2021年1月31日日曜日

13歳の疑問に経済学者のまさかの回答「政府は好きなだけお金を刷っていいの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース

13歳の疑問に経済学者のまさかの回答「政府は好きなだけお金を刷っていいの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース

13歳の疑問に経済学者のまさかの回答「政府は好きなだけお金を刷っていいの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」

クーリエ・ジャポン

大学無料も可能?MMT(現代貨幣理論)って?

13歳の疑問に経済学者のまさかの回答「政府は好きなだけお金を刷っていいの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」

Illustration: sesame / Getty Image /

英ブリストル在住の13歳、エイミーの質問: 「政府は必要な時にいくらでもお金を刷れるの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」 「政府(及び中央銀行)は、お金を刷ってその量を増やして、病院や学校など(資金不足に陥っている)公共サービスに直接お金を渡した方が良いのでは? その方がきっと簡単だし、問題改善につながって良いのではないかと思うのですが…」 エイミーは「お父さんに聞いてみたけれど、分からないと言われたので、投稿しました」と、米メディア「NPR」の番組「プラネット・マネー」に語っている。この素朴な疑問に対し、同番組は経済学者MMT(現代貨幣理論)の主唱者の一人であるステファニー・ケルトン教授を招き、下記のように回答している。 MMTとは、マクロ経済学理論の一つだと言われており、近年注目を集めている。きっかけは、グリーン・ニューディールや、多額の学生ローンを背負った若者の救済を訴える米国民主党左派のアンドレア・オカシオ・コルテス(AOC)下院議員ら支持したことが大きい。 通常、困窮する市民を救済するとなると、「その財源はあるのか、確保できるのか」が議論になりがちだが、MMTは、大雑把に言えば「インフレにならない限り、政府は必要なだけにお金を刷って使ってよし。財政赤字に悪影響はない」、「もしインフレになったら、税金を増やせば良い」との考えを示している。 さて、ケルトン教授によれば、前述のエイミーの問いには、大きく以下の3つの疑問が含まれているという。

①政府は好きなだけお金を作る(刷る)ことができるのか?

ケルトン教授の答え: 政府が扱うお金とは、概ねキーボードでコンピューター上に打ち込むものに他ならない。例えば、空母が必要だとすれば、空母を作る人たちにお金を打ち込むだけで、その金額分のお金をいちいち刷っているわけではない。 なので、この質問は「政府は欲しいものを買う余裕があるのか」と言い換えることができ、それに対する答えは「イエス」。他にも、 ・これから1000本の橋を作る余裕はあるのか? ──イエス ・国民の大学費用を無料にする余裕はあるのか? ──イエス ただし、この理論は「自国の通貨を管理している政府にのみ適用され、別の通貨で借りている国では機能しない」と話す。つまり、アメリカやイギリス、日本では適用できるが、ギリシャやベネズエラではできない。なぜなら、前者はユーロを使い、後者は米ドルの借金を抱えているからだ。 実際、アメリカではコロナ対策として、これまでに総額約4兆ドルを費やしている。そんなお金が一体どこにあったのか(そもそもあるのか)、との声も少なくないが、その巨額な政府支出は、パンデミックの被害を受けた産業を支え、失業や収入減に苦しむ市民救済に当てられている。 この莫大な支出の影響で、昨年度の連邦政府の赤字は、「第二次世界大戦以降で、最大値になるだろう」と、米誌「カンバセーション」は述べているが、一体、政府は賄えるのだろうか。 一般的に、政府支出は税金、または借入金のいずれかによって賄われるものだ、と考えられているが、MMTの視点は異なる。税金を集めたり、お金を借りたりして「財源」を確保せずとも、政府は必要なだけお金を作って、使うことができると説く。 よって、このMMTの論理に従えば、莫大な支出を賄えるかどうかの答えは「イエス」、「インフレが確認されないのであれば、支出は続けて大丈夫」となる。

13歳の疑問に経済学者のまさかの回答「政府は好きなだけお金を刷っていいの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」

ケルトン教授の答え: 端的に言えば、「インフレのリスクを防ぐため」。市場に投下したお金の一部を取り除かなければ、インフレになる可能性がある。なので、その一部を取り除くために、政府は課税する。 いわば、課税や増税はあくまでもインフレ防止策であり、そのために必要なのだと、彼女は説く。 これと①の答えを合わせてエイミーの質問に答える形に言い換えば、「学校や病院など資金不足に陥っている公共サービスを改善するために増税する必要はない」。なぜなら、改善したければ、その「財源はほぼ無制限にあるのだから」というのが、MMT提唱者の考え方だ。 では、税金を回収してもインフレが起きてしまったらどうするのか。 彼女は「インフレが発生したら、それは政府が多額の支出をしている可能性があることを示しているので、そのいくらかを引き戻すために、すぐに税金を引き上げることで対処できる」という。ただし、これには「現実的ではない」との指摘や、反論も少なくない。なぜなら、増税には多くの場合、反対の声があり「すぐに増税」するのは現政治体制では難しいからだ。 だが、この反論に対し、MMT提唱者らは「インフレが起きたら(上院、政治家を挟まず)自動的に増税する」システムを導入するれば可能だと主張していると、NPRはいう。 他にも、MMTへの反論には、「政府が見境なしにお金を投入し続ければ、ジンバブエやベネズエラのようなハイパーインフレーションになるのでは」などがあるが、彼女は「ハイパーインフレーションはそう簡単には起きない」と返す。 17年に米政府が行った「1.5兆ドルの減税、3000億ドルの追加支出」を例に挙げ、「インフレになりましたか(ならなかったですよね)」と、NPRに語っており、また、米紙「ニューヨークタイムズ」には、90年代より「日本は巨額の財政赤字だがインフレも金利上昇も起こっていない」と、述べている。 ちなみに、前述の多額の新型コロナ救済処置(支出)がインフレを引き起こすか否かについては、「カンバセーション」がこう説明している。 救済金(支出)の多くは、パンデミックがなかった場合に、企業や労働者が得るはずだった収入をカバーするものとして使用されている。そのため、救済処置として発行したお金によって、物価の上昇(インフレ)は起きない。仮にもし、企業や労働者がコロナ禍でも通常通りの賃金・利益を得ており、そこに同等の救済金が発行されたとすれば、インフレが発生するかもしれない。

13歳の疑問に経済学者のまさかの回答「政府は好きなだけお金を刷っていいの?だとしたら、なぜ税金は必要なの?」

ケルトン教授の答え: 政府は、国の経済スピードリミットまで使うことができる。スピードリミットとは、その国の経済が、投下したお金をインフレが始まる前にどれだけ回収できるかを指す。なので、政府が考えるべきは、十分な財源があるかどうかではなく、自国の経済に投下資本を回収するのに十分な資源(人や設備、生産力)があるかどうかだ。 そもそも国の経済とは、「お金」だけの話ではなく、雇用や生産量などの話も関わってくる。そのため国が行う「課税と支出」、これは一般家庭の「収入と支出」とは、根本的に違うものだという。従って、「国のお金の流れについて考えるときは、日常レベルのお金とは違う見方をする必要がある」と、回答している。 国のお金は、個人の銀行残高や天資源のような「使い続ければいつか枯渇してしまうものではない」。それゆえ、「お金が十分にあるか否かよりも、お金に何をしてもらいたいのかを考えるのが重要だ」と、彼女はいう。 このMMT提唱者による回答にエミリーは満足していたが、前述の通りMMTにはバランスの概念を欠くなど弱点を指摘する声もあり、実用的な解決策かどうかについては、まだまだ疑問があるようだ。









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2021年1月30日土曜日

kelton2020/10/08 Stephanie Main V5 Student 1,2

Stephanie Main V5 Student 1 https://youtu.be/PZZkSCVnR30

Stephanie Main V5 Student 2
https://youtu.be/1hcvhl7RlXo

2020/10/08






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デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日) — 経済学101

デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日) — 経済学101
デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日) — 経済学101 

デイビッド・アンドルファット「カレツキの『完全雇用の政治的側面』について」(2020年2月6日)

Kalecki on the Political Aspects of Full Employment, Macro Mania, dated February 6, 2020

Sam Levey は、カレツキの1943年の論文「完全雇用の政治的側面(the political aspects of full employment)」を私に思い出させてくれた。これはとても興味深く、示唆に富む論文である。〔ここに〕批評を提供するほど十分に、私はその論文を楽しく読んだ。

Michal Kalecki 1899 – 1970

論文は、カレツキが呼ぶところの「完全雇用ドクトリン」を所与のものとして扱うところから始まる。基本的な考えとしては、民間部門は放っておくとケインズ的な総需要の失敗に陥るというものだ(ゲーム理論による解釈はこちらを参照)。このような自然発生的な「協働の失敗」に対する救済策は、民間需要が低迷し始めたときに実施する、または実施する用意ができている、政府の支出プログラムになる。

カレツキは1943年にはそのように主張して論文を始め、ドクトリンは経済学者の間で広く受け入れられた。ドクトリンは自明の理であるとカレツキが考えていたことは、明白のようだ。

だが、もしそうであるのなら、これには問題がある。もしそのドクトリンが自明の理ならば、なぜ反対する経済学者がまだいるのだろうか?そして、もしこの考えがそんなにわかりきったことならば、なぜこんなに多くの「大企業家たち」が受け入れるのを渋るのだろうか?カレツキが認めるように(原文324頁目)、この反応は簡単には説明できない。なんだかんだ言ってもやはり、不況はビジネスにとって悪いことであり、集合としてのビジネスは経済を完全雇用に回復させる如何なる介入をも歓迎すべきである。

カレツキの見解では、問題は政治的なものである。〔知見が〕十分ではないとしても、ドクトリンを否定する「経済の専門家」は彼ら自身の理論を信じているが、「頑冥不霊は通常、政治的な動機が内在していることを表している」とカレツキは述べている。カレツキはこの内在する政治的動機が何なのかはっきり述べていないが、これら「経済の専門家」は銀行業と産業に密接にかかわっていると言及している。しかし、もしそうであるならば、質問は、産業界にとって良いと分かっている介入を産業界のリーダーたちが阻止する動機はいったい何なのだろうかということになる。

カレツキは、以下の三つの理由をあげている。

1. 全雇用政策がないときは、〔民間企業の〕「信用状態("state of confidence")」が景気循環を生み出す。自由放任主義のもとでは、政府の政策を強力且つ間接的にコントロールするために、産業界のリーダーたちはこの事実を「説得力をもって」利用することができる。

2. 明らかに有益な公共部門の投資を支援することは、〔民間企業のビジネスを〕傾斜させる。政府は、民間企業と競争して、他の分野にも進出したいと考えるかもしれない。

3. 恒久的な完全雇用経済では、雇用者のためにある規律装置としての失業の脅威が消滅するこちらも参照)。また、上長の社会的地位が損なわれ、労働者階級の自己肯定感と階級意識が高まり、政治的不安定さを引き起こす。

これは何を意味するだろうか。さあ、私にはよくわからない。〔カレツキが挙げている〕第一の理由は、「ビジネスリーダーたち」は政治的権力を得るために不況の底を時折確かめようとすると主張している。この政治力がビジネスリーダーたちに何をもたらすかは、カレツキは実際には述べていない。それが何をもたらすにせよ、従来に近い方法でもっと安価に手に入れられないものかと私は疑問に思う。

第2の理由は、私には尤もらしく思えない。なぜ民間企業は自分たちの利益に直結するインフラ事業を支援しようとしないのか?例えば1956年の連邦道路法に対して、産業界の重大な反対があっただろうか?もしあったとしたら、プロジェクトが成功しすぎることを恐れて、政府が他の分野でもっと冒険的になることを助長する結果になるからだろうか?

第3の理由も、弱く思える。完全雇用のもとでは利益が高くなるが、「利益よりも『工場の規律』と『政治的安定』のほうがビジネスリーダーたちに評価される」とカレツキが述べてることは事実だ。まず、失業が規律装置になるという概念は、一定の低くとどまった失業率でなければ効かない(Shapiro and Stiglitz, AER 1984 "Equilibrium Unemployment as a Worker Discipline Device." 批判に対する著者たちの回答はこちらを参照)。10年におよぶ大恐慌が「労働者の規律 」のために支払う代価というのは、恐ろしく高いと思う。そして、政治的安定の促進については、大恐慌や大不況のような出来事は政治的不安定を促進すると理解されていると私は思う(カレツキも論文の中でそう言及している)。

まとめると、カレツキは素晴らしい問いをしている。トータルでは、不況がないほうが我々は物質的には暮らしが良くなる。少なくとも原則として、重大な経済不況をどう防ぐかは我々は知っている(ここでは、標準的な「ちょっとした」景気循環のことを言っているのではない)。だがもしそうなら、なぜオバマ政権の景気刺激策といった介入は、諸方面であれほどの苦い反対を受けたのだろうか?そのことについて言えば、TARP(金融部門を安定化するための「ベイルアウト」プログラム)も、特にメインストリート1 から、声高な反対に遭った。これは本当にすべて「モラルハザード」を懸念したからだろうか?

もしかしたら、それらの介入が、どれほど論文上で素晴らしく聞こえても、実際には不相応な人に所得を再分配するだけの方法なのではないかと疑われているのかもしれない。先日、NPRで政治評論家が経済的・政治的な交渉では「交渉役として席についていないなら、あなたはその場のカモ」と言っているのを耳にした。この場合に必要なのは交渉テーブルでのより良いプレゼンの仕方というのは、言うは易しだと私は思う。どうするのがいいだろうか?いろんな意見を私は聞きたい。

  1. 訳注:金融界ウォールストリートの対比語としての、実体経済。金融以外の一般市民が支えるビジネス。 []


マーク・ソーマ 「完全雇用の政治的側面」(2010年7月17日) — 経済学101

マーク・ソーマ 「完全雇用の政治的側面」(2010年7月17日)

●Mark Thoma, ““Political Aspects of Full Employment””(Economist’s View, July 17, 2010)


「時は巡る」といったところか。メールで教えてもらったのだが、カレツキ(Michal Kalecki)の1943年の論文の一部を以下に引用しておこう。

“Political Aspects of Full Employment”(「完全雇用の政治的側面」) by Political Quarterly, 1943:

【IV節】3. ・・・(略)・・・不況(スランプ)下においては、大衆からの要求もあって(あるいは、そのような要求がない場合でさえも)、大量失業の発生を防ぐことを意図して、国債を財源とした公共投資(市中からの借り入れを通じた財政出動)が試みられることだろう。しかしながら、スランプが去ってブーム(好景気)が到来した後もなお、高水準の雇用を保とうとして公共投資が続けられる(そのために国債の発行が続けられる)ようであれば、産業界のリーダー(経営陣)たちの間から強い反対の声が上がることだろう。1

・・・(中略)・・・

かような状況下では、大企業と金利生活者との間で強力な同盟関係が築かれる可能性があるし、「ブームが到来してもなお公共投資を続けるというのは、明らかに不健全だ」と公言して、彼ら(大企業と金利生活者)の後ろ盾となってくれるような経済学者も何人か出てくることだろう。公共投資の継続に抵抗する勢力(とりわけ、政府に対して強い影響力を持つ大企業)の圧力もあって、やがて政府は、十中八九の確率で、「財政赤字の削減」という伝統的な政策へと舵を切ることになるだろう。その結果として、再びスランプがやってくることだろう。・・・(略)・・・

このような政治的景気循環の発生は、単なる可能性の話にとどまるわけではない。1937~38年のアメリカで瓜二つの事態が起きているのだ。アメリカでは、1937年の下半期に入って、それまで続いていたブームが一気に冷え込むことになったが、その原因は、政府が財政赤字を急速に削減しようと試みたことに求められるのだ。・・・(略)・・・ [全文はこちら(pdf)]

  1. 訳注;この後に次のような文章が続く。「前にも指摘したように、完全雇用がいつまでも続くというのは、産業界のリーダーたちの好むところではない。というのも、完全雇用が当たり前の状況となると、労働者たちは〔強気の姿勢で賃上げや労働条件の改善を求めるなどして〕『手に負えなくなる』だろうし、『産業の統率者たち』(産業界のリーダー)の生きがいでもある『労働者に規律を教え込む』という機会が〔クビにするという脅しの効力が薄まるために〕失われることにもなるだろうからである。さらには、景気が上向くと、それに伴って物価も上昇することになるが、そうなる(インフレが生じる)と、大小の金利生活者は損を被ることになる。そのため、金利生活者たちは『ブームを煙たがる』ことだろう」。この直後に(中略)以下の文章(「かような状況下では大企業と金利生活者との間で強力な同盟関係が築かれる可能性があるし、~」)が続くことになる。 []

NAMs出版プロジェクト: 景気循環論(ヒックス、カレツキ完全雇用関連):メモ
http://nam-students.blogspot.com/2015/10/blog-post_6.html?m=1

景気循環論(ヒックス、カレツキ完全雇用関連):メモ

M B K 48 : クルーグマン、「嘘の不安を請け負う人々」(クルーグマンがカレツキに言及)

http://blog.livedoor.jp/sowerberry/archives/31045968.html

 ポーランド人のミハウ・カレツキ (Mchal Kalecki) は、70年前に「完全雇用の政治的考察」(1943年,☆☆☆141-147頁)と題する文章を発表した。当時はケインズ的な考えが浸透しつつあった時代で、経済学者の多くは、完全雇用は政府が支出することで達成できると考えるようになっていた。しかし、カレツキは、それにもかかわらず、そのような政府支出は、たとえ不況期であっても、産業界と富裕層からの猛烈な反対に会うだろうと予測していた。なぜか?

 カレツキは、その答えは脅迫の手段として「信頼」が幅をきかすからだ、と考えた。政府が直接、雇用を拡大できないなら、政府は代わりに民間に支出してもらわなければならなくなる。そうなると、高い税率や金融規制のような特権的な人々を失望させる政策は、(訳注 その民間の)信頼と、次いでは投資を損なうので、雇用を減らすものとして否定することができるだろう。ところが、政府が雇用をつくりだすことができるとなると、信頼は重要でなくなる。そして、それまで利益を得ていた産業界は拒否権を失うことになる。

 カレツキは、産業界のリーダーはこの点をよく理解していると論じている。だから、産業界は、政府による雇用拡大政策がまさに彼らの政治的影響を損なうことにつながるために、それに反対するのだ、と論じている。「したがって、政府による市場への介入を可能にする財政赤字は、危険なものとして認識されなければならないのだ。」(☆☆☆142頁)

 僕が最初にこの文章を読んだとき、これは少し行き過ぎだと思った。なんといっても、カレツキは筋金入りのマルクス主義者だ(とはいえ、彼の文章にはそれほどマルクス的なところはない)。しかし、もしあなたが最近の出来事を見てもラディカルにならないとしたら、最近の状況をよく見ていないからではないだろうか。2008年以降の政治的議論は、まさにカレツキが予想した方向に進んでいる。

補足:

「確信の状態(state of confidence)」141頁

《ファシスト体制は失業の克服から出発してやがて物不足の「軍備経済」へと発展し、最後は必ず戦争で終わるのである。》(カレツキ「完全雇用の政治的側面」1943,『資本主義経済の動態理論』邦訳144頁より)


☆☆☆☆☆☆

《——景気循環の研究はそれこそくるくるとよく変わりました,景気循環の研究の

最盛期は1920年代から1940年代にかけてでしょうか.それから,1950年代と1960 

年代ではその人気も衰えてしまいました.しかし,1970年代に入ると,それに対

する関心もまた戻ってきました,》

参照:カレツキ『資本主義経済の動態理論』解説220頁

「資本家階級を圧倒するに十分な資本を労働者階級が蓄積できるほど労働者階級の貯蓄性向」が、つまり「実質賃金率」が高まれば資本主義は打倒され得る。
(「」内はカレツキ『資本主義経済の動態理論』邦訳220頁の浅田統一郎、間宮陽介解説より)

それを可能にするのはプルードンの「交換銀行」しかない。


参考:
ミハウ・カレツキ (Michal Kalecki)
http://cruel.org/econthought/profiles/kalecki.html

ミハウ・カレツキ (Michal Kalecki), 1899-1970.

  その生涯を通じて、カレツキはマクロ経済学の知られざる英雄だった――そして、経済学ではなぜ英語で論文や著作を刊行すべきかという見事な証拠となってい る。カレツキは、ケインズの『一般理論』で述べられる原理の相当部分をそれ以前に予見していたとされるけれど、でもかれの論文 (1933, 1935) はポーランド語とフランス語でしか刊行されず、したがってほとんど気がつかれなかった。これをなんとかしようと、カレツキは 1936 年の論文で、自分のほうが先だったという主張を刊行することにしたが……これまたポーランド語でしか発表しなかった!

  でも、かれの英語の論文、特に ビジネスサイクル論 (1935, 1937, 1939, 1943, 1954) は、かれに独自の地位をもたらして、数学的動学を経済学に使う方法を進歩させた点で画期的だった。かれの研究はまた、いくつか 古典派 と マルクス派 の概念を導入していて、かなりの部分を「階級闘争」、所得分配と不完全競争に負っていた――これらの項目は、ケンブリッジのケインズ派たちに大きく影響を 与える――時にロビンソン、カルドア、グッドウィンへの影響が大きい。また現代アメリカのポストケインズ派 経済学にも大きく影響している。

カレツキはほぼ一生にわたって、ワルシャワのビジネスサイクル&価格研究所で過ごした。

ミハウ・カレツキの主要著作

"Mr Keynes's Predictions", 1932, Przeglad Socjialistyczny.
An Essay on the Theory of the Business Cycle, 1933.
"Essai d'une theorie du mouvement cyclique des affaires", 1935, Revue d'economie politique.
"A Macrodynamic Theory of Business Cycles", 1935, Econometrica.
"The Mechanism of Business Upswing", 1935, Polska Gospodarcza.
"Some Remarks on Keynes's Theory", 1936, Ekonomista.
"A Theory of the Business Cycle", 1937, RES.
"A Theory of Commodity, Income and Capital Taxation", 1937, EJ.
"The Principle of Increasing Risk", 1937, Economica.
"The Determinants of Distribution of the National Income", 1938, Econometrica.
Essays in the Theory of Economic Fluctuations, 1939.
"A Theory of Profits", 1942, EJ.
Studies in Economic Dynamics, 1943.
"Political Aspects of Full Employment", 1943, Political Quarterly.
"Professor Pigou on the Classical Stationary State", 1944, EJ.
"Three Ways to Full Employment", 1944 in Economics of Full Employment.
"A Note on Long Run Unemployment", 1950, RES.
Theory of Economic Dynamics: An essay on cyclical and long- run changes in capitalist economy, 1954.
"Observations on the Theory of Growth", 1962, EJ.
Studies in the Theory of Business Cycles, 1933-1939, 1966.
"The Problem of Effective Demand with Tugan-Baranovski and Rosa Luxemburg", 1967, Ekonomista.
"The Marxian Equations of Reproduction and Modern Economics", 1968, Social Science Information.
"Trend and the Business Cycle", 1968, EJ.
"Class Struggle and the Distribution of National Income", 1971, Kyklos.
Selected Essays on the Dynamics of the Capitalist Economy, 1933-1970, 1971.
Selected Essays on the Economic Growth of the Socialist and the Mixed Economy, 1972.
The Last Phase in the Transformation of Capitalism, 1972.
Essays on Developing Economies, 1976.






Stephanie Keltonさんのツイート



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“ボウルズ&カーリン「COVID-19物語で次にくる戦い」(VoxEU, 2020年4月10日)”


ボウルズ&カーリン「COVID-19物語で次にくる戦い」(VoxEU, 2020410日)


https://twitter.com/econ101jp/status/1251517373233971201?s=21


https://econ101.jp/%e3%83%9c%e3%82%a6%e3%83%ab%e3%82%ba%e3%82%ab%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%80%8ccovid-19%e7%89%a9%e8%aa%9e%e3%81%a7%e6%ac%a1%e3%81%ab%e3%81%8f%e3%82%8b%e6%88%a6%e3%81%84%e3%80%8d%ef%bc%88voxeu/


2020418 by optical_frog leave a comment

[Samuel Bowles & Wendy Carlin, "The coming battle for the COVID-19 narrative," VoxEU, April 10, 2020]


▼ 2: 政策・経済言説の拡張された空間


https://econ101.jp/wp-content/uploads/2020/04/carlin10aprilfig3.png


では,疫病へのさまざまな対応が「制度空間」で占める位置を例示している.左上には,

最後の保険提供者としての政府がある.市場も家計のリスク共有も,封じ込め政策で必要となる

経済全体での活動縮小を扱えないし,また,リスクを薄く広く共有するのを可能にするほぼ全員

参加を強いることもできない.


〔図中で〕市民社会の極に近いところにあるのが,合意によって実施される対人距離維持の政策だ.

この三角形は,いわゆるダンケルク戦略の現代版に似た空間をなしている――1940年に,ドイツ

軍の包囲から兵士たちを撤退させるリソースがイギリス海軍には欠如していたなかで,民間所有

の小型舟艇がその不足を補った作戦と似ている.その一例は,検査の生産・処理を引き受け

たり稀少な人工呼吸器を代替する新しい機器を開発しようとする民間の小さな研究所や大学に

よる,公共心から発した行動だ.


こうした事例により,制度設計や製作設計に関する重要な真理が強調される:すなわち,制度

空間の3つの極は――少なくとも理想的には――お互いを代替するのではなく補完し合うのだ.

うまく設計された政府の政策は,市場のはたらきを強化し,協力などの社会的に価値のある選好

の意義を強化する.うまく設計された市場は,政府の力を強め,倫理的・向社会的な選好を

押しのけることなく政府にいっそうの説明責任を発揮させる.




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エリック・ホブズボーム (Eric John Ernest Hobsbawm, 1917 - 2012)

Devine1974:
required qualitatively new levels of skill in the labour force; the labour process has made more exacting demands on workers. Higher living standards have been necessary to accommodate the educational and psychological implications of these changes. 
 Second, the post-war period has seen the develop- ment of a "mass produced economy of mass consumption"." While this has obviously brought great benefits to the working class and has had an overwhelmingly positive effect, its influence has nevertheless been contradictory. The inherent tendency of capitalism today to generate discontent is not only due to its exploitation and manifest disregard for human aspirations. It is also due to the persistent and glaring inequalities of wealth and income and the individualistic, competitive ethos of the system which, together with technical and fashion obsolescence, advertising, etc., continuously create social pressures for evermore consumption- for more “things", which are frequently meretricious and desired primarily for the sake of novelty. At the same time, a growing tendency towards alienation, as human relationships and values are undermined, reinforces the desire for individual consumption to compensate for the resultant social and psycho- logical deprivation. Thus, in capitalist societies today there is a permanent tendency to demand ever more consumption and hence ever higher real wages.
 8 Cf. Social Trends, 3, 1972, p. 90. 
9 E. J. Hobsbawm, Industry and Empire, p. 281; for a discussion of the social consequences of technical change and mass produced mass consumption, see the whole of Ch. 14. 

 労働力には質的に新しいレベルの技能が必要とされ、労働プロセスは労働者に対してより厳しい要求をしてきた。これらの変化が教育的・心理的に与える影響に対応するために、より高い生活水準が必要とされてきた。 
第二に、戦後は「大量消費の大量生産経済 "mass produced economy of mass consumption"」の発展を目の当たりにした。これは、明らかに労働者階級に大きな利益をもたらし、圧倒的に肯定的な効果をもたらしたが、その影響は、それにもかかわらず、矛盾していた。今日の資本主義に内在する不満を生み出す傾向は、その搾取と人間の願望に対する明白な軽視だけに起因するものではない。それはまた、富と所得の永続的で明白な不平等と、技術やファッションの陳腐化、広告などとともに、絶え間なく、より多くの消費を求める社会的圧力を生み出すシステムの個人主義的で競争的なエートスにも起因している。同時に、人間関係や価値観が損なわれると同時に、疎外への傾向が強まり、結果として生じる社会的・精神的・論理的な剥奪を補うための個人消費への欲求が強化されます。このように、今日の資本主義社会では、これまで以上に多くの消費を要求し、それゆえにこれまで以上に高い実質賃金を要求する傾向が恒久的に存在している。
8 Cf.社会的動向、3、1972年、p. 90を参照してください。
9 E. J. Hobsbawm, Industry and Empire, p. 281; 技術的変化と大量生産された大量消費の社会的帰結の議論については、第 14 章の全体を参照のこと。 www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。

ホブズボーム『産業と帝国』1984邦訳^1968原著
344〜5:

#14

 一九六○年代初頭においてはいかなる意味のある用語法をもってしても「豊かな」労働者はほとんといなかっ

たし、おそらく十人に一人は実際に生活に困っていたけれども、労働者階級の不安感が経済的困窟に由来するも

のでなかったことは確かである。たいていのイギリスの労働者は歴史上これまでになく暮し向きが非常によくな

ったのであり、一九三九年に予期されていたよりもはるかに暮しが楽になったことは確実である。一般的な言い

方をすれば労働者の大多数ははじめて日々の生活にかけがえのない必需品を得るための奮闘と失業の恐れから解

放された。貧困と虚しさの結びついた老齢の不安だけが彼らにつきまとっていた。ところが二つの要因が中産階

級のばあいと同じくらい深刻に〜〜それところか一層深刻に〜〜社会的境遇を変化させつつあった。

 おそらく重要度は劣るが第一の要因は大量消費による大量生産経済[mass produced economy of mass consumption]であった。それは、いまやあまり乏しくは

なくなった労働者の給料袋に依存していた。大部分の生活様式、つまり、すでに見たように一九世紀末頃に発展

した「労働者階級の伝統的文化」は彼らの社会的孤立を反映していた。彼らは経済にとっても政治にとってもの

け者になってきた。議会に労働者の帽子をかぶり労働者流のイントネーションで話をする男〜〜一八九二年のケ

ア·ハーディ〜〜がいたということだけでも衝撃を生むに十分であった。それはいまなお歴史書のなかに記され

ている。彼らが大企業から必ずしも全面的に無視されなくなったにしても、彼らの必要とする財貨を供給する産

業と商業は中産階級の要求をみたすそれとはまったく別物であった。まして「地主貴族」の要求をみたすもので

はなかった。 もっとも彼らが中産階級向けの財貨を意図的に購入したのであれば話は別だが。(召使いを別にす

れば)労働者階級の生活と上流階級の生活との接触は両大戦間期のアメリカ合衆国における白人と黒人の生活の

接触とほとんと同じくらい希薄であったし、上流階級や知識人がポクサー、ジョッキー、売春婦とそれからミュ

ージック。ホールの後援をする態度は一部の白人がジャズに燃やす情熱に及ばないくらいだった。「ブロレタリ


 
 エリック・ホブズボーム (Eric John Ernest Hobsbawm, 1917 - 2012)


Pat devine1974が以下で言及


(Devine1974はミッチェル2019で引用されている★)

エリック・ホブズボーム - Wikipedia

  • Industry and Empire: An Economic History of Britain since 1750, (Weidenfeld and Nicolson, 1968).
浜林正夫神武庸四郎和田一夫訳『産業と帝国』(未來社, 1984年、新装版1996年)

荒井関連論考
https://core.ac.uk/download/pdf/228703391.pdf

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%96%E3%82%BA%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%A0

エリック・ホブズボーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2011年5月31日、ヘイ・オン・ワイにおけるヘイ・フェスティバルにて。

エリック・ホブズボーム

は、イギリス歴史家

目次

  • 1 人物
  • 2 著書
    • 2.1 単著
    • 2.2 共著
    • 2.3 編著
    • 2.4 共編著
  • 3 脚注
  • 4 関連項目

人物

ポーランドユダヤ人を父に、エジプトアレキサンドリアに生まれる。オーストリアおよびドイツで幼年期を過ごし、1933年に渡英。ケンブリッジ大学より博士号取得後、ロンドン大学バークベック・カレッジで教鞭をとる。

『革命の時代』(邦訳は『市民革命と産業革命』)、『資本の時代』、『帝国の時代』という「長い19世紀」(1789年1914年)の三部作のあと、1914年から1991年までを「短い20世紀」として、『両極端の時代:短い20世紀』Age of Extremes: The Short Twentieth Century.(Extremesが複数形であることに注意。邦訳では『20世紀の歴史――極端な時代』と訳されている)を著わした。日本では、テレンス・レンジャーとの共著である『創られた伝統The Invention of Tradition(直訳は「『伝統』の発明」または「伝統を発明すること」)が知られる。

2012年10月1日、病気のため、ロンドンのロイヤルフリー病院で死去[1]。95歳没。

著書

単著

  • Primitive Rebels: Studies in Archaic Forms of Social Movement in the 19th and 20th Centuries, (Manchester University Press, 1959).
水田洋ほか訳『素朴な反逆者たち――思想の社会史』(社会思想社, 1989年)
  • The Age of Revolution: Europe 1789-1848, (Praeger Publishers, 1962).
安川悦子・水田洋訳『市民革命と産業革命――二重革命の時代英語版』(岩波書店, 1986年)
  • Labouring Men: Studies in the History of Labour, (Basic Books, 1964).
鈴木幹久・永井義雄訳『イギリス労働史研究』(ミネルヴァ書房, 1968年、新装版1998年)
  • Industry and Empire: An Economic History of Britain since 1750, (Weidenfeld and Nicolson, 1968).
浜林正夫神武庸四郎和田一夫訳『産業と帝国』(未來社, 1984年、新装版1996年)
  • 『反抗の原初形態 千年王国主義と社会運動』(青木保編訳、中公新書, 1971年)
  • Bandits, (Penguin Books, 1969).
斎藤三郎訳『匪賊の社会史――ロビン・フッドからガン・マンまで』(みすず書房, 1972年)
船山榮一訳『匪賊の社会史』(筑摩書房ちくま学芸文庫〉 , 2011年)
  • Revolutionaries: Contemporary Essays, (Pantheon Books, 1973).
斉藤孝・木畑洋一訳『反乱と革命』(未來社, 1979年)
  • The Age of Capital, 1848-1875, (Weidenfeld and Nicolson, 1975).
柳父圀近長野聰荒関めぐみ松尾太郎山崎清訳『資本の時代 1848-1875英語版』(みすず書房(1・2), 1981-1982年)
  • Worlds of Labour: Further Studies in the History of Labour, (Weidenfeld and Nicolson, 1984).
  • Workers: Worlds of Labor, (Pantheon Books, 1984).
  • The Age of Empire, 1875-1914, (Pantheon Books, 1987).
野口建彦長尾史郎・野口照子訳『帝国の時代 1875-1914英語版』(みすず書房(1・2), 1993-1998年)
  • Politics for a Rational Left: Political Writing, 1977-1988, (Verso, 1989).
  • Nations and Nationalism since 1780: Programme, Myth, Reality, (Cambridge University Press, 1990, 2nd ed., 1992).
浜林正夫・嶋田耕也・庄司信訳『ナショナリズムの歴史と現在』(大月書店, 2001年)
  • Echoes of the Marseillaise: Two Centuries Look Back on the French Revolution, (Rutgers University Press, 1990).
  • Age of Extremes: the Short Twentieth Century, 1914-1991, (Michael Joseph, 1994).
河合秀和訳『20世紀の歴史―極端な時代英語版』(三省堂(上・下), 1996年)
大井由紀訳『20世紀の歴史―両極端の時代』(ちくま学芸文庫(上・下)、2018年)
  • On History, (Weidenfeld & Nicolson, 1997).
原剛訳『ホブズボーム歴史論』(ミネルヴァ書房, 2001年)
  • Uncommon People: Resistance, Rebellion and Jazz, (Weidenfeld & Nicolson, 1998).
  • Behind the Times: the Decline and Fall of the Twentieth-century Avant-gardes, (Thames & Hudson, 1998).
  • Interesting Times: A Twentieth-century Life, (A. Lane, 2002).
河合秀和訳『わが20世紀――面白い時代』(三省堂, 2004年)
  • Globalisation, Democracy and Terrorism, (Little, Brown, 2007).
  • How to Change the World: Tales of Marx and Marxism , (Little, Brown, 2011).
水田洋監訳『いかに世界を変革するか マルクスとマルクス主義の200年』(作品社, 2017年)
  • Fractured Times: Culture and Society in the 20th Century, (Little, Brown, 2013).
木畑洋一後藤春美・菅靖子・原田真見訳『破断の時代―20世紀の文化と社会』(慶應義塾大学出版会, 2015年)

共著

  • Captain Swing, with George Rudé, (Penguin Books, 1969).
  • The Italian Road to Socialism: An Interview by Eric Hobsbawm with Giorgio Napolitano, (Journeyman Press, 1977).
ジョルジョ・ナポリターノとの共著『イタリア共産党との対話』(山崎功訳、岩波新書、1976年)
  • On the Edge of the New Century, (New Press, 2000).
聞き手アントーニオ・ポリート『21世紀の肖像――歴史家ホブズボームが語る』(河合秀和訳、三省堂, 2000年)

編著

  • Labour's Turning Point, 1880-1900: Extracts from Contemporary Sources, (Lawrence & Wishart, 1948).
  • Karl Marx: Pre-capitalist Economic Formations, (Lawrence & Wishart, 1964).
市川泰治郎訳『共同体の経済構造――マルクス『資本制生産に先行する諸形態』の研究序説』(未來社, 2006年)
  • Marxism in Marx's Day, (Harvester Press, 1982).
  • The History of Marxism, (Indiana University Press, 1982).

共編著

  • The Invention of Tradition, co-edited with Terence Ranger, (Cambridge University Press, 1983).
前川啓治梶原景昭訳『創られた伝統』(紀伊國屋書店, 1992年)

脚注

  1. Eric Hobsbawm dies, aged 95 the guardian 2012年10月1日閲覧

関連項目

w:Age of Extremes(「極端な時代」に関してのWikipedia英語版の項目)

ーー
Mitchell2019#17.3

Conflict theory of inflation and inflationary biases 
A series of articles in the journal Marxism Today in 1974 illustrated the proposition that inflation was the result of a distributional conflict between workers and capital. These articles were written with reference to the early 1970s, when inflation rates rose in many Western economies. 
One article by Pat Devine stated that the inflation process was a structural construct embedded in the intrinsic capital labour conflict. He argued that the increased bargaining power of workers (that accompanied the long period of full employment in the post-Second World War period) and the declining productivity growth in the early 1970s imparted a structural bias towards inflation which was manifested in the inflation breakout in the mid-1970s that “ended the golden age.” 
He further claimed that the prolonged growth of money wages was “unprecedented in the history of capitalism” (Devine, 1974: 80). Capitalists increased prices to maintain profitability and thus countered the attempt to raise real wages. 
Large, oligopolistic firms with price setting power engaged in non-price competition (for example, product quality). These firms, however, were interdependent because their market shares were sensitive to their pricing strategies. When a firm was faced with nominal wage demands, its management knew that its rivals would face similar pressure and that their competitive positions would not depend on the absolute price level while the government continued to ensure that effective demand was sufficient to maintain full employment. On the other hand, a firm could lose market share if it increased prices while other firms maintained lower prices. As a result, firms had little incentive to resist the wage demands of their workers and strong incentives to protect their profits by passing on the demands in the form of higher prices.
 This structural depiction of inflation as being embedded in the class dynamics of capital and labour, both of which had increased capacity to set prices and defend their real shares of income, implicates Keynesian-style approaches to full employment. 
There was also an international component to the structural theory. It was argued that the Bretton Woods system (see Chapter 9) imparted deflationary forces on economies that were experiencing strong domestic demand growth. As national income rose and imports increased, central banks were obliged to tighten monetary policy to maintain the agreed exchange rate parity and the constraints on monetary growth acted to choke off incompatible claims on the available income. 
However, when the Bretton Woods system of convertible currencies and fixed exchange rates collapsed in 1971, the structural biases towards inflation came to the fore with floating exchange rates. Devine (1974: 86) argued that:

 《floating exchange rates have been used as an additional weapon available to the state. Given domestic -inflation, floating rates provide a degree of flexibility in dealing with the resultant pressure on the external payments -position. However, if a float is to be effective in stabilising a payments imbalance it is likely to involve lower real incomes at home. If a reduction in real wages (or their rate of growth) is not acquiesced in there will then be -additional pressure for higher money wages and if this cannot be contained the rate of inflation will increase and there will be further depreciation. 》

The structuralist view also noted that the mid-1970s crisis, which marked the end of the Keynesian period, was not only marked by rising inflation but also by an ongoing profit squeeze due to declining productivity growth and increasing external competition for market share. The profit squeeze led to firms reducing their rate of investment (which reduced aggregate demand growth), which combined with harsh contractions in monetary and fiscal policy, created the stagflation that bedevilled the world in the second half of the 1970s. 
The resolution to the structural bias proposed by economists depended on their ideological persuasion. On the one hand, those who identified themselves as Keynesians proposed incomes policies (which we shall explore in more detail later in this chapter) as a way of mediating the distributional struggle and achieving nominal income claims that were compatible with the available output.
 On the other hand, the emerging Monetarists considered the problem to be an abuse of market power by the trade unions and this motivated demands for policymakers to legislate to reduce the bargaining power of workers. The rising unemployment was also not opposed by capital because it was seen as a vehicle for undermining the capacity of the trade unions to make wage demands. 
From the mid-1970s, the combined weight of persistently high unemployment and increased policy attacks on trade unions in many advanced nations reduced the inflation spiral as workers were unable to pursue real wages growth, and productivity growth outstripped real wages growth. As a result, there was a substantial redistribution of income towards profits during this period. 
The rise of Thatcherism in the UK and Reaganomics in the USA exemplified the increasing dominance of the Monetarist view in the 1980s.




インフレとインフレバイアスの対立理論 
1974年に雑誌『Marxism Today』に掲載された一連の記事は、インフレは労働者と資本の間の分配闘争の結果であるという命題を説明している。これらの記事は、多くの欧米経済でインフレ率が上昇した1970年代初頭に言及して書かれたものである。
パット・デヴァインの論文の一つは、インフレのプロセスは、本質的な資本の労働争議に埋め込まれた構造的な構成であると述べている。彼は、労働者の交渉力の向上(第二次世界大戦後の長い完全雇用期間に伴う)と1970年代初頭の生産性の低下が、インフレへの構造的な偏りをもたらし、それが1970年代半ばのインフレ脱却に表れて「黄金時代を終わらせた」と主張した。
彼はさらに、貨幣賃金の長期的な成長は「資本主義の歴史の中で前例がない」と主張した (Devine, 1974: 80)。資本家は収益性を維持するために価格を上昇させ、こうして実質賃金を引き上げようとする試みに対抗した。
価格設定力を持つ大規模な寡占企業は、非価格競争(例えば、製品の品質)に従事していた。これらの企業は、市場シェアが彼らの価格戦略に敏感であったので、しかし、相互に依存していた。ある企業が名目賃金の要求に直面した場合,経営者は,ライバル企業が同様の圧力に直面することを知っており,政府が有効需要が完全雇用を維持するのに十分であることを確保し続けている間は,企業の競争力は絶対的な価格水準に依存しないことを知っていた。一方で、他の企業が低価格を維持している間に価格を上昇させれば、企業は市場シェアを失う可能性がある。その結果、企業は労働者の賃金要求に抵抗するインセンティブをほとんど持たず、要求を価格の上昇という形で転嫁することで利益を守ろうとする強いインセンティブを持つようになった。
 インフレが資本と労働の階級力学に組み込まれているという構造的な描写は、資本と労働の階級力学に組み込まれており、両者ともに価格を設定し、所得の実質シェアを守る能力を高めていたことから、完全雇用に対するケインズ主義的なアプローチを暗示しているのである。
構造理論には国際的な要素もあった。それは、ブレトンウッズ体制(第9章参照)が、内需拡大を経験していた経済にデフレ圧力を与えていたというものである。国民所得が増加し輸入が増加すると、中央銀行は合意された為替レートの平価を維持するために金融引き締めをせざるを得なくなり、金融成長の制約が利用可能な所得に対する相容れない主張を締め出すように作用した。
しかし、1971年に兌換通貨と固定為替レートのブレトンウッズ体制が崩壊すると、変動為替レートではインフレへの構造的な偏りが前面に出るようになった。Devine (1974: 86)は次のように論じている。

 変動為替レートは、国家が利用可能な追加的な武器として使用されてきた。国内のインフレを考えると、変動相場は、結果として対外的な決済ポジションへの圧力に対処する上で、 ある程度の柔軟性を提供することになる。しかし、変動相場が対外収支の不均衡の安定化に効果的であるとすれば、国内の実質所得の低下を伴う可能性が高い。実質賃金(またはその成長率)の低下が容認されない場合、貨幣賃金の上昇に対する追加的な圧力が発生し、これを抑制できなければ、インフレ率が上昇し、さらなる減価償却が発生することになります。》

また、構造主義的な見解では、ケインズ時代の終わりを告げる1970年代半ばの危機は、インフレの上昇だけでなく、生産性の低下と市場シェアをめぐる外部競争の激化による利益圧迫が続いていたことを指摘している。この利益圧迫は、企業の投資率を低下させ(総需要の伸びを低下させる)、金融・財政政策の厳しい収縮と相まって、1970年代後半に世界を悩ませたスタグフレーションを生み出したのである。
エコノミストが提唱する構造的バイアスの解決策は、そのイデオロギー的説得力に依存していた。一方では、ケインジアンと名乗る人々は、分配闘争を仲介し、利用可能な生産量に適合する名目所得の主張を達成する方法として、所得政策(本章の後半でより詳細に検討する)を提案した。
 一方、新興のマネタリストは、この問題を労働組合による市場権力の乱用であると考え、このことが、労働者の交渉力を低下させるための法制化を求める政策立案者の要求を動機づけた。失業率の上昇は、賃金要求を行う労働組合の能力を弱体化させるための手段とみなされたため、資本も反対しなかった。
1970年代半ばから、多くの先進国では、持続的な高い失業率と労働組合への政策攻撃の増加が相まって、労働者が実質賃金の伸びを追求することができなくなり、インフレ・スパイラルが縮小した。
その結果、この間、利益への所得の大幅な再分配が行われた。
英国でのサッチャー主義の台頭と米国でのレーガノミクスは、1980年代にマネタリズムの支配が強まったことを例証している。

2021年1月29日金曜日

日本銀行の出資証券とは何ですか? : 日本銀行 Bank of Japan

日本銀行の出資証券とは何ですか? : 日本銀行 Bank of Japan

日本銀行は名称的に厳密には株式会社ではなく、

株主総会もないが、

出資証券を発行している(日本銀行法第9条)。


その55%を日本政府が所有している。


https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/outline/a11.htm/


回答. 日本銀行は、特別の法律(日本銀行法) により設立され、設立に関し行政庁の認可が必要な「認可法人」と位置付けられています。日本 銀行 ...

日本銀行は株式会社ですか? 株主総会がありますか?

教えて!にちぎん

回答

日本銀行は、特別の法律(日本銀行法)により設立され、設立に関し行政庁の認可が必要な「認可法人」と位置付けられています。日本銀行は株式会社ではなく、また株主総会もありません。

なお、日本銀行では、出資証券を発行しています(日本銀行法第9条)。


質問日本銀行の出資証券とは何ですか?

教えて!にちぎん

日本銀行の出資証券とは、日本銀行に対する出資の持ち分を表す有価証券のことです。日本銀行では、日本銀行法第9条に基づき、出資証券を発行しています。

出資証券の詳細については、以下のとおりです。

資本金と出資者

日本銀行の資本金は1億円です。その55%が政府から、45%が民間からの出資です(日本銀行法第8条)。

日本銀行の資本金の業態別出資状況(金額ベース)は、「業務概況書」に公表しています。

券面

出資証券は記名式で、1口券、10口券、100口券、1,000口券および10,000口券の5種類があります。1口の金額は100円です。

出資者の権利

日本銀行の出資者の権利は、会社法の株式会社における株主の権利と、以下の点で異なっています。

  1. (1)日本銀行には、株主総会に相当する出資者総会は存在せず、出資者に議決権の行使が認められていません。
  2. (2)出資者に対する配当率の決定には財務大臣の認可が必要なほか、配当率は年100分の5を超えることはできません(日本銀行法第53条第4項)。
  3. (3)日本銀行が解散した場合の残余財産の分配について、分配額の上限が、払込金額および特別準備金の合計額までに制限されています(日本銀行法第60条第2項、同附則第22条第2項)。

出資証券の売買と価格

日本銀行の出資証券は、東京証券取引所が運営するJASDAQ(ジャスダック)市場への上場銘柄として売買されています。日々の値動きや売買高は、新聞の株式欄等に掲載されています。

具体的な売買方法などについては、証券会社にお問い合わせください。

参考



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