を出しているに違いありません。ラリーの貯蓄は国富に追加されません。

次に、マンキューは精巧な合理化に着手し、ラリーの銀行口座への追加の貯蓄がどのように追加の投資を引き起こすかについて話し合います。この議論全体は間違っています。アイデンティティはすべての可能な経済において真実でなければならないので、それを正当化するときに銀行システムの特定の事実に訴えることはできません。特に、貯蓄や投資に関する人々の決定が金利とは何の関係もない世界では、アイデンティティが保持されなければなりません。経済学の専門家にとって、この分野で非常に著名な人がそのような基本的な誤りを犯す可能性があることは恥ずかしいことではありません。

経済学者は、人々が感情を持っているため、マクロ経済学は難しいと主張することがあります。主要な研究者が一般に公開している教科書に初歩的な誤りを犯した場合、どの分野も困難になるだろうと私は主張します。マクロ経済学者が使用する複雑なモデルを、そのようなモデルの主要な支持者が基本的な会計を正しく理解することさえできないのに、なぜ誰かが信頼する必要があるのでしょうか。基本的なレベルで単に間違っている資料を読んだ後は意味がないので、毎年何千人もの学生が経済学をあきらめていると確信しています。


445 第5章 雇用政策

一九四五年の初頭、ケインズは戦後雇用政策のある特殊な側面にいっそう関与するようになった。戦後資本課税にかんす

る文書の作成を求めるアトリー氏の要請、ならびに戦後の国債利子負担の軽減に利用できる方策についていっそう幅広い調査

を要請するジェームズ·ミードの示唆の結果として、政府は一九四五年一月に国債調査委員会を設立した。委員はサー.エド

ワード·アリッジズ(議長)、サーリチャード·ホプキンズ、サー.ハーバート·プリテイン、サー.コーネリアス·グレ

ッグ、ポール。チェンバーズ、ジェームズ。ミード、ロビンズ教授、それにケインズであった。

一九四五年三月八日、二二日、および二七日に開かれた同委員会の第二~第四回会合で、ケインズは貯蓄と投資の関係およ

び利子率構造の変化の性質と効果にかんする彼の理論、ならびに戦後の利子率政策と国債管理政策にかんする彼の提案につ

て説明を行なった。これらの会合||その議事要録も残っている|のために、ケインズはその説明の基礎として一連の手書

きの覚書を用いた。


    国債調査委員会~ケインズ卿の覚書


 利子率が貯藩と投資の均衡を決定する。人々がより進んで貯蓄するようになり、そしてそれゆえ進んで低い利子率

を受け入れるようになるならば、それに対応した投資の増加が生じる。それゆえ貯蓄意欲の増大はより多くの投資を

引き起こすし、より多くの投資にとって不可欠のものである。ここに貯蓄の美徳がある。これにたいする疑問は次の


スタンリー·ポール·チェンバーズ(1九〇四年生)。一九三五~六年、インド所得税調査委員会委員。一九三七~四○年、イ

ンド政府所得税顧聞。一九四二~五年、内国税収入庁課長兼統計情報局長。一九四二~七年、内国税収入庁長官。一九四五~七

年、ドイツ管理委員会イギリス代表部財務部長。一九四七年、ICI社 (Imperial Chemical Industries)取締役。



2部 国内政策

446

389


諸点に起因する。

 (a) それは事実に合致していない。というのは、この場合、摩擦的および季節的失業とは異なる一般的な失業はけ

っして存在していないからである。すなわち、提供しようとする仕事はつねに十分にあるからである。というのは、

それは稼得されたものは何であれ、全体としての事業がその費用をつねにカバーするように支出されたことを意味す

るからである(ここで微妙な点を説明するために立ちどまることはしない)。

 (b) あらゆる投資率でS=Iというのは論理的にみてまったくナンセンスである。YはC+SまたはC+Iとして

定義できる。SとIは同一現象の正反対の面である。それらは均衡するのに利子率を必要とはしない。というのは、

それらはあらゆるときにあらゆる条件のもとで均衡するからである。

 これは意思決定が異なる人々によってなされるがゆえに生じるパラドックスである。彼らが同じ結果に導かれるメ

カニズムとはどのようなものであるのか。

 貯著額は所得の関数であり、所得額は生産量、すなわち消費量プラス投資量によって決定される。それゆえ、もし

投資が低下すれば、すなわち産出物のうち消費されない部分が低下すれば、所得が低下し、それゆえ貯蓄が低下し、

つねにわずかな額に至るまで正確に同額だけ低下する。

 さて、この意味の反対側をみてみよう。貯蓄が投資を決定するのではなく、投資が貯蓄を決定する~~実際にはこ

れは単純にすぎるかもしれないが~~という方がずっと真実に近い。

 戦争状況がこのことを明らかにしている。

 もしもこれが事実であるとすれば、可能な限度をこえる投資および消費にはどのようなブレーキがかかるのであろ

うか






Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics (English Edition) 2007th 版, Kindle版 


Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics

前表紙



Keynes's General Theory, the Rate of Interest and Keynesian' Economics
作成者: G. Tily · 2016
38 ページを
プレビュー
プレビュー
書籍内を検索
小口好昭論考2017


 マクロ会計発展における2 大潮流 ――ケンブリッジ学派とオスロ学派――利用統計を見る

File / NameLicense
本文を見る
   本文を見る   (1.95MB) [ 89 downloads ]
OAI-PMHBIBTEXSWRCWEKO EXPORTPRINT PREVIEW
アイテムタイプ紀要論文 / Departmental Bulletin Paper
言語日本語
キーワードケインズ, ケインズ革命, 戦費調達論, ストーン, フリッシュ, オークルスト, マクロ会計, 国民経済計算, エコサーク, 公理, ケンブリッジ学派, オスロ学派
著者小口 好昭   /  コグチ ヨシアキ 
著者別名(英)Yoshiaki KOGUCHI 
抄録 マクロ会計は,1940年から41年にかけてイギリスのケンブリッジ学派によって形成されたことを明らかにした。本稿は,これを会計学におけるケインズ革命と呼んでいる。同学派は,ケインズに始まりストーンに継承されて,マクロ会計の国際基準化に大きな貢献を果たした。ケンブリッジ学派については,ティリー(Tily, 2009)によるマクロ会計発展3 段階説と,アメリカ・ケインジアンであるパティンキン(Patinkin, 1976)の統計革命先行説を取り上げる。他方,フリッシュからオークルストに継承されたオスロ学派については,Aukrust(1994)のスカンジナビアにおけるマクロ会計発展5 段階説に依拠しながら,マクロ会計の公理化という独自の理論を生みだしたことを強調した。最後に,現代会計学は,両学派からミクロ会計とマクロ会計の同型性論という視点を継承し,さまざまな会計イノベーションを起こしつつあることを指摘した。 
雑誌名中央大学経済研究所年報
49
ページ75 - 110
発行年2017-10-10
出版者中央大学経済研究所 
ISSN0285-9718 
権利この資料の著作権は、資料の著作者または学校法人中央大学に帰属します。著作権法が定める私的利用・引用を超える使用を希望される場合には、掲載誌発行部局へお問い合わせください。 


ティリイの論文(Tily,  2009)は,1895年から1941年までの短期間におけるイギリスでのマクロ会計の発展を対象にして,この期間を第1期(1895年-1930年),第2期(1930年-1940年)そして第3期(1940年-1941年)の3つの発展段階に区分している。このような短期間を議論の対象とした理由は,マクロ会計の生成発展に対するケインズの貢献に焦点を絞ったためである。この論文を執筆当時,イギリスの大蔵省に勤務するエコノミストであったティリイは,ケインズがマクロ会計の発展に本質的な貢献をしたにもかかわらず,Studenski(1958)や Vanoli(2005)を含めて,ほとんどのマクロ会計史が彼の貢献を低評価し,あるいは誤解をしていると批判している。このような従来のケインズ評価をティリイは俗説(conventional  wisdom)と呼び,これを覆して正当なケインズ評価を復活させることが彼の論文の目的である。本稿は,第3期に重点を置くため,第1期と第2期は簡単に触れるにとどめる。ティリイは第1期(1895-1930)を,ボウレイの論文(Bowley,  1895)の公刊に始まり,フラックスの論文(Flux,  1929)の公刊によって終了する時期としている。この時期には,ボウレイとフラックスの他にスタンプ(Stamp,  J.  C.)が加わって,相互に論争を繰り返しながら国民所得測定の理論面と実践面における発展を促したのである。これら3者のうち,前2者は経済学におけるケンブリッジ学派の創始者であるマーシャル(Marshal,  A.)の下で経済学と統計学を学び,スタンプはボウレイの指導で経済学を学んだ。したがって,この期における国民所得測定は,マーシャルの国民所得あるいは国民分配分(national dividend)の概念に基づいていた。ティリイはこの期における最も重要な発展は,課税資料に基づく所得推計に加えて,1907年に開始された生産センサス(Census  of  Production)が制度化されたことによって生産面からの推計が開始されたことを挙げている。第1期の最後の業績を画するFlux(1929)は,生産センサスに基づいて1907年と1924年のイギリスの国民所得を推計している。このことからTily(2009,  p.  334)は,第1期の特徴として,①  マーシャル経済学が理論的基礎になったこと,②  ボウレイ,フラックス,スタンプの3者が切磋琢磨して実践面の進歩をもたらしたこと,そして  ③  賃金,人口,課税資料に加えて,生産センサスが開始されて制度面での新しい整備がなされたことの3点を挙げている。第2期(1930年-1940年)は,もっぱらコーリン・クラーク(Clark,  C.)が国民所得推計に貢献した時期として区分されており,Clark(1932)『国民所得1924-31』の公刊によって始まり,Clark(1937)『国民所得と国民支出』の刊行をもって終わる。Clark(1932)は,

国民所得の推計にあたって,従来の課税データに基づく所得法に加えて支出法による推計をおこない,生産・分配・支出の三面等価による最初の推計をおこなった。さらに,ケインズが『貨幣論』で定式化した基本方程式の定義と標記法に従って国民所得の分析と測定をおこなった。Clark(1937)は,国民所得推計に関するクラークの文字通りの集大成であり,彼の最も重要な業績といえる。彼は,「ピグー(Pigou,  A.  C.)教授の『厚生経済学』は,経済学研究の全目的を最も明確かつ簡潔に表現している(Clark,  1937,  p.  1)」と述べ,ピグーの厚生経済学に完全に賛同している。クラークは,ピグーの国民分配分は経済的厚生を客観的に測定する概念であると評価して,国民所得の三面等価に基づく四半期別推計,名目値と実質値による推計,一人あたり実質所得の長期推計,さらには所得分配の分析をおこなうなど,イギリスにおける国民所得研究と統計の整備に文字通り精進したのである。
 他方,Clark(1932,  pp.  vi-vii)は,イギリスの公式統計が極めて貧弱で恥ずべき状況にあると厳しく批判している。すなわち,産業分類が政府の部署ごとに異なるばかりか,分類自体が古色蒼然としており,公表が遅く,政府機関が相互利用をまったく考えておらず,さらには産業界が利益情報の提供を拒んでいることなどである。クラークは,こうした状況を改善するために政府省庁間の連携構築と国民所得推計に関わる政府機関の設置を主張していたが,このような状況は数年後も変わっておらず,Clark (1937,  pp.  v-vii)でも再び公式統計の不備を厳しく批判している。加えて,イギリスでの経済学関連へ公的補助は乏しい上に理論研究に偏重しており,国民所得推計のような実践的分野への補助が貧困で,クラークは同書を執筆するための研究をほとんど私費で実施せざるを得なかったと不満を述べている。 
 クラークは,1937年の著書を出版して間もなくオーストラリアに移住し,国民所得推計に関する研仕事を終了した。Tily(2009,  p.  347)は,この時をもってイギリスにおけるマクロ会計発展の第2期が終わったとしている。 第 3 期(1940年-1941年)が,国民所得推計からマクロ会計へのパラダイム転換が起こった時期であり,ケインズ,ミード,ストーンの時代である。1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると,ケインズは『戦費調達論―大蔵大臣に対するラディカルな提案』(How  to  Pay for  the  War,  1940)を執筆し,イギリス政府に戦費調達策を建議した。『戦費調達論』は,わずか90ページ余りの時論であるが,この小冊子がマクロ会計の理論的基礎を築き,ミードそしてストーンがその理論を継承して勘定体系を作り上げ,それまでの国民所得推計からマクロ会計への革命的転換をもたらしたのである。マクロ会計におけるケンブリッジ学派の形成である。 
 マクロ経済学の創始となったケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論(Keynes, 1936)』は,第一次世界大戦後の1920年代後半から30年代前半にかけて全世界を襲った大恐

慌を克服するために,その発生メカニズムの分析と不況克服の理論を展開し経済学に「ケインズ革命(Keynesian  revolution)をもたらした。ところが,第二次世界大戦の戦時経済は需要不足ではなく超過需要が問題になる。戦時経済においては完全雇用が達成され,さらに就業時間が延長されるために個人所得は増加し消費支出は増大する。他方,消費財の生産から軍需物資の生産へと資源配分がおこなわれるために,増加した所得がますます希少になってゆく消費財にむかうことになる。その結果はインフレーションである。ケインズは,デフレーションもインフレーションも社会に大きな打撃を与えるが,富の生産を妨げ失業の苦痛を生みだす点においてデフレーションの方がインフレーションよりも悪質であり,他方,所得分配の不公平を高め階級間の所得格差を激しくする点においては,インフレーションの方がデフレーションよりも悪質であると考えている6)。そのため『戦費調達論』において,イギリス政府がインフレーションを引き起こすことなく必要な戦費を調達するためには,増税や価格統制,配給制といったミクロ政策ではなく,「支払繰延(deferred  pay)」あるいは「強制貯蓄(compulsory  saving)」による総需要抑制策というマクロ政策をとるべきであると提言し,その実現にむけて精力的に活動した。『戦費調達論』は,『一般理論』で展開した有効需要の理論が,デフレーションのみならずインフレーション回避にも適用できる理論であることを示した,初めての『一般理論』実践の書である。『戦費調達論』に基づく総需要管理政策を実施するためには,国民所得,所得階層別の所得分布,民間消費と貯蓄,民間投資,政府財政収支などの総供給と総需要の均衡を表すケインズ等式の集計概念を正確に測定する必要がある。ところが,クラークがすでに批判したように,当時のイギリスの公的統計は極めて貧弱であった。ケインズは『戦費調達論』における提言を4月23日に公表される政府の次期予算に反映させるために,1940年3月末に政府内外に配布した私的文書『国家資源予算』の中で,当時の政府統計を次のように批判している。

「以下の分析方法は,一部分は論理的であり一部分は統計的である。私は統計よりも論理を信頼している。統計の大部分は当てずっぽう(guess-work)に過ぎない。恐らく政府機関の職員は私が利用する統計を改善することができるはずである。(少なくとも彼らができることを望む。もしそれができないようであれば職務怠慢である。)ただし,改善にあたっては,この表が貸借対照表であることを忘れないでほしい。ある数字が変われば,この表の貸借が一致するように他の数字も変わるということが,この分析方法の論理なのである。注意深く考えればわかることだが,この分析方法は,統計を首6) 

 たとえば,Keynes(1923)。

尾一貫した枠組みの中にしっかりと組み込ませるという長所を持っている(Keynes, 1940b, p. 124)。」7)

 ケインズが当時のイギリスにおける統計をいかに信用していなかったかが窺える。『戦費調達論』はClark(1937)の推計に依存しているが,それすらも必ずしも信用していたわけではなかった。彼は,ロスバース(Rothbarth,  E.)という当時27歳のドイツ人難民の研究者を統計助手として採用し,クラークの推計に修正を加えて使用したのである。 他方,上記の引用における「この分析方法」とは,クラークまでの国民所得推計に会計方式を適用したマクロ会計を意味している。ケインズは,『戦費調達論』では勘定体系を利用していないが,自らの理論を政策に応用する際に必要となる情報システムを形成するためには,会計アプローチが有効であることを認識していたといえる。『一般理論』における一群の方程式は,会計方式と不可分なのである。たとえば,国民所得をY,  消費をC,投資をIで表せば,Y=C+Iはケインズ経済学の最も基本的な所得と支出の関係を表している。この方程式は,所得のうち消費されない部分を投資と定義している。したがって,Yが増減すれば必ずそれと同額だけ右辺のいずれかが増減しなければならない。Cを増やすためにはI を減らすかYを増やさなければならないことを意味している。まさに,貸借対照表における貸借均等関係を表している。 ケインズは『戦費調達論』で所得統計を大いに利用し,ロスバーストと共に既存の統計を改善し,さらには政府に公的統計の整備を強く訴え続けた。Tily(2009,  p.  332)は,「戦時の古典的業績である『戦費調達論』において,ケインズは国民会計の形成に直接関与することになり,発展の第3期が始まった」と評している。この第3期は,後述するように,ミードとストーンによって完結させられるのである。 ティリイが指摘する,マクロ会計の発展に対するケインズの貢献を要約すれば次のようである。1   .Clark(1937)の推計を基礎にして,経済統計を先例がないほど利用した。ケインズは,国民所得統計の積極的な利用者であり,公式統計整備の推進者であり,その信頼性を向上させるために絶えず尽力していた。それだけではなく,統計の作成にも関わっていた。2   .家計への課税によって政府支出の調達財源を推計するために,初めて「民間」と「政府」という「制度部門別分類」を導入した。7)  引用文中における表とは,Keynes(1940b)が挙げている3つの表を指しており,それらは所得と消費,財政収支等を勘定形式で示している。

3 .政府最終消費支出を初めて推計した。第49号4   .現在のSNAに継承されている要素費用表示の国内総生産(GDP)に相当する所得を推計した。5   .乗数理論が最終需要項目別のデータを必要としたことによって,この方面の統計整備に刺激を与えた。乗数理論と『戦費調達論』は,マクロ会計形成の礎石であるにもかかわらず,ほとんど無視されている。その反面,マクロ会計は  計量経済学モデルへのデータ源として開発されたのであり,ケインズ経済学がそれを促進したという誤った見解が通説となっている。事実はまったく逆であり,ケインズは計量経済モデルに批判的であった。

2-2 高まる『戦費調達論』評価

『戦費調達論』は『一般理論』のような理論書ではなく時論に関するパンフレットであったためか,経済学では重要な業績とは見なされていないようである。そのため,膨大な蓄積があるケインズ研究においても取り上げられることはまれである。また,『一般理論』についても国民所得や貯蓄,投資に関する定義を論じた部分は軽視されてきた。たとえばケインズ理論の解説書として定評があったハンセンの『ケインズ経済学入門』は,次のように記述している。

「所得に関する節は『一般理論』の理解にとって大きな重要性を持つものではなく,もし学生諸君がそう欲するならば省略してもまったく差し支えない。……他方『国民所得』という概念は1936年以来大きな発展を経てきているという事実に注意を喚起することが大切である……ケインズが『一般理論』を書いていた当時,これらのことがらに関する思考はまだまだ近年におけるほどには進歩していなかった(Hansen,  1953,  p.  54,大石訳79ページ)。」

このような状況は,ケインズ自身(Keynes,  1936,  p.  37)が第二編に含まれる4つの章について,それらは

「本題からそれる性質のものであり,しばらく主題の研究を中断することになる。」

と述べていることが原因かもしれない。しかし,ケインズは,続けて次のようにも述べている。
「本書の執筆を最も遅らせた3つの難問があった。……そして第3の難問は,所得の定義である。」

ハンセンが述べているように,1930年代中頃にはまだ国民所得等の定義は定まっておらず,ケインズが必要とする統計も存在しなかったことになる。ケインズは,理論のための理論家ではなく政策志向の理論家であった。『一般理論』を実践に活かすためには,国民所得の定義とその測定方法の研究が不可欠であることを十分に知っていたに違いない。ハンセンがいうように,大きな重要性を持つものではないどころか,ケインズ理論が政策科学として現実に適用できるかどうかの鍵となる部分である。それゆえ,『戦費調達論』は,国民所得の定義とその測定という複雑な問題にケインズ自身が真剣に取り組んだ著作であり,『一般理論』を初めて実践に活かすための書であった。ケインズ






Hansen,  A.  H.  (1953),  A  guide  to  Keynes,  McGraw-Hill(大石泰彦訳,1956,『ケインズ経済学入門』創元新社)


ケインズ経済学入門 (現代社会科学叢書) 単行本 – 1986/1/1 


Keynes, J. M. (1923), “Social Consequences of Changes in the Value of Money” (The Collected Writings of  John  Maynard  Keynes,  Vol.IX,  Essays  in  Persuasion,    Macmillan,  1972,  pp.  59-75.  山岡洋一訳,2010,『ケインズ説得論集』日本経済新聞出版社,6-28ページ). Keynes,  J.  M.  (1936),  The  General  Theory  of  Employment,  Interest  and  Money  (The  Collected  Writings of  John  Maynard  Keynes,  Vol.VII,  Macmillan,  1973.  塩野谷祐一訳,1983,『雇用利子および貨幣の一般理論』ケインズ全集第7巻,東洋経済新報社). Keynes,  J.  M.  (1940a),  How  to  Pay  for  the  War,  Macmillan(宮崎義一訳,1981,『戦費調達論』ケインズ全集第9巻,東洋経済新報社).Keynes,  J.  M.  (1940b),  “The  Budget  of  National  Resources,”in  Moggridge,  D.(ed.),  The  Collected Writing  of  John  Maynard  Keynes,  Vol.  XXII,  Activities  1939-1945,  Internal  War  Finance, Macmillan, pp. 124-132. Keynes,  J.  M.  (1940c),  “The  Concept  of  National  Income:  A  Supplementary  Note,”  Economic  Journal, Vol. 50, No. 197, pp. 60-65. Keynes,  J.  M.  (1978),  The  Collected  Writings  of  John  Maynard  Keynes,  Vol.  XXII,  Activities  19391945, Internal War Finance, Moggridge, D. (ed), Macmillan. Keynes,  J.  M.  and  E.  Rothbarth  (1939),  “The  Income  and  Fiscal  Potential  of  Great  Britain,”  Economic Journal, Vol. 49, No. 196, pp. 626-639.

Tily,  G.  (2009),  “John  Maynard  Keynes  and  the  Development  of  National  Accounts  in  Britain,  18951941,” The Review of Income and Wealth, Series 55, No. 2, pp. 331-359.



国際常平倉計画に繋がる


一般理論

75


 銀行体系の行う信用創造は相応の「純正貯蓄」がなくとも投資を生ぜしめるという発想は、ただひとえに、銀行信用の拡張がもたらす結果の一つだけを切り離して、他の諸結果を無視するところから生じる。企業者に対して銀行信用の追加供与がなされ、そのことによりそれがなければ行われなかったはずの当期投資への追加が可能になるとしたら、その結果、所得は必ず増加し、それもふつうは、増加した投資率を上回る率で増加するであろう。そればかりか完全雇用状態にある場合を除くと、貨幣所得とならんで実質所得も増加するであろう。大衆は増加した彼らの所得を貯蓄と〔消費〕支出にどのような割合で振り分けるかについて「自由選択」を行う。そのさい、投資を増やすために借入れを行った企業者の意図が、大衆が貯蓄を増やそうとするより速い速度で実現するのは(その投資がどのみち起こったはずの他の企業者の投資の肩代わりである場合を除けば)*不可能である。さらにいえば、大衆のこの決意によって生じる貯蓄は他のいかなる貯蓄とも同様に純正のものである。誰も新たな銀行信用に対応する追加貨幣を無理やりもたされることはない。彼はみずからの意志で、富の他の形態でなく、より多くの貨幣でもとうと決める。だが、雇用、所得、および物価は、新たな状況の下で誰かある人が追加貨幣をみずから進んで保有したいと思うように変化せざるをえないのである。なるほど、ある方面における投資の思いもよらない増加は総貯蓄率を不規則にし、十分に予見できたなら起こりえなかったはずの〔別の〕投資を惹起するかもしれない。あるいは銀行信用の供与は次の三つの傾向を引き起こすこともあろう。(一)産出量の増加、(二)賃金単位表示の限界生産物価値の上昇(収穫逓減の条件下では、必ず産出量の増加にともなって起こる)、(三)貨幣表示での賃金単位の上昇(雇用が改善するとそれにともなってしばしばこのようなことが起こる)。しかもこれらの傾向は異なる集団間の実質所得の分配に影響を及ぼすこともあるかもしれない。だが、こうしたことは産出量が増加している状態そのものの特徴であって、産出量増加の糸口が銀行信用の拡張以外の要因によって付けられたとしても全く同様に起こりうることである。このような傾向を回避しようとしたら、雇用を改善しうるいっさいの行動方針を手控えなければならない。しかし、上述したことの多くはこれから論じようとする議論の帰結を早々に先取りしている。  

 こうしてみると、貯蓄は必ず投資をともなうという旧来の見解は、不完全で誤解を招くおそれがあるとはいえ、論理形式面で見ると、*投資がなくとも貯蓄はありうる、あるいは「純正」貯蓄がなくても投資はありうるとする新式の見解よりはよほどまっとうである。誤りは、そこからさらに進んで、個々人が貯蓄を行うと、総投資をそれと同額増加させるという、まことしやかな推論を行うところにある。なるほど個人が貯蓄を行うと彼が自分の富を増加させるのは確かである。しかし、彼はさらに全体の富をも増加させるという結論は、個人の貯蓄行為が他の誰かの貯蓄に、したがって他の誰かの富に影響を与える可能性のあることを閑却している。  

 貯蓄と投資が恒等的に等しくなること、そして個人が彼または他の人々がどれほど投資するかにかかわりなく自分の思うがままの額を貯蓄する明白な「自由意志」を有していること、この二つが矛盾しないのは、本質的には、貯蓄が支出と同様、二面性をもつものだからである。つまり、彼自身の貯蓄額が彼自身の所得に目立って影響を及ぼすとは考えにくいが、彼の消費額は他の人々の所得に影響を及ぼす、だからすべての個人が所定額の貯蓄を同時に行うのは不可能なのである。消費を減らして貯蓄を増やそうといくらがんばってみても、そのような企図は人々の所得に影響を及ぼし、その結果、その企図は必ず挫折せざるをえないだろう。むろん、社会全体として貯蓄を当期の投資額より少なくするのも同様に不可能である。なぜなら、そうした企図は、人々の望む貯蓄の総額が投資額に等しくなるところまで所得を引き上げずにはおかないからである。  

 上述したことは、人は誰でも保有する貨幣量を好きなときに変更する自由をもつが、個人残高を総計すると、その総額は必然的に銀行体系が創造した通貨量とぴたり一致するという命題自由と必然を調和させる命題とうり二つである。この後者の場合、両者の均等は、人々が保有したいと思う貨幣量は彼らの所得や諸資産(主として証券類)それらの購入は貨幣保有の自然な代替となるの価格から独立ではないという事実によってもたらされる。要するに、所得と資産価格が変化して、ついには、それらの新たな水準で個々人が保有したいと思う貨幣量の総額が銀行体系が創造した貨幣量に必然的に等しくなるのである。これこそまさに*貨幣理論の根本命題にほかならない。  

 これら二つの命題は、売り手なくして買い手なし、買い手なくして売り手なし、という単純な事実から導出されたものである。一人の個人であれば、市場全体で見たその取引額は小さいから、需要は一面的な取引ではないという事実を彼が無視してもなんら問題はない。しかし総需要を問題にする段になってそれを無視するのは無茶である。この点は、集合的な経済行動の理論と個々の単位の経済行動の理論そこでは個々人の需要の変化は彼の所得に影響を及ぼすことはないと想定することができるとの決定的な違いである。



0 件のコメント:

コメントを投稿