2020年5月31日日曜日

自然免疫機構とノーベル賞


381 考える名無しさん[] 2020/05/21(木) 17:05:20.10 ID:0 
2人のノーベル賞有力候補が失われた時 

http://blog.livedoor.jp/akinaka0629/archives/50874835.html ★


409 考える名無しさん[sage] 2020/05/23(土) 01:50:49.58 ID:0 
生物がウイルスや細菌などから体を守る免疫機構。大きく分けて「自然免疫」と「獲得免疫」がある。
病原体が侵入すると,まず自然免疫が働く。人間にも,昆虫など下等な生物にもある仕組みだ。
白血球の一種であるマクロファージ(貪食細胞)や樹状細胞などが病原体をのみ込んで分解する。
 数日から1週間後に働くのが獲得免疫で,哺乳類などの脊椎動物にしかない。
獲得免疫は病原体を個別に記憶し,それぞれ専門の免疫細胞が抗体を出して外敵を撃退する。

例えば麻疹や水疱瘡(みずぼうそう)などに2回かかることがほとんどないのは獲得免疫のおかげだ。
ワクチン接種は無毒化した病原体の一部を使って,獲得免疫系に敵を教えることで,
即座に対応して病気を防げるようにする。
 この獲得免疫の仕組みは研究者の関心を集め,長い間,研究の中心になってきた。
1987年のノーベル生理学・医学賞を受けた利根川進(理化学研究所脳科学総合研究センター長)の
「抗体遺伝子の再編成の研究」も獲得免疫がテーマだった。
これに対し,自然免疫は病原体も細胞のかけらも見境なく食べてしまう原始的な免疫機構とされ,
研究者の関心は薄かった。免疫学の教科書の中には「自然免疫は免疫機構ではない」
という記述もあったくらいだ。

 この常識を覆したのが審良だった。
審良は,原始的とされた自然免疫機構が病原体の種類を見分けるセンサーを持ち,
獲得免疫を担う細胞に指令を出して攻撃させていることを突き止めた。
マクロファージはセンサーによって戦う相手を見極めると,
即座に情報伝達分子(サイトカイン)を出して仲間の免疫細胞に指令を送り,
病原体との戦いを始める。
ただ病原体を丸のみするだけだと思われてきたマクロファージが
免疫機構の司令塔の役割を果たすことがわかり,世界が注目する研究分野になった。
http://www.nikkei-science.com/201111_040.html

410 考える名無しさん[sage] 2020/05/23(土) 19:58:58.20 ID:0 
21世紀に入って阪大の審良静男の自然免疫研究による
免疫学のコペルニクス的転回があったことについて
感染症学会関係者が無知だった故に起きた過剰自粛だったということか?

阪大の宮坂昌之やインターロイキン6で知られる阪大元総長の平野敏夫が
BCGによる自然免疫強化説は21世紀に起こった
免疫学のコペルニクス的転回を背景に発言していたのはもはや明白ではあるが

411 考える名無しさん[sage] 2020/05/23(土) 20:06:37.77 ID:0 
>>381
本来なら2011年に審良静男がノーベル賞を受賞していなければいけなかったのだが

審良静男がノーベル賞を受賞していれば
免疫学のコペルニクス的転回について
日本でも広く知られていたかもしれない

412 考える名無しさん[sage] 2020/05/23(土) 20:10:43.22 ID:0 
>>410
訂正

21世紀に入って阪大の審良静男の自然免疫研究による
免疫学のコペルニクス的転回があったことについて
感染症学会関係者などの無知故に起きた過剰自粛だったということなのだろうな

阪大の宮坂昌之やインターロイキン6で知られる阪大元総長の平野俊夫が
BCGによる自然免疫強化説について言及したのは
21世紀に起こった免疫学のコペルニクス的転回を
背景に発言していたのはもはや明白ではあるが

2人のノーベル賞有力候補が失われた時

  ノーベル賞の季節が終わろうとしています。この数年続いていた自然科学系分野での日本人の受賞はなく、今年は一休みというところ。そこで今回のブログでは、ノーベル賞をめぐる少し無念なエピソードをお知らせすることにいたしましょう。

  その事件が起きたのは2011年の秋。スウェーデンのカロリンスカ研究所はノーベル生理学・医学賞を米国のB・ボイトラー、フランスのJ・ホフマン、カナダのR・スタインマンの3人に授与すると発表しました。

  この年のノーベル賞の選考では人の体を病原体から守る免疫にスポットライトが当たりました。3人はいずれも免疫分野で頭抜けた成果をあげた研究者でした。

  しかし彼らの実績をよく知る人々には3人の顔ぶれに首をかしげました。なぜならボイトラーとホフマンは自然免疫が専門、一方、スタインマンは免疫細胞の一種の樹状細胞の発見者として知られる研究者からでした。

  自然免疫とは原始的な生物から高等生物まで、あらゆる生命体が生まれつき備えている先天的な免疫システムのことです。かたや樹状細胞はというと、生き物が生まれた後に後天的に身につける獲得免疫の範疇に入る免疫細胞のことです。

  つまりこの年の人選は「自然免疫二人と獲得免疫一人」といういささか変な組み合わせだったのでした。

  こうした「何か変だ」という思いは、発表から数時間もすると日本中で何十倍にも膨れ上がりました。実は、受賞者3人の陰で、大阪大学の審良静男教授が選から漏れていることが日本中に知れ渡ったからでした。

  審良は自然免疫の分野で世界のトップ3に数えられていた研究者で、自然免疫がノーベル賞の選考テーマとなった年には、ほぼ間違いなく賞を取るとみられていた日本のホープでした。


 ノーベル賞は最大3人まで受賞できます。ですからカロリンスカ研究所が理性的に、また常識的に、対処するなら、この年のノーベル生理学・医学賞は自然免疫の研究者3人で決まりです。分野がやや異なるスタインマンには次の機会を待っていただく、とすべきところでした。


  ではなぜ、こうした“常識”は覆されたのでしょうか。実はスタインマンは膵臓がんにかかり、自らが発見した樹状細胞を使った樹状細胞療法(免疫療法の一種)でがんと戦っていることが、この時期、学界で知れ渡っていました。

  

 しかし余命はそう長くはありません。そんな事情を察知したノーベル賞選考委員会の面々が、スタインマンに賞を与えるべく情緒的なふるまいをした。その結果、日本の審良が割を食ってしまった--私は、当事こうした噂を耳にしました。


  いささか脱線すると、実はスタインマンはノーベル賞の発表より3日前に他界していました。死んだ人にはノーベル賞は授与されません。

  でも、カロリンスカ研究所は「選考時には彼の死は明らかになっていなかった」と”大人の知恵”を発揮して、「ノーベル賞をスタインマンに授与する」との判断は変更しないことにしたのでした。旅路のはなむけというところでしょうか。

  話はこれだけにとどまりません。スタインマンへのノーベル賞授与はさらなる歪みを生み出しました。

  スタインマンを性急にノーベル賞の3枠に“押し込んだ”結果、カロリンスカ研究所は、彼と同等以上に樹状細胞の研究で優れた成果をあげていた日本の稲葉カヨの受賞機会を奪ってしまったのでした。

  彼女は京都大学教授でスタインマンの共同研究者。樹状細胞は体の外からやってきた病原体を捕まえて、仲間の免疫細胞に「こいつが侵入者だ」と見せに行く「抗原提示」という重要な機能を持つ細胞です。そして、その働きを見いだし筆頭著者として研究論文を書き上げたのが稲葉だったのでした。

  もしカロリンスカ研究所がどうしてもスタインマンを称賛したいのなら2011年は彼と稲葉にノーベル賞を与え、自然免疫というテーマは温存すべきでした。そうすれば数年後にチャンスがまわってきた時、審良を含む自然免疫のトップ3の研究者は順当にノーベル賞を受賞できたことでしょう。

  2011年秋、私たち日本人は2人のノーベル賞受賞有力候補を一気に失っていました。ノーベル賞の持つ過酷な一面といえるでしょう。



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